大学院

【究める vol.109】大学院の授業をのぞいてみよう!③ 刑法演習2(法学研究科)

2022年11月09日

「究める」では、大学院に携わる人々や行事についてご紹介します。今回は「大学院の授業をのぞいてみよう!」の3回目として、法学研究科の「刑法演習2」(只木 誠(ただき まこと)教授)の授業の様子をお届けします。

本記事で取り上げる10月18日の授業では、講師としてハレ大学(ドイツ)のヘニング・ロゼナウ(Henning Rosenau)教授をお招きし、<トリアージ(傷病者の選別)の場での医療者の側における「義務の衝突」>についての講演を実施しました。

へニング・ロゼナウ教授は、特に医事(刑)法と生命倫理の専門家であり、刑法・刑事訴訟法に関する伝統的な解釈論のほか、比較刑法や刑法のヨーロッパ化、メディア刑法等の現代的なテーマも研究の対象としています。

授業概要

刑法演習2について

我が国の刑法と法体系を同じくするドイツ法は、わが国の法解釈および刑事司法の運用に大きな影響を与えてきたところ、その独特の理論構成には現在も学ぶべき点が多く、また、比較法的見地から見たその重要性は、現在も変わるところはないといえます。本講座では、比較法的観点から、ドイツ刑事法の文献を検討し、刑法の争点についてのわが国の論文を素材に、考察を進めています。

本日(10月18日)の授業について

大災害の発生時等、緊急医療措置の実施が必要とされる場面において医療者によって行われるトリアージ(傷病者の選別)について、昨今議論となっているのは、医療者の側における「義務の衝突」という問題です。トリアージという作業の根底には「『成功可能性』と『生命の質』の考慮」という問題が存しますが、刑法的観点からの大原則である「生命の質的衡量の禁止」というテーゼに抵触せず、かつ、医師への過度の負担とならない解釈が望まれています。これについて、講演では、トリアージにおける義務の衝突による正当化は可能か、ドイツのように、正当化的義務に加えて超法規的免責事由としての義務の衝突は認められるか、緊急避難による正当化の可能性はあるか、義務の高低の比較の構造はどのようなものか、等をめぐるドイツの議論が紹介され、あわせて、今後のわが国における対応に資する視点が提供されました。

履修者の声

本日の授業はいかがでしたか

【林 弘彧さん】
本日の授業は普段の火曜日の授業とは違い、ドイツ語文献の講読ではなく、現在比較法研究所の招聘で中央大学においでのハレ大学 Rosenau教授のミニ講演会となりました。
Rosenau教授は、ドイツ語で、テーマである「トリアージ(傷病者の選別)」について解説し、只木先生が日本語に訳しました。その際、只木先生は自身の見解も加えつつ、私たちにRosenau教授の考え方を説明してくださいました。しかしながら、ドイツ語で行われる講演は一定以上のドイツ語能力を持ち合わせていないと、十分に理解できるとは言えません。今後も更なる勉強を重ねて、ドイツ語の法律表現を理解できるよう、努力するつもりです。

【趙 思訥さん】
本日の授業は、ドイツのRosenau先生を講師として行われました。ドイツからいらした先生で、話すときはドイツ語が中心で日本語は話しません。普段、この授業ではドイツ語の論文を翻訳することも行っていましたが、今回の授業を自分が十分に理解できるか、はじめは心配でした。しかし、只木先生が通訳をしてくださったため、そういった心配はありませんでした。Rosenau先生が伝えたかったことの全部とは言えませんが、かなりの程度理解することができたと思います。そして、今日の内容は現在ドイツで論争がある問題であるため、自分にとっても新鮮で、学問的な刺激に満ちていました。とても充実した授業でした。

学部と比べると、大学院の授業にはどのような特徴がありますか

【林 弘彧さん】
学部の授業と比べると、大学院の授業はディスカッションすることを重要視しています。私たち院生は授業の内容について、その感想や質問などを互いに向け合うことで、その内容を深く理解することができ、また、それによって、異なる視座から問題の本質を追究することができると思われます。

【趙 思訥さん】
私は、中国の大学(学部)で学んだため、おそらく日本の大学の学部の授業とは異なるところがあるかと思います。とはいえ、学部と比べたときの大学院の授業の特徴は確実に感じています。学部の時は毎回の授業に数十人や何百人の学生がいて、授業中は先生の講義を聞くことが中心で、自分から考えたり質問したりということはほとんどありませんでした。それはただ一方通行的に聞くだけでした。しかし大学院に入ると、授業は少人数で、先生の講義を聞くだけではなく、自分から考える時間があります。そして毎回、授業で、先生から「質問はありますか?」と問いかけられることで、授業の内容についての思索も刺激されます。このようなプロセスによって、知識への理解が深められると思います。

この授業を通じて、どのような学びや発見がありますか

【林 弘彧さん】
今回の授業はRosenau教授のミニ講演会となり、上述のように、普段と違って、法的なドイツ語の勉強ではなく、むしろ現時点での自分のドイツ語力を見極めることにつながりました。もともと火曜日の授業では、院生たちのそれぞれの研究計画に関わるドイツ語文献について、一人一人指定されている部分のドイツ語を朗読し、日本語訳も読み上げます。その過程で、只木先生からドイツ語の発音と文法や日本語の訳し方についての指導がなされます。これらの練習を重ねて、ドイツ語の語彙力や日独翻訳の能力を培い、ドイツ語文献の内容を自分の研究計画に取り込むこと、それが、この授業の主眼であり目的であると、私は考えています。

【趙 思訥さん】
本日の授業は、Rosenau先生による「義務の衝突の正当化(Die rechtfertigendePflichtenkollision)」というテーマに関する内容でした。コロナ禍によって、病院が患者でいっぱいになり、全部の患者を救助することはできないという万が一の場合、医師にどういう責任や義務があるのかということについて、いろいろな学説が紹介されました。例えば、二人の患者がコロナに感染して、病院に入院したが、病院の対応にも限界があり、一人しか救えないという場合、どちらを救うか?その判断標準は何か?そして残る患者に対しては殺人罪が成立するか?以上の問題について、現在法律上の規定はありませんが、学界では論争が起きているということ、そして、その内容やそれぞれの見方について学ぶことができました。

只木教授からのコメント

法律の研究は、社会においてより妥当する「真実」を探究することです。いくつもの要素が複雑に絡み合う、その部分集合とでもよぶべきところに真実を見いだそうとする作業にあって、求める真実は容易には見えてこないでしょう。そのような状況において「そと」の法制度やその運用の「知恵」を学ぶことは、翻って、自国の法の在り方のよりよい発展につながる作業の一端となります。このように、法の世界における国際的な学術交流は、普遍的な価値の追究という視点から、自国法へのアイデンティティの自覚と異なる発想に立つ他国の法と法文化への理解と尊重のもと、汎用可能な新たな法システム、法の支配の形成を目指すことにあるといえるでしょう。

※本記事は、2022年11月時点の内容です。