研究

2017年度

外国人研究者受入一覧と講演会等の記録

※氏名をクリックすると講演会等の記録がご覧になれます。

2017年度
フリガナ・漢字氏名 所属 国名 受入区分 受入期間 講演日 講演タイトル
クロード アビブ パリ第3ソルボンヌ・ヌーヴェル大学教授 フランス 文学部招へい外国人研究者   2017年5月25日(木) Contradictions de Rousseau
李 済 滄 
(リ セイ ソウ)
南京師範大学社会発展学院副教授 中国 訪問 2017年5月31日(水) 2017年5月31日(水) 中国史における六朝貴族研究の意義
石原 俊一
(イシハラ シュンイチ)
オーストラリア国立大学言語学学部准教授 日本 文学部3群 2016年8月1日~2017年6月30日 2017年6月12日(月) 尤度を用いた法科学的著者比較:語彙特徴と文字N-gramと単語N-gramからなるフュージョンシステム
田中 望
(タナカ ノゾミ)
インディアナ大学東アジア言語文化学科准教授 日本 訪問 2017年6月28日(水) 2017年6月28日(水) アジアの言語から学ぶ言語の仕組み〜タガログ語関係節研究を通して
John Christopher Wells
(ジョン クリストファー ウェルズ)
ロンドン大学名誉教授 イギリス 訪問 2017年10月24日(火) 2017年10月24日(火) London English: From Cockney to Multicultural
Olivier Pascalis 
(オリビエール パスカリス)
グルノーブル・アルプ大学 神経認知・心理学研究室教授 フランス 訪問 2017年11月2日(木) 2017年11月2日(木) On the Linkage between Face Processing, Language Processing, and Narrowing during Development
孫 英 剛
(ソン エイ ゴウ)
浙江大学東アジア宗教文化研究センター主任 中国 2群 2017年12月1日~2017年12月21日 2017年12月6日(水) カニシカ王の遺産-中国中古の歴史記憶とその影響―
Piotr Michalowski
(ピオトル ミカロウスキ)
ミシガン大学教授 アメリカ 2群 2018年2月5日~2018年2月11日 2018年2月9日(金) The Sometime Voice of Goddesses and Men: The Emesal Version of the Ancient Sumerian Language

クロード アビブ 氏の講演会

開催日:2017年5月25日(木)
場 所:多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室2
講 師:クロード アビブ 氏 (パリ第3ソルボンヌ・ヌーヴェル大学教授)
テーマ:Contradictions de Rousseau
企 画:共同研究チーム「ルソー研究」
ルソーは通常「矛盾の人」と言われるが、アビブ教授はどういう点でルソーが矛盾の人と呼ばれるのかを豊富な具体例をルソーの作品から引用しながら説明した。その上で、ルソーのいわゆる(見かけ上の)矛盾はルソーの表現方法と密接に関連していると指摘し、ルソーのテキストの不確実性を構成する5つの要素を抽出した。誇張、単純化のための省略、派手な書き出し、概念の密かな変奏、先立つ規則の廃棄である。このようなエクリチュールの特異性によってルソーのテキストは不安定な印象を与えるが、見かけの矛盾を克服するのはルソーに言わせれば読者の責任ということになる。結論として、ルソーのいわゆる矛盾はルソーという人物の心的状況の痕跡に他ならない、とした。エクリチュールと思想が分かちがたく結びついた作家がルソーなのである。

