ビジネススクール

優秀賞

CBSでは学生たちの学びに対する意欲を高め、かつ、学生たちの模範とするため、優れたプロジェクト研究のアウトプットを選び、優秀賞として表彰をしています。ご自身の業界や問題意識に近いアウトプットを見つけてみてください。

<2024年3月修了生 優秀賞 9名>

論文A

社会課題解決を目的としたトライセクターの協働に関する研究―「場」を鍵概念として
中沢 峻
キーワード:社会課題、協働、トライセクター、場

論文要旨

 本論文では、社会課題解決を目的とするトライセクター(政府セクター・企業セクター・非営利セクター)の協働の事例を対象として、各組織・各担当者間の相互作用によってつくられる「場」の様相について考察を行った。
 国内における、トライセクターによる協働の2事例(岩手県釜石市「Kamaishiコンパス」ほか)を対象として、主に、参画組織の事業担当者へのインタビュー調査を行った。調査を踏まえて、事例の経緯や運営体制等の記述と、インタビュー結果に対する分析を行った。インタビュー結果の分析には、質的データ分析手法の一つであるSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用いた。
 上記の分析手続きを経て、「組織のライフサイクル」の各段階における2事例の共通点を明らかにし、それらに対する考察を行った。トライセクターの協働のプロセスから、「組織文化の相互理解」や「プロジェクトによって生み出された受益者のポジティブな変化の体験」・共有といった、コンテクストが創造される「場」や、それらと不可分である空間的な「場」の一端が見出された。加えて、実践に対する示唆として「各組織のコンテクストを踏まえた、共有可能で適切な目標設定」等を挙げた。

優秀賞としての推薦理由

 自治体・非営利団体・企業という異なる行動原理で動く主体が協働するための条件を、具体的かつ豊富な一次データを用いて模索した論文である。これまで企業内・企業間・第三セクター(企業と自治体等)での協働に関する研究はなされてきたが、そこに非営利団体が加わることにより、さらに「協働」の難易度が高まる。そのような複雑な状況のなかで、どのように協働がなしえるのか?著者は制度面だけでなく、三者によって構成される「場」に注目する。目に見えない場におけるコンテクストの変化、特に共体験により創造されたコンテクストが組織文化の相互理解につながり、協働が促進されることが明らかにされた。複雑化した社会における「場」の形成プロセスを、ミクロレベルでの分析により描き出したことに新規性と今後の発展可能性があると評価できる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 社会課題の解決という最終的な目的を果たすため、異なる利害や価値観で行動する自治体・非営利団体・企業の三者(トライセクター)が協働する条件を探索した意欲的な論文である。問題設定、論文の構成、豊富な一次資料と定性データを扱うためのSACT分析の手法、さらに分析とその解釈から結論に至るまでの論理展開など論文(A)として一定以上の水準に達しており、後輩の模範となる。

論文B

「小売企業におけるネットスーパーの戦略的妥当性の研究」~オムニチャネル時代の店舗選択要因の考察~
飯塚 洋平
キーワード:ネットスーパー、顧客満足度、セグメント、オムニチャネル、共分散構造分析

論文要旨

 本研究の目的は、小売企業のネットスーパー事業戦略の妥当性を検証し、リアル店舗とネットスーパーそれぞれのユーザーに対して、顧客満足度を上げるために実務面における具体的な示唆を得ることである。ネットスーパーを利用するユーザーの顧客生涯価値が高いことは知られているが、ユーザーごとにネットスーパーの利用意図を研究した事例は少ない。今回、リアル店舗のみを利用するユーザーをリアル店舗ユーザー、リアル店舗とネットスーパーの両方を利用するユーザーをオムニチャネルユーザーとセグメントし、リアル店舗の満足度がネットスーパーの利用意図にどのように繋がっているかを明らかにした。
 共分散構造分析で検証した結果、リアル店舗ユーザーのネットスーパーの利用意図は極めて低く、ネットスーパーの利用促進よりも買物体験を通してリアル店舗の満足度を上げる方が優先すべきであることが示された。一方、オムニチャネルユーザーに対しては、より利便性の訴求や特色ある品揃えを訴求すべきであることが示された。本研究は、小売企業のネットスーパー事業の拡大を見直す新しい視点を提示したものと考え、リアル店舗への注力を喚起することは実務面においても重要な示唆となった。

優秀賞としての推薦理由

 多くの食品小売業がネットスーパーを志向している。とくに、大手の小売業は、ネットとリアルの店舗の両方を利用するオムニチャネル・ユーザーを獲得すべく力をいれている。しかし、リアル店舗に満足しているユーザーは必ずしもネットスーパーを利用するとは限らない。本研究論文は、食品小売業がネットスーパーに参入することが必ずしも正しい戦略とは言えないことを消費者調査から定量的に明らかにした貴重な論文である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

研究論文を作成するにあたり、①問題の所在の明確化、②関連する論文のレビュー、③問題の解決のための適切な仮説の設定、④仮説検証のための十分なデータの収集、⑤適切な分析方法(共分散構造分析)を使用した仮説の検証、⑥最後に実務的示唆を導いていることは、他の学生にとって参考になる。

論文B

参与観察による中小企業のプロジェクト・マネジャーサポート体制の実践
木村 力
キーワード:参与観察、プロジェクトマネジャー、組織的サポート、製品開発パフォーマンス、イノベーション

論文要旨

 製品開発組織において、プロジェクトマネジャーは、プロジェクトを成功に導く、重要な役割を担う。しかし、どんなに優秀なプロジェクトマネジャーでも、常に高いパフォーマンスを維持し続けることは難しく、毎日のコンディションや自身を取り巻く環境変化によって、プロジェクトマネジャーのパフォーマンスも変化する。本研究の目的は、プロジェクトマネジャーの根本的な部分に目を向け、彼らが抱える悩みや課題を明らかにし、それに対する組織としての効果的なサポートのあり方を探り、優れた製品開発パフォーマンスを実現する可能性を示すことである。
 本研究では、参与観察法により、経営層が製品開発組織のプロジェクトマネジャーの調査、分析を行い、プロジェクトマネジャーをサポートする新しい製品開発の組織モデルを実践し、製品開発パフォーマンスの向上につながる優れた効果を確認した。さらに、プロジェクトマネジャーの行動に変化が生じ、他者との関り合いを生み、製品開発組織が活性化する効果も確認した。本研究で実践した新しい製品開発の組織モデルは、外部との協業や他社との人材交流、新たに採用した人材の活用といった、現在多くの企業が直面するダイバーシティ&インクルージョンを促進させるためにも有効であり、新たなイノベーション創出に結び付く示唆を得られた。

優秀賞としての推薦理由

 製品開発の実務と研究において、開発プロジェクトを率いるプロジェクトマネジャー (PM) の重要性は繰り返し主張され、確かめられてきた。しかしながら、PMは能力が高いことが暗黙の前提とされて、彼らが悩みを抱え、それによって開発プロジェクトに悪い影響が生じる可能性には目が向けられてこなかった。その暗黙の前提に疑問を投げかけ、PMの悩みや課題があることを確認し、それに組織としてのサポートを行う可能性を検討した。この研究課題に、木村氏の論文の貢献がある。
 この研究課題に取り組むために、自らが率先して開発プロジェクトとそれを率いるPMのサポートを行って課題の解決に取り組み、課題の背景にあるメカニズムや要因を明らかにした。研究手法の選択と、それを他の組織メンバーを巻き込んで実現した研究プロセスの両面において、この研究の独自性があると考えられる。 さらに、研究を通して、PMが抱える問題は、その能力によって生じるものだけではなく、個人としての悩みや組織の問題、とくに開発プロジェクト内外の調整業務に由来する可能性を示した。実証研究によって見出されたこの主張は、職場の中での関わり合いの重要性や組織の重さなど、既存研究との接点を複数持つ。それゆえ、今後の開発マネジメントの研究、およびその隣接領域での研究にも貢献する可能性を有している。実務に根ざしつつ、学術的な含意も豊富な研究成果もまた、優秀論文に相応しいと考えられる。
 以上のように、見過ごされてきたPMの悩みに焦点を当てた研究課題の設定、組織を動かしながら実践した研究活動、既存研究との接点を有する独自の主張といった点において、論文Bの評価基準を高い水準で満たしている。このことから、木村氏の論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

実務に根ざした研究課題を設定し、周囲の組織メンバーを巻き込みながら研究と実務の両面において独自性のある知見を得て、実践的な取り組みも進めた。研究成果もまた、開発マネジメントの実務に有用であり、学術的な含意も豊かである。こうした課題設定と研究の進め方は、理論と実践の架橋を目指す専門職大学院の理念に合致する研究活動であると言える。

論文B

人事異動が生命保険会社課長のマネジメント力に与える影響
藤井 大輔
キーワード:生命保険会社、人事異動、育成効果、課長のマネジメント力、人事データの利活用

論文要旨

 若手社員のキャリア志向が多様化するなかで、生命保険会社においても全国転勤を前提とした人事異動の育成効果の検証が求められている。本研究は、生命保険会社A社の課長層を対象として、彼らのマネジメント力がどのような異動経験と関連しているのかを定量データを用いて探索的に検討した。課長89名について、①課長のマネジメント力に関するアセスメントサーベイのデータ、②個人属性や所属部署等のデータ、③課長一人ひとりの異動歴を参照して作成したデータを組み合わせて、過去に経験した異動特性(異動回数、課長初任年齢、課長経験部署数、営業部長経験、支社管理職経験、業務分野数など)と現在のマネジメント力との関係を統計的に分析したところ、課長経験部署数や業務分野数はマネジメント力全般と負の関連があること、営業部長経験は顧客志向のマネジメント力と正の関連があること等が示された。統計分析の結果をふまえて、A社人事部の複数の課長に聞き取り調査を行い、課長の異動・任用方針やマネジメント力に関する課題認識を確認し、改善策として課長の若手任用促進や、課長層の育成機会の充実、営業部長職への任用等を提示した。

