社会科学研究所

活動報告(2019年度研究チーム)

「国際関係の理論と実際」

本研究チームは,現代のグローバル化した時代において,地球環境問題や国際政治経済問題など国境を越えた諸問題が多く発生し、また国際関係がますます複雑化したために,従来の国際関係理論の再構築が必要であるという認識の基に,国際関係の理論的考察と現状分析を目指している.本年度は,国際関係理論の再検討ということで、安全保障化概念の再検討というテーマで研究を進めた。グローバル化の進展とその問題点の顕在化という国際社会の状況変化のなかで,国際関係そのものの転換を余儀なくされており,それに応じて国際関係理論の解体構築が課題となっている.今年度で研究期間は終了するが、2020年度については研究期間を1年延長し、国際関係に関する理論と現状分析を引き続き行い,叢書という形で研究成果をまとめる作業に入りたいと考えている.

【研究活動】

第1回公開研究会 2020年2月22日(土)15:00~17:00
(中央大学多摩校舎2号館4階研究所会議室2)
報告者:今井宏平氏(ジェトロ・アジア経済研究所研究員)
テーマ:「安全保障化」概念の再検討
要 旨: 報告者の問題意識は、近年の国際関係理論はアメリカ型の計量政治を取り入れたものか、思想にも親近感を抱く定性的なヨーロッパ大陸型に二分されているという前提に立ち、国際関係理論をより包括的に論じることは可能なのか、そして近年の国際政治・国内政治の減少を説明するのに役立つ理論はどれか、という点にある。
まず安全保障化とは何かについて紹介し、コペンハーゲン学派の安全保障化論について紹介した。コペンハーゲン学派にとって、安全保障とは「人々の生活と彼らのアイデンティティの自立を維持する国家と社会の能力」として定義される。コペンハーゲン学派においては、我々の意識を強調する集団的なアイデンティティが核とされる。とりわけ移民、テロ、感染症などの脅威に対して、アイデンティティをいかに維持するかが安全保障化の主要な狙いとなる。
次に、今再び安全保障化なのか、という問題設定に関して、グローバル化2.0、SNSの登場により、国家が相対化して機能が弱まるという理解が一般的であったが、SNSの登場によって加速化されたグローバル化が主権国家の統治能力を逆に強化することに繋がったという点が示された。
最後に、安全保障化の政策として採用する政権がセキュリティを強調すると、安全保障化はポピュリズムとの繋がりも生まれてくる。グローバル化の新たな段階が安全保障化の議論を促進することになる。

「環境社会的配慮と国際連携」

本研究チームは、実務的な問題の解決を目指し次の2点を研究テーマとしている。第一に地球環境の変動により生じた問題に対応するためには、これからどのような社会的な配慮や枠組みが必要とされるのかを明らかにすることである。第2に、これらの問題に対してアジアを中心とする国際連携のなかで日本が果たせる役割について考察し、協働の道筋を探ることである。研究開始3年目の活動に当たる本年度は、各自研究員による調査研究を進めることを中心に活動を実施した。昨年に引き続き、中野研究員はモンゴル国(モンゴル気象水文環境研究所)での研究を実施している(在外研究期間)。国外調査として,西川研究員が夏にモンゴルにおける水質調査を実施した。清水研究員はモンゴルと日本の国際協力について、調査を実施した。武石研究員は,国内にて社会科学調査を研究テーマに沿って実施した。

