研究

2009年度

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2009年度
フリガナ・漢字
氏名
所属 国名 受入区分 受入期間 講演日 講演タイトル
メローニオ,フランソワーズ
Melonio,Francoise
パリ第4大学教授 フランス 訪問 2009.5.28 2009.5.28 個人主義とデモクラシー:トクヴィルを巡って
スペハー,ブランカ
Spehar,Branka
ニューサウスウェールズ大学准教授 オーストラリア 訪問 2009.5.29 2009.5.29 知覚的ユニット形成におけるコントラスト極性の役割
ウィリアムズ,ジョン
Williams,John
ケンブリッジ大学英語応用言語学研究所研究所長補佐 イギリス 訪問 2009.6.1 2009.6.1 暗示的学習と第二言語習得
チャン,ファン
Jiang,Fang
ルーベンカトリック大学博士研究員 アメリカ 訪問 2009.6.5 2009.6.5 顔の三次元的形状情報と表面反射の二次元的情報の神経表象
呉 天泰
Wu Tien-Tai
国立東華大学族群関係文化研究所教授 台湾 第2群 2009.6.20~
2009.7.10
2009.7.9 台湾における多文化教育と子育て
王 寄生
Wang Qisheng
北京大学歴史学部教授 中国 第2群 2009.7.5~
2009.7.25
2009.7.11 都市社会団体と初期中国共産党の組織動員
セルナ, ピエール
Serena,Pierre
パリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学教授 フランス 第2群 2009.9.19~
2009.10.3
2009.9.28 フランス革命はアブノーマルか?
ゴリヨ,ベネディクト
Gorrillot,Benedicte
ヴァランシエンヌ大学准教授 フランス 訪問 2009.10.20 2009.10.20 オウィディウスの現代性 ‐パスカル・キニャール『地獄を見つけるために』をめぐって
趙 京華
Zhao Jinghua
中国社会科学院文学研究所教授 中国 訪問 2009.11.28 2009.11.28 小林多喜二の「蟹工船」と中日両国の1930年代プロレタリア文学
ゴドリエ,モーリス
Godelier,Maurice
フランス社会科学高等研究院教授 フランス 訪問 2009.12.3 2009.12.3 人類学は現代世界をどうとらえるか
ダグラス,バイバー
Douglas,Biber
北アリゾナ大学特別栄誉教授 アメリカ 訪問 2009.12.10 2009.12.10 英文法の最近のトピックから

メローニオ,フランソワーズ氏の講演会

日 時:5月28日(木)
場 所:研究所会議室2
講 師:メローニオ,フランソワーズ氏(パリ第4大学教授)
テーマ:個人主義とデモクラシー:トクヴィルを巡って
企 画:研究会チーム「歴史意識の比較文化史的研究」

 1. フランス大学革命の遺産としてリベラリスト(自由主義者)と反革命主義者のふたつの誕生が見られたが、個人主義に対する非難は反動的伝統における常套句とも言うべきものである。

 2. トックヴィルの経験として留意すべきは、司法官としての経験、合衆国への旅行、下院議員の経験、の3点である。

 3. 個人主義の概念について。ヨーロッパにおける個人主義は歴史的に3つの段階を経た、すなわち、ルター、デカルト、ヴォルテールである。トックヴィルによれば、民主的革命の後では、境遇の平等の実現から必然的に個人主義が誕生し、市民は家族と個人の内部に閉じこもり、社会の紐帯が緩んでくるという悪弊が見られる。個人主義はしたがってフランスにおいてはネガティブな側面を開示するが、合衆国ではむしろポジティヴに受け取られる。アメリカ人の大いなる利点は、民主的革命に苦しむことなくデモクラシーに到達したことであり、平等になるのではなくあらかじめ平等に生まれていることだからである。

 4. 個性なき個人主義:社会的アスペクト。個人主義の誕生とその発展によって、デモクラシーの社会では家族的紐帯が強まる半面、公共の事柄に対する無関心が生まれるが、合衆国では種々の政治的あるいは市民的結社(アソシアシオン)によってこうした悪弊が緩和されている。

