企業研究所

外国人研究者講演概要

2023年度

Understanding Irrational Gambling Behaviors under Financial Constraints
Kim Baek Jung(2023.7.25開催)
This paper explores how gamblers become addicted so that they gamble irrationally, even with financial constraints. Using unique individual-level data from an investment app in Australia that includes users' gambling information (online sports betting) and granular user-level financial status, the paper documents that 1) gamblers gradually gamble more (i.e., evidence of becoming serious gamblers) and 2) this tendency is persistent even with financial constraints that are measured by overdraft fee. Particularly, gamblers reduce the amount of gambling when their balance is insufficient, but they recover their original gambling behaviors quickly and then maintain it in subsequent periods. We also found similar patterns in lottery purchase behaviors. Merging with survey data, we suggest that gamblers' "risk-tolerant" attitude may explain these behaviors. While risk-averse gamblers do not show these behaviors, risk-tolerant ones do gamble more, even with financial constraints.

2022年度

※研究交流の成果(概要)
Kobuszewski Volles Barbara(2022.5.23~2022.12.31)
Kobuszewski Volles Barbara氏とは企業研究所での客員研究員としての在籍期間中、最近のソーシャルメディア研究で関心が高まっているvirtual influencerに関する共同研究を行った。アメリカ人を対象とするオンライン実験を5つ実施し、virtual influencerがいかにインスタグラムにおいて広告される製品の購入意向やvirutal influencerに対するフォロー意向を高めるかを検証した。その結果、virtual influencerはユニークネス知覚を介して消費者の購入意向やフォロー意向に影響を与えること、また、こうした媒介効果は、消費者の独自性欲求、ブランドタイプ(普及か高級か)、AI技術に対する懐疑主義によって調整されることを明らかにした。こうした研究成果の一部は日本消費者行動研究学会のコンファレンスにて口頭報告(2022年10月30日)を行った。また、研究成果を論文としてまとめ、Journal of Business ResearchのVirtual Influencer特集号への投稿を予定している。
The Ontological Dimensions of Blockchain Initiatives Management Simulation Game and its simulator
Wim Laurier(2022.8.5開催)
第1部では、ブロックチェーンによるビジネスプロセスの革新について、欧州で注目されている気鋭の研究者であるUCLouvain Saint-Louis Brussels 大学のLaurier教授に発表をして頂いた。この報告は、2022年にルーヴェンで開催されたCAiSE会議でのBC4IS基調講演の内容に基づくものであり、さらにそれは、中央大学の公開研究会(2019年8月8日)での講演ならびに松山大学でのIEEEとJSIMでの基調講演(2019年11月9日)からインスピレーションを得たものであった。具体的には、Laurier教授はブロックチェーン技術を用いるビジネスシステムを4段階に分類するとともに、Laurier教授と中央大学の堀内恵教授が開発しているシステムは第2段階に位置づけられるものであると説明する。特に、参加メンバーが固定化されないオープン型のビジネスシステムやサプライチェーンにおいては、ビジネス取引におけるデジュール標準としてのREA Ontologyを用いることの意義を明確に主張された。そして、MERODEと呼ばれるCASEツールを用いたビジネスシステム構築の全体像(CIM→PIM→PSM→Code)の流れ、およびブロックチェーン技術用いるビジネスシステムを分類するための「REAキャンバス」と呼ばれる新しい考え方の意義を強調された。
第2部では、最近のビジネスゲームの特性およびビジネスゲームによる教育管理について、Laurier教授および、横浜国立大学、経営情報学会会長、日本シミュレーション&ゲーミング学会理事であるTanabu教授の二人の研究者に発表をして頂いた。まず、Laurier教授より、中央大学、ベルギー国のUCLouvain Saint-Louis Brussels 大学、Namur大学、およびカナダ国のLavel大学と4校の間で構築されたビジネスゲームコンソーシアムにおいて、現在開発中のビジネスゲームの現状報告がなされた(なお、本コンソーシアムは2020年度中央大学グローバル化推進特別予算取組計画の一環で取り組まれたものである)。具体的には、ビジネスシミュレーションの意義、これまでの開発経緯、開発中のゲームの特徴、ビジネスゲームを用いた授業展開、学生による意思決定項目の種類と内容、およびシミュレーション結果に関するレポートなどを説明して頂いた。続いて、日本における100以上の大学で利用されている横浜ビジネスゲーム(YBG)の生みの親であり、ビジネスゲーム、シミュレーションの国際的な専門家であるTanabu教授より、YGBとその役割のこれまでの発展経緯、YGBの特徴、YGBをどのように授業で取り上げるのか、教育における重要事項(ゲーム体験の振り返り、失敗から学ぶこと)、およびBakeryゲームの紹介等々について説明をして頂いた。
各報告の終了ごとにフロアーから、立教大学の佐々木宏教授、青山学院大学の堀内正博教授らをはじめ当該分野の専門家から複数の質問がなされて議論を深めることができた。また、最後にJSIMの上杉志朗常任理事より総括をして頂いた。
韓国におけるNFTと著作権
梁 在英(2022.8.25開催)
第1に、韓国の電子商取引学会ならびに韓国ブロックチェーン協会との今後の研究交流の可能性について検討を行った。第2に、韓日のブロックチェーン技術を用いたビジネス実践と政策動向についての意見交換を行った。第3に、現在韓国ソウルで取り組んでいる技術移転事業についての取り組み事例を説明し、韓日相互発展的な技術移転についての意見交換を行った。
Trust in Japanese Interfirm Relations:
Contributions to Twenty-Five Years of Wide-Ranging Trust Scholarship
James Hagen(2022.11.9開催)
 第1報告では、農林水産省「農林水産物・食品の輸出拡大を後押しする食産業の海外展開ガイドラインの作成検討委員会」の座長を務めた大石芳裕氏(明治大学名誉教授)が、その議論プロセスを振り返ることによって農林水産物・食品の海外展開におけるいくつかの課題を再検討した。大石氏によると、農林水産省および同報告書の論調は、「海外展開(たとえば、商社・現地輸入業者などのさらなる活用や自前での対外直接投資)と輸出の補完性」すなわち「海外展開による輸出促進」を前提にしているが、それ自体は報告書内で十分に証明されていない。また、同報告書における「代替性」とは、海外展開と輸出が反比例の関係にあるということであり、海外展開が進展すると輸出が減ることを意味しているが、実務において求められているのはむしろ「輸出した後の現地市場における販売機能のさらなる拡充」である。つまり、輸出を強化するのはもちろんであるが、現地販売の担い手に対する機能強化も図る必要があるということである。
 第2報告では、企業間関係論における信頼(Trust)研究の第一人者であるJames Hagen氏が、これまでの研究系譜を振り返りながら当該分野におけるいくつかの課題を検討した。また、欧米のような低コンテクスト文化において主となる、契約や制裁(sanction)に基づいた企業間関係は、日本のような高コンテクスト文化における信頼に基づいた企業間関係とどのように異なるかが質疑応答において大いに議論された。
 対面およびオンラインの参加者は、2つの有意義な報告を通じてそれぞれの分野に対する知見をさらに高め、また何らかの気づきを得るよい機会になったと思われる。

2019年度

Optimal Timing of Policy Announcements in Dynamic Election Campaigns
鎌田 雄一郎(2019.7.19開催)
 Professor Yuichiro Kamada, preeminent in the fields of game theory and matching theory, discussed his research with Professor Takuo Sugaya constructing a dynamic model of election campaigns based on game theory. When opportunities for candidates to refine/clarify their policy positions are limited and arrive stochastically along the course of the campaign until the predetermined election date, he showed that this simple friction leads to rich and subtle campaign dynamics. Namely, he first demonstrated these effects in a series of canonical static models of elections that is extended to dynamic settings, including models with valence, a multi-dimensional policy space, and policy motivated candidates. Then, he presented general principles that underlie the results from those examples. In particular, he established that candidates spend a long time using ambiguous language during the election campaign in equilibrium.
Blockchain & Value Network Software
Wim Laurier(2019.8.8開催)
 Laurier先生より「Value Netwok(VN)Software」での報告がなされた。 自己紹介とLaurier先生のこれまでの研究活動を踏まえて、氏のこれからのValue Network研究のポジションが明確にされた。すなわち、一見すると関連がないと思われる4つの研究プロジェクトとして、①REAVN ブロックチェーン、②MERODE ブロックチェーン、③ブロックチェーンゲームソフトウエア、④VNシミュレーターの4つが説明された。
説明に当たっては、まず、この4つの研究プロジェクトの基礎となる概念である、REA ontologyとブロックチェーンが紹介された。そのうえで、①では、MERODEによるモデルによってお金とモノの流れのトレーサビリティのためのスマートコントラクトの自身の構築モデルについて意義を説明した。すなわち、MERODEによって、モデルの妥当性が評価される取引モデルを用いる場合には、ブロックチェーン環境において、取引の登録に要するエネルギー消費や人間によるエラーを回避することに結び付くのである。②では、 MDA (Model Driven Architecture)によって、これまでの手動による①のモデルの構築から、CASE(Computer Aided Software Engineering)によってそのモデルを自動的に構築する方向性が示された。また、このアプローチによるモデルの構築の利点として、ブロックチェーン環境下における取引のスケーラビリティの向上の可能性が示された。③は、Value Network Softwareとしてのボードルームゲームソフトウエアの説明がなされる。また、ここでのビジネスソフトウエアは4段階(ビジネスゲーム1.0から4.0)に分けて発展をしていく方向性が示された。最終的に④では、どのようにプロジェクトが計画されて、結果としてブロックチェーン環境下での取引システムの可能性が示された。最後に、今後の研究計画案と助成金の候補と共同研究の可能性について指摘がなされた。
“Supersize me: Intangibles and Industry Concentration”
Timmis Jonathan(2020.2.6開催)
 日本を含む世界の多くの国で、大企業の市場占有度が高まっているという事実が、各国データから確認される。その理由の一つとして、近年は、機械設備などの有形資産よりも、技術知識・特許やノウハウ、情報などの無形資産の重要性が増してきたことがあるのではないかと想定される。2002年~2014年の世界各国の企業データを用いて、無形資産の重要性と市場集中度との関係を分析した。分析の結果、無形資産、特に研究開発や特許など革新的資産の重要性が高い産業で、市場集中度が高まっていることが確認された。特に、貿易や投資の自由化が進んでいる産業、デジタル技術集約度が高い産業では、無形資産の重要度と市場集中度との関係がより強いことも示された。集中度の高い産業では、新規参入が難しい傾向があることも示されたが、価格の上昇は見られなかった。つまり、市場集中度が高まっていることが、価格上昇を引き起こし消費者に不利益を与えているという証拠は、少なくとも短期的には見られなかった。
※研究交流の成果(概要)
李 起同(2020.3.2~2020.5.4)
 李起同教授は受け入れ期間中に、「Digital Technologyの発展が都市の社会と経済に及ぼす影響」について研究を進めた。特に強い関心を持っていたのは、都市(なかでも東京)におけるAIおよびAIを搭載したロボット活用の可能性と、そこにおける人間労働の変容および雇用への影響という問題であった。Martin Fordの “RISE OF ROBOTS-Technology and the Threat of a Jobless Future" (2015)で示された諸テーゼを吟味し、 その現実妥当性と起こりうるであろう諸問題を、 大都市東京の事例収集をもとに分析しようと試みた。