【研究活動】

国外調査 2019年8月26日(月)〜29日(木)
調査場所:モンゴル国ウランバートル
調査概要: モンゴル国は、人口約300万人で、そのうち、約半数の150万人がウランバートルに集中している。ウランバートル市街地では、経済発展に伴い、建設ラッシュとなっており、世界でも人口過密都市である。また郊外から遊牧民も多く市街地近郊へ流入し、人口集中に拍車をかけている。ウランバートル中部から北部にかけて、トール川(Tuul river)が流れている。トール川は、ウランバートルを通り、北に向きを変え、オルホン川へ注ぐ。オルホン川は、セレンゲ川に合流してバイカル湖へ注ぎ、最終的に北極海に到達する。このトール川は、流域に住む住民の生活浄化水や工場の排水などが入り込んでおり、過去の研究報告では、鉱山からの重金属汚染も指摘されている。そこで、本調査ではまずトール川とトール川に流入するウランバートル市内の支流河川水の水質を簡易法にて初期調査を行った。水道水も同時に調査し、合計13箇所で簡易検査を実施した。
(調査項目)COD、アンモニウム態窒素、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素、リン酸態リン、鉄量、硬度、大腸菌数、一般生菌数, pH
(初期調査の結果)調査の結果、トール川上流から中流域、下流におけるCODは、全体的に日本の河川に比べて高い値(汚れた水)となった。簡易検査法による結果のため、夾雑物や難分解性有機物の影響も考慮しなければならないが,特に下流と市街中心部を流れる支流では、COD 8mg/L(大変汚れた水)の値を示したため、生活排水や工場の影響が推定された。今年度の調査は、過密化するウランバートル市内における河川水の簡易的な水質調査ではあったが、水質汚染が懸念される結果となった。今後,都市人口の増加と共に、河川水の水質がどのように変化するのかモニタリングを実施する必要性を感じた。

「情報社会の成長と発展」

本プロジェクトは,日本における情報社会の成長と発展を支えてきたFLOSS(Free / Libre / Open-Source Software)の歴史を振り返るとともに,現代における活用の状況を探ることを目的とするものである.本プロジェクトの前身たる「情報社会その成長の記録」研究プロジェクト引き続き,これまであまり明文化されてこなかった1990年代から2000年代にかけて日本にFLOSSが導入されてきた状況を詳らかにした上で,現代の活用例についてケーススタディを中心として明らかにする.昨年度より,首都圏だけでなく地方での活動状況の調査を進めているが,昨年度実施した北海道での調査に加え,本年度は沖縄IT市場におけるFLOSSの展開状況についての調査分析を実施した.沖縄県はIT振興に力を入れており,FLOSS導入に関してもニアショア展開に効果的に活用するという特殊事情を有している.今回の調査によって,沖縄におけるFLOSS展開状況の特殊性について明らかにすることができた.

【研究活動】

第1回公開研究会 2019年4月20日(土)13:00~14:00
(沖縄県市町村自治会館)
報告者:飯尾淳(中央大学教授),兼村光(一般財団法人沖縄ITイノベーション戦略センター,ストラテジスト),久保田昌人(株式会社イーサー代表取締役社長)
テーマ:沖縄におけるFLOSSの来し方と行く末を考える
要 旨:冒頭で飯尾からFLOSS Stories Projectの経緯と意義に関する簡単な報告が行われた.その後,パネルディスカッション形式で,沖縄におけるFLOSSの発展に関し,いくつかのトピックについての報告が行われた.具体的には以下のとおりである.

【OSSに関わるようになったきっかけ】

沖縄ソフト開発促進事業に参加したことがきっかけである.受託モデルを変えていこう,プロダクトベースのビジネスで産業構造を変えていこうというプロジェクトであった.OSSを使って,効果的に商品をつくろうという発想だった.そのプロジェクトにおいて琉球ソフトビジネス支援センターをつくり,初代のセンター長を担当した(兼村)/ 自由に無料で使えるソフトウェアはよい.お金のない人が多いので売れるのでは?と考えた.「同様のアイデアを持つ人がいる」とNTT西日本に声をかけられ OSPI (Open Source Promotion Institute)をつくった(久保田)

【黎明期の沖縄OSSシーンの様子】

「沖縄県ではOSSを推進するよ」と県の計画に書いてあった.県庁の担当官に聞きにいったら「国が言っているから書いてみた」レベルだった.次の担当官に変わったときに,レクチャーしたが,ビジネスモデルが「ただで使える」を超えられなかった.沖縄では「県庁」が産業の中心になっていることは否めない(久保田)/ 当時,OCCにもOSSを扱うエンジニアはいた.大学で使っていたというエンジニアが,社内で勉強するという活動が広がっていた.ジャスミンソフト,Javaのコミュニティの贄良則さんらが中心的になっていた(兼村)