 5. 個人主義から専制主義へ。個人主義の行きすぎた発展によってはデモクラシーの社会においても専制主義の危機は免れない。

スペハー,ブランカ氏の講演会

日 時:5月29日(金)
場 所:後楽園キャンパス6429教室
講 師:スペハー,ブランカ氏(ニューサウスウェールズ大学准教授)
テーマ:知覚的ユニット形成におけるコントラスト極性の役割
企 画:研究会チーム「視覚認知機構の発達研究」

The spatial distribution of luminance polarities in an image plays an important role in the processes of perceptual unit formation. In particular, contrast polarity variations at the intersections of orthogonally oriented edges within inducing configurations lead to a pronounced degradation in both perceptual closure (Spehar, 2002) and formation of illusory contours (Spehar, 2000; Spehar & Clifford, 2003). Recently, we reported an analogous effect of the distribution of contrast polarity reversals on the computation of aspect ratio of centrally presented shapes (Spehar, 2009). We believe that this pervasive sensitivity to the distribution of contrast polarity reversals along bounding contours is related to the processes that mediate grouping at intersections of lines of different orientation. Although the probability that an arbitrary pair of intersecting lines belong together is not high, it is much increased if the lines have the same contrast polarity. If contrast polarity reverses at such junctions the pobability that these segments will be grouped together is decreased which in turn influences the mechanisms involved in computation of shape area.

ウィリアム,ジョン氏の講演会

日 時:6月1日(月)
場 所:研究所会議室4
講 師:ウィリアムズ,ジョン氏(ケンブリッジ大学英語応用言語学研究所所長補佐)
テーマ:暗示的学習と第二言語習得 
企 画:研究会チーム「言語の理解と産出」

講演の概要は以下の通り。
①用語の説明(機能的学習、演繹的学習、暗示的学習、明示的学習)
②暗示的学習の研究とは何か(音楽の場合・言語の場合・直観的判断)
③JaplishとGerglishの研究
④文法性判断タスクと反応時間測定の結果
⑤第二言語習得における暗示的学習

チャン,ファン氏の講演会

日 時:6月5日(金)
場 所:後楽園キャンパス6429教室
講 師:チャン,ファン氏(ルーベンカトリック大学博士研究員)
テーマ:顔の三次元的形状情報と表面反射の二次元的情報の神経表象
企 画:研究会チーム「視覚認知機構の発達研究」

Recent behavioral studies have shown that in addition to three-dimensional (3D) shape, two-dimensional (2D) surface reflectance information (color and texture) is important for perception of facial identity (e.g., O'Toole et al., 1999; Lee & Perrett, 2000; Jiang et al., 2006; Russell et al., 2006, 2007). However, it is unclear how these two types of information are processed in the human brain. In the present study, we used non-invasive fMRI and ERP methods to investigate the spatial and temporal characteristics of neural representations of shape and reflectance information diagnostic for individual faces. In both fMRI and ERP studies, we used an adaptation paradigm, in which participants were asked to match the identity of a test face following adaptation to an adapting face. Using 3D morphable model (Blanz & Vetter, 1999), we manipulated the shape and surface reflectance properties of the test stimulus with respect to the adapting stimulus. Four test conditions were included: (1) repetition of the same adapting face; (2) variation in 3D shape only; (3) variation in 2D surface reflectance only; (4) variation in both 3D shape and 2D surface reflectance. We found that changes in either 3D shape or 2D reflectance affected participants' behavioral matching performance. Neurally, change in face shape was the dominant driving force of the fMRI adaptation release in most of the cortical face-processing network (lateral inferior occipital cortex, middle fusiform gyrus, anterior infero-temporal lobe and amygdala), especially in the right hemisphere. In contrast, surface reflectance was largely represented in homologous areas of the left hemisphere. This right/left hemispheric lateralization may be related to a differential global/local processing mode for shape and reflectance information respectively. Our ERP data showed that 3D shape information in faces was processed well before reflectance information in the right occipito-temporal cortex. Specifically, changes in face shape, either alone or in combination with reflectance, resulted in a significant release from adaptation for the N170 component (i.e., at about 160ms following stimulus onset), whereas changes in face reflectance alone did not elicit a significant adaptation release until later during the N250r window (i.e., at about 290 ms). Variations in both shape and reflectance, when combined, produced the largest adaptation release for the N250r component. These data indicate that evidence to recognize an individual face in the human brain accumulates faster from 3D shape than from 2D surface reflectance information.
Combined, our findings indicate that 3D shape and 2D surface reflectance, as the two main sources of information in individual faces, share partially dissociated neural representation. Spatially, this dissociation takes the form of a differential hemispheric lateralization in face-sensitive areas of the human brain. Temporally, this dissociation is characterized by differentiable time window during which individual faces are discriminated on the sole basis of face shape or surface reflectance.

