比較法文化プロジェクト
【開催報告】ワークショップ「契約構成の変化―「文化的差異」は比較法的分析に有用か」を開催しました。
2019年01月08日
中央大学私立大学研究ブランディング事業・比較法文化プロジェクトでは、去る2018年11月26日に、中央大学市ヶ谷キャンパスにおいて、「ワークショップ:契約構成の変化―『文化的差異』は比較法的分析に有用か」を開催しました。
このワークショップでは、当プロジェクトが解明を目指すアジア太平洋地域における法の多様性にとって極めて重要な要素である契約法領域に着目し、パートナー研究者を招いて、議論を行いました。こうした学術的国際会議では、しばしば、それぞれの報告者が事前に準備した報告書を読み上げることになりがちですが、本ワークショップは、より実質的な議論を行うために、2つの工夫をしました。
1つは、昨年開催したワークショップの参加者でもあったColin Crawford教授(当時はTulane Law School教授、現在はLouis D. Brandeis Shool of Law学部長)が当プロジェクトのために書き下ろし中の論文"The Limits of Cross-Cultural to Legal Reasoning and Practice"(現在最終作業中。近日公開予定)の準備稿を参加者で検討し、ステレオタイプな比較文化理解を法的議論に用いることの限界や問題について議論したことです。
もう1つは、伝統的な日本のビジネス契約に含まれる「誠実協議条項」(万が一、契約に関し紛争が生じた場合には、訴訟手続を利用する前に当事者間で誠実に協議するという条項)の意味について、各法域の法律家の視点で検討するという試みでした。
当日は、伊藤壽英教授をモデレーターとして、コーエンズ久美子教授(日本・山形大学)、Say H. Goo教授(香港大学)、Kwang Jun Tsche教授(韓国・慶煕大学)、Sharon McGowan(オーストラリア・クイーンズランド大学)、Stephen Bottomley(オーストラリア国立大学)、Anselmo Reyes(シンガポール国際商事裁判所裁判官・香港大学客員教授)から上記2点を含め、それぞれのご専門との関係で、「文化的差異」は比較法的分析に有用かという発言をいただき、それ以外の参加者を含めた全員で自由に討議するという形をとりました。
まずColin教授の準備稿は、東洋と西洋といった伝統的なステレオタイプの文化論から法を理解することの問題点を踏まえて、文化人類学で用いられるハイ・コンテクスト文化とロー・コンテクスト文化の方法論を理解した上での比較法理解を提唱するものですが、この方法論については、多くの参加者から大変有益であるとのコメントが寄せられ、このプロジェクトにおいても、なお一層の研究の深化を試みることで意見が一致しました。
また、誠実協議条項については、現実には、この条項が拘束力を持って解釈の対象となることはないということが参加した実務家から指摘され、にもかかわらず、これが多くの契約書の中に残っているのは何故かという論点を含め、多くの議論がなされました。
各論的議論は、別に紹介の機会を設ける予定ですが、1点だけ今回のシンポジウムで特徴的であった議論を紹介しますと、香港大学のSay H. Goo教授が、日本や香港を含むアジアにおける法律家の思考様式の中には、なお儒教的要素が認められると指摘し、かつ、そのような思考様式をもつ法律家の判断の合理性を述べたのに対して、Anselmo Reyes教授から、むしろ重要なのはcommon law lawyerとcivil law lawyerの思考様式の違いであって、アジア法の特徴として儒教的要素を強調すべきではないという反論があったことです。たとえば、誠実協議条項は、一面においては、儒教的背景をもった調和型の紛争処理指向の条項ともいえますが、他面では、一般原則を事案に当てはめるというcivil law lawyerに特徴的な法的三段論法に必要な一般条項を、紛争処理の場面について用意しているに過ぎず、かつ、実際には拘束力を持った条文として解釈対象とならない以上、儒教的法文化を担保しているとは評価できないともいえます。
今回のワークショップは、単一の結論に至ることを目指したものではありませんでしたが、多くの参加者の得た共通結論は、文化的差異を無視した比較法はあり得ないが、それは、東洋と西洋、儒教とキリスト教という形で2極化される表層的なステレオタイプで理解ではありえず、より多面的・深層的な理解を必要とすることであったように思います。
その意味でも、Colin教授の準備稿の完成を待ちつつ、次の会合でより議論を深めることを約して、散会となりました。