• 中央大学で学びたい方
  • 在学生の方
  • 保護者の方
  • 卒業生の方
  • 一般・地域の方
  • 企業・研究者の方

インターナショナル・ウィーク
【2013日越国際シンポジウム】グリーン経済とエコビレッジ(日越共同研究)ー中央大学経済学部教授 緒方俊雄

司会(松谷研究員):ただいまから2013年日越国際シンポジウムを開催いたします。私は、中央大学経済研究所の客員研究員として「環境と経済研究会」において共同研究をしております松谷です。今年は「日越友好40周年記念」にあたり、中央大学の「インターナショナル・ウィーク」の一環として、日越国際シンポジウムを開催することになりました。最初に、文部科学省科学研究助成制度に基づき日越共同研究を組織されている経済学部の緒方教授から基調講演をお願いいたします。

(緒方):みなさん、こんにちは。ただいまご紹介にあずかりました経済学部の緒方です。経済研究所「環境と経済研究会」の幹事を務めております。本日は、日越共同研究として『グリーン経済とエコビレッジ』を基調講演のテーマにしました。実は、2010年に中央大学創立125周年記念として、ハノイ国民経済大学(NEU)において日越国際シンポジウム(写真1)を開催したことがあります。当日は『緑の経済回廊と生態村(エコビレッジ)』をテーマにしていました。その結果、今回の文部科学省科学研究助成制度に基づく日越共同研究を組織する事が出来ました。

中央大学創立125周年記念 日越国際シンポジウム(ハノイ国民経済大学)

中央大学創立125周年記念 日越国際シンポジウム(ハノイ国民経済大学)

昨年(2012年)は、ご存知のように国連「リオ+20」の話題が新聞に載っていて、ずいぶん議論されました。1992年にリオデジャネイロで開発と環境に関する委員会が開催され、そこで「リオ宣言」、「アジェンダ」、さらに「森林原則」などが表明されました。現状では、地球規模で気候変動や生物種多様性に大変深刻な問題が指摘され、これらが世界共通の課題にあがりました。そしてその後20年を経って、昨年再びリオデジャネイロで国連会議を開催されたので、「リオ+20」と呼ばれているわけです。

その中の気候変動(climate change)の部分を見ると、先月ポーランドで気候変動国連会議(COP19)が開催され、それと同時にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)において、世界の科学者が集まり実態調査を分析した結果が発表されています。それによると、地球温暖化がますます進んでいることが判明しています。その原因は「地球温暖化ガス(GHG)」で、大きな割合は二酸化炭素(CO2)であり、それは石油や石炭などの化石燃料を大量に使用することによるものあることはわかってきました。特に産業革命以降、経済開発主義によって大量に化石燃料が使用されてきたことが原因であるということはほぼ間違いないという結論になっています。したがって、温暖化ガスをどうやって抑制していくかということが、国連会議の大きな課題になってきたわけです。

ご承知のように、1997年に日本の京都で開催されたCOP3(Conference of Parties)という国連締約国会議において「京都議定書(Kyoto Protocol)」が採択され、各国、特に先進国で温暖化ガスの削減割り当てが決まりました。日本は1990年を基準にして6%、アメリカは7%、ヨーロッパは8%の削減というように、先進国に削減割り当てが決まりました。しかし、ここで一言断っておきますが、この国連会議で基準にされた「1990年」ですが、なぜ1990年なのかという問題です。日本政府は、その問題を十分に議論せずに環境外交を失敗したと言われています。

日本の環境省は1990年を基準に排出抑制政策を策定しますが、経済産業省や経団連は、「とんでもない! 日本は1970年代の石油危機の時代に行った削減努力が考慮されていない! その時の日本は石油使用を抑制する合理化技術を開発したが、それがほとんどカウントされないで、なぜ1990年基準になっているのだ!」と批判しているわけです。だから現在、日本の財界や経済産業省は京都議定書を重視していないのです。そして経団連は「自主規制」としてやれる企業がやればいいという形になっているのです。また、アメリカは、クリントン政権の時、ゴア副大統領が排出抑制政策に積極的でしたが、次のブッシュ大統領の時に京都議定書を離脱してしまったのです。

