※本プレスリリースは、学校法人中央大学、国立大学法人東京科学大学との共同発表です。
【概 要】
中央大学理工学部の鈴木 宏明教授、早川 健教授、大学院理工学研究科学生の黄 之泰(Zhitai HUANG)、金子 完治(当時)、米山 遼太郎(当時)、および東京科学大学総合研究院自律システム材料学研究センターの丸山 智也特任助教、同大学総合研究院化学生命科学研究所の瀧ノ上 正浩教授らの共同研究グループは、マイクロスケールの均一な生体分子凝集体を効率よく作り出す、新しい簡便な手法の開発に成功しました。本手法は、早川教授が開発した振動誘起流れ技術を基盤としており、高価な装置や複雑なマイクロ流路設計を一切必要としません。シンプルな機械的振動だけを使い、細胞環境に近い単一水相の中で凝集体の形成を精密に制御できる、汎用性の高い技術です。
脂質、DNA、タンパク質などの分子を組み合わせて人工細胞モデルをボトムアップで構築する研究は、世界的に進展しています。この分野において、液-液相分離注1)によって形成される「膜のない細胞小器官」である生体分子凝集体の形成を模倣する研究が精力的になされています。なかでも、DNAのナノ構造の凝集体注2)は、塩基配列の設計でさまざまな構造や機能をもたせることができ、新しい情報プロセッシング材料として注目されています。これらの凝集体構造を、高い信頼性で製造・制御できれば、将来の細胞置換バイオテクノロジーの発展に大きく貢献すると期待されます。しかし、生体分子凝集体の形成過程は、冬の日に窓ガラスに生じる水滴の凝縮と同様にランダムな過程であり、均一な凝集体形成の有効な方法がありませんでした。
本研究グループは、独自の振動誘起局所渦(VILV)注3)プラットフォームを確立し、分子凝集の制御に適用しました。この技術は、送液ポンプや複雑な流路システムを必要としません。その代わりに、標準的な圧電素子(ピエゾ)ステージを用い、PDMS(シリコーンゴム)製のマイクロピラー(微小な柱)アレイを有するシンプルなデバイスを振動させることで、安定した微小渦の配列を生成します。これらの渦は分子トラップとして機能し、DNA分子をその中心領域に捕捉・濃縮することで均一な凝集現象を誘導します。この手法は、完全な単一水相における凝集制御を実現し、デリケートな生体分子成分の活性を維持することができます。また、液滴やマイクロウェルなどの区画化を用いないため、凝集体形成後の後工程(取り出しや溶液置換、薬剤投与など)も容易です。研究グループはこれにより高度に均一なDNA凝集体を構築することに成功し、低周波の維持モードによってその位置を精密に保持できることを実証しました。
さらに、本研究グループは、本プラットフォームを用いて複合的なヤヌス・パッチ型のDNA凝集体構造の形成にも成功しており、生体材料の高度な空間制御が可能であることを実証しました。今後は、この簡便で汎用性の高い技術が、ボトムアップ合成生物学や細胞内相分離の基礎研究における標準ツールとして広く利用され、機能性人工細胞や新規スマートマテリアルの創製に貢献することが期待されます。

(a) 4nt Yモチーフ構造の模式図および粘着相互作用の原理。(b) VILV場内における均一凝縮体の形成過程の模式図。(c, d) マイクロピラー配列とDNA凝集体(緑)をそれぞれ示す、明視野観察と蛍光観察の合成画像。スケールバー = 100 µm。(c) 振動なし4時間後の画像。(d) VIFを10分間印加後3.5時間後の画像。
注1) 生体分子凝集体(および液-液相分離, LLPS) 「膜のない細胞小器官」とも呼ばれる。タンパク質や核酸(DNAなど)が、細胞内で液-液相分離(LLPS)という物理現象によって自発的に形成する、高濃度の液滴状の分子構造体。細胞内のプロセスを組織化するために不可欠である。従来の試験管内(in vitro)での再現実験ではサイズをそろえることが困難であったが、本研究の手法は、細胞内と同じ「単一水相」環境下でその形成を精密に制御できる点に優位性があり、より生体に近い条件での解析を可能にする。
注2) DNA凝集体 細胞内の染色体はDNAが高密度に凝集したものであり、DNA凝集体はDNAナノテクノロジーの分野でも研究・応用されている。特に、数種類の短い一本鎖DNAからなるY字型やX字型など複数のアームを持つDNAナノ構造体(DNAナノスター)の凝集体が注目されている。アームの先端に4~10塩基の粘着末端(sticky ends)を設けることで、ナノスター間の結合を精密に制御できる。これにより、分子認識などの機能を組み込みつつ、凝集と解離を制御することが可能となる。
注3) 振動誘起局所渦(Vibration-Induced Local Vortex: VILV) 本研究グループが確立した振動誘起流(Vibration-Induced Flow: VIF)技術を基盤とし、それを発展させた技術。マイクロピラー(微小な柱)アレイを用いることで、空間的に固定された安定な渦を生成する。この渦は、壁を持たない仮想的なマイクロ区画として機能し、外部から接触することなく、分子をその中心に濃縮・捕捉することができる。
本研究成果は、2025年11月25日(英国時間)付で、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)の国際学術誌『Materials Horizons』のオンライン版で公開され、同年12月21日付で本紙に掲載される予定です。
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