優秀賞としての推薦理由

 本研究は、人事異動によるマネジメント力の育成効果について、勤務先の課長を対象とした3種類の定量データから独自のデータセットを構築し検討した実践的意義の高いものである。分析結果は異動経験の中に課長のマネジメント力の向上につながる経験とそうでない経験の両方があることを示唆しており、勤務先の人事異動を見直すうえで有益な知見である。勤務先の人事課長に聞き取り調査を追加実施することで、統計分析結果の解釈を確かなものとし、勤務先で実現可能な対応策を提示している点も評価できる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 勤務先の人事課題をとりあげて、勤務先の協力を得ながら自身のプロジェクト研究を通じて解明しようとした模範例といえる。勤務先のアセスメントサーベイのデータを再利用するだけでなく、課長一人ひとりの異動歴から異動特性に関するデータを自ら作成して分析するなど、エビデンスに基づく人事管理や産学連携による人事データの利活用の可能性を示した点も模範になる。

論文B

グループ経営におけるナレッジ・ブローカリングを促進する要因とは
~M-GTAによる分析をとおして~
宮脇 明子
キーワード:グループ経営、出向、ナレッジ・ブローカリング、シナジー創出、M-GTA

論文要旨

 ナレッジ・ブローカリングとは、ある実践共同体の実践(形式知・暗黙知の双方を含む)を別の共同体に仲介・伝播させることを指す。企業グループ内に偏在する多様な実践を企業間でナレッジ・ブローカリングさせることが、企業グループ形成の最大の目的の1つであるシナジー創出に寄与する。
 本研究の目的は、企業グループ内の他のグループ企業に出向した者により行われるナレッジ・ブローカリングのプロセスと、それを行うナレッジ・ブローカーの活動を促進ないし阻害する要因を明らかにすることである。
 調査は、Wenger(1998,2000)らによるナレッジ・ブローカーの定義を援用し、同じ企業グループに属する組織に一定期間出向し、出向元・出向先双方の組織と緊密な関係を維持しつつ、出向元で獲得した実践を出向先に仲介・伝播させた経験がある人材を対象に行った。得られた情報を修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの手法で分析した。
 その結果、ナレッジ・ブローカリングのプロセスとして「役割の認識」「正当性の獲得」「実践の見極め」「実践の仲介に関する行動」の4つの概念群を抽出するとともに、促進要因として「周囲からの支援」「出向者の裁量権」などの概念を抽出した。

優秀賞としての推薦理由

 異質な知識が出会い新しい知識が創造されるとき、組織要因やマネジメント要因が重要であることは言うまでもないが、本研究が着目するのは、実際に知識の受け渡しを担う「ナレッジ・ブローカー」と呼ばれる、変革を志向する強い個人である。
 近年グループ企業間で知の伝播による知識創造を目指した人的交流(出向・転籍など)が活発に行われているが、成果に至る前に肝心の人材が離職してしまい、失敗することも多い。本研究はこれを課題とし、先行研究が捉えていない、組織を越える個人による知識の仲介・伝播のプロセスを「越境」「知の伝播(ナレッジ・ブローカリング)」の既存概念を踏まえ、解明しようとした。
 M&Aの増加が示すように、付加価値創出を目指すグループ経営が、近年一般化している状況を踏まえれば、この課題設定は時宜を得ており、評価に値する。
 研究方法としては聞取調査とM-GTAによる分析手法が選ばれた。先行研究を踏まえつつも、これまでの研究が捉えてこなかった事象に焦点化することで、新たなプロセスの提示に成功した点、および、丹念な聞き取りと、丁寧な手続きを踏んで概念を組成、概念間の関連を検討する作業に粘り強く取組んだ態度も評価に値する。
 実務上有益で妥当な具体策の提言も行われており、学術研究としての発展可能性とともに、実務への貢献も期待されることから、本論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 CBSの在校生・修了生は、知の仲介・伝播を高いレベルで行うナレッジ・ブローカーである。本研究はそのプロセスを明らかにし、「知らず知らずのうちに」ではなく、「意識的に」それを行う道筋を示した。それはすなわち、チェンジリーダーとなる一つの道筋を明らかにしたともいえる。経営・人事の実務家のみならず、CBSメンバー一人ひとりにこうした知見をもたらした点は、CBSの後輩の模範となるだろう。

論文B

プライミングによる陸上養殖魚の価値向上の実証研究
渡邊 将介
キーワード:陸上養殖、マーケティング、価値向上、コンジョイント分析、プライミング

論文要旨

 本研究では、水産資源の保全の視点から注目されているが、生産コストの高さ故に高価格にならざるをえない陸上養殖魚の価値向上、需要拡大に向けた課題と施策を明らかにするため、回転寿司チェーン店での陸上養殖魚の販売を想定し、消費者の製品選択時において無意識に影響を与えるプライミング、すなわち事前情報の付与(例えば、動画視聴や口頭での説明)による製品属性への影響と評価について、コンジョイント分析を用いて検証した。
 その結果、事前情報付与によって「生産者情報」「期間限定」の影響度は統計的に有意ではないが低下傾向を示し、同時に事前情報付与がない状態では影響度が有意に高いことを明らかにした。また事前情報付与によって「価格」「活〆表示」による影響は有意に高まった。結果として、事前情報付与によって選好度が高いプロファイルの製品の構成が可能であることが明らかになった。本研究によって、製品である水産物のストーリーや背景など、消費者にプライミング効果を与える情報を発信することで、陸上養殖魚の価値向上に繋がることを明らかにした。

優秀賞としての推薦理由

 マーケティングの目標は需要創造であるが、渡邊さんの論文は魚(ひらめ)の陸上養殖の需要を創造するに際して、消費者に対してプライミング(先行刺激)を発生させることで、価値創造ができ、その結果、WTP(Willingness To Pay)を高めることができることを実証した。サプライヤー視点ではなく、消費者視点で分析した点が高く評価された。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 研究論文を作成するにあたり、①問題の所在の明確化、②関連する論文のレビュー、③問題の解決のための適切な仮説の設定、④仮説検証のための実験や十分なデータの収集、⑤適切な分析モデルを使用した仮説の検証、⑥最後に実務的示唆を導いていることは、他の学生にとって参考になる。

事例分析(ケーススタディ)

ニュース・メディアはデジタルで稼げるか
~日テレ報道局が進むべき新たなビジネスモデルの考察~
井上 幸昌
キーワード:ニュースメディア、デジタル化、イノベーターのジレンマ、ビジネスモデル、顧客データ

論文要旨

 本研究の目的は、テレビ局や新聞など伝統的なニュース・メディアがデジタル時代にどうすれば稼げるのか、その答えを探ることにある。安定した収益なくして持続可能なジャーナリズムの発展は望めないからである。
 先行研究レビューと日経新聞デジタル責任者インタビューなどデジタル化成功企業3社の分析を通じて、カギは「顧客データ」を入手することであると結論づけた。その蓄積・有効活用によりパーソナライズ化したコンテンツ・広告の提供と読者開発、ユーザー参加のコミュニティ構築等を行い、ユーザー課金で稼いでいた。
 一方、日テレ報道局はこれまで、既存顧客のニーズ充足を最優先に地上波コンテンツに注力し、デジタル化が遅れた。現在は「放送とデジタルの両輪」戦略が加速しているものの、「イノベーションのジレンマ」が続いている実態を明らかにした。その打破のためには「非連続的な成長」が生むことが必要だと指摘し、「知識ベース・ビジネスモデル」の視点から、デジタルに関する知識ビジョンを持つ人材の雇用で新たなSECIを回すことなどを提言した。また、「両利きの経営」の視点から「探索」の強化を提案し、従来とは異なるスキルセットを持つ人材の雇用やリーダーシップにより「変わることを楽しむ」共通の文化を作り出す必要性を提言した。

優秀賞としての推薦理由

 本研究は、健全な経営基盤を持つニュースメディアが民主主義の発展には不可欠であるという筆者の信念に基づき、デジタル技術がもたらした変化にニュースメディアがどう対応し、「稼げる」ビジネスモデルを確立したか(あるいは確立できなかったか)を、New York Timesや日本経済新聞などの既存ニュースメディア、新興メディアであるNewsPicks、そして筆者が勤務する日本テレビの事例により明らかにするものである。特に、2020年以前の日本テレビはデジタル技術の進展によりもたらされた破壊的イノベーションにうまく対応できず典型的な「イノベーターのジレンマ」に陥っていたことを明らかにし、それらの失敗や他社の成功事例の分析に基づき、ニュースメディアの今後のビジネスモデルとそれを成功させるための組織改革について、具体的な提案を行っている。デジタル技術が既存の産業構造やビジネスモデルを否応なく変えていくことが多い現在、既存企業がどのように「イノベーターのジレンマ」を乗り越えられるかを考察した本研究は、メディア産業以外の産業においても大きな示唆を持つ。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 当事者のインタビューを含む豊富な一次情報に基づく事例であること、特に自社の「失敗」を内部者でなければ描けない説得力を持った事例として描写・分析したことが本研究の一つの貢献である。そしてそうした「イノベーターのジレンマ」を乗り越えて「非連続的な成長」を遂げるためにはどのようなビジネスモデルと組織が必要かについての具体的な提言は、他産業においても示唆に富むものとなっている。

事例分析(ケーススタディ)

新しい事業に支持者を集める方法について
澤尻 宰紀
キーワード:新規事業、ターゲティング、ビジョン、評価制度、内発的動機づけ

論文要旨

 企業にとって、新しい事業機会の探索は重要である。一方で、トップダウンで実施を決定した新しい事業であっても、社員の参画が不十分である為に縮小してしまう事業もある。
 当研究は、新しい事業に、組織内部から積極的に参加する社員を集めるプロセスを明らかにすることを目的とした。
 調査は5つの事業を対象とし、新しい事業に関するトップの発言内容、顧客ターゲティング、参画した社員に対する評価・報酬制度等の項目に着目したインタビュー方式で行った。また、トップ・マネジメントレイヤー・社員という複数のレイヤーに対して調査を行うことで、それぞれの立場における捉え方を明らかにした。
 結論として、積極的に参加する社員を集めるプロセスとして重要な点は、トップはマネジメントレイヤーに管理を委譲し、自らはビジョンに限定した発言に限定すること、対象顧客は幅広くターゲティングしておくこと、内発的動機づけを与える評価制度を導入することであるとしている。