2018年度

政治学における計量テキスト分析のフロンティア
(Text as Date)
Amy Catalinac(2018.6.18開催)
 カタリナック氏の講演は、社会科学分野で目覚ましく導入されているテキスト分析に関するチュートリアルと、テキスト分析を用いて行った日本の政治に関する自身の研究の紹介とで構成されていた。
 テキスト分析のチュートリアルでは、まず、テキスト分析とはどういうものかについて、教師データに基づく分析方法と、教師データに基づかない分析方法とについて、説明がなされた。テキスト分析は、文書の表現者や著者のイデオロギー的な立ち位置、思想、野心など、文章からは直接読み取れないものを、どの単語を用いているか、その頻度はどれくらいかに注目して行うものである。例えば、賛否両論ある中絶の是非について、”baby”という言葉を頻繁に使う者は中絶に反対する人や共和党支持者が多いのに対して、”fetus”(胎児)という言葉を使う者は中絶に賛成する人や民主党支持者が多いことが知られている。こうした参照するテキストデータがある場合、その参照データ(教師データと呼ぶ)をもとに、文書の背後にある表現者の思想的立ち位置や意思を解析することができる。
 ただ、新しい事態や状況の場合、参照する教師データがそもそもないということが起こりえる。このような場合の有効な分析方法が教師データに基づかない分析方法である。その方法論の詳細はテクニカルであまり時間を割くことができなかったが、この方法に基づいた日本の選挙公報を用いたテキスト分析の結果、日本の政治家のメッセージが小選挙区制度の導入以降大きく変化したことが指摘された。具体的には、1996年の選挙制度の変更によって、日本の保守政治家が安全保障について頻繁に発言し、地元選挙区への利益誘導に関する発言が減っていることが指摘された。これは理論とも整合的なエビデンスの提示であり、説得力の高いものであった。その後、テキスト分析の可能性と、日本の政治の変容について、参加者との間で活発な意見が交換された。
The Violent Consequences of Trade-Induced Worker Displacement in Mexico
Kensuke Teshima(2018.7.6開催)
 経済環境の変化が犯罪をどれだけ誘発するのかについて、メキシコの麻薬マフィアが犯した凶悪犯罪に注目した研究成果について発表がなされた。
 G.ベッカーの犯罪の経済学によると、犯罪の発生は経済的環境に影響を受けるとされる。これは、犯罪を犯し、逮捕、投獄されることによって失う経済利益が大きいほど、人は犯罪を犯そうとはしなくなると考えるものである。そのため、低所得階層の人の方が犯罪を犯しやすく、また、不況期の方が犯罪発生率が高くなると考えられる。このベッカーの理論は、犯罪は人間の倫理観の欠如などからおこるものであるという従来の考え方と大きく異なり、経済的な利益追求行動という見地から犯罪行動を説明したという点で画期的なものである一方、非常に激しい議論を巻き起こしたものであった。議論の中には感情的な激しい言葉のやり取りがなされることもあったが、データでどこまで立証されるかが本来重要であり、手島氏らの研究は中国との貿易に注目して精密に推計した計量分析である。
 手島氏らの研究では、アメリカが中国からの輸入を増やすことによって、メキシコからアメリカへの輸出が減り、それがメキシコの経済環境を悪化させたことに注目した。中国のアメリカへの輸出を操作変数として用いて、メキシコのアメリカへの輸出の減少がメキシコの経済環境を悪化させ、その結果、犯罪を誘発していることを示した。また、巨大なマフィアが存在するほど、殺人事件が急増することを示した。貿易の社会経済への影響を精密に推計することは難しく、目立った影響を検出することはまれだが、手島氏らの研究はその影響の検出に成功したレベルの高い研究成果であり、その一部は経済学の最高峰の学術誌の一つであるAmerican Economic Reviewに採択され、世界的にも高く評価されたものである。研究発表の後では、経済環境が改善したときの影響と、悪化したときの影響とでは非対称である可能性があり、マフィアから脱退しやすいかどうかに依存するのではないかなど、活発な議論が行われた。
※研究交流の成果(概要)
Jonathan Timmis(2018.8.4~10)
 グローバル・バリュー・チェーンの変化と企業の生産性、技術力についての共同研究を実施しており、研究打ち合わせと分析作業、論文執筆などを行った。国際産業連関表を使って、グローバル・バリュー・チェーンに関する様々な指標を作成し、バリュー・チェーンにおける相対的位置が各企業の生産性や技術水準にどのような影響を与えるのか、これまでの分析方法とその結果について検討した。さらに頑健な結果を得るための分析方法の変更や改善の方向性について議論した。すでに作成済みの論文案について、議論に基づいて改訂し、ディスカッション・ペーパーとして公表する準備を整えることができた。また、海外の学術雑誌へ投稿するための原稿についても相談し、投稿準備を進めることができた。次の研究の方向性についても話し合うことができ、現在の研究成果を次の研究テーマにどのようにつなげていくかについて、深く議論し、そのためのデータ入手や分析作業手順について具体的に検討した。
※研究交流の成果(概要)
Li Le(2018.9.10~2020.9.9)
 受入研究者として中央大学滞在中のLI Le氏の研究課題は、「異質的企業の併存する産業の技術フロンティアと企業効率性についての研究」であり、日本滞在中、有賀裕二教授のほかに、藤本隆宏教授(東京大学経済学研究科)およびシモナ・セッテパラ准教授(北海道大学理学院研究科)と共同研究を行いました。LI Le氏は、藤本教授とは企業の実態調査に基づく実証分析について、セッテパネラ准教授とは数学モデルに基づく解析とシミュレーションについて、有賀教授とは、研究の理念と哲学的側面についてのアイデアの交換について、それぞれ研究しました。
 中央大学滞在中の2年間に、LILe氏は、英文のワーキングペーパーを2本作成し、また2020年5月23日に開催された進化経済学会仙台大会(インターネットを通じて開催されたウェブ会議)の「一般・新領域」セッション(司会は浅田統一郎)では、G. BottaziおよぴA. Secchiとの共同論文"Aggregate Fluctuations and the Distribution of Firm Growth Rates”の内容を英語で報告しました。

2017年度

Applied Enterprise Ontology
Wim Laurier(2018.3.15開催)
 自己紹介から始まり、Laurier氏のこれまで中心的に取り組んでこられたEnterprise Ontology研究に係るサブ研究テーマといえる、ビジネスゲーム、Enterprise Architecture、およびValue Network Softwareについての説明ならびに関係性が示される。現在、Laurier氏はホーム大学であるUniversite SAINT-LOUIS BRUXELLESから研究期間(1年間)を利用して、Inoo.com instituteのディレクターという立場から、Enterprise ArchitectureおよびEnterprise Ontologyを実務家に教えるという機会を持つ。そして、氏は一方向的に実務家にそれらの知識を教えるということだけではなく、実務からのフィードバックに基づいて研究を深耕している、ということを(事例を交えて)紹介する。関連して、このような大学における研究の厳格性と実務における適用可能性とを同時に進める機会をもつことの意義について、氏が執筆中の論文についても紹介する。また、報告の核となる「バリューネットワーク」については、具体的な事例(売手と買手との間のクッキーと現金との交換の例)を用いて説明する。この中では、これまでの交換とインターネット環境を前提とする交換との違いを鮮やかに説明する。彼によると、これまでの交換の記録は、売手と買手というように、それぞれの取引当事者の視点からの交換の記録である。そのために、ひとつの交換という経済現象が、売手と買手の双方によって記録されることから、交換データの重複が発生しているという。それに対して、今後のネット環境を前提とする交換の記録は、売手と買手の双方が共通データとして一元的に利用できるような視点からの新しい記録が必要になると説明する。彼らの研究グループは、このような視点からの交換データの記録は、独立の視点からの交換の記録と呼ぶ。そして、このような売手と買手との間の共通データとして交換データを記録するためには、Enterprise OntologyとしてREAオントロジーが有効になること、独立の視点からのREAオントロジーを利用してどのように記録できるのかを説明する。あわせて、独立の視点から記録した交換データは、売手と買手の視点にしたがってどのように変換できるのかについても、氏の論文の中で「概念の証明」として設計されるプロローグコードを示しつつ具体的に指摘する。また、このような独立の視点からの情報環境を整備するためには、なぜEnterprise Architectureが必要になるのかについても説明する。あわせて、この独立の視点からの交換の記録のためには、ブロックチェーンを利用することが期待できる趣旨の説明をする。なお、氏が示したGUA/LEAD ontologyと呼ばれるEnterprise Architectureは、24の要素から構成されることから、その24の要素に重複分析が発生する危険はないのかというフロアーからの質問に対しては、24の要素をすべて分析対象とする必要があるのではなく必要が要素のみを分析対象にするので、重複分析は発生しないという。すなわち、24の要素が関連付けられているので、分析を進める際に、これらを参照することで、重複が回避される可能性が期待できるとのことである。さらに、氏が研究しているビジネスゲームについての説明ならびになぜ、このビジネスゲームとEnterprise ArchitectureおよびEnterprise Ontologyとを結びつけて検討しなければならないのかについて説明する。あわせて、氏の今後の研究活動についての報告性が示される。

2016年度

Discretionary food consumption: young Tokyo consumers and the convenience store
David Marshall(2016.4.28開催)
 ディビッド・マーシャル教授の報告は、日本(特に東京)の若い消費者(青年や学生など)の食料品消費に関するものであり、購入先の小売店としてはコンビニエンスストアが対象とされたものであった。これまでから本国にて行って来た研究に加えて、今回の訪日(立教大学大学院での特別授業講師として3週間程度滞在)で行われた新たな調査の結果も交えて報告された。メーカーのNB商品とコンビニ側のPB商品の比較、出店政策などの分析により、日本の大手コンビニと戦略比較がなされるとともに、来店頻度、馴染みの商品の有無、消費者の1回の平均支出金額など消費者の購買行動を、実態調査に基づき豊富な資料や写真を使って説明された。それは日本のコンビニ各社の戦略的特徴と、若者の消費行動の特徴を明確にするものであった。英語での報告であったが、学生にとっても日常利用するコンビニと自分たち自身を対象とした報告であったため理解し易く、質疑応答では複数の学生が教授に質問を行った。本研究会の参加者にはチーム研究員はもちろん、他大学の流通研究者(数名)、多数の学部学生など多様な構成員が参加した。学部学生にとっても欧州の研究者が専門家の視点で分析した日本のコンビニや若者の消費の話を聞けたことは多大な教育効果があったものと推察する。
Free Entry and Social Inefficiency in Vertical Relationships: The Case of the MRI Market
Ken Onishi(2016.5.20開催)
公開研究会(2016年5月20日)において、大西健先生(Singapore Management University)より、「Free Entry and Social Inefficiency in Vertical Relationships: The Case of the MRI Market」について研究報告がなされた。欧米諸国や日本などの先進諸国で医療費の増大が叫ばれている。医療費の増大の背景には各国それぞれの事情や背景などがあるが、その中でも近年(医療の軍拡競争)という概念が注目を集めている。ほぼすべての先進国で医療価格は政府に規制されていることから、病院が他の病院との差別化を図ろうとする際に、高額医療機器を設置したり、高度医療技術をできる限り用いた手術を行ったりそのような技術を持った外科医や放射線技師を雇ったりする状況を、軍拡競争になぞえらえた言葉である。そして、そのような競争の結果とし社会的には過剰な医療体制が整えられてしまい、医療費の増大に繋がっているのではないかと指摘されている。この研究では、そのようなの一例としてのMRI設置競争の事例を考える。人口100万人当たりにどれだけのMRIがOECD諸国に存在しているのかを比較すると、驚くことに日本は第二位であるアメリカ合衆国を大きく引き離して第一位の座を占めている。日本のMRIの設置水準を考える際に重要なのは規制の有無である。日本では病院が高額医療機器を購入する際に政府に申告する必要もなく、大病院であろうが街の診療所であろうが、基本的に誰でも購入することができる。それに対して、アメリカでは州政府が医療計画を策定し、医療サービス施設の拡大や高額医療機器の導入を規制できるシステムをとっており、フランスでは国の定める整備指標によって設置台数が規制される。以上を踏まえ、本研究プロジェクトでは日本の現状の保有率は社会的に望ましいレベルなのかどうかについて考察している。この問いに答えるには、伝統的な経済学的な手法である誘導系を用いて分析するのは非常に難しい。そこで本研究プロジェクトでは、構造推定というよりミクロ経済モデルに立脚した計量経済学的手法を用いて分析した。推定されたモデルを基に反実仮想を行ったところ、日本でも欧州のような台数規制を行った場合社会厚生が大幅に改善されることが確かめられた。
The Chinese Transformation of Corporate Culture(中国における企業文化の変容)
Colin S.C. Hawes(2016.7.7開催)
企業研究所の研究チームで翻訳したThe Chinese Transformation of Corporate Culture の原著者であるColin S.C. Hawes先生に来て頂き、原著者名と同じタイトルのご講演を頂いた。本公演には三十数名の学部生・大学院生が参加し、中国の大企業が多国籍化する過程において中国の企業文化も変わらざるを得ないだろうか、などの質問が講演者に投げかけられて、興味深いやりとりがなされた。また、欧米から見て、なぜ中国の企業文化に矛盾があるように見えるかについても、本学の中国人留学生のみならず、日本人学生にとっても深く考えさせられる機会となった講演であった。
タイトルが示すように、「企業文化」という概念が、どのように中国では意味が変えられて用いられているのか、ということに焦点が当てられている。
講演の前半では、中国にはいかに「矛盾」に見えることが多いかというイントロから始まって、「企業文化」についても、中国でいわれるそれは、欧米から見ると、矛盾に満ちて見えるという問題設定がなされた。中国では国策として企業文化が称揚されていること、続いて民間企業においても中国共産党の企業内支部が企業文化の担い手となっていること、などの仕組みについて説明があった。
後半では、ハイアールやファーウェイなどのケーススタディに基づき、高度な芸術性を追求する活動がなされている企業の事情から、多国籍企業として国際社会では異質なほどの厳しい管理がなされていることなど、ホームページで謳われていることからではわからない内部事情が、フィールドワーク調査に基づいて明かされていった。

