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ドイツ語文学文化専攻
在学生便り

小さくて大きい独文の魅力 ―独文合宿2014を企画して―/八木健人

私が身を置く、ドイツ語文学文化専攻は例年、独文合宿と呼ばれる専攻行事が夏に催されます。大学を離れ、学術を基盤としながらもその枠だけにとらわれることのない自由な発想で、アイディアに富んだ様々なテーマのゼミが設けられ、各々が興味のあるゼミへと参加します。2014年度においては、ベートーベンの第九を実際に歌い、その歌詞の解釈に踏み込むゼミ、ドイツの社会問題へと切り込むゼミ、ドイツ語で言葉遊びをし、寸劇を行うゼミなど、ゼミは学生の意見を元に様々なテーマで行われました。このように、独文合宿は楽しみながらドイツへの理解を深める絶好の機会となっています。

専攻行事となる独文合宿は1年生から4年生まで学年を問わず様々な学生が集まり、他専攻の学生も集まる企画です。合宿のプログラムの中には学生企画のパーティーやクイズ大会等も存在し、普段関わることのできない先輩、後輩等、学年の垣根を越えた交流をはかれる機会が多数存在します。さらに、学生はもちろんのこと先生方が熱心に参加して下さるというのも独文合宿の魅力の一つです。学生同士、そして先生方とも同じ宿舎の中で同じ熱量をもって、談笑も交えながら密に接することのできる空間、この距離感における「小ささ」こそ独文合宿、ひいては独文の魅力であると私は感じます。

さらに、その合宿の中で密に繋がれる独文の「小ささ」の中に足を踏み入れると、「大きさ」という部分の魅力に気づくこととなります。参加者全員の距離が近い独文合宿は、参加者全員が合宿の中で顔見知りとなり、ディベートにおいてはより内容の濃いものに、親交においてはより深いものになるのです。そこでは、お互いに近しい距離になれたからこそ可能となる―友人や先輩、後輩そして先生方の新たな一面、知識の深さ、そして意見の多様性、アイディアの豊富さなど―、計り知れない発見があります。この発見と刺激の収穫における「大きさ」は、皆が密に接することのできる独文合宿ならではの魅力であり、最大の魅力であるとも言えます。

「小さくて大きい」 一見矛盾しているかのように見える言葉ではありますが、人と人との距離は近く、密に小さく、知識と発見においては広く深く、無限のように大きい。そんな独文の魅力を端的に表した言葉であると思います。私にとってこの特別で魅力的な環境での経験は、限られた大学生活の中での大切な財産の一つです。

ドイツ語文学文化専攻3年 八木健人(2014)

先輩と後輩を繋ぐ「独文」の力 ―独文クリスマスパーティー―/田部井聖佳

私がドイツ語文学文化専攻(通称:独文)で経験したことは、「ドイツ語文学文化専攻」という名称には収まりません。独文の真の面白さは、まさしく私が経験してきた多くの出来事にあります。

独文では、1年を通して学科内で様々なイベントが行われます。そのほとんどが学生発信です。先輩がイベントを企画して、後輩がそこに加わり、皆でイベントを作り上げていく。独文には、普段関わることのない先輩と後輩の関わりを増やすための機会が溢れています。

私は3年次から多くの独文企画を任され、研究室にも協力して頂きながら全学年を巻き込んだイベントの主催、サポートを行ってきました。その中の一つ、「独文クリスマスパーティー」について紹介します。

独文では毎年12月に学生企画のクリスマスパーティーが行われます。私は2012年度と2013年度の2年間、責任者としてパーティーの企画を行いました。2013年度は先生方の許可を頂いて1年生と2年生の各クラスに自ら赴いて告知を行い、スタッフを募集しました。イベントを作り上げる楽しみを後輩にも感じてもらいながら、普段は「他人」である先輩後輩の垣根を取り払おうと考えたためです。

