日本比較法研究所

2023年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:体系としての客観的帰属

 2023年4月13日(木)午後4時から、中央大学駿河台キャンパス501号室において、「体系としての客観的帰属」とするテーマで講演会が行われた。講演においては、刑法総論において議論されている客観的帰属について、各論の議論を踏まえつつ、その位置づけが検討された。その後、活発な質疑応答が行われた。

 

テーマ:ドイツにおけるオンライン捜索:批判的概観

 2023年4月14日(金)午後4時から、中央大学駿河台キャンパス501号室において、「ドイツにおけるオンライン捜索ー批判的概観」とするテーマで講演会が行われた。講演においては、ドイツ刑事訴訟法100条bに盛り込まれたオンライン捜索の規定が刑訴法に盛り込まれる以前のノルトライン・ヴェストファーレン州警察法におけるオンライン捜索の規定に関する連邦憲法裁判所の違憲判決に触れつつ、犯罪捜査としてのオンライン捜索が、基本権を侵害する重大な捜査手法であること、その規定が明確でないといった点を挙げたうえで、刑訴法100条bの規定の合憲性につき批判的な検討をした。その後、質疑応答が行われた。

 

テーマ:ヨーロッパ人権裁判所による性的マイノリティの保護

ヨーロッパ人権条約(ECHR)には性的指向や性自認に関する明確な言及がないにもかかわらず、ヨーロッパ人権裁判所は性的マイノリティの保護に役立ってきた。たとえ同裁判所の判例が慎重すぎる(あるいは例外的に大胆すぎる)と批判されることがあっても、同裁判所は性的マイノリティに属する個人の身体的および道徳的な一体性と社会的地位を保護するために、ECHRの諸規定を適用してきた。

その結果、ヨーロッパ人権裁判所は、性的指向(Dudgeon v. the UK, 1981)と性自認(GC, Goodwin v. the UK, 2002)を自己の重要な側面として認識することから始まる、豊かな判例による法理を形成した。しかし、この分野では、同裁判所がまだ踏み込もうとしない領域も存在する。同裁判所は、最近の判決で、インターセックスである申立人の利益のために中立的(ニュートラル)な性を認めることをフランスの国内裁判所が拒んだことについて、フランスのECHR第8条違反を認定することを避けた(Y v. France, 2023)。
ヨーロッパ人権裁判所は、職場における差別からの保護(例えば、Lustig-Prean and Becket v. UK, 1999)から、表現の自由(例えば、GC, Macatė v. Lithuania, 2023)やデモ(例えば、Alekseyev v. Russia, 2010)への権利保護まで、公共の領域においても性的マイノリティを保護してきた。同裁判所は、ヘイトスピーチ(例えば、Beizaras and Levickas v. Lithuania, 2020)や、ヘイトクライム(例えば、Sabalić v. Croatia, 2021)からの性的マイノリティの保護については揺るぎない立場をとっている。

最後に、ヨーロッパ人権裁判所は家族やカップルを保護してきた。しかし、同裁判所の判例における法理は、トランスジェンダーの申立人とゲイの申立人との間に一定の区別があることを明らかにしている。さらに、同裁判所が、同性愛のカップルが、異性愛のカップルと同様に、家族生活への権利を享受していることを認めるまでには、長い時間を要した(Schalk and Kopf v. Austria, 2010)。そして同裁判所は最近になって、ヨーロッパではコンセンサスが得られていないにもかかわらず、同性カップルに対して公的な保護を確保するECHR第8条に基づく義務をようやく認定した(GC, Fedotova and others v. Russia, 2023)。しかし、平等はまだ達成されておらず、同裁判所は依然として、同性カップルに結婚の権利を認めるECHR第12条に基づく義務はないという立場をとっている。

以上のように、ヨーロッパ人権裁判所は性的マイノリティの保護において重要な役割を担ってきた。同裁判所は、性的マイノリティの保護に存在する(欧州評議会における)「西と東の不一致」(P. Johnson)に対処することを望んできた。しかしフランスでは、同性婚の問題が、ヨーロッパの西側諸国においても同性愛嫌悪の反応から無縁ではないことが明らかになっている。同裁判所の判例法理が、伝統的な価値観が性的マイノリティに認められる権利を制限するために使われている(東側の)国々でどのように受け入れられるのかについて、注目されるところである。

