保健体育研究所

高所トレーニング研究班

2025度研究計画概要

本研究班では、エリートレベルにある競泳選手を対象に、競泳トレーニングプログラムにおける"" Live-high, Train-high""型の高所トレーニングの活用法について検討を行ってきた。すなわち、スペイン・グラナダ(2320m)、メキシコ・サンルイスポトシ(1900m)、メキシコ・メキシコシティ(1880~2450m)、中国・昆明(1880m)、長野県・湯の丸高原(1730m)等、屋内50mプールが併設され、競泳の特異的なトレーニングを行うことが可能な施設において実施される高所トレーニング合宿時に、客観的かつ科学的な測定や競泳コントロールテストを含む科学的サポートを行ってきた。
本年度では、これまでと同様、3週間程度の"" Live-high, Train-high""型高所トレーニングからその2~3週間後に予定されている競技会時までの期間における対象者のコンディションの変動を追い、高所トレーニングによって誘発される肯定的な影響を引き出すために有益となる資料獲得を目的とした実験計画を立案した。すなわち、当該高所トレーニング合宿開始1週間前から目標とする競技会の直前までの対象者のコンディションの変化について、主に酸化ストレス度(dROMs)、抗酸化力(BAP)、潜在的抗酸化力(BAP/dROMs)、分泌型免疫グロブリンA (SIgA)、ヘモグロビン濃度、動脈血酸素飽和度等の変動を記録していくこととする。また、予め、対象者の遺伝的特性(PGC1-α、ACEおよびACTN3)を把握し、先述した測定変数との関連性について検討していきたい。競泳トレーニングにおける運動強度の把握については、高所トレーニング期間のみならず、その前後の期間に競泳トレーニング時の血中乳酸濃度を測定することで成し遂げたい。

過年度研究活動報告

2024年度研究活動報告

1 .研究概要
本研究班では,エリートレベルにある男子競泳選手を対象に,競泳トレーニングプログラムにおける“Live-high, Train-high” 型(LHTH 型)の高所トレーニングの在り方について,とりわけ,「競技力向上を目的としたトレーニングプログラムの中で検討・設定された高所トレーニング合宿」に関する研究を推し進めてきた.これまでに,「強化目的」で行われた 3 ~ 4 週程度のLHTH 型高所トレーニング合宿時の,① 対象者の体調の変動,② Lactate Curve Test より導出された泳速度-血中乳酸濃度曲線の推移,さらには③ 酸化ストレス度および抗酸化力の変動等を測定・分析し,高所トレーニングの効果を最大限に引き出すためのトレーニング処方について検討を重ねてきた。

