人文科学研究所
2022年度
外国人研究者受入一覧と講演会等の記録
※氏名をクリックすると講演会等の記録がご覧になれます。
2022年度 | ||||||
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フリガナ・漢字氏名 | 所属 | 国名 | 受入区分 | 受入期間 | 講演日 | 講演タイトル |
Yuan Boping | Faculty of Asian and Middle Eastern Studies, University of Cambridge CHURCHILL COLLEGE, University of Cambridge |
イギリス | 2群 | 2022年6月16日(木)~ 2022年6月29日(水) | 2022年6月18日(土) | Categorization of cues in the input and their implications for L2 acquisition |
Kong Xurong | College of Liberal Arts, Kean University | アメリカ | 3群 | 2022年5月14日(土)~ 2022年7月12日(火) | 2022年7月8日(金) | When “Rituals collapse and music spoilt” |
Thimtawan Supakit | チュラロンコン大学言語センター英語専任講師 | タイ | 3群 | 2022年11月18日(金)~ 2023年2月18日(土) | 2022年11月21日(月) | Effects of working memory, structure, and salience on L1 Thai learners’ processing of English past participles |
Pongpairoj Nattama | チュラロンコン大学文学部准教授 | タイ | 3群 | 2023年1月19日(木)~ 2023年1月25日(水) | 2023年1月20日(金) | Variability in the Acquisition of English Articles: Cases of Omissions and Substitutions |
Keith Knapp | サウスカロライナ軍事大学歴史学科教授 | アメリカ | 2群 | 2023年1月9日(月)~ 2023年1月29日(日) | 2023年1月20日(金) | 魂瓶と鳥――2~4世紀の江南における宗教的想像力 |
Philippe Walter | グルノーブル=アルプ大学名誉教授 | フランス | 3群 | 2023年2月20日(月)~ 2023年2月26日(日) | 2023年2月25日(土) | クレティアン・ド・トロワ作『グラアルの物語』に隠された民話-国際民話話型ATUでは何番にあたるのか? |
Yuan Boping 氏の講演会
開催日:2022年6月18日(土)
場所:多摩キャンパス3号館3階 3351号室
講師:Yuan Boping 氏 (Professor Emeritus,Faculty of Asian and Middle Eastern Studies, University of Cambridge)
テーマ: Categorization of cues in the input and their implications for L2 acquisition
企画:研究会チーム「多言語話者の言語知識」
日本第二言語習得学会との共催で行われたこの講演会では、ケンブリッジ大学名誉教授の袁博平(Yuan Boping)博士から、第二言語におけるインプットの範疇についてのご講義をいただいた。この講義では、これまでの言語学に基づく第二言語習得研究では、さほど重視されてこなかったインプットの分類を試みている。英語のWhat on earthと中国語のWh語+「到底」とを比較して、この2つの語彙を、統語的・誤用論的・意味的観点から記述・比較した上で実験を行い、それぞれの相違点や共通点が、中国語を母語とする英語学習者のwhat on earthの使用にどのように関わるのかという点について、また、学習者が相違点を克服して目標言語の仕組みを習得できるのかという点について論じている。袁博士によれば、インプットにみられる一貫性などの点から、インプットの種類はマクロ、ミクロ、ナノなどのレベルに分けることが可能であり、「一貫性」などのある要件を満たしたマクロレベルのインプットは言語習得の鍵として働き、初期学習者にとっても、それに基づく習得は容易であるが、ミクロあるいはナノレベルのインプットは、頻度が高くても、言語習得の鍵としては、働きにくい。講義後は、この新しいアプローチのもたらす可能性について、また、このアプローチ以外の視点からの説明の有用性について、活発な意見交換が行われた。
Kong Xurong 氏の講演会
開催日:2022年7月8日(金)
場所:多摩キャンパス3号館4階 3454号室
講師:Kong Xurong 氏 (Associate Professor,College of Liberal Arts, Kean University)
テーマ: When “Rituals collapse and music spoilt”
企画:共同研究チーム「世界史における「政治的なもの」」
人文科学研究所共同研究チーム「世界史における「政治的なもの」」と、大学院「中国古代史特講A」「中国古代史演習A」・学部「東洋史学基礎演習(2)A」との共催として行った。
本講演の内容は、概ね以下のとおりである。『論語』をはじめとする中国の古典においては、「楽」の重要性がクローズアップされている。中国で使われる楽器というと、笙や箜篌、琵琶などがイメージされがちであるが、これらはいずれも魏晋南北朝期を中心とする前後の時代に、西方から持ち込まれたものである。よって、孔子が「楽」を語る中で念頭においていた楽器も、こういったものではない。漢朝の後を受けた魏・晋(西晋)が崩壊したあと、中国の伝統的な楽器やそれを用いた楽の制度は失われ、南北朝期にその再建がはかられていったが、その際に用いられたのが、西方の楽器やそれを用いた音楽であった。つまり、西方からの楽器の流伝とは、単純に西方の楽器が中国に入ってきたというだけの現象ではなく、中国のその後の楽制に決定的な影響を与えるものであったのである。