そこで集まった後輩11名を合わせた12名のスタッフで、当日の出し物や手作り料理、部屋の装飾を全て考えながら、より多くの独文生に集まってもらうために「独文生全員繋がっちゃおう!」くらいの意気込みで全学年の授業やゼミに告知まわりもしました。緊張しながら教室の前に立ち告知する後輩の姿は今でも目に浮かんできます。パーティー当日は各学年から多くの学生、そして先生方に参加して頂いて、初めて先輩と顔を合わせる後輩たちも楽しんでいました。

ドイツ語を勉強する楽しみ、留学するという目標…。独文生はそれぞれが多くの目標を持っていると思います。でもそれだけでなく、独文には先輩から後輩へ、後輩から先輩へのつながり、そして先生方との深いかかわりから生まれる暖かみがあります。その中で上下を繋げる橋渡しになることができたのはとても貴重な経験ですし、独文でしかできなかった経験だと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 田部井聖佳(2013)

自主ゼミ「ドイツと日本の移民政策」を企画して/髙橋諒子

11月にドイツ語文学文化専攻の学生企画として自主ゼミとパーティーを開催したときに、私は3つの自主ゼミのなかのひとつ「ドイツと日本の移民政策」の企画に携わりました。同じ3年生の学生と2人で専門分野ではありませんでしたが、日本とドイツの情報を集め、なるべくわかりやすいようにレジュメにまとめました。現在進行形の問題だったので、最新の情報を集めることが大変でした。

当日は、私たち2人を含め1年生3人、3年生3人、4年生1人、計7人でドイツと日本の移民政策というテーマで自由に意見を出し合いました。移民政策というほどしっかりとしたものが無い日本に比べドイツの方が様々な政策を打ち出しているので、両国の現在をざっと確認した後ドイツの政策を日本に取り入れることに関して話を進めていきました。話は大きく分けて3つです。

1つ目は「移民のイメージと偏見」です。細かい内容に入る前にそもそも移民と聞くとどんなイメージを持つかということから始めました。私たちの中では「移民=マイナスイメージ」という偏見がありました。歴史的・政治的に作られたイメージから一歩踏み出して、移民との「共生」を考えていきたいと思います。

2つ目は「社会統合コースと日本」です。移民にドイツを知ってもらうためのコースである社会統合コースを日本でも導入したいという話です。いきなり国が進めるのは難しいので、まずは地域ごとにそれぞれの地域にあったコースを作るのが現実的だという意見が出ました。

3つ目は「言語」です。ドイツ語の検定には職業に合わせて様々なテストがあるのに対し、日本語の検定は1つだけ。日本語が難しく介護の資格が取れず困っている外国人がいるという話を踏まえ、日本語検定も職業ごと目的ごとに分けるのが良いのではないだろうかという見解に至りました。

ドイツのことだけではなく、日本のことも含めて話し合ったおかげで、どこか遠い場所の話ではなく自分たちにも関わる話であるという意識を持ちながら話を進めることができ、とてもためになったと思います。また学年が違う人たちの集まりでしたが、1年生もしっかり議論に参加してくれて、4年生のフォローもあり充実したゼミになりました。

ドイツ語文学文化専攻3年 髙橋諒子(2013)

教室を飛び出しフィールドワーク ―学外活動応援奨学金を受給して―/薬袋未夏

文学部には「学外活動応援奨学金」という奨学金があり、テーマや日程、場所などを全て自分で設定して研究活動ができる制度があります。自分がやってみたいと思ったことを実現させていくことが目的なので、専攻分野でもっと深く研究してみたいと思ったことでも、専攻分野とは直接関わらないテーマでも受給が可能です。

私は卒業論文ではナチ時代のドイツ社会の人びとの動きについて扱うと決めていたのですが、同時代の日本の戦時下の生活や人間模様に関心があり、これからを生きる私たちが何を考え、どう行動していくべきかを考えていくために戦争体験者の生の声をお聴きしたいと思いました。そのため、四年生の夏休みに「学外活動応援奨学金」を利用した研究活動を計画しました。今回の活動では特に長崎の被爆者の方にインタビューを行うことにしました。

