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ドイツ語文学文化専攻
留学体験記

短期留学での経験と成長/矢島優里

2015年3月1日から29日まで、ミュンスター大学で短期留学をしてきました。授業は最初のテストでクラス分けをされ、私はA2+になりました。クラスは12人程度で、スペイン、ウクライナ、メキシコ、ペルー、シリア、トルコ、韓国などからの留学生がいて、また留学の目的も年齢も様々で、とても楽しいクラスでした。授業内容と扱った教科書は、中央大学のドイツ語コミュニケーションの授業とそっくりでしたが、明らかに違うと感じた部分が一つありました。それは学生の雰囲気です。先生に質問されると外国人留学生は我先にと勢いよく答えたり、授業中にわからないことを質問したりしていました。初めは大きな声で答えたり、授業を止めてまで質問したりすることに抵抗がありましたが、みんなが当たり前のようにしていたので自然と私もできるようになりました。みんなが元気に発言する環境が日常になっていてとても楽しかったですし、日本にもこの雰囲気があればいいなと思いました。

ホームステイは父、母、19歳の息子がいる家庭に泊まりました。ステイ先がなかなか決まらず日本にいる間は不安でしたが、とても優しくて親切な家族でした。手土産に柿の種を渡したら、ビールと一緒に食べていて気に入ってくれたようでした。食事は自炊が条件でしたが、一日5ユーロ払えば朝食と夕飯を出してくれることになり、毎回一緒に食べました。パンやパスタなどの炭水化物が多く、生野菜を食べる機会がほとんどなかったために風邪をひいたので、みなさんは体調管理にはお気を付けください。

一番印象に残っていることはラーメン作りです。ある日突然「ラーメン作って」と言われました。インスタントラーメンを想像していましたが、ステイ先の家族にとってのラーメンはスープから作る本格的なものだったようで、鶏から出汁をとって醤油や塩などで味付けをし、チャーシューも手作りという大イベントになりました。苦労しましたが美味しくできて、家族も喜んでくれて楽しい一日になりました。

一か月間の留学を通して、リスニング力が上がったと感じました。初めは授業も家族との会話も何度も聞き直していましたが、気付いたらドイツ語が自然と耳に入るようになり、ステイ先の家族にも理解力が上がったわねと褒められるようになり、帰国してからはドイツ人の先生の授業が前より格段に聞き取れ、理解できるようになりました。これから留学をする皆さんには、何か目標を持って取り組んでほしいと思います。毎日ドイツ語で日記を書く、ドイツ語検定2級を取得するなど、自分の立てた目標を達成できると自分のレベルが向上することを実感できます。また留学するかどうかを悩んでいる皆さんには、ぜひ行ってみてほしいと思います。留学できるチャンスはあまり多くないでしょうし、実際に行ってみると自分の想像とは違う世界にびっくりすることもあり、毎日が発見で充実した日々でした。実際に行ったことでさらにドイツへの関心が増しました。

ドイツ語文学文化専攻 3年 矢島優里(2015)

ドイツの我が家は音楽一家/岡千沙音

海外へ行くのが初めての私にとってミュンスターでの一か月の留学生活は全てが初めての経験でした。独文専攻に入学したからには大学生の間に一度はドイツに行きたいと考えていたため、ミュンスターへの留学は自分の中で大きなチャンスだと思い留学を決めました。出発一週間前になってワクワク感の一方、今のままのドイツ語力で一ヶ月間見知らぬ地で生活できるか大きな不安に襲われ、正直留学を決めたことを後悔することもありました。しかしドイツに着くと同時にその不安は消え、全てがワクワク感へと変わっていきました。

ホームステイ先は、独文のクラスの友達と同じ家で生活すること、なによりホストファミリーがとても優しいことに安心感を覚えました。授業は平日の月曜から金曜の午前9時から12時半まで、年齢も国籍も違う様々な人たちが集まり、一緒にコミュニケーションの授業と文法の授業を受けました。お昼はメンザ(Mensa)と呼ばれる食堂でとったり、家の近所のスーパーで買い物をしたり、街に出てカフェに入ったり、放課後は課題や街の散策を楽しんだりしました。週末の休みには、ケルンやハンブルク、オランダのアムステルダムに観光しに行ったのですが、観光地だとスリなどの危険も多く今から考えると常に気を張っていたようにも思います。しかし歴史的建造物や食べ物は魅力的なものが多く、存分に観光を満喫できました。

ホームステイ先は音楽家の家で、家にいる間は、ピアノやギター、近所の方たちによるコーラスの声が常に聴こえていてとても賑やかで明るい家でした。夕食時には、大学の授業のことや日本の話、ドイツでのオススメの場所などの話をして、授業以外でもドイツ語を使う機会を多く作ってもらったことに非常に感謝しています。