率直にいえば、以上のような議論は、日本においては必ずしも目新しいものではない。この15年ほどに限っても、渡辺信一郎・小林聡・戸川貴行らの諸氏が詳細な検討を重ね、楽制の再建の具体的なプロセスや内容が、相当程度まで明らかになっている。ところがその一方で、孔氏が本講演の中で論及・指摘した各種の問題――例えば、孔子がいう「声」「音」「楽」の(観念上のではなく、即物的な)質的差異、西伝楽器を用いて奏された楽曲の具体的内容など――については、これまでほとんど論じられてきていない。その最大の理由は、恐らく、近年の楽制史研究を担う研究者が、音楽や文学に関する基本的な知識を必要とする議論を回避し、文献の漠然とした記載を鵜呑みにして、制度の外形のみを論じているからである。無論そうした制度の外形もそれはそれとして重要であるが、とはいえそれだけでは、やはり真の「楽」制研究とは言いがたい。孔氏は中古文学を専門とする研究者として、中国の伝統音楽の奏者との交流も重ねながら、具体的な「音」(そこには言語も含まれる)の側面から、楽制の崩壊・再現という現象に迫ろうとしている。この研究はまだ途上にあり、本日の講演において明確な成果が示されたわけではないが、従来の楽制研究の限界を越える新しい「芽」が現れていたことを見逃してはならない。
孔氏の講演に続けて登壇した小林聡氏(埼玉大学教育学部教授)は、近年、南北朝時代における「楽」の政治的・社会的位置づけについて、楽を奏する楽人じたいの研究――パフォーマンスの内容、奏楽の際の身なり、身分・待遇・生活など――を通して検討している。本日はそうした方面の成果を踏まえたうえで、国家が臣下に対して楽人を下賜する制度に着目しつつ、雅楽(公的な儀礼のための音楽)・女楽(娯楽性の強い日常的な音楽)の楽人がそれぞれどのような場面でどのような対象に下賜されたのかについて検討した。現時点の仮の結論としては、楽の分与をとおして君臣の和合がはかられていたという解釈であるが、そうした理解では説明できない部分があるのではないかとの指摘がフロア側からあり、小林氏自身からも現在検討中である旨の回答があった。こういった問題により明確な解答を与えるためにも、孔氏が提起したような、楽そのものの実態に対する精緻なアプローチは不可欠であろう。
以上からもわかるとおり、孔氏・小林氏の講演は相互補完的な関係にあったが、こうした「相互補完」の関係は、両氏の間のみならず、日米の中国中古音楽研究全般において認められるものではないかと思われる。終了後の交流の中で、孔氏自身からもそうした趣旨の発言があった。日本における60日間の活動の総括として、こうした発言を引き出せただけでも、外国人招へい研究者として日本にご滞在いただいた意義は十二分にあったものと考える。この講演会が中国中古史の分野における日米間の研究協力を加速させる一契機となることを願っている。
Thimtawan Supakit 氏の講演会
開催日:2022年11月21日(月)
場所:多摩キャンパス2号館4階研究所会議室4
講師:Thimtawan Supakit 氏(チュラロンコン大学言語センター英語専任講師)
テーマ: Effects of working memory, structure, and salience on L1 Thai learners’ processing of English past participles
企画:研究会チーム「多言語話者の言語知識」
The lecturer delivered a talk on the study that investigated effects of working memory (WM), structure, and salience on L1 Thai learners’processing of English relative clauses (RCs) (e.g., the people who were invited) and participial reduced relative clauses (PRRCs) (e.g., the people invited). The three factors were hypothesized to influence how the learners processed the structures containing two irregular past participial forms with different salience degrees. The salience concerned phonological alterations from the past tense forms: vowel change plus syllabic morpheme addition (e.g., ate → eaten) and vowel change plus n-affixation (e.g., blew → blown). A reading span task and a self-paced reading task were administered to 70 advanced L1 Thai learners. The former task divided the learners by WM level into higher (N = 33) and lower (N = 37) groups, while the latter examined their processing of the two participial forms. The two participant groups demonstrated