呉 天泰氏の講演会

日 時:7月9日(木)
場 所:研究所会議室2
講 師:呉 天泰氏(国立東華大学族群関係文化研究所教授)
テーマ:台湾における多文化教育と子育て
企 画:研究会チーム「多文化社会と教育研究」

本講演では、まず、N.P.ストロムクイストによる「ジェンダーとフェミニズムのグローバル化」の問題を取り上げ、グローバル化がもたらすジェンダーへの可能性と挑戦が台湾における子育ての問題にどのような課題を投げかけているかを提起した。その問題を考察する上で、これまでの文化人類学が行ってきたいわゆる「未開社会」を対象にした伝統的子育ての研究(例えば、M.ミードのサモアやニューギニアにおける研究)や、近年のM.ブルーフォンド=ラングナー・J.コルビンの「児童期の人類学」、J.トビンらの日中米における幼稚園の比較研究、台湾の「原住民」の一つであるタイヤール族の子育ての伝統等の検討を通して、異なる文化間での子育ての方法や子育てに対する期待、子ども観の違いなどを明らかにするとともに、今日「原住民」の伝統規制が進む台湾の学校教育の中で、「原住民」ターヤール族がエスニック集団の伝統文化や言語(母語)をどのように伝承する努力をしているかが紹介された。以上の議論をもとに、多文化化が進む日本における子育てのあり方、特にニューカマー外国人の子育てに対する課題やその解決に向けた地域支援のあり方についても提言された。

王 奇 生氏の講演会

日 時:7月11日(土)
場 所:駿河台記念館330号室
講 師:王 奇生氏(北京大学歴史学系教授、中央大学客員教授)
テーマ:「都市社会団体と初期中国共産党の組織動員」(中国語 通訳付)
報告者:味岡 徹客員研究員(聖心女子大学文学部教授)
テーマ:「共産党根拠地の憲政化事業」
報告者:齋藤 道彦人文科学研究所・政策文化総合研究所研究員
テーマ:「国共内戦起因考」
討 論:姫田 光義氏(中央大学名誉教授、政策文化総合研究所客員研究員)
司 会:深町 英夫研究員(政策文化総合研究所研究員)
企 画:研究会チーム「国民党期中国研究」
講 師:王 奇生氏
テーマ:都市社会団体と初期中国共産党の組織動員

1919年の五・四運動の中で登場した3種類の組織、すなわち全国学生聯合会・救国十人団・上海馬路商界聯合会に、コミンテルン中国支部として1921年に成立した中国共産党が着目し、中国社会に浸透して支持基盤を築く上でこれらの組織を利用した。それによって中国共産党は、1925年に五・三〇運動を発動した際に、学生・商人・労働者の組織化において大成功を収め、空前の規模の大衆動員を実行しえたのである。しかし、中国共産党はプロレタリア階級政党として、学生と商人のプチ=ブル階級的性格に警戒心を抱いており、五・三〇運動以後は労働者を主要な動員対象と見なすようになった。その際に最大の障害となったのが、同郷・同業など各種の既存労働者組織であり、それらを党の勢力基盤とすべく、中国共産党は親方層の支持を資本家と争い、多くの有力な親方は双方の間で漁夫の利を占めることになる。その結果として、中国共産党の都市社会における勢力基盤をきわめて脆弱なものにとどまり、1927年の四・一二クーデタによって完全に崩壊するにいたったのである。その意味で、五・三〇運動は初期中国共産党の社会動員における、最初で最後の成功だったと言える。

報告者:味岡徹客員研究員
テーマ:共産党根拠地の憲政化事業
国民党政権によって憲政への移行が試みられていた時期に、独自の根拠地を擁する共産党が憲政に対してどのような認識を持ち、またどのように憲政事業に取り組んだのかを検討した。共産党の憲政思想は「党の指導」の絶対性を前提とするもので、その点で公権力を制限して個人の人権を保障するという憲政の西欧的意義とは異なり、また指導する党員と指導される非党員との間に、身分的区別を設ける外形的憲政であり、その憲政事業には国民党側への対抗という性格が強かった。