そんな経緯があって、京都議定書の締結以降、温暖化ガスが抑制されたかというと、先進国、特に欧州では抑制されつつありますが、中国、インド、ブラジルなどの途上国では急速な経済発展が進み、全体として抑制どころか増加しているというのが現状です。事実、1880年から2012年にかけての世界の気温上昇は0.85度でありました。これだけでも地球温暖化の脅威は世界各地で現れ、極端な気象災害や水不足が、人々の命を危険にさらしています。そして、この京都議定書で決められた「第一約束期間」が2008~2012年でしたので、昨年この約束期間が終わってしまいました。先日、IPCCの『第五次報告書』が報告され、事態がますます悪化しているとのことですので、いまは「ポスト京都」の行方が大変大きな話題になっています。

その後、民主党(鳩山)政権が2009年に温室効果ガス削減目標を「1990年比25%減」を提示し注目されました。しかし、それはCO2を排出しない原発を前提にしていましたので、東北大震災後の「原発ゼロ」のもとで行き詰まり、第2次安倍政権は2020年までの「2005年比3.8%減」と改定しました。それは、従来の1990年比ですと削減どころか3.1%の増加となり、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP19)において、日本は各国から痛烈な批判を浴びています。また中国やインドも「GDP比の削減目標」を提示しましたが、これは、経済成長につれて温室効果ガスを増加させるので、全体としての削減につながりません。

私は、先月IPCC『第五次報告書』に関わった研究者の研究会に参加させてもらいましたが、現状の国際交渉はかなり深刻で、あと何年かすると温暖化を逆戻りできなくなるということです。北極や南極の氷河や氷山がなくなり、地球上に「氷がない時代」が来るかもしれません。そこで2020年を目標になんとか排出抑制する世界的合意を再構築しようというのが現状です。しかし、国連環境計画(UNDP)の報告書によると、現状では先進国が掲げる2020年までの削減目標をたとえ達成しても、「気温上昇は産業革命前より2度以内」という目標に必要な水準と比べると、年80億トンから120億トンもオーバーしているということです。地球温暖化は明らかに「人為的な現象」ですから、人類がお互いに話し合って解決する道を導くべきであるというのが、「差異はあるが共通の原則」になっていると思います。

私は、京都議定書の中では、「京都メカニズム」に注目してきました。これは、一種の経済機構です。つまり、温暖化ガスを抑制している国(あるいは企業)と、抑制できない国(あるいは企業)があります。そして「排出権取引(ET)」という市場メカニズムで、排出企業が抑制企業から排出枠を買い取るという制度です。また先進国間の技術を融合して、排出量を抑制する技術の開発をした場合、両国の共同実施(JI)が認められています。さらに私が特に注目している先進国と途上国間での仕組みは「クリーン開発メカニズム(CDM)」です。これは先進国と途上国(あるいは両国の企業や団体)が契約を結んで、先進国側が資金と技術を提供し、途上国側が現状のべースラインを測定し、現状よりも削減することが出来たならば、途上国の削減量を先進国の契約者に譲渡できるというものです。

さらにこのCDMを大別すると、「排出源CDM」と「吸収源CDM」があります。最初の「排出源CDM」は、排出の源泉である旧式工場(技術)をもっと合理的なものに替えて、その削減量をクレジットとして獲得するという仕組みです。しかし、途上国の旧式工場での改善努力のインセンティブを削いでいるという問題点が指摘されています。

私が注目するのは、後者の「吸収源CDM」です。これは途上国の森林消失地で植林を行います。森林が生長する過程で二酸化炭素を吸収しますよね。ですから樹木を植えることで空中の温室効果ガスが吸収され、温暖化が抑制されるというものです。これを「カーボン・オフセット」として色々なプロジェクトを組むこともできます。これは、森林管理の仕組み(ガバナンス)を作る難しさはありますが、途上国で植林をすることによって二酸化炭素を抑制して、温暖化などの解決につながるだけでなく、地域の村落の持続可能な経済発展にも寄与するというものです。私は、この仕組みをISPONREのチン教授に説明し、日越共同プロジェクトを組織しました。後ほどチン教授からご紹介いただきますゲアン省に1万ヘクタールの広い土地に木を植えています。これは、温暖化を抑制するだけでなく、地域の環境や生物種を保全し、地域開発に寄与する「日越友好の森」プロジェクトです。

