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教養番組「知の回廊」
27 「快適な音環境をめざして」
生活の身近にある『音』に惹かれ さまざまな面からアプローチ

中央大学 理工学部 戸井 武司

戸井先生の研究室におじゃましましたら、あいさつもそこそこに、いくつかある研究室に案内された。どの研究室も「音」に関する機器がところせましと置かれている。
インタビューは1階の広い研究室で行うことになった。この研究室にはなんとメーカーから本物の自動車が搬入されていた。この自動車を使って数々の音に関する実験・研究を行う予定だという。普段、我々が何気なく聞いている音を徹底的に科学するのが戸井先生の音響システム研究室である。どんな研究が行われているか、さっそく話を聞いた。

「カニもどき」ならぬ「ヒノキもどき」を作る!?

音に関する事すべてが研究の対象になるだけに、音響システム研究室であつかっているテーマは実にさまざま。研究室には実験用の楽器や自動車のマフラーなどが雑然と置かれていた。
「家電製品、コピー機、エアコン、ギター、ドラムといった楽器・・・・・・音に関することすべてが研究対象になります。今やっているのでおも しろいのは、ホールの床材(ヒノキ舞台)です。食べ物に『カニもどき』というのがありますよね。カニの味に似せた素材で作った食品ですが、あれと同じで、 ホールの床材に使うヒノキをラワンなどの違う安価な材料で代用しようという試みです。いわば『ヒノキもどき』を作ろうという試みですね。研究のやり方とし ては、ヒノキの特性を徹底的に調べ、他の材料でその特性を出すためにはどうすれば良いのかを研究していきます。言い換えれば、これは音を発するもののメカ ニズムの研究と言えるでしょう。
一方では、音の変化を使って対象物の状態を知るという研究もしています。例えば、スイカを叩いて甘いかどうかを調べたり、コップを叩いて割れ ていないかを調べたりするようなイメージです。音響システム研究室では、ライフラインである水道管などの埋設構造物の破損検知をやりました。この原理は簡 単なことで、スピーカーから音を発し、返ってきた音の変化で破損状況を知るというものです。これについては今年特許を取りました」

心地よい音・快音化が今の研究の一つの柱

戸井先生は、よどみなく研究の内容を語ってくれる。素人でもわかりやすく、具体例を挙げながらの説明に、思わず記者は聞き入ってしまった。
「従来、家電製品などでは、音は基本的にうるさいもの、マイナスのものだととらえられていました。ところが、最近はこれをプラスに、つまり心 地よい『快音』にもっていこうという流れになってきました。これは特に産学協同の研究が多いですよ。例えば、自動車の室内の低騒音化とか、家電製品を快適 な音にする快音化、コンサートホールの構造、先程はゴルフクラブのメーカーからクラブがボールを打つときの音に関する問い合わせがありました。もう、来る ものは拒まずです(笑)。快音化についてはいろいろなおもしろい発想で研究ができますよ。例えば掃除機はかなりうるさい音を発しますよね。音楽をかけなが ら掃除をする人も多いと思います。それを、いっそ掃除機から音楽が流れたり、心地よい音が流れたりするなんてしてみたらどうでしょう(笑)。
実は、今、一番興味を持って研究している分野も、この快音化に関することなんです。モノからどういうメカニズムで音が出ているのかということ が1つ。2 つ目は、その音が人間にどう処理されているかということです。この2つを融合して考えると快音化というものに近づけるだろうと思っているんです。これまで は、音を計る機械は騒音計でした。騒音計では何デシベルという騒音の大きさを測るだけで、その音が人間にとって不快かそうでないかはわかりません。それを 知るためには心理的な研究分野も必要となるでしょう。今後は、さまざまな分野を融合させて、心地よい音環境とはどういうものかを解明していきたいですね」
う~ん、確かにおもしろい。まだ手を付けられていないさまざまな分野があって、好奇心旺盛な人にとってはたまらない研究分野と言えるだろう。 最近は、こうした音響に関することがマスコミ等でも取り上げられることが多くなり、この分野の研究をしたいと言って戸井先生の研究室の門を叩く学生が増え ているという。