 

テーマ:ポーランドの法曹教育

 ポーランドにおいて、法曹になるためのルートが紹介された。法曹としては、いわゆる弁護士(アボカ)、リーガルアドバイザー、裁判官、検察官が扱われたが、主として前半に重点が置かれた。アドバイザーは19世紀の頃からの比較的新しい職種であり、複数の組織から依頼を受けられるが、弁護士は、一つのフォームに属するもので、内容としては、現在は差が無いようであるものの、歴史的な経緯から、統合という話も出ているが、まだされないようである。そして、弁護士になるためには、法学部を5年出た後、研修所のようなセンターに入るための150問の択一試験があり、100問が合格点であること、研修所は2年で、そこで事件に関する適用を学ぶこと、その後の試験は、事例を使ったものであることが示された。弁護士やアドバイザーについては、センターではお金を払うが、そのときにいっている弁護士事務所等ではお金が払われることなど、財政的な説明もされた。なお、弁護士とアドバイザーについては、支払われるお金には差がないようである。内容についての確認や比較法的な観点からの質問がなされた。

 

テーマ:ポーランドの法理論と実務における法解釈

 ポーランドの法解釈における理論と実務についての講演が行われた。日本と同じ制定法国であるポーランドで、どのような法解釈が行われているかについて、主として、裁判官が事件を前にして、法の選択、解釈、適用をする場面を念頭に置いて、解釈で用いたらるルールについて講演が行われた。解釈について、意味論や統語論の観点からの議論も提示された。かつ、価値論的な視点も提供された。後の質疑では、日本と同様に制定法国でありながら、ポーランドでは解釈ルールについて一定の了解が、法曹教育を通して形成されているという現状が確認されるなど大きな成果があった。

 

テーマ:世界の中の国際刑事警察機構の役割:国際警察活動の未来

 本講演は、「グローバルな世界でのインターポール」と題する国際刑事警察機構(インターポール)の歴史と現在の意義に関する講演である。インターポールは、20世紀初めに、ヨーロッパの警察機関間の連携の円滑化を目的として設立されたもので、当初は通常犯罪よりも政治的背景をもったテロなど政治的な犯罪に重点が置かれており、国際会議においても警察幹部ではなく政治的指導者が参加していたという。当初の活動の中心はウイーンであったが、戦後ナチスの陰を振り払うべくパリ、さらにリヨンに移転した。現在の主要課題は、薬物密売組織やサイバー犯罪組織のような国境を越えて活動する組織犯罪とそれによるマネーロンダリングである。テロ対策も、引き続きインターポールの重要な課題とされている。インターポールを研究している研究者は非常に限られており、上記講演内容はそれ自体貴重なものであったが、講演会及び終了後には元警察官僚でインターポールに関する職務に就いたことのある世取山茂氏や河合信之氏らも参加し、活発な意見交換をすることができた。

 

テーマ:婚姻イメージの変化と婚姻法の変動:基本法6条1項を背景にした婚姻法の現代的課題

 ヨーロッパでは、いわゆる契約結婚と言われる範疇に含まれる形の生活形態が広まっている。フランスのPACSはこの典型例ということができる。他方で、ドイツでは基本法が婚姻を法的に保護している。このため、憲法上の保護対象となる婚姻ということを理由にして、保守派には伝統的な形態の婚姻以外は基本法上の保護対象とならないという形で婚姻概念を限定しようという動きも存在する。しかし、婚姻像がキリスト教の縛りから次第に解き放たれてきている現代社会では、法は、これが婚姻であると規定することは許されず、人々が抱く婚姻像に合致する婚姻法にしていく必要があるとする。いわば、人々が利用したくなるような婚姻の姿を婚姻法に規定すべきとする。このことは、離婚についても同様のことが言えるとする。そして離婚については、破綻が認められなければ離婚は認めらえない、また破綻認定のためには一定の期間が必要であるというスタンスを現在のドイツ法は変えることはできないという。

 

テーマ:デジタルコンテンツに関する消費者契約に対する欧州連合の新しい法規制

 デジタルコンテンツを実装したものは、家電製品から始まり数多くの製品が存在する。これらの製品が関連する消費者契約ということになると、幅広いものとなる。こうした消費契約について、日本に比べると各段に厳格なEUの法規制についての最新情報が提示された。