報告者:斎藤道彦研究員
テーマ:国共内戦起因考
日中戦争終了後の国共内戦が、国民党と共産党のいずれの側から攻撃をしかけたことによって開始されたのかを、米国・ソ連との国際関係をも視野に入れつつ検証する。内戦は共産党の革命の論理と国民党の統治の論理との激突であったが、国民党による東北地区の収復を共産党が阻止し、同地区を確保しようとしたことが、内戦の主因となった。これに対して国民党は、憲政の実現を目指して共産党にも参加を求めており、内戦を発動する動機は乏しかったはずである。
以上の3報告に基き質疑応答・自由討論を行なった。当日は70名ほどの参加者があり、活発な意見交換がなされた。

セルナ,ピエール氏の講演会

日 時:9月28日(月)
場 所:日仏会館601号室
講 師:セルナ,ピエール氏(パリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学教授)
テーマ:フランス革命はアブノーマルか?
企 画:研究会チーム「総合的フランス学の構築」

はじめに
ソルボンヌ・フランス革命史講座の第10代所長
共和国の神話化と平板化に抗して
王政復古とクーデタの試練:1799、1815、1851、1890年代、1940、1958
共和国と民主主義(議会制民主国)の違い
Pierre Serna, La Republique des Girouettes 1789-1815 et au-dela:une anomalie politique:la France de l'extreme centre, coll. La Chose publique, Champ Vallon, 2005
共和国は不安定な政体、市民全員の意思の力で構築すべきもの

Ⅰ 共和国の誕生とそのアノマリー(異常性)

1)共和国はいつ始まり、いつ終わったか
始まり:1792年9月20日ヴァルミーの勝利、21日王政廃止により共和国誕生?
終わり:1974年7月テルミドールの反動、総裁政府(1795-99)、ブリュメール18日、執政政府(1799-1804)、帝政も共和国を自称
19世紀共和国の三類型:ボナパルティスム(権威主義的共和国)、議会制ブルジョワ共和国(総裁政府)、社会的代表制民主主義
市民の参加による共和国(正当性)か、社会秩序維持の統治技術(合法性)か民主主義の至上命令か国家理性か
アメリカは個人の擁護、フランスは君主の恣意に代わる普遍的法の支配

2)共和国は「合法性」の擁護か、「正当性」の容認か

議論の起点は1791年7月7日シャン・ド・マルスの虐殺
6月20日国王の国外逃亡(君主の空位)→コルドリエ派王政廃止の請願書
ブリソーの共和国の三要件:王政の否定・代議制民主主義・公共的討議空間シェイエスとペイン+コンドルセの論争:選挙で選ばれた代議士と行政府による秩序維持が、選挙権の拡大による全市民参加のシテの建設か
→シェイエス:共和国か民主主義か、モナキー(一者の専制)もポリアーキー(多数の専制)も同じ、主権の所在より統治の質が重要、共和国的統治は民主主義的正当性とは異なる、国家の頂点の統治者の責任、定期的選挙による統治者のチェックが必要、制限選挙制による立憲王政を擁護(議会の独裁を避けるため両院制と集団指導制)
7月17日共和国が民衆に発砲(バイイとラファイエット)、合法的強権発動

3)戦争は共和国の本質か

共和国は王国に囲まれて存続的できるか
共和国では公論が第四権力、領土・国境の画定は王室間で決める問題ではない、共和国はパトリオット、教皇領アヴィニョンが住民の意思でフランス貴族を決めた衝撃
被抑圧人民解放の義務、ブリソー(ジロンド派)は開戦論、アメリカ独立戦争の影響
オーストリアに宣戦、海洋帝国イギリスにも挑む、外国勢力の陰謀への恐怖
1792年4月ロベスピエールは戦争に反対、死刑や戦争の合法的暴力を認めない戦争が革命政府を変えた、恐怖政治1793年9月-94年7月、戦争による国の再生

