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教養番組「知の回廊」
62 「日本の自動車産業を支える現場の”やる気”」

中央大学 経済学部 中川 洋一郎

はじめに

現在、毎年、世界中で生産される自動車は、約6000万台。日本国内では、約1000万台。日本は世界でも有力な自動車生産国であることがわかります。しかし、日本の自動車メーカーは、国内と同時に、海外でも生産しています。その数、1000万台。従って、世界中で生産される自動車6000万台のうち、2000万台、すなわち、3台に1台が日本ブランドの自動車なのです。日本は、世界最大の自動車供給国と言えるでしょう。

もともと日本は先進的な工業国家であり、ものづくりの質と技術力が高く評価されてきましたが、日本の自動車産業が世界を席巻する勢いなのは、日本人の働くことに対する高い意識が、その当然の結果として表われたものなのです。
3万点を超える、多くの部品から組み上がる自動車の製造には、大勢の人々が関係しています。世界一を誇る日本の自動車産業は、『縁の下の力持ち』である様々な中小メーカーで働く、多くの人々の創意工夫と叡智によって支えられているのです。
なぜ、日本の自動車産業は強いのでしょうか?
人々の仕事の『やる気』とは、どこから生まれてくるのでしょうか?
現在の厳しい環境の中で、中小メーカーが創意工夫を絞り出し、いかに頑張っているかに焦点を当て、日本人の働くことに対する意識を、再認識してみましょう。

日本の自動車産業の経済的特徴

自動車産業は、どのような特徴を持っているのでしょうか。
自動車そのものは3万点にも上る精密部品を組み合わせてつくられています。人が乗って時速100キロで移動しますので、安全で頑丈、かつ信頼性の高い機械でなければなりません。たったひとつの部品の故障でも重大な結果を招きます。「ちょっと走ったらタイヤが外れてしまった」とか、「ブレーキが効かなくなった」などという車には誰も乗りたくありませんね。すなわち、自動車を製造するのには、信頼性の高い精密な部品を大量に生産できる技術と生産能力、それらを支える勤勉で、まじめな作り手が必要です。

従って、そのように多数の部品からなる自動車の生産は多数の企業の分業体制によって行われます。自動車1台の付加価値のうち、トヨタやホンダ、日産のような最終組立メーカーが生産しているのは、全体のうち3割程度といわれ、残り7割の部品や材料などは、周囲の部品メーカーや設備メーカー協力メーカーによって生産されています。日本の自動車産業における製造部門の就業人口は、二輪を含めて全体で85万人ですが、そのうち自動車メーカー15社の就業人口は17万7千人。それ以外の67万3千人が部品協力メーカーであり、1次メーカーだけでも、その数は441社に達します。
日本の自動車産業は、このように、様々な企業の、多くの人々によって支えられているのです。

自動車、特に、乗用車には、もうひとつ、きわめて重要な特徴があります。耐久消費財だということです。耐久消費財とは、家計が購入する耐用年数が1年以上で比較的購入価格が高い商品を言います。例えば、冷蔵庫、テレビなどの家庭用電気製品、テーブルや箪笥などの家具、住宅、そして、自動車が代表的です。家庭用電気製品や自動車などの耐久消費財が大量に生産され、われわれの家庭の中に大量に入り込んできたというのが、終戦から今日までの経済の特徴です。

自動車は耐久消費財ですから、買うのはわれわれ一般大衆です。
われわれ一般大衆は、開発が完璧に終了して量産が開始され、車がディーラーのお店に並んで、目の前に来てからはじめて、商品の選択に入るのです。このことは、テレビや冷蔵庫などの家庭用電化製品を量販点などで買う場合と同じです。買い手が大衆であるということは、広大な市場があるということですが、同時に、大衆の趣味・嗜好に左右されるので、どれだけ売れるかは市場にモデルを出さないとわからないという、不確実性にさらされています。

例えば、雑貨のように、手間暇かけずに、すぐにできてしまうような簡単な製品なら、それでもよろしいでしょう。しかし、先ほど見ましたように、自動車は3万点の部品からなる精密機械ですので、手軽にはできません。ひとつの自動車のモデルを市場に出すまでには、多数のエンジニアが膨大な費用をかけて、数年間かかって準備します。この準備過程を開発と言いますが、自動車の開発には、自動車メーカーはもとより多数の部品メーカーも参加します。