一ヶ月間の留学生活を体験して、ホストファミリーやクラスメートと会話をするときには文法や時制の使い方よりどれだけ単語が出てくるかで会話の広がりが変わると感じたと同時に、日本にいる間に多くの語彙を習得するべきだと感じました。とにかくすべてが初めての経験で、日本との文化の違い―例えば道路でのタバコは当たり前、ゴミ箱が道路に設置されている、日曜商店は閉まっているなど―に戸惑うことがたくさんありました。しかしその戸惑いも人生経験のひとつとして重要なことだと感じました。留学中にできた友達とはSNSを通して今でも繋がっています。留学に少しでも興味がある人は、話を聞くだけではなく自分の目で新しい世界を見て、新しい文化に触れ、体験することが留学の楽しみ方だと思いました。

ドイツ語文学文化専攻 3年 岡千沙音(2015)

伝えようとする姿勢と勇気を学んだ1ヶ月/平本彩季

私は3月1日から29日までドイツ・ミュンスターに短期留学をしました。初めての海外、さらにホームステイということもあり、緊張と不安でいっぱいでしたが、ホストファミリーは温かい笑顔で迎えてくださいました。

翌日から学校が始まり、家から学校まではバスを利用しました。最初にテストが行われ、それによってクラスが分けられ、私はA2+のクラスになりました。クラスは日本人が数名と、さまざまな国からの学生で構成されていました。授業は週5日間、9時から12時30分まで行われます。授業が終われば自由時間なので、他国の学生と一緒に食堂で食事をしたり、街巡り、課題や自習なども行いました。

授業に出て感じたことは、日本人は文法に強く、コミュニケーションの力が弱いということです。他国の学生はとにかく話し、会話を通して間違いを訂正してもらいながら文法を学んでいるという印象を受けました。伝わらなかったらどうしよう、という不安もありましたが、そこで伝えようとする姿勢が大切だということを学びました。

家では家族と会話をしたり、勉強を教えていただいたり、ゴスペルのコンサートに連れて行っていただいたりと、たくさんの時間を一緒に過ごし、ミュンスターの良いところや様々な知識を教えてもらうことができました。

ミュンスターはきれいな建物が多く、自転車に乗っている人を多く見かける、平和な街です。週に2回、中心街の広場でマーケットが開かれ、美味しい食事やかわいい花などを買うことができます。週末のみに安く買うことができる電車のチケットを購入してハンブルクやケルン、ボンに出かけ、サッカーの試合も観に行きました。

ドイツの人はみなとても親切でした。私はドイツから日本に小さな荷物を送ったのですが、送り方がほぼ分からない状態で郵便局に向かいました。その際に勇気を出して拙いドイツ語で尋ねると、忙しい仕事の合間をぬって箱を持ってきて、記入用紙の書き方も教えてくださいました。ドイツから日本に手紙や荷物を送ったことは、私にとって良い体験になりました。

1ヶ月はあっという間でしたが、とても良い経験になりました。しかし自身のドイツ語の力に少し自信がついたとともに、ようやく耳がドイツ語に慣れてきた頃に帰らなければならなかったという悔しさもありました。ですがこの悔しさが芽生えたことで、日本に帰ってきてから積極的にコミュニケーションの授業を選択するようになりました。

自分の考えをドイツ語で相手に伝えることを目標に、これからも取り組んでいきたいと思います。そしてまたドイツに行きたいです。

ドイツ語文学文化専攻 3年 平本彩季(2015)

短期留学を経験して/角田茉耶

私は2年生の春に一ヶ月間、ミュンスター大学に短期留学しました。中大に入学してから学び始めたドイツ語がどのくらい通用するのかを試してみたいと思ったので、この短期留学に参加することにしました。

出発前はドイツに行けるという嬉しさ反面、ホームステイだったので、ホストファミリーとうまくコミュニケーションをとれるのかなど、不安もたくさんありました。しかし、ホストファミリーはとても優しく、すぐに仲良くなりました。車でミュンスター市内を案内してくれたり、学校のことや私の体調などを気にかけて、毎日声をかけてくれたりしました。

正直、一ヶ月という時間は想像以上に短く、ドイツ語の聞き取りや生活に少しずつ慣れてきたところで終わってしまいました。しかし、この短い時間の中でも、私は多くのことを学びました。それは、学生の勉強に対する熱心な姿勢、文化や考え方の違い、そして人の温かさです。知らない人もみんな優しくフレンドリーで、お互いに助け合って生活しているように感じました。さらに環境にもとても優しく、エコバックやゴミの分別の徹底、ペットボトルや缶のリサイクルのシステムが整っているなどにも、とても驚きました。これは実際にドイツに行って生活してみないと、気付けないことばかりだと思います。

私はこの留学を通して、語学以外にも多くのことを学ぶことができた気がします。今の自分の力では伝えたいことの半分も伝えられないということにも気付きました。今回留学に行ったことで、もっと自分の気持ちを相手に伝えたいと思ったので、さらにドイツ語の勉強を頑張り、またドイツへ行きたいと思っています。

ドイツ語文学文化専攻 3年 角田茉耶(2014)