significant differences in online but not in offline processing. The results indicated that WM differences affected L2 processing, and different task types could modulate WM effects (Hopp, 2015). Regarding structure, the subjects spent significantly different reading times for RCs and PRRCs. The strong structure effects resulted from differences between the constructions: word number and structural ambiguity level (Carroll, 2008). In contrast, salience created a weaker impact probably because the irregulars were close in syllabic number and common in conveying passive meaning. The research contributed to L2 processing studies by substantiating the influence of WM capacity and structure, rather than salience, on L2 processing.
Pongpairoj Nattama 氏の講演会
開催日:2023年1月20日(金)
場所:多摩キャンパス2号館4階研究所会議室4
講師:Pongpairoj Nattama 氏(チュラロンコン大学文学部准教授)
テーマ: Variability in the Acquisition of English Articles: Cases of Omissions and Substitutions
企画:研究会チーム「多言語話者の言語知識」
Dr. Pongpairoj talked about her research on the acquisition of the English article. English is a language with only the indefinite ‘a(n)’ and the definite ‘the’ articles. Variability in L2 English articles has been well-documented. This talk included two cases of variability in L2 English articles by L1 Thai learners: article omissions (Pongpairoj 2015) and article substitutions (Pongpairoj 2020). It was shown that variability of English articles can be accounted for by a common construct. In the former study, Pongpairoj (2015) explored English article omissions by 30 advanced L1 Thai learners. The obligatory nominal contexts were first and second mention definites. The data were elicited on a grammaticality judgment task (GJT) and a translation task. The results revealed that the learners would exhibit higher article omissions with second rather than with first mention definite referents in both production and perception. In the latter research, Pongpairoj (2020) explored English article substitutions in definite and indefinite contexts. The participants were two advanced learner groups (30 participants each) of different L1 backgrounds., i.e., French and Thai, a language with and without articles, respectively. The tasks were a GJT and a forced-choice elicitation task. The data showed significantly higher article substitutions in the Thai group than in the French group in all nominal contexts in both production and perception. Based on the notion of non-target-like syntactic representation under Generative Grammar (Hawkins 2000; 2003), it was assumed that L2 functional parameters not instantiated in the learners’ L1 might be unattainable.
