保健体育研究所

高所トレーニング研究班

研究班概要

本研究班では、エリートレベルにある男子競泳選手を対象に、競泳トレーニングプログラムにおける" Live-high, Train-high"型(LHTH型)の高所トレーニングの在り方について検討を行っています。とりわけ、「競技力向上を目的としたトレーニングプログラムの中で検討・設定された高所トレーニング合宿」を調査対象とすることに拘りを持って研究を進めています。これまでに、「強化目的」で行われた3~4週程度のLHTH型高所トレーニング合宿時の、①対象者の体調の変動、②Lactate Curve Testより導出された泳速度-血中乳酸濃度曲線の推移、さらには③酸化ストレス度およびレドックスバランスの変動等を測定・分析し、高所トレーニングの効果を最大限に引き出すためのトレーニング処方について検討を重ねています

2023年度研究計画概要

近年、低圧低酸素環境下でのスプリントトレーニングの有効性が提唱されており、最大酸素借のみならず最大酸素摂取量の改善にも寄与するHIIT(High Intensity Interval Training)およびSIT(Sprint Interval Training)をそのような特殊環境下で実施する試みがなされている。この点、水泳トレーニングでは、止息を伴うためにHIITに相当する運動強度の獲得が困難となる可能性があり、強引に超高強度の水泳運動を行っても、泳技術の低下を誘うリスクが考えられるため、自転車エルゴメータによるHIITを実施することが多い。実際、このペダリング運動によるHIITあるいはSITの実施により、競泳パフォーマンスの改善が起きることを提唱する指導者は存在する。ペダリング運動によるHIITあるいはSITは、下肢の筋群を動員して行う超高強度トレーニングといえるが、競泳に特異的な体幹部および上肢の筋群の動員が実現されないため、ペダリング運動に加え、競泳ストロークを模倣する運動様式(以下ではスイムベンチ運動とする)でのHIITやSITを考える必要があろう。しかしながら、スイムベンチ運動でパワー出力やケイデンスなど、運動量を定量化できる機器は極めて少なく、とくに日本国内においては入手困難な状態が続いていた。SwimFastProは、米国KayakPro社が開発した、競泳選手向けに特化したエルゴメータであり、ロウイングエルゴメータ同様、空気抵抗を利用した負荷設定が可能で、かつ、空気抵抗値から導出されるパワー出力の定量化が可能なトレーニング機器であり、その有効性が期待されている。
来年度では、エリートレベルにある競技力の高い成人男子競泳選手を対象に、パワー出力の定量化が容易にできるPowerMaxVⅢconnct(KONAMI社製)とSwimFastProを用いたHIITおよびSITを週に1~2回の頻度で継続的に実施し、これらのトレーニング機器によって導出されるパワー出力の変動を、2~3週間程度の低圧低酸素トレーニング合宿を含む、競泳シーズンを通して記録していきたい。また、この過程で、4~6週に一度、これらの超高強度運動後の血中乳酸濃度および動脈血酸素飽和度を測定・記録していくこととする。これらの基礎的なデータ収集により、常圧常酸素環境下で行うHIITおよびSITと、低圧低酸素環境下(海抜標高1800~2000m程度の競泳合宿施設)で実施されるそれらの超高強度トレーニングとの差違について検討していきたい。なお、低圧低酸素トレーニング合宿を安全かつ効果的にに実施し、これまでに当研究班で収集してきた各種データとの比較を行うため、これまでに我々が実施してきた各種測定(血液検査、全血によるヘモグロビン濃度、dROMs,BAP、レドックスバランス、sIgA等)、さらには酸化ストレスからの回復を促進する水素ガス吸入については継続して実施することとしたい。