せっかく作った車が売れないかもしれないというのは、自動車メーカーを悩ませる深刻な問題です。予想したほど売れない場合には、数百億円にも上る開発費用が煙のごとく消えてしまうかもしれないからです。欧米の自動車メーカーは自動車メーカーだけでこの問題に対処しようとしてきました。しかし、日本の自動車産業の場合、たんに自動車メーカーだけでなく、自動車生産に携わる部品メーカー、さらには経営者だけでなく、一般の従業員も、この難問を解決しようと努力してきたのです。

今日、日本は、世界第一の自動車生産国です。それは偶然ではありません。自動車のように高度な精密機械を大量生産しているのは、単に労働強化などによってコストを下げ、安く販売しているからではなく、先進的な技術開発力をもって信頼性の高い優れた商品としての自動車を生産していること、そして、何よりも、この産業に関わる多くの日本人の叡智と努力の賜であること見ていきましょう。

日本における自動車産業発展の背景的理由

日本の自動車産業が発展してきた、背景的理由を探ってみましょう。

昭和20年(1945年)に第二次世界大戦が終了し、戦後になると、アメリカ型の大量生産方式が欧米諸国と日本にも広まってゆきました。
長期の物価波動を観察すると、1950年頃から物価は上昇し、1981年頃にピークを迎えます。フランスなどでよく「黄金の30年」という言い方がなされますが、この戦後の30年間は、経済成長が著しかった高度成長期であり、その原動力が、アメリカ型の大量生産・大量消費システムの世界各国への普及であったのです。

戦後は、家庭用電気製品や自動車のような耐久消費財が大量生産方式によって安価で市場に供給されたために、大衆市場における需要が一気に拡大しました。需給関係を大きな流れで見てみると、最初の30年間はそれまで手に入れられなかった耐久消費財が市場に出現したために、それを求める需要が持続的に拡大する過程、すなわち、需要超過の時期でありました。だからこそ、戦後60年間の物価は、趨勢で見ると、大きく上昇する過程をたどったのです。
需要が供給を上回っているのですから、生産者がつくって、商品を市場に出せば、苦労せずに販売できた時代です。『つくれるものを、つくれるときに、つくれるだけ』提供しさえすれば売れる時代、生産者にとっては非常に楽な時代でした。

1973年と1979年の2回にわたるオイルショックで、原油価格がそれぞれ4倍程度急騰しました。それまで1バーレルあたり2ドルから3ドルであった原油価格がわずか数年で30ドルを超えてしまったのです。これは、いわゆるコンドラチエフの長期波動上昇期の末期における物価急騰減少ですが、その直後の1981年ころに物価はピークを迎え、以後、なだらかに下降します。

二つのオイルショックを経た後の1980年代以降は、2005年頃まで物価は安定しました。特に日本では1991年のいわゆるバブル破裂以降、消費者物価が低落、つまり、デフレに陥りました。これはそれまでの需要超過から一転して、供給過剰の局面へと転換したと考えられます。1950年代から70年代にかけて、主として先進工業国で自動車産業への多大な投資が行われた結果、世界中で自動車生産が増大し、巨大な生産力の蓄積が実現しました。

供給過剰によるデフレは、消費者にとって、ものが余って、値段が下がるのですから、必ずしも悪いことではありません。むしろ、消費者は、溢れんばかりの潤沢な商品の中から、自由に自分の好みで選べるようになったという、幸せを感じているのかもしれません。
しかし、その反対に、メーカーなど生産者にとっては、辛い時代です。もはや「つくればつくっただけ売れる」ような時代ではなく、高品質で、低価格の商品をつくっても、消費者の好みに合わなければ、必ずしも売れないからです。1980年代以降、消費者優位の時代へと転換したことは明かです。

この時代には、最低限、「競合他社よりも少しでも品質が良い商品を、少しでも低価格で、少しでも早く市場に出さなければなりません。しかし、消費者優位の時代の本当の特徴は、「ある一定の基準を満たせば売れる」のではなく、消費者の好みにあったものが売れることです。『売れるものを、売れるときに、売れるだけ』つくることが重要となっています。つまり、『蕎麦屋の出前』のような考え方が理想なのです。