Keith Knapp 氏の講演会
開催日:2023年1月20日(金)
場所:多摩キャンパス3号館3階3357教室
講師:Knapp, Keith 氏(サウスカロライナ軍事大学歴史学科教授)
テーマ:魂瓶と鳥――2~4世紀の江南における宗教的想像力
企画:共同研究チーム「世界史における「政治的なもの」」
本講演は、2世紀から4世紀初頭にかけての長江下流域において集中的にあらわれた謎の多い遺物・魂瓶に装飾として鳥が多くあしらわれていたことに着目して、魂瓶が随葬用の器物として製作された意図を読み解こうとしたものである。
いま半ば定説化している小南一郎・京都大学名誉教授の説によれば、魂瓶とは死者の魂の入れ物で、瓶の上部の開口部を通して魂が昇天するのだとされるが、この小南説も同じく鳥に注目したもので、死者の魂が鳥になるという伝説に依拠している。しかしKnapp氏は、1つの墓に1つの魂瓶が随葬される以上、その中の魂も1つであるはずなのだから、1つの魂瓶に多数の鳥が付されることの理由を小南説は合理的に説明していない、と批判する。そのうえで、魂瓶が「中古期」の「江南」に特有のものであった点により注目すべきだ、という。そこで当時の江南に流布していた鳥に関する言い伝えをひもとくと、鳥を穀物神とみなして崇拝する内容のものが目立つことに気づく。それと同時に、「家族」の社会的な役割が高まった魏晋時代には、そうした時代性の反映として、死者の安楽だけでなく子孫の繁栄を願う性格の随葬品がしばしば用いられてもいた。魂瓶の鳥もそれと同様の、豊穣と子孫の幸福の象徴であったのであり、魂瓶もまた本質的にそうした性格の器物とみなすべきである、というのがKnapp氏の結論である。
小南説に対する反論は明快で、Knapp氏の出発点は首肯できる。フロアからの質問・意見も、そうしたKnapp氏の前提を共有したものが多く提示された。一方で、①鳥と並んで魂瓶の装飾として用いられた熊に対しては考察しなくてよいのか、②魂瓶の鳥は穀物神としてしばしば言及される雀とは似ておらず、むしろ家禽のようにみえるが、その点はどう整合的に理解すればよいのか、といった反論もなされた。これに対してKnapp氏は、①’熊については現在別稿を準備中である、やはり神話との関連で理解できること、②’伝説には確かに雀があらわれるが、それ以外の鳥もやはり神聖な存在であったのであり、そのことは日本の埴輪に家禽がみられることからもわかる、と回答した。
総じてKnapp氏の議論は、同時代の東アジア全体の文化・民俗に対する深い造詣に基づいて展開されており、そのことは用いられる史料の由来が広範に亙ることからも明らかである。加えて印象的であったのは、本講演の中において、今回の滞在中に参観した博物館で蒐集した史料が早速活用されていたことである。これは、本学での研究活動が直ちに教育活動へと還元された実例であると同時に、本学による招聘が同氏の研究、ひいてはアメリカの学術に確実に貢献する(した)ことをも示している。
Philippe Walter 氏の講演会
開催日:2023年2月25日(土)
場所:多摩キャンパスForest Gateway Chuoホール
講師:Philippe Walter 氏(グルノーブル=アルプ大学名誉教授)
テーマ:クレティアン・ド・トロワ作『グラアルの物語』に隠された民話-国際民話話型ATUでは何番にあたるのか?
企画:研究会チーム「幻想的存在の東西」
この公開講演会では、公益財団法人日仏会館の「日仏学者交換プログラム」で来日されたフィリップ・ヴァルテール氏に、「アーサー王物語」の実質的な創始者にあたるクレティアン・ド・トロワの遺作『グラアルの物語』(1181年頃)の新しい解釈を提示していたただいた。
「聖杯伝説」の出発点となった『グラアルの物語』を対象にした研究は数多くあるが、その大半は「グラアル」という謎の物体が登場する40行だけに注目し、残りの9200行をなおざりにしている。『グラアルの物語』の謎を解く鍵は、「グラアル」ではなく、「グラアル」がまったく出てこないエピソード群全体にあるのだという。『グラアルの物語』の新たな解釈を提示するためには、「グラアル」をもはや作品の中心とはみなさず、作品全体に立ち返り、(作品の冒頭から結末に至る)語りの「形態」を明らかにすべきなのである。
ヴァルテール氏はこの講演で、著者クレティアンが作品に与えた『グラアルの物語(コント)』というタイトルを重視し、この作品がまさしく「民話(コント)」として国際民話話型ATU(アールネ・トンプソン・ウター)により分類可能であることを明らかにした。『グラアルの物語』の形態学的分析により、作品の骨格をなしているのは3人の登場人物が主人公ペルスヴァルに与えた一連の忠告であり、物語全体がATU910B型「主人の教えを守る」に相当することが分かる。このように民話の話型から分析を試みた場合、『グラアルの物語』にとって重要な比較項となってくるのは、アファナーシエフが採集したロシア民話の1つ「よい言葉」や、中世ラテン語で書かれた『アーサーとゴルラゴン』である。
講演はフランス語で行われ、渡邉が逐次通訳と司会を担当した。講演後には、国際アーサー王学会日本支部および日本ケルト学会の会員、ロシアのフォークロアの専門家とヴァルテール氏との間で、活発な質疑応答が行われた。