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武術から見る中国のプロスポーツ

文学部人文社会学科 中国言語文化専攻 3年
大川 智矢

 私は小学四年生から中国武術を練習し今年で10年目になる。将来の夢は競技武術選手として国内外で活躍し、選手引退後はコーチとして武術を教えていくことだ。

 中国の国技であり、中国国内ではプロ化されたスポーツとなっている武術。カンフー映画では知られてはいるが、競技武術となると日本での知名度は一気に下がる。日本ではアマチュアスポーツの武術は、中国ではどのような扱いで現地に根付き、プロスポーツとしての立ち位置にいるのか。実際に中国のプロチームと一か月同じ生活を過ごし肌身で感じるとともに、武術から見える中国のプロスポーツの実態(選手たちの生活、文化、練習環境、施設設備、制度等)を調査し、日本国内での今後のアマチュアスポーツのあり方や改善点を模索する。日中のプロスポーツの差を踏まえたうえで日本におけるこれからの武術の展望を分析し、アマチュアの日本でよりプロの生活に近づけるにはどうしたら良いかを具体的に考える。渡航先の体育学校は武術だけではなく複合型の体育学校なので、施設設備面・その他の様々な種目からプロスポーツの展望が調査できる。

 また、北京市のプロ武術チームと一緒に生活をし、実際に現地の人たちとコミュニケーションを取り、文化交流や武術を通しての日中友好、スポーツという枠を超えて武術のあり方について考える。

≪①経歴≫

 私の武術に出会ったきっかけは、私が小学四年生のときに母が健康のために太極拳を習おうとして一緒に連れて行かれたのが始まだ。最初はゆっくりした太極拳には興味がなかったが、太極拳を習うお母さんたちの横で、子供たちがカンフーを練習していて、自分も「やりたいな」と思い練習を始めてから大学生になった今でも続けている。

 高校二年生の時に全日本で3位に入り強化指定選手に選抜され、大学入学と練習のため、東京に活動場所を移し、現在は国際大会出場、入賞を目標に日々練習中。また、表演活動(舞台やパフォーマンス、競技とは違いエンターテインメント性のあるもの)にも多く参加させてもらい武術の普及に携わっている。

【主な成績】

2010年 北海道大会 最優秀賞受賞 
2010年 JOCジュニアオリンピックカップ 長拳A第二位 
2010年 全日本武術太極拳選手権大会 長拳A、刀術A、棍術A第一位 
2012年 全日本武術太極拳選手権大会 自選難度競技 刀術第二位 
江別市スポーツ奨励賞受賞 
足立区スポーツ奨励賞受賞 
日本武術太極拳連盟・全日本強化指定選手

【主な表演(パフォーマンス)活動】

2012年 アジアンフェスタ2012(札幌ドーム)、日中国交正常化40周年記念・中国文化祭(芝公園・東京タワー)、日本体操祭2012(国立代々木体育館)

2013年 東日本復興イベント 武音祭(大田区民ホール・アプリコ)、ファッションデザイナー山本寛斎氏プロデュース・HELLO JAPAN!!(六本木ブルーシアター)

≪②武術とは≫

 ジャッキーチェンやブルースリーなどのカンフー映画などでよく見かけることはあると思うが、実際の「競技」武術はまだまだ認知されていないのが現状である。武術は中国においてはプロスポーツである側面、健康に役立つとされ民間でも朝の体操のような位置づけで広く愛されている。一般的にカンフーと呼ばれたりするが、正式名称は「武術(Wushu・うーしゅう)」、日本では太極拳の愛好者が多いとこから「武術太極拳」と呼ばれている。

 2008年には北京オリンピックで公開種目として「ほぼ五輪」体制で競技が行われ、現在(2013年春)は武術が2020年のオリンピック候補種目の一つとなり、2013年9月に正式種目になるかどうかが決まる。

 世界には143の国と地域に国内連盟、日本には47都道府県各連盟と日本学生連盟があり、武術愛好者は日本国内で100数十万人を越すといわれている。(競技者人口は45000人)