【思い出に残っているトピックは何か】

琉球ソフトビジネス支援センターを作ったことが思い出に残っている.プロジェクトの成果を民間に展開,OSS活用の普及を目的にしたものだった.しかし,他のベンダにはOSSの技術者がいなかった.営業して回ると「思想はいいけど実際もうかるの?」という状況だった.当時,尖閣諸島で自衛隊と中国が衝突,揉めていた.中国にオフショアで出していたところが県内に,という背景があり,ビジネスモデルの転換がいききらなかった(兼村)/ 「OSSでは負けるな」と社員を指導してきた.OSPIは一昨年,閉じた.日本の端でOSSをやっていてこれだけは言えるなということは,10人規模の小さな会社ながら個人間で人が繋がっているということを実感している.NHF(日本電気,日立,富士通)の友達など,今でも付き合っているのは財産である(久保田)

【その他の話題】

その他の話題として,沖縄OSS人脈図,主要人物,人間関係と主要組織などや,現在と今後の展望についての報告がなされ,最後に会場からの質疑応答も行い活発な議論がなされた.

「社会変動」

グローバル化、トランスナショナル化など様々な変動の潮流の共存が、現代世界の大きな特徴である。しかし、その過程や動態については、解明されていないことが多い。本共同研究では、それら諸潮流を大きく社会変動と捉え、多様な側面から研究する。具体的には、民主主義・社会運動にあらわれる政治的側面、人権、ジェンダー意識、信頼などが示す社会文化的側面、さらに企業行動やマクロ経済動向を通して観察できる経済的側面の3つの側面に焦点を当てて現代社会の変動を理解する。その際の方法論もそれぞれの側面に応じて多様な形をとる。すなわち、日本社会の変動を他国との比較で捉えようとするマクロ国際比較、人々の活動のレベルに焦点を絞って行うイベント分析、また、個人の内的側面の細かな変化を観察するために採用するテキスト分析などを本研究チームでは採用する。

【研究活動】

第1回公開研究会(通算第5回) 2019年9月21日(水)13:00~16:00
(中央大学多摩キャンパス2号館4階研究所会議室1)
テーマ:グローバル時代における政治、アトラクション、そして社会理論
報告者:倉本由紀子(客員研究員)、斉藤理(客員研究員)、矢野善郎(研究員)
要 旨:本研究会の狙いは、理論的支柱の異なる三人の研究者それぞれの議論を混ぜ合わせてみたら、一体何が生み出されるか、という問であった。一人ひとりの人間がはるかに多くの他者と、またはるかに多様な形態をとりながら相互作用を行う今日では、社会学はもとより、近代の社会科学が生み出されたその前提が崩壊しかけているのかもしれない。では、社会科学は、今日、何ができるのか。本研究会では、国際関係論、都市構造論、社会理論の専門家三人に話題を提供していただき、相互に共有できる問題点、理論的な出発点、またどの領域でも注目すべき社会現象などを抽出することに努力した。
その結果、「アイデンティティ」を紡ぎ出す作業はグローバルなレベルでも都心の観光レベルでも、それぞれの仕方で行われていること、人間の営みがますます統合し、一体化するように見える今日であっても、それとは別個に、あるいはそれ以外の存在として社会的に強力な力を発揮する何かが、特定の領域空間・時間空間のなかに、厳然として存在する、ということが共通認識として浮かび上がってきた。
今回の研究会で、捉えることのできた上記認識をもとに、さらに今後、相互研鑽を通して、社会の今日的問題とその根源たる「力」の在り方を探っていきたい。