過年度研究活動報告

2022年度

■国内調査・測定<高所トレーニング合宿の概要と測定方法>

本年度では、高所トレーニング合宿時に集中的に高強度のトレーニングプログラムを課すことで、競技者の体調がどのような変化を示すか、レドックスバランスを反映するBAP/dROMsおよび免疫力の指標とされている分泌型免疫グロブリンA (SIgA)を用いて検討することとした。また、これらの測定項目が、高所トレーニング期終了後の調整期間においてどのような回復傾向を示すか、一部検討を加えた。 調査対象は、2022年度の日本選手権に出場した極めて競技力の高い男子大学競泳選手4名とした。高所トレーニング合宿は、2023年2月21日~3月9日まで、アスリーツパーク湯の丸(長野県東;海抜1750m)で実施した。本合宿は、第99回日本選手権水泳競技大会(2023年4月2日~7日)をゴールとする28週間の競泳トレーニングプログラムにおいて、22~24週目に計画された高所トレーニング合宿であり、その主要な目的は高強度の競泳トレーニングプログラムの実施であった。本合宿では、3日間(第1期のみ4日間)のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した4日(第1期のみ5日)を1単位期とし、合計4期に分けて、トレーニングプログラムを作成した。第1期については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度の競泳トレーニングとしたが、第2~4期では、何れにおいても、競泳トレーニングカテゴリーにおけるEN4~AN1に相当する高強度のインターバルトレーニングを中心とする、質的負荷を高めた競泳トレーニングプログラムを処方した。この点、高所トレーニング開始前3週間、高所トレーニング第1期、高所トレーニング第2~4期におけるそれぞれの高強度トレーニングの総泳距離に対する処方割合は、11.0%、5.2%、14.1%であった。他方、高所トレーニング終了から6日間は、適応期とし、泳距離を半減させ、かつ、上述した高強度トレーニングの割合(6.9%)もほぼ半減させた。
本研究における主要な測定項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)、潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)、ヘモグロビン濃度および唾液中分泌型免疫グロブリンA (SIgA)であった。潜在的抗酸化能およびヘモグロビン濃度導出のための採血は、高所トレーニング開始8時間前、高所トレーニングの各トレーニング期の最終日(6,9,13および17日目)、高所トレーニング終了から2、9、14および21日目の起床から1時間以内に実施した。dROMsおよびBAPは、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い、ウィスマー社製FREE Carrio Duoによって測定した。一方、ヘモグロビン濃度は、指尖から湧出させた血液をヘモキュー社製ヘモキュー301+にかけて導出した。また、SIgAについては、高所トレーニング開始8時間前、高所トレーニング開始後2,4,8,12および16日目、高所トレーニング終了から8、14および20日目の夕食終了後1~2時間経過時に(初回を除く)、lateral flow device(LFD, Soma社製)専用のスワブを用いて規定量(0.5ml)の唾液を採取し、採取後直ちにLFDリーダー(SomaCube、Soma社製)を用いて導出した。