優秀賞としての推薦理由

 本事例分析は、不確実性はあるが企業として取り組むと決めた新しい事業に対して、積極的に取り組む社内の支持者を集める要因について、5社事例の比較研究によって明らかにしている。実務に基づいた問題意識は明確で、先行研究のレビューに基づいて研究の観点を4つにフォーカスし、他社を含めて精力的にインタビュー調査をおこなっている。その結果、特に、社員が新規事業を推進しようとするトップ・上級管理職の言葉を、社員がどのように認識したかが社員の支持の重要な要因であることをつきとめた。トップが新規事業の意味を伝えていると社員が認識することが社内の支持を集め、反対に、トップが社員を新規事業に参画するように管理し、コントロールしていると認識されていると社内の支持が得られないという発見である。この発見的事実は、探索的ではあるが、内発的動機付け理論などの理論的な含意が深い。比較事例研究は、理論的フレームワークに基づいてシステマティックに、丁寧に聞き取っており、実証的な意味も深い。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 比較対象となる複数事例について複数回にわたってインタビュー調査し、最初のリサーチクエスチョンから探索的に理論的な貢献にもつながりうる発見的事実を明らかにしている点が後輩の模範となる。

事例分析(ケーススタディ)

情報システム開発手法と企業戦略の柔軟性の関係性
若林 正裕
キーワード:デジタル・トランスフォーメーション(DX)、アジャイル開発、ウォーターフォール開発 企業戦略、内製化

論文要旨

 現代の企業は、市場の急速な変化に対応するために、情報システムの戦略的導入が求められている。本研究は、現代企業における情報システムの開発手法と開発体制が企業戦略の柔軟性に与える影響を明らかにすることを目的としている。具体的には、情報システムへの投資を積極的に行っている小売業2社を対象に、それぞれが採用する開発手法(アジャイル開発とウォーターフォール開発)と開発体制(内製化とアウトソーシング)の違いを比較し、その結果を分析した。
 研究からは、開発手法や体制の違いが直接的に企業戦略の柔軟性に影響を与えるという結論には至らなかったが、両社とも外部の知識や能力の活用、ビジネス部門や現場社員の積極的な関与、システム部門のシステム開発時における主導的役割が重要であることが示された。このようなアプローチは、ビジネス部門とシステム部門の連携を強化し、迅速なシステム開発を促進することで、企業戦略の柔軟性を高める効果があると考えられる。そのため、今後の企業戦略の実行においては、システム部門の中心的役割とステークホルダーの積極的な関与が重要である点を提言している。

優秀賞としての推薦理由

 本事例分析は、情報システムの開発方法と開発体制の違いが、企業戦略の実現や柔軟性にどのような影響を与えるのかを、2社の詳細な比較事例研究によって明らかにしている。1社は、一般的に柔軟性が欠けるとされるウォーターフォール型開発で外注、1社は戦略の変化に対する柔軟性があるとされるアジャイル型の内製開発をおこなっている。その結果、2つの開発方法、内製・外注という開発体制の違いが戦略の柔軟性に影響を及ぼすと言うよりも、各開発方法、開発体制の欠点を補い戦略の柔軟性を担保する工夫の重要性や、外部の知識や能力の活用、現場やビジネス部門の積極的な関与、システム部門の役割に共通点が浮かび上がってきた。本研究は、探索的な研究であるが、2つの事例を丁寧に調べることによって理論的含意をもたらす優れた比較事例分析である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 比較事例研究を行い、先行研究に基づいて明確な理論的な観点を持ってシステマティックに聞き取っている点が後輩の模範となる。

<2023年9月修了生 優秀賞 3名>

論文B

非定型業務における熟達者の「コツ」の伝承・共有に向けて
看護師の「多重課題・多重業務」解決のためのパターン・ランゲージの活用 北岡 理佳
キーワード:非定型業務、多重課題・多重業務、熟達者のコツの伝承・共有、暗黙知の形式化
パターン・ランゲージ

論文要旨

看護師の業務には、複数の事柄を同時に、常に優先順位を判断しながら対処しなければならない多重課題(多重業務)という特徴がある。新人を中心に多くの看護師が負担に感じており、離職の遠因ともなっている。しかしその対処の仕方を効果的に学習/教育する手法は現在のところ存在しない。そこで本研究は、「パターン・ランゲージ」という手法を用いて、多重課題への対処に定評のある熟達者の持つ経験則(コツ)を可視化・形式化するとともに、それらを伝承・共有するための教育ツールの開発に取り組んだ。「パターン・ランゲージ」は、暗黙知の状態にある一連の対処行動の組み合わせ、そのパターンを抽出し、記述・形式化することで、関係者間の知識共有を図ろうとする手段である。具体的には某医療機関に勤務する看護師・熟達者5名へのグループインタビューを通じて収集したテキストデータの内容を分析し、4つの上位カテゴリーと、その中に配分される28の効果的な対処パターンを抽出・形式化することができた。上位カテゴリーの中には、「多重課題における教育的要素や視点」「声のかけ方・他職種との連携の在り方」などのチームワークに関わる視点も含まれていた。

優秀賞としての推薦理由

本研究は、医療現場の看護師が直面する①多重課題の実態の把握と、②教育手法の研究・開発、という2つの難しい課題に同時に取り組んだ意欲作である。まず、この課題設定の在り方が、ビジネススクールの論文として評価に値する。
次にこの課題に対し「パターン・ランゲージ」という新たな手法を適用し、多重課題をパターン化したうえで、それぞれのパターンへの熟達者の対処の在り方(経験則)を抽出し、職場で共有できるノウハウとして言語化・形式知化に成功している点が評価に値する。パターン・ランゲージは保育や介護の現場での熟達者の暗黙知的な対処の仕方の形式知化に用いられた例があるが、筆者は工夫を重ね、医療現場の多重課題への対処の仕方に応用した。
その結果、個人のスキル向上を主な論点としてきた医療分野の先行研究に対し、チームワークや他者(多職種)との連携の重要性、熟達に至る学習過程に関する知見など、マネジメント的な要素を含む対処行動を、多重課題をこなすコツとして新たに示す貢献を行った。
このように本研究は課題設定、研究手法の独自性、医療分野とマネジメント分野を架橋する結論が示唆する新規性などの点で論文Bの水準を十分に満たしていることから、優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

定型的な業務の多くがテクノロジーによって代替可能となった現在、人々が担うタスクとして重要性が増すのは非定型かつ対人関係性が求められるタスクである。こうしたタスクの熟達度を高めようとする際、いかに効率よく熟達者の経験則を新規参入者に伝達するか、今後のビジネスの現場の重要な課題である。現役の緊急救命室の看護師である筆者は医療現場の多重課題を例に、一般化可能な解決策の一例を示して見せた。異分野間、理論と実践を架橋する研究としてCBSの後輩の模範となるだろう。

論文B

ミドル・シニア人材の部下のパフォーマンスを高める管理職のマネジメントに関する研究
-営業職の問題行動に着目して-
吉田 誠治
キーワード: 営業、管理職のマネジメント、ミドル・シニア人材、部下の問題行動、質的・量的調査

論文要旨

現在、45才以上のミドル・シニア人材は労働人口の半数を占めるに至っているが、企業の人材育成策は若年層や中堅層が対象で、優先度の低いミドル・シニア層に対する支援は、ほとんど現場の管理職に委ねられる。
本研究では、営業職のミドル・シニア人材の問題行動に対して、現場の管理職がどのようなマネジメント行動によって改善を図っているかを明らかにしようとした。
調査は3段階に分けて実施した。まず、50代のミドル・シニア部下を持つ管理職を対象に予備的調査を行い、そこで抽出された課題を検討するため、本調査1として半構造化インタビュー調査を実施した。部下の問題行動が役職経験の有無によって異なることや、管理職のマネジメント行動が問題改善に有効であることが示された。本調査2は質問票による量的調査である。先行研究をもとに尺度化した管理職のマネジメント行動(「放任型」「伴走型」「放置型」)が、部下の問題行動改善に寄与するとの仮説を検討したが支持されなかった。そこで探索的分析を深めたところ、「放任型」「伴走型」のマネジメント行動と「コミュニケーション能力や説得力」を示す変数に有意な相関が見られ、各行動の目的・意図に加え、それをどのように相手に伝えるかというデリバリーの在り方(コミュニケーション)が重要である可能性が示された。

優秀賞としての推薦理由

人口の高齢化により労働法は数次の改定を経て70歳までの就業継続努力を企業に求めている。企業の人材活用、個人のキャリアの在り方の双方が見直しを迫られる過渡期にあり、企業も個人も十分に変化に対応できていないなか、職場の課題を一手に引き受けているのが、ミドル・シニア層の部下をもつ吉田氏(筆者)ら管理職(マネージャー)層である。就業期間の延伸で、ミドル・シニア層のキャリアは、役職に昇進しないキャリア(キャリア・プラトー)、役職から降りたキャリア(ポスト・オフ)など多様性を増しているが、そうした多様な部下に成果を上げてもらうことが管理職自身のタスク遂行に欠かせない課題となっている。
ミドル・シニア人材を課題に取り上げた研究はこれまでも多くあるが、本研究の新規性は、この年代層を福祉の対象としてでなく、職場の担い手として人的投資の対象およびパフォーマンス・マネジメントの対象として意識し、この年代の特性に合わせたマネジメント方策を模索しようとした点にある。多くの職場が今後間違いなく直面する課題に先鞭をつけた、新たな視点からの課題設定と評価することができる。なお、分析方法には改善の余地もあるが、この点は今後に期待したい。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