【武術の国内外の大会】

「全日本武術太極拳競技大会」「JOCジュニアオリンピックカップ(18歳以下)」「全日本武術太極拳選手権大会」「ねんりんぴっく」「全国スポレク祭」「アジア武術選手権」「世界武術選手権」「アジア競技大会(IOC国際オリンピック連盟管轄)」「東アジア競技大会(IOC)」「北京オリンピック(IOC)」「ワールドゲームズ」

【競技武術について】

 今回は自分が練習している競技武術について深く掘り下げて紹介する。
 武術の中で最も競技化されたものが「長拳」「南拳」「太極拳」といい、国際大会の種目として採用されているものである。体操の床運動やフィギュアスケートのように動作の正確さや、跳躍や静止動作などの「難度動作」によって10点満点で採点する。

長拳:中国北方が発祥の武術。徒手(素手)、また刀、棍棒、槍、剣を用いた体全体を大きく使うダイナミックさが特徴

南拳:中国南方が発祥の武術。船で戦うことを想定されていたため上半身を使う動作が多く、力強い動きと発声が特徴

太極拳:お年寄りの健康体操などのゆったりしたイメージがあるが、競技となると静かな動きにも激しい動作や跳躍動作がはいる。3つの武術の中で唯一音楽伴奏とともに行われる

【採点方法】
A組(5点) 63の減点項目から引いていく減点方式。バランスを崩すミスや基本動作のミスなど。
B組(3点) 勁力、リズム、風格を採点する。
C組(2点) 「難度動作」が成功すれば加点を行う。

※難度動作:跳躍(側宙、バック宙、跳躍しながら回転etc.)や、静止など高度な技術を要する動作。A級が一回転、B級が一回転半、C級が二回転。

≪③中国のスポーツ≫

 中国におけるスポーツのあり方は2つある。ひとつは健康を目的としたもの(庶民スポーツ)で、「全民健身(すべての国民はスポーツをする権利があり、それによって健康になるべきである)」という全国民的に公布されている標語があり、中国政府が庶民スポーツに対する意欲が大きいのが分かる。

 もうひとつはプロスポーツだ。我々日本人が会社に行き出世して生活していくのと同じように、中国ではスポーツでプロとなって生きていくというのが日本よりも身近にあり、生活のツールの一つとなっている。そのため、いくら子供といっても技術さえあれば「プロ選手」として生活していくことができるのだ。

≪④施設紹介―什刹海体育運動学校―≫

(住所)中国北京市西城区 地安門西大街57号 (電話番号)010-66184748

 北京市の中心街に位置し、1958年に国家レベルにおける重点的なスポーツの専門学校として設立。 テコンドー、ボクシング、バドミントン、武術、格闘技、体操と6つの競技が主に練習され、それぞれプロチーム(専門隊)、予備チームが設けてある。これまでに数多くのオリンピック選手、世界チャンピオン、ナショナルチャンピオンを輩出。カンフー映画で有名なハリウッドスターのジェット・リー(李連傑)も輩出。最近では映画「ベストキッド」(201年主演:ジャッキーチェン)の悪役で出演していた王振威も武術チームに在籍している。 
また、一般開放もしており、民間の健康・地域づくりを目的としたスポーツとしての場所も提供している。 
「什刹海」というのは体育学校の隣にある湖のことで、バーやクラブなどがたくさんあるナイトスポットとして有名な観光地である。練習後に什刹海に遊びに行く選手たちの姿も見られた。 
建築は中国の雰囲気にあふれていて、小さい滝や花、草木など都心の中にある自然が心地よい。

【武術館】

 競技用コート(14m×8m)が3つ敷かれている。この規模は他の中国の地域の武術館からするとやや小さいが、大人数での練習は可能である。また、外付けではあるが暖・冷房も完備されていて北京の気候にも対応している。肋木での柔軟、また鏡を見ながら動作を確認しながらの練習が可能である。
 ここでは1軍と2軍、子供のプロチームが主に練習している。壁には中国国旗である「五星旗」と、大きく「武魂(武術精神)」と書かれており、そこに訪れた選手の気持ちを引き締める。