 

テーマ:現代出自法の目的に関する比較法的考察

 法的な親子関係の決定に関して、ヨーロッパでは共通した問題に直面している。それは、現代社会の様々な家族形態と生殖補助医療が組み合わされることによりもたらされる状況である。母の夫を子の父とするパテル・エスト・ルールが、ヨーロッパ諸国では適用されているが、半分以上の子が婚姻外で生まれている現状では、このルールも適用できないことになる。さらに、同性婚が制度化されている現在、母が二人いるという状況も生まれている。このような問題について、本講演は、原理的および比較法的考察を展開した。

 

テーマ:刑法の限界---「権力論に根拠をもつ法理論」をめぐる考察

 第1回講義においては、正確には、「刑法の限界:権力論により根拠付けられた法理論についての、法理論的な、かつ学際的色彩をもった考察」というテーマについて論じられた。ジン教授は、2006年に、権力論を用いて刑法解釈論の問題を論じた論文で教授資格を取得し、これにより「ヘルベルト・シュトルツェンベルク賞」を受賞されているが、本講義はそのエッセンスを紹介するものである。ハーバマスのコミュニケーション的法理論の成果を利用しつつ、現代における法と権力の関係のあり方について詳しく論じられた。講演後は、教授の構想をめぐって多くの質問が出され、盛んな議論が行われた。

 

テーマ:われわれはなぜ死刑制度に反対するか;死刑の代替刑としての終身刑について

 第1回の公開講演会は、研究者ばかりでなく、死刑問題に関わる弁護士数名も参加して行われた。ジン教授は、講演の前半では、刑罰制度としての死刑制度が維持しがたい理由を述べ、後半では、死刑に代替する物としての終身自由刑のあり方を論じられた。講演の最後には、「ドイツを参考とした死刑代替モデルは、一方では応報の要求、他方では社会の安全の利益という両方を考慮するものです。それにより、目的は達成されたことになります。その論理的帰結として導かれるものは、死刑制度の廃止です。目的が別の方法で達成できるのであれば、死刑は必要なくなるのです。そのとき、死刑廃止は、新たな刑法システムに向けての改正の象徴となるでしょう。新たな刑法システムとは、グスタフ・ラートブルフの言葉を借りれば、「血の匂い」と「復讐の精神」から解放された刑法システムなのです。」と述べて、締めくくられた。講演後は、特に、ドイツにおける終身自由刑のあり方をめぐって盛んな質疑応答が行われた。

 

テーマ:ドイツにおける自殺援助をめぐる法改正について

 ドイツにおいては、日本と異なり、自殺関与(自殺援助)は犯罪とされていないが、2015年、その一部を犯罪とする刑法一部改正法が成立した。この「業としての自殺援助」についての改正法の規定は、連邦憲法裁判所により憲法違反とされ、そこで、現在、ドイツの連邦議会に新たな改正案が上程されている。ジン教授は、それらの法案を紹介しながら、詳細な検討を行った。ジン教授は、連邦議会の公聴会で法案についての意見を述べた参考人の一人であり、この問題についての最新の情報が提供されたことになる。この講演会には生命倫理の問題に関心をもつ、多くの参加者があり、時間を大幅に超過して、質疑応答が行われた。

 

テーマ:ドイツにおける組織犯罪対策

 最後の講義では、ドイツにおける組織犯罪対策研究の第一人者であるジン教授が、ドイツにおける組織犯罪対策の歴史と最新の状況について実体法・手続法にまたがった検討を加えられた。EUとの関わりや国境を越えた捜査と立件に伴う問題などに言及され、ジン教授ならではの大変興味深い内容であり、この問題についての在京の専門家が集まり、立ち入った質疑応答が行われた。講演後は場所を変えて議論が続けられた。

 