4)共和国政府は例外の政府か永続的例外か、非宗教化から宗教国家への転換

a)恐怖政治は共和国の例外状態とされてきたが(1973年憲法の実施延期)、
むしろ共和国はパーマネントな例外状態とみるべき
共和国は全員の継続的意思表明によって支えられる→共和国的価値の共
有が必要、公民的徳・倫理の強要
永久革命としての共和国、平等な市民の共同体建設への恒常的コミット
が求められる
共和国はたえざる文化変容、絶対王政におけるカトリックに代えて共に
生きる意志をたえず反復して確認(共和国祭典)
73年6月以降のロベスピエールは共和国の宗教化を推進
74年2月の「徳と恐怖」の演説、3月4日エベール派・ダントン派の処

b)倫理の共和国から神権政治へ、74年6月「最高存在」の祭典

宗教とシビル(政治)の関係の混乱
共和国(器)に徳の倫理(意味)を吹き込む、ユナミニスムが多元主義を排除
市民社会(私)と政治(公)を一体のものとするユートピア的共和主義
古代ギリシャ・ローマ、ルネサンス期イタリアの失われた理想を未来に向けて再生
画家ダヴィッドによる革命賛美(グロリフィケーション)
無神論と反宗教的暴力を否定して宗教的共和国へ
ロベスピエール「宗教的道徳的理念を共和国原理に結び付けたシオン祭典」
ルソーの『社会契約論』を典拠、ソシアビリテ感情としての宗教
政治と宗教の関係の逆転:聖職者民事基本法では国家が宗教を包摂、最高存在の祭典では信仰が公民道徳と共和国市民権の中核に
73年6月10日「大恐怖政治」法から7月27日テルミドールの反動まで

Ⅱ 「風見鶏」と「極中道の共和国」(5つ目の異常性)

「風見鶏」と「極中央」は革命前期(1789-94)から革命後期(1795-99))への遺産
a)1815年刊行の「風見鶏辞典」、徳の共和国の対極の裏切者・変節漢のアンチヒーロー780人と15の機関・組織がリストアップ、憲法制定誌会・立法議会・国民公会・総裁政府・執政政府・帝政期の議員、軍人、高級官僚Grands Corps、学者・大学人も
1789年-1816年の風見鶏の政治史は徳の共和国ではなくキャリア優先
の政治エリートの存在を浮き彫りに

b)どう解釈すべきか、左右対立による共和国の機能不全という図式を捨てるべき
作業仮説:フランスのエリートは左右のイデオロギー対立の危険を強調し「不可視の中心」を占めようとしてきた。彼らはイデオロギー的立場を必要とせず国家の中枢的行政機関を占めることに腐心した(立法権より行政権)。
ロベスピエールからボナパルトまで過激派と反革命の危険を避けつつ国家の舵をとる左(赤)と右(白)の両極に烙印を押し、みずからはイデオロギー対立の上に立つ不可視の中心が右と左を急進化させ、みずからは偶発的事件や状況の管理に専心支配の武器は厳禁令、恐怖政治、総裁政府の恣意的政治、執政政治と帝政の自由抑圧的法律「極中心」とはこの輪郭を定めがたい行政権力、極右・極去に劣らずラジカル民主的討議に対する行政権の暴力だが、一枚岩ではなく内部矛盾を抱える

c)予想される反論に備えて
・絶対王政と恐怖政治の後に出たナポレオン帝政を擁護するのではない
・革命期の討論の豊かな多様性を単なる権力闘争に還元するものではない
・「テルミドールの反動」によってトロツキーを追放しブハーリンを粛清したスターリンの独裁を説明するものでもない仮説のねらいは1988年刊フュレ+ロザンヴァロン+ジュリアール『中道の共和国』とは違う形で、「極中道」の見えない中心をフランス政治の説明原理として提起することフュレらの「中道の共和国」は左対右、反革命対ジャコバン主義、ゴーリスム対コミュニズム対立構図の終わりとミッテラン二期目の「統一されたフランス」のソーシャル・リベラル・モデルを確認するものだった。しかし違った読み方が可能。
革命期にすでに議会の左右二極化を妨げる見えざる中心があった。「中道の共和国」は絶対王政期にも存在した。
政治エリートはイデオロギー的プラグマティズムによる良識と行政権の執政を結びつけ自分たちの利益を守ってきた。
王政の終わり1789、1791と共和国の転換点1794、1799、1851、1940、1958はすべて違うが連続性がある。それは「極中道の共和国」とそれを取り巻く「風見鶏たち」の存在だ。