2015年度

Consumption-based Economic Development:Implications of Food Retail Modernization in Vietnam
James Hagen(2015.5.14開催)
 ハムライン大学経営・マーケティング・公共政策学部教授のジェームス・ヘイガン氏が,ベトナムにおける食品小売業の近代化の変遷についてご報告をいただいた。
 前半では,食品小売業フォーマットの分類の定義およびアメリカで既に完了している食品小売業の近代化を前提とし,ベトナムにおけるシステムの近代化プロセスを考察するためにベトナムの食品小売業発展を歴史的に観察すると同時に,ベトナム経済の現状についての詳しいご解説をいただいた。
 後半では,ベトナム食品小売業の近代化プロセスについて,いくつかの店舗事例を交えつつ,ベトナムにおける食品小売業の急激な発展の理由を探ることになる。そこでは,近代化したベトナム食品小売業の多くが販売・流通システム改善のための教育を大学等の外部機関から受けていること,そうした経営者は以前に留学等の経験があること,また外国の有名ブランドがサプライヤーとしてベトナムに進出を始めたことが挙げられた。その結果として,2013年時点では外国資本等のスーパーマーケットを含む近代化したベトナム食品小売業の店舗割合は全体の20%に達している。2020年までに,その割合は更に増加していく予定である。
Island Deserts? Revisiting food access and retail provision in the Western Isles of Scotland
David Marshall(2015.5.14開催)
 エディンバラ大学ビジネススクール教授のディビッド・マーシャル氏からスコットランド西部のフードデザート問題についてのご報告をいただいた。
 ディビッド・マーシャル氏は,2013年4月にも企業研究所公開研究会でご報告をいただいている。今回の報告は,前回に引き続きスコットランドにおけるフードデザート問題であるが,とりわけスコットランド西部の島しょ部,すなわち隔絶された遠隔地における消費者のフードアクセスと小売業の展開に焦点を置いたものとなっている。
 前半では,改めてフードデザートの定義,スーパーマーケットの隆盛,フードアクセスの概念を用いた消費者の小売店への地理的・経済的アクセスの問題,HEISB(Healthy Eating Indicative shopping Basket)という独自に作成された指標から行われた価格水準等の分析についての解説をいただいた。
 後半では,スコットランド西部の隔絶された遠隔地における食品小売供給の実態について,とりわけ消費者へのインタビューを通じて具体的な購買体験・消費行動を観察した調査結果が示された。遠隔地における消費者の食生活を支える仕組みは,中小規模の食品店から移動売店などの多様な小売業態,さらには生産者の直売等も含めたAFM(Alternative Food Networks)によって支えられている。
 最後に,遠隔地において消費者は,そのアクセスの容易さから地元の小規模小売店・直売所などが個人のつながりの維持や健康的な食生活のために,より重要な役割を果たしていることを理解している一方で,取扱品目の少なさについてはいくつか存在するスーパーマーケットで補っていることが示された。こうした多様な小売業態の存在と複合的な供給システムが遠隔地の小売業および消費者にとっては重要であると改めて結論づけた。

2014年度

Corporate Governance and Social Responsibilities in Vietnam
Truong Thi Nam Thang(2014.4.18開催)

いくつかの先行研究や、自らの調査を引用しながら、ベトナムのコーポレート・ガバナンスとCSRの特徴を紹介する内容であった。

まず、ベトナムのコーポレート・ガバナンスについては9つの特徴が挙げられた。

  1. 国家所有が多い
  2. 2008~09年金融危機前は、金融分野の会社の多角化が過剰
  3. 銀行の相互所有
  4. 友好的あるいは敵対的な買収による小規模銀行の合併
  5. 5.取締役会や執行役会の小規模化と独立取締役の増加
  6. 見せかけの監査役会
  7. 透明性の低さ、再監査された財務諸表の質の低
  8. 現金を主とする報酬や、秘密報酬の方式
  9. 上場廃止企業の増加

次に、ベトナムのCSRについては、次のような点を含めて多くの側面が紹介された。

  1. 最も積極的な企業は、CSR方針が定められている大規模企業であ
  2. CSRは最も慈善活動に結びついてい
  3. 3.CSRの優先順位は先進国企業と違う

    3-1.法的責任や倫理的責任より慈善目的(が優先される)
    3-2.現地で開発されたCSRは現地の課題に結びついている

  4. 4.内部利害関係者や株主よりも市場の利害関係者の方が優先される
  5. 5.圧力団体としてのNGOや組合の力
  6. 企業の経営者の精神的信念がCSRの実践に影響する。
Frontier of Family Firm Research
范 博宏(2014.4.24開催)

Family firms are common and important to national economy
70% of publicly traded firms in East Asia are family controlled
In Hong Kong, 80% of firms are SMEs & 70-80% are family-owned/ controlled, hiring 50+% of workforce
In China, emerging private firms mostly family controlled
Implications: tax revenue, employment, consumer spending,& competitiveness of the economy

Their sustainability is uncertain

High demand for research Why the family-firm organization?
What unique input has family brought to business, making the family firm competitive?
What obstacles challenge the sustainability of family firms?
What governance is suitable for family firms?
Ownership and control
Family governance
Corporate governance
What shape business strategies of family firms?
Accounting and finance
Investment and growth
Management
How to help family firms competitive and sustainable? Case studies
See the intangible
Ask good questions
Property rights / transaction cost theories
How and why property rights are partitioned and transferred to mitigate transaction costs and improve productivity
Relationship based contracts
Empirical research
Based on real world observations, not based on literature or databases

Families and Food Marketing: An Historical Visual Discourse Analysis of Advertising in Good Housekeeping Magazine
David Marshall (2014.5.4開催)
Title: Families and Food Marketing: An historical visual discourse analysis of advertising in Good Housekeeping magazine.
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Outline:
・Families and food
・Representations of family
・The project
-Visual Methodologies
・Findings
・Reflections
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Methodologies
  1. The interpretation of wide and electric ranges of textual materials, both visual and written.
  2. Concerned with the site of the image itself, although reference can be made to the site of production too.
  3. Particularly strong at exploring the effects of the compositional and social modalities of images.
  4. Key terms include discourse, discourse formation, power / knowledge and
    intertextuality
  5. Effective at looking carefully at images and interpreting their effects, especially in relation to constructions of social difference.(Rose 2012)

Conclusions: FAMILY DISCOURSE THEMES

  • ・Everyday meals, nourishment and the nuclear family
  • ・The nuclear family, menus and ‘proper’ meals
  • ・Foods that nourish families
  • ・Health and happiness
  • ・Natural goodness, celebratory meals and the extended family
  • ・Natural(family)goodness
  • ・Extended family rituals
  • ・Fast Foods for the kids
  • ・Convinience, healthy lifestyles, and kids
  • ・Care and convinience
  • ・Family fun and active lifestyle
  • ・Kids, health and taste
  • ・Eating together again
Examining Children's Responses To Advertising
Aysen Bakir (2014.5.8開催)
2014年5月8日、Aysen Bakir先生(Illinois State University)より、「Examining Children's Responses to Advertising」と題した研究報告があった。社会学(消費者の社会化、ジェンダーおよびクロス・カルチュラル)の視点から、広告に対する児童の反応を測定しようとする研究であり、具体的には、3つの研究「Explores the effects of agentic and communal orientation on children's attitude toward the ads」(Journal of advertising research)、「Explores the effect of gender related content on children's attitude toward ads and brands」(Journal of advertising)、「Explores the use and effects of fantasy in food advertising targeting children」(Journal of advertising)から構成されていた。 
いずれも、広告分野におけるA級ジャーナルに掲載された研究であり、非常に密度の濃い研究報告であった。質疑応答も長時間におよび、口頭のみならず黒板等を用いるなど相当の白熱した議論が交わされた。一方では、報告時間に比して内容が相当に充実していたため、やや消化不良との感が無くもなかった。参加者は決して多人数ではなかったものの、それゆえにか、自由で活発な議論が展開できた。同先生の次の研究報告に大いに期待したい。
イノベーションとアントレプレナーシップに関する考察
本山 康之 (2014.6.5開催)

 本山氏の報告「イノベーションとアントレプレナーシップに関する考察」は、以下のような研究報告であった。 
最初に、自らの初期から最近にいたる研究の概要の紹介と、そこで通底する問題意識が述べられた。その基本的な問いかけは、「たしかに企業の生産と販売はグローバル化されている。しかし、R&Dも一見、グローバル化されているとの理解が通説であるが、本当であろうか。実態を詳しく分析すると、決して、そうではない。その理由は何か。」ということにあった。 
この問題意識を前提に、考察は次のような手順で進められた。

1)経済地理学からのイノベーションの地理的集約 
2)ナノテクにみる科学技術政策と開発 
3)アントレプレナーシップと地域イノベーション 
4)まとめ・考察

 この報告を受けて、質疑応答・議論を行った。報告がきわめて膨大な研究築盛を短い時間で効率的に報告されたことから、質問や論点は多岐にわたるものであった。しかし、イノベーションについての新しい知見を提起する報告であったことから、きわめて生産的で活発な議論が展開された。また、会場には大学院生や学部学生も多数参加し、外国で活躍する日本人研究者との交流の場となった。