テーマ:異なる法秩序間の規範抵触と調整の可能性:UN法、EU法、ECHR法を素材として

マドゥール教授の報告は、国際規範と欧州規範との間の矛盾・抵触を、国際スポーツ秩序と欧州司法裁判所・欧州人権裁判所との関係を素材として検討・考察するものだった。国際スポーツ秩序は、私的な国際秩序である。そこにおいて、スポーツ連盟は、スポーツ活動およびそれに関連する経済活動について、例外的レベルの高度な自立性を有している。また、スポーツ連盟は、これらの連盟により管理されているスポーツ仲裁裁判所の決定のみに服する。このような国際スポーツ秩序は、次の3つの特徴を有している。1)それは私的連盟・企業にもとづいている点で私的秩序である。これらの連盟・企業は、そのほとんどがスイスで設立されている。2)それは、スポーツ市場において、公的機関の規制権限に似た規制権限を行使する。3)それは国際的またはトランスナショナルな秩序である。というのも、そこでのルールは国際スポーツ諸連盟により採択されるからである。同時にそれらのルールは国内的効果をともなうものでもある。というのも、それらのルールは強制的に各国のスポーツ連盟により国内的に実施されるからである。このような私的国際組織に広範な規制権限が認められていることは、従来、1)私的権威、2)利害関係者の代理、3)実効性の3つにより正当化されてきた。マドゥール教授はこれらの正当化理由を、私的なスポーツ・ガバナンスの分野で生じている深刻な制度的問題の観点から批判する。そこから、同教授は、そのような問題をかかえるスポーツ・ガバナンスに説明責任と監督システムを導入ことが必要であること、しかしながらこの必要性は、国際法によっても、国内法によっても有効には果たせないこと、そこで登場するのが欧州司法裁判所および欧州人権裁判所であることを、主張する。さら、同教授は、これら2つの裁判所が、スポーツ仲裁システムから生じる紛争を解決する上で、重要な役割を果たしていることを、スーパーリーグ事件判決(欧州司法裁判所)およびセメニャ事件判決(欧州人権裁判所)の事例を通じて、説得的に示した。最後に同教授はこれらの裁判所の役割がどこまで正当化されるのかという問題を提起し、参加者と積極的な質疑応答を行った。

 

テーマ:制限行為能力者の「支援」のあり方を考える

<基調講演>
尹 泰永(亜洲大学校法学専門大学院・教授)「能力制限から不公正な法律行為へ ―アンケートデータに基づいて」
朴 仁煥(仁荷大学校法学専門大学院・教授)「後見代替制度として後見契約の活用可能性」

 

テーマ:刑法解釈学と法倫理学の観点から見た完全自動運転車とトロリージレンマの問題

明知大学のアン・スギル先生より、「刑法解釈学と法倫理学の観点から見た完全自動運転車とトロリージレンマの問題」と題してご講演いただいた。本講演は、レベル4又は5の自動運転車がトロッコ問題の状況に直面し得る場面を場合分けし、刑法解釈学及び法倫理学の観点からどのように考えられるか、複数の立場から詳細に検討するものである。刑法学、民法学の討論者からの各コメント・質問への回答の後、フロアとの間でも質疑応答があり、活発な意見交換をすることができた。

 

テーマ:相続法における違法な契約ー比較法的な散歩

比較法の観点で、遺産の承継についての契約による処分等の可能性に関する解説があった。ドイツ法の基礎で他の国、特にヨーロッパの国はドイツ法とどう違うか、また、国際的な傾向について報告された。出席者は中央大学の教員(現・元)4人、その他は中央大学の法学部生、大学院生で、講演会後には20分以上の議論がなされた。

 

テーマ:韓国における被疑者取調べの適正化―弁護人立会いの法制及び実務運用を中心に―

韓国警察大学校法学科教授、李東熹教授により、弁護人立会制度を中心としつつ、韓国における被疑者取調べに関わる近年の立法や実務の動向を広くご紹介いただいた。具体的には、最新の刑訴法改正により、警察官作成のものに加えて検察官作成の供述録取書も被告人がその内容を認めなければ、証拠能力を与えられないことになったことや、取調の録音録画の記録媒体の実質証拠や弾劾証拠としての利用が禁じられていること、憲法解釈により被疑者取調べに弁護人の立会が保障されるとした判例があり、それに基づき現在は刑訴法上明文で弁護人の立会が保障されていること、身柄拘束・保釈、取調の録音録画制度の近年の運用、警察署等における取調の実施方法やその場所などが詳しく紹介された。紹介された法制や運用はわが国には存在しないものが多く、質疑応答の際には活発な質問や議論がなされた。

 