ミドル・シニア人材を職場の担い手と位置付け、パフォーマンスを期待するマネジメントの在り方を明らかにする本研究は、今後の職場の課題に重要かつ実務的な示唆を与えている。同時に、自身や調査対象者の経験に耳を傾けつつ、複数アプローチにより粘り強く課題に迫ろうとした真摯な取り組み姿勢はビジネススクールの研究教育の模範となりうる。

事業計画書(ビジネスプラン)

「骨切り術患者に対する歩容支援ビジネスの事業計画」 
福田 高志
キーワード: 変形性膝関節症における膝骨切り術、歩容支援ビジネス、ファブレス企業、スマイルカーブ、ビジネスプラン

論文要旨

本ビジネスプランは、株式会社GaiTechが展開する、変形性膝関節症における歩容改善ビジネスについて記したものである。歩容(Gait)と治療・改善の技術(Technology)を組み合わせた事業コンセプトであり、高齢社会に必要な自立支援型の「生きがいづくり」へ歩容改善を通じ社会課題に取り組むのである。
本事業の提供サービス(What)は、変形性膝関節症における膝骨切り術と組み合わせたコンサルティングである。対象顧客(Who)は、膝関節専門医およびコメディカルと、膝の痛みに悩む40-60代をターゲットとして展開する。また事業フローとしては、膝骨切り術におけるワンストップマーケティングを行い、ファブレス企業として運営する。
本事業の付加価値構造については、社外プレイヤーと連携し、各社の価値連鎖を組み合わせることで、歩容機器を中心とした価値システムを構築している。本事業では、自社及び社外プレイヤーの価値連鎖を繋ぎ、差別化及びコストリーダーシップを実現している。本事業の価値システムを戦略理論の「スマイルカーブ」から分析すると、当社は、上流及び下流の付加価値を確保していることから、小規模ながらも高い付加価値が期待され、収益性の確保の裏付けとなっている。

優秀賞としての推薦理由

変形性膝関節症の患者数は2,530万人となり、その手術手法の1つに高位脛骨骨切り術(骨切り術)が存在する。本研究は骨切り術患者に対する歩容支援事業のビジネスプランであり、医療機関における膝関節専門医および膝関節専門医および理学療法士を含む医療機関を対象とし、①骨切り術治療の最適化に向けたコンサルティング、②骨切り術患者へのリハビリ支援という2つのパッケージを提供するものである。
本研究を優秀賞に推薦する理由としては、以下の3点が挙げられる。第1に、本研究は病院・サプライヤー・医療機器代理店の3者とアライアンスを行うことで、小規模ながら収益性の高いビジネスモデルを構築している。第2に、本研究は著者のビジネス経験と、膝疾患患者への意識調査(中央大学における人を対象とする研究倫理審査委員会:管理受付番号:2023-009)を含む、各種調査に裏づけられたビジネスプランとなっている。第3に、本研究では、ビジネススクールでの学びに応じたフレームと理論が適切に用いられており、説得力の高い事業計画書となっている。
以上の理由に基づき、戦略経営研究科戦略経営専攻優秀賞に、本課題研究を推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

本研究は、骨切り術患者に対する歩容支援という社会課題への、明確なソリューションを提供しており、収益性と社会性の両立を図るものである。併せて著者は、本ビジネスの実現に向けて、具体的な検討も進めている。これらの内容は「社会を変える」というCBSのチェンジ・リーダーの概念に合致するものであるため、「CBSの成果として後輩の模範となる」ものと考える。

<2023年3月修了生 優秀賞 13名>

[論文A]

「パブリックヘルスコミュニケーション領域でのAIチャットボット有用性の検討~保健所での積極的疫学調査の事例より~」羽藤 倫子
(キーワード:公衆衛生、ヘルスコミュニケーション、積極的疫学調査、AIチャットボット、コミュニケーションツール)

論文要旨

 本研究では、人々への社会生活にも大きな影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症を具体事例に取り上げ、公衆衛生領域におけるデジタルツール導入、なかでもAIチャットボットの有用性を検討した。ヘルスケア領域では共感や信頼関係構築といったコミュニケーション上の性質からも従来対人サービスが重視されてきたが、人々の生活様式の多様化や価値観の多様化、さらに情報を取り巻く技術発展を背景に、今後は、対人とデジタルサービスを適材適所で併用していくことが必要と考えられる。しかし、日本ではまだ公衆衛生領域でのコミュニケーション研究は歴史も浅く、人々のデジタルツールへの捉え方やニーズも十分に把握されてはいない。本研究では、サービス提供側と利用側双方に対してアンケート調査を行い、人々の属性やデジタルツールへの親和性などに加え、健康状態や共有される情報内容によっても選択されるコミュニケーションツールが異なる可能性が示唆された。1対不特定多数のマスを対象とするパブリックヘルスで戦略的コミュニケーションを展開するためには、今後具体的な場面でツールデザインやコミュニケーション要素の検証を行い、実装化に向けて知見を深めていくことが必要である。

優秀賞としての推薦理由

 コロナ禍における問題意識から始まり、コロナでの調査に対して万パ話不足の解消のために、AIを使ったコミュニケーションはどうか、という今後の手段を検討した論文。新規性も説得力も高いので、論文Aの優秀論文に推薦する。
具体的には、文献レビューも広範であり、PubMed と Google Scholar を用いて、“ AI c hatbot と① communication public health” あるいは ② C OVID 19” をキーワードに 検索を行い、 Fullfree text 、 abstract でフィルターをかけており、海外文献も網羅されている。調査も2段階でかつ、調査会社を使っておりバイアスが少ない。その結果、健康や医療に関するメッセージであっても、ユーザーは手軽さや心理的負担の少なさ、自分の都合が優先できるという利便性を重視しており、かつ AI チャットボットは「会話」面でウェブよりも信頼できて、質問のしやすい存在として認識されていることが示され、今後の活用につながる、社会的な意義も高い論文である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 コロナ禍という未曽有の危機対応に関連し、社会的課題の解決の提案である。今後のMBA生の研究の方向性の一助になると思われる。

[論文A]

「営業部員による戦略の創発と組織学習」池田 将人
(キーワード:営業、新サービス開発、顧客ニーズ、組織学習、戦略創発)

論文要旨

 営業部員は、企業の売上を作る役割を担っている。そのため、従来の営業に関する研究では、そのパフォーマンスをあげるための能力開発や報酬制度、組織体制などのマネジメント手法に研究の主眼が置かれてきた。しかし、常に市場や顧客と接する営業部員という存在は、市場や顧客のニーズを捉え、企業の基本的な戦略に影響を与え、競争力の源泉となる可能性がある。つまり、営業部員が起点となって戦略が創発され、営業部員を通じて市場に関する組織学習が進む可能性がある。
 本研究では、事例研究の手法で、営業部員による戦略創発を、組織学習の枠組を用いて分析した。顧客のニーズに基づいて営業部門が新たなサービスを構想し、全社的な戦略に取り込まれるプロセスを明確にするとともに、組織学習が成立していたことも確認することができた。
 本研究により、戦略創発と組織学習の間に密接な関係がある事が確認され、さらにそのプロセスの中での営業部員が果たす役割を見出すことができた。売上の帳尻合わせのための営業力強化、それだけでは中長期的な視点に立ったときに不十分である。戦略を市場や顧客ニーズにより合致させたものに強化していくために、営業部員が重要な役割を担っている。

優秀賞としての推薦理由

 創発戦略と組織学習との関係は、これまでの研究でも示唆されてきた。しかし、具体的にどのような関係にあるのかは十分に明らかにされてきたとは言い難い。この論文では、営業部門の活動に焦点を当て、この部門が社内外で果たす役割を読み解き、どのようにして組織学習が進み、創発的に戦略が形作られるのかを明らかにした。既存研究では十分に解き明かされていなかった関係性に着目し、実証研究を進めた問題意識が、まず評価に値する。
 つぎに、問題意識に答えるために、自社事例を簡潔かつ十分に記述した。記述に当たっては、事業の成り立ちから企業としての独立、営業部門の設置と活動を丁寧に辿り、変化の様相を適切に述べている。その上で、どのようにして営業部員が顧客などから気付きを得て、それを組織的に学習し、戦略へと結びつけたのかを明らかにした。事例記述の妥当性とそれに基づく立論も評価に値する。
 このような問題意識と事例分析に基づき、営業部門が組織学習と戦略の創発において果たす役割を主張している。従来の営業に関する研究は、いかに営業成績を向上させるのか、そのためにどのように営業組織をマネジメントするのかといった研究が多かった。だが、それとは異なる、組織学習の担い手という役割を営業部門に見出した。これは営業の実証的研究に対しても、重要な示唆を与えていると考えられる。
 このように、池田氏の研究は問題意識、実証の方法、主張の独自性といった点において高い水準の成果を達成している。さらに、実証研究から導かれた主張は、創発戦略、組織学習、営業研究の各領域を架橋している点で、学術的にも価値がある。明確な問題意識、十分な事例記述、事例解釈に基づく学術的に新規な主張と言った点で、論文Aの評価基準を高い水準で満たしている。これらを総合的に判断し、池田氏の論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 営業部門が果たす役割を、「売上を作る」ことを超えて読み解いて明らかにした点は、営業の実務や研究に携わるわれわれに、重要な示唆を与えている。同時に、自社事例に基づきつつ、学術的には十分に明らかにされていなかった関係性を明らかにする実証研究は、実務と理論の架橋を目指すビジネススクールの研究教育の方向性に合致する。このように実践的な貢献と学術的な貢献を同時に達成した研究は、CBSの後輩の模範となるだろう。

[論文A]

「企業再編・M&A時における事前の労使協議の役割」村上 陽子
(キーワード:企業再編・M&A、労使協議、組織統合、信頼関係、経営参加)

