日本比較法研究所

2019年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:水平結合的兼任取締役の問題点

同一業種の複数企業に、同じ取締役が選任される現象(horizontal director)は、ここ10年で倍の数字に上っている。たんに多忙であるという問題だけでなく、反トラスト法とコーポレート・ガバナンスの両方の領域にまたがる理論的問題として認識すべきである。とくに、反トラスト法の目的である消費者保護を重視するよりも、競争制限的経営方針を標榜するほうが、当該企業の業績上昇に資するところから、コーポレート・ガバナンスの観点から制限すべきではない、との主張につながる虞がある。そのため、クレイトン法8条を拡大して、兼任取締役の選任を事前にFTCに届け出る義務を課す、あるいは、そのような兼任取締役についての情報開示を拡大するという方法を検討すべきこととなる。

 

テーマ:ドイツ刑法(新)217条、業としての自殺幇助をめぐる諸問題について

我が国の安楽死・尊厳死、自殺幇助にかかわる生命倫理と法の問題をめぐって、我が国の研究者との学術的交流のもと有意義な議論が交わされた。
ドイツ刑法新217条「業としての自殺幇助の禁止」をめぐるドイツの議論の現状が伝えられたが、これは、我が国における同問題にかかる議論にあっても大いに参照されるべきものであった。

 

テーマ:集合的被害救済制度に関する比較法的発展

世界で最も有名な集合訴訟であるアメリカ合衆国のクラスアクション制度を中心として、国内的にはその機能を一部代替している広域係属訴訟(Multi District Litigation)の紹介、国際的にはクラスアクションに対する諸外国の評価や類似制度の若干の紹介を交えながら、アメリカにおけるクラスアクションの発展と規制の歴史、近時の厳格な運用事例と言える判例などの紹介が行われた。クラスアクションについては我が国でもよく知られており、日本で最近法制化された消費者裁判手続特例法はクラスアクションにヒントを得ながらそれとは異なる手続構造を採用した一種の集合訴訟であるが、アメリカの広域係属訴訟については日本であまり知られていないこともあって、伝統的な訴訟構造の枠組みの中で集合的処理をできる限り実現する工夫として、参加者の注目を集め、活発な質疑応答がなされた。民事訴訟法学の分野において、今後さらに注目されるトピックになるものと期待される。

 

テーマ:日仏コーポレート・ガバナンスの比較:ゴーン事件を素材として

カルロス・ゴーン事件を素材として、フランスのコーポレートガバナンスの現状と課題を論じるという、時宜を得たものだった。フランスのコーポレートガバナンスの現状と課題は、一部の専門家を別にして、法学者のあいだでも必ずしもよく知られてはいない。それを知ることは、日本のコーポレートガバナンスの現状と課題を考えるうえで、大いに有益だった。

 

テーマ:シンガポールにおける新たな決済サービス法の制定:比較法的視点

 

テーマ:両親の法律的な責任:ポーランド、イギリス、中国

講義者と中大の先生たちと学生だけではなく色々な国の留学生が参加して、レベルが高い国際交流ができました。  Poland, Japan, U.S.,  China, France,Germany, Englandなど。

 