テーマ:比較刑事法から得られるもの : オーストラリアと日本における身柄拘束取調べと録音録画の比較

メルボルン大学ロースクールのピーター・ラッシュ准教授による本セミナーは、2つのパートから構成されていた。第1は、いわば総論であって、同准教授が具体的課題についての比較法研究を行うに際して用いる方法論等が示された。第2は、その方法論を前提とする各論であって、今回は身柄拘束下での取り調べという問題について、豪日の比較がなされた。

第1パートでは、単なる外国法研究と比較法研究の違いを前提として、比較法には類似性と相違性に着目するという2つの視点があることを指摘する。従来、比較法は相違点に着目することを中心としてきたが、同准教授は類似性への着目することで、法課題への継続的な関心を維持することができると指摘する。もとより、個別法には法域ごとの差違があることから、類似性に着目するためには、視点の切り替えが必要となるが、同准教授においては、制度文化(institutional culture)に着目することで、相違のみならず類似性をも考慮した比較の可能性を認めるのである。

第2パートは、以上を前提とした各論として、身柄拘束下での取り調べと録音録画についての豪日の比較がなされた。

ここでは、(1)身柄拘束と取り調べ、(2)取り調べのスタイル、(3)録音録画の利用、(4)法改革の4テーマが論じられた。

(1)については、今日のオーストラリア法においては、被疑者を取り調べる目的で身柄拘束することが許されているという、ある意味で衝撃的な指摘があった。コモン・ローの伝統の下では、こうした身柄拘束は許されていないが、オーストラリアでは、1984年に取り調べの録音録画を導入した際に廃止されているとのことであった。また、取り調べのための身柄拘束については、裁判所による統制が行われている。この点、日本法は、取り調べ目的の身柄拘束を認めないが、実際には、23日に及ぶ勾留を含む「人質司法」が問題となっている。つまり、取り調べ目的の身柄拘束を認めるか否かという点では、差違があるが、身柄拘束下の取り調べが行われているという点では共通性があり、さらにその統制方法に差違があるという状況が認められる。

(2)については、伝統的な「尋問 interrogation」すなわち取調者と被疑者の対決モデルの取り調べである。これに対して近時台頭しているのが「捜査的インタビュー investigating interviewing」である。これは、行動心理学・認知心理学を応用して、被疑者と取調者の間に信頼関係を築くことに特徴がある。日本でもオーストラリアでも、前者から後者への傾斜が生じているが、オーストラリアでは、警察署外での非公式な会話等が多用されるとのことであった。ここから、録画録音に対する脱法手段として捜査的インタービューが用いられているとの懸念が生じる。オーストラリアの裁判所は、一般的な証拠法原則に照らして、警察の裁量権行使を認めることが多いことが指摘された。

(3)については、身柄拘束下の取り調べの統制として録音録画が有用であると考えられているが、法廷での利用については、2つのパターンがあることが指摘された。すなわち、(a)録音録画を有罪判断のための証拠として使用する、(b)録音録画を他の証拠の証拠能力に関する問題に係る証拠として使用する、の2つである。オーストラリアでは両方で用いられ、その点についての議論はないが、日本では検察が(a)を指向するのに対して懸念が示される一方で、実際の裁判では、裁判員が(a)をしているという指摘もある。同准教授は、こうした差違について、日本とオーストラリアの間の司法文化(司法官僚制と司法伝統)、法廷内での裁判官、検察官、被告人、陪審員・裁判員の関係の違い、供述証書の違い等を根拠として説明している。

(4)については、司法制度改革に係る審議会等での議論が紹介されたが、その際に、日本においては官僚機構が刑事司法制度の中心にあるのに対して、オーストラリアでは裁判所がその頂点にあることが制度文化的差違を導いていることが論じられた。

講演の最後に、自身も映像制作者としての顔をもつ准教授は、痴漢冤罪事件を映画化した周防正行監督が法制審議会のメンバーとなった際の経験をまとめた本を紹介し、そこにおける経験は、まさに比較法的経験であったであろうとまとめられた。

 