短期留学で得たもの/上野由紀菜

私は二年次にテュービンゲン大学に短期留学しました。入学する前から、この短期留学に強い憧れと興味を持っていました。一ヶ月という短い期間に留学としてドイツへ行くことで、語学力を向上させ、多国籍の人と関わりを持つことにより、自分の可能性、やりたいことを探せるのではないか、それを一ヵ月後日本に帰ってきてから、ゆっくり考えることができるのではないか、というのが私がこの短期留学に対して最も魅力に思っていたことです。

実際にこの夏、短期留学に参加したことにより、母国語以外の言語で自分の気持ちを伝えることの難しさを痛感しました。そして他の国から来ている参加者の人の前向きな学ぶことに対する気持ちを肌で感じ、とても良い刺激になりました。日本の授業とは違い、活発に意見や質問が飛び交うことが多く、年齢や生徒と教師などという立場も関係なく自由に発言する授業スタイルでした。しかし、その声は、勉強という観点から逸れることがなく、明るく楽しい雰囲気でありながらも、みんながドイツ語力の向上を共通の目的とし、自分が多く学び吸収するため、もしくは周りのクラスメートに自分の知識を教えてあげようとするものでした。

正直一ヶ月という期間は想像以上に短すぎて、ドイツ語を使い、完璧に自分の気持ちを伝えることができるようにはなりませんでした。しかし、相手の言っていることは大抵理解できるようになります。なので、自分に優しくしてくれる他の国のクラスメートやドイツ語を教えてくれる先生、寮生活を共にした他の国のルームメートの優しさを感じることができました。言葉が完璧に通じていなくても、気持ちを伝え合うことは不可能ではないけれど、最短でその境地に達するためには言葉が必要なのだと思いました。

この経験を通して、私自身の感謝や意見を伝えていけるようになりたいと思い、日本での学びに強い目的を持てるようになり、日々の勉強への姿勢が変わりました。他の国の学生と関わりを持てたこと、ドイツ語を学ぶことの意味を自分の中で見つけることができました。

ドイツ語文学文化専攻 2年 上野由紀菜(2013)

短期留学で学んだこと/中山清楓

私は、二年生の春休みに、DAADから奨学金をもらって、一か月デュッセルドルフに留学しました。初めて友人のいない状況での留学だったので、出発前は不安でした。

無事、ドイツに到着して、頼んでいた送迎サービスの方と合流した後、いきなり予想外の出来事がありました。滞在する部屋の管理人の都合で、空港で二時間ほど待機しなければならず、送迎のグループから、一人置いていかれることとなったのです。タクシーに無料で乗れるチケットを渡され、何度も行き方を念押しされましたが、果たして部屋に着けるのか、一気に不安になりました。最終的には、親切な方に一緒に探してもらったりして、何とか到着できました。私が過ごしたのは一人部屋で、お風呂、トイレ、キッチンは共同使用でした。同じ建物に住んでいたのは、ほぼ男性だけで、基本的に英語で会話していました。英語に不安のある私は、あまり会話することが出来ませんでしたが、とても親切な人ばかりで、夕食をごちそうになったこともありました。

今回、私が通ったのは、語学学校で三月に開催された、ドイツ語のインテンシブコースでした。コース開始前にはテストを受け、それに基づいてクラス分けがされます。しかし、振り分けられたクラスが、私には少し難しかったので、すぐに変えてもらうことになりましたが、ここで二度目の予想外の出来事が起きました。一つ下のレベルのクラスがすでに満員だったため、どのクラスへ変わるのかすぐに決定されず、土日中に連絡をもらうはずが、月曜の朝になっても連絡がこず、事務所に直接聞きに行くことになりました。この時、私はせっかくドイツに来たのに、授業にも参加できないと、大変焦りました。結局、事務所で確認してもらったところ、伝達ミスがあったようで、自分のレベルにあったクラスに通えるようになったのは、さらに次の日からでした。新設されたクラスだったので、初日は先生一人に対して、生徒六人という少人数でした。最終的には、クラスメイトは十五人ほどとなり、大半はチュニジア出身で、他にも、アフガニスタン、ギリシャ、韓国、中国、イタリア、トルコ出身の人がいました。クラスメイト達は皆、積極的に発言していて、かなり圧倒されました。しかし、私も最終的にはゆっくりとですが、授業中に発言できるようになりました。

今回の留学は、誰も知り合いのいない環境だったので、ドイツ語能力は非常に向上したと思います。何より、自分の思っていることを臆せずに言えるようになったことは大きいと思います。今回の留学を通して、私は間違いを気にせず、とにかく自分の言いたいことを伝えるという姿勢を学びました。

ドイツ語文学文化専攻3年 中山清楓(2017)

春の南西ドイツにて/花岡里帆

学部2年の春休みに、私はDAAD(ドイツ学術交流会)のプログラムでドイツのフライブルク大学へ1か月間短期留学しました。フライブルクは南西ドイツに位置する小さな大学都市です。3月に開かれたフライブルク大学春季ドイツ語講座には世界中からたくさんの学生が集まり、国際的な環境で勉強することができました。

