保健体育研究所

所長挨拶

市場俊之
2021年6月
市場俊之(商学部教授)

新型コロナ・パンデミックは2年目になっても、その収束・終息は見通せません。オリンピック・パラリンピックが1年延期になっただけでなく、我々の生活に「新しいスタンダード」が求められています。その代表例が「リモートやオンライン」であり、スポーツに眼を向ければ、中止や延期、練習の制限、そしていわゆる「バブル方式」での実施再開でしょうか。このような状況の下、中央大学保健体育研究所の所長に選ばれ、2021年4月からその任に就いています。研究員・客員研究員・準研究員、そして事務室スタッフとともに研究所活動を推進します。
「我々の科学」に関し、1970年代に世界中のあちらこちらで論議が交わされました。中央大学における当研究所設置の際(1978年)、「保健体育科学を・・(中央大学保健体育研究所規約)」と表記され今日に至っています。「保健体育」や「体育」は学校教育における授業名として今なお使われ続けていますが、「我々の科学」は狭い意味での教育活動だけではなく、むしろそれらを越・超えた多様な身体活動やスポーツ活動を対象としています。例えば、トップアスリートのパフォーマンス、子どもの運動遊び、そしてまた(中高年の)ロコモティブ・シンドロームほかについて取り扱います。スポーツ全般や個別の競技や種目、運動技術・ルール・用具などへのアプローチもあります。さらに、ウェルネスや地域社会に関連する視点も存在します。これらすべてが「我々の科学」に包含されています。対象への接近方法が自然科学的でも人文科学的ないしは社会科学的でもあり得るので、「我々の科学」が「学際的であると同時に統・総合的な科学」と言われています。「母科学がない」という批判は今でもありますが、実際にスポーツ科学の学会が国内外に存在し、その傘下には上記の様々な領域・分野が成立しています。名称は未だに「保健体育研究所」なのですが、世界に浸透している今日的な定義づけを意識しつつ、当研究所における研究班活動の実態に基づけば、「スポーツ科学の研究所」と理解すべきでしょう。当研究所の英語表記は、すでに2005年の研究所紀要から”The Institute of Health and Sports Science”です。形式的かもしれませんが、日本語表記を英語に倣うことが、課題のひとつでしょうか。
研究員(客員・準)の多くが大学人ですが、中央大学はスポーツ系の学部・学科を有していません。研究班の活動は、それ自体が独立しているというより、多かれ少なかれ課外活動(いわゆる「部活」)、FLP、学部授業(順不同)と連携・連動しています。これらを背景に、学内外に成果のアウトプットがなされています。「中長期事業計画(Chuo Vision 2025)」の第2期が進行中です。その中にある「スポーツ振興」と当研究所の任務は、まったく同じではないものの、両者の親和性が高いことは疑いなく、これまで同様スクラムを組んで進みます。
誰の言か不明ですが、「我々人間の身体は動くようにしかできていない。」、「できれば、ピンピンコロリでおさらばしたい。」、「頭(脳)は運動で鍛えられる。」など、身体活動ないしはスポーツ活動の必要不可欠性を我々はどこか経験的かつ感覚的に認識しています。いわゆる「クール(自然科学的ないしは統計的)なエビデンス」が重宝される昨今ですが、「クール」だけではない、「実体験・経験」から得られた「ホットないしはウェットな感覚知や経験知の積み重ね」をうまく組み合わせ融合させたいと思います。適切な例ではないかもしれませんが、「『長嶋のカンピューター野球』と『野村のデータ野球』を加算・乗算したら、新たなまたは別な野球ができる(かもしれない)。」と言換えできるでしょうか。
「我々の科学」は、運動やスポーツを実際に行うヒトを端緒とし、個人、複数、グループあるいはチームの活動を観察・実験・資料渉猟・分析・考察などを経て一定の結論に至る」だけではなく、「研究活動を通じて得られた知見を現場に還元し、実践に寄与しなくてはならない」のです。中央大学の建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」は、「我々の科学」のそれと軌を一にしていると考えています。

注:中央大学保健体育研究所の規程上、「保健体育科学」と表記したが、今日的に「スポーツ科学」と理解されたい。