テーマ:あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の下での国籍による差別

研究報告の概要は、以下のとおりである。

2021年国際司法裁判所(ICJ)先決的抗弁判決(人種差別撤廃条約適用事件(カタール対UAE)(2021年2月4日)(Application of the International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination (Qatar v. United Arab Emirates), Preliminary Objections, Judgment, I.C.J. Reports 2021, p. 71)により、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する条約(CERD)が国籍(nationality)に基づく差別を対象とするかどうかについて、同裁判所と人種差別撤廃委員会(CERD委員会)の各判断が異なることとなった。ICJは、CERDは国籍に基づく差別を対象としていないと判断したが、CERD委員会は以前に反対の立場をとっていた。この違いの解決策は、CERDが市民と外国人の間の差別を除外していることを認めることであり、この点においてICJは正しい。しかし、この差別は、国籍を理由とする外国人同士の差別とは区別される。CERD委員会が正しいのは、この後者の差別である。要するに、ICJもCERD委員会も、部分的には間違いであり、部分的には正しいのである。そして、国籍差別の形態間のこのニュアンスを特定することによって、2つの見解を調和させることができる。

報告後、出席者と報告者との間で活発な質疑応答、議論が交わされた。

 

テーマ:デジタル資産に関する私法規制:2022年米国統一商事法典及び2023年ユニドロワ原則について

デジタル資産に関する私法的規制について、米国統一商事法典第12編の規律と、現在UNIDROITデジタル資産と私法に関するワーキンググループにおいて検討されている論点とを比較し、電子的記録データとデジタル資産の主として財産的側面に関する法的問題を検討した。とくに両者に共通する「コントロール概念」を取り上げ、その物権的性質と債権的性質の関係について、第三者との関係で、排他性を有するケースを取り上げ、UCCとUNIDROITでは齟齬を生じていない旨を強調された。また、UCCは、デジタル資産に関する商品先物取引・課税・資金移動・アンチマネーロンダリング等の問題点は、それぞれの法領域に委ねることとし、UCCでは、最低限規律すべき点(財産的地位)を対象とするものとした。UNIDROITでは、デジタル資産に関する法適用の先後関係を規律することとし、それによって決定された国の準拠法が適用されるため、その性質決定においては、なるべく共通の財産的地位を定めておくことが重要とされた。Mooney教授の報告後、UNIDROITワーキンググループ座長を務められている神田秀樹教授(学習院大学)から、デジタル資産に関するわが国の法規制について触れ、2019年資金決済法改正で手当がなされたが、デジタル資産そのものに物権的権利さらにその善意取得を認めていない点や、わが国で電子有価証券のような手段が導入される場合には、「デジタル資産」と別の特別法によって手当てすることになろう、と指摘された。その後、Mooney教授・神田教授と参加者の間で活発な質疑が展開され、今後、UCC・UNIDROIT原則の下でデジタル資産の担保化が議論されるとき、 わが国判例法における譲渡担保法理が参照される意義があると締めくくられた。

 

テーマ:移民規制における人工知能の役割

2023年11月20日(月)午前10時から、駿河台キャンパス16階会議室において、「国際移動の規制における人工知能(AI)の役割」とするテーマで講演会が行われた。講演においては、AIを規制する国際文書作成の動向が紹介され、国際移動にAIが導入されたことでどのような人権問題が生じるのかについて検討された。その後、活発な質疑応答が行われた。

 

テーマ:証券資本市場の約束事を解き明かす:証券資本市場規制の意義とSECの役割

当日は、中央大学学長河合久先生による歓迎挨拶の後、Mark T. Uyeda Commissionerから、"Unlocking the Promise of Capital Markets and Capitalism"と題して、ご講演をいただいた。講演は、銀行による貸付と資本市場からの資金調達の相違を説明するイントロダクションに続き、(1)資本市場はどのように経済成長と革新に寄与するのか、(2)なぜ証券市場を規制するのか、(3)何を規制するのか、の3部からなるもので、資本市場とSECが経済社会をどのように支えているのかについて、複雑な状況をきわめて明快に説明するものであった。

(1)では資本市場が、より大きな革新と迅速な経済発展の基礎を提供することが述べられ、(2)では「市場の失敗」があり得るが故に、規制が必要である基本構造が、豊富な具体例と共に示された。また(3)では、5つの具体的な危険類型(Uninformed Markets, Abuse of Customers by Market Intermediaries, Market Abuses, Excessively Costly Markets, Institutional and Market Disruptions)ごとに、どのような規制が有効と考えられるかについて詳細な解説がなされた。