事前準備ではインタビュー対象者と質問事項を決めるため、原爆に関する資料収集から始めました。その過程で私の知らない「あの日」が見えてきました。二重差別に苦しむ外国人被爆者や、「被爆者」ということを隠して生きてきた人たち。今の世の中からは想像もできないほどの苛酷な日々。今、私たちが平和に暮らしていけるのは、絶望的な状況の中でも、前を向いて生きようとしてくれた先人たちがいてくれたおかげであり、彼らの苦労や怒りや悲しみから平和が生まれてきたのだということが再認識できました。 インタビューでは、「長崎はどのように原爆を受け止め、立ち向かってきたと思いますか。その中で長崎の特色だと思うことは何ですか」、「原爆がもたらしたものについて伝わり切れていないと思うことはありますか」などについてお聞きしました。実際にインタビューをしてみて改めて感じたことは、被爆体験は被爆者の数だけあるということ、そして被爆体験の受け止め方は彼らの社会的帰属に影響を受けているということでした。そして特に印象に残った言葉は「想像力を持ってほしい」という言葉でした。想像力を働かせることで歴史と自分との距離が縮まり、その歴史の問題点や教訓を考えるようになると思います。「もし自分があの時長崎にいたら…」そのような姿勢で原爆問題を考える。その視点をもつことの重要性を考えるようになりました。

私の卒論のテーマは「ナチ時代における抵抗運動」ですが、人が歴史というものをどのように受け止めていくのかという問題は共通であり、卒論では抵抗運動がナチ体制崩壊後のドイツでどのように認識され、その認識がどのように変容してきたかを中心に取り組むことにしました。その意味で、長崎で得たものは卒論を考える際にも役立ちました。

このように奨学金の活動を通して、自分が興味を持っていることについて、それにかかわっている人や抱えている問題がいろいろと見えてくる機会が得られ、高校生までのものごとを覚える学習から、大学生で必要とされる、自ら進んで学んでいくという学問の世界を味わうことができました。

ドイツ語文学文化専攻4年 薬袋未夏(2014)

自分の課題ファイルを見返して/石川綾音

私はこの専攻に身を置き、興味の趣くままに学ぶことができてとても幸せでした。

独文専攻の魅力の一つに、幅広い分野を学べるという点が挙げられると思います。ドイツ語圏の事柄という大枠の中で、文学、歴史学、現代社会学論、言語学などを学ぶことができます。私は元々小説が好きでドイツ語読解や文学の授業を比較的多く選択してきましたが、歴史や文化にも興味があり、さまざまな授業を受けました。たとえば歴史学そのものについて考えたことは大切な経験でした。また同じ分野の中でも取り扱う内容は多様です。私が4年間に提出した課題を保存したファイルには統一性のないテーマの論文が詰まっています。しかし不思議なことに、それぞれで得た知識や考察したことが予期せずほかのテーマにもつながっていく、ということがしばしばありました。知れば知るほど、たとえそれらが一見関連性のない内容に思えたとしても、物事がよく見えるようになるのだと感じます。三年生までの経験はすべて卒業論文にも活きたと思います。

卒業論文はエーリヒ・ケストナーの児童文学作品四つ(『エーミールと探偵たち』、『点子ちゃんとアントン』、『飛ぶ教室』、『ふたりのロッテ』)と長編小説(『ファービアン』)を研究対象とし、『ケストナー作品における登場人物の家庭外での相互理解関係』という題目で執筆しました。分析のために作品を読む時も、自らの考えを文字に起こす時も、文章や言葉を丁寧に扱うことを心がけました。これは私が二年生になって本格的にドイツ語を日本語に訳し始めた頃から常に気をつけてきたことです。ものを書くことは密かな夢だったので、卒業論文という形を残せたことを嬉しく思います。