2013年度

Food Access: provisioning practices in the remote communities of the Eilean Siar ( Scottish Western Isles)
Divid Marshall (2013.4.26開催)
 エディンバラ大学ビジネススクール教授のディビッド・マーシャル氏は、ヨーロッパにおける消費者の食行動に関する研究の第一人者の一人である。今回は、過去数年間にわたり携わってこられたスコットランドにおける消費者の食環境と食生活の関連についての膨大な研究成果の一端をご報告いただいた。
はじめに、本研究は、英国では、従来から社会的な関心を呼び、かつ多くの学術的な論争が展開されてきているフードデザート問題を対象としながらも、フードアクセスという新たな概念を適用することで、より具体的に、消費者の食品小売店への物理的(距離的)アクセスと経済的アクセスに焦点を当てて分析していることに特徴があると述べられた。 
前半では、政府の資金を得て実施されたスコットランド全体における食品小売店の規模別の展開状況と健康な食生活レベルについての詳細な研究結果が要約的に紹介された。とくに、消費者の健康への影響を明示するために、地域毎の小売店の展開状況、消費者の購買力水準、そしてHEISB(Healthy Eating Indicative shopping Basket)という独自の指標を作成し、小売店におけるそれら35品目の品揃え状況(言い換えれば、消費者にとっての入手可能性)、価格水準(消費者にとっての購買可能性)を分析し、その結果を明示した。 
後半では、スコットランド西部の隔絶された遠隔地における食品小売供給の実態、消費者の食品購買行動とそれへの評価についての聞き取り調査結果が示された。結論として、遠隔地における消費者の食生活を支える仕組みは、中小規模の食品店から移動売店などの多様な小売業態、さらには生産者の直売や自給生産までをも含めたAFM(Alternative Food Networks)によって支えられているとされた。とくに、遠隔地における健康な食生活の展望は、食品供給が単一の小売業態に集約されるのではなく、生産者直売などを含めたきわめて多様な供給システムの複合的な機能によって実現可能となると主張された。 
報告に引き続いて、きわめて限られた時間ではあったが、外部から参加いただいた研究者・実務家の方、あるいは学生からも複数の質問が出された。例えば、貧困な地域ほど健康を維持するための食品バスケット(HEISB)の価額が高くなっている、つまり、消費者の購買力とHEISBが逆相関の関係にあることが明らかにされているが、その場合、実際に遠隔地の消費者がHEISBの十分な購入が可能といえるのであろうか。これ以外にも興味深い質問が出された。 
日本においても、フードデザート問題が社会的関心を呼び、フードアクセスに関する研究も着実に進展しつつある。こうした中で、フードデザート研究の発祥の地ともいうべき英国における最新の研究成果についてご報告をいただき、英国とくにスコットランドにおける食品小売と食生活との関連とそれへの対策にかかわる多くの知見を共有する機会となった。
Corporate Social Responsibility Practices in Malaysia:Trends and Development
Mohamad Hanapi Mohamad (2013.7.9開催)
 Hanapi教授の報告内容はつぎのとおりであった。 
マレーシアのCSRは、1997年のアジア通貨危機、2008年秋の世界経済危機以降、社会・経済の正常な発展を阻害する要因に対処し、社会の持続的発展の視点から重視されるようになった。 
  1. マレーシアのCSRの歴史
  2. マレーシアでのCSRの中心的領域として、①人権、②雇用・福祉、③顧客サービス、④サプライヤーと協力、⑤環境保護、⑥地域との協力、⑦事業上の倫理的行動が、考えられている
  3. マレーシアでのベスト・プラクティスを実行している企業として、シェル社とエッソがあげられている。
  4. CSR活動に積極的な企業は、業績の高さに連動する。
上記の内容は、日本でのCSRの研究においては、新しい知見であり、我々のプロジェクトの成果とし、貴重なものになるであろう。引き続き、Hanapi教授とは連絡を蜜にして、成果発表に協力してもらう。
Electronic Medical Record in Seoul University ― The present conditions and Problem ―
金 美真 (2013.11.2開催)
 講演者の金(キム)氏が勤務しており、韓国の医療情報の最先端医療機関としてレセプトシステム、オーダリングシステム、電子カルテ、PACS等いち早く導入して運営した病院であるソウル大学ブンダン病院は、韓国の医療情報の始まりと言われ、この分野の研究においては大変良い事例とされる。そこで、現場の看護士としても活躍し、看護士教育にも長年携わっており、医療情報システム(特にEMR分野)の立ち上げから運営まで熟知しているキム氏から、そのEMRの実態について教授してもらった。大変有益な話であった。 
講演は、日本語への通訳者と同行し、英語を交えながら講演いただいたが、出席者の中に韓国人大学院生も参加され、韓国語や日本語や英語が飛び交う大変インターナショナルな講演会になった。 
ソウル大学のEMRのみならず、韓国の他の最先端病院のEMRの実態にも話はおよんで、日本と韓国との医療業界の常識の違いなどの話題に及んだ。今後の、医療業界のことについても話し合った。
Intention of Knowledge Sharing: From Planned Behavior and Psychological Needs Perspectives
Dharmadasa Pradeep (2013.11.7開催)
Intention to knowledge sharing is growing concern and has been largely discussed in extant literature using Ajzen's theory of planned behavior (TPB). However, much of such studies have neglected the influence of individual psychological needs of knowledge workers on intention to share knowledge. Combining the TPB with McClelland's three psychological needs approach, this study aimed at uncover such influence on intention to knowledge sharing. The study was conducted using 123 Information Technology(IT) based knowledge workers from 13 software companies in Sri Lanka. It was found that attitudes toward knowledge sharing behavior, subjective norms, and need for affiliation are influential in determining knowledge sharing intentions of knowledge workers. Moreover, the findings suggest the need for careful consideration of individual psychological needs of knowledge workers in understanding their intentions to knowledge sharing.
Financial Performance and Types of Reviews of Corporate Social Responsibility Reports: An Empirical Study on North American Firms
Graham Gal (2014.3.3開催)
 Gal教授は、オントロジー、内部統制、セキュリティ、データベース設計、会計測定などの分野で、米国を代表する研究者の一人である。学会活動においても、アメリカ会計学会の最先端技術部門の委員長やAAAのカウンシルメンバーとして貢献している。 
今回の研究報告では、北米企業によって提供されるCSRの審査のタイプ(自己宣言、チェックされるGRI、および第三者保証)と財務上の業績との関連を報告して頂いた。Compustat 北米とGRIのウェブサイトから得られたデータを利用しつつ、CSR報告の審査のタイプと、売上高、負債比率、成長率のような会社の特有の決定要因(determinants )との関係性について理解を深めることができた。 
また、「医療ビジネスにおける実証研究」チームにとってみれば、こうしたCSRの課題は企業に限定される課題ではなく、医療ビジネスにおいても該当する喫緊の課題であることを確認することができた。すなわち、医療行為についての情報開示を行うにあたり、どのようなステークホルダーを対象としているか、開示される情報の品質はどのように保証されるのか、病院間で比較可能であるのか、審査のタイプと情報品質との関係性はどうなっているのか、といった課題である。 
さらに、「オントロジーの視点からのビジネスデータモデリング゙研究」チームにとってみても、企業のみならず、医療分野においても、一定品質を確保することができる情報開示をするための標準的な枠組みを確立することが課題となり、そのための情報基盤の研究につながるオントロジー研究がますます重要となることが確認することができた。 
なお、Gal教授の専門は、今回のCSR報告に限定されることなく、内部統制、REAモデル、会計情報システムなどの研究領域も含まれる。今回の報告では、CSRに限定した内容であったけれども、研究会終了後に会計情報システム、内部統制、REAモデルなどの研究内容とCSRとの関係や、最新のREAモデルの研究について意見公開することができたことも、成果のひとつとして指摘できる。

2012年度

韓国における農産物流通の新展開と課題
魏 台錫(2012.6.28開催)
 魏台鍚氏を含め3名の研究報告が行われた。 
第一報告者である早稲田大学の堀口教授からは、「カルフォルニア農業が直面する諸問題と課題」というテーマで報告が行われた。 
第二報告者である魏台鍚氏からは、「韓国における農産物流通の新展開と課題」というテーマで、韓国における青果物を中心とする卸売市場流通の新たな展開、例えば卸売人制度の動向や量販店の躍進の影響などについて詳細な分析結果を述べ、補足的に日本の卸売市場流通との比較についても言及された。 
第三報告者である東京大学大学院の鈴木宣弘教授からは、「TPPと食料・農業・地域経済」というテーマで報告が行われた。 
この3つの報告に対して、コメンテータとして、青果物流通チャネル研究の第一人者である岩手大学の佐藤和憲氏と、計量分析と世界農業論の第一人者である千葉大学の小林弘明氏に御登壇いただき、論点をご提示いただいた。
その後、フロアからも質問を受け付け、議論を行った。第一報告のアメリカとくにカリフォルニア農業の生産力段階とその脆弱性、第二報告の韓国青果物流通の展開方向の独自性、第三報告のグローバル化の一局面としてのTPPの農業問題を超えた諸矛盾、というきわめて幅広い内容であったため、個別の質疑応答に終始することになったものの、21世紀の現代農業と流通・市場の今日的局面について、多くの示唆を得る研究会となった。
Personal Connections and Diversification:The Case of Family Business Groups
Hung-bin Ding(2012.7.28開催)

メリーランド州のLOYORA大学のHung-bin-Ding准教授は、経営戦略論をベースとしたEntrepreneurshipやFamily Businessを研究フィールドとされており、現在、次のジャーナルの編集委員でもある。

the Journal of Enterprising Culture
the Journal of Small Business Management

 今回は、最近の研究に基づき、事前のペーパー配布を行った上、以下内容で1時間の報告と、30分の質疑を行った。
(発表内容)
・台湾のファミリービジネスの35の企業グループについての実証研究
・理論ベースは、資源依存理論
・データソースは、中国与信情報サービス(1989-2002)
・当該多国籍企業の多角化と人的ネットワーク(外部・内部)の関係を定量的に分析した。
その結果、政治的関係性の形態は、ファミリービジネスと非ファミリービジネスで差はなかったが、その長期性や継承性には差があった。従来の資源依存理論を人的関係について拡張した。

 本交流により研究分野についての理解が深まり、主催者としては今後の連携に向けて非常に有益であった。
Ding准教授は国際会議でも活躍しているので、博士課程の院生には多く学ぶ機会にもなったはずであるが、本学からの参加は皆無であった。ファミリービジネス学会にも声をかけていたが、参加者は少なかった。多忙を極めていたとはいえ、主催者として反省すべきところはあるが、すでに経営分野の研究は国内では完結しない時代に入っているので、体制づくりなど大学を開かれたものにする必要性を感じた。

The Nature and Role of Cooperatives in Rural China
Gao Wen(2012.10.25開催)

講演者である高紋氏との関係は、酒井の論文(「中国におけるCSR」『比較経営研究』第32号、文理閣、2009年刊)を高氏が中国の専門誌に翻訳したころから始まったものである。高氏が所属する南京審計学院は中国における会計学研究の最高峰の1つであり、その点、本学商学部会計学科もやはり日本を代表する会計学研究のメッカと称せられるべき存在である。この面でも交流の深化が望まれるものである。

 報告概要は以下のとおりである。
中国農村における協同組合というと、古くは「農業合作社」、1980年代の初頭までは「人民公社」という集団農場がイメージされるが、本研究で取り上げる協同組合は、改革開放期における市場経済をベースにしたものであり、とりわけ農業金融の担い手としての農村の協同組合を対象としている。
名称は現在でも「信用合作社」を名のるものが多い。しかしその実態は、信用組合的性格をもつ中小規模の地方銀行である。現在中国農村全体で約5万社あるが、預金額は中国全体の約2割とけっして少なくないウエイトをもっている。とはいえ、個々の経営規模は零細であり、1行当たりの従業員(正職員のみ)は平均13人にすぎない。
農村信用合作社は、50年代の農業集団化の過程で急速に普及したが、計画経済体制下では中国人民銀行の末端組織として機能した。改革開放政策の開始以降は活性化が進み、行数も増え、農村金融の主力を担うようになった。従来は中国農業銀行に業務上従属していたが、1994年以降は国務院の決定にもとづき従属関係は解消されている。
農村信用社は多様な主体が出資する一種の有限会社形態をとるものが多い。近年は通常の一般預金を資金源としているケースが多いので、協同組合的性格はますます薄くなってきている(『現代中国事典』岩波書店、を参考に補足)。貸出金利は公定の基準金利に対し商業銀行を上回る幅の上乗せが可能であるなど経営の市場化が進んでいるが、その分不良債権をかかえるケースも少なくなく、結果、経営破綻してしまう信用社が目立ってきていることも近年の特徴である。
文化との関連でいえば、信用社は、農村の伝統社会から近代社会への転換における最重要の担い手である。中国農村の伝統文化は今、市場経済の洗礼を受けながら、急速に変貌を遂げつつある。それは、家父長制的な人治社会の解体という意味で、進歩的な側面を持っていることは間違いないが、中国農村の伝統文化というべき相互扶助や互譲の精神まで失われようとしている現実には、異を唱える論者も多い。

The Role of Social Value in the Development of CSR Patterns in Emerging Countries:A Case Study of Thailand
Srisuphaolarn Patnaree(2012.12.4開催)

 日本で海外におけるCSR研究というとこれまで圧倒的に欧米発のものが多かった。本報告は普段あまり目にすることがない、アジア途上国であるタイのCSR研究の到達点を示すものである。以下の概要紹介に見るとおり、大変興味深い内容で、予定時間を超過してディスカッションが行われた。
報告概要は以下のとおりである。
CSRという概念はけっして新しいものではないが、多くの組織にとってそれが重要な意味を持つようになったのは比較的最近のことである。CSRの普及化に大きな役割を果たしたのは、UNDP(国連開発計画)やIFC(国際金融公社)、それにCSRヨーロッパのような政府や国際機関であった。それに対して、新興国においてCSRの認識促進のキープレーヤーになってきたのは進出先国の良き企業市民であるべく自らの活動を律してきた多国籍企業である。
CSRが適切なかたちで取り組まれる場合、そのパターンや要因は先進国、途上国を問わず各々の国ごとに異なっている。例えば企業の社会に対する責任といった時、ヨーロッパではなによりも先ず法律やルールに従った行動を示すのに対して、アメリカではそれは会社の自主裁量に属する事柄として理解されている。同様に中国でのCSRはさらにまた異なったものでありうるであろう。つまり異なった社会には異なった解釈のCSRがあるのである。当然タイも例外ではない。とりわけ、証券取引所が開設された2007年以降、タイではCSRは上場企業の最重要のミッションの一つとなった。さらにタイ産業省がISO26000(2010年)に準拠してCSR発展プログラムを制定して以後の、この1、2年は、タイではCSRは中小企業をも巻き込んだ一大ブームメントになっている。タイにおけるCSRは雇用や市場に影響を及ぼす事柄としてよりも、環境や社会問題に関連した概念として理解されているというきわだった特徴をもっている。言うまでもなく、被雇用者や市場関係者は西側のCSRスタンダードにおいては最も重要なステークホルダーである。タイも今後このような方向に進んでいくのか、それともいずれの模倣でもない固有のかたちをより一層整えていくことになるのか、大変興味深い論点である。
本研究の暫定的結論としては以下の3点になる。