ドイツ語の授業は月曜日から金曜日まで週に5回、平日の午前中を使って行われます。1クラスの構成はドイツ人の先生が1人と15人程度の生徒です。文法の確認や聞き取り、会話の練習を繰り返す毎日でした。母国の文化を紹介したり、政治問題について議論したり、様々なテーマでドイツ語を学んだことによって語彙力が豊富になり、会話する力も向上したと感じています。また、積極的に発言し、躊躇なく自分の意見を主張する非常に活発な雰囲気には圧倒されましたが、丁寧に教えてくださる先生と優しくフレンドリーなクラスメートたちのおかげで、心折れることなく、楽しんで最後まで授業に参加できました。

ドイツ語講座の受講生は大学在籍者と同じようにフライブルク大学の食堂を使うことができます。学食は安価かつボリュームたっぷりで、時には不思議な味の料理に出会える興味深い場所です。街にはカフェやレストラン、居酒屋が点在しており、トルコやイタリアの料理を食べられるお店もあります。私が訪れたいくつかのレストランでは店員さんとの会話もメニューもドイツ語だったので、自分のドイツ語力を試す良い機会となりました。

留学中に私が住んでいたのは、大学からバスで15分ほどの場所にあるアパートでした。鍵の開け方も家の構造も日本とは様式が異なるため戸惑うことが多々ありましたが、普段は東京で一人暮らしの私にとって、二人のドイツ人学生との共同生活はとても特別で大切な経験になりました。

ドイツに滞在したのは1か月という短い期間でしたが、何度も壁にぶつかっては乗り越える手段を模索する、挑戦にあふれた日々でした。未知なる世界に足を踏み入れて新しいものに触れた経験、異なる環境で生きてきた人々との出会いも、留学によって得られた大きな財産だと思います。

ドイツ語文学文化専攻3年 花岡里帆(2015)

同居人との関わりから学んだ1か月/増田ゆり

私は2年生の春休みに一か月間、フライブルク大学に短期留学しました。

留学して一番感じたことは、留学生活中は思いがけないことが起こるということです。私は留学中、1人のドイツ人とルームシェアをして生活していました。その同居人は、もともとかなり変わった人でしたが、まさか同居人とそんなにもめることになるとは思ってもいませんでした。

私の暮らしていた家には、洗濯機がアパート全体で1つしかなく、またその洗濯機はWaschmarkenと呼ばれるコインがないと稼働させられないものでした。はじめにアパートの大家さんに、そのコインを買うにあたっては同居人に頼むのがよいと言われたので、私は留学生活が始まってすぐに同居人にコインの購入を頼み、その時に同居人に言われた金額を渡しました。しかし到着予定日を過ぎても届かず、何回もコインはいつ来るのかと尋ねましたが、「絶対に明日には来る」という答えしかもらえませんでした。怪しいと思った私はポストの中を調べたところコインは入っておらず、お金をだまし取られたことを確信しました。

その時すでに、洗濯ができないせいで自分の着替えがほぼなかったので、家で手洗いしようかとも思いましたが、家が汚くて洗濯ができる環境ではなかったので、とりあえず大家さんに助けを求めることにしました。しかしまだドイツ語をとっさに話せるほど語学力はないので、洗濯が出来なかった事情とコインを買いたい旨を原稿にまとめ、大量の洗濯物を抱えて大家さんのもとへ行きました。事情は理解してもらえましたが、大家さんはコインを持っていなかったので、他の住人に聞けば誰かは必ず持っているわよと教えてくれました。

その言葉を信じ、一軒一軒回ったところ、すぐに親切な方に出会い、彼女はコインをくれただけでなく、洗濯を手伝ってくださり、また私をお茶やリンゴやパンなどでもてなして、私の同居人の話を辛抱強く聞いてアドバイスまでしてくださいました。そしてまた困ったときにはうちに来てお茶でも飲んでね、と言って下さいました。

その後私は快適な生活を求めて留学事務所の人に引っ越したいと伝えました。そこで事務所側が同居人に話を聞きに行ったところ、事務所の人も共感してくれるほど同居人は「変わった」人だったようで、私はすぐに引っ越しできました。引っ越し後もルームシェアでしたが、こちらの同居人は皆良い人で、暇なときは皆で楽しく過ごせましたし、今でもたまに連絡をとるほど仲良くなれました。このようなトラブルにも対処できたことは、本専攻での日々の学びがあってこそだと実感しています。

ドイツ語文学文化専攻 3年 増田ゆり(2015)

決意/長沼秀斗

一年間ドイツで生活した経験は私を大きく成長させた。

ドイツへ来た当初、全ては新鮮だった。新しい環境に慣れようと必死にコミュニケーションを取り、多くの友人ができた。彼らと時間を過ごしながら、様々なことに取り組み、あっという間に時が流れた。気が付けばもう折り返し地点。そこからは日本とは全く違ったヨーロッパでの生活にも慣れ、自分の生活リズムが確立し、同時に自分の中の当たり前も少しずつ変わってきた。そうなると時の流れはさらに加速、別れを惜しむ暇もなく日本へ帰国しなければならない日がやって来た。そして、今まさにパソコンの前で座っている自分はすでに日本にいるのだ。