先ほどお話したように、京都議定書は2012年で約束期限が切れてしまいました。いま「ポスト京都」を模索しているところです。アメリカでは、ブッシュ大統領の時代に離脱しましたが、オバマ大統領は「グリーン革命」を提案しています。もう少し積極的に具体的な対策が提起されるかと思いましたが、米国内でも意見が対立し、なかなか合意が得られていません。それから、途上国には抑制制限がないため、中国、インド、ブラジルなどが猛烈に排出増加を続けていまして、事実上、温暖化ガスが加速しています。したがって、途上国を含めた対策が不可欠なわけです。

先程ご紹介したIPCCの研究会では、北極・南極の氷が溶けて、氷のない時代がもうじき到来するようです。その時、何が起こるかというと、暖流や寒流といった海流が弱まってしまうのです。北極や南極の冷たい水が流れて行って、南洋で温められ、ある意味で海をかきまわしてくれているそうです。そのために魚などの豊かな海洋資源が得られているのです。その海流がなくなるということです。そうなった時に、人類がもう一度人工的に氷河や氷山を作るというのは、現在の技術や能力では不可能だろうということです。つまりその時点になった時、地球というのは猛烈な気候変動と熱球に変わるだろうと言われています。それは今世紀中に起こってしまうというので、いまそういう分野の科学者は深刻な問題だと言っています。

もう一つ、「生物種多様性(Biodiversity)」の問題です。これは、ISPONREのチン教授のもとでも重視されている課題です。生物種多様性、生態系、あるいは生物種や遺伝子の保存を世界で保護する制度を作るという問題です。これもやはり国連会議(COP)で議論されております。特に2010年に名古屋で開催されたCOP10の時に「名古屋プロトコル」、つまり「名古屋議定書」を締結しております。だから、京都議定書が温暖化の問題、名古屋議定書が生物種多様性の問題として、両方とも日本をベースに世界的な課題が議論されたという意味で素晴らしい貢献をしていることは誇るべきことだと思います。

COP10が名古屋(愛知)で開催され際に、世界で生物種の保全の目標を作るために「愛知ターゲット」という目標も決まりました。私がここで強調したいのは、そこで「里山イニシアチブ」が提案されたということです。これは、国連大学(東京・渋谷)で研究している科学者が提案し、名古屋議定書の中に付帯条件として、里山(SATOYAMA)をベースにして環境保全の再構築を世界で推進しようというものです。FAOの統計によると、世界の森林面積が減少する中で緑の地球に戻そうという提案が採択されています。それをベースにして、『生態系と生物多様性の経済学』という本も出版され、『生態系サービスと人類の将来』という翻訳も出版されています。森や川や空気などの「自然資本」が、人類や生物社会にいかに貴重な価値を生み出しているか、そういうものが21世紀の経済学として重視される時代です。

20世紀に国連で「環境と開発に関する世界委員会」があり、環境を守らなければならないという国、主に先進国と、開発主義を進めて貧困をなくし先進国並みの経済状態をつくりたいという途上国が、水と油のように対立していました。環境の方はエコロジー、開発の方はエコノミクス、それらが対立して、なかなか合意を得られないという状態です。そのような状況に対して、ノルウェーの女性首相のブルントラントという人が、「ブルントラント委員会」を組織し、『報告書』"Our Common Future" をまとめます。その中で初めて、「持続可能な開発(Sustainable Development)」という概念が共通の土俵になりました。今までのように環境と開発という水と油の議題だと、環境に力を入れる国と開発に力を入れる国とが衝突してしまうので、相互に持続可能を追求することが話題になっています。