独文ではよき友に恵まれました。授業の前後にその内容について、またはまったく別のことについてお喋りしたことは忘れないでしょう。そして素敵な先生方に出会うこともできました。お世話になった先生方の語り口は忘れないでしょう。大切な方々からいただいたものを、私自身もいずれ周りへ返すことができるように生きていきたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 石川綾音(2016)

挑戦するということ/本田智子

新しい言語を学びたいという一心で私は地元の九州を離れ、中央大学のドイツ語文学文化専攻にやってきました。入ってみると、毎日ドイツ語と触れ合わない日は無いほど、語学や文学などドイツに関するさまざまな授業が履修に組み込まれていました。最初はなかなかドイツ語に馴染むことができず、授業についていくのに必死で不安を抱えていましたが、次第に慣れ始め、また先生やクラスの友人に何度も助けてもらいました。私は体育連盟のソフトボール女子部に入部しており、他学部や他専攻の人たちとの新しい出会いもありました。午前中と休日はひたすら部活に集中し、午後は授業や勉強に時間を当て、双方を両立させる忙しい毎日を過ごしました。

自分から動いて調べたり、分析をしたりすることに興味を持ち、3年からは言語学のゼミに入りました。卒業論文ではエーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』を題材に、テクスト生産者の意図に着目して分析しました。ケストナーの作品は、前書きが非常に特徴的で、本書においては前書きが2つも置かれています。さらに、各章が始まる前ごとに必ず2~3行の文章が「前置き」として書かれていました。「前置き」には、その章に関する語や出来事が、文章としてのまとまりなく並べられています。指示詞、副詞、固有名詞に注目した分析の結果、バラバラであるところに、読者の関心を引き、本編を読ませるというケストナーの意図があると考えました。また、登場人物の固有名詞を「前置き」であげることで、登場人物のうちの特に出番の多い、5人の少年たちの個性や悩み、成長の様子などを、読者に本文で印象づけていることも明らかになりました。

分析においては、ドイツ語の原本からより多くの情報を得るために、日本語の意訳に頼らず、一から自分で訳して分析することに挑戦しました。担当の林明子先生に何度も相談し、ゼミの皆からも多くのアドバイスをもらい、たくさんの人の力を借りて執筆することができました。

卒業後は、国家公務員として東京入国管理局に勤める予定です。大学で開かれる説明会をきっかけに公務員の仕事に興味を持ったのですが、まさか私が外国語を扱う仕事に従事することになるとは入学前には思ってもいませんでした。この4年間は先生方や、友人からたくさんのことを教わり、支えられ、充実した大学生活となりました。新しいことに挑戦するときは、うまくいかず何度も失敗することばかりですが、恐れずに、今後も大学で学んだことを活かして、自分の仕事に責任を持ち、積極的に取り組んでいきたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 本田智子(2015)

独文での4年間/溝口萌

「ドイツの歴史や文化を学べる」環境に魅力を感じ本専攻(独文)に入学しました。独文では一からドイツ語を学んだ上で、文化、歴史、社会、文学など様々なテーマについて各専門家から学ぶことができます。特にネイティブによるコミュニケーションの授業は多彩で、ただ話せるようになるだけではなく、ドイツやヨーロッパを知りながら自分の研究をドイツ語で探求できるレベルまで引き上げてくれます。英語ではなくドイツ語でしかアプローチできない物事を知ることができる喜びは、独文での授業を通して学んだものです。

語学力の向上を目的に、2年次の春休みにはヴュルツブルク大学に1ヶ月の短期留学をしました。レベル分けされたクラスでB1に所属した私は、自発的に発言し授業を主体的に作り上げていくハイレベルな世界各国の仲間達に追いつくことに必死でした。留学を通してドイツ語で会話する力、周りに臆さずに発言する力が身に付きました。またシナゴーグや収容所、荘厳な建造物など、ドイツの歴史に実際に触れる機会を持てたことは研究を進めていくうえでも非常に重要でした。