李 済 滄 氏の講演会

開催日:2017年5月31日(水)
場 所:多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室2
講 師:李 済 滄 氏 (南京師範大学社会発展学院副教授)
テーマ:「中国史における六朝貴族研究の意義」
企 画:共同研究チーム「世界史における「政治的なもの」」
中国六朝期の国家・社会を「貴族制」として捉え、秦漢と六朝とを異質な時代とする観方は、内藤湖南に遡る。日本の学界で大きな影響力をもつ六朝貴族制論に対し、かつて田余慶は、皇帝権力への視野が欠落した議論であると批判した。しかし逆に、皇帝という存在を過度に強調することは、皇帝時代の中国をすべて専制時代とみなし、停滞史観へと逆行することにもつながりかねない。その意味で、皇帝権力と貴族社会との関係について改めて掘り下げることには、今日でもなお意味があると思われる。
如上の観点から、本報告では、六朝貴族制に関する主立った先行研究――宮崎市定、谷川道雄、川勝義雄、越智重明、中村圭爾、川合安、野田俊昭、福原啓郎、渡邉義浩らの言説――の論点を整理したうえで、貴族制のありかたをめぐる争点を、
(1)南朝では家格が固定化されていたかどうか、
(2)皇帝権力と貴族の関係をどのように見るべきか、
(3)郷品二品と家格との関係をどう認識すべきか、
以上3点に集約した。そのうえで、郷品二品をもたないものの、能力ゆえにとくに皇帝に抜擢された「二品才堪」という存在について注目しながら議論を展開し、最終的に、
(1)官位の決定に際し、家格と官位が直結するのではなく、あくまでも郷論(=社会的評価)にもとづく「郷品」という身分(=媒介)が必要とされていた。昇進にあたっても、清議という社会的チェックがなされ、それによって妥当でないと判断された人物は、地位を失った。こうした「社会」による関与にこそ、六朝の時代性がある。
(2)「二品才堪」は、貴族ではない寒人・寒門を、貴族的なやりかたで抜擢した事例として捉えられる。それは皇帝による貴族体制の切り崩しというよりも、皇帝権力の貴族体制に対する一種の妥協・尊重の姿勢を示すものである。
(3)以上から、秦漢・魏晋南北朝(あるいはそれ以降の時代も含む)を「皇帝専制」の時代としてひとくくりにすることには無理がある、といえる。
と結論づけた。
日本における六朝貴族制研究は、1950年代~80年代に盛んであった「(中国史の)時代区分論争」の中で、さかんに展開されてきた。これは国際的にも注目され、近年でも国外ではしばしば俎上に載せられているが、かたや日本の学界においては、取り組む研究者が減少しつつある。本報告は、こうした世界的な研究環境をふまえ、現代的な視点から改めて六朝貴族制研究の重要性を説いたものであった。貴族制論の文脈について必ずしも熟知していない若手によってフロアが占められていたこともあり、とくに貴族制論の今日性について考えなおす場となった。
出席者からは、自立性の強い貴族社会が存した六朝期にあっても、皇帝が一貫して存在し続けた理由を問う質問が出た。これに対し、李氏は、この時期の皇帝は国家の一体性を保つうえでの一種の「象徴」であった、と回答した。また、「二年才堪」に関する史料的根拠の確認や、その事例の少なさ(からくる立論の危うさ)を指摘する発言もあった。このほか、漢代の諸制度と魏晋南北朝期の状況の異同、その比較検討から六朝貴族制を再度見直す場合のポイント、隋唐の貴族制ひいては唐宋変革論を視野に入れることの意義などについて、意見交換がなされた。
細かい実証よりも理論的背景に特化した講演であった(そのようなものになるように報告者に依頼した)ことが奏功し、六朝期を専門とする来聴者がなかったにもかかわらず、巨視的な立場からの質疑や発言が多くなされ、六朝期をとりあげることの意味や「社会」の設定方法、魏晋南北朝期の時代性といった、大きな議論をすることができた。誤解を恐れずに言えば、従来の貴族制研究は、事実に基づくというよりも方法論に対する信仰告白に近い側面が強かったが、そうした議論のしかたそのものを相対化する糸口をつかむことができたように思われる。