しかしその後、「持続可能な開発」概念を巡っても多くの議論が提起されています。私はそれを大きく二つの視点に分けています。一つは、ブルントラント委員会が明らかにした、将来世代と現代世代の問題です。私たちの現代世代だけではなくて、私たちの孫、ひ孫などの将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく開発を持続的に進めるという問題です。現代世代でなく、将来世代にまで視野に入れて開発のあり方を考えるということです。だから今、私たちが便利だからといって石油などの資源を大量に使用して地球環境を壊したら、将来世代はどうなるのだという問題意識です。だからそういうことにならないような生産や消費の様式を再検討していこうということなのです。

もう一つの視点は、先進国は産業革命以降これまで開発を推進してきていましたが、途上国はこれからの開発の流れをストップされては困るという意見の対立です。したがって、先進国はODAを通じて、途上国に技術や資金を援助すべきだというものです。しかし先進国の意向が強すぎると、下手すると途上国の民族の伝統的な文化領域を侵してしまいます。だから各民族それぞれの歴史文化やライフスタイルを壊さないように貧困削減を行い、健康で文化的な生活を維持できるような開発を支援することが望ましいだろうと言われています。その精神は、シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』に依拠しています。国連では「差異はあるが共通の原則」のもとで、地球環境に配慮した持続可能な開発をするために取り組むのだということですが、この間の国連会議を見ていると、地球環境を壊してきたのは先進国だから先進国が全部負担しろという意見ばかりでした。しかし途上国も環境保全の役割があると思います。先進国も途上国もともに「共通の原則」として地球環境を守っていく必要があるというものがキーワードであるはずです。

さらに、私は「持続可能なライフスタイル」のあり方を再検討する必要性をあげています。私がそれを実感したのは、東北の大震災です。それまで、首都圏でオール電化の高層アパートに住んで快適な生活をしていた人々が、停電でどれだけ困ったかご存じですか?エレベーターが動かないのです。トイレの水が流せないのです。だから近代的な暮らしは一見便利なようですが、かなり脆弱だったということです。そして大震災で、津波で原発が止まるだけでなく、石油がもうじき枯渇すると言われています。大災害が予測され、世界の資源がだんだんと枯渇していく中で、これまでの贅沢なライフスタイルを見直そうということが議論されています。だから、自然環境を壊すのではなく、自然環境と共生するような生活様式を目指すために、国連(ユネスコ)は「持続可能な開発もための教育の10年(UNDESD)」という目標を定めています。この教育の10年は日本の提案ですが、中央大学(経済研究所)は2011年に教育プログラムとして国連に承認されたEDE(Ecovillage Design Education)を実施しました。その時のテキストが『幸福な共生社会をめざして』(ヒルトップ出版)です。

国連のEDEにもアクセスポイントがあります。英文と和文のファイルがありますので、後でアクセスしてみてください。そこでは、Global Ecovillage Network(GEN)が健康・共生・幸福によるライフスタイルを追求する国際的な組織として活躍しています。このようなライフスタイルの体験学習の場を提供することで「エコビレッジ運動」を広げていこうという取り組みです。

幸い、当時GENの理事をしている方の知遇を得て、ドーソン著『世界のエコビレッジ:新しい持続可能性のフロンティア』(日本経済評論社)を翻訳する機会を得ました。それに基づいて、中央大学(経済研究所)においてEDEを実施したわけです。GENの本部はイギリス、スコットランドにあります。アメリカでは「ENA」、欧州では「GENヨーロッパ」が地域的な組織となっています。アジアでは「GENOA」ですが、その本部は日本の静岡県富士宮市にあります。明日、ベトナムの先生方を富士宮市にある「エコビレッジ(木の花ファミリー)」にご案内し、持続可能なライフスタイルを視察体験する予定です。