論文要旨

 企業再編・M&Aにおいては、労使紛争の発生や組織統合マネジメント(PMI)の失敗に至る事例も少なくない。一方、売り手側の企業に労働組合が組織され、事前に労使協議を行っている場合、企業再編・M&Aが円滑に実施されている事例が多い。では、事前の労使協議はどのような役割を果たしているのか。
 先行研究の整理から、事前の労使協議の役割は、「時間軸」と「質的な範囲」の2つの軸で分類できることが明らかになった。
 「時間軸」では、法定の手続遵守やディール成立など短期的な視点での「限定的な役割」にとどまるのか、労働条件の統一など中長期的な視点での「労使の信頼関係構築の役割」も果たしているかに分けられる。「質的な範囲」では、従業員の「雇用・労働条件の交渉機能」にとどまるのか、労働組合による「経営参加機能の発揮」まで及ぶのかに分けられる。
 労働組合役員インタビュー事例と先行研究事例を、上記の2軸に基づいて分析した結果、①過半の事例で、労使協議が「労使の信頼関係構築の役割」を発揮、②一部の事例を除き、労使協議が「経営参加機能の発揮」に及ぶ、➂「労使の信頼関係構築の役割」発揮事例では、会社から組合に対して、再編の背景、再編後のプラン等を示し、組合が組合員の意見集約・説明を実施していることが明らかになった。今後の法整備において、事前の労使協議の制度化が望まれる。

優秀賞としての推薦理由

 本研究は、 日本で企業再編・M&Aが増加傾向にあることを踏まえ、企業の組織再編や合併・買収(以下、企業再編・M&Aと略)が行われる際に、売り手側企業の従業員で構成する労働組合と当該企業の間で行われる事前の労使協議が、どのような役割を果たしているのかを実証的に明らかにしたものである。研究の背景には、 企業再編・M&Aを可能とする企業組織法および税制の改正などがある一方、売り手側の企業の従業員の雇用や労働条件の維持に関する法整備が部分的な対応にとどまり、その結果、企業再編・M&Aの後に、 労使紛争の発生や組織統合マネジメントに失敗に至る事例も少なくないという筆者の問題意識がある。先行研究の分析から、企業再編・M&Aにおける事前の労使協議の役割が、 「時間軸」(中期的な労使の信頼関係の構築か否か)と「質的な範囲」 (経営参加機能の発揮か否か) の2つの軸で分類できることを明らかにし、その分析枠組に基づいて、インタビューによる事例と先行研究から収集した事例を分析し、労使協議が「経営参加機能」や「労使の信頼関係構築の役割」を発揮している事例では、会社側から組合に対して、再編の背景や目的、再編後のプラン等が示され、労働組合が組合員の意見集約・説明などを実施していることが明らかにしている。以上の分析を踏まて、企業再編・M&Aに関する今後の法整備においても企業と組合による事前協議を組み込むことの重要性を提起している。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 筆者が実務で感じた問題意識を研究可能な課題として、それに関して先行研究を踏まえて分析視点を構築し、それを踏まえて事例を分析し、課題解決のための方向性を提示したことが高く評価できる。

[論文B]

「営業組織のデジタルトランスフォーメーションの実行―製薬企業のデジタルツール―」高山 和也
(キーワード:デジタルの活用、Capability、顧客接点、ファーストコンタクト)

論文要旨

 本論文の目的は、製薬企業のMRの活動において、デジタルの活用を業績やパフォーマンス向上に繋げるための成功要因を解明することである。そして、今後のMRがデジタルを活用して営業変革を実現するためのマネジメントを提案することである。
 本研究は、顧客である医療関係者やMRへのインタビューを通じて、「ポストコロナMRアプローチモデル」を提唱した。デジタルの活用は、顧客接点を獲得し、維持、継続させていく各場面で見られる。そのための営業のCapabilityとして、顧客接点の獲得のための「仮説構築力」、1回目の面談から顧客の信頼獲得につなげるための「関係構築力」、面談時における「傾聴力」、2回目以降の面談につなげる「アプローチ継続力」、顧客のニーズやインサイトに対応できる「フレキシビリティー」の5つが明らかになった。これらによって顧客接点を獲得し維持すること、顧客に応じたデジタルの活用を実現することが、業績の向上につながることをモデルとして提示した。
 本研究の意義は、デジタルを活用しつつ、顧客とのファーストコンタクトを獲得し、顧客との関係性や継続性を維持する方法を変革していくことが、業績向上につながることを明確にしたことである。

優秀賞としての推薦理由

 この論文を推薦する理由は,3つある.
 一つ目は,営業職という日本固有の職種について新たな知見を提示している点である.コロナの影響によって直接的な顧客接点を完全に失った状況において,営業職がどのような価値をどのようなアプローチによって顧客に提供できるのかは学術的にも実務的にも非常に興味深い問いである.この問いに対して,直接面談が可能であった状況では容易だった顧客とのファーストコンタクトと関係性の維持に多大な労力と工夫が必要になった事実など興味深い発見事実や仮説を提示できている点はこの論文の優れた点であると評価できる.
 二つ目は,丁寧な聞き取り調査に基づいて仮説を構築している点である.研究対象であるMRだけでなく,そのカウンターパートである医師や,業界全体を俯瞰しているジャーナリストにも聞き取り調査を行うことによって多角的かつ妥当性の高い仮説を提示することができている.
 三つ目は,構築した仮説を統計的に検証することも試みている点である.サンプリングやサンプル数が不十分であるため分析結果の信頼性や妥当性は十分とは言い難いものの,修士論文として定性と定量の両方のアプローチに挑んだことは評価できる.

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 この論文が後輩の模範となる点は,バズワードの背後にある実態を丁寧に理解しようと試みている点である.「デジタルトランスフォーメーション」のようなバズワードは成功事例を単純化したステレオタイプで語られがちであるが,実態はそれに携わる人々の創意工夫や試行錯誤の結果が積み重なり,相互作用した結果である.もちろん,その相互作用を全て記述することは難しいので,その中から本質的な点を選び出し説明するのが優れた論文であろう.この論文がその全てができているとは言えないけれども,修士論文として後輩に示唆を与えるという意味では模範となる記述が数多く含まれている.

[論文B]

ヘルスケアスマートフォンアプリケーションにおける対価が発生する「価値構成要素」の研究 玉置 翔平
(キーワード:ヘルスケアアプリ、デジタルヘルス、健康増進・予防、顧客価値、課金)

論文要旨

 本研究は、ヘルスケアアプリに対価(定期課金)を払っている人の特徴とその対価が発生する「価値構成要素」を明らかにしたものである。
 新型コロナウイルス感染拡大を契機に、健康管理を目的としたヘルスケアアプリが急速に普及した。一方、健康増進・予防を目的としたヘルスケアアプリは、短期的に効果などの実感が得にくいため継続率向上や定期課金を促すことは容易ではない。
 そこで本研究では、「10代~60代の健康管理系ヘルスケアアプリ定期課金者」を対象に、「機能的価値」、「感情的価値」、「人生を変える価値」、「社会的影響」、「ヘルスケア特有の価値」で構成された合計36個の価値についてインターネット調査を行い、統計解析にて検証・分析した。その結果、無料利用時に比べて、不安軽減などの感情的価値要素が評価され、課金に繋がっていることが示唆された。このように、本研究ではヘルスケアアプリなどのデジタルを活用したヘルスケアビジネスにおける提供価値設定やマネタイズ方法の確立に貢献できると考える。

優秀賞としての推薦理由

 近年、健康経営、コロナ禍など健康への関心は高まっている。にもかかわらずヘルスケアアプリへに対して課金購入する人が少ないのはなぜかという問題意識に始まり、いくつかの調査をとおして、今後のヘルスケアスマートフォンアプリケーション関連のビジネスへの提言につながっていることから、素晴らしい論文と考え推薦する。
 具体的には、そもそも、健康増進・予防という即時的にメリットの実感が得にくい「価値」 に対価が発生するのか、という根源的な問いを立て、ビジネスにつなげるためにこの価値に対価を払っている人の特徴は何かを調べた。十分な先行論文調査をふまえ 、「 1 0 代から6 0 代の健康なスマートフォン保有者」、「 1 0 代 から6 0 代のヘルスケアアプリ定期課金者」を対象に それぞれ 2 つの異なるインターネット調査を行い、 これらの結果を統計解析にて検証・分析した。それらの結果から、ヘルスケアアプリの課金における成功要因は、「 30 代前後の健康行動のアクティブ層に対して感情的な価値を提供 すること」になると結論づけた。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 ビジネスの現況を基に、社会的な課題解決につながる論文で、解析方法も厳密であり、今後のCBS生に役に立つ内容である。

[論文B]

取締役会における企業価値向上に資する社外取締役の役割の研究~「対話型ガバナンス」の重要性について~ 吉田 桂公
(キーワード:社外取締役の役割、企業価値、審議の質、場、対話型ガバナンス)

論文要旨

 社外取締役が企業価値向上に貢献しているとは言い難いとの評価がなされている現状に対して、取締役会における企業価値向上に資する社外取締役の役割について仮説を導出することが本研究の目的である。
 企業価値向上には、取締役会において経営戦略等の重要事項に関する、高い質の意思決定が必要であるが、現状では、取締役会での審議の質に課題がある企業が多いと言われている。本研究では、この課題に対して、取締役会という「場」及び「対話」の意義・効果について、先行研究およびアンケート調査やインタビュー調査などの結果から分析・検証した。
 その結果、実態として、日本の取締役会で行われているのは「伝達」が中心で、「対話」は不十分であることが明らかになった。そして、このような「伝達」中心の取締役会において、「『多様性』と『心理的安全性』に富んだ『場』における『対話』による相互作用を機能させること」が、審議の質・意思決定の質を高め、企業価値向上につながることが示された。筆者は、取締役会における対話を中心にした意思決定のあり方を、「対話型ガバナンス」と呼ぶ。そして、社外取締役の役割として、取締役会における「対話」を促進する役割の遂行と実践が重要であるとの結論が導かれた。