第2回公開研究会(通算第6回) 2020年2月4日(火)14:00~17:30
(中央大学多摩キャンパス2号館4階研究所会議室2)
テーマ:Mega-Cities in Korea, China and Japan: Recent Development and Research Results of the Comparative Study Project
報告者:Chang, Dukjin(客員研究員)、野宮大志郎(研究員)
要 旨:本研究会は、今期社会変動チームの集大成の1つでもある大型国際研究プロジェクト「東アジアにおけるメガ・シティの国際比較」のなかから、最近の研究動向と発見を、社会科学研究所ならびに中央大学内外の研究者に紹介する目的で行われた。
本プロジェクトで取り上げたのが、東アジアのメガ・シティであるソウル、上海、東京の3つである。これらの巨大都市が所属する国は、それぞれ異なる歴史とダイナミズムを持つ。そしてそのダイナイズムが、それぞれの都市の形成過程に影響をおよぼす。他方、グローバルレベルで展開する今日の巨大都市は、それが生み出された土着性(空間性)に生成・発展原理をすべて支配されることはない。むしろ、メガ・シティという社会的カテゴリーが自律的に自己生成を図るようにも見える。これら2つのまったく異なる力が、今日のメガ・シティを創り出している。それゆえ、メガ・シティの間には、類似点と相違点が見いだせる。この異質点と類似点を作り出す根源に迫り、巨大都市形成にどういった力が働いているのかを解明することがこのプロジェクトの目的である。
本研究プロジェクトによる研究成果を集めた書籍が2020年度の秋に中央大学社会学研究所より出版される予定である。

「有権者と政治」

本研究チームは,有権者の意識と行動を,政治の動きと絡め,理論的かつ実証的に研究することを目的としている.このためには,社会科学の多分野の研究者の協力が求められることになり,本研究チームは,社会学・社会心理学・政治学・経済学など,広く社会科学の諸分野の研究者から構成されている.テーマとして,現代日本の政治の重要問題を取り挙げつつ,それらと有権者の意識と行動の諸相との連関・動態を中心に研究し,また分析のための方法の精緻化を研究している.

【研究活動】

公開研究会を、2020年3月下旬に予定し、4本の発表を予定していた。
しかし、コロナウィルスへの対応が必要となり、卒業式などが中止となる中、研究会も中止とせざるを得なくなった。
このため、2019年度の研究は、各自の個人研究にとどまった。

「多様化する家族」

本研究チームは,多様化が進む日本家族を様々な角度から研究し,その成果を社会に還元することを目的にしている.
その目的を達成するために,各研究員が各自の専門で研究してきた家族の多様化の実態を報告し合い, 外部の専門家の報告を加えたシンポジウムを実施し,一般市民に現代日本家族で起こっていることを正 しく理解してもらうことを主眼にしている.
今年度は,日本社会に焦点を当て、地域の家族の多様化に関しての研究会、シンポジウム、研究報告会を開催した.
現代日本では,様々な家族に関する問題が生じている。家族の多様化を専門とする山田研究幹事,および,廣岡研究員を中心に、一般市民にわかりやすい形で各自の研究成果を報告した。また、中国から家族に詳しい教授を招き、中国と日本家族に関する研究会を行った。

【研究活動】

外国人訪問研究者・公開研究会 2019年6月25日(火)10:30~12:00
場所 研究所第二会議室
中国社会科学院日本研究所から胡澎教授他、4名の研究員の方が研究所を来訪した。まず、胡教授から現代の中国の家族問題について講演していただいた。その後、大学院生など参加者を含め、日本の家族問題の比較を交えながら、人口問題、少子化問題、結婚問題などについて討論を行った。
講演タイトル 現代中国における家族・家庭問題
講演要旨 中国経済は目覚ましい発展を遂げているなかで、様々な家族問題を生み出した。人口政策、核家族化の進展とともに、流動家庭、留守家庭、空巣家庭、単身家庭などの問題を生み出した。都市化が進行する中、農村男性や都市部の女性の未婚率が高まり、将来様々な問題を生み出す可能性がある。

公開講演会 2020年2月2日(日) 14:00~16:00
場所 石巻市向陽地区コミュニティセンター
テーマ 震災と家族
登壇者 山田昌弘文学部教授、木本喜美子一橋大学名誉教授、竹村祥子岩手大学教授、
三浦敏広石巻市教育委員会石巻中央公民館主幹
司会 廣岡守穂 中央大学教授
シンポジウム内容
シンポジウムは廣岡守穂法学部教授の司会進行で行われ、三浦敏広石巻中央公民館主幹、竹村祥子岩手大学教授、木本喜美子一橋大学名誉教授、山田昌弘文学部教授の順に発言した。はじめに廣岡教授が、復興は家族の関係がより良くなることでなければならないのではないかと問題提起してシンポジウムが始まった。三浦主幹は子育て中の母親を対象にノーバディーズ・パーフェクトのプログラムを実施してきた成果を報告、震災が子育てに対して大きな負荷になったと述べた。竹村教授は、たびたび災害に襲われながら生き抜いてきた人たちに聞き取りをしてきた成果を語った。「5回家を失って5回家を建てた」といったお年寄りの言葉が印象的だった。木本名誉教授は、各地で働く女性の聞き取りを行ってきた経験を踏まえて、嫁の収入がそのまま姑に渡されたといった習慣が戦後も残っていたことを紹介した。次に、山田教授が多様化する日本人の結婚と家族のありさまを語った。共働きで高収入の家族もあれば、低所得で結婚できない人もいることから、SOGIの問題まで言及した。最後に、石巻市議や地元新聞の記者も参加され、活発に質疑応答が交わされた。
4人4様の、様々な角度から、多様化する家族のありさまが浮き彫りにされたシンポジウムであった。