テーマ:中国における情報公開制度の運用について

この講演は、中国の政府情報公開制度の運用について分析したものである。その構成は、一、(政府)「情報公開条例」の成立、二、本「条例」の運用状況の評価と調査、三、(政府)情報公開制度の運用状況、四、本「条例」の改正と将来の発展からなる。
なお、本「条例」とは、「中華人民共和国政府情報公開条例」(2007年4月5日、中華人民共和国国務院令第492号で公布、2019年4月3日、中華人民共和国国務院令第771号で改定、同年5月15日から施行)のことである。
一ではまず、本「条例」の主な特徴を、次の6点にまとめている。すなわち、1.国務院で採択された行政法規が対象であること、2.行政機関の主動的公開の義務と国民(中国語は「公民」-報告者、以下同じ)の情報開示請求権を導入すること、3.不開示情報を列挙するように努めたこと、4.監督と救済システムとして行政不服審査と行政訴訟を導入すること、5.政府情報公開業務年度報告制度を導入すること、6.社会的評価を承認することである。
ついで、2019年5月まで、ちょうど11年間本「条例」が実施されており、いろんな問題点も出てきている。それらは主に、次の4つである。つまり、1.情報開示の基準は、何かが不明確であること、2.情報公開請求権に制限があるとの疑義があること、3.不開示情報の認定が、難しいこと、4.情報開示請求権の濫用問題も出てきた。
二では、評価のシステムを設計し、評価を実施するために、次の5つの原則がある。すなわち、1.法に基づいて、評価科目を選び、評価すること、2.世論調査ではなく、客観的に情報公開のいいことと悪いことを指摘すること、3.情報が開示されたが、国民にとって、自分が関心を持っている情報であるか、アクセスできるか、簡単に検出できるかなどを重点として、情報公開の効果を評価すること、4.情報公開の重要な問題を選び、徐々に範囲を拡大していくこと、5.現実を反映して、将来の発展について建議することである。
三のまとめとして、今日までにおける中国の情報公開制度の運用には、次の特徴がある。つまり、1.情報開示請求権を認めながら、主動的公開を強調して、国民の情報に対する需要を満足させること、2.公開情報の範囲を拡大して、「公開の常態化」を実現させること、3.ネットワーク時代に適合させ、迅速に、顔を会わせずに情報を開示すること、4.開示請求を、国民が自由に請求すること、および政府が規範にもとづいて回答することを重要なポイントとすることである。
四では、2019年5月15日に、改正された新「情報公開条例」が実施されることになった今回の主な改正にふれた。すなわち、1.開示請求条件の緩和。経営、生活、研究上の必要の規定を削除したこと、2.開示請求権の濫用の規制。情報を求める目的でない請求を保護しないこと、また、量の大きい請求には料金を徴収すること、3.不開示情報(国家の秘密、営業上の秘密、個人のプライバシー情報、内部情報、過程的な情報)の明確化、4.公開される情報の範囲の拡大に努めること。定期的に不開示情報を審査して、開示できる情報または開示する必要がある情報を開示すること、開示請求の状況を考慮して、開示請求を要する情報を主動的情報として開示すること、などである。
(質疑応答)質疑応答では、さまざまな質問・疑問が提起され、1時間にわたり活発な討議が展開された。 質問・疑問は主に二つの分野に集中した。つまり、一つは、呂教授が、日本とは異なる、中国の情報公開制度の特徴として強調した自発的公開の充実についてである。呂教授が、自発的公開の充実を積極的に評価したのに対して、「中国において申請に基づく公開よりも自発的公開に主眼がおかれているのはなぜか。これは、結局のところ、国民主導ではなく政府主導を示すものではないか」という疑問が提示された。この点は、「『情報公開条例』は、なぜ全国人民代表大会(常務委員会)制定の法律ではなく、国務院制定の行政法規として成立したのか」という質問や「中国ではなぜ「透明度の向上」という概念を使ったのか」という質問とも関わる。これら疑問・質問に対して、呂教授は、「中国においては、情報公開制度構築のもともとの目的が「知る権利」の保障ではなく、反腐敗闘争、サービス型政府の建設にあったためである」と回答した。
もう一つは、2019年5月の「政府情報公開条例」の改正の評価についてである。つまり、呂教授は、同改正について、開示請求条件の緩和、開示請求権の濫用の規制、不開示情報の明確化等を理由に挙げ、積極的な評価を与えた。この新『条例』について、「情報公開開示請求権者についての制限は設けられているか」、「日本の情報公開審査会のような組織は中国にあるか」といった質問がなされた。さらに、呂教授の新『条例』に対する積極的な評価に対して、「新『条例』の第1条や第35条をみる限り、開示請求が認められるかどうかはなお幅広い行政裁量の下にあるのではないか」、「不開示情報を明確化したというよりも、むしろ不開示情報が拡大したにすぎないといえるのではないか」という疑問・懸念が提示された。
討議には、行政法、中国法に関心をもつ中央大学の学部生・院生、他大学の研究者も加わり、予定されていた1時間があっという間に経過した。なお、呂教授が講演・質疑応答をすべて日本語でこなされたということも特筆しておきたい。

 

テーマ:オランダ労働法の現在

オランダにおける労働法の近年の展開についてフェアフルプ教授からレクチャーを受ける。さらに、エコノミー4.0と労働法に関する講演内容について、不明の点について質疑応答した。

 

テーマ:産業4.0と労働法

21世紀、主としてデジタリゼーションによる技術革新に伴い、企業組織、労働組織の根本的な変化が生じてきており、従来の雇用を軸とした就労からプラットフォーム型の就労への変化に伴い、労働法により規制が困難になりつつあること、これへの対応として、労働法の適用対処の拡大と、適用される法規の性質に応じたより柔軟な規制の必要が語られた。オランダではEU法の展開と歩みを共にする部分が大きく、講演会では、EUにおけるこの問題についての土坑についても紹介があった。特にウーバー・ドライバーのワーカーとしての保護が共通の問題となっており、各国の動向について詳細な解説がなされた。質疑応答では、教授が、労働法の基本理念が、労働者の保護から、むしろ社会全体の保護へと重点が移行するとの主張について、より突っ込んだ説明がなされた。

 

テーマ:弁護士損害賠償訴訟の現状と課題

 

テーマ:ドイツ倒産法の近時の諸問題:ドイツ連邦通常裁判所倒産担当裁判官を囲んで

 

テーマ:

①ドイツの近時の立法状況について
ドイツの刑法理論に関する現在の状況について、目下のドイツの議論状況の紹介を通じてわが国との比較法的見地から講演が行われ、参加者との学術交流が深められた。
②ドイツ刑法新219a条についての批判的検討
ドイツ刑法新219条について紹介するとともに、これについて、講演者の批判的な立場からの検討が加えられ、これを通じてわが国との比較法的見地から参加者との学術交流が深められた。

 

テーマ:ヨーロッパ逮捕状―サクセスストーリー?