正直、駅や空港でのお別れも全く実感が湧かなかった。思い出がなかったわけではない。むしろ色々なことがあり過ぎた。帰国後も何かと忙しく、未だに信じられない、一年間のドイツ留学が終わり日本に帰ってきたということが。頭を整理するためにもこの機会に少し時間をかけてこの一年間を振り返っていこうと思う。

9月1日の朝フランクフルトに到着、その後高速列車(ICE)に乗ってヴュルツブルクへ向かった。駅に着くと事前に連絡を取っていたチューターさんが迎えてくれた。彼女とは初日から気が合って、後にタンデムパートナーとなり、この一年間で一番お世話になった。その日は、寮に入居し、必要なことを済ませ、夜にはシュタムティッシュに参加した。この日はちょうど週に一度開催されているシュタムティッシュの日で、初日から多くの人たちと知り合うことができた。そんなわけでホームシックになることは一度もなく、ドイツで順調なスタートを切った。

私はヴュルツブルクという街自体がとても気に入った。それほど大きな都市ではないものの高速列車が停まり、街の中ではトラムも走る。大学の街なので非常に多くの学生が住んでいて、留学生も多い。そして何より治安がとてもいいのだ。私が住んでいる間、この街でスリなどの被害にあった話を一度も聞かなかった。娯楽という面でもここでは日本とはまた違った魅力があり、天気の良い日には川沿いでバーベキューしたり、みんなでハイキングに行ったり、ちょっとした時間を見つけて橋の上でおしゃべりしながらビールやワインを飲んだり。夜にはレストラン、居酒屋だけでなくそれぞれの学生寮で頻繁にパーティーが行われている。それを通して多くの人と知り合うことができる。お互いに学生同士で気軽に話せることに加え、学んでいる分野、出身地が全然違うため興味深い話をたくさん聞くことができた。

学習面でも満足している。留学生が多いこともあり、語学の授業のオファーも比較的多かったと思う。私は留学生向けの授業とは別にスポーツ科学(Sportwissenschaft)の授業も履修していたが、どちらも日本の大学の雰囲気とは異なり、学生がとてもアクティヴという印象を当初は受けた。しかし、人の適応力はすごいもので、少し経つとその環境が当たり前になっていた。

正直、スポーツ科学の授業は私にとってかなりハードだった。大学の講義の内容はただでさえ容易ではないのだが、私の場合はそれを母国語ではないドイツ語で理解しなければならなかった。さらに講義とゼミがセットになっていたので、聞いた内容をしっかり理解しゼミに繋げなければならない。授業中は先生の話を聞くことだけに集中し、後でプリントの内容を確認するようにしていた。他には、運動時の心拍数などのデータを計測し、それをまとめる授業、実際に競技を行うというような、より実践的な授業もあり、興味深い内容だった。また、スポーツを通じて正規生たちとの距離を縮めることができたと思う。

ドイツ語のレベルはB1+からスタートした。秋の短期集中コース(Intensivkurs)では、先生の話を聞き取ることもまだ難しく、同じレベルなのにかなり喋れる人もいて、ついて行くのに必死だった。短期集中コースと学期の終わりに試験があり、合格者は一つ上のレベルに行くことができる。全てのテストに合格し順調に進むことができたのだが、特に嬉しかったのはテストを重ねるごとに点数が良くなり、授業中にも余裕ができたことだ。

私は留学の締めくくりとして8月にゲーテ・インスティテュートの検定試験のC1(Goethe- Zertifikat C1)を受けることにした。このために学期末のテストが終わった後も自主学習にしっかりと取り組むことができた。特に力を入れたのはリスニング(Hören)。留学生活が始まってから毎日欠かさずラジオを聞くようにしていたが、それに加え、インターネットのニュースを活用した。実際テストを受けて感じたのは、案の定リスニングが難しかったこと、そしてポジティヴな誤算としてはライティング(Schreiben)がかなりスムーズにできるようになっていたことだ。これはドイツに来てからアウトプットの量が格段に増えたことが要因だと思う。スピーキング(Sprechen)の結果もまずまずだった。今後の課題としてはリスニングはもちろん、リーディング(Lesen)のスピードと正確さを高めること。特にこの二つの能力が上がれば、大学の授業をより理解できると思う。

Goethe-Zertifikatを受けたことで、自信がついたこともそうだが、何より目に見える結果が得られたのが嬉しかった。

今回の交換留学を通して、自分のビジョンが更に明確になった。新しい環境で多くの人に出会い、様々な話を聞いて、経験して、自分と向き合い、自分が挑戦したいことへの決心がついた。また、精神的にもタフになったと感じているし、一年間モチベーションを維持することもできた。

卒業後、再び、ドイツへ留学しようと思う。当然簡単な選択ではなかったが、約一年間真剣に考えた結果だ。自信を持って挑戦したいと思う。

ドイツ語文学文化専攻4年 長沼秀斗(2017)