今までは経済中心でしたが、これからは、同時に環境保全や地域コミュニティ(社会)の調和が求められます。それに加えて、私が重視しているのはEDEの日本語版テキストでは「環境」と訳されていますが、英語版では「エコロジー(生態系)」です。つまり、エコノミー(経済系)とエコロジー(生態系)をいかに調和するかということです。その詳しい話は、残り時間が少ないので、配布資料を読んでいただきたいと思います。その考え方を学んだのは、イギリス・ケムブリッジ大学のJ.ロビンソン教授からです。私のイギリス留学時代の先生で、米国の経済学会で「経済学の第二の危機」という問題提起を行った人物です。「第一の危機」は1930年代の経済恐慌の時です。それは、ケインズ経済学(マクロ経済学)の新しい展開で回避されました。「第二の危機」は現代の地球規模での環境危機です。それは、21世紀の戦争のない環境破壊のない世界、共生社会を再構築することをめざしています。

本日、この国際シンポに参加されている方の中には、私のマクロ経済学を履修されている学生もいるかと思います。経済学における「ケムブリッジ学派」というのは、A.マーシャル、A.C.ピグー、そしてJ.M.ケインズといった経済学者の伝統をもつ福祉を重視する経済学です。そういう経済学者の経済思想をベースにしています。中でも、私は、マーシャルが最初に「エコロジーに基づく経済学」を築いたと思っています。そこで重要なのは「生産」の定義です。私はこの視点をマクロ経済学の講義でも強調しています。マーシャルの「生産」の定義は独特です。彼は、「人間は物的なものは生産できない」と断言しています。私は、人間こそが物的ものを生産してきたと思っていたので、彼の『経済学原理』のこの部分を初めて読んだ時にはびっくりしました。

彼は、「物理的世界」と「精神的世界」を区分して、「物理的世界では、人間は物的財を生産できない。しかし精神的(道徳的)世界では、人間は頭脳で新しい観念、テクノロジーを産み出すことはできる」と言っています。経済では、人間は自然の資源を利用・加工しているだけです。天然資源は生産しているのではなく、例えば石炭や石油は地下から掘り出す(消費)だけです。人間はその技術や方法を産み出しました。森林は、自然界で太陽光を受け、二酸化炭素を吸収しながら生長(生産)します。人間は、その森林を伐採して、家屋や家具を作り、燃料を作っていますが、森林を消費しているにすぎません。事実、森林を伐採し続行ければ、森が消失し砂漠化するだけです。こうした生物学的「生産」の定義に基づいて、私は「生態経済学(Ecological Economics)」を再構築しています。

マーシャルがこの考え方を得たのは、ケムブリッジ大学の生物学者C.ダーウィンに依拠しています。ダーウィンは『種の起源』のなかで、光合成によって食物が生産され、草食動物はその食物を食べる、消費する。さらにそれらを肉食動物が食べる。人間もそうです。それを「食物連鎖」と呼びます。そして残りの廃棄物や残骸、排泄物などは微生物やミミズが分解し、そこに豊かな土壌を形成してくれます。そして、自然界は再び光合成による生産活動が循環し、持続可能にしていると言っています。つまり、生態系は循環型システムを作っているのに、人間の経済界は開発主義によって資源を大量に消費して、その後は廃棄物の山となり、ついに東京都は廃棄する場所がなくなってしまい、廃棄物を焼却し、その灰を埋める土地すらなくなるという事態に直面しています。これは経済系の非循環的システムです。

また生態学者のE.P.オダムや環境学者のレスター・ブラウンは「エネルギー消費低下の法則」を指摘しています。私たちが、食物、例えば、そのまま植物製品、例えば大豆を食べれば、そのエネルギーが肉体の栄養になりますが、その植物を動物に食べさせ、その動物の肉を消費(間接消費)すると、どのような効果をもつかを検討しています。いま肉を食べるとしましょう。鶏肉100gを食べるには400gの穀物肥料を与えてあげなければいけないそうです。豚肉では700g、牛肉は1100gの穀物肥料を与えなければ、それらの肉を食べられないということです。換言すると、「食の高度化」として肉食化を推進することは、間接消費として肉に相当する穀物飼料を消費しているという意味になります。したがって、世界の人口が肉食化に向かうと、穀物飼料を生産する地球が何個も必要になりますが、それは不可能です。最悪の場合、食糧争奪の戦争になるかもしれないというわけです。先日、ユネスコでは日本の「和食」が世界無形文化遺産に選ばれましたが、それは持続可能な食文化であるとともに、人間にも地球にも優しい健康的な食事だということだと思います。

