人文科学研究所シンポジウム「東アジア先史社会の物質文化の拡散と環境変動からみた文化史」開催報告

日程 2018年7月21日(土) 9:30~17:00
会場 中央大学多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室4
主催 中央大学学術シンポジウム「グローバル文化史の試み」

開会の辞
研究代表者 縄田雄二 文学部教授

午前中28名、午後入れ替わりがあり31名の参加者であった。
東アジア先史社会の文化―土器や住居などの物資文化と社会変動について、自然史からのアプローチと、考古学的アプローチから、物質文化史的説明方法を構築する基盤を探る目的で、以下のプログラムのシンポジウムがおこなわれ、最後に討論がなされた。
各発表の折々にも活発な質疑応答がおこなわれた。最後の討論では、縄紋文化の柔軟性と自然環境との対応、土器が示す先史社会の背景となっている文化過程の把握方法とその問題点、日本列島・朝鮮半島の先史社会において結果的にかなりの人口変動が繰り返されていたことについて、会場からの意見を含め、活発なやりとりがおこなわれた。

 

小林謙一 文学部教授

小林謙一(中央大学)

「趣旨説明:物質文化の移動・交換からみた文化史」

【要旨】
東アジアを中心に生態環境の変化と社会変化、特に土器や住居の移動から考えられる人間の移動(交易・婚姻などの交流レベルから移住・集団移動まで)について、気候変動による生態環境の変化と、物質文化に見る社会変動の両面から、その文化変容と異文化間の交流プロセスを復原し、物質文化史的な説明を可能とする方法論の構築の可能性を探るのが今回の研究集会の目的である。本発表ではその一例として日本縄紋中期土器・住居に見られる情報・物質・人・集団の移動から地域間の交流や文化変化の復元の可能性を示したい。

各発表者の要旨

李亨源 (韓神大学博物館)

「土器と住居にみる日韓の交流-粘土帶土器文化の擴散と文化變動-」

【要旨】土器と住居は集団のアイデンティティをよく示してくれる考古資料に該当する。今回の発表は、粘土帶土器時期の土器と住居を対象にして、日韓の交流について検討する。中国遼寧地域で発生した粘土帶土器文化は、韓半島に流入され、再び日本列島に広がった。この過程であらわれる土器と住居の樣相を人の移動と集団間の相互作用の觀點から検討する。韓半島と日本列島であらわれる外来系粘土帶土器文化と在地系土着文化との間の相互作用の違いについて説明する。そして韓半島南部地域で確認されている弥生系土器の様相を通し、日本列島と朝鮮半島の交流について検討する。

 

河仁秀 (釜山市福泉博物館)

「韓日新石器時代の土器交流―韓半島の縄文系土器―」

【要旨】新石器時代の交流は漁撈具等の素材として九州地域から韓半島に黒曜石が、また反対に貝輪等の装身具等が東三洞貝塚等、韓半島南海岸地域から対馬等北部九州地域に一定の頻度で継続的に交換される一方で、縄文時代早期後半から前期前半にかけての土器の文様を選択的に共有する段階から、中期以降になると相互に影響を見せる折衷土器を共有しないという状況に変化する。 これは土器(形状や文様等)を共有することにより、精神的な相互間の親近性を必要としない社会的環境下において、交流が行われた状況が想定される。大韓海峡(対馬海峡)を超えた交流は、縄文早期・前期中葉までと中期以降では交流の形が変化して、中期以降においては、漁撈活動を通した相互協助は継続するものの、これを円滑に行うための贈物・交換品としての価値は、黒曜石や装身具と素材、食料や飲料水に比べて、土器交流は下位に位置づけられた結果であると推測される。土器がすべての交流の実態を表現していないことに注意が必要である。

 

廣瀬雄一 (釜山大学大学院)

「韓日新石器時代の土器交流―日本九州地域櫛文系土器 土器から見た交流の意義」

【要旨】土器は搬入された可能性のあるものと在地で製作されたものがある。対馬ではその後も断続的に櫛文系土器の影響が認められる。対馬海峡を隔てて土器が運搬・現地で再生される理由は、容器としての搬入の他に、渡航者とその関係者が行う祭祀や、冠婚・葬祭等の特殊な儀式等において在地の土器では代替できない場合に製作されたのではないだろうか。 対馬や韓半島に定着した人々の存在抜きには語れないだろう。小さな舟で遠洋を航海して運ぶ品々の中では、日常的に使用する土器の優先順位は、渡航先では地元の土器が使えるなどの理由などからも、相対的に低かったのではないかと考える。また、不完全な形で土器情報が伝達されるケースとして、言語の不通ではなく男性を中心とした漁撈民の交流であり、土器製作情報を範型として有している女性がほぼ欠落していることから、土器の製作技術情報が正確には伝わらなかったのではないかと推定する。

 

福田正宏 (東京大学文学部)