ドイツ ―言語的な観点からの観察/澄川遥香

1.ドイツ、テュービンゲンでの生活

私は2016年の9月から2017年の8月まで、ドイツのテュービンゲン大学に交換留学生として留学しています。街の所々に大学の校舎や施設が点々としているこの街は、大学都市(Universitätsstadt)と言われており、学生数が街の人口の3分の1を占めるほどです。

ドイツが多くの難民を受け入れていることから、ドイツ語の授業にはシリアからの難民の生徒もいます。彼らから直接、シリアからドイツまで移動したときの辛い体験を聞く機会もありました。しかし、同時にドイツの友人からは、難民に対して否定的な意見を聞きます。難民を受け入れたことによって、市民体育館が難民の宿泊所になり市民がスポーツをできる場所が減ったこと、治安が悪くなったこと、また保険料が2か月連続で上がったことなどがその理由です。日本ではあまり詳しい情報を耳にすることがないドイツの難民の受け入れ問題ですが、ドイツが抱える大きな問題の1つであることが改めて感じられました。

2.大学の授業で

冬学期は留学生向けに開講されているドイツ語の授業に加えて、Germanistik(ドイツ語学ドイツ文学専攻)とJapanologie(日本学専攻)で開講されている言語学分野のゼミを受講しました。どちらとも正規生向けのゼミでドイツ語で進められるため、授業についていくのは大変でしたが、言語学の一般的な分野を扱っていることから、授業内容を相互に補いながら授業を受けて理解することができました。授業で一番困難だったことは、日本語学の授業で英語で書かれた論文を読み、ドイツ語で発表をする準備をしたことです。論文は日本の漫画に使われているアイコンを形態素に例えて、少年漫画・少女漫画ごとに分析し、それぞれの分野の傾向を比較する内容のものでした。言語以外のものを言語学に当てはめて分析していたので非常に興味深い内容でしたが、論文には言語学の専門用語が多用されており、文構造も複雑になっていた為、英語という外国語から別の外国語であるドイツ語への翻訳は簡単にいくものではありませんでした。しかし最終的にはタンデムパートナーの力を借りて発表を無事に終わらせることができ、単位をいただけました。今回ドイツ語で原稿を書く際に学んだプロセスは、卒業論文をドイツ語で書く際にも応用できると思うので、いい経験になりました。

3.現地で触れる「さまざまなドイツ語」

テュービンゲンから電車で2時間半ほどでスイスに行けることから週末にスイスに旅行する機会があります。恥ずかしながら、最初、スイスでもドイツと同じ高ドイツ語(Hochdeutsch)が話されていると思っていた私にとって、ドイツ語の方言とは言い難いスイスドイツ語を初めて聞いた際のショックはとても大きなものでした。似たような言語を話す2つの国ですが、実際に比べてみると、そこに暮らす人々の気質や生活スタイルは異なる部分が多く、興味深いです。またテュービンゲンで話されているシュヴァーベン方言は、スイスドイツ語と似ている部分が多くありますので、現在その3つの言語変種を比較して分析しています。

私が言語学専攻ということもあり、日常生活で触れるドイツ語に対しても敏感になって、言語を観察、分析しています。私は日本語で値段について話す際に「高い」と「安い」の2つの言葉を使い分けて表現します。そのような感覚で、最初ドイツ語でも"teuer"(高い)と"billig"(安い)の2つの単語だけを使っていました。そうすると友人から「"billig"は値段が安くて品質が良くないものに使うからネガティヴなイメージがある。値段が安くて品質が良いなら"günstig"を使わなければならない」と指摘を受けました。"günstig"はお得なものに対して使う形容詞と、以前、習いましたが、ドイツ語では値段に関して"teuer", "billig", "günstig"の3つの形容詞を使い分けていることが、今回初めて分かりました。そこに注意してドイツ人の会話を聞いていると、確かに3つの言葉を使い分けていることが観察できます。またこの言葉の意味から、スーパーマーケットのEDEKAのブランドの商品に書かれている"gut und günstig"は"gut und billig"ではなく必然的に、"gut und günstig"でなければならないことが分かりました。

現地で生活している中でドイツ語を観察しているとこのような興味深い発見がまだ多くあるので、後期も引き続き学業だけでなく日常生活のドイツ語にも目を向けていきたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 澄川遥香(2017)

全てが新鮮!ベルリンでの留学生活/中島さくら

私は、2015年8月から交換留学生として、ベルリン自由大学に留学している。

ベルリン自由大学が置かれているベルリンは、ドイツの伝統的文化と最新の文化の融合がバランスよくなされている都市であり、また、演劇やその他の文化が盛んで、生活の一部としてとても身近にあることに魅力を感じた。さらにべルリン自由大学は外に目を向けた開放的な大学であると感じたため、そこで勉強したいと思って留学を決めた。

