広報・広聴活動
発生から上陸までが短縮 ―東南アジアを襲う台風リスクの新局面―
2026年06月03日
<成果のポイント>
・1951~2024年の74年間に発生した台風1,924個を対象に、台風発生位置と海面水温の長期変化を解析した。
・台風の発生位置は長期的に北上・西進しており、西進は1977~2002年頃から顕著になった。
・特に東南アジアに上陸する台風は、フィリピン東方海域から南シナ海側へ発生位置が移動していることが示された。
・ベトナムやフィリピンに上陸する台風は、発生地点が陸地に近づいたことで、発生から上陸までの時間と移動距離が短くなっていた。
・台風の強さそのものに大きな長期変化は見られなかった一方、接近までの時間が短縮しているため、防災上の猶予時間が減少しており、これまで防災対策を再検討しないといけないことを示した。
概要
中央大学理工学術院社会理工学部都市環境学科河川・水文研究室の研究グループは、1951年から2024年までの74年間に西部北太平洋および南シナ海で発生した台風1,924個を対象に、台風の発生位置と海面水温(SST)の長期変化を解析しました。その結果、台風の発生位置は長期的に北上・西進しており、特に1977年以降はフィリピン東方海域から南シナ海側へと発生場所が移りつつあることが明らかになりました。
また、海面水温は広い範囲で有意に上昇しており、近年は特にベトナム沿岸付近で顕著な上昇が確認されました。これに伴い、ベトナムやフィリピンに上陸する台風は、より陸地に近い場所で発生するようになり、発生から上陸までの時間や移動距離が短くなっていることが分かりました。
一方で、台風の最低気圧や上陸時の中心気圧には大きな長期変化は見られませんでした。しかし、台風が従来より短時間で沿岸部へ到達するようになれば、住民避難や防災対応の時間が限られ、被害リスクが高まる可能性があります。本研究は、台風災害リスクの変化を長期的視点から明らかにし、東南アジア地域における今後の防災・減災対策の検討に重要な知見を提供するものです。
研究者
中央大学理工学術院 手計太一(教授)
中央大学大学院理工学研究科都市人間環境学専攻博士前期課程2年 大友理子
中央大学大学院理工学研究科都市人間環境学専攻博士後期課程3年 藤本寛生
発表論文
雑誌名:Hydrological Research Letters
題名:Long-term variability of typhoons and sea surface temperatures from 1951 to 2024
著者名:Riko Otomo, Kansei Fujimoto and Taichi Tebakari
DOI:https://doi.org/10.3178/hrl.25-00045
研究内容
1.背景
これまでの研究では、1970年代後半以降の衛星観測データを用いて、台風の発生位置が北上・西進していることが指摘されていました。特に、東南アジアに影響を及ぼす強い台風は、以前よりも沿岸部に近い場所で最大強度に達するようになっていることや、海面水温の上昇が台風の発生・発達に大きく関係していることが知られていました。また、南シナ海や西部北太平洋では海面水温が長期的に上昇していることも報告されており、これに伴って台風の発生域や進路が変化している可能性が示唆されていました。
一方で、多くの先行研究は衛星観測が始まった1977年以降の30~40年程度を対象としており、より長期的に見て「いつ頃から」「どの海域で」台風発生位置の変化や海面水温上昇が始まったのかについては、十分に明らかになっていませんでした。
本研究では、衛星観測以前を含む1951~2024年の74年間のデータを用い、台風の発生位置と海面水温の長期変化を詳細に解析しました。さらに、解析期間を1951~1976年、1977~2002年、2003~2024年の3期間に分けることで、台風発生位置の北上・西進や海面水温上昇が、いつ頃から顕著になったのかを明らかにしようとしました。
特に、ベトナムやフィリピンに上陸する台風に着目し、発生位置がどのように変化してきたか、その結果として上陸までの時間や移動距離、災害リスクがどのように変わっているかを検証しました。これにより、台風がより陸地に近い場所で発生するようになり、短時間で上陸する傾向が強まっていることを明らかにし、将来の防災・減災対策に役立つ知見を提供することを目的としました。
2.研究内容と成果
本研究では、1951~2024年の74年間に発生した台風データと海面水温データを組み合わせ、長期的な変化を一貫した方法で解析する枠組みを構築しました。特に、衛星観測以前を含む長期データを対象とし、解析期間を1951~1976年、1977~2002年、2003~2024年の3期間に分割することで、「いつ頃から」「どの地域で」台風発生位置や海面水温の変化が顕著になったのかを比較できるようにしました。