優秀賞としての推薦理由

 本論文は、社外取締役が企業価値向上に資する役割を果たすための要件を明らかにすることを目的としている。一般に、社外取締役に期待される役割には「助言」と「監督」があるとされるが、筆者は自身の社外取締役としての経験を踏まえて、それだけでは企業価値向上に資するには至らないという問題意識をもつ。そして、取締役会において社外取締役に求められている「審議の質」・「意思決定の質」の向上において、特定の価値判断に偏らない対話の場づくりと、真摯な対話による課題に対する多角的な検討と、その課題の背景にある真因の探求に貢献することで、ガバナンスの質の向上(「対話型ガバナンス」)をもたらすことが、社外取締役に求められる第三の要件であることを導出した。取締役会における社外取締役の役割を明確にしたうえで、従来の「助言」と「監督」を超えた社外取締役の貢献のあり方を、「対話型ガバナンス」という新たな提言として導き出した点が評価できる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 実務家(弁護士)として、「企業価値の向上に資する社外取締役の役割」という観点を、文献研究だけでなく既存のアンケート調査や具体的なインタビュー調査を用いて明らかにし、「対話型ガバナンス」という新しい提言を導出した点は、実務的な含意に富む内容であり、CBSの特徴である戦略経営×法務という点にも合致する。

[論文B]

「製薬企業におけるヘルスケアビジネス参入を目的とした異業種間提携に関する研究」向井慎一郎
(キーワード:ヘルスケアビジネス、製薬企業、異業種提携、エコシステム、モノからコト(HaaS))

論文要旨

 本研究の目的は、製薬企業のヘルスケアビジネス参入を目的とした異業種間提携の現状と、製薬企業がヘルスケアビジネスに参入する目的を明らかにすることである。
 国内製薬企業10社における過去10年間に実施された321件の提携について、異業種間提携の増減と提携に影響を及ぼす要因について分析した。また、積極的に異業種間提携に取り組む企業の具体的な取組内容について調査した。
 製薬企業が異業種間提携に至る理由は、パテントクリフの緩和だけではなく、高度化かつ多様化する医療ニーズに応えるためであることが明らかとなった。また、各社のヘルスケアビジネスへの参入度合いには違いがみられた。ヘルスケアビジネスへの参入に対して、経営理念やVision、ケイパビリティが影響を与えていたが、創薬力との相関は認められなかった。
 異業種間提携による新たなヘルスケアサービスがもたらす価値は、これまでの薬剤による治療だけではなく、健康維持、疾患予防、正確な診断、治療効果判定、アフターケアと多岐にわたる。それらのヘルスケアサービスが実現されるとき、国民は更なる治療効果と切れ目のないサービスを受けることができ、ひいてはそれが医療費の抑制にも繋がると考える。

優秀賞としての推薦理由

 経営環境が変化する中、製薬各社は従来の製薬ビジネスからヘルスケアビジネスへの移行を進めているが、その進拶度合いには濃淡がある。本研究では、「『生きるカ』を引き上げるために産業横断的に新しい価値を創造する諸活動」というヘルスケアの定義から、へルスケアの実現には製薬企業単体ではなく産業横断的な取り組みが必要であると考え、製薬企業が行う異業種提携の数と内容をヘルスケアビジネス参入度合の代理変数としている。そのため、国内製薬企業10社を対象に、各社のヘルスケアビジネス参入に向けた異業種間提携の現状や経年変化、異業種間提携にいたる要因について分析を行った。また、異業種間提携に積極的に取り組む企業の事例を分析し、製薬企業が異業種間提携に取り組む目的と、具体的な異業種間提携の内容を明らかにした。
 分析の結果、製薬企業が異業種間提携に取り組む理由は、先行研究にも示されたとおり、パテントクリフ問題の解決と高度化かつ多様化する医療ニーズに応え続けるためであることが確認できたが、各社のヘルスケアビジネス参入度合いには実際に違いがあることが明らかになった。当初の予想とは異なり、各社の創薬力はヘルスケア参入度合に影響していなかったが、各社の経営理念、Vision,ケイパビリティが影響を与えていたことが明らかとなった。また、各社が有するケイパビリティがヘルスケアビジネスにおける次世代のビジネスモデルの実現に向けたエコシステムの構築に大きな影響を与えていることも明らかとなった。丁寧なデータ収集•分析からこれらを明らかにしたことが本研究の貢献である。よって本研究を優秀賞に推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 「モノからコトへ」「製造業のサービス化」が様々な産業において謳われているが、製薬産業において製薬(モノ)ビジネスからヘルスケア(コト)ビジネスへの移行が、実際にはどの程度どのように行われているかの実態を、異業種提携に着目し、10社について10年間のデータを丁寧に収集・分析を行って明らかにしたこと。

[論文B]

「購買意思決定時期と属性表現の違いが商品選択に与える影響~解釈レベル理論と流暢性を用いた分析~」中田 淳
(キーワード:購買意思決定、コンジョイント分析、解釈レベル理論、流暢性、商品評価)

論文要旨

 本研究では、消費者がサッシを購入を検討する時期と、商品属性(特徴)の表現方法の違いが商品選択にどのような影響を与えるかについて、解釈レベル理論と流暢性の2つの理論を使い仮説設定を行いコンジョイント分析によって実証した。その結果、「環境配慮」という抽象度の高い属性は購入1年前には重要性が高かったが、購入直前になると重要性が低下した。また、具体性の高い属性である「眺望性(景色の見え方)」は、購入1年前よりも購入直前の方が高くなり、解釈レベル理論に沿った結果となった。また、商品の属性である熱還流率の表現については、「熱還流率1.27W/㎡k」の表現より「熱損失額金額換算1,440円」の表現が商品の効用値を高めた。消費者は購入前で抽象的な商品属性を重視し、購入時には具体的な属性を重視すること、また、商品属性の表現については馴染みのある表現方法が好まれることがあきらかになった。

優秀賞としての推薦理由

 この論文は、①論文の目的、②レビューと仮説設定、③実証データの収集、④分析方法、分析結果の解釈(仮説の妥当性の検証)および⑤分析結果の実務への活用について、十分な分析および検討がなされている.実験検証を2回にわたって行っており、丁寧な実験を行い論文を完成させた点で科学的なアプローチによる優秀な論文であり、後輩の論文作成時の参考となる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 

[論文B]

選手の自律性を高めるスポーツ指導者のコミュニケーションの在り方~「コーチング」と「自律性」に着目して~ 畠山るり子
(キーワード:コーチング、自律性、自己決定理論、コミュニケーション、スポーツ)

論文要旨

 本研究は、「自律性」と「コーチング」に着目し、当事者の自律性を高める指導者のコミュニケーションの在り方について、スポーツ指導の現場に注目し明らかにした。
 昨今、スポーツ指導者が注視している「選手の考える力」や、高い目標を達成し続ける選手たちの「プレーそのものを楽しむ」・「目標を設定して有言実行する」といった特徴に共通する「自律性」と、スポーツ界に普及してきている「コーチング」に該当する指導者のコミュニケーションとの関係を明らかにすることは、自律型人材の育成が急務とされている今日のビジネス界においても応用でき、意義があると考える。
 そこで、本研究では、自己決定理論・自律性支援・スポーツ指導者のコンピテンシー・コーチングなどに関する先行研究のレビューを元に仮説を設定し、自律性の発達が顕著に見られる高校の運動部に所属する2・3年生を対象に独自に実施したアンケートの調査結果を元に、多変量解析を行い、検証した。
 その結果、選手の自律性を高めるには、傾聴や応援といった選手に寄り添う関わりだけでは十分ではなく、選手の行動や考えを「言語化」する機会を選手に提供し、促すようなコミュニケーションが効果的であることがわかった。

優秀賞としての推薦理由

 いわゆる日本型雇用慣行の維持は困難との認識が企業の間に広がる一方で、高い関心が寄せられているのが「自律性」の概念である。人材育成に関しても、過去に経験のない仕事や複雑なオープンタスク型の仕事が増えるにつれ、従来の演繹的OJTのやり方は見直しを迫られていて、注目を集めているのが、帰納的OJTとも解釈されるコーチングである。
 そこではマネージャーは、部下の自律性を尊重し、彼ら彼女らが曖昧な問題を自ら解決し、新しい状況に適応するよう支援することが求められる。企業はマネージャーに対してコーチング研修を実施しているが、しかしその実、部下に身につけさせる「自律性」とは何か、どのような指導・支援が効果を持つのか、具体的な内容は必ずしも明らかにはされていない。
 こうした問題に、「スポーツ・コーチング」という視点から切り込んだのが本研究である。そもそもなぜ自律性が重要なのか、自律性の構成要素やそれを高める要因は何か、という本質的な問いに、自己決定論を背景に理解を深めている。また、ビジネス界に隣接し、人材育成上の共通点が見出せるスポーツ界がこれまでコーチングに取り組んできた経緯や内容を丹念に追っている。そして必要な要素を絞り込んだうえで、自律性獲得の時期として重要な高校生を対象に独自の調査を実施し、丁寧な分析で、ビジネスにも応用可能な、明確でわかりやすい結論を得ている。
 本研究の特徴は、複雑な課題に対し、誰からも共感を得やすい視点から迫ろうとしたこと、ただし、研究手法については丁寧な先行研究レビューや十分に科学的なデータ分析を行った点にある。さらに言えば、本論中に記述はないものの、本人が指導者のスポーツコーチングの指導者研修を受講するなど参与観察にも取り組んで、実感をもち研究にあたったことである。
 このように、本研究が扱うテーマの適時性と重要性、視点のユニークさ、本質に迫ろうとする態度、研究手法の適確性、結論がもたらすビジネスへの貢献、そのいずれもが必要な水準を十分に満たしていると考えるため、本論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 日本の人的資源管理は転換点にあり、新たなキーワードとして「自律性」が様々な場面で強調されるが、具体的な内容や価値、それを高める有効な手法などは未だ曖昧なままである。そこで自身の経験と関心とを活かし、研究が先行するスポーツ・コーチングに着目し、抽象度を高めて丁寧に理論を渉猟することで、双方に共通する本質的な要素を明らかにしようとしたことは、専門職大学院であるCBSの成果として大いに後輩の参考になる。また同じプロ研の学生の支援を受け、調査対象となる高校1校1校に自ら調査依頼を行う丁寧な研究プロセスもCBSの研究として模範となる。