■結果と考察

低圧低酸素曝露により増加するヘモグロビン濃度については、高所トレーニング期間にほぼ同様の値が示されていた(16.07±0.44~16.59±0.26g/dL)。高所トレーニング前後でみると、何れの対象者においても、高所トレーニング合宿終了2日目(17.02±0.51 g/dL)において、開始前(16.31±0.37 g/dL)よりも高い値が示されていた。高所トレーニング時の期毎のdROMsは、第1期から順に325.00±47.14、321.50±64.30、313.00±37.30、298.50±39.16 U.CARRであり、高所トレーニング開始前の平均値(282.83±17.64 U.CARR)よりも高く示される傾向にあった。高所トレーニングにより高まったdROMsは、高所トレーニング終了から13日間の間、同水準で推移していた(302.50±14.82~316.00±26.70 U.CARR)。一方、抗酸化能力の変動をみると、平常時には2181.75±170.84μmol/LだったBAPは高所トレーニング合宿中に総じて高く示される傾向にあり(2428.25±142.26、2632.75±283.39、2339.25±107.86、2498.50±296.59μmol/L)、合宿終了後についても終了から14日経過時まで高い水準が維持されていた(2264.50±110.49、2234.00±74.70、2440.25±119.06μmol/L)。酸化度と抗酸化力のバランスを示す潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)についてみると、高所トレーニング合宿開始前(7.78±1.00)と高所トレーニング合宿中でほぼ変わらないか(第1期;7.59±1.21および第3期;7.55±0.99)、高くなる傾向(第2期;8.45±2.03および第4期8.56±2.09)がみられた。他方、合宿終了後においては、2日目、9日目および14日目において、ほぼ同様の値が示されていた(7.21±0.56、7.40±0.54、7.78±0.99)。これらの結果は、低圧低酸素環境下で実施した高強度インターバルトレーニングにより、体内の酸化は亢進するが、それに応じて抗酸化能力の改善がみられ、レドックスバランスが高い水準で維持されることを示唆するものであろう。
今回は、高強度の高所トレーニング合宿終了から2週間程度の測定を行ったが、この測定以降、テーパリング期間に入っていくことになり、dROMsが改善(低下)していくことが期待される。この点について、高所トレーニング終了から21日目のデータをみると、dROMs(279.25±27.78 U.CARR)は高所トレーニング合宿開始前の水準に相当する値まで下がっていたのに対し、BAP(2345.50±103.29μmol/L)は依然として高いままであり、結果、BAP/dROMsは8.29±0.81という高値が示されていた。これらの結果は、高強度のインターバルトレーニング期に蓄積した負の影響から回復させるためには2週間程度の期間を要することと、合宿時の高強度トレーニングにより高まった抗酸化能は少なくとも負荷終了から3週間は維持される可能性を示唆するものといえよう。
本合宿では、高所トレーニング時の体調を、唾液中のSIgAから評価する試みを導入した。身体負担度が高くなる本高所トレーニング合宿時には、免疫力の低下が予測されたが、高所トレーニング時には、その開始前の値(197.38±78.88 μg/ml)に比して第1期(165.90±24.98 μg/ml)では低下したものの、その後はむしろ増加していた(354.80±206.95、372.30±85.48、233.98±67.79μg/ml)。高所トレーニング後の適応期を経て測定されたSIgAは、高所トレーニング時の中盤から後半時に示された値とほぼ同様であった(354.93±63.14、315.33±82.05μg/ml)。このようなSIgAの結果については、pre値を1回しか測定していなかったことや、本研究におけるサンプル数が少なかったことから、一定の傾向を適正に見いだすことはできなかった。今後、サンプル数を増やし、検討を加えていく必要が考えられた。

2021年度

■国内調査・測定<高所トレーニング合宿の概要と測定方法>

研究対象は、2020年度の日本選手権に出場した極めて競技力の高い男子大学競泳選手8名であった。高所トレーニング合宿は、2021年1月31日~2月22日まで、アスリーツパーク湯の丸(長野県東御市;海抜1750m)で実施した。この点に関し、本合宿終了から8~9日後には、目標としている水泳競技会(国際大会日本代表選手選考会)が開催されるというスケジュールの中で計画した高所トレーニング計画であった。
本合宿では、3日間のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した4日を1単位期とし、合計6期に分けたトレーニングプログラムを作成した(第6期のみ休息日を未設定)。第1期については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度で泳がせることとした。第2~4期は鍛練期に相当する、要のトレーニング期間であり、第2期ではトレーニングカテゴリーEN2~EN4を中心とする量的負荷期、第3期ではトレーニングカテゴリーEN2~AN1を中心とする質・量的負荷期、第4期ではEN4~AN2水準のトレーニング実施比率を高めた質的負荷期とした。第5~6期にかけては準テーパー期とし、トレーニングの量と質を漸減させるような内容とした。この点、身体負担度が高まることが予想される第4~6期では、高強度のトレーニング負荷により誘発された疲労の軽減を目的に、ハイセルベータPF72(ヘリックスジャパン)によって生成された水素ガス吸入が可能となるような環境設定を行った。この点、1回1時間の高濃度水素ガス吸入(経鼻吸入)については、対象者の意志で実施の可否を決定できるようにした。実際には、第4~6期において、6回程度の水素ガス吸入を実施した対象者は8名中4名であり、残りの4名は1回のみの水素ガス吸入にとどまっていた。
本研究における主要な測定項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)、BAPをdROMsで除した潜在的抗酸化能、すなわちBAP/dROMsおよびヘモグロビン濃度であった。測定のための採血は、高所トレーニング開始後2,5,8,12,16および21日目の起床から1時間以内に実施した。dROMsおよびBAPは、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い、ウィスマー社製FREE Carrio Duoによって測定した。一方、ヘモグロビン濃度は、指尖から湧出させた血液をヘモキュー社製ヘモキュー201+にかけて導出した。これらのデータについて、常圧常酸素環境下との比較を行うため、何れの変数においても、Pre値(2021年10月、12月および2022年1月に採取したデータの平均)とPost値(高所トレーニング終了から42時間程度経過した2022年2月24日に採取したデータ)を測定した。