私のアメリカ留学時代の先輩にレスター・ブラウンがおります。彼は『地球白書』、『フード・セキュリティー(食糧安全保障)』、『プランB』という本を出しています。彼が来日した際に、私は本学の経済研究所で「国際フォーラム」を開催しました。その議事録は経済研究所の『研究会報』に掲載されています。その時、彼は21世紀の危機として「ジャパン・シンドローム」を指摘しました。それは、日本が重大な経済的病に罹っているというものです。高度成長によって、日本は確かにGDP、国民所得は高くなりましたが、その際に地方の農家から出稼ぎとして大量の労働力を引き出して工場労働者(消費者)にし、その結果、日本の農業労働者(生産者)が減り、農地が荒れてしまい、耕作放棄地が増えているというのです。その結果、日本の食糧自給率が40%を下回っています。もし世界が食糧危機に直面したら、日本人はどうやって食べていくのかという問題です。さらに工業化によって、公害、地球温暖化を起こしています。しかも今は、少子高齢化にともない労働力人口も減少しています。こういう事態に直面している日本は、20世紀型システムではなく、「21世紀型システム」として、現代の経済のあり方を見直すべきだということです。

このインプリケイション(含意)は、日本の人口約1億3千万からもたらされるものですが、この10倍の国(中国)が隣にあります。中国も、高度成長の陰でコメの自給率が落ちており、タイやベトナムからコメを輸入していることをご存知ですか。中国の森林面積も減少し、いたるところで洪水が頻発し、砂漠化が進んでいます。市場経済化、開発主義に基づく急速な工業化が都市の環境問題を引き起こしています。中国は、かつて森林地域の傾斜地を農地にしてきましたが、最近は「退耕還林」として森林の再生政策を実施していますが、そこでは「生態難民」が発生しているそうです。もし異常気象が頻発し、食糧不足が起こったら、世界の食糧体制に危機が起こるだろうとも言われています。だから、いまこそ世界で話し合い、里山やエコビレッジ(生態村)的なライフスタイルを再検討すべきだいうわけです。レスター・ブラウンが『プランB』の中で、「プランA」として化石燃料に依存した経済体制の現状維持に甘んじることなく「低炭素社会」の構築を提唱しています。国連も「グリーン経済」を提案し、経済開発主義、資源の大量消費でなく、生態系の「生産」に支えられた持続可能な社会の形成を目指すためです。

司会者から残り時間があとわずかというサインをいただきましたので、最後に21世紀の経済学のあり方について私の意見を述べさせていただきます。私は、中央大学経済学部に公共経済学科を新設する時、当時東京大学の宇沢弘文教授に相談しました。彼はノーベル経済学賞の候補になっている人物で、私がイギリスのケムブリッジ大学でお世話になったJ.ロビンソン教授の薦めによるものです。私は、彼の「社会的共通資本(Social Common Capital)」という理論に基づいて21世紀の経済学を再構築できると信じています。社会的共通資本とは、自然環境を指している「自然資本」、人間生活に不可欠の教育制度や社会保障制度などの「制度資本」とともに、市場経済を支える社会資本(社会インフラ=Social Capital)などの総合的な体系です。私は、自然資本、制度資本、社会資本(インフラ)の相互作用や最適な結合を追求することの重要性を学んできました。

確かに経済開発に伴って社会インフラの整備も重要な課題であることは否めません。今年(2013年)9月に経済学部「グローバル・フィールド・スタディーズ(海外研修)」として、ベトナムとラオスで貴重な体験をしました。中央大学とハノイ国民経済学(NEU)の学生が一緒にベトナムのゲアン省、ISPONREのチン教授の故郷でありますが、そこへ行き「日越友好の森」植林活動(写真2)を行いました。自然資本の再生です。「吸収源CDM」として、植林は地球温暖化の抑制にも役に立ちますし、地域社会の再開発にも寄与します。これが、私たちの「日越共同プロジェクト・サイト」です。ベトナムでは、「ドイモイ(刷新)政策」により、社会インフラである国道1号線やホーチミンルートの道路や橋梁が整備されていました。