中国国旗「五星旗」と「武魂」

大きな鏡で動作を確認できる

【地下武術館】

 主に子供のカンフー教室、太極拳のプロチーム、対練(空手の約束組手のようなもの)チームが練習をしている。比較的新しくできた武術館である。競技用コートは4面分あり、トレーニングジムに隣接しているので筋トレの際などに便利。壁には「自信 努力 超越 成功」のスローガンが掲げられている。

手前:太極拳を練習する女子隊
奥:子供たちのカンフー教室

素質練習をする対練チーム

【国際公寓(ホテル)・部屋】

 ツインルームで一泊458元(およそ6870円、1元=15円換算)。主に海外や市外から短期で利用する人が多く、什刹海体育学校の中ではとても豪華な造りとなっている。一日1000元(約15000円)のとても豪華な部屋も何部屋化用意されている。ベッドメイキングは、シーツを直しただけで交換されていなかったり、掃除が遅かったり、なにかとだらしない部分もある。

パソコンも完備されている。が、ネット接続が良くないのが現状である。

広々とした部屋

【国際公寓(ホテル)食堂】

 バイキング形式で選手に必要な食事を提供している。この食堂は一般の方も40元(約700円)で利用することができる。フルーツ・野菜・肉・めん・ごはんなどしっかりそろっている。食事のレベルは中国国内のものに比べると水準は上の方であるが、中華料理中心で独特な味やにおい、油を多く使用しているなど、口に合わずに残してしまう外国人も少なくない。外国人の留学生も多いのでもっと洋食を導入すべきだと思う。テコンドーチームもここで食事をする。

バイキング形式の食堂

【選手寮】

 机とベッドがセットになったものが2~4組あり、それぞれの部屋で同じ種目の選手が共同で生活している。一人一台パソコンを持っていて、暇なときはインターネットで遊んでいる。シャワーは決まった時間帯で行い、また衣服などの洗濯は自分で行う。部屋の奥にはベランダがあり、そこで洗濯物を干している。

【留学生寮】

 主に長期の海外の留学生が利用する。部屋の間取りは先述した選手寮と変わりはない。シャワーやトイレは共同のもので、シャワーは使用時間帯も決まっていて専用のカードで出水する。食事は国際公寓(ホテル)食堂で食べる。自身も2012年の春にこの留学生寮に滞在していたが、その時はアメリカ、ウクライナ、ドイツ、ロシア、中国、スペインからの留学生が集まっており、国際色豊かな雰囲気であふれていた。
 入寮時はベッドと机しかないので、タオルやトイレットペーパー、歯ブラシなどの生活に必要なものは一から近くにあるスーパーマーケットで揃えなくてはならない。国際公寓に比べるとやや不便である。

【トラック、健身房(トレーニングジム)】

 選手が体力作りのためにランニングをするトラック。トラックの真ん中にはテニスコート兼バドミントンコートが二面敷いてある。選手の多くはトラックで走り終えた後に地下のトレーニングジムで筋トレを行う。 
 トラックの地下にはトレーニングジム「健身房」があり、選手だけでなく一般の方も使用することができる。トレーニングに必要なマシーンは完備されており、申し込めばパーソナルトレーナーのアドバイスを受けながらトレーニングすることもできる。ヨガスペースやサイクリングのみの部屋などがある。 
 曜日ごとに、空手・ヨガ・内家拳(太極拳など)・ダンスなどの講座が開設されており、予約することで誰でもも受けることができる。

散打(中国ボクシング)選手たちの練習風景

豊富なトレーニングマシーン

陸上トラック(一周約250m)とテニスコート(中央)

≪⑤日本と中国、一日の差≫

【北京での一日】

武術学校での大まかな一日の生活を紹介。

7:30 起床、「国際公寓食堂」にて朝食 
8:00 お風呂に入り筋肉をほぐす 
9:00~11:30 武術練習 
12:00 昼食 
13:00~14:30 昼寝 
15:00~16:30 地下のトレーニングジムにて筋トレ 
17:30 夕食 
それ以降は自由時間。練習の復習や勉強、外に出かけたりなど。 
23:00 就寝 
※練習は週6回(日曜日は休み)あり、午前午後それぞれ平均して2時間である