石原 俊一氏の講演会

開催日:2017年6月12日(月)
場 所:多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室3
講 師:石原 俊一 (オーストラリア国立大学言語学学部准教授)
テーマ:「尤度を用いた法科学的著者比較:語彙特徴と文字N-gramと単語N-gramからなるフュージョンシステム」
企 画:研究会チーム「言語の理解と産出」
The central topic in the lecture was authorship recognition. In the lecture, Professor Ishihara clarified that there are two types of authorship recognition and that each of them are used for separate purposes. The first one is called general author recognition 「一般的著者認識」 which is commonly employed in the field of literature. It provides a tool to help determine the identity of the author or proving the authenticity of a piece of literary work by examining the text in question. The other type is called forensic author recognition 「法科学的著者認識」which is now being used in criminal investigations. Professor Ishihara expanded the discussion of forensic author recognition by introducing concepts related to it.
A crucial concept related to forensic author recognition is likelihood ratio 「尤度」 which can be used as basis to support a claim e.g. whether the suspect and culprit are the same person or not. In this case, a positive high value for likelihood ratio does not mean that there is high probability that the suspect and criminal are one the same but rather, it means that there is a higher chance of getting evidence to support the claim that the suspect and culprit are one and the same.
There are different ways to calculate likelihood ratio. One way is to examine the multivariate kernel density 「語彙特徴」 of the text materials. This can be done by comparing texts. For example, we can examine the features found in each text such as use of punctuation, capital letters, abbreviations, spelling/grammar errors and other linguistic properties. Other ways include examining word, N-gram or character, N-gram of the texts. 
In conclusion, unlike general author recognition which aims to determine the author of a literary work, forensic author recognition, on the other hand, is not aimed at determining the identity of a person in question. Its purpose is rather limited to telling whether the suspect and culprit are the same or not on the basis of likelihood ratio.

田中 望 氏の講演会

開催日:2017年6月28日(水)
場 所:多摩キャンパス3号館 3352教室
講 師:田中 望 氏 (インディアナ大学東アジア言語文化学科准教授)
テーマ:「アジアの言語から学ぶ言語の仕組み〜タガログ語関係節研究を通して」
企 画:研究会チーム「言語知識の獲得と使用」
言語獲得研究において、インプットの役割が長年に渡って議論されてきた。インプットに関しては、インプットから全て言語を学ぶことができるとする経験主義と、インプットは必要だが基本的な言語機能は生まれつき備わっているとする生得主義という二つの立場がある。田中氏は、言語獲得におけるインプットの役割について、また、言語がどのように処理されているのか調べるためにタガログ語に焦点を当てた自身の一連の研究を紹介した。
タガログ語に焦点を当てた言語習得研究は今まであまり実施されてこなかった。田中氏は、タガログ語の中でも特に関係節に着目している。関係節は6才頃までの子どもがよく間違える上に、大人でさえ解釈を間違えたり、意味理解に時間を要することが報告されている。また、外国語として学習するのも困難であると言われている。関係節には主語関係節(e.g. [ _太郎を抱きしめた]女の子)と目的語関係節(e.g. [太郎が_抱きしめた]女の子)があり、言語によって関係節の構造が異なる。この構造の違いの理解を比べるために、タガログ語母語話者の子どもと大人を対象に三つの実験(産出実験、復唱実験、理解実験)を行った。
実験の結果、三つの実験すべてにおいて、主語関係節の正答率が目的語関係節の正答率よりも高いことがわかった。これは、子どもも大人も、同様の結果を示した。経験主義派は、普段見聞きするパターンのほうが容易で、英語では主語関係節のほうが目的語関係節よりも出現頻度が高いために、主語関係節の方がその習得や理解が易しい、と説明する。しかし、日本語では主語関係節も目的語関係節も同じ頻度で使われることがわかっており、さらにタガログ語は目的語関係節の使用頻度が高いことがわかっている。そのため、経験主義的な説明では、この結果が説明できないと主張された。しかしながら、なぜ主語関係節の方が優位になるのかについては研究の余地があり、田中氏は英語以外の言語を研究していくことで、我々の理解が一層深まるのではないか、と提案された。