しかし自動車は、3万点もの精巧な部品が組み上がって出来ており、それらの開発には膨大な資金と時間、多数のエンジニアの存在が不可欠です。また同時に、企画・生産・販売にも多くの人々の協力が欠かせません。

つまり、これらに携わる多くの人々の『働き方』が決定的に重要なことになるのです。
いくら『蕎麦屋の出前』方式が理想とはいえ、自動車の製造にこの方式を当てはめて実践することは、現実的には非常に困難なことでした。
これに挑戦したのがトヨタ自動車であり、最適な自動車生産システムとして完成させたのが、世界に誇る『トヨタ生産方式』だったのです。

トヨタ生産方式とは

日本の自動車産業が今日のように発展する礎となったのが、日本型の生産方式で、その代表的なものがトヨタ生産方式です。

トヨタ生産方式とは、ムダを徹底的に排除することを目指して、そのための合理的な作り方を追求して形成された生産技術の体系です。しかし、それは同時に、ものづくりに関する独自の考え方の体系化でもあるので、いわば、ものと人間に関する思想でもあります。さらに、実際にこれを実現するのは、現場で働く人々であるという現場重視を信念としていることから、トヨタ生産方式は、人々を教育する「人づくりのシステム」でもあります。

トヨタ生産方式は、学問の世界でよく見られるようなヨーロッパやアメリカからの直輸入品ではありません。すでに戦前からトヨタ社内で徐々に形成されてきた思想・方法です。何か抽象的で、一般的な原理・原則を演繹的に、上から一気に現実に適用したのではなく、工場内の現場や現実から出発して、徐々に、試行錯誤しながら、長期間掛けて熟成された思想であり、方法であり、組織であり、その総体です。多数の人々の叡智と努力と経験の結晶です。

トヨタ生産方式には、ふたつの柱があります。自働化とジャスト・イン・タイムです。
自働化、これは、自動化でありません。「人偏のついた自働化」と言います。明治の発明家豊田佐吉は、自動で動く機織り機、つまり、自動織機を考案しました。豊田佐吉の自動織機の優れたところは、単に作業を自動化しただけでなく、その機械に不良品を検知する仕組みを組み込んだのです。そのおかげで、常に人が側にいて監視する必要がなくなり、一人で何台もの機械を担当できますので、生産効率と作業効率が飛躍的に高まりました。これがのちに「ポカヨケ」として発展しました。「ポカヨケ」が組み込まれていると、不良品をつくらないだけではなく、不良や異常や作業ミスが生じたら直ちに機械が停止しますので、品質向上と生産性向上が同時に達成できるのです。

トヨタ生産方式のもう一つの柱が、ジャスト・イン・タイムです。ジャスト・イン・タイムは、「ちゃんと間に合うように」という意味で、一見、英米由来の言葉のように聞こえますが、もともとは英語ではありません。野球のナイターやOLのように、日本で生まれた和製英語です。豊田喜一郎は、佐吉の長男で、トヨタ自動車の創業者ですが、彼がすでに戦前から提唱した考えが「ジャスト・イン・タイム」による効率化であり、ムダの徹底的な排除です。

ジャスト・イン・タイムには、「必要なものを、必要なときに、必要なだけつくる」という意味が込められています。自動車は3万点にものぼる部品からつくられている精巧な機械ですが、効率よく生産するためには、部品がいつも過不足なく調達されていなければなりません。ひとつでも部品が欠ければ、自動車全体が不良になってしまいます。それは大変だ。では、部品の欠品を防ぐために、少し多めにつくっておいて、あらかじめ在庫として準備しておきましょうか。かつてトヨタ以外のすべての企業が、あらかじめ「つくれるものを、つくれるときに、つくれるだけ」つくって、欠品させないようにしていました。「これこそ、壮大なムダである」と、喝破したのが豊田喜一郎であり、彼がジャスト・イン・タイムを提唱したのです。

ジャスト・イン・タイムを実現する手法が「かんばん」です。かつては、トヨタ生産方式のことを「かんばん方式」と呼んでいました。もとトヨタ自動車副社長の大野耐一は、戦後、アメリカのスーパーマーケットの商品陳列方式に注目して、生産の流れの中で、前の工程がつくったものを、そのまま後ろの工程に流すという、従来からのやり方を逆転させました。スーパー自体を前工程、お客を後工程と考えるとお客である後工程が、必要な部品を、必要なときに、必要な量だけを前工程に取りに行きます。スーパーでは、お客が自分の買いたい商品をカートに入れてゆき、お店が客のカートに勝手に商品を入れるわけではありません。それと同じです。