①タイのCSRはビジネス倫理をベースとした欧米型のそれとは違って、タイ固有の事情を加味した高度にハイブリットな内容のものとなっていくであろう。

②タイのCSRは人類の進歩を究極の目標にしながら、当面社会・環境指向型のものとして取組まれていくであろう。

③タイのCSRは、いわゆる戦略的CSRとして展開されていくべきであるが、そのさい戦略の重点は企業の製品・サービスの社会的イノベーションに置かれるべきである。

欧州のCSR事情と日本のCSRの違い
下田屋毅(2013.3.13開催)
 本公開研究会では、英国ロンドンでCSRのコンサルティングサービス業務を行うSustainavision Ltd. の代表取締役である下田屋毅氏を講師に招き、「欧州CSR事情と日本のCSRの違い」というテーマでご報告をいただいた。以下、報告について要旨をまとめる。
CSRとは、「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)」のことであり、とりわけ社会問題や人権問題、環境問題、そして雇用問題や消費者への誠実な対応を旨とする企業倫理等に代表される多様な配慮を、単なる企業の(利益として換算することが出来ない)自主的活動を超えて事業活動に組み込み、ステークホルダーとの密接な関係構築を含めて、企業が負う社会に対する責任や貢献を指すものである。このCSRの定義は2006年の欧州委員会で定められたものであるが、2011年には、「企業の社会への影響に対する責任」とさらに広義に再定義されている。2010年の欧州危機以降、欧州委員会は、企業に対してCSRを推進するために企業が整えるべき以下の条件を提示した。「持続可能な成長」、「責任ある企業行動」、「永続性のある雇用創出」である。これらの定義を用いて、企業はCSRを事業の中核戦略に統合し、ステークホルダーとも密接な関係を構築することが望まれている。アメリカのCSRと異なるのは、欧州のCSRが寄付や慈善活動(フィランソロピー)の結果を単純に考慮するものではなくて、企業が事業活動の中にCSRを組み込み機能させることに重点を置いた点である。すなわち、コンプライアンスの順守と労働協約の尊重を前提とした事業活動へのCSRの統合プロセスも含めて、社会に対する責任を負うべきであるという点にこそ、欧州CSRの特徴を見出すことができるのである。
本報告の最初に、欧州CSR戦略と進捗状況について、とくにCSRの普及に焦点を当ててご紹介いただいた。なかでも「CSRの見える化」や「グッドプラクティスの普及」、「CSRの市場報酬の拡大」といったテーマは、CSRのビジネスにおける価値創造と更なる認知度の向上につながるものであり、欧州委員会のCSR政策推進への気概を伺わせるものである。同時に、CSRヨーロッパ「エンタープライズ2020」を取り上げて、企業がとりわけ重要視すべきCSR活動(持続可能なサプライチェーン、人権問題、健康問題への取り組み等)について明示することで、CSRが法律や契約に置き換えられるものではなく、グローバルな事業活動を展開するために必要不可欠な企業倫理としての側面を強調している点は特徴的である。現在のところ、欧州におけるCSR報告書の発行企業は決して多くないとされているが、今後、国際的に認められているCSRの原則とガイドラインへの企業の関与を進めるとともに、大企業のみならず公共事業機関、中小企業等も含めて、CSRの更なる浸透を欧州委員会は目指している。
第二に、役員割当制度の現状についてご紹介いただいた。大企業における女性取締役の割合については、2012年11月の欧州委員会で40%の達成が要請されている(民間では2020年まで、公的機関では2018年までにこのルールは適用される)。この女性取締役の割合を世界市場で比較した場合、ヨーロッパ地域の女性取締役比率の高さと、アジア地域、とりわけ日本における女性取締役比率の極端な低さが対照的に映る。こうした男女間の不平等格差が日本国内でのCSRの浸透度合の低さを示す指標のひとつかもしれない。
続けて、欧州企業におけるCSRの先進的事例および現状をご紹介いただいた。取り上げられた諸事例のいずれもが人権方針を明文化しており、人権リスク、人権への影響を非常に詳細に監査し評価している点が共通している。こうした取り組みは、必ずしも経営上の具体的なメリットとして見える形としてあらわれることはないが、多国籍企業のグローバルな事業展開を助ける要因のひとつとして機能している可能性は高い。
最後に、欧州と日本のCSRへのアプローチの差異をご説明頂いた。そもそも社会問題・環境問題・人権問題などに対する人々の危機意識の高さがその前提にあり、それが企業の社会的責任についての議論へと発展しCSRの構築につながってきたヨーロッパでは、利潤の極大化は当然として、社会・環境への貢献も同時に当たり前のものとして並列的に捉えられている。わが国の企業に足りないのは、環境保護活動と利潤の極大化を並行に行うだけではなく、さらに社会問題に対する取り組みへの積極性であり、それゆえにCSRの普及が遅々として進まない現状があるのだろう。
このように、事業活動におけるCSRの重要性を説いた報告であったが、いまだ課題も山積している。その最たるものは、CSRの事業活動への組み込みにおいて、CSRが市場原理の中でどのように機能するかが判然としない点である。とくにヨーロッパにおいてはCSRが企業ブランドのイメージ戦略に利用されることは基本的にはないとされるため、従業員や顧客をはじめとするステークホルダーに対する理解も含めて、CSRの非市場原理性を説明することのむずかしさが浮き彫りとなっているといえるだろう。この点で、日本におけるCSRは企業ブランドの向上と寄り添うものとして展開していく可能性がある。次に、CSRは必ずしも国際的な基準ではかられたものではなく、世界各国の法律や契約によって基準が異なっているのが現状である。その場合、企業にとっての倫理とはいったい如何なるものなのか。その倫理とは国境を越えた瞬間に変質してしまうものなのか。企業モラルを問うと同時に、CSRの国際基準の設定と普及を促進する必要があるだろう。そして、CSRが普及・成熟していく要件のひとつとして、政府や企業のみにその責任を負わせるのではなく、消費者自身が企業の社会的責任や貢献活動に目を向けることが必要であり、さらに教育機関がCSRについて正確な知識を伝える必要があるだろう。
本報告はそのテーマの先進性から非常に活発な議論を惹起し、下田屋氏に対する質問や意見も時間内では収まりきらないほど多く出された。
本公開講演会の参加者をみると、企業研究所研究員に加えて、本学教員および名誉教授、他大学教員、実務家、本学学部生・院生など多様な層が参加した。研究者の研究分野も経営学(経営史、労務管理論など)はもちろん、会計学、マーケティング、流通論、金融論、産業論など多様な研究分野の研究者が参加した。それは本報告の射程範囲の広さを示している。また少なくない学部学生が参加し、欧州の最先端のCSR経営や欧州委員会の議論を拝聴したことは、教育面で多大な効果があったと判断する。

2011年度

資本主義経済・企業は金融に乗っ取られたのか?
Ronald P. Dore(2011.10.27開催)
 ドーア氏の報告は、「金融が乗っ取る世界」と題して、1980年代以後アメリカをはじめ世界の主要国で進行する経済の「金融化」に焦点を合わせ、新自由主義的な政治・経済思潮が広がる中、世界経済がいかに変化したか、その変化はいかなるいみを有するのかを明らかにした。
報告では、経済の「金融化」の原因を、(1)金融システムや金融技術の変化、(2)「銀行のカジノ化」、(3)株主主権の強化と財産権の優位の確立、(4)産業政策による成長政策の位置の低下、などに求め、また「金融化」の結果として、(1)英米における所得分布の不平等化、(2)金融業界への人材の吸い上げ、(3)国民総「ばくち打ち」化、(4)信用バブルの崩壊と大不況の到来、などがもたらされたことが示された。
ドーア氏は、こうした「金融化」のもたらした諸問題に対して、銀行の自己資本増強、自己資本の反循環的調整、SIFI、金融取引税、はだかCDSの禁止、派生商品の市場化、などの対応策が考えられるが、それが実現するプロセスは困難に満ちたものであることを指摘した。
Economic Reform and Management at Present Vietnam
Tran Dinh Lam(2011.10.28開催)
 1986年のドイモイ(刷新)以降のベトナムの経済改革と外資家企業の受け入れ以降、ベトナムの経済は成長しているが、マネジメントの方法に問題がある。それは、国有企業のもとでのマネジメントの経験しかなく、マネジメントの近代化に対する意識がうすいことにある。その意味で、日本企業から学びベトナム企業での経営の近代化を達成しなければならない。

2010年度

Open Source Software:Managing OSS Development & License Choice
Nelson Matthew(2010.06.11開催)
 OSS(オープン・ソース・ソフトウェア)の概要と最近の研究成果についての講演であった。はじめに、「OSSとは何か」という定義および背景、つづいてデータコレクションと「リサーチ・スタディ・ハイライト」の紹介があった。それによれば、OSSのライセンス選択とプロジェクトの進捗管理について以下のような発見があった。即ち、(1)ライセンスについては製品ライフサイクルが短いことから、又(2)プロジェクトの管理については非OSSプロジェクトとの比較可能性の問題から、データ分析の結果、どちらも有意の関係は見出せなかった。
Japan's most profitable companies: "Choose and Focus" and successful strategic positioning
Ulrike Schaede(2010.06.24開催)
 本研究では、さまざまな資料およびデータを用いて、これからの日本企業の戦略として「選択と集中」(Choose and Focus) がいかに重要かを論じている。
まず、過去から日本企業の推移を明らかにし、とりわけ、1990年代後半から2000年代にかけて、企業を取り巻く環境や企業戦略に大きな変化がみられたことを示している。実際に、1998-2006年にかけて、金融ビッグバン、連結会計の導入、会社法の施行といったさまざまな「改革」が行われてきた。また、たとえば,日本における大企業の75%が事業再編(2000-2006年)を行うなど,この間は、日本企業の戦略の見直しが差し迫られた時期でもあった。こうした趨勢は、日本企業の経営の終焉を意味しているのだろうか。一方、本研究では、独自に取り組んだ事例研究および実証分析を通じて、新たな日本企業の戦略の方向性を考察している。事例研究では、新たなニッチ市場を開拓する企業のインタビュー調査の結果を紹介しており、また、実証分析では,知名度の高い大企業が必ずしも収益性に優れていないことを示しており、1970年代に設立された(中堅的な)収益性の高い企業の存在を明らかにしている。 本研究を通じて、「外部投資家の必要性」「コーポレートガバナンスの変化」「「選択と集中」を通じた競争」「イノベーションのための新しいシステム」といった。日本企業のとるべき新たな戦略を示唆している。
Les maux du tavail : la saute negociee
Catherine OMNES(2010.12.15開催)
 C.オムネス氏の講演は、フランスにおける労働災害、職業病保障と予防に関する2世紀にわたる歴史を概括し、フランスにおいてアンシャンレジーム期にすでに問題提起が始まり、とくに19世紀末に労働災害法、産業衛生法が成立しながら、予防への関心が弱く、その現実化は1990年以降のEUからの圧力を持たざるを得なかった原因を詳細に跡付けるものであった。オムネス氏は、社会保障史委員会科学会議の代表でもあり、最近この点での研究の組織者として精力的に活動し、2009年に続いて、来年3月にもその研究成果が公表される。報告は、論題からすると、職業病、労働災害に関する限定されたものであるようにも思われるが、19世紀末・20世紀初頭における労働者の在り方、ひいては大企業体制、労働合理化、テーラーシステムの導入など経済史の大問題にかかわらせた報告であった。とくに、今日の視点から見ると、労働者と雇用主との関係、労働者の交渉力の点では、19世紀末・20世紀初頭の法整備がマイナスの要素をもたらしたことが指摘されたことは、経済史の新しい視点の提供となったと言える。さらに、経営者、労働者、国家機関の諸関係者の視点から考察され、この問題をめぐる全体的な構図が提示され、今後の研究の方向が示された。 報告が、このようにきわめて示唆に富んだものであったことから、参加者からの質問も活発に出され、予定時間を延長して討論が続けられた。とくにジェンダー差別の視点、テーラー主義の導入が遅れたこととの関連、現代の労働災害と新自由主義とのかかわり、20世紀初頭に法制化における労働生理学者の役割、自立した労働者から、大企業で保護される労働者へという労働者間の変化など、興味深い観点からの質問がなされ、これらに対するオムネス氏の見解が示された。全体として、充実した報告、活発な討論であり、参加者、共催者である日仏会館関係者も十分満足していた。

