社会科学研究所
「中央大学・エクス=マルセイユ大学 交流40周年記念シンポジウム」 開催報告 (西海真樹社会科学研究所長)
2021年02月01日
エクス=マルセイユ大学法学部
【日 時】 2020年11月7日(土)17:00-20:50 <日本時間>
【場 所】 オンライン会議システム(Webex)
【共 催】 中央大学社会科学研究所、日本比較法研究所、中央大学法学部、法学研究科
【テーマ】グローバリゼーションへの抵抗/ les résistances à la mondialisation
【報告要旨】
2020年11月7日(土)に本学とエクス=マルセイユ大学 (AMU) の交流40周年記念シンポジウムが開かれた。もともとは、シンポジウムに加えて交流40周年を祝うセレモニー、交流協定の更新、法学修士ダブルディグリー協定の調印、本学とエクス政治学院との新協定の調印、交流に参加してきた日仏の教員・学生OB・OGが集う祝賀パーティーなどを行う予定を立てていたが、Covid-19のせいで叶わなくなった。だからといってすべてキャンセルするのはあまりに残念である。せめて研究分野で40周年記念にふさわしいシンポジウムをオンラインで行おう、ということで双方が合意した結果、このシンポジウムを開くことになった。
AMUがある南フランスのエクサンプロヴァンス(エクス)は、港町マルセイユから約30キロ北上したところにある人口14万人ほどの町である。町の東には、ポール・セザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山が、石灰岩の白い岩肌をきわだたせている。紀元前122年、ローマ共和国前執政官ガイウス・セクスティウス・カルウィヌスが、源泉の湧くこの地に要塞を築いた。エクサンプロヴァンスの名は、人々がこの源泉をAquae Sextiae(セクスティウスの水)と呼び慣わしたことに由来する。エクスは、かつてプロヴァンス伯領の首都だった。プラタナスの巨木からなる並木道、南仏特有の赤茶けた屋根をもつ旧い石造りの建物群、町のいたるところで湧いている泉。旧都エクスは、訪れる人々に、その歴史を肌で感じさせてくれる町である。
AMUは、2012年に従来の3つの大学(エクス=マルセイユ第1、2、3大学)が融合して成立した。人文科学、法律、政治、経済、経営、薬学、医学、理学、工学などの広範な学部と研究所を擁し、約7万人の学生と教職員が在籍している。フランスおよびフランス語圏諸国のなかでも最大規模の大学である。同大学は、1409年、シチリア王でありプロヴァンス伯でもあったルイ2世・ダンジューにより創設された。このときから数えると600年以上の歴史がある。2009年にエクス=マルセイユ大学創設600周年記念行事が開かれた。当時の永井和之学長はこれに招待され、同大学を訪ねて祝辞を述べている。1486年、エクスはプロヴァンスの他地域と共にフランス王国に併合された。1501年、ルイ12世はここに高等法院を設置した。高等法院の設置とそれにともなうエクス大学法学部の充実により、エクスは南仏における法学・法実務の拠点になった。以来、旧制度においてもフランス革命後においても、エクス法学部は常に有力な存在であり続け、現在に至っている。
AMUと本学は、1978年に交流協定を締結した。それは、本学にとって国際交流の嚆矢となった。それ以来、学生交流も順調に行われてきたが、何よりも特筆すべきは教員交流の活発さである。高柳先男、下村康正、外間寛、小島武司、渥美東洋、高橋誠、清水睦、長内了、桜木澄和、住吉博、古城利明、山野目章夫、椎橋隆幸、内田孟男、西海真樹、中島康予、清水元、大貫裕之、植野妙実子などの本学教員がエクスに交換教員として赴き、研究教育に従事した。他方、エクスからも多くの教員が中大に派遣されてきた。教員交流の成果は、比較法研究所や社会科学研究所の研究叢書として刊行されている(『今日の家族をめぐる日仏の法的諸問題』『ヨーロッパ統合と日欧関係』『ヨーロッパ新秩序と民族問題』)。また、ルイ・ファヴォルー(憲法)、フェルナン・ブラン(刑法)、クリスチャン・ルイット(取引法)の各教授は中大から名誉博士号を、戸田修三、外間寛各教授はエクスから名誉博士号をそれぞれ授与されている。さらに植野妙実子教授は2006年にAMUから博士号を取得している。論文題名は« Constitution, justice et droits fondamentaux au Japon » (日本における憲法、裁判、基本権)である。このようにAMUと本学との研究教育交流は際立って充実している。エクスへの留学から多くの糧を得た教員の1人として、この成果と蓄積をしっかり継承し、さらに発展させたい。
シンポジウムは、まず福原紀彦学長、白井宏国際センター長、猪股孝史法学部長、ジャン-フィリップ・アグレスティAMU法学部長がそれぞれ心のこもった祝辞を述べ、それに5つの報告+コメントが続いた。シンポジウム・テーマは「グローバリゼーションへの抵抗」である。グローバリゼーションは、一方で人、物、資本、情報の国境を越えた自由な移動を促進し、その結果として私たちの生活を豊かにしてきた。同時に他方で、資本の独占的集中をもたらし、社会的・経済的不平等を拡大し、地球環境を悪化させ、特定の文化の支配的傾向を強めてきた。グローバリゼーションがはらむ問題は複雑かつ多面的であって、一括りにすることはできない。シンポジウムは、このようなグローバリゼーションへの「抵抗」に焦点をあて、「抵抗」が法と政治の諸分野においてどのように生じているか、そこにどのような課題がみいだされるかを考察するものだった。