また、台風の発生位置について、緯度・経度の長期変化だけでなく、5度格子ごとの発生頻度の変化も解析しました。さらに、ベトナムおよびフィリピンに上陸した台風については、発生地点から上陸地点までの移動距離、到達時間、経路上の平均海面水温、上陸時の中心気圧などを算出し、台風の発生域変化が災害リスクにどのような影響を及ぼすかを評価しました。
これらの長期変化の有意性を検証するために、時系列データの増減傾向を統計的に評価できるマン・ケンドール検定を適用し、台風発生位置や海面水温の変化が偶然ではなく、統計的に意味のある変化かどうかを検証しました。
解析の結果、台風の発生位置は74年間で北上・西進しており、特に西進傾向は1977~2002年頃から顕著になったことが明らかになりました。東南アジアに上陸する台風は、従来のフィリピン東方海域よりも、南シナ海側で発生する割合が高まっていました。
また、海面水温は広い範囲で上昇しており、とくに近年はベトナム沿岸周辺で有意な上昇が見られました。この海域の水温上昇が、南シナ海周辺での台風発生数の増加や、発生位置の西進に関係している可能性が示されました。
さらに、ベトナムやフィリピンに上陸する台風は、発生地点が陸地に近づいたことで、発生から上陸までの移動距離と時間が有意に短くなっていました。一方で、上陸時の中心気圧には大きな長期変化は見られず、台風の強さは大きく変わっていないことが分かりました。つまり、台風の強度は変わらなくても、より短時間で陸地に到達することで、住民避難や防災対応の時間が減少し、災害リスクが高まる可能性が示されました。
3.今後の展開
本研究により、台風の発生位置が長期的に変化し、東南アジア沿岸により近い場所で発生する傾向が強まっていることが明らかになりました。この知見は、従来の「過去の被害実績」を前提とした防災計画だけでは十分ではなく、将来的な台風発生域の変化を踏まえた新たな防災・減災戦略が必要であることを示しています。
特に、ベトナムやフィリピンのような沿岸国では、台風発生から上陸までの時間が短くなることで、避難や警戒情報の発表、交通機関の停止判断などに使える時間が限られる可能性があります。そのため、本研究成果は、早期警戒システムの高度化、避難計画の見直し、港湾・河川・沿岸インフラの設計基準の再検討などに活用されることが期待されます。
また、本研究では1951年以降の長期データを用いて変化の始まりの時期を明らかにしたため、将来的には気候変動シナリオを組み合わせることで、「今後どの海域で台風発生リスクが高まるのか」「どの地域で被害が増えるのか」を予測する研究へ発展させることができます。さらに、台風進路、降雨量、高潮、洪水などを組み合わせた複合災害リスク評価へ展開することで、東南アジアのみならず日本を含めた広域的な防災政策への応用も期待されます。
本研究では、海面水温と台風発生位置の変化との関係を示しましたが、台風の発生や移動には海面水温だけでなく、大気の循環場、風の鉛直シア、モンスーン、偏西風、太平洋十年規模振動(PDO)やエルニーニョ・南方振動(ENSO)など、さまざまな気象・海洋要因が関係しています。今後は、これらの要因を統合的に解析し、なぜ台風発生位置が北上・西進しているのかをより詳細に解明する必要があります。
また、本研究では衛星観測以前のデータも用いましたが、1950~1970年代の海上観測は現在ほど高密度ではなく、台風数や強度が過小評価されている可能性があります。そのため、過去データの不確実性を考慮した解析や、複数のベストトラックデータセットを比較した検証が必要です。
さらに、将来的には気候モデルや高解像度シミュレーションを用いて、将来の海面水温上昇が台風発生位置や上陸リスクにどのような影響を与えるかを予測し、地域ごとの具体的な被害想定や適応策につなげていくことが重要です。
本研究成果のもととなった研究経費
中央大学理工学研究所共同研究プロジェクト
用語解説
(注1)5度格子
5度格子とは、緯度および経度をそれぞれ5度間隔(緯度1度=約110km、経度1度=約90~100km)で区切った空間的な区分のことであり、本研究では台風発生地点を5度×5度の領域ごとに集計するために用いています。
(注2)ベストトラックデータセット
気象機関等が台風やハリケーンの事後解析を行い、その中心位置や最大風速、中心気圧などの情報を記録および統合したデータセットのことです。
お問い合わせ先
<研究に関すること>
手計 太一(テバカリ タイチ)
中央大学 理工学術院 社会理工学部 都市環境学科 教授
TEL: 03-3817-1805 (携帯090-3406-3207) FAX:03-3817-1803
E-mail: ttebakari896[アット]g.chuo-u.ac.jp
<広報に関すること>
中央大学 研究支援室
TEL: 03-3817-7423 FAX: 03-3817-1677
E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp
※[アット]を「@」に変換して送信してください。