海外調査、研究交流、研究会報告 2020年2月7日(金) 10:00~12:30
場所 メルボルン大学日本研究所
内容 山田研究幹事がメルボルン大学日本研究所を訪問し、研究報告、および、研究交流を行った。
報告テーマ 恋愛結婚の衰退とバーチャル化する家族。
報告内容 日本において恋愛結婚が衰退する理由とバーチャル化する親密関係について報告し、オーストラリア家族との比較も含め、日本研究者や家族研究者と意見交換を行った。

「うごきの比較学」

「ヨーロッパ研究ネットワーク」の活動を継承する本調査研究チームは、「可視的局面」の背後で諸個人の深部で不断に醸成されている「潜在的局面」に着目し、その“うごき(nascent moments of relationship)”と、社会そのものの変動(transformation/ transcendence/ changing form / metamorphose)との関係性の動態を理解することを目的とする。個々人の深部における微細でリフレクシヴ(再帰的/内省的/照射的)の“うごき”に接近するため、“内なる異端・異物”の錯綜、衝突、混交、混成がより顕著に現れる場・瞬間(critical moment)に“居合わせる(being there by accident at the nascent moments in which critical events take place)”ことを調査方法とする。問題のなかに予め答えが含まれているような「問題解決」ではなく既存の領域を横断して新たな問いを立てる“比較学(Comparatolgy, comparatologia)”により、“異質性の衝突・混交・混成・重合によってつくられるコミュニティ(composite community of heterogeneities)”を構想するものである。

【研究活動】

現地調査 2019年7月7日(日)
調査地:神戸市東灘区
調査者:新原道信(中央大学)
目的:阪神・淡路の震災以降の“臨場・臨床的な在り方(ways of being involved in the raw reality)”の現地調査と “うごき(nascent processes, processi nascenti)”の比較の方法についての意見聴取
概要:社会科学研究所の研究チーム“うごきの比較学”は、イタリアの社会学者A.メルッチの惑星社会論に基づき、個々人のレベルにおける〈“惑星社会の諸問題”への“知覚”と“生存の在り方”の見直し〉について、社会運動論・臨床社会学・歴史社会学などによる複合的アプローチである“リフレクシヴな調査研究”を行っている。研究チーム「惑星社会と臨場・臨床の智」の研究成果を引き継ぎ、日本とイタリアの研究者の協力体制により、1980年代以降の日本とイタリアの地域社会と社会運動の動態、その構造とメカニズムに焦点を合わせ、「可視的な社会運動」の“深層/深淵”で萌芽する“臨場・臨床の智(living knowledge )”の把握を試みることによって、「3.11以降」の“生存の場としての地域社会”形成の指針を提示することを眼目としている。主要な研究活動として、公開の惑星社会研究会を開催すると同時に、(公開研究会に向けての打ち合わせ、インテンシブな討論による概念の錬磨、研究計画の策定などを目的とした)非公開の研究会を行ってきた。本研究の一貫として、神戸において現地調査を実施した。被災地との地域連携を行ってきた甲南大学岡本キャンパスで関西の研究者と合流し、阪神・淡路の震災以降の“臨場・臨床的な在り方(ways of being involved in the crude reality)”についての現地調査・資料収集と“うごき(nascent processes, processi nascenti)”の比較の方法についての意見聴取を行い、今後の研究計画の参考とした。