【昼寝の文化?】

 北京のプロ武術選手たちはこれとほぼ同じ生活を送っている。個人的に注目したいのが、「昼寝」を挟んでいるということ。昼寝が出来るほどの昼休みを取るということは日本ではあまりなじみがない。最初のころは中国の友人に「昼寝をしなくても大丈夫なの?」と聞かれたり、日本の企業に入った中国人が、会社の昼休みがわずか一時間ということに驚き、昼寝をする時間がなく嘆いたという話を聞いたりした。スポーツ選手にとっては、練習をして、ご飯を食べ、昼寝を挟んで回復して、またそれを繰り返すという、とてもいいサイクルなのではないだろうか。

【日本での一日】

7:30 起床 
9:20~12:30 大学にて授業 
13:30~17:00 アルバイト 
19:00~21:00 練習 
23:30 就寝 
※練習は週4、5回あり、一回の練習時間は約2時間である。

【練習時間、2時間の差が…】

 上記の≪北京での一日≫と比べると、練習時間が極端に少ないということが分かる。しかも日本での練習は週に4、5回であり、一週間でおよそ8~10時間。一方北京での練習時間は一週間でおよそ24時間。14時間(日本での約7日分の練習量)も違うということになる。
 また、北京では武術中心の生活なので、武術に向き合う・打ち込む時間も多い。我々日本人は、大学に通い、また仕事をしてお金を稼ぎながら練習をしなくてはならない。一方プロの生活は、学校側で食・住をしっかり整備して選手は練習だけに集中できるような環境を整え、更にそのうえ武術自体が仕事なので給料も支給される。国際大会、国内大会で活躍している選手の給料は月に3000元(日本円で46800円)、普通のプロ選手は2000元(日本円で31200円)ほどであるという。ちなみに中国のサラリーマンの平均月収は、地方などにもよるが2000元から4000元であるという。こう考えてみると、食・住も整備されているプロ選手たちは経済的に比較的豊かであるといえるだろう。

≪⑥中国・日本国内外における武術施設の差≫

【中国国内の状況】

 什刹海体育館の武術館は全部で三つ。数からすると多いように感じるが、他の中国の地域からすると総面積的には小さいものである。北京チームはほかのチームに比べてプロの人数が少なく、また武術練習を午前中一回しか行わないので、二軍や子供たちの教室など、スペース的にはやりくりできているのだろう。
 また、どの中国国内の武術チームもそうだが、プロの武術だけの学校があるというより、「総合体育学校の中の一種目」として武術がある。なので、その学校の方針・力を入れていきたい種目によっても施設の質には幅が出てくるだろう。現に刹什海体育学校は陸上には特に力を入れていないので、トラックも競技用の一周400mのものではない。僕が北京を訪問した二日目に、上海のプロチームから来たという女の子がトラックをみて「ランニング用にはちょうどいいけど、とても小さい。上海の体育学校にはちゃんと400mのトラックがある。」と言っていた。上海のその武術学校が陸上に力を入れているかどうかは知らないが、北京も上海もどちらにせよ日本よりも国土が広く、中国自体、スポーツにお金をかけているというのが分かる。

【日本の状況】

 では、日本は一体どうなのだろうか。日本武術太極拳連盟が公認して設置している練習会場が東京・大阪にひとつずつあり、そこには競技用絨毯が常設されている。どちらも強化選手のためのものではなく、子供のカンフー教室であったり一般の方の太極拳教室であったりするため、練習会場がいっぱいになって使用できなくなってしまうこともある。
 地方はどうだろうか。まず競技用絨毯を常設できるほどの会場を個人・団体で持つということが厳しく、ましてや競技用絨毯を持っているということは稀であり、割と大きな団体でないと絨毯を所有できないというのが現状である。練習中に絨毯があるのとないのでは大違いで、本番の幅の感覚をつかむため、また、跳躍動作や激しい動きが多いため怪我の心配もある。練習環境の改善がレベルアップ、怪我防止につながるだろう。