ゴリヨ,ベネディクト氏の講演会

日 時:10月20日(火)
場 所:研究所会議室2
講 師:ゴリヨ,ベネディクト氏(ヴァランシエンヌ大学准教授)
テーマ:オウィディウスの現代性
-パスカル・キニャール『地獄を見つけるために』をめぐって
企 画:研究会チーム「英雄詩とは何か」

パスカル・キニャールは、『地獄を見つけるために』(ガリレ書店、2005年)の中で、ウェルギリウス(前70~前19)やオウィディウス(前43~後17)が詩作品に登場させたオルフェウスのように、「地獄」下りを可能にしてくれる道を探っている。この「地獄」とは、現世の「下側にある場所」であると同時に、情念と苦悩がうずまく場所でもある。ここで喚起されている苦悩とは、「世界の初め」を描くための表現を探し求める創作家が経験する苦悩である。「世界の初め」は、頼るべき座標軸を失った「幼児」の状態や、我々の誕生の瞬間と同一視される。「幼児」とは、母語を獲得することで失われる、直接的かつ官能的な生という楽園のことである。また、我々の誕生の瞬間は(たとえそれが我々の理解力を超えるものだとしても)、我々がそれを明確に捕らえようとすると絶えず逃れさってしまうのに、我々の精神に常につきまとってくる。
キニャールが『地獄を見つけるために』の中で、オウィディウス作『変身物語』の最初の詩行を引き合いに出すのは、そこでオウィディウスが、キリスト教時代の初めに、世界の初めを描くために言葉を紡ぐ試みをしているからである。「新シイ体ニ変身シタ姿ニツイテ語ル。私は変身する体について語る。私は天よりも先に存在した混沌から始めるのだ」(『地獄を見つけるために』、39頁)。もう少し先でキニャールはオウィディウスの作品に注釈を施し、不可視でありながら執拗に迫り来る「地獄の」層のごとき「下側」から、この世界の初めが人間という存在を作り上げるという考え方を補強する。キニャールによると、「未来永劫にわたって / かつて存在したものについての、かたちのない不安がひろがっている、/ それほど過去が未来にその罠を仕掛けている」(同書58頁)。したがってパスカル・キニャールは自らを、オルフェウスよりもむしろオウィディウスと同一視しているのである。オウィディウスは、ギリシアのヘシオドス(前8世紀頃)やカリマコス(前305頃~前240頃)にならって、天地開闢に関するこうした言述を試みたからである。 しかしながら、ラテン詩人オウィディウスとは異なり、現代フランス人キニャールは物質界全体の起源よりも、個々の人間の起源を探っている。そのためキニャールは、宇宙発生説よりも存在論が争点となる言葉を入念に仕上げようと試みている。そのことを示唆するためにキニャールは、『変身物語』に、ジャンルを異にする『悲しみの歌』を重ね合わせている。『悲しみの歌』とは、オウィディウスの自伝的な書簡であり、そこで「オウィディウスは(…)ヘモスとロドピのオルフェウスのように」(『地獄を見つけるために』、5頁)、ローマでアウグストゥス帝の取り巻きに注いだ「余計な視線」を再び話題にしている。その視線のせいでオウィディウスは黒海沿岸の僻地「トミス」へ追放されることになった(「私は見てはいけないものを見てしまった」、同書2頁)。オウィディウスが犯した過ちとは、皇帝の寝台にいた60歳代のアウグストゥス帝の妃リヴィアか、(アウグストゥスに仕える)マエケナスの妻の裸体を目にしてしまったことである。キニャールはそこに自らが抱えていた謎を映し出す「像(イマーゴ)」を見出すのである。その謎とは、オウィディウスが性交中の母親の裸体を目にしたというものであり、キニャールの想像世界(イマジネール)が不可視のものの典型として抱き続けてきたものである。
しかしながら、オウィディウスと同様にパスカル・キニャールも、捉えがたい「昔」に可能な限り近い言説を作り出すという賭けを試みている。オウィディウスは、ギリシア=ローマ文化が伝える神話全体を考慮し、様々なジャンル(叙事詩・牧歌・教訓もの)を一つにまとめあげた。それでもオウィディウスは、彼自身の語りと、その語りや彼の描くオルフェウスの語りの中に挿入された様々な神話物語との間に、はっきりとした線を引くことを忘れなかった。これに対しキニャールは、さらに一歩先へ進む。編纂と混ぜ合わせの作業をさらに進めるのである。オルフェウスの言葉(『地獄を見つけるために』、2頁)、オウィディウスの言葉(3頁)、語り手の言葉(37頁)を表現するのにキニャールは、1人称による同じ言明を使う。キニャールは、時間的要素を時系列に沿ってつなぐのではなく、これを無秩序に編纂している。こうした編纂作業の目的は、時間的要素を混乱させて、世界の初めへと向かう強迫観念が遍在することを適切に表現するところにある。さらに、キニャールは、オウィディウス以上に激しく、著者のアイデンティティーも含めた、人間存在のアイデンティティーを炸裂させている。『地獄を見つけるために』の37ページに、その典型例が認められる。キニャール曰く、「<私の>書物とは何だろうか?それはナポリの入り江周辺に建てられた、館の壁面に雑然と描かれた<すべての>フレスコ画である」。自分の誕生の瞬間を唯一のイメージの中に固定できない以上、自分が最初に抱いた存在するという感覚は、やがて一貫性のないものとなっていくのである。 『地獄を見つけるために』はこのように、30年前から構想されていた独自の詩法のエッセンスを提供してくれる。それだけでなく、2009年9月に刊行された最新作『沈黙する舟』(スイユ社)という作品の理解を一層高めてくれるのである。

