社会科学研究所
所長挨拶

1978年11月に大学附置の研究所として設立された中央大学社会科学研究所は、2年後に設立50周年を迎えます。私は選挙により2021年4月より所長を務めさせていただき、微力ながら任に当たっております。この間、5年が経過しましたので、2期目の最終年度にあたるこのタイミングで、改めてご挨拶させていただくことにしました。
2026年5月、ローマ教皇レオ14世は、就任1周年に回勅(カトリック教会の公的文書)を発表し、AI時代を生きる人間は、人間の生み出した人工知能(AI)に支配されてはならず、人間によるコントロールを保持しなければならないと訴えました。教皇の発する警告は、カトリック信徒にかぎらず、現代社会に生きる私たちに、「私たちの時代の問題」に向き合う必要を突きつける警告となっていると思います。人間の生み出す学問、科学技術と人間の倫理観との関係は、人類の歴史に通底する根本問題に他なりません。ギリシア・ローマの哲学者から現代のロールズ・サンデルまで、この問いと格闘してきた人々の名を引き合いに出すまでもなく、社会科学とはさまざまなアプローチから正義とは何かを問い続ける、批判的な科学、学問研究の総称であると思います。
本研究所の小松春雄初代所長は日本政治学会理事長などを歴任した本学法学部教授(当時)で、イギリスの保守思想家エドマンド・バークの研究者でした。バークとは対極にあるジャン=ジャック・ルソーの思想・理論を私は研究対象としていますが、18世紀と現代の問題状況とは、思いのほか相似的に見えます。ルソーは反啓蒙とは言えないまでも啓蒙の異端者ではありました。哲学の世紀を象徴する『百科全書』(アンシクロペディ)の編者ドゥニ・ディドロとダランベールら百科全書派とルソーが、結局は袂を分かつことになったのはある意味で当然でした。ルソーは学問や科学技術の進展は不可逆的であるとしたうえで、人間の手にした学問、科学技術は、その利用者によって良くも悪くも使用されるものであるがゆえに、人間の理性の誤りやすさに警鐘を鳴らし、人間の善性を呼び覚ます良心の働きを重視しました。そして正義とは何かを問い続けること、決して一部の者にその判断を委ねてはならず、われわれすべての者が主体化しなければならないと訴えかけました。
本研究所の研究活動は、10前後の研究チームを軸に続けられていますが、私たちの社会の「成長」一辺倒ではない豊かさや幸福を追究する、社会科学系の諸科学(社会学、法学、政治学等)を横断する学際研究を特徴としています。今後ますます、研究所を地域、社会の人々と対話し、地域、社会に開かれた場とする努力が必要です。人文社会科学離れの進む昨今、AIと向き合い、人間の倫理が科学技術の暴走に歯止めをかける社会科学研究の役割の重みを、今こそ皆さんと共に再認識したいと思います。
2026年5月31日 鳴子 博子