大学時代の専門は振動 その先に音の世界があった

このように、音に関する研究では日本でもトップクラスの研究者となった戸井先生だが、子どものころから音に興味を持っていたのだろうか。
「特に興味はありませんでした。ただ、モノが好きでしたね。そして作るより壊す方が得意でした。ラジオカセットなんかが壊れたとするでしょ う。自分では直すつもりで分解してどうしようもならなくしちゃう(笑)。そのモノの仕組みが知りたいんですよ。ブラックボックスのままでは我慢できないん ですね。自転車が好きで、大学時代は自転車のサークルにいたんですが、自分の自転車をバラバラに分解してグリースを入れるところまでやりました」
モノがなぜ動くのか、その仕組みはどうなっているのか、そういったこだわりは今も戸井先生の研究スタイルに活きている。その戸井先生が音に関する研究と出合ったのは、大学院を卒業し、企業に就職した後のことだった。
「大学から大学院では振動について興味があってその研究をしていました。簡単に言えば、モノが振るえるとどういうことが起こるかということで す。例えば車の乗り心地だとか、コンピュータのハードディスクは振動するとクラッシュするんですが、そういった事がらを解析するという研究です。
振動に関しては広く興味があったんです。振動してモノが振るえる事によって音も出てくるので、音に関する研究も少しはやりましたが、ほんのさ わり程度です。私は、大学を卒業して研究職で企業に就職したんですが、振動もおもしろいけど、何か他におもしろいことはないかなと探していたとき、当時流 行だった『低騒音化』という分野に行き着いたんです。そこから、音の世界に入ってきたという感じですね」
自分のやりたいこと、興味あることの延長線上に音響の世界があった、それが戸井先生の現在である。

3分の1程度が修士進学 就職先はメーカーが主

音響システム研究室に入った学生は、音に関することについてありとあらゆる方面から研究するが、その前に学ぶのが基本的なソフトウエアについての操作技術 と内容だ。音響工学は実際にモノを使って研究するわけだが、早く結果を出すためにいろいろなアプリケーションが使いこなせるようになっていなければいけな いということである。こうして、研究する上での基礎を身につけた学生はどのような研究をしているのだろうか。
「私から見るとみんなおもしろいことをやっていますよ。例えば高速コピー機の紙から発生する音の研究をしている学生がいます。また、自動車の マフラーから出る音の研究とか、車載用オーディオ機器のガタ音に関する研究をしている学生もいます。それから、楽器のドラムの音やトイレの洗浄音ですね。 すでに性能的には満たされているのですが、高級っぽい音を出すとか、より快適な音にするといった研究をしている学生もいます」
このような研究を行い、卒業していく学生は3分の1程度が修士に進学。残りはさまざまな分野に就職していく。自動車・電機・精密機械メーカーなどが多いが、専門を活かして音響メーカーに就職する学生もいるという。

何でも良いから「これだけは誰にも負けない」そんな分野を持とう

大学や大学院で音響システムについて学ぶために、高校生は今のうちにどのような勉強をしておけばよいのだろうか? 戸井先生に聞いてみた。
「今、音の世界は1つのブームになっていて、関係書籍がたくさん出版されています。そういうものを読んで、現象はなぜ起こるのかということを考えるくせをつけておいてほしいですね。
それと、今の世の中にはいろいろな技術があります。コンピュータのアプリケーション1つとっても、便利に使いこなせても、どうしてそうなるか を知らないという人が多いような気がします。アプリケーションがブラックボックスになっているんですね。でも、それでは本当の意味での研究はできません。 わからないことがあったら、いったん立ち止まって考えるようにしてほしいですね」と、戸井先生。最後に高校生のみんなにメッセージをおくってくれた。
「勉強ではなくて趣味でもいい、何か1つのことにのめり込んで、それについては誰にも負けないと、同世代の人たちに自慢できることを身につけてほしいですね。そういうことが、大学に入って専門的な学問をやる上でのスタイルとなって活きてきます。
今は、インターネットなどで情報を簡単に集められる時代です。物事を広く浅くというのは誰でもできる。むしろ狭く深くという方がいいんです。
逆に言うと、1つのことを深く学んでいくと円錐形がそうであるように裾野の部分は広がってくるんです。いろいろな知識が後から付いてきます。また、広い部分を知らないと深いところには行けません」
狭くてもいい。1つの道を深く深く探求すれば『専門バカ』になるのではなく、おのずと周囲も見えてくるというわけだ。「これなら誰にも負けない」そんな得意分野をキミもつくろう。

戸井 武司(とい たけし)

1963年4月22日、山梨県生まれ。埼玉県立越谷北高校卒業。1987年、中央大学理工学部精密機械工学科卒業後、同大学大学院理工学研究科へ進学。 1989年、精密機械工学専攻修了。電機メーカー勤務を経て、1996年、中央大学理工学部精密機械工学科専任講師。1998年、助教授。専門分野は音響 工学。著書に『音の環境と制御技術』(フジ・テクノシステム、共著)。精密工学会論文賞受賞。「生活の身近にある音をテーマにして研究しています。学生に は自由にのびのびと自主的な研究生活を送ってもらいたい」。