その後、短い休憩を挟んで質疑応答となり、多くの質問が寄せされた。中でも、講演の中で、規制コストと規制によって得られる利益の均衡が規制を正当化する要素であるとの言及があったことに対しては、ESG等の中には、コストを度外視しても行うべき規制があるのではないかという問題が提起されたが、証券市場規制者としてのSECの観点では、そのようなアプローチは採用されないとの回答があり、具体的な規制目的と規制手段の結合枠組みの中で活動する連邦政府機関のあり方について、改めて理解を深めることとなった。

 

テーマ:ドイツおよびEUにおける倒産法の現在問題

2023年11月21日18時より20時まで、中央大学駿河台キャンパス1620号室において、ドイツ連邦通常裁判所(Bundesgerichtshof=BGH)判事Röhr Christian氏を招き、スタッフセミナー「ドイツおよびEUにおける倒産法の現在問題」が開催された。セミナーでは、同氏より①EUにおける各国倒産法のハーモナイズのための指令草案の概要と②近時における連邦通常裁判所民事第9法廷の否認に関する判例の新たな展開について、詳細なプレゼンがなされた。前者は、EU倒産法統一を目指す改革の第一歩と位置付けられている指令の草案であり、来年予定されているEU議会選挙までに成立する見込みとされているが、そこには、プレパック手続きや零細企業倒産制御の枠組みなど、わが国にとっても参考になる仕組みが予定されている。後者の判例の動向では、同氏が所属する倒産担当法廷の近時の判例(群)が紹介されたが、そこでは長年にわたりドイツにおいて否認の要件立証に当たり採用されてきた法理の大転換がなされたことが報告された。この転換は、事実認定、自由心証に大きく関わるものであり、倒産法のみならす民事訴訟法の観点からも注目に値するものである。

プレゼンテーションに引き続き質疑・応答そして意見交換となったが、その際のアジェンダは、広くEU法と国内法の関係などについてもおよんだ。わが国においても大きな課題であるいわゆる「ゾンビ企業」ヘの対応が話題となったことは、議論の広がりと深度を示すものである。

 

テーマ:制限行為能力者等の「支援」のあり方を考えるⅡ

<基調講演>
陳 聰富(国立台湾大学法律学院・教授)「台湾成年後見制度の限界および未来の発展」
黄 詩淳(国立台湾大学法律学院・教授)「台湾の成年後見制度および意思決定支援の発展動向」
尹 泰永(亜洲大学校法学専門大学院・教授)「成年後見と信託の調和、信託の活性化のための韓国の法的課題」

 

テーマ:パンデミックの際のトリアージ

2024年3月18日(月)16:00から、エアランゲン=ニュルンベルク大学のクリスティアン・イェーガー教授をお招きして、「パンデミック時における医療現場の義務衝突―医療リソースが不足した場合でのトリアージの正当化に関する新たな刑法的議論を引き起こしたコロナウィルス―」と題する講演会が開催された。まず、イェーガー教授より、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)を契機として注目を集めることとなった、パンデミック時における医療現場の義務衝突という問題について、ドイツにおける議論状況や立法的対応が紹介されるとともに、パンデミック下でのトリアージの許容性が詳細に検討された。その後、フロアとの活発な質疑応答・ディスカッションがなされた。

 

テーマ:刑法における不作為犯について

本学法学部谷井悟司助教の司会、龍谷大学の金尚均教授の通訳のもと開催された、このたびのライン・フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ボン大学法学部マルクス・ワーグナー教授の講演「刑法における不作為犯について」は、刑法における不作為犯について、その歴史と現在の議論内容を明らかにするとともに、相当性条項について詳細に論じて相当性要件を客観的帰属論に解消すべきことを主張した同教授の教授資格論文(これについては、この5月に書籍の刊行が予定されている)を基礎のに、その理論の核心となる考え方を明らかにしたものである。本学のみならず、早稲田大学、龍谷大学等からも関係分野、方面の研究者、参加者を得て、対面方式(一部の遠方参加者についてはオンライン)で開催されたが、講演後の質疑、ディスカッションの場では、具体的事例を交えて不作為犯ならびに上記の説の有用性についての活発な議論が交わされた。講演会は、盛会のうちに終了し、学術交流の成果につなげることができた。