趙 京華氏の講演会

日 時:11月28日(土)
場 所:研究所会議室2
講 師:趙 京華氏(中国社会科学院文学研究科教授)
テーマ:小林多喜二の「蟹工船」と中日両国の1930年代プロレタリア文学
企 画:研究会チーム「多様化する現代中国文化」

2008年以降、日本では「蟹工船」ブームが続いている。原作は160万部を突破、現在映画が公開中(2009年9月26日から)である。『マンガ「蟹工船」』(島村輝解説、東銀座出版、2006年)も刊行された。世界経済不況の中に置かれた日本の若者に人気で、それにより日本共産党の支持率も上昇するほどだという。
この現象はプロレタリア文学の復活ではなく、文学のあり方が問われているのであろう。今日の文学は何をなすべきか、時代のニーズに応じて現実社会の問題をいかに再現するか、文学に固有の政治性を取り戻す必要があるのではないか、などである。
本報告では、以上の課題に対して見解を述べると同時に、1930年代の歴史に立ち返り、中日両国の左翼相互の緊密な連携と「蟹工船」に代表される小林多喜二文学の中国文壇での受け止め方を通して、プロレタリア文学の世界同時性とインターナショナリズムを再検証したい。
実は現在、中国においても『蟹工船』ブームは高まりを見せている。2009年1月には、葉渭渠訳の『蟹工船』が、南京・訳林出版社より再版された。2009年7月には、秦綱、応傑訳の『蟹工船・漫画版』も、北京・人民文学出版社より出版されている。また、2009年7月には、北京の魯迅博物館で「左翼文学の大衆化と世界性――小林多喜二と魯迅と中国のプロ文学」という国際シンポジウムが開催された(これに先立って2005年、すでに河北大学で小林多喜二に関する国際シンポジウムが催されている)。
このブームの背景には、市場経済や資本主義の展開による格差の拡大、社会矛盾の深刻化、雇用条件の悪化、「農民工」の過酷な労働環境がある。また最近の思想界における新左派(批判勢力)の登場、中国革命の歴史経験や左翼文学を見直す動きも関係している。
これまでに出版された『蟹工船』の中国語訳には、以下のものがある。
最初は1930年の藩念之訳(上海・大江書舗)で、これは欧米諸国よりも早い。続いて、1955年の楼適夷訳(北京・作家出版社)、1973年の葉渭渠訳(北京・人民文学出版社)、1981年の李思敬訳(北京出版社)。なお、1962年には、日本より先に出た『蟹工船』の中国語絵本(連環画)という変り種もあった。
『蟹工船』は、資本の論理から帝国主義時代の社会構造をさらけ出している。その政治批判は奥が深い。帝国主義―財閥―国際関係―労働者という四者の関係を全面的に暴き出した。小林多喜二が持っていた社会分析の方法は、資本の論理から資本主義社会及びその生産関係とイデオロギーを総体的に把握し、その上に革命的な改革の方策を提起する、いわゆるマルクス主義の政治経済批判である。このような分析に伴って、小林は政治的な価値判断を下した。資本や国家の暴力がもたらした人間社会の不平等を批判し、全人類の解放という理念に立って価値判断を行ったのである。
では、中日両国の1930年代プロレタリア文学運動の緊密な交流から見たプロレタリア文学の世界性とはいかなるものか。これまでの比較文学研究には、方法論上の問題点があった。すなわち、影響・受容論に覆い隠され、1930年代におけるプロレタリア文学、ことに中日プロ文学の世界同時性が見落とされていた。
そこで注目したいのは、山上正義の『国際プロレタリア文学選集』「支那小説集 阿Q正伝」の和訳(四六書院、1930年)である。これについては、丸山昇『ある中国特派員――魯迅と山上正義』(中央公論社、1976)が参考になろう。さらに、尾崎秀実の上海における中国左翼運動への関与、彼の独自の中国観にも注意を払いたい。彼が日本のプロレタリア文学の動きを中国に紹介したことも、重要な仕事だった。これについては、尾崎秀樹『上海1930年』(岩波新書、1989)に記述がある。
小林多喜二『蟹工船』の中国における反響としては、中国の左翼評論家(夏衍、王任叔ら)による迅速かつ高い評価があった。これに応えて、小林多喜二は『蟹工船』の中国語訳刊行に当たり序文を寄せ、中国左翼文学との連帯を表明した。その後、小林多喜二の横死を受けて、魯迅らが追悼活動を起こす。「横死した小林の遺族のために寄付金を募る」という広告文を『文芸月報』、『文学雑誌』及び新聞などに掲載したのである。このような動きこそ、プロレタリア文学のインターナショナリズムを象徴するものであろう。
1980年代以来、中国では「芸術価値が第一」という観念が流行し、文学の脱政治化の傾向が強まった。判断責任を放棄することによる文学の批判性の衰退も顕著である。こうした状況を踏まえ、消費社会における文学の娯楽性を認めた上で、より深く社会改革にコミットする文学を創ることが求められるようになった。近代文学固有の政治性を取り戻し、新しいインターナショナリズムを再構築しようという動きである。これは、アメリカを中心としたグローバル化への抵抗としても有効であろう。