後工程は自分が必要な部品を取った際に、「かんばん」を置いてゆきます。「かんばん」とは、ビニールケースに入ったA5くらいのカードです。このカードには、後工程が必要とする部品の情報、例えば、部品リファレンス、数量、時期、運搬方法など必要な情報が記載されていて、前工程はそれを受け取ると、適切な時期に生産に着手します。

「かんばん」によって、前工程はつくりすぎを防ぎ、後工程が必要とする部品を、必要な時に、必要な数量だけ生産することができます。トヨタ生産方式の根底に流れるのは、「徹底したムダの排除」です。在庫のムダを「かんばん」によって排除しているのです。

トヨタ自動車の編み出した『ジャスト・イン・タイム』や『自働化』、『かんばん方式』などは、現在では自動車産業にとどまらず、他の様々な生産に携わる企業や、建築産業などにおいても数多く導入されています。
トヨタ生産方式の目的は、徹底したムダの排除による原価低減と人材育成ですが、『ジャスト・イン・タイム』や『自働化』は、目的のための手段であり、形だけを真似てもメリットはありません。大切なことは、仕事の本質である『当たり前のことを根気よく続けること』であり、それを現場レベルで理解した人材を育てることなのです。これにより、そこで働く人々が育ち、創意工夫を行い、企業体質が強化されていくのです。

縁の下の力持ち-中小機械工業

1985年のプラザ合意をきっかけに、日本円の為替レートは大幅に上昇しました。それまで1ドル240円水準であったのが、一気に1ドル120円水準にまで円の価値が高まったのです。
自国の通貨の為替レートが上昇することは、その国における労働力の価値が高く評価されることを意味するので、円高自体は決して悪いことではありません。しかし、円高になると、日本からの輸出品は相手国でその分だけ価格が上昇しますから、輸出には不利になります。自動車や、電機・電子産業など、輸出志向の強い製造業は、日本において操業を継続することがますます困難になり、電機・電子の組立メーカーや自動車メーカーなど、いわゆるセットメーカーの海外移転が1980年代後半から大規模に始まりました。

技術的に低レベルで、かつ、数十万個あるいは数百万個単位でつくる大量生産の規格品は、もはや日本でつくるのは難しくなりました。途上国、特に中国などでは、非常に低い人件費と最新設備の積極的投資によって、規格品を大量生産して、世界中へ輸出し始めました。
『世界的に競争が激化している今、日本において製造業は大きな困難に直面しています。先の大戦以来60数年間の努力のおかげで、現在の日本人は、非常に高い生活水準を享受していますが、皮肉なことに、まさにその高度な生活水準こそ、日本を高コスト体質にしているのです。例えば、賃金、土地、電気・ガスなどのエネルギー、そして、税金など。日本人の賃金は世界的に見ても高水準です、

発注元のセットメーカーが海外展開して、国内協力メーカーへの発注を減らすとともに、円高で相対的に安くなった部品を海外から輸入し始めると、国内協力メーカーは大きな苦境に立たされます。日本で操業を続けるのが、ますます困難になってきています。
日本の中小メーカーは、この難局をいかにして切り抜けようとしているのでしょうか。

もはや大量生産品は、中国などとの競争ではかなわないので、日本の中小メーカーは、高品質、短納期、そして、低コストを目指します。規格品の大量生産は、あらかじめ作り溜(つくりだめ)することです。「つくれるものを、つくれるときに、つくれるだけ、つくる」というやり方です。日本の中小メーカーが目指すのは、多品種少量生産です。同じ規格の製品群をロットと言いますが、数十万個というロットではなく、数千個、あるいは数百個という、小さなロットで生産するのが、多品種少量生産です。

同じ規格の製品を大量に生産すると、製品一単位あたりにコストは小さくなります。しかし、逆に、多くの種類の製品を、少量ずつ生産し、なおかつ、低コストで生産するのは、簡単なことではありません。
特に部品メーカーは、もはや規格品の大量生産に頼ることはできず、多品種少量生産に活路を見いださなければななりません。しかし、多品種少量生産は、頭では理解していても、実際に現場で実践するのは容易ではありません。