John Christopher Wells 氏の講演会

開催日:2017年10月24日(火)
場 所:多摩キャンパス7号館2階 WS2
講 師:John Christopher Wells 氏 (ロンドン大学名誉教授)
テーマ:London English: From Cockney to Multicultural
企 画:研究会チーム「言語の共時態と通時態」
話し言葉は、地理的または社会的に異なることがある。地理的とは、異なる地域のことを指し、社会的とは、異なる教育水準や異なる階級(つまり、上流、中産、労働者階級など)のことを指す。イギリスでは、その話し方によって、どこの地域の出身であるとか、どんな教育水準を受けてきたかとか、どの階級に属しているかなどがわかる。
たとえば、従来から容認発音 (Received Pronunciation略してRP) と呼ばれてきたものは、上流階級出身とか、高い教育水準を受けてきた人々の発音であり、地理的な特徴として存在するものではない。本日は、地理的な特徴として、ロンドンの英語についてお話ししたい。
ロンドン英語としては、Cockneyが有名である。伝統的なCockneyは、ロンドンの労働者階級の発音に見られ、ロンドンの東端地域(East End)を起源にして広がったものである。このCockneyの伝統的な言語学的特徴とて、二重否定 (double-negation)、ain’tの使用、所有格の目的格での代用、-ing /ŋ/→/n/,-thing /ŋ/→/nk/などの音変化、Rhyming Slang、h-dropping、TH-fronting (/θ/→/f/, /ð/→/v/)、Glottalling (/t/→/ʔ/)、l-vocalization、Diphthong shiftなどが紹介された。
次に、現在ロンドンで起こっている事例の重要な研究として、2004-2007年と2007-2010年の期間におこなわれた2つの社会言語学調査プロジェクトの研究が紹介された。いずれもLancaster大学のPaul KerswillとLondon大学のQueen Mary校のJenny Cheshireが中心となっておこなわれたものである。英国外で生まれてロンドンに移住した両親の子供たちの発音の特徴が、1980-85以前に生まれた子供たちとそれ以降に生まれた子供たちで異なり、前者は従来からのCockneyの特徴の発音をするのに対し、後者は多文化の特徴を持つ発音で、Multicultural London English(またジャーナリズム関係者はJafaican)と呼んでいるものである。
Multicultural London English発音をする話し手の例として、ヒップホップアーティストであるDizzie Rascalのビデオが流された。彼の発音には、Cockneyの典型的な特徴であるGlottalling (positive, part), TH-fronting (think, youth), l-vocalization (well, symbol)などが、各用例語の該当部に聞き取れることが示された。
Multicultural London Englishに見られる新しい音声的特徴として、FACE vowelとGOAT vowelのRaised Onset, /k/-backing、不定冠詞anを使わないaのみの単独発音化、定冠詞theの/ðiː/を使わない/də/発音のみの単独発音化などが紹介された。このような子供たちの両親の出身地は、Carribean (Jamaica, Barbados, etc.), India, Pakistan, Bangladesh, Cyprus (Greek, Turkish), Africa (Nigeria, Ghana; Somalia), Middle Eas (Kurds, Afghans, Serians)などである。
またHammett (2011)の調査では、1999年と2009年のロンドンの学校での移民の子の割合が、それぞれHackneyなどのロンドン市内で58%から67.8%に、Haveringなどのロンドン郊外でも32.1%から47.1% に、ロンドン全体では40.3%から53.6%に増えていて、従来のCockneyや白人が郊外へ移動していることが伺えるという。
最後に、4人の発音が紹介されて、その両親がどの国からの移民かを問うクイズが出された。一人目の女性の両親はインドのベンガル出身、二人目の両親は純粋なイギリス人、三人目は黒人女性で両親は西インド諸島出身、四人目は両親がトルコ出身ということであった。講演者自らも認めているように、その区別はネイティブでもなかなかむずかしいという。
質疑応答では、北部出身のWells教授がどのようにして南東部の標準英語を身につけたかといった内容を含む複数の質問があった。それらの質問に、80歳近くなっても変わらぬWells教授の真摯で丁寧な説明に、最後まで頭の下がる講演会であった。

Olivier Pascalis 氏の講演会

開催日:2017年11月2日(木)
場 所:駿河台記念館 670号室
講 師:Olivier Pascalis 氏 (グルノーブル・アルプ大学 神経認知・心理学研究室教授)
テーマ:On the Linkage between Face Processing, Language Processing, and Narrowing during Development
企 画:研究会チーム「視覚と認知の発達」
From the beginning of life, face and language processing are crucial for establishing social communication. Studies on the development of face and language processing systems have yielded interesting similarities such as the observation of perceptual narrowing occurring across both domains. This article reviews several functions of human communication, and then describes how the tools used to accomplish those functions are modified by perceptual narrowing, concluding that narrowing is a characteristic common to all forms of social communication. We argue that during evolution, social communication has engaged different perceptual and cognitive systems--face, facial expression, gesture, vocalization, sound, and oral language--which have emerged at different times. These systems are interactive and linked to some extent. Narrowing can in this framework be viewed as a mechanism for infants to adapt to their native social group.