≪⑦選手にアンケート≫

今回、北京武術隊の男女合計18人を選手たちを対象に簡単なアンケートを実施した。
質問の内容は以下の通り;

①いつ武術の練習を始めたか、始めたきっかけはなにか 
②出身 
③どうやって北京武術隊というプロチームにはいったか 
④主な成績 
⑤学校の環境はどうか(施設、食堂、訓練など) 
⑥他のプロスポーツに比べ、武術の特徴はなにか 
⑦将来はなにをするか

順番に回答を列挙していくと、

①いつ武術を始めたか、きっかけ

体がもともと弱くて体作りをしたかったから(5人) 
カンフー映画が好きだから(3人) 
武術でいい成績を残してほしいという親の勧め(2人) 
わんぱくで戦うものに興味があったから(1人) 
武術が好きだから(7人)

体が弱かったために武術をはじめて今となってはプロで活躍している、というのが多いのは驚きだ。また、≪③中国のスポーツ≫でも紹介したように、武術でいい成績を残すことによって将来を切り拓いていってほしいという親の想いから始めたという回答も。年齢も小学校低学年から始めたという回答が多かった。

②出身

 分布でいうと主に北方の選手が多い。北京武術隊は北方で盛んな長拳の選手が多く、そのため選手も北方から選出されるためだろう。河南省はカンフーで有名な少林寺がある場所で、民間の武術学校も多い。地元の北京が意外と少なく2人。プロチームなので、ほしい選手を地方関係なく迎えるということが多く、はえぬきの選手は少ない。

③北京武術隊に入ったきっかけ

・地元チームの先生の推薦 ・大会でスカウト ・大会でいい成績を取ったため ・試験で合格

 多くの人選手は地元チームの先生が推薦することが多いらしい。もちろん、大会での成績や技術も含めてだ。また、什刹海体育学校は毎年試験にて選手を募集している。試験内容は実際に武術を演武をして放屁を判断するもの。

④主な成績

 中国国内大会、ジュニア国内大会、アジアジュニア、世界ジュニア、アジア選手権、世界選手権でも上位に入る選手たちが集まる。世界選手権やアジア選手権などの国際大会に出場した選手たちはみな優勝している。

⑤学校の環境について

・なんでもそろっている ・校舎がきれいで美しい ・全ていい ・地理的にいい場所にある
・選手が十分に練習できる環境 ・清潔で栄養を考えたメニューを揃えている食堂

 回答者全員が口をそろえて言うのは、「施設設備がなんでもそろっている」ということ。ちなみに、2013年1月に体育学校付近に「北海北門」という新しい地下鉄が開通し、更に交通が便利になった。また、マイナスの意見としては、「武術館の使用時間が決まっていて自由に利用できない」というもの。

⑥武術の特徴

・とても長い歴史があって、文化に根差している ・内側(精神)と外側(身体)の一体、表現
・総合運動 ・中国民族の風格(国技) ・剛柔(柔軟さと強さ)を併せ持っている
・時代にあわせて変化していく芸術性 ・武術をすることで体の基礎を作ることができる

 やはり武術は中国の国技ということで、自国の文化への誇りや生活や文化、思想と密接につながっている部分が多いという回答が多かった。実際に業の綺麗さだけでなく、風格や内面から出る強さ・美しさを競う部分もある(競技的には点数をつけづらい点ではある…)

⑦将来なにをしたいか

・武術のコーチ、先生 ・大学の先生 ・軍人、国境警備 ・役者、俳優、歌手
・健康についての研究 ・武術に携わりたい

 武術に携わるという回答がやはり多かった。中国では武術選手で有名になると、アクション映画などの俳優になれるという機会が多い。実際に、同校出身で大先輩であるハリウッドスターのジェット・リーが世界でアクションスターとして活躍していることが選手たちのモチベーションとなっている。