経営者が多品種少量生産を実施しようとしてラインを減らしても、それだけでは「寄せ止め」はできません。数少ないラインで多品種を製造するためには、段取り替えをその分だけ頻繁に実施しなければなりません。専用工具を取り替えて、別の製品を製造するのです。そして、何よりもラインストップ、いわゆる「チョコ停(チョコっと停止)」を無くさなければなりません。

ここでこそ、現場の人たちの出番です。実際に機械を扱う現場の作業者たちが「寄せ止め」の意義を良く理解した上で、日々の予防保全に努めて、機械をいつも動かせる状態にできてこそ、この「寄せ止め」が可能になるのです。現場で作業する人々の細心の注意が不可欠です。

「寄せ止め」も、現場で作業する従業員たちが、良い製品を作ることを「我がことのように」考えて、当事者意識を持って働かないと不可能です。従業員の「やる気」が「寄せ止め」という改善活動を支えています。

「良いものを安くつくる」という基本は、いつの時代も決して変わらないものです。この基本を可能にするのが人々の知恵であり、ヒト中心のものづくりなのです。
生産活動は、知恵を出して働く人がいてこそ成立し、日々進歩していきます。すべての人の「考える力」を尊重する、「人間性の尊重」が根底になければなりません。人が本当にやる気を出すのは、金銭的報酬や評価報酬などではなく、知恵を出す場所や機会が与えられ、認められた時です。従業員自らの考える力や、知恵を出す力こそが、最も尊重すべきことなのです。

日本人の労働意識・モチベーションはどこから来るのか

長野県のピストンメーカーでのインタビューでは、「必要なものを、必要な時に、必要なだけつくる」というトヨタ生産方式の核となる考え方を、実際に生産現場で適用している実態を見てきました。その際に、経営者や従業員の方々が、何を考えて、日々働いているかもお尋ねしました。皆さんのお話を一言で要約すると、「最良のピストンをつくることで、最終購買者であるお客に満足してもらえるような良い自動車をつくるのに貢献する。そのためにできるだけの努力と知恵を絞る。自分の最善を尽くす」とまとめられると思います。

冒頭で、「自動車は耐久消費財だ。消費財だから、見込み生産でつくらざるをえないのだが、消費者の気まぐれで買ってもらえるかどうかわからない。その一方で、複雑な精密機械だから、準備に膨大な人手・時間・費用がかかるという難しさがある」とお話ししました。
自動車生産を耐久消費財生産という観点から把握してみましょう。自動車メーカーは、大衆がお客ですから、見込み生産で自動車をつくり市場に出します。供給が先で、需要が後です。モデルの売れ行きが良ければ量産効果が出て、製品一単位あたりのコストが下がり、収益が高まります。しかし、もし売れ行きが悪く、想定された台数が売れなければ、収益が悪化して、場合によっては値下げなどに追い込まれます。需給による価格調整の圧力にさらされていると言って良いでしょう。この不確実性は、消費財の宿命です。

一方、量産する前には準備の過程があり、開発し、金型などの専用設備を調達し、部品を部品メーカーで生産して、最後に、自動車メーカーが車両として組み立てるという一連の工程を想定できます。自動車メーカーが最終的に組立てる前に以上のような膨大な準備工程が存在します。
部品は3万点もありますので、その生産において、開発にも、設備にも、労務費にも、巨額の固定費用が必要です。従って、自動車メーカー・部品メーカーいずれにもに大きな負担がかかっています。
自動車メーカーは部品のスペシフィケーションと呼ばれる仕様を提示して、部品メーカーに発注します。つまり、需要がまず生じて、その後に生産が開始されます。部品メーカーから見れば、受注生産で部品をつくり、納入します。そもそも耐久消費財は、その開発や生産準備に膨大な費用・工数・時間がかかる耐久財なので、本来は受注生産でこそ生産されるべき財である(製造業界の人間ならば、誰でもそう願うに違いない)。ましてや、耐久財の開発・生産準備というような膨大なリスクを全面的に負えるような部品メーカーは存在しない。受注生産というからには、あらかじめ価格や数量が決められますから、「フル・コスト原則」(つまり、コスト積み上げ方式)で価格が決定されるのが、伝統的です。