3年次からは現代史が専門の川喜田先生のゼミに所属し、ドイツの歴史と社会について多面的に学び、学年を越えたディスカッションなどを通して切磋琢磨しながら研究を進めてきました。卒業論文では、以前から興味を持っていたホロコーストに焦点を当て、「ラインハルト作戦から考察するホロコーストの近代性」について執筆しました。ナチ体制下の強制収容所と言うと、通常であればアウシュヴィッツについて取り上げるところです。しかし私は、欧米圏の最新の研究を手がかりに、今まであまり注目を浴びてこなかったポーランドユダヤ人を標的としたラインハルト作戦(トレブリンカ収容所ほか)を取り上げ、さらに安楽死作戦とのつながりを考えることで独自の視点から研究することができました。

そして、身につけたドイツ語を活かせる仕事をしたいと考え、スイスに本社を置く会社に就職しました。ビジネスの基本は英語ですが、これから英語だけでなく+αで言語が話せることが自分の将来を広げるファクターになると考えています。独文の誇りとなる社会人を目指してこれから活躍していきたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 溝口萌(2014)

独文生としての誇り/八田 誠二郎

僕は、1年生の時から様々な行事に積極的に参加してきました。「独文合宿」、「ドイツウィーク」、「独文クリスマスパーティー」など。それらの行事を通して、教員、先輩、後輩、また他学部でドイツ語を学んでいる学生との人脈が広がりました。しかし、そういう行事を自分が中心となって企画したことはなく、またドイツ語を上手に話せるわけでもなかったので、僕には大学生活でこれといって誇れるものがありませんでした。そういう思いから、長期留学をして自分のドイツ語力に自信をつけ、卒業論文をドイツ語で執筆しようと決意しました。

僕は、2013年の秋学期から2014年の夏学期までドイツのベルリン自由大学に1年間交換留学していました。欧米諸国から来る留学生、アジア人留学生、もちろん日本人留学生と出会い、そして彼らと共に生活することで、自分の視野が大いに広がりました。外国語を学ぶことは自分の世界観を広げることに繋がると感じました。異文化に触れ合うことは、自分と異なる文化圏の人々や彼らの考え方を受け入れるためにはとても大切なことだと思いました。

留学からの帰国後は、留学前に所属していたデトレフス教授のゼミに再び所属したため、ドイツ語を話す場を恒常的にもつことができ、ドイツ語力を維持することができました。ゼミと並行して、デトレフス教授の指導の下で卒業論文の執筆に従事しました。卒業論文 “Vergleich und Analyse der Kriegsbilder von Otto Dix”(オットー・ディクスの戦争画に関する比較分析)では、大都会、売春婦、ブルジョアジーや傷痍軍人などをモチーフとした戦争画と反戦争画を取り上げました。特に傷痍軍人の戦後の社会的地位は、僕が留学中にベルリンで目にした社会的弱者の姿とも重なるようで、今日にも通じる問題としてとても興味深く感じました。卒業論文の執筆にあたっては、長期留学を通して身につけたドイツ語力が功を奏し、ドイツ語で書かれた資料の翻訳や解釈の際に困ることはあまりなく、そこで留学の成果を実感しました。学生生活で、長期留学と卒業論文のドイツ語執筆という目標を達成することができたので、それを誇りに、これからは中央大学の独文の卒業生として胸を張って人生を歩んで行きたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 八田誠二郎(2014)

私が4年間で得たもの/篠原沙羅

私はもともとドイツ語を勉強したいと考えていましたが、正直、文学については日本のものもあまり読んだことがありませんでした。そのため不安もありましたが、実際に大学生活が始まるとドイツ語やドイツ文学だけではなく、ドイツ語圏の社会や歴史、言語学といった様々な分野を学ぶことができ、文学についても先生方は学生が興味をもてるような授業を進めてくださいます。