■結果と考察

高所トレーニングによりもたらされるヘモグロビン濃度の増加は、本研究においても認められた。すなわち、高所トレーニング開始から第5期までのヘモグロビン濃度(16.40±1.08、16.46±0.85、16.37±0.85、16.39±1.10、16.61±0.80)は、Pre値(16.33±0.80 g/dL)とほぼ同水準であったが、高所トレーニング第6期(17.29±0.81 g/dL) およびPost値(17.44±0.81g/dL)において有意(P<0.05)に高い値が示されていた。高所トレーニング時の期毎のdROMsは、第1期から順に269.9±57.4、255.8±50.3、241.9±32.6、275.5±53.6、268.5±40.7、267.0±38.7 U.CARRであり、トレーニングによるdROMsの変動はみられなかった。また、これらは高所トレーニング前後の値(263.9±33.9および244.8±54.2 U.CARR)に比しても同水準であった。BAPについては、高所トレーニング期間でほぼ同様であり(2119.4±166.6、2054.6±208.7、2120.9±125.4、2121.6±131.0、2110.0±162.4、2046.5±148.7μmol/L)、合宿前後の常圧常酸素環境と同水準の値が示されていた(Pre値;2155.3±117.2、Post値;1997.8±146.2μmol/L)。酸化ストレス度と抗酸化力の平衡指標であるBAP/dROMsについてみてみると、合宿開始前から第3期までの各期では8を越える良好な値(8.34±1.12、8.18±1.88、8.30±1.72、8.94±1.51)が示され、第4~6期では僅かながらの低下傾向(7.94±1.50、8.05±1.52、7.76±0.91)がみられたものの、期間の有意差はみられなかった。合宿最終期に低下したBAP/dROMsは、常圧常酸素環境に帰還し、休息日1日を挟んでから測定した結果(下山後3日目)、8.43±1.43まで回復したが、この変化も有意なものではなかった。なお、水素ガスを高頻度で吸入した4名と、ほとんど吸入していない4名との間に、dROMs、BAPおよびBAP/dROMsの有意差は認められなかった。これは、本研究で採用した高所トレーニングプログラムにおいては、酸化・抗酸化プロフィールが比較的良好であったため、水素ガス吸入による還元作用の恩恵を受けがたかったことによるものかもしれない。
以上の結果は、昨年度の我々の報告同様、本研究で実施したような準高所環境(海抜1750m)で、かつ、本研究で採用したようなトレーニングプログラムであれば、酸化ストレスの過度な増大を誘発する危険性は低いことを示すものである。この点、我々は、国外で実施した高所トレーニング時(メキシコシティ;海抜2450m)には、顕著なdROMsの増加に起因するレドックスバランスの低下が起きることを確認している。このような高所トレーニング時の酸化ストレス度・抗酸化プロフィールにみられる差違は、海抜標高、すなわち、低圧低酸素刺激の差によってもたらされた可能性が考えられる。ただし、慣れない海外での生活・食事・時差などがもたらす酸化ストレスの影響を受け、酸化ストレス度・抗酸化プロフィールが悪化した可能性も否定できず、現段階では明らかな原因を特定することは困難と言える。したがって、今後も、低圧低酸素トレーニングと酸化ストレス度・抗酸化プロフィールとの関連性について、検討を加えていく必要があるだろう。