【学業面】

前期は演劇に関する講義 "Einführung in die Theaterwissenschaft"(演劇学への導入)を聴講した。専門の授業はもちろん正規生向けであり、説明も哲学やフランス語文献からの引用と関連させたものであったのでとても難しく感じ、理解度は三割である。だが、演劇学科を聴講している日本人の学生(いずれも留学生)が数名おり、その学生たちから色々学ぶことができた。なかにはその道で食べていきたいという者もおり、とても勉強になった。

留学生向けの授業は二つ受講したのだが、いずれも各国から集まった留学生が積極的に、活発に発言し、それが日本で私が受けていた授業と異なる点の一つであると感じた。留学生向けの授業のテーマは主にドイツ、ベルリンが東西に分裂していた時代について、である。驚いたことに、どの授業にも東西ベルリンのことが関連してくる。ドイツ、そしてなかでもベルリンで勉強するためには、やはりこの歴史を学ぶことが大事だと考えられていると感じた。

語学クラスは和気藹々としており、そこで気の置けない友達を作ることもできた。コミュニケーションを円滑にするには、お互いの国に興味や関心を持つことや、恥ずかしがらないこと、そして自分の意見をしっかり持つことが本当に重要であると何度も痛感した。皆、文法は間違っていたりすることが多いが、それを気にせず伝えよう、聞こうと積極的に会話をするようにしていた。間違えても良い!と思いきることで、日常会話はためらいなくできるようになった。

【生活面】

共同キッチン・バスを6人で共有する学生寮に住んでいる。文化の違いから、フラットメイトと意見が合わず、ぶつかってしまうことも多々あった。だが、その反面、ホームパーティーなどが盛んに開催されており、楽しいことも沢山ある。

ここで思ったことは、ベルリンではドイツ語だけでなく、英語が話せなければならないということである。どこに行っても皆ドイツ人は、英語を人並みに話すことができ、さらに留学生の間では英語が共通言語であり、ドイツ語を使う者は少ない。英語をもっとしっかり習得してくればよかったと後悔し、現在も引き続きドイツ語と並行して、英語も勉強している。

そしてドイツ語を意欲的に学ぶ手段として、語学クラスの他には、タンデムパートナーを作った。文献からは読み取れないドイツの文化を学ぶことができて、また、日本のことについてもこちらまで勉強になるというような、楽しく有意義な時間を作り、学ぶようにしている。

【演劇、その他の文化的催し】

ベルリンには有名な劇場が多数あり、そのなかでも私が足繁く通っているのは、Berliner Ensemble、Komische Oper、Schaubühneである。舞台俳優たちは各々の劇場に属しており、他の劇場に出ることはあまりない。また日替わりで幾つかの舞台が上演されるので、舞台装置が簡素であるのが日本と異なる点である。

各劇場はそれぞれに特徴を持っている。Berliner Ensembleはブレヒトが創立した劇場であり、ブレヒトの作品が中心として上演されている。私は「三文オペラ」や「肝っ玉お母とその子供達」などを観劇した。演劇の講義では、ブレヒトの作品がやはり大前提となってくることが多い。

Schaubühneは、とても独創的であり、悪く言えば何をしても許される劇場であると思う。私は一番好きな劇場である。特に、ここで上演されたブレヒトの「母」は、近代の演出で上演されたが、とても深く考えさせられる作品であった。このように、講義で「劇場に足を運ばなければ、何も始まらない」と言われたこともあって、劇場には出来るだけ足を運ぶようにしている。

また、私はクラシック音楽を聴くのも大好きなので、近くにBerliner Philharmoniker(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)などがあることも、ベルリンに留学に来てよかったと思う点のひとつである。

広範囲にわたり文化を学ぶ、という点では留学先がベルリンで本当によかったと感じている。

ドイツ語文学文化専攻4年 中島さくら(2016)

独文生のロシア留学/田中孝樹

私は3年生を終えて、1年間大学を休学し、ロシアのニジニーノブゴロド国立大学に1年間留学しました。私がロシア語に興味を持ったのは大学1年生の時に「運命の皮肉」というロシア映画を見たことがきっかけです。この映画から、文化、言語と様々な分野でロシアへ興味を持つようになりました。ロシア語の勉強は独学で行い、基本的な文法を覚えた後は、SNSを利用してロシア人と毎日コミュニケーションをとるようにしていました。ロシア語の勉強を始めて約1年半後にТРКИ第1レベルというロシアの大学に入学するために必要なレベルに合格し、ロシア長期留学を決心しました。

留学中は外国人のためのロシア語オリンピックへの参加、ネットビジネスの運営など様々なことにアクティブにチャレンジしました。ロシア語オリンピックでは大学の代表として中国人とペアを組んで、日本と中国のファッションについてのプレゼンテーションを行い、2位という結果を残すことが出来ました。ネットビジネスでは、友人たちとロシアのSNSを使って日本のモノをロシア人にネット販売していました。文化が違えば商習慣も変わり、勉強の毎日でした。