≪⑧アマチュアである武術のこの先≫

 上述したように、プロとアマでは根本的にお金のかけ方が違う。プロの生活に近づけるには、お金と時間のねん出をどうしていくか、トレーニング機器がそろった設備の充実、アマチュアスポーツの中でも競技としての知名度は低い武術を有名にしていくにはどうするか考える必要がある。 
 いま実際に日本人で活躍している武術選手たちがどのような生活をしているかというと、スポーツクラブで武術を教えたり、スポーツマネジメント会社と契約してそこで武術を教えたりと武術中心のものだ。利点としては、一般の方に武術の普及をすることができるし、また、スポーツクラブなどにはトレーニング機器が充実しているため手軽に利用できるということ。 
 海外のクラブチームのように、行政や地域に根差し密着してイベントやパフォーマンスなども行っていけるようにしていくことも武術の普及につながる。実際に、北海道札幌市・江別市で主に活動する「北海道中国武術倶楽部」は、積極的な地域イベント出演や札幌市からの要請での札幌ドームでのパフォーマンスなど様々な形で地域に密着した活動を行っている。このような活動を通して、アマチュアである武術をさらに応援してくれる団体が増えていくことが理想である。 
 武術は2020年のオリンピック候補種目の一つとなり、また、日本人選手の活躍によって微々ではあるがメディアに取り上げられる機会も増えていった。これからは既成概念にこりかたまらず、武術もいろんなアートなどとリンクしていって表現の幅を拡げていくべきだ。 
 プロとアマの意識の違いの話で感慨深いものがある。先輩が中国は福建省へ修行に行ったとき、あこがれの選手から「あなたは武術を本当に心からたのしんでいるね。私たちプロはこれが仕事だから、純粋に楽しめない時がとても多い。」ということを言われたらしい。確かにアマは自費で中国に行く時もあり、大会ごとに報酬なども貰えるわけではない。しかし、選手として続けられるのは、本当に武術が好きだという気持ちからである。そういったプロからすると逆境の中で純粋に楽しむことができる自分をしっかりと確認し、評価していくことを忘れてはいけない。

≪⑨最後にー日中友好の架け橋に≫

 毒入り餃子から始まり、尖閣諸島の問題や大気汚染など最近中国から聞くニュースは悪いものばかりである。日本人の中にも中国が嫌いで敬遠してしまう人はいっぱいいるだろう。そんな二国間の情勢が不安定である今こそ、しっかりお互いの国の良いところ、悪いところを勉強ししっかり受け止めていくべきだ。どんなに嫌っても、今後ともにずっと共存していかなければいけない相手なのだから。
 そんな中、スポーツは人種も言語も超えるとてつもない力を持っている。同じスポーツ、文化を共有しているということでお互いが歩み合うことができるのだ。特に地域の文化に根差した武術などというのはその典型であり、我々日本人からしても外国人が剣道や相撲などを習っていると聞けば悪い気はしないだろう。そういった、民間レベルでの交流が、大きく言えば世界平和において一番大事で一番見逃してはいけない部分なのだ。滞在期間中、北京隊の一人のチームメイトがご飯に誘ってくれて一晩中話し合ったことがあった。それは昨今の日中関係についてであり、その人から「尖閣問題などは外交の問題であって、我々がそんなことでいがみ合うものなどではない。世界中で中国が報道されるときは、クレイジーな国家だといわれる場合が多い。そんなことは悲しい。だからこそ君(筆者)のような人がいて嬉しい。」と言われ、僕がかねてから考えていたこととぴったり重なり合ってとても感動したのを覚えている。私だって偏向報道のみに左右されて中国を嫌っている日本人がとても多くて悲しいし、もっといい中国の良い部分を紹介していきたいと心から思っている。今までに中国で出会った方たちはこんなにも素晴らしかった、と胸を張って言える。武術は、人と人をつなげるツールになるし、中国の文化を知るきっかけにもなるだろう。武術が競技という枠から抜け出して、日中の架け橋となっていくように今後の武術の多様なあり方を模索していくことが普及、競技力の向上、友好につながっていくのではないだろうか。