もともと耐久財の生産においては、膨大な費用がかかることから、「フル・コスト原則」が機能せざるをえないのです。耐久財は、そもそも試しに市場に出して、需給関係によって販売価格と数量を調整するという、純粋交換モデルが適用できない財であるし、そのような方式では生産されてきませんでした。つまり、部品生産の局面では、受注生産方式(需要が生じて、初めて生産が開始されるという、需要主導タイプ)で行われて、有効需要の原理が機能している世界でありました。

また、自動車メーカーは、部品メーカーに対して、どれだけ売れるかはわからないから、自動車メーカーは、売れてみてから値段を確定して、部品メーカーに支払いをするという開発から部品生産までの領域では、基本的に受注生産方式が支配的です。この領域では、価格・数量を事前に確定するという、フル・コスト原則に則って取引が行われており、とりわけ下請取引は(欧米の伝統的な生産方式では)フル・コスト原則の最も典型的な事例でした。

ここに《耐久消費財のディレンマ》と呼ぶべき最終財生産者(つまり、自動車メーカー)がさらされている見込み生産と受注生産との板挟みの状況を指摘できます。自動車メーカーは、最終財が市場に出る何年も前から見込み生産方式で開発を開始せざるをえないが、しかし、最終組み立てにいたる中間工程では、受注生産方式で生産を進めざるをえないという、受注生産の圧力と、反対側からの見込み生産の圧力が最終財メーカー(自動車メーカーや、電気・電子機器メーカー)を板挟みにしているのです。大衆を対象としている限り、フル・コスト原則で価格を決めることができない。事後的に確定しているのだから、コストを積み上げて自分で価格を決定しているように見えて、実は、コスト(の本当の価格)を市場における需給関係によって事後的に微調整しているのです。耐久消費財は、確かに耐久財だが、しかし、消費財なので、見込み生産でしか生産できないのです。すなわち、耐久財が同時に消費財になってしまったことによる固有のディレンマが生まれたのです。

日本の自動車産業でも、部品生産は受注生産方式で行われています。しかし、欧米のように、ひとたび受注の際に契約で価格・数量などを決定したら、後は決定された取り決めに従って部品を納めればよろしいというのとは違います。例えば、「寄せ止め」の事例でも見たように、「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」作れるように、あらかじめ決められた契約以上に、優れたピストンを納めようと知恵を絞ります。現状を超えようと努力するのです。従業員の人たちも同じです。あらかじめ賃金水準は決まっていますから、これは、いわば受注生産方式です。少なくとも、「賃金をもらえるかどうかわからないけれども働く」という、見込み生産方式ではありません。しかし、従業員の人たちは「これだけのお金をもらったんだから、これだけ働く」という、対価のためだけに働いているのではありません。企業の目標があって、そこから従業員ひとりひとりにまで降りてきた個人目標を設定し、それをクリアすることに全力を尽くし、達成したときに大いなる喜びを見いだしているのです。

部品メーカーもそこに勤める従業員も、ともに受注生産の世界に生きています。図示的に言うと、このような受注生産の論理と仕組み(自動車メーカーは自動車メーカー。彼らは見込み生産という彼らのリスクがあるが、われわれは自立した企業だから、自動車メーカーの命運とは別だ)を貫いてきたのが、欧米の自動車メーカーであり、部品メーカーです。日本の部品メーカーと従業員たちは、自動車メーカーがさらされている見込み生産のリスクを理解し、そのリスクを「我がこと」のように捉えて、分かち合うという仕組みを築いてきたと言えるでしょう。このことが、今日の日本自動車産業発展の重要な一因となっていると思います。

モチベーション(Motivation)という言葉は、『Motive(動機)』と『Action(行動)』が組み合わさった造語とされています。
一方インセンティブ(Incentive)という言葉も、『動機づけ』という意味合いで、モチベーションと似ていますが、インセンティブは外部からの刺激による行為であることに対し、モチベーションは内面的意識による自発的な行動を指します。

日本人の労働に対するモチベーションは、世界に類を見ないほど高く、その力が日本を代表する企業を支え、日本人のこころを豊かにしているのです。
それは、あらゆる所で働く人々それぞれが、『自分が現場の主人公』であることを、覚悟しているからに他なりません。
自分の仕事に誇りを持ち、人に言われたからやるのではなく、自ら進んで仕事に向き合う、プロフェッショナルな気質を備えた民族が、私たち日本人なのです。