「東北アジア新石器文化集団の北方拡大と適応の限界」

【要旨】環日本海北部の北緯45~50度地帯における新石器文化集団の適応形態に注目する。温帯から亜寒帯への社会生態学的移行帯となるこの地域には、温帯性の新石器文化群が南方から進出拡大してきた一方で、東シベリアに認められる北方タイガ地帯の文化動態とも異なる居住形態や技術が混交していた可能性がある。土器出現期以降の新石器文化動態は、東西方向あるいは南北方向の情報伝播・搬入・集団移動によって一元的に捉えられがちだが、そうした単純な構図では説明しきれない部分がある。日本列島を含む東北アジア温帯地域の先史社会集団が適応可能な範囲とは、どのようなところか。彼らが、適応困難な環境をなぜ選択したのか/しなかったのか。あるいはいかなるリスク回避行為をとったのか。日ロ共同研究の最前線から論点を整理し、東北アジアの新石器文化集団が生活・行動領域を拡大縮小した動機と条件について考える。

 

Enrico R. Cremaエンリコ・R・クレーマ(ケンブリッジ大学)

「人口変動と比較考古学」
Archaeological Approaches to Prehistoric Demography

【要旨】近年、欧米考古学では先史人口の研究が盛んである。これは80年代半ごろに生まれた死亡年齢推定の分布から出生率の変化を推測する「5p15指数」や炭素14年代の頻度数を人口変動の代理とする「Summed Probability Distribution of Radiocarbon Dates」(訳:炭素14年代総合確率分布)などの方法論の進歩とそれの源となる考古学データの普及の影響である。これらの方法論は土器編年を元にして解析する遺跡数・住居数などと違い比較分析に最適である。そのおかげ欧州や米国では大陸のスケールで人口変動の分析や議論が進み始めている。しかしながら、このスケールの増加は考古学的バイアスの再検討や複数の代理を総合的に解釈する理論の必要性を明確にしている。これらの新しいチャレンジは比較考古学を質的アプローチら定量的アプローチへと導く鍵を持つ。

 

櫻井準也 (尚美学園大学)

日本の先史時代における空間認知構造の変化とその認知考古学的意味―集落の空間構成・遺物製作プロセスから先史時代の心性を探る―」

【要旨】日本の考古学界では2000年以降になって認知考古学が脚光を浴び、その研究対象も先史時代から歴史時代に至る様々な考古資料にわたるものであったが、その中でも過去の人々の世界観に関わる空間認知構造の問題は興味ある研究テーマである。今回の発表では、まずわが国の縄文時代から古墳時代にかけての集落空間における空間認知が円環的構造から直線的構造へと変化していったことを示しながら、その歴史的意味について述べる。次に、遺物研究の観点から縄文土器の製作プロセスと古墳時代の埴輪の製作プロセスを比較しながら古墳時代の工人集団による合理的な文様割付け法について指摘し、空間認知をめぐる縄文時代の伝統的モノづくりと古墳時代以降の専業的モノづくりの違いについて説明する。このように空間認知の観点から考古資料を再検討することは、日本人がどのような感覚で生活環境を捉えていたかを知るうえで重要な試みである。

 

中塚 武(総合地球環境学研究所)

「高時間分解能の古気候データを使って先史時代を透視する!」

【要旨】近年、樹木年輪の酸素同位体比の分析等により、夏の降水量等の気候の変動を年単位で過去数千年間に亘って復元する研究が進んでいる。古気候データを文献史料と詳細に比較することで、前近代の農業社会では気温や降水量の変動が冷害や水干害の発生を介して社会に甚大な影響を与えていたことが次々と明らかになってきた。特に数十年周期で降水量が大きく変動する時には、多発する水害で地域紛争が活発化し人々が流動する。そしてこうした降水量の数十年周期変動自体は、恐らく太陽活動の周期性により、約四百年に一度活性化し、東アジア一円の社会の転換につながったことも分かってきた。日本では約3千年、東アジア全体ではさらに古くまで遡れる農耕の歴史の中で、こうした気候と社会の関係は形を変えながら連綿と続いてきたと考えられる。そこで今回は、高時間分解能古気候データという「眼」を使って、先史時代の日本に起きた社会の変化を「透視」してみたい。

 

羽生淳子 (カリフォルニア大学バークレー校)

「歴史生態学・景観考古学とレジリエンスの理論から見た縄文文化」

【要旨】考古学は、人間と環境との相互関係についての学際的な議論に積極的に貢献することが可能な学問分野である。特に近年の歴史生態学では、生物多様性の維持とシステムの長期持続性を考える上で、環境への人為的関与を積極的に評価する。このような考え方は、里山の概念や環境管理を重視する視点ともつながる。また、景観考古学では、個々人が環境と関わる中で形作り知覚する文化景観を重視するとともに、文化景観の形成における物質文化の役割を強調する。これらの議論を踏まえた上で、今回の発表では、食べ物の多様性と人・モノ・情報の移動という視点から、過去と現代の文化・社会のレジリエンス(弾力性・回復力)と人口動態について考える。事例研究としては、縄文時代前期後半~中期における北東北地域の資料を用いて、食と生業の多様性をはじめとする様々な文化要素の変化とその背後に推定される人口規模の変化、気候変動との間の相互関係について検討する。