[論文B]

「地方自治体の地域活性化の検証および、地域活性化モデル・キャンバスの提案」関口 由紀子
(キーワード:地方創生、少子高齢化、地域活性化モデル・キャンバス、行政キャッシュフロー計算書)

論文要旨

 本研究のリサーチ・クエスチョンは、「地方創生はなにをもって成功したといえるのか」という問いである。この社会問題を解決するには成功を定義し、KPIを置く必要があると考え、独自に開発した「地域活性化モデル・キャンバス」で成功要因を検証した。研究対象とする自治体の条件には、人口増加の継続性、法人住民税の伸び率、連携体制の有無を置き、3つのパターンに分類した。パートナーシップ型では立命館大学と連携体制の草津市、社会関係資本を築いてきた守山市を、産業誘致型では熊本県主導で生活文化インフラ主導型の地域活性化を図ってきた合志市、大津町、菊陽町を、伝統モノづくり産業型ではSDGs市民社会を築いてきた鯖江市を研究対象とした。
 地域活性化モデル・キャンバスにおける人口問題のKPIには人口置換水準2.07に対する合計特殊出生率の割合を、財政のKPIには行政キャッシュフロー計算書を置き、検証結果はおおむね出生率が高く、人口ビジョンも良好であり、行政キャッシュフローも健全であった。
 本研究の意義は、地方創生のゴールを数値化によって定義したことで自治体間の比較を可能にし、人口問題と財政の健全化を同時に図りながら、政策策定できるツールの提案につながったことである。

優秀賞としての推薦理由

 本論文は、地方創生は何を持って成功したといえるのかという、リサーチ&クエッションのもと、地方創生はどのようなことができていれば成功といえるのか、そのKPIを創案し、各自治体を評価する指標を作り、各自治体担当者から見ても何が成功・失敗のカギなのかがわかる仕組みを作ろうという意欲作である。行政法・行政論を考慮に入れつつ、実際に多くの市町村で実際にフィールドスタディを行い、共通する成功の要因やパターンを探り出し、さらに人口論を応用してモデル・キャンパスを作成し、成功要因の検証ツールを作ることに成功している。(ちなみに、このモデル・キャンパスを既に複数の市町村に持ち込んだ検証も行われており、各自治体から一定の評価を得ている。)

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 行政や法律の分野だけでなく、ビジネスモデル構築のために使われる様々な手法を利用して、まさに分野横断型での研究がなされており、幅広く学べるCBSの特徴を活かした研究となっている。

[事業計画書(ビジネスプラン)]

「バンパーセンサーと座席センサーによる安全感知提供のビジネスプラン」水上 真一
(キーワード:センサーマット、フレキシブルセンサー、協調安全、PDCAとSECI、安全はコストでなく投資)

論文要旨

 本課題研究は、特殊なフレキシブルセンサーを用いて、工場に新しい仕様の安全センサーマットを供給する事業計画書である。
 アジアの産業界では、工場生産における労働者に対する安全環境整備が、欧米諸国と比べて遅れている。さらに、昨今のIoT化やDX改革推進、COVID19の影響によって、これまで以上に人と機械の協業が必要となっており、それらに伴う事故も増加傾向である。労働者への安全も総合的に見直しが必要となっている。企業の安全取り組みとして、装置を人から隔離する従来の仕組みから、人と機械が協業する「協調安全」への移行の重要性は増している。企業は情報通信技術(ICT等)を活用し、人・モノ・環境の情報を共有し、共存環境での安全を構築しなければならない。その為に、人の情報はセンサーデバイスを通して、これまで以上に装置や制御機器にインプットされることが重要となる。
 これらの環境変化を起業の機会と捉え、生産装置や機器・ロボット協業などで重要とされるバンパーセンサーや座席センサー、安全センサーマット等(接触型の人体感知センサーデバイス)のセンサーを製造販売し、安全拡張への社会要請に貢献することが、本事業の目的である。

優秀賞としての推薦理由

 欧米諸国に比べて遅れている日本を含むアジアの生産現場での安全環境整備に貢献したいという思いから、本事業計画書は作成されている。自社独自技術によるフレキシブルセンサーは、従来製品に比べ柔軟性が高く、曲面などこれまでセンサーの設置が難しかった場所にも設置できる。また、低コストで生産できるため既存製品に比べ圧倒的な低価格で販売できることから、これまで「安全はコスト」と考え、安全装置の導入に消極的であった企業も導入に踏み切りやすい。これらは単に自社に競争優位をもたらすだけでなく、生産現場により高い安全性をもたらし、顧客企業の安全性への投資を容易にすることで、「安全環境整備への貢献」という本事業のミッションを実現可能にする。
 本事業計画書は、市場分析、競合分析、自社の資源分析に基づき、市場の機会を捉えて持続的に事業を行っていくことができる計画となっている。収益予測、キャッシュフロー計算もできており、充分に実現可能であると思われる。また、環境変動やベンチャーであるがゆえのリスクとそれらに対する対処法の考察もできている。よって、本事業計画書を優秀賞に推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 独自技術を中心とした事業計画書であるが、出発点は「日本を含むアジアではなかなか進まない安全環境の整備に貢献し事故を防ぎたい」という熱い思いであること、そのミッションの実現により自社と顧客企業が社会的課題の解決に貢献できるという視座があること、競争優位性が確立したビジネスであり、収益やリスク面を含め、充分に実現可能な計画となっていること。

[事業計画書(ビジネスプラン)]

「定年前後のビジネスパーソンを対象としたプラットフォームビジネスの提案~ビジネスパーソンが定年に関係なく能力・知識・経験を活かして活躍できる社会をめざして~」真嶋 修慈
(キーワード:プラットフォームビジネス、取引コスト、コーポレートアントレプレナーシップ、高齢化社会、生涯現役社会)

論文要旨

 日本経済は約30年間にわたり大きな成長はなく、今後も高齢化と生産年齢人口の減少が予測されるなか、日本の発展には高齢者が真に活躍できることが重要である。
 本ビジネスプランは、高齢者のなかでも企業の定年前後の人材に着目し、これらの人材が持つ専門性と、それを必要とする事業者の間に取引コストが存在するとの仮説のもと、この取引コストをプラットフォームビジネスにより低下させることで、定年前後人材の活躍を促すものである。
 取引コストを低下させるための仕組みは、人材の持つ専門性に加え価値観やマインドセットの見える化、プラットフォームへの学び直しの機会の取り込み、企業の転身支援制度との連携など、定年前後人材の特徴および取り巻く環境を踏まえたものである。
 起業初期での仮説検証を可能とするため、専門性がより明確な医薬品開発経験者に絞り込み、加えて事業の成立を確実にするため筆者の所属企業の人材を対象としたコーポレートアントレプレナーシップとした。その後、事業が軌道に乗った3年目以降に対象とする職種および業種を拡大する計画である。
 本事業は定年前後人材のさらなる活躍を促し、生涯現役社会の実現を目指すことで、日本経済および社会の発展に貢献するものである。

優秀賞としての推薦理由

 この事業計画は、大きく言えば、定年前後の人材(55歳以上)と事業者の間に存在する取引コストを下げることにより、定年前後の人材の活躍を促すものである 。具体的には、会社に雇用中または定年後再雇用中で医薬品開発関連業務の経験を持つ人材という専門性が高い人材を対象とし、自らが在籍する製薬会社から始めていこうという地に足が付いたものである。既存サービスは、ライバルは多々あるものの、自社プラットフォームと対象顧客の年齢層および職種が異なることからポジショニングによる差別化は可能である。事業計画のプランも緻密である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 確実性の高いビジネスプランニングの例として、後輩の模範になると考えられる。

[事例記述(ビジネスケース)]

「事業再生からの組織変革:ビジョナリーホールディングスの事例」福井 英二
(キーワード:組織変革、行動変容、企業文化、ナレッジマネジメント、場づくり)

論文要旨

 本研究は、企業再生における組織変革のプロセスを記述したケーススタディである。対象企業である株式会社ビジョナリーホールディングス(メガネスーパー)は、メガネの小売りとして50年近く前に価格破壊のディスカウンターからはじまり、時代の波にも乗り急成長した企業だが、創業者のワンマン経営の失敗や市場競争の激化についていけなかったことで、業績は悪化し続け、債務超過から上場廃止寸前まで追い込まれた。しかし、その絶体絶命の状況から組織変革に取り組み、外部からの資本や経営者を受け入れることでV字回復を達成した。
 企業戦略を実践していく大前提として、顧客や市場との連携と、顧客・市場に対するサービスを紡ぎだす組織、人が動き出す仕組みが重要である。本稿では、旧来の仕組みを打ちこわし、新しい仕組みを一から構築していったメガネスーパーの事業再生のプロセスに焦点をあてている。そして、新しい仕組みを構築し、それを動かす原動力となった従業員の意識変革について深掘りしている。組織変革において企業文化を変えることが最も難しいと言われるが、変革の背景では何が起きていて、何が効果を発揮したのか。従業員の意識を変えた原因はなんだったのか。その事実とプロセスにおいて、筆者を含めた社員一人一人が何を体験し、考え、実践したのかを詳細に記述することで、企業再生を達成していった姿を描き出している。