冒頭、EUの司法共助の一環として導入されたヨーロッパ逮捕状が司法共助における問題を解決しうるものであること、効率的に犯人の逮捕・移送を可能とすること及びヨーロッパ逮捕状の概要がそれぞれ紹介された。その一方で、本講演では、ヨーロッパ逮捕状にはいくつかの争点や問題点があることも、EU司法裁判所やドイツ連邦憲法裁判所で問題となった事例から明らかになったことも紹介された。わが国においても国家間をまたがる犯罪に関する共助の問題点もクローズアップされている今日では、講演のテーマであるヨーロッパ逮捕状は、EUにおいてのみ機能する制度であってわが国には直接には問題とはならないテーマではあるが、共助にかかる問題点のいくつがが明らかとなり、それについてEU及びドイツにおいてどのように対処されているのかが明らかとなり、EUと異なる状況にあるわが国において、いかに有効な共助の在り方を構築するのかという問題点を明らかとした有意義な講演であった。

 

テーマ:故意概念に関するドイツにおける目下の論争について

ドイツの刑法理論に関する現在の状況について、故意概念に関する目下のドイツの議論状況の紹介を通じてわが国との比較法的見地から講演が行われ、参加者との学術交流が深められた。

 

テーマ:EU データ保護一般規則の評価

講演の内容は、大きく、①正式な評価のためにどの批判を考慮するべきかについて理論的な考察、②選択した幾つかの、特に議論のある規律の検討、③4年ごとの評価に照らして、いかにデータ保護法をさらに発展させ得るか、から成っていた。
②については、個々の規定の教授による評価がなされた。すなわち、データ処理のための同意および法的許可、コピーする権利、データポータビリティの権利、データ保護に適したシステム設計、子供と青少年の特別な保護、革新的なツールに係る条項についてコメントがされた。
次いで、4年後を見据えた評価の現実的な目標への言及があり、最後にEUにおけるデータ保護法のさらなる発展をいかに考えるかという結論が示された。

 

テーマ:韓国の刑法と刑法学の発展とその現状

最近の韓国においては、世論の動向がそのまま刑法改正に反映する形での刑法改正により、重罰化・厳罰化がはかられ、また、保安処分の適用範囲が大幅に拡大されるという立法傾向が見られる。その際には、大統領府のウェブサイトにおける国民請願の仕組みにより、一定の法的争点についての民意が直接に表明されることが大きな意味を持っている。そうした民主主義という観点からは望ましい仕組みが、従来の法治国家の重要な原理・原則(たとえば、故意犯と過失犯の刑の区別、不利益再審の禁止等)を動揺させ、さらには覆すような立法論を展開させるに至っており、そこには民主主義vs.法治主義という対抗軸で表現されるような問題状況が生じるに至っている。また、刑法が政治の道具として利用され、「刑法の商品化」と呼びうるような事態が生じている。また、本来であれば、警察による対応のまずさが原因とされるべき事件について、刑法の規定に問題があるとされて刑法が改正されるようなことも起こっている(「ネットカフェ事件」)。李准教授は、以上のような内容の講演を一時間ほどかけて日本語で行い、途中では、韓国のウェブサイトを参加者に示し、具体的なイメージをわれわれが持つことができるよう工夫してくれた。質疑応答においては、大統領府への国民訴願という興味深い仕組みの法的意味についての立ち入った議論や、韓国における最近の刑法一部改正のそれぞれの詳細についての立ち入った議論が行われた。総じて、日本の立法状況とも重なるところの多い韓国の現状についてもきわめて興味深いレポートであり、参加者はみな多大の関心を喚起されて多くの質問が提起され、学術的に実り豊かな議論をすることができた。

 

テーマ:韓国の刑事訴訟法における現代的諸問題

最近の刑訴法改正をめぐるイッシューの中から、2007年に導入された、被疑者取り調べへの弁護人立会いの制度、そして、2020年の刑訴法改正(未施行)の主な内容である、検察官の捜査権限の制限と、被疑者取調べ調書の証拠能力制限による公判中心主義の徹底化の試みについて詳しく紹介され、その背景を分析された。日本人研究者にとっては、いずれも思い切った法改正であり、きわめて大きな関心を呼ぶところであったところから、質疑応答においては、弁護人立会い制度が実務においてあまり用いられなかった原因、検察官の捜査権限を制限するところから生じうる諸問題、実体法の重罰化・厳罰化傾向と手続法における被疑者側の権利の拡大との間の不整合等の論点をめぐって質問が多く出され、時間を延長する形で議論が続けられ、セミナー終了後も、多くの参加者が教室に残って議論を続けるほど、参加者の関心は高いものがあった。