孫 英 剛 氏の講演会

開催日:2017年12月6日(水)
場 所:多摩キャンパス3号館 3202教室
講 師:孫 英 剛 氏 (浙江大学東アジア宗教文化研究センター主任)
テーマ:「カニシカ王の遺産-中国中古の歴史記憶とその影響―」
企 画:共同研究チーム「世界史における「政治的なもの」」
本報告では、仏教発展史のうえで重要な役割をはたしたクシャーナ朝のカニシカ王について、その理想的君主としてのイメージの形成と、それがユーラシア東方地域に与えた影響について、具体的な図像資料をもとに論じた。
カニシカを象徴する、あるいはカニシカの事績と大きくかかわるものとしては、(1)仏鉢、(2)焔肩仏、(3)仏塔の3つがある。(1)に関しては、インド中部への派兵の際、カニシカ王が仏鉢を求めたことが知られている。仏鉢は仏法を象徴する聖なる器物で、カニシカ王はインド世界の理想的な帝王である「転輪王」として、仏鉢を弥勒の再来まで供養する責務を負うと称し、自らを神聖化した。この影響を受け、仏鉢信仰はのちに中国にまで広まり、4~5世紀に熱烈な仏鉢崇拝を引き起こした。そのことは同時に、在来の伝統的な君主観とは異なる系統の君主観を中国にもたらすことになった。(2)について、両肩から火炎を出す姿をもつ仏像「焔肩仏」がクシャーナ朝の帝王観を反映したものであることもすでに指摘されているが、それはとくにカニシカ王のイメージと結びついていると報告者は主張する。これはのちに光背となって中国の仏像に定着した。(3)の仏塔は、カニシカ王が各地に仏塔を築いたことが知られており、南北朝期以降に中国で築かれた仏塔はその影響である。
こうした問題について考えることは、中国の歴史を「中国」という枠の中においてのみ捉える立場を超えることにつながる。本報告は、このあと本学においてなされた一連の講演の冒頭を飾るものとして、報告者の研究上の立場を闡明したものであった。

Piotr Michalowski 氏の講演会

開催日:2018年2月9日(金)
場 所:多摩キャンパス2号館4階 研究所会議室2
講 師:Piotr Michalowski 氏 (ミシガン大学教授)
テーマ:The Sometime Voice of Goddesses and Men: The Emesal Version of the Ancient Sumerian Language
企 画:研究会チーム「歴史の中の「個」と「共同体」-社会史をこえて」
今は消滅して久しいシュメール語は、紀元前3200年頃から紀元後1世紀まで3千年以上にわたる長い間、粘土板に楔形文字で刻まれた。今日のイラクに相当する古代メソポタミアの南部では、シュメール語は紀元前18世紀以前に日常語として使用されることをやめたが、アルファベット文字が楔形文字にとってかわるまで、学問と文学の書き言葉として機能し続けた。シュメール語には、標準シュメール語と、それとは発音の上で異なるエメサル(「繊細な言葉」の意味)がある。エメサルは、前18世紀以降、主に哀歌祭司によって唱えられる儀礼文書に現れるが、女神や時折女性によっても文学テキストの中で用いられる。これらのエメサルの使用が性別を反映していると考えられたことから、エメサルを「女言葉」とする解釈が受け入れられてきた。しかし、シュルギ王讃歌の一つに見られる、イナンナ女神の標準シュメール語とエメサルの使い分けを分析すると、後者を「女言葉」と定義するよりも、「強い感情」を表現するために用いられた様式上の工夫と見なす方がふさわしいことが判明する。それは、インドネシア東部の南西マルク(Maluku)地方で、異なる言語や方言を話す人々が、歌う時のみに用いるリラスニアラ(Lirasniara)、すなわち「歌話」(song-talk)と呼ばれる歌言語に共通する現象ではないだろうか。