優秀賞としての推薦理由

 本事例記述は、メガネスーパー(現ビジョナリーホールティングス社)の成長と業績悪化、ファンドによる買収、そして事業再生の軌跡を記述したものである。創業家の時代からファンドによる買収、そして自社の企業再生と、さらに再生後に買収した企業の事業再生の支援まで、長期にわたる事業の変遷を、企業内部者の観点から詳細かつ現場感をもって記述した内容には説得力がある。通常の事例記述においては、外部者が集められる一次資料は限定されることが多いが、本論は、著者が創業家の時代から現在まで当該企業に勤務した生の経験を踏まえての豊富な一次資料(インタビューのみならず、筆者自身のナラティブも含め)を駆使した、厚い記述になっている点が特筆されるべき点である。内部者による記述ゆえに偏った見方に陥る場合や、特定の論点を強調しすぎることでケーススタディとしての客観性が問われる場合があるが、本ケーススタディは、その点でも価値中立的な観点で書かれており優れている。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 当事者しか描くことができない長期間にわたる参与観察にもとづく分厚い記述と、明確なテーマを持ちながらも、特定の価値観に誘導しない中立的な論の展開は、CBSの学生が作成するケーススタディ(事例記述)の模範となると考えられる。

<2022年9月修了生 優秀賞 3名>

[論文A]

「独身社員とそれ以外の社員(育児を抱える社員)の協働は、なぜ阻害されるのか-管理職のリーダーシップ特性に着目して-」(人的資源管理分野)出口 太一
(キーワード:ダイバーシティ、コンフリクト、I-deals、返報行動、インクルーシブ・リーダーシップ)

論文要旨

 本研究は、独身者を職場における新しいカテゴリーと捉え、「見えない事情を抱える独身社員」と「育児という顕在化している事情を抱える社員」の両者をマネジメントする管理職のいかなるリーダーシップ特性が、仕事や生活に関するニーズの相違に起因する両者間のコンフリクトの調整を可能としているかを明らかにした。コンフリクト、リーダーシップ、社会交換理論、I-deals(個別配慮)等に関する先行研究から仮説を設定し、インターネットを利用した個人調査のデータを分析して検証を行った。その結果、独身社員が仕事と子育ての両立支援制度の利用者とのネガティブな差異を認知すると、両者の人間関係から生じるリレーションシップ・コンフリクトが高まり、かつ業務の繁忙によってコンフリクトが強化されることが分かった。また独身者にI-dealsを提供することは両者間のコンフリクトの低減に有効であった。コンフリクトの低減に最も有効に作用したのは、両立支援制度の利用者の返報行動を独身者が認知することであり、多様な社員それぞれの強みを引き出す管理職のインクルーシブ・リーダーシップは、この返報行動を促進することが明らかになった。
 本研究の学術的貢献は、二者関係(dyad)であるコンフリクトの低減に管理職のインクルーシブ・リーダーシップが有効であることを明らかにした点にある。

優秀論文としての推薦理由

 本論文は、職場で短時間勤務制度など両立支援制度を利用している子育て中の男女社員と、そうした制度を利用できないだけでなく、両立支援制度の利用者の仕事をカバーすることなどが求められがちな独身社員との間のコンフリクトを取り上げ、コンフリクトをもたらしている要因とコンフリクトの解消あるいは軽減する要因、とりわけ上司のマネジメントスタイルとの関係を実証的に明らかにした研究である。このテーマに関しては、これまで実証的な研究がほとんど行われてこなかったものであり、それに加え筆者の問題意識が明確で、さらにコンフリクトやリーダーシップなどに関して多くの先行研究を手堅くレビューしており、先行研究を踏まえた仮説構築も適切である点が高く評価できる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 勤務先で感じている疑問から問題関心を深め、多様な人材が働く職場で発生するコンフリクトに着目し、その解消につながる管理職のリーダーシップの在り方を実証的に提示している点が後輩の模範となる。

[論文B]

「広告映像制作プロダクションマネージャーの持続的な人材マネジメント」(人的資源管理分野)鳥光 万緒
(キーワード:広告業、映像コンテンツ制作業、人材マネジメント、無茶振り、働き方改革)

学位授与会場での研究科長補佐との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長補佐との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究は、広告映像制作業における「プロダクションマネージャー(PM)」という職種に着目し、PMをマネジメントする立場にある「プロデューサー(Pr)」の部下マネジメントにおいて、特に若手PMの育成や就業継続につながる方法を明らかにしたものである。
 PMの職務は、変化や問題が発生しやすい非定型業務であるため、PrはPMに仕事をある程度任せて試行錯誤させるマネジメントにより、経験蓄積による育成と人的資源の確保を両立させてきた。しかし、それは納期や繁忙状況を勘案せずPMに仕事を割り振る「無茶振り」を正当化させる側面もあり、近年のワーク・ライフ・バランス志向の強まりを背景に、特に立場の低い若手PMの退職要因にも関連している。若手PMが持続的に働けないことは、人的資源の確保のみならず、育成の面でも合理性を欠く。
 そこで本研究では、Prによる仕事の適切な「割り振り」「見守り」「サポート」を軸とするマネジメントが、若手PMの育成や就業継続に正の影響を与えると考え、インタビュー調査を実施した。その結果、PrがPMのスキルレベルの適正な評価に基づき「割り振り」「見守り」「サポート」を行うことが、若手PMの育成に正の影響をもたらすことがわかった。また、PMの就業継続において、Pr自身のロールモデルとしての姿、仕事量の調整などの重要性が示唆された。

優秀論文としての推薦理由

 広告映像制作業の現場が抱える人材マネジメント上の課題(育成の問題や離職等)を整理し、その課題解決策を明らかにするためPM(プロダクションマネージャー)に対してヒアリング調査を実施し、ヒアリング調査結果の分析を踏まえて、課題解決の提案を行ったものである。具体的には、PMのマネジメントや育成を担当しているプロデューサーのマネジメントの望ましい在り方を提案している。問題意識が明確で、先行研究がほとんどない中、ヒアリングの事前準備を適切であることから優秀論文にふさわしいと判断した。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 広告映像制作業の職場における人材マネジメント上の課題を丁寧に解きほぐし、調査研究可能なテーマに落とし込み、それを踏まえてヒアリングを行っただけでなく、課題解決のためにプロデューサーに求められる望ましいマネジメントの在り方を提示できたことが後輩への模範となろう。

[事例分析(ケーススタディ)]

「シナジー効果の実践およびニッチトップ戦略による子会社変革の試み」 (戦略分野)朝岡 武知
(キーワード:シナジー効果、ニッチトップ戦略、医療機器商社、ソリューション・カンパニー、組織変革

学位授与会場での研究科長補佐との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長補佐との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究は、医療機器メーカーに所属していた筆者が医療機器商社の子会社の課題を発見し、解決までを行った事例をもとに、変革の方法論を纏めた実践的研究である。実態の厳しい医療機器商社の業界で生き残るには、診療科を特化したニッチトップ戦略が有効であるという仮説を検証するため、ニッチトップ戦略を実行している複数の同業他社へのインタビュー調査を実施し、自社戦略の有効性を示した。
 インタビュー調査により競争優位性を確立するための各社の戦略を独自に分析し、どこに差別化のポイントがあるのかを明確にした。また、自社との比較分析により、他社が模倣困難な戦略策定を明確にすることができた。自社が実践可能な模倣困難な戦略とは、医療機器メーカーの親会社を活用したシナジー効果である。親会社とのシナジーで周産期分野という領域でトータルソリューションの実現を目指している。結果、シナジー効果の実践とインタビュー調査で有効性が示されたニッチトップ戦略の2軸の戦略により、右肩下がりであった子会社の売上高は回復傾向にある。2020年CBS入学と同時に始まった子会社変革の実践から、僅か2年での実務的貢献を示した論文と言える。

優秀論文としての推薦理由

 本研究は、2021年10月にある会社の子会社の執行役員を拝命した筆者が、自組織の課題に目を向け、組織の根底にある課題発見から解決までを行った事例をもとに、子会社変革の方法論を纏めた実践的研究である。実際に経営学の理論を参照したり、使ったりしながら、子会社の売り上げを回復させ、さらに、今後の方向性まで述べている。また、個人としても下記したように、入学時の動機を2年かけて実践している。
 継続中の案件などで、記載において踏み込みができなかった部分は口頭試問で明らかになった。優秀論文にふさわしいと思われるので推薦いたします。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 CBS入学時の、下記の入学動機を実践したことは非常に模範になると考える。「私が目指すリーダーはジェネラリストです。グローバル化という多様性の時代に我が社も突入していく為、幅広い知識と知性をもった引き出しの多いリーダーに自身を変えていきたいと考えています」。「まったく異なる企業文化でマネジメントを実現する為にも、貴大学院で各論を学びチェンジリーダーへと進化したく思っています。」

<2022年3月修了生 優秀賞 8名>

[論文A]

「日本版ブランド経験尺度の開発〜日用品のブランド経験概念の検討とその効果分析を通じて〜」(マーケティング分野)國田 圭作
(キーワード:ブランド経験、ブランドロイヤルティ、ブランドリレーションシップ、日用品、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)(Brand Experience, Brand Loyalty, Brand Relationship, Daily Necessities, Grounded Theory Approach))

学位授与会場での学長、研究科長との記念撮影(本人中央)
学位授与会場での学長、研究科長との記念撮影(本人中央)

論文要旨

 本研究の目的は、一般に低関与とされる日用品にも適応可能なブランド経験尺度(日本版)の開発である。高いブランド経験はブランドとの関係性(リレーションシップ)を強化し、ブランドロイヤルティを生み出すことが知られている。しかし、機能便益型カテゴリーである日用品のブランド経験に関する知見は乏しい。これに対し、本研究はブランド経験およびブランドリレーションシップ概念の先行研究を踏まえ、GTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)法による質的調査と複数の量的調査に基づき、日用品のブランド経験を測定する13項目の尺度を開発した。また