2020年度

本研究班では、エリートレベルにある男子競泳選手を対象に、競泳トレーニングプログラムにおける" Live-high, Train-high"型の高所トレーニングの在り方について検討を行っている。本年度では、新型コロナウィルスの感染状況悪化の影響を受け、我々が調査対象としている標高2000m越えの高所環境における競泳トレーニング合宿を計画することが物理的に不可能となった。そのため、調査対象とする高所トレーニング合宿を、所謂コロナ禍で実施可能な内容に改めることとした。すなわち、準高所と称される,海抜1750mの標高に設立された国内競泳トレーニング施設の活用法について検討することとした。この点、1)低圧低酸素刺激がマイルドであり、2)高所トレーニング施設への移動が容易であり、3)国内での合宿であるため食環境の急激な変化を伴わないことに鑑み、低圧低酸素環境に対する馴化期を極端に短く設定し、かつ、高強度のトレーニングを中心とした競泳高所トレーニング合宿の有効性について検討を行うこととした。先ずは、10日間程度の競泳準高所トレーニングを計画し、高強度なトレーニングが高頻度で行われる当該合宿に参加した競泳選手の酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites ;dROMs)およびレドックスバランス、すなわち潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)の測定・分析を行った。
研究対象は、中央大学水泳部において継続的に競泳トレーニングを積んでおり、2019年度の日本選手権あるいは日本学生選手権において12位以上の成績を残した男子大学競泳選手4名とした。準高所トレーニング合宿は、2020年12月28日から2021年1月7日の日程で、海抜1750mに位置するGMO湯の丸アスリートパーク(長野県東御市)にて行われた。本トレーニング合宿期間における気圧の平均値は、815.3±9.1mmHgであった。11日間の準高所合宿における馴化期は1日のみとし、準高所滞在2日目より、競泳トレーニングカテゴリーEN3以上の高強度のトレーニング処方を開始した。低圧低酸素曝露による馴化が完了していない時点から高強度の運動を課すことで、酸化ストレス度が高まり、レドックスバランスが酸化に傾く可能性が考えられる。そこで、本研究では、準高所トレーニング開始から2日目、5日目および10日目に、起床から10分以内の安静時に採血を行い、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites ;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential ;BAP)および潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)を、ウィスマー社製FREE Carrio Duoを使用して導出した。これらの変数に関し、準高所トレーニング時と平地でのトレーニング時の比較を行うため、準高所トレーニング合宿前(準高所トレーニング合宿開始8週間前、4週間前および1週間前)と合宿後(準高所トレーニング終了から2週目および6週目)に同様の測定を行った。得られたデータは、準高所合宿前、準高所合宿時および準高所合宿後という3フェイズにおいて平均化し、得られた値を分析に用いた。
本準高所トレーニング合宿では、馴化期を1日のみとし、高強度トレーニングの実施頻度を高めたため、dROMsが顕著に高まることを予測していたが、実際には準高所トレーニング前(289.58±34.78 U.CARR)、準高所トレーニング期(277.33±46.38 U.CARR)および準高所トレーニング終了後(254.13±40.08 U.CARR)間で有意な差は認められなかった。また、高所トレーニング時の潜在的抗酸化能は7.13±1.19であり、この値は準高所トレーニング前の値(7.20±0.94)とほぼ同様であった。また、準高所トレーニング終了後の試合期(7.28±0.97)においても同様の値が示されていた。以上のことから、本研究で実施したような準高所環境(海抜1750m)で、かつ、10日間という比較的短期間の競泳トレーニング合宿であれば、馴化期を短く設定し、高強度トレーニングの実施頻度を高めても、酸化ストレスの過度な増大を誘発する危険性は高まらないと考えられた。しかし、本研究では対象者が4名であったことに鑑みれば、今後、対象者数を増やし、さらに検討を行っていく必要性があろう。