第1報告者ジャン・フィリップ・アグレスティ(AMU法学部長、法学部教授、法制史)は「グローバリゼーションへの抵抗:フランス家族法を例として」と題する報告において、フランス家族法において家族には明確な定義が与えられてこなかったことを歴史的に概観し、自由・平等にもとづく家族関係の契約化は家族法のグローバル化・統一化に向かうのか、あるいは各国の家族法はその固有の性質によりそれに抵抗するのかと問い、「各人にその家族を、各人にその法を」というカルボニエの言を引きつつ、各国の家族法がグローバル家族法のみに収斂することは、家族と国家の結びつきが完全に破棄されない限り叶わないだろうと予測した。
第2報告者ヴィルジニ・メルシエ(AMU環境法・持続可能な開発法研究所長、法学部准教授、企業倫理・企業法)は「過度のグローバリゼーションに抵抗する会社のガバナンス・モデルに向けて」と題する報告において、グローバリゼーションへの抵抗として、企業の社会的責任(CSR)を取り上げる。CSRモデルは当初自発的に現れ、民間アクターは倫理的関心から自主規制を行ってきた。しかしその自発的規制には限界があるため、フランス・欧州の立法者は徐々に会社法を修正し経営陣に新たな法的義務を課すに至る。報告は、このCSRの自発性と立法化とを具体的に考察し、CSRがコーポレート・ガバナンスを世界規模で調和化していく可能性とそこにおける課題を論じた。
第3報告者エヴ・トゥリュイレ(AMU欧州国際研究所長、国立科学研究センター主任研究員、EU環境政策・環境法)は「環境保護のグローバル化におけるEUの役割:影響と抵抗の間」と題する報告において、グローバルな環境問題へのEUの対応を論じた。EUは、世界の環境保護への取り組みにおいて主導的な役割を果たすとともに、国際規範遵守を求められたときには、一定の抵抗を示してきた。つまり、一方で野心的な義務を他国に受諾させようとし、他方で野心的義務を域内法にとりこむよう求められたときは、その規範的・制度的自律性を守るため、ときにその野心的義務の効果の無力化に努めてきた。このようなEUの二面性が、具体例を通じて明らかにされた。
第4報告者ジャン-フランソワ・マルキ(AMU国際交流担当副学長、法学部准教授、国際関係論・国際法)は「国際の平和と安全の分野におけるグローバリゼーションへの抵抗」と題する報告において、グローバリゼーションを多国間主義の拡大・普遍化と捉え、それが歴史的にどのように唱えられ実現してきたか? 現在どのような危機に陥っているか、危機を克服する方策はあるか、といったことがらを考察する。現代国際社会には、従来からの多国間秩序が存続すると同時に、もう一つの脱国境的な秩序が生成しつつある。そこでの「危機への抵抗」を正確に把握するには広い視座が求められ、危機克服の確実な展望は容易にはみいだせない、というのが結論である。
第5報告者ロスタンヌ・メジ(エクス政治学院長、政治学院教授、EU政策・EU法)は、「法の支配の世界化へ向けて:勝負はついたか?」と題する報告において、グローバル化と法の支配との矛盾に満ちた関係を論じる。一方で法の支配がグローバル化し、アラブ世界も「アラブの春」により法の支配を一部受け容れた。他方、法の支配のグローバル化に国家主権や地域的差異主義に支えられた民族主義的反発が増大し、そこに世界中に広がるポピュリズムが加わった結果、法の支配の疲弊化・脆弱化が進行し、法の支配は今日重大な困難に直面している。報告は、法の支配とグローバリゼーションとのこのような二面性を説得的に示すものだった。
中大側の5人のコメンテーター(力丸祥子法学部准教授、伊藤壽英法務研究科教授、牛嶋仁法学部教授、西海真樹法学部教授、亘理格法学部教授)は各報告を評価し、批判・疑問を述べ、各報告テーマの新たな展開可能性を論じた。それらへの報告者のさらなるコメントも得て、全体として有意義な意見交換を行うことができた。
最後に総括報告を植野妙実子名誉教授(憲法)が、閉会の辞を大貫裕之法務研究科教授(行政法)が述べ、3時間を超えたシンポジウムは終了した。時間的制約を過小評価していたため、参加者と報告者・コメンテーターとの間で質疑応答を行うことができなかったのは大変残念だった。そこで、参加者にシンポ後のアンケートの中で質問、意見を述べてもらい、それに対する報告者・コメンテーターの回答を全参加者へ送ることにした。
本シンポジウムの準備と実施については社会科学研究所を初め、日本比較法研究所、法学部、大学院法学研究科、国際センター、学事部秘書課の方々にお世話になった。シンポジウム資料の作成は、稲木徹さん(安徽大学外語学院外籍教師)、兼頭ゆみ子さん(本学法学部兼任講師)、久保庭慧さん(本学経済学部兼任講師)、小寺智史さん(西南学院大学法学部教授)が担当してくれた。これらの方々の真摯なご協力がなければ、このシンポジウムは到底実現できなかっただろう。これらの方々に厚くお礼申し上げる。なお、本シンポジウム成果は来年度社会科学研究所研究叢書として刊行される予定である。
【中央大学・エクス=マルセイユ大学交流40周年記念シンポジウム