ロシアでは文学部のスラブ語学専攻に所属していました。私はグループで唯一の外国人でしたが、明るい性格のロシア人と打ち解けるまでには全く時間はかかりませんでした。授業は1日4コマで、大学の授業が終わった後は毎日追加のロシア語のクラスに通っていました。予習復習の毎日で夜遅くまで机に向かうことも多々ありましたが、このような何事にも一生懸命取り組む姿勢は日本に帰ってきても習慣化し、大学の授業や就職活動にもしっかりと取り組むことが出来ました。また、スラブ語学を勉強していくにつれて、これまで勉強してきたドイツ語学と対照的な点や類似点が見られ、スラブ語学とともにドイツ語学への関心も増していきました。

ロシアに到着してちょうど2週間が経った頃、ロシアがクリミア半島に介入しました。私は寮に住んでいて、ウクライナ人のルームメイトと部屋を共有していました。彼から聞く話はメディアでは報道されていないようなショッキングなものばかりでした。さらに、私のロシア人の友人たちの親族もウクライナで戦争に巻き込まれたりと、今回のクリミア半島問題は私にとって非常に衝撃的で身近なものに感じられました。

1年間のロシア留学で得た経験は大学生活に様々な影響を与えてくれました。スラブ語学の学習からドイツ語学への興味がさらに強くなり、卒業論文「『再録』『語順』『品詞転換』から見るドイツ語新聞記事におけるテクスト生産者の意図~クリミア半島問題を通して~」では、ドイツ語とロシア語の両方を用いた分析を行いました。分析対象としてはロシア留学中に非常に身近に感じられたクリミア半島問題を選びました。独文なのに何故ロシア留学なのかと聞かれることがよくありますが、1年間のロシア留学は決して無駄なものではなく、ロシアでの経験は卒業論文として結実しました。この経験を活かして、これからも様々なことに積極的に取り組み、自分自身を高めていきたいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 田中孝樹(2015)

長期留学を終えて/山﨑美沙

私は3年次の夏から1年間、ヴュルツブルク大学に留学しました。入学時から留学に興味があり、2年次にウィーン大学への短期留学に参加しました。そのときさまざまな人に出会い、楽しいこともたくさんありましたが、ドイツ語でのコミュニケーションの難しさを痛感しました。もっと上手に話せたら楽しいだろうと考えることがあり、その悔しかった経験が長期留学に挑戦するきっかけとなりました。また、新しいことに挑戦する中で、自分というものをより深く知りたいとも思いました。そこで交換留学プログラムに応募したのです。

ドイツに到着した当初は、失敗の恐怖から、日本語を話す人に頼ってしまうこともありました。そんな自分の弱さに喝を入れたのが9月のドイツ語コースでした。さまざまな国の留学生がいて、ドイツ語で必死に意思を伝えようとする彼らにとても刺激を受けました。授業は自由に発言する形態で、積極的に発言する人、いつも優しく話しかけてくれる人、そして明るくユーモアのある先生との出会いによって、間違いを恐れず、自分の意思を伝えようと心がけるようになりました。ドイツ人の友人は本当に優しい人ばかりで、それぞれが目標に向かって努力しながら、けじめをつけ、遊びも思う存分楽しんでいました。

授業は留学生向けのドイツ語コースが週に5コマ程あり、学部の授業は週2~3コマを履修しました。私は演劇やミュージカル、クラシック音楽などに興味があったのですが、残念ながら私の所属する哲学部ドイツ文学専攻にこのような授業はなく、音楽学部の授業を履修しました。授業では、曲を聴き、曲の構造、技法とその変遷を学びました。また、作曲家の人生やエピソードなども含めて、作曲家について多方面から見ることにより、曲の作られた背景を知ることができて、その曲に対する感じ方が少し変わることもありました。とても印象的で貴重な体験でした。この授業は単位交換できませんでしたが、哲学部で履修した、言語学に関する授業とドイツ語コースは単位交換することができました。

ドイツでは音楽祭やコンサートがたくさん開かれ、手頃な料金で鑑賞できることもとても魅力的でした。屋外で開かれるコンサートやミュージカルを鑑賞しましたが、どちらも美しさや迫力に圧倒されました。なお、生活に不自由はほとんどありませんでした。寮の1人部屋は立地も設備環境も市街地へのアクセスも良く、快適に過ごせました。

1年は長いようで、今思うとあっという間でした。辛いこともありましたが、授業中は熱心に学び、ドイツ語を用いてさまざまな人と知り合い、会話して、その人の温かさ、優しさを感じることができました。どれも楽しかった思い出です。実際にドイツで1年を過ごし、実際に触れてみないとわからないことを体験できたので、留学をして良かったと思っています。

今後は、私がしてもらって嬉しかったことや人から受けた優しさを忘れず、そのような優しい心を持って人と接していきたいと思っています。また、けじめをつけ、やるべきときは常に全力投球していきたいと思います。さまざまな困難に向き合い、それを自分自身で乗り越えた経験を糧にしてこれからもがんばっていきたいです。

ドイツ語文学文化専攻4年 山﨑美沙(2014)