ゴドリエ,モーリス氏の講演会

日 時:12月3日(木)
場 所:研究所会議室1
講 師:ゴドリエ,モーリス氏(フランス社会科学高等研究院教授)
テーマ:人類学は現代世界をどうとらえるか
企 画:研究会チーム「総合的フランス学の構築」

(中央大学社会科学研究所研究チーム「グローバル化と社会科学」と共催)
講師はレヴィストロースの後続世代の代表的文化人類学者のひとりで、フランス社会科学高等研究院教授として定年後も研究・教育にたずさわっている。
文化人類学は西洋中心主義を相対化する非西洋の「未開」文明に「他者」を発見してきた。しかしゴドリエ氏は西洋文明の「脱構築」には与せず、グローバル化の時代にふさわしい文化人類学の再建を提唱する。
南太平洋のバルヤ族のフィールドワークから出発して、ゴドリエ氏は「共同体・社会・文化」の新しい定義に到達した。

ダグラス,バイバー氏の講演会

日 時:12月10日(木)
場 所:研究所会議室1
講 師:ダグラス,バイバー氏(北アリゾナ大学英語学部特別名誉教授)
テーマ:英文法の最近のトピックから 
企 画:研究会チーム「文法記述の諸相」

■第2回(通算13回)〔公開研究会〕 12月10日(木)
講 師:Douglas Biber 氏(北アリゾナ大学特別名誉教授)
テーマ:Some Recent Topics in English Grammar 英語(通訳なし)

英語レジスターの多次元分析の草分けとして著名なDouglas Biber博士に、最近の研究成果を発表していただいた。可能な限り統計学的説明を省き、伝統的な英文法の分析手法にのっとり、興味深い英語のジャンル別分析に関するテーマを紹介いただいた。ひとつは、指示詞のthatについて、thisとの比較をしながら、特に話し言葉でthatの生起頻度が高いことを、豊富なコーパスデータを基に例証された。もうひとつは、文構造を複雑にしているものについて取りあげられ、that補文節や関係代名詞に加えて、特に書き言葉では、複数の前置詞句補部に後置修飾された長い名詞句の存在がもっとも顕著であることを明らかにされた。
通常の研究員以外の参加者も多く、また興味深い質疑応答がなされ、意義深い研究会となった。