ELSIセンター

中央大学ELSIセンター:第5回ELSIコミュニティアクティビティ報告「月面探査に関わるELSI課題」

 中央大学ELSIセンターは、2025年2月21日(金)に第5回ELSIコミュニティアクティビティを開催しました。
 (終了後に速報した概要は、こちらのページをご覧ください)
 今回は、月面探査に関わるELSI課題をテーマに、講演と事例紹介を元に論点整理しながらディスカッションしました。

【日時】2025年2月21日(金) 15:30~17:30
【場所】ハイブリッド
【プログラム】
  1.「宇宙法の発展と月面探査のルール」 小塚 荘一郎(学習院大学法学部 教授)
  2.ELSI活動の事例紹介
   内閣府ムーンショット型研究開発制度  目標3
   研究開発プロジェクト「未知未踏領域における拠点建築のための集団共有知能をもつ進化型ロボット群」
    https://moonshot.r.chuo-u.ac.jp/kunii/
      國井 康晴(プロジェクトマネージャー(PM)/中央大学理工学部 教授)
      宮口 幹太(課題推進者(PI)/株式会社竹中工務店 技術研究所 未来・先端研究部 主席研究員)
   1)プロジェクト説明、求められるELSI活動について
   2)プロジェクトでの検討事例報告・宇宙法の観点で想定される課題について
  3.フリーディスカッション 

 始めに、小塚教授より、宇宙法の歴史的背景として1963年に国連総会決議1962号「宇宙法原則宣言」が採択され、「宇宙条約」などが定められてきたことやこの基本原則、宇宙活動の責任と管轄権、月面探査に関わる現在の国際情勢、日本における宇宙法制定とその意図について、お話しいただきました。
 月社会での国際的なルールに対する関心が民間企業でも高まる中、月の管轄に関わる「月協定」には17カ国しか批准しておらず、「普遍的に受け入れられているとは言えない状態」だと小塚教授は捉えています。また、月面探査については、米国・NASAが主導する「アルテミスプログラム」と中国とロシアが主導する「ILRS」という2つの国際的なプロジェクトに分断され、それぞれの枠組みが設けられています。もし紛争が起きたならば、対応し得るルールは「宇宙条約」しかないことに懸念があると小塚教授は説明しました。日本では、宇宙資源開発を考えるために「宇宙資源法」という議員立法を2021年12月に施行していますが、この法では、国際的な情報共有を率先して行うことを明記しています。
 小塚教授は、「月面に千から万単位の人々が定住し、さまざまな活動をする時代が来た時に、宇宙条約や月協定のルールが国際的に維持できるか」を将来の懸念事項として挙げ、締めくくりました。

 次に、現在、人間の居住可能性が期待されている月面の洞窟(溶岩チューブ)の探査実現に向けて研究開発を進めている、ムーンショット國井プロジェクトにおけるELSIへの対応について、プロジェクトメンバー・2名よりご紹介いただきました。

 まず、同プロジェクトのPMである國井教授から、2050年に月面活動拠点構築を実現すべく、月の地下空間(溶岩洞窟)開発に向けて、国内外の複数の大学、国立研究開発法人、企業で構成されるチーム体制ロボット開発に携わってきたことを説明していただきました。現在、多数の小型ロボットを群で稼働させて機体損失等のリスクを分散し、集団生成型AIで自律的に活動するシステムを研究開発しており、このプロジェクトにおいて國井教授は、宇宙条約の枠組みでは対応できない新たな問題への対処が必要と認識しています。具体的な問題点として、環境破壊や事故対応などの責任、探査地の所有権、データやネットワークのセキュリティを挙げながら、「(現在の)無人環境から有人環境への移行に伴う段階的な問題の変化にも注目している」と述べました。そして、エンジニアとして技術を発展させることで高める月探査の実現可能性とELSIとのバランスを模索するとともに、国際的な議論の場の必要性も示唆しました。

 続けて発表した宮口PIからは、月面の探査に関わるELSIの抽出について報告がありました。宮口PIは、これまでに竹中工務店の技術者として特殊工事や福島第一原発廃炉事業に携わり、その後、JAXAとの共同研究で宇宙でのロボット活用に向けて取り組んできました。ムーンショット國井プロジェクトにおいて月探査のためのロボット技術の開発に従事するなかで、地球上でも人が立ち入りにくい設備や施設で得られたご自身の経験を踏まえて、月探査におけるELSIの抽出に、建設現場の安全リスクアセスメント手法を応用したといいます。このリスクを洗い出す取り組みにより、推進中の研究に内在するリスクの認識が高まり、複数メンバーでの意見集約によって多角的なリスク抽出が図られたと説明しました。そして、今回得られた知見は、地上で用いる既存技術のリスク対策にも応用可能であるとし、「月面探査での使用を想像する作業の中で、(地上での新たな対策の)応用先を発見した」と述べました。今後の展望として、ELSIの観点から、より詳細なリスク検討を実施し、リスク項目の詳細化と対策の充実を挙げました。

 ディスカッションでは、参加者から、宇宙条約という基本的な国際的なルールが定められていながらも、活動拠点周辺の安全確保の必要性や、月面を占有できる期間に明確な基準がないリスクがあると語りました。これに対して「立地条件から各国が同じようなところを狙う」ため、50年かけて探査し、開拓した場所を、国際ルールが変わることで明け渡さなければならない状況が起きうることを危惧しているとの考えが述べられ、月開発において国際協調や競争が関わる法的現状と課題が共有されました。また、月でロボットや人間が活動する未来では、大手IT企業による宇宙通信プラットフォームの構築、共用利用が想定される中、そこに起きうる問題もELSIの観点から考える必要があるとの意見も出ました。これらの点は、ルール協議や締結、そしてトラブル解決の交渉主体が誰かという問題、そして、そのルールや解決策が有効なものとなるかの問題も宇宙ELSIと称するものに含まれるとの指摘もありました。そのほか、月への生物持ち込みに関する倫理的判断の曖昧さ、宇宙環境における群ロボットの連携作動のために用いる人工知能(AI)技術自体への信頼などについても、活発に意見が交わされ、閉会となりました。

*中央大学ELSIセンターでは、学外とのコミュニティを形成し、科学技術の進化を社会実装するために必要な法制度や倫理観、さらには社会の在り様について課題を有する企業・研究機関・自治体・消費者等とベストプラクティスを共有しています。また、コミュニティでの対話を通じて潜在的な課題を明らかにし、必要に応じて政策提言につなげる活動へと展開しようと「コミュニティアクティビティ」という場を設けています。(詳細は、パンフレット「ELSIコミュニティについて」(PDF)をご覧ください)