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2019年01月16日

公開研究会「相模原市県立高校設置促進運動にみる一断面 ――婦人学習グループと河津市政の連携――」開催報告(社会科学研究所)

2019年1月12日(土)、中央大学多摩キャンパスにて、下記の公開講演会を開催しました。

【テーマ】相模原市県立高校設置促進運動にみる一断面

     ――婦人学習グループと河津市政の連携――

【報告者】沖川 伸夫 客員研究員

【日 時】2019年1月12日(土) 15:00~17:30

【場 所】中央大学多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室2

【主 催】 中央大学社会科学研究所

      研究チーム「暴力・国家・ジェンダー」(幹事:中島 康予)

【報告要旨】

 1954年11月に市制施行がなった神奈川県相模原市は、工業化・都市化の進展によって人口が急増し、都市の基盤整備などの諸問題に直面することになった。1975年にまとめられた同市の財政白書のサブタイトルが「こども急増びんぼうはくしょ」であることが端的に示しているように、県立高校の増設問題も、そうした問題の一つである。報告者である沖川伸夫氏は、「相模原市県立高校設置促進市民のつどい」の開催(1974年)とそこに至るプロセスを、相模原市公文書・古川喜章資料・小林良司資料を丹念に読み解きながら、婦人学級・婦人学習グループの活動と、河津市政という2つの経路が合流していったという観点か解明した。その概略は以下の通りである。

 都市化によって転入してきた女性のニーズに応える学びの機会として公民館を活用した婦人学級が増加する。専門職として採用された社会教育主事がこれを支えた。また婦人学級修了者が学びを継続するための婦人学習グループが相次いで誕生した。婦人学習グループが扱うテーマは、生活と結びついた社会問題から政治問題まで多岐にわたっている。これらの活動を「相模原方式」と呼ばれた委託金制度が財政的に保障したのである。このような婦人学級・婦人学習グループの活動を基盤に、住民運動が発展し、1974年には「相模原・高校増設連絡協議会」(高増連)が結成されるに至る。他方、1965年から1977まで市長を務めた河津勝は「保守」系政治家であり、米軍基地返還運動では市民の先頭に立つなど不偏不党の「市民党」を掲げていた。河津市長と高増連が合流し「市民のつどい」を開催、この一連の動きが、県立高校の増設に結実した。

 以上の過程を通して明らかになったことは、次の通りである。公民館で学び行動する女性が地域の課題を探り、原因を解明し、解決策を提示する推進力になった。女性の活動が、市民総ぐるみの基地返還運動の経験を持つ地域リーダーたる河津市長と出会い、市民総ぐるみの抗議運動へと結実した。市民の自発的な声と行政の施策の「下からの結集」は、市民と行政の協働のとりくみであると言うことができる。また、このような地域の公民館が果たしてきた役割は、原水爆禁止運動の署名活動における読書サークル「杉の子」会、1950年代の砂川闘争における砂川町公民館長、国立市の「文教地区」指定(1952年)から「火曜会」(1954年)、そして町議の誕生(1955年)など、他地域における事例においても確認できると、沖川氏は報告を結んだ。

 報告後の質疑応答では、多摩地域の他の事例と共通することとして米軍基地の存在と返還運動があるのではないか、学校不足は他の隣接地域でも同様であるとの指摘がなされ、比較の意義が示唆された。今回の報告では公文書をもとに解明をしたが、鬼籍に入る当事者が増えるなか、ヒアリングを急ぎ行うことが喫緊の課題になっているとの紹介が報告者からなされた。社会教育主事が専門職から一般職採用に転換するなど、市民政治の基盤となった公民館活動をとりまく厳しい現実と照らし合わせるならば、本報告がきわめて今日的な課題にとりくんでいることが確認できるだろう。