2009年度

金融危機の中国経済への影響
王振中(2009.04.03開催)
 王振中教授の研究報告「世界金融危機の中国経済への影響」の概要は以下のとおりであった。
現在中国は前代未聞の困難と挑戦に表明している。金融危機の影響を受け、経済成長率が低下し、経済全体の大きな問題となっている。これは現下の喫緊の要事ではあるが、しかし中国経済がかかえる本質的な問題は、これとは別の次元で顕在化している。
一部の産業では生産能力が過剰であり、また一部の企業では経営上の困難が発生している。財政不振、農業の持続発展と農民の所得増加の困難などといった諸問題が表面化している。
長期的に我が国の経済発展を阻害するような体制的、構造的矛盾が存在しており、かつそこでの矛盾は日々深刻化している。それらはたとえば、内需の不足、第3次産業の発展の停滞、自主的イノベーションの能力の欠如、エネルギー利用の非効率性、環境汚染、都市と農村の発展のアンバランスなどである。
中国経済が持続的な経済発展を実現するために、産業構造における三つの方面の転換を急ぐべきである。
  • 投資と輸出に依存する経済発展モデルから、消費、投資、輸出を合わせバランスのとれた経済成長モデルへ転換することである(内需視角)。
  • 経済成長が主に第2次産業に依存する状況から脱却して、第1・2・3次産業が均衡をとりながら成長を牽引する方式に転換することである(供給視角)。
  • 経済成長が資源、エネルギーを非効率的に利用する粗放型モデルから、技術の進歩、労働力の質の向上、技術や管理の革新に依拠する集約型モデルに転換することである(要素視角)。
経済危機の誘因と危機回避方法
孫継偉(2009.04.03開催)
 孫継偉副教授の研究報告「経済危機の誘因と危機回避方法」の概要は以下のとおりであった。
経済危機は周期的に発生する。われわれは今再び金融・経済危機に見舞われている。一般に専門家たちは、サブプライムローン、過度な金融商品開発、金融監督の不行き届き、過剰な通貨発行(貨幣供給)、過剰な債権発行、過剰な消費、過剰な生産などを今回の経済危機の原因と見ている。しかし、実際には投資財(商品)と投資家の二重性こそが金融・経済危機の重要な要因となっているのであるが、その点は看過されている。
投資財の二重性というのは、投資財のもつ社会にプラスないしはマイナスの作用のことである。プラスの作用は良性効果あるいはエンジェル属性、そしてマイナス作用は悪性効果あるいはデビル(イーブル)属性と呼ばれている。
典型的な投資財の株式を例に挙げると、株式は資源配置を最適化させ、取引コストを低減させ、融資や(金融)創造を促すなど多くのプラスの作用を持つ半面、同時にギャンブル的で、不労所得、市場操作や財務諸表の虚偽記載のような不正行為を誘発する面などマイナス作用も大きい。
以上のことを科学的に認識できれば、金融・経済危機を未然に防ぐための考えの道筋を得ることができる。すなわち、投資財の規模を制限し、そして商品の特徴に応じて分類して監督を行うことである。
投資財の規模制限というのは、投資財の市場総額の対GDP比や投資財の取引総額の対GDP比などを警戒指標として、投資財が過度に膨張しているかどうかを判断することである。一定の水準を超えた場合は、政策を講じてそれを制限しなければならない。
商品の分類管理とは、商品を生活、生産活動における重要性に応じて、3分類に分けてそれぞれ異なるルールに従って管理することである。
  • 民政に必要な消費財、主に食糧、住宅、公共交通、教育、医療などについては、「投資対象除外」ルールに従って管理を行い、それらの財の消費的機能を強化すると同時に、投資価値を剥離するのである。転売による利鞘を獲得する機能を失くすだけでなく、株式や金融派生商品市場に進行するルートも防止していかなければならない。
  • 基礎生産財、主に石油、電力、鉱産物などは、「準投資財」として管理し、転売による利鞘の獲得を許可するものの、先物や金融派生商品市場に流入することは禁止する。
  • 一般消費財、贅沢品、大半の財産財などを含むその他の商品については、「投資財」と見なし、利鞘を目的とする転売が自由にできるだけでなく、株式、先物及び金融派生商品市場での自由な取引も認めるのである。
サブプライム問題と中国の持続的発展
于鴻君(2009.04.03開催)
 于鴻君教授の研究報告「サブプライム問題と中国の持続的発展」の概要は以下のとおりであった。
  • サブプライムローン問題は金融危機発生の直接的原因である。米国でサブプライムローン危機が勃発した主な原因は以下のとおりである。まず、米国政府が住宅保有率を高め、住宅ローンでの不動産購入に対して奨励策をとり、金融機関も通貨供給量を拡大したことである。米国では金融派生商品が多く開発され、これによって金融取引のチェーンが長くなり、金融バブルが発生した。他方米国の金融監督行政はつねに後手に回った。
  • 非合理的な国際経済、金融秩序は今回の金融危機のより深層的な要因である。一方で、現行のドルを中心とし、米国経済を主体とした国際金融秩序は米国からスタートし世界中に蔓延した金融危機を引き起こした。米国は、ドルの発行を通じて造幣税を獲得し、世界各国の富を奪取してきた。ドルの発行を通じて、米国は他の国の資源・生産品を獲得してきたのである。他方、世界経済の枠組みの変化、とりわけBRICs台頭によって、新しい国際金融秩序が必要となっている。米国を中心とした西側主要先進国が主導する国際金融秩序はすでに時代遅れになっており、現下の危機に対応するためには新興経済国を含む新しい国際秩序の形成が必要になっている。
  • 国際金融危機が中国経済に与える影響は、以下のとおりである。中国の経済移行はしばらく中断する可能性が高い。中国経済はこの30年間にわたって高速成長してきたが、その結果、調整、経済転換を実現して、科学的な発展の道を歩むことが要求されるようになっている。しかし、今回の金融危機の影響で、政府は投資を増やし、成長と雇用を確保する経済政策を採らざるを得なくなった。これによって、中国の経済移行プロセスが一時中断されることになる。また、輸出速度も低下しよう。中国の主要貿易相手は米国のような西側資本主義国であるから、金融危機の影響でこれらの国からの輸出が減少し、相応に中国からの輸出速度も低下することは避けられないであろう。
Transactional leadership and subordinate citizenship behavior
彭台光(2009.06.18開催)
 これまでのリーダーシップ研究では、トランスフォーメーション・リーダーシップ(transformation leadership; TFL) のほうがトランザクション・リーダーシップ (transaction leadership; TSL) より効率的といわれてきた。しかし、実際には、企業のなかでトランザクション・リーダーシップのほうが多くみられており、こうした考えと相反する現実が顕在化している。
このような点を背景として、本研究では、トランザクション・リーダーシップとトランスフォーメーションリーダーシップとの効果を比較検証していく。実証分析の結果から、リーダーが成功報酬と情熱的マネジメントを実施した場合、トランザクション・リーダーシップがトランスフォーメーション・リーダーシップと同等の効果をもたらすことが示された。一方、失敗による処分はこうした効果をもたらさないが、情熱的なマネジメントに欠けるリーダーは、部下の積極的な努力を否定する土壌につながりやすいことが示唆されている。
Where is International Retailing going next?: Corporate strategy and academic research
John Dawson(2009.11.27開催)
 講演では、欧米のマクロ統計はもちろんだが、テスコやウォルマートなどの欧米企業のみならず、ユニクロや食品スーパーなど日本の小売業の売り場などもパワーポイント上の写真で示しながら、現実との関係で理論枠組みの内容を紹介された。特に氏がこだわるフォーマットの概念を中心に、店づくり、PB(プライベート・ブランド)開発と管理、品揃えと在庫管理、新規市場への参入、顧客サービスなどについて、情報化の進展、顧客層と顧客ニーズ、SCM、規模と範囲の経済性の獲得、商品回転率など多様な側面から丁寧に説明された。結論として、大規模小売業がいくつかの重要な側面でイノベーションを実現したことが、市場成長率を超える高成長を達成できた理由であることが解明された。
Dawson氏は欧州の流通・マーケティング関連の学会役員も務められ、学界の第一線で活躍されている。またDawson氏は平易な英語で語られるため、コミュニケーション上の問題はかなりの程度緩和されたのではないかと推察する。著名な講演者をお招きし小売流通の最先端の事実と理論に接することができたことは、当研究チームだけでなく、すべての参加者にとって知見を高める貴重な機会となったと思われる。
金融制約付き変動とネットワーク経済の進化
Mauro Gallegati(2010.01.22開催)
  1. 本報告の研究は生産(企業)と信用創出(企業間および企業と銀行がつくるネットワークがいかに内生的なネットワークを進化させるか、どのようなパートナー選択ルールによってシステミックリスクと金融不安定性が増大するかを考察する。 信用創出には、以下の2つがあるとする。
    • 同一産業内部での信用創出、つまり、垂直的な上流と下流の企業間での企業を接続し、銀行間市場で銀行を接続する「内部信用創出」
    • 異なる部門に属するエージェントを接続する、つまり、銀行と企業を接続する「外部信用創出」
    したがって、内部クレジット(下流企業Dと上流企業Uの間で形成されるクレジット)と外部クレジット(企業と銀行の間で形成されるクレジット)の2つから形成されるネットワークを研究できる。
    とくに、企業経済を下流Dと上流Uの2種の企業タイプに分割して、下流企業群が銀行からの金融上の制約を受けているような状況を仮定する。このような2種類の信用創出を伴うネットワークは静学的に時間を通じて変わらないとする。一方で、パートナーの優先的選択ルールを課す。このような設定によって、ネットワーク構造が内生的に進化する帰結を考察する。エージェントが孤立的か、密接に接続しているかのネットワーク構造の違いは、たとえば、あるエージェントの倒産発生の帰結は異なる。密接に接続するネットワークが形成されているなら、連鎖倒産が発生する。つまり、倒産の拡散はネットワーク構造に依存する。
  2. U企業と銀行は貸し手であるが、同時に借り手にもなることができる。D企業の産出を決めるのが正味資産であるとすると、D企業の正味資産の変動が、生産構造と信用構造からU企業と銀行の経営に影響を与えることになる。ゆえに、このモデルではD企業が変動の駆動因となる。
    多少、仮定を詳述すれば以下のとおりになる。
    パートナーの優先的選択ルールは、エージェントのランダムな選択とランダムに選ばれる部分集合内で最小価格を基準にして、取引相手を選んでいく。著者たちによれば、ランダムグラフと均衡ネットワークの折衷的なルールということになる。
    情報構造については非対称性(不完全性)を導入する。
    市場は4つ、消費財(D企業)、中間投入財(U企業)、労働、それに信用市場である。消費財は確率過程により支配され、労働は賃金硬直性によって供給される。
    さて、パートナーの優先的選択ルールでは、利潤が上昇すると、頑健な金融条件にあるエージェントが将来、安い価格で新規パートナーを吸引する余地が高まるので、金融的に頑健な貸し手は市場シェアを増大し、より高い次数のリスクを吸引していく。つまり、ので、金融上健全なU企業は価格を引き下げ(あるいは健全な銀行は利子率を引き下げ)、新規の借り手(D企業)を惹き付け、ますます利益を増やす。金融的に危うい貸し手はこれとは反対に陥る。こうして、企業と銀行部門のネットワークは両極に偏極化して、リンクの次数分布は非対称的になる。
    そして、この偏極化の過程は、破産のようなショックに対してネットワーク全体の脆弱性、つまり、システミックリスクの増大を引き起こす。システミックリスクの発生は相対的に稀なことであるが、その影響は甚大で連鎖倒産などの事象を生み出す。
    D企業が破産するなら、供給連鎖が破壊されるだけでなく、貸し手の態度変化による利子率引き上げも連鎖倒産が強化される。
  3. 上記の過程はシミュレーションによって確かめることができる。シミュレーションではエージェントはみな同一、また退出、参入は許されるがエージェント数は一定(1000)とされる。
    優先的なパートナー選択ルールが、ランダムマッチングによる取引ネットワークと比べて、右に裾野を持つ次数分布を形成することがわかる。そして、企業のサイズ分布はべき分布になる一方、ランダムルールでは、このようなサイズ分布が形成されないこともわかる。
    なお、優先的なパートナー選択ルールは、企業経済の全体の成長率にかんしては成長率0を周りでラプラス分布を生み出す。