現地調査 2019年8月20日(火)~8月23日(金)
調査地:愛知県知多市
調査者:鈴木将平(中央大学)
目的:医学教育のための献体運動が行われた「愛知用水」流域の実地調査と資料収集を行うこと
概要:「うごきの比較学」の研究の一環として、近現代の地域開発をめぐるマクロな社会構造と、人々の生活および身体というミクロな現象の相互作用を捉えるという課題のもと、戦後、医学教育のための遺体提供(献体運動)が行われた「愛知用水」流域の歴史的・社会的な背景に関する実地調査と資料収集を行った。
1日目 愛知用水の水源地であり、中部地方の主要な街道であった長野県木曽福島の御岳湖、および牧尾ダム周辺の実地調査と資料の収集を行った。
2日目 献体のための篤志家団体である「不老会」の発起人・久野庄太郎の生家がある愛知県知多市八幡周辺、および知多市歴史民俗博物館にて知多半島の伝統産業や文化についての資料収集を行い、愛知用水に関する資料館である「水の生活館」、ならびに佐布里ダム周辺の「愛知用水神社」など、愛知用水が通水している流域の自然・地理的環境や信仰・習俗に関する空間的な配置について実地調査を行った。
3日目 愛知用水が利用されている名古屋港南部臨海工業地帯、および半田市の新見南吉資料館において、愛知用水建設前後の知多半島の主要産業や戦前の安城市における農業振興の歴史について実地調査と資料取集を行った。
4日目 知多市八幡付近の郷土の偉人として知られる細井平洲記念館にて、愛知県下における農民の啓蒙の歴史について資料収集を行った。また、安城歴史博物館や安城農林高等学校周辺にて、戦前の農業振興の条件となった明治用水、ならびに山崎延吉による農業経営の改善に関する歴史について実地調査と資料の収集を行った。

合宿研究会 2020年3月1日(日)~3月2日(月)
出張地:埼玉県新座市
出張者:新原道信、大谷晃、竹川章博、鈴木将平、利根川健(中央大学)、鈴木鉄忠(敬愛学園)、阪口毅(立教大学)、栗原美紀(上智大学)
出張目的:うごきの比較学に関する個別の調査研究の現段階についての報告・議論と今後の研究計画の策定
概要:本研究チームのテーマである“うごきの比較学(Comparatology of nascent moments)”の錬成に向けて、1泊2日の日程で合宿研究会を開催し、研究チームの今後に向けて以下の課題について議論した。とりわけ、個別報告と今後の共同研究に向けての計画について議論した。
(1)個別報告:8名のメンバーの個別報告を、以下の観点で行った。①それぞれの〈理論/方法論/対象/調査の技法・技量/テーマとリサーチ・クエスチョン/データ〉の異同を確認した。②各自のフィールド・リサーチからつくりあげた「コミュニティ・スタディーズ/地域学」の報告を行った。③それらの比較の可能性という観点を中心に、メンバー間での議論・検討を行った。
(2)共同研究の計画:個別報告を基に、研究チームの目的である“うごきの比較学”の錬成に向けて、以下の観点から議論した。①本研究チームが共有する同時代認識、および社会運動論・臨床社会学・地域社会学・歴史社会学などの個別科学を横断したアプローチの確認・検討を行った。②本研究チームの成果報告の場として、次の研究叢書の刊行計画を議論、“臨場・臨床”の現場に携わる人々にも開かれた公開研究会の準備を行った。③上記の成果報告の場に向けた準備として、来年度以降の各自の調査研究、および研究会の計画を策定した。
(3)8名のメンバーによる集中的・対話的な議論を行った成果として、以下の2点が得られた。①各自のコミュニティ・スタディーズ/地域学の報告から、諸個人の深部で不断に醸成されている「潜在的局面」での“うごき(nascent moments)”と社会そのものの変動との関係性の動態への理解を交換した。②共同研究の計画に関する議論としては、“うごき”の方向性に応ずる形で、既存の領域を横断して新たな問いを立てる「学」の創出に向けた現時点での到達点を確認した。

「フォーラム『科学論』」

2019年度については,諸般の事情により研究活動は実施しなかった.