また、私たちの専攻では学生が直接ドイツに行って学べるような機会を設けています。例えば夏のテュービンゲン大学でのサマーコースや春に行なわれるドイツの大学での語学講座、またはDAAD(ドイツ学術交流会)が募っているドイツでの語学研修など、先生方を始め、研究室の室員さんや大学院生の方々が様々なサポートをしてくださいます。私は2年生の春にヴュルツブルク大学での語学講座に参加、3年生の時には前述のDAAD春期語学講座の奨学金への推薦をして頂き、合格。3月にはフライブルク大学の語学研修に参加しました。この2回の語学講座のおかげで、ドイツ語力はぐんと伸び、今ではネイティブの方との会話もできるようになりました。さらにこのドイツでの経験により、自分がやってみたいと思ったことには積極的に挑戦するということができるようになりました。例えば、文学部で募っている学外活動応援奨学金に応募し、通過。ドイツでの調査をすることができました。調査は全て自分でオーガナイズするので大変な面もありましたが、先生方が助けてくださり、成功させることができました。また、私はもっとドイツ語圏のことやドイツ語、特に言語学という分野で研究したいと思い、大学院を受験し合格、進学することにしました。卒業論文もドイツ語で書くことができ、人より特別なことを成し遂げたという達成感も得ることができました。

大学4年間で外国語を習得することはできるのか、と思う方もいるかもしれませんが、現にできたのが私です。また様々な研究分野に触れることができるのもこの独文専攻の強みです。ドイツの言語、文化、社会について学びたいと考えている方がいらっしゃるようでしたら、ぜひ、皆さんの世界を私たちの専攻で広げていただければと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 篠原沙羅(2013)

実り多き4年間を振り返って/田熊彩名

本専攻での4年間は、「ドイツ語と競技ダンスの文舞両道」という目標に沿って、新しい知識や経験を得る機会に恵まれた学生生活であったと思います。

入学当初、ドイツ語はおろかドイツ文化の世界にも初めて足を踏み入れようとしていた私ですが、文法の基礎やコミュニケーションの授業を通してドイツ語の魅力に引き込まれました。日々の授業理解に徹することで着実に実力を鍛え上げられ、1年次の秋にはドイツ語技能検定2級も取得しました。ますますドイツ語に没頭する一方で、美術や演劇、哲学などの授業を受け、豊かなドイツ文化の奥深さを学ぶなど、とても充実した毎日でした。専攻以外では人種差別についての授業(総合政策学部)や、ジェンダー論の授業(共通科目)を履修し、自分の価値観や考え方が変化したことがあります。また、フランス語とスペイン語の履修をきっかけに、「語学を学ぶ」ことが専攻の学びと根底で繋がり、ドイツ語の理解がさらに深まるようになりました。格致日新の感覚がとても新鮮でした。文学部給付奨学金の給付を受けたことによって、学業の成果を形に表すこともできました。

言語学のゼミに所属してからは、発表・質疑応答・ディスカッション・先生のコメントで構成された90分の授業で実学を養ったと思います。準備にも時間を要しましたが、その分実りも多かったです。担当の林明子先生には卒業論文の指導も受け、ポライトネス・ストラテジーをテーマに書き上げることができました。言語事実から精密な分析をし結論を導き出す力が、ゼミ演習や卒業論文の執筆過程を通して磨き上げられたと思います。

学生生活の集大成と呼ぶにふさわしく、4年次12月の第58回全日本学生競技ダンス選手権大会で6位入賞も果たし、「文舞両道」を貫けたことも一つの自信になりました。

素晴らしい先生や一生の友と呼べる人々との出会いに恵まれ、新しい発見と知識に感動しながら教養と経験を身につけた4年間は、一生忘れられません。今後も現状維持は退歩と考え、「行動する知性」を十分に発揮し、中央大学の卒業生として地に足の着いた社会人になりたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 田熊彩名(2013)