2019年度

高所トレーニング研究班では、エリートレベル相当の競技力の高い男子大学競泳選手を対象とし、Live High,Train High型の高所トレーニングの活用法に関する検討を行っている。本年では、競泳高所トレーニング合宿時のレドックスバランスの変動から、高所トレーニングのあり方について検討した。
研究対象は、過去5年間、中央大学水泳部で継続的に競泳トレーニングを積んでおり、高所トレーニングの経験回数が多い(8回)男子競泳選手1名とした。対象は、2018年のFINA世界ランキングにおいて、200m背泳ぎで5位の記録を有する、極めて競技力の高い競泳選手であった。本研究では、2019年に実施した高所トレーニング合宿時のレドックスバランスの変動を追うとともに、それらの値と2018年に実施した高所トレーニング時に得られた値との比較検討を試みた。2019年に実施した高所トレーニング合宿は、メキシコ合衆国・メキシコシティにあるClub Berimbau(海抜2450m)にて、2019年2月9日から3月14日の日程で行われた。ただし、期間中5日間(2/25~3/1)については、海抜0mの環境(メキシコ合衆国・カンクン)にて適応期を設けることとした。この5日間の適応期の設定こそが、2019年の高所トレーニング合宿の特色といえる。なお、2018年の高所トレーニングの詳細については、昨年の研究活動概要に示したとおりである。
本研究における分析項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites ;dROMs)と抗酸化力(Biological Antioxidant Potential ;BAP)の比率である、潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)とした。BAP/dROMsは、起床後10分以内に指尖より採取し、遠心分離処理を行った血漿サンプルを、ウィスマー社製FREE Carrio Duoにかけて測定することで得られる、dROMsとBAPの値から導出した。
それぞれの高所トレーニング合宿前4ヶ月間の、平地環境下におけるBAP/dROMsの平均値をみると、2019年(8.00)において、2018年(7.18)よりも高く、高所トレーニングに参加する前のレドックスバランスが、2019年において良好である可能性が示された。
高所トレーニング開始から2週間程度のBAP/dROMsの変動をみると、2日目と5日目については、2019年(8.22、7.58)において2018年(7.13、6.98)よりも良好な値が示されていた。しかし、9日経過時には、2019年で顕著な値の低下が示され、両年度においてほぼ同水準の、劣悪なレドックスバランスになっていた(5.74 vs. 5.45)。
2018年では、13日目と17日目で極めて低いBAP/dROMs(5.41、5.63)が示され続けていたが、2019年では6.96(13日目)、7.15(15日目)と回復傾向が示された。2018年の高所トレーニング合宿後半(21日目以降)のBAP/dROMsをみると、6.7~6.8程度の低水準値が示され続けたため、2019年では、レドックスバランスが著しく低下する15日目以降に、海抜水準に移動し、全てのトレーニングを鍛錬期の半分以下に抑える「適応期」を設けた。5日間の適応期後に再び低圧低酸素環境に曝露すると、1日目(高所トレーニング開始後22日目)には驚異的なレドックスバランスの回復、すなわちBAP/dROMs(9.38)の増加が示された。その後、高所トレーニング再開4日目(7.37),8日目(7.89)、14日目(6.79)においても、平均水準域といえるBAP/dROMsが示され、高所トレーニング合宿の後半においても、良好なコンディションが保たれている可能性が示唆された。
以上のことから、本研究のような比較的長期に及ぶ高所トレーニング時には、高所トレーニング開始後2週間程度でレドックスバランスが劇的に低下すること、また、その後に5日間の常圧常酸素環境曝露による適応期を設けることで、悪化したレドックスバランスを著しく改善させ、結果、その後の低圧低酸素環境下でのトレーニング時の体調に肯定的な影響を及ぼす可能性が示された。