ホーチミンルートとゲアン省「日越友好の森」植林活動

ホーチミンルートとゲアン省「日越友好の森」植林活動

その後、2009年にラオスで中大生が植林した樹木の「カーボンストック(炭素蓄積量)」の測定に向かいました。しかしラオスの地方はまだ道路(社会インフラ)が整備されていませんでした。不運にも、山の奥に入ったところで大雨に遭遇し、マイクロバスがぬかるみにはまり動けなくなりました。学生たちがマイクロバスを降り、皆で後ろから押しますが、マイクロバスは動きません。社会インフラの不備で思わぬ事態に直面しましたが、そこで思いがけない経験をしました。地元の見知らぬ農民たちが集まり、農業用のトラクターを出して、マイクロバスを引き上げてくれたのです。これは、アメリカの社会学者パットナム教授が主張する「社会関係資本(Social Capital)」です。経済合理主義に縛られない人間関係の絆、信頼や相互扶助です。日本は、東北の大震災に時にも、ボランティアの復興援助が行われていますが、世界から注目されている視点です。

いま、それを学術的に分析する専門書が出ています。パットナムは、『孤独なボーリング(Bowling Alone)』とい題名の著書を出版しています。彼は、現代アメリカ社会が個人主義に陥り崩壊していることを指摘しています。そのキーワードが「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」です。さらに、エリノア・オストロムという女性が『ソーシャル・キャピタルの基礎』という書物を出版し、経済学の欠陥を補う問題提起を行っています。彼女は、女性で初めてノーベル経済学賞を受賞した人物として、ご存知のことと思います。

私は、持続可能性の経済学の再構築に向けて、イギリスの『グリーン・エコノミー(ピアス・レポート)』という有名なレポートに注目しています。最近でも改訂版が出版されています。そして2012年の「リオ+20」で「グリーン経済」が共通の話題になりました。そういう中で、自然資本にもっと力を注ごうという流れが注目されています。もう一人、カトーという女性が『グリーン・エコノミックス(緑の経済学)』という書物を出版しています。石油や石炭という化石資源を大量に消費し、個人の快楽を享受する個人主義経済学を「ブラウン・エコノミー(茶色の経済)」と見なし、それに対抗するのが「グリーン・エコノミー(緑色の経済)」であるという位置づけです。「社会関係資本」を大切にしながら、人と人とが助け合い、人が環境を保全しながら作っていく「里山の経済」、「共生社会」、その一つのモデルが「エコビレッジ(生態村)」だということです。エコビレッジ・モデルは、現在ベトナムで、地域コミュニティーの住民が一緒になって展開するものであり、それが私とチン教授やベトナムの共同研究者たちの取り組みです。

日本は、先進国と呼ばれ、GDPもトップ3です。しかし毎年自殺者が3万人もおります。不思議ですね。このようにGDPや国民所得水準が高いのに、こんなに多くの自殺者をだすのは、社会制度に歪みがあるではないでしょうか。したがって、GDPが高いことが幸福な社会だとは言えませんね。他方、ブータンの場合は、GDPは161位で下たから数えた方がはやいくらいですが、ブータンの幸福度指数はトップクラスと言われます。これを「幸福のディレンマ」と呼んでいます。そのために、日本やベトナムは今後どちらの方向を選ぶのかということで、中央大学で社会学を担当されている原山准教授とも共同研究を行っています。中国に奪われたGDP世界第2位の座を取り戻す経済開発主義、「ブラウン経済」を優先するのでしょうか? それとも平和で自然環境の豊かな幸福な共生社会を追求するのでしょうか? 私は前述のEDEの成果として『幸福な共生社会をめざして』と題する本を出版しました。これが私たちの共通の土俵であり、ベトナムでも「幸福な共生社会」のための基礎として「グリーン経済」を追求するプロジェクトを組織しているわけです。

すでに司会者から制限時間を告げられました。時間が限られているために、詳しい説明は端折りましたので、パワーポイントの要点と配布資料(英文)とをご覧いただければ幸いです。ご清聴をありがとうございました。