■国内調査・測定< 高所トレーニング合宿の概要と測定方法>
本年度では,高所トレーニング,その後に行われるプレテーパーおよびテーパーを含む,目標とする競技会前のトレーニングプログラム実践中の酸化ストレス度,抗酸化力およびレドックスバランスと,当該競技会における競技成績との関連性について検討を加えることとした。
研究対象としたトレーニング期間は,2025年 2 月 2日~22日にアスリーツパーク湯の丸(長野県東;海抜1750m)で実施された高所トレーニング期(21日間)と,その終了 7 日目から開始されるプレテーパー期( 8 日間)およびテーパー期(10日間)を含む,26週間に及ぶ2025競泳シーズン上半期(2024年 9 月23日~2025年 3 月23日)とした。当該トレーニングプログラムに自発的に参加したエリートレベルにある男子大学競泳選手は 5 名であった。高所トレーニング合宿は,第100回日本選手権水泳競技大会(2025年 3 月20日~23日)をゴールとする26週間の競泳トレーニングプログラムにおいて,20~22週目に計画されたものであり,その主要な目的は,高強度の競泳トレーニングの実施であった。ここでは, 3 ~ 4 日間のトレーニング日( 1 日に 1~ 2 回の競泳トレーニング)と 1 日の休息日で構成した短期トレーニング期を 1 単位期とし,合計 5 期に分けてトレーニングプログラムを作成した。第 1 期( 2 月 2日 ~ 5 日)については,低圧低酸素環境に対する馴化期とし,通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度の競泳トレーニングとしたが,第2 期( 2月6日~10日),第 3 期( 2 月11~15日),第 4 期( 2 月16日~19日)および第 5 期( 2 月20日~22日)では,何れにおいても,競泳トレーニングカテゴリーにおけるEN 4 ~AN 2 に相当する高強度のインターバルトレーニングを中心とする,質的負荷を高めた競泳トレーニングプログラムを処方した。この点,高所トレーニング開始前( 3 週間の平均値),高所トレーニング第 1 ~ 5 期におけるそれぞれの高強度トレーニングの総泳距離に対する処方割合は,9.0%,1.9%,11.7%,10.6%,8.2%,4.8%であった.高所トレーニング終了から 6 日間(第 6 期)は,高所トレーニング後の適応期とし,泳距離および上述の高強度トレーニングの割合(6.6%)をほぼ半減させ,疲労回復に努めた。その後 8 日間にあたる第 7 期をプレテーパー期とし,ペースワークを含む高強度のトレーニングを7.0%程度実施し,テーパー期にあたる第 8 期(10日間)では, 1 回あたりのトレーニング量(泳距離)を漸減させるとともに,ペースワークなどの高強度トレーニングの実施割合を4.0%程度に抑えたプログラムとした。
本研究における主要な測定項目は,酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites; dROMs),抗酸化力(Biological Antioxidant Potential; BAP)およびそれらの比率である潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)であった。これらを導出するための採血は,2025競泳シーズン上半期のトレーニングプログラム開始から72,99および133日目(高所トレーニングの 6 日前),高所トレーニングの各トレーニング期の最終日(合宿開始から2, 4, 9, 14および18日目),高所トレーニング終了から3, 12および20日目( = 日本選手権の 6 日前)の起床から30分以内に実施した。dROMs およびBAP は,指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を用い,ウ ィスマー社製FREE Carrio Duo によって導出した。
■結果と考察
Fig.1は,2025年競泳シーズン上半期において実施された潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)の変動を示したものである。第100回日本選手権水泳競技大会においてベスト記録を樹立した 3 名の潜在的抗酸化能についてみると,強化期である高所トレーニング合宿を通して高い値(A;10.63± 0.38,B;9.48±0.69,C;8.96±0.62)が維持されていた。これらは,常圧常酸素環境において合宿開始前に 3 回実施した潜在的抗酸化能(A;9.20±0.72,B;9.30±0.32,C;8.82±0.48)と同等か,それよりも高かった。プレテーパー期からテーパー期においては,そのうち 1 名は依然として高い潜在的抗酸化能(A;10.62±0.22)が示されていた一方で,他の 2 名では若干の低下がみられた(B;8.70±0.47,C;8.63±0.58)。これらの結果は,少なくとも強化期である高所トレーニング時に高い潜在的抗酸化能が維持されることが,その後のテーパー期の体調を良好に保ち,ひいては目標とする競技会で好成績を残すために重要である可能性を示すものといえよう。
他方,日本選手権において自己ベスト記録より劣る結果を示した 2 名について,そのうち 1名は合宿期間中を通して低い潜在的抗酸化能が示され(6.76±0.49),高所トレーニング合宿終了後の適応期においてもその状態が続き(5.83),テーパー期に入って漸く平地での平均レベルに戻っていた(高所トレーニング開始前;7.45±1.41,第 7 期;7.67,第 8 期;7.98)。強化期においてレドックスバランスが低い状態にあると,高い負荷でのトレーニングを充分に実施し難くなるため,良好な結果を導き出すことは困難になると考える。最後の 1 名については,高所トレーニング期では比較的高い潜在的抗酸化能(8.48±0.38)が示されていたものの,第7 期から第 8 期にかけて感染症を患った影響で,極めて低い値(第 7 期;5.88,第 8 期;5.64)に転じたことが響き,競技会では良好な結果を残すことは出来なかった。 レドックスバランスと競技成績との関係をより深く推察するために,今回対象とした第100回日本選手権に加え,2023年度および2024年度に行われた,充分なテーパーを経て挑む全国大会(第99回および第100回全日本学生選手権,パリ五輪代表選手選考会)における自己ベストを基準とした達成率(%ベスト競泳記録)と,それぞれの大会のテーパー期(大会の 6 ~ 7 日前)に測定されたdROMs,BAP および潜在的抗酸化能との関連性について検討を加えた(n = 34)。その結果,少なくともテーパー期においてdROMs が低ければ低いほど(r = -0.4035,p< 0.05),また,潜在的抗酸化能は高ければ高いほど(r = 0.4528,P < 0.05),ベスト記録を更新できる可能性が高いことがわかった(Fig.2)。
本研究班がこれまでに実施してきた国内での高所トレーニング時には,レドックスバランスが改善される例が多くみられた。この点,先行研究によれば,低圧低酸素環境で実施される 高強度のトレーニングでは,通常の環境に比してBAP を亢進させる可能性が示唆されている。本研究では,高所合宿時に明らかにBAP が高水準となった対象は 2 名だけであったが,高所トレーニングを適切に行うことで抗酸化力を亢進させ,dROMs,すなわち酸化ストレスの過度の蓄積を抑制するようなトレーニングが実現できれば,身体負担度が軽減されるテーパー期に酸化ストレスを低下傾向に導き,目標とする競技会においてより良好な結果を導き出せる可能性が考えられた.次年度以降も,引き続き,高所トレーニング時およびテーパー期のレドックスバランスを高頻度に測定し,以上の仮説を裏付けるデータの取得を試みたい。