2008年度

中国における党=国家システムの変化と体制転換の空間的不均等性
Maria Csanadi(2008.09.26開催)
 Maria Csanadi氏はこれまで一貫して、旧共産主義体制の体制転換・過程を、彼女のいう党=国家モデル(相互的IPSモデル、Interactive Party-State Model)の枠組みを基準にして分析して来た研究者である。今回の公開研究会では、このシステム的アプローチの方法を中国の社会-経済分析に応用し、その結果の解釈を巡って報告が行われた。このIPSモデルとは、党=国家の指導者と経済的意思決定者との相互関係によって形成されるネットワーク・モデルのことであり、このモデルそのものの再生産過程にはさまざまなシステム上のワナ(Trap)があって、その処理方如何によって、体制転換のあり方そのものが大きく影響されてくる。その点中国は、集権と分権との相互連関の独自な結合という、同モデルの特殊なあり方を示しており、そのことは中国における体制転換過程が空間的不均等性(Spatial disparities of system transformation in China)をともなって顕在化してくる理由となっている。
このような空間的不均等性、換言すれば漸進性は、例えば選挙制度において確認しうる。
体制的レベルでは自由選挙が存在しない中国でも、村や町、郷(township and counties)においては半競争的選挙が拡大してきており、それはある種の自己解体型パターンの存在を暗示している。そこでは原初的政治転換過程が始まっている。しかし、隣接する県レベル、あるいはその上位または下位レベルの集団においてはかかる現実は存在しない。そのような転換動態の異なれるパターンが相互作用することの結果は、具体的にはどのように表出してくるか。これは理論的なチャンスであるとともに、このようなシステム上の違いによって基礎づけられた現象やその潜在的結果は、実証的に確認されていかなければならない性質のものであるといえる。
中国の創造性-国際的ビジネス・技術革新の急成長の謎
Carsten Herrmann-Pillath(2008.10.08開催)
 報告者はドイツ政府の中国研究分析官を経てWitten/Herdecke Universityに中国ドイツガバナンス研究科(徳中管理学院)を設立、その後、2008年よりフランクフルト金融経営大学院大学の徳中管理学院長となった。中国分析ばかりでなく進化経済学者としても多大な貢献がある。報告は、中国の急成長を、進化経済学の観点から体系的に整理し、中国の潜在的な創造性について通説と異なる論証を行った。
ドイツにおいては中国を過小評価する論調が続いてきた。つまり、中国は物まね、そして人権侵害をし続けており、とても資本主義経済といえるようなものでないので、現在の繁栄は虚構で明日にでも崩壊してもおかしくないという論調である。しかし、このような論調は、経済法則はただ一つであるというワシントンビューから導き出されたものである。実は、ベイジンビューとも言うべきもう一つの見解があることを知っておく必要がある。
中国の経済システムは制度的にも地域的にも異なったシステムの混合で、多様性がきわめて大きく、またこれらを統合するメタシステムがある。これまでに、経済学者によって、中国には全要素生産性TFPなどは存在しないとか、資本集約的であるのは一部の産業・地域でしかない、などの議論がされてきた。ところが、この10年、労働生産性増加は10パーセント、賃金増加と単位労働費用減少が同時に発生している。一方、知識の拡散の結果、地域間での単位費用は平準化されている。そして中国が国家資産基金と外に向けて投資を行うことによりグローバルな金融システムへの統合され、それによって中国の政治の方向が固定化されていくのである。中国の急成長は奇跡と呼べるほどすさまじい。中国市場の特色は二点に要約される。市場サイズの巨大さとロングテールである。毎年2000万人ずつ消費者が増加する経済で、多国籍企業が技術革新を行う過程で、実に様々な需要が発生するからである。また、中国のR&Dの支出と集約度、知識の普及(学術出版の急増)などはもはや欧米の水準に匹敵する状態になっている。
欧米からの輸入が要求するデフレ圧力が製造業の学習を促進し、結果として、模造と複製のグレイマーケットを相殺するように仕向けられる。グローバルなマクロ経済的体制ブレトンウッズ体制Ⅱが中国経済の学習効果を育んでいる。
海賊版の効果を考察してみよう。海賊版によって新知識の普及という社会的便益が得られる。それにより中国経済のグローバル化が進行する。そして中国市場に西欧の商品が浸透するのである。これらのことが実際、生産性上昇とサービス革新の駆動力となり、急速な技術革新の普及を推進力にした市場サイズの急速な増大を導いている。このことは最初に市場に参入した者が勝利するという可能性を高めている。中国政府に知的財産権IPRの制限を過度に要求する試みは、かえって、海外から進出する企業が中国から利潤を獲得する機会を失うことを意味する。このような指摘はけっして奇怪なものでない。ハーバード大学経済学部のゲーム理論家David Levineがゲーム理論の観点から同一の結論を導いている。なお、報告者は、汚職のネットワークが中国では市場制度の基盤となる社会資本の機能を果たして、かえって、市場の拡大に貢献していると考えている。これはインドネシアの垂直的な汚職構造とは違うようである。 また、急成長を支える中国独自の政府振興技術政策にも注目する必要がある。中国では大学が積極的に起業を援助して、海外拠点を作りながら、技術振興事業を計画している。このシステムはグローバルな知識創出連鎖を作り出す。このようなシステムを内蔵した中国の経済発展はワシントンビューとは独立的な経済システムに基づくものであり、中国経済を分析することを通じて、経済観自体、修正を受けることになるであろう。現代の中国経済にかんして、いずれのレベルにおいても見かけ上のシステムに惑わされると間違いの素になる。ジーメンスは携帯電話の参入に失敗したが状況認識の誤りがあったと思われる。
最後に、レクチャーの後、70分間もの質疑応答が続いた。参加者の中にいた複数の留学生の積極的な質問と報告者の精力的な回答によるものであることを付記したい。
危機、技術革新、意思決定の複雑系理論
Peter Erdi(2008.11.07開催)
 報告者は米国ミシガン州にある私立大学の複雑系科学の教授であるが、現在もなおハンガリー科学アカデミー分子・原子物理研究所の生物物理研究部長であり、年の四分の三は米国に在住する一方、残りの期間はハンガリーに帰っている。報告者は単著Complexity Explained, Springer, 2007おいて独自に複雑系観を体系的に構築している熟練度のきわめて高い研究者である。
報告者Erdi(2007)によれば複雑系にはつぎの諸特徴がある。

(a)循環的ネットワークと因果性を持つ。

(b)有限時間内の特異性発生という特徴を持つ。たとえば、株価変動のように閾値を超える極端な正のフィードバックを持つケースで有限時間内に強い反動を伴う補償的プロセスが同伴する。

(c)ベキ分布を発生させる自己組織化過程という特徴を持つ。

こういうわけで報告者は複雑系をCircular and network causality, Finite time singularity, Self-organized complexityから分析している。
20世紀末には、自然現象としては発見できなかったべき分布(パレート分布)が社会経済システムの諸現象の中で頻繁に見出され、べき分布を形成する機構が複雑系を生み出す確率過程して議論されるようになった。無限の分散を持つべき分布はたとえばAmazonの売り上げデータで見出される。この例では平均的代表的顧客ではなく少数ではあるがマニアックな顧客をターゲットにすることで収益向上が起きる、つまり、確率的に小さい事象でも継続的にマーケティングすることで大きな収益が約束される。こうした新しい認識の背後には確率事象を確率過程として捉えるという考えが不可欠である。
報告者は「危機、技術革新、意思決定の複雑系理論」について、
  • 危機
  • 技術革新の動的モデリング:特許の複雑ネットワーク構造
  • 意思決定の動的モデリング:公共政策決定形成過程
の順で詳細に講演を行った。
  • 危機
    報告者は、危機の構造を正のフィードバックが補償を伴わないで急激に加速化されるところに見出す。人体で言えば、癲癇症状が好例である。1634-1637年のオランダで生じた有名なチューリップバブルも、取引高はsuper-exponentialに増加した。このような事態は結局、この急増を補償するために、市場崩壊を起こさざるをえない。この危機構造は、17世紀のバブルでも21世紀のバブルでも変わりない。
    アンバランスな正のフィードバックは、複雑系の重要な構成要素の一つである。
  • 技術革新の動的モデリング:特許の複雑ネットワーク構造
    本報告では、まず、報告者は特許間のcitation networkの構造解析に着目した。このネットワークはファイル修正過程のように再帰的な構造を持つ。ここで、このネットワークで状態変数の数を増やしながら、標本データから最尤法によってカーネル関数を推定してみる。
    もっとも手軽な方法は、グラフ構造でin-degreeのみに注目する場合である。つまり、状態変数としてin-degreeを取る。これはlinear-preferential attachment でスケールフリーになる。

    つぎに、in-degreeのほかに、特許のageに注目する。特許は時間とともに増大するが、新しい特許と古い特許との間にはダブルパレート分布の関係があると推定する。古い特許の引用は少なくなるが、新しい特許が古い特許の引用を高める効果もある。

    ダブルパレート分布はテイルがパレート分布であることを除いて対数正規分布となるような分布形であり、ちょうどパレート分布と対数正規分布の中間に位置するような分布になっている。
    したがって、状態変数2個:in-degree+age-dependent variableの場合のカーネル関数をつぎのように推定する。

    このカーネル関数の当てはまりがかなりよいことがわかる。
    なお、報告者は、さらに、状態変数としてcited categoryとciting categoryを加えて、各カテゴリーの引用の頂点をつぎのように推定した。

    ここで、cpはcategory依存定数であり、また、

    である。このカーネルを用いて、400個以上の特許クラスと6個の大カテゴリー(化学、コンピュータ通信、医薬、電気電子、力学、その他)について特許引用のネットワーク解析を行った。このとき、ネットワークは高度に同類選択的(assortative)であり、化学は化学の引用を生み出す。
    報告者は特許データ解析からつぎのような結論を得た。
    • ネットワーク構造は強力に情報拡散に影響を与える。
    • 引用されない節の数が増える一方、多く引用される節の数はますます減るという階層構造の出現がある。
    • 眠れる特許が重要になる。後世の進歩により新しい重要性が与えられる古い特許が出てくるであろう。
    • 米国では1991年に特許審査過程がかなり緩和、また特許審査も平準化されて、ネットワーク構造の変化が過度に加速された。
  • 意思決定の動的モデリング:公共政策決定形成過程
    カリフォルニアでここ1年に起きる大地震の確率、証券市場の起こり得るクラッシュがどの位の大きさになるか?パレート分布でやはり極値の箇所は外れているということはしばしば観察されることである。これを単なる外れ値outlierと見なすか、極値と見て極値分布を利用するかという問題を考えてみたい。
    ある所与の期間内で、日毎の最低限の収益(最小)、日毎の最高の収益(最小)、これらは正規分布していない。一般化された極値分布GEVとはタイプⅠⅡⅢとして知られるガンベル、フレケ、ワイブル族を組み合わせた極値理論のなかで展開される連続的確率分布の族。独立的・恒等的に分布する確率変数の列の最大値の分布で近似する。
    米国の実質財政支出の年々の変動率を調べてみる。公共福祉支出の絶対変化、予算額の変化、予算額の比率変化、予算額の調整済比率変化をプロットしてみても、どの分布に適合するかは明らかでない。
    冒頭で述べたように、人間社会の分布にはべき分布のように自然の分布では観察されないものがしばしば見出せる。一方、自然の分布はガウス分布であると言われる。ここで、ガウス分布を変換してべき法則になるような制度機構を説明するマクロ的かつミクロ的モデルを組み立てることを考えるのがよいであろう。そのための仮定として、以下のものを考えることができる。
    • 政治的諸制度による注意の制限
    • 集合的意思決定ルールによる摩擦
    • 変化への抵抗
    • 誤差の蓄積
    • 優先的選好、優先順序の変更
    <シグナル-応答S-Rモデルと指数型予算モデル>
    環境eの下でシグナルSを投入して、数値的な予算額決定を行う政治システムを考える。ここで、予算額決定が応答値Rである。R-S空間を確率的に放浪してR、Sを決定する。


    もっとも単純なモデルはつぎのような形であろう。

    いまシグナルとして指数型の状態変数を採用する。

    予算額はシグナルの変化に瞬間的に2倍以上の値となって応答する。つまり、緊急性が秩序の摩擦を凌駕してしまう状況を考える。 しかし、このような説明のためには、いくつかのミクロ的機構が必要であろう。
    <財政支出のミクロ的モデリング>
    • 現象が最初に出てくる。
    • 政治的意思決定の待ち時間
    • 様々な予算成分のデータ解析
    • 議会への項目再提案と公聴会のタイミング
    • 種々のミクロ的べき法則機構がマクロ的ダブルパレート分布の背後に控えている。
  • 結びにかえて:複雑系の多元的理論と制御可能性のために
    現実世界が脱線しないように理解し、説明し、制御できるようにすることが鍵。
    生物的、社会的、計算機からの接近で考える。このとき、個人レベルでの選択と意思決定の問題と並んで、社会における規範と価値の進化に留意すべきである。また遺伝子、脳、心についての知識、協調ならびに競争心についての知識も不可欠である。
社会・経済の相互作用の測定技術
Bertrand Roehner(2008.11.29開催)
  1. Roehner教授の相互作用研究の接近法
    報告者B. Roehner教授の著作は世界の著名出版、著名大学出版から公刊されており、総数は10冊を超える。経済物理学のパイオニアーの1人として著名であるばかりでなく、社会物理学の新領域を開拓している先端研究者である。制度と歴史の重要性を認識している数少ない自然科学出身の先端研究者でもあり、彼の鋭敏な直観には高い定評があるが、その関心は歴史の詳細な検証までも含む。セミナーでは、社会システムに適用できる「物理の相互作用の本質的特徴」をセミナー会場にて水とアルコールを混ぜ合わせる簡単な実験で即座に証明し、参加者一同、大いに啓発された。
    複雑適応系の提案者であるJ. Holland教授は、原始生物が自己を維持するのに自分以外の他者との相互作用に多大なエネルギーを支出していることを看守していた。B. Roehner教授は、むしろ物理の観点から、相互作用を捉えなおしている。接触と相互作用の最大化原理は、物理的に見ると、エネルギー最小化の一般化として捉えることができる。こうして、低エネルギーの状態へ向かうということは、混合を作り上げる分子間の大域的相互作用を最大化するものと解釈できる。物理ではエネルギーの概念ははっきりしているが、エネルギーが定義されない社会システムのような状況でも、この原理は使用できるであろう。なお、この考え方はAruka and Mimkes(EIER, 2(2006,145-160))の考え方と共通している。
  2. 水とエタノールの混和
    通常の理想液体の混合では、標準的なエントロピーは増大する。ところが、水とエタノールの混合では、エントロピーを減少させる高度に秩序だった再配置がつくられる。つまり、水とエタノールの混合はある特別な秩序を生み出す過程である。これは、簡単な器具を用いて実験ですぐに確かめることができる。そして実験によってただちに以下のことがわかる。
    ○たとえば水20mlとエタノール20mlの混合によって体積は40ml以下に収縮する。アルコールの濃度にもよるが10パーセントくらい縮むのである。
    ○水とエタノールのそれぞれの温度は二十数度であるが、混合の結果、混合した液体の温度が5度くらい上昇する。実験では90パーセントの純度のアルコールが用いられた。
    これらの結果は以下の図解によって理解できる。
    エタノールと水が分離されている状態は高エネルギー状態である。混合によって放熱され低エネルギー状態に転化する。エタノールと水の混合は、エタノールの組成の特殊性から水と親和性が高く、大域的に融解することができ、強い結合状態が作り出される。

    物理化学的にみると、水H2OとエタノールC2H5OHの混合は、低位のエネルギー状態への進展する様は混合を合成する分子間の大域的相互作用を最大化する。エタノールは鎖式飽和炭化水素であるアルカン (alkane)の一種で、アルカンの一般式は CnH2n+2 で表される。

    エタノールの分子は、( i )アルカンに似た 線分CH3-CH2 、( ii ) 水に似た線分の端点OHの2つの線分から合成されている。このような構造になっているために、エタノールは、水和殻を吸引すると同時に、強力な水素結合を形成する。最近の研究(Dill et. Al. 2003, p581)によれば、第1の水和殻の水分子数は17モルである。ここでは厳密な分子数計算は必要ない。重要なのはエタノールが持つ( i )、( ii )のような双対的行動である。
    こうして、水の分子がエタノールのなかに導入されるとき、エタノールの分子間に相互作用より強力なリンクを形成することが可能である。このことが水の分子がエタノールのなかに「受け入れられる」ことになる理由である。この混合プロセスは水と油では発生しない。文字通り、「水と油」で、相互作用のリンクは弱いからである。
  3. 社会システムにおける混和性と言語
    水とエタノールの混合例のような分子の相互作用は社会システムに存在するであろうか?まず言語に着目して、単語や文字が特有なルールにしたがって相互作用することを見よう。
    この観点から、次の並列が存在する。
    異なる単語が別のほかの単語と結合する規則
    液体における分子
    言語Aの単語(または表現)が言語Bに浸透するとき、どういうことが発生しているのであろうか?その単語が他の言語の単語と十分なリンクを展開するなら、統合されることになろう。たとえば、"week?end","ciao"はフランス語に統合された。また、そうでないなら、究極的には脱落する。たとえば、"railway"は19世紀末にはフランス語で多用されていたが結局は統合されることなく、むしろ、"chemin de fer" or "train"が使用されることになった。報告者は中国で講義したとき、中国語でこのような例があるかを質問しているようであったが、日本語のカタカナはどう理解したらよいのであろうか?
Challenges of Complexity in the 21st Century
Klaus Mainzer(2009.03.04開催)
 報告者は複雑系と科学哲学のドイツにおける代表者の一人であり、ノーベル賞20名輩出という名門ミュンヘン工科大学科学哲学講座の教授で、付属機関のカール・フォン・リンデ。アカデミーの所長である。またヨーロッパ科学アカデミー会員であり、ドイツ複雑系・非線形力学会会長も務める。幸い東京工業大学COE「新たな社会システム科学の創出」シンポジウムゲストとして来日することになった。この機会を利用して、最新の研究動向を聞き、学術研究全般のポジショニングの議論を行うセミナーを実現できた。東工大のシンポジウム講演は2月28日10:45-12:00に行われたが通訳つき講演であったので実質45分程度であった。本セミナーは通訳なしのため東工大の2倍以上の講演内容が盛り込まれ、きわめて実り豊かなセミナーとなった。
講演の後の議論も活発であったし、さらに懇親会を通じて深い議論をすることができた。後に聞き及んだことであるが、マインツァー教授から中央大学の参加者は素晴らしい学者たちであったと述べられたそうである。マインツァー教授は今回の来日では東工大、京大で講演をされたが、これらの議論と比較してのことであるので、嬉しい限りである。
  1. Mainzer教授の科学哲学と接近法
    マインツァー教授はつぎの著作でとくに有名である。Mainzer, K. (1994) Thinking in Complexity. The Computational Dynamics of Matter,Mind, and Mankind (English 1st ed. 1994, 5th enlarged edition 2007) Springer, New York; (Japanese ed. 1997; Chinese ed.1999; Polish ed. 2007; Russian ed. 2008) この著書の初版には中村量空訳でシュプリンガー東京から日本語訳が公刊されているが、現在、原著は改定新版になっている。この改定新版の最後に、著者は「カントの絶対善」について触れており、複雑系科学をドイツイデアリズムの脈絡で評価している。この観点は次の著作Klaus Mainzer, Der kreative Zufall: Wie das Neue in die Welt kommt (The Creative Chance. How Novelty Comes into the World, (InGerman)),C.H. Beck, Munchen, 2007, 283 pp. で全面的に展開されており、これらの著作を通じて、マインツァー教授は明らかに経験科学とドイツ観念論哲学の統合を議論している。この周辺についてはYuji Aruka, Book Review on Klaus Mainzer, Der kreative Zufall, Evol. Inst. Econ. Rev. 5(2): 307?316 (2009)を参照されたい。マインツァー教授の科学哲学は、複雑系科学を単に学際的科学interdisciplinary scienceと看做すのではなく、統合科学integrative scienceとして論じる。この議論はこのほどドイツ政府より学会として承認された独日統合科学学会Deutsch-Japanische Gesselschaft fur integrative Wissenschaft (http://www.integrative-wissenschaft.de/)の基礎となっている。実際、マインツァー教授は独日統合科学学会のScientific Board委員長でもあり、日本との研究交流が深い。
  2. Mainzer教授の講演の概要
    本講演は最新の諸科学における成果を網羅したものであり集約的な議論がなされた。したがって、個々の分野についての基礎的な予備知識なしには完全にフォローすることができないようなトピックが多かった。逆に、それだけ、現代の科学を概観することはむずかしいことがわかる。以下、議論された基本的なトピックスの枠組みのみ列挙する。
    • From Linear to Nonlinear and Stochastic Dynamics
    • Complexity and Nonlinear Dynamics of Evolution and Brains
    • Complexity and Nonlinear of Economies and Finance
    • Complexity and Nonlinear Dynamics of Computational and Information Systems
    • What can we learn from Nonlinear Dynamics of Complex Systems
    個々のトピックスを概観するには一種のメタ理論が必要になるが、マインツァー教授のメタ理論はハーケン=ワイドリッヒのシナジェティクスプロジェクトの方法論に依っている。この方法論で注目するのはオーダーパラメータである。しかし、人間社会は、分子の運動と異なる点がある。それは人間には脳の活動を通じて現れる意識のレベルがあるからである。まず一つには、脳の活動自体は電気的作用であり、それ自体、分子運動の制約を受ける側面も重要である。これらの影響は完全合理性への制限となっており、人間社会の分析にサイモンの限定合理性の視点が推奨される所以がある。第二に、人間は分子でないとすれば、ミクロの活動の運動方程式が欠けることになる。この意味で、人間社会に残された分析はマルコフ過程のような確率過程分析にならざるをえないのである。
    とくに講演の後半は経済と金融の話題に移った。金融分析は現在、非正規分析に中心が移りこの10年間に一気に進歩した。しかし、高度に専門的な議論で政策当局や企業に理解できる段階に至っていない。ここで通訳者が介在しないと、誤った政策に陥る可能性が大きい。実際、非正規性が組み込まれた経済システムでは突然の変異が起こり、ボラティリティが高い。しかし、医者が身体を診断するように、このような経済も危険を診断できるのである。マンデルブローが指摘したノア効果は不連続の発生を診断できるし、ジョセフ効果は繁栄の持続の後の旱魃に備える政策を導けるのである。自己組織化の経済が複雑系を進化発展させるとき、つねにこのような事態に直面することを投資家ばかりでなく政治家も認識するべきである。
    アダムスミスはニュートンから均衡のアイディアを教えられた。しかし、スミスの方法は「見えざる手」による自己組織化という議論として体系化された。スミスは自己組織化という点では複雑系を認識していた。ただし、自己組織化はかならずしもよい成果を生み出すとはかぎらない。ガンは自己組織化の帰結である。このように考えると、自己組織化ばかり推奨することは危険である。規制緩和について再検討が必要な所以である。
    政策は進化の過程での分岐点を調整することになるであろう。オーダーパラメータを完全に制御できるわけではないが、ジョセフやノアの意味での診断を習得しないといけない。ここに自己監視化というアイディアが生まれる。20世紀は、マスタープランに基づく人間社会の制御が重大な困難を発生させることを経験した。今後の社会のコーディネーションには、自己組織化self-organizationと自己監視化self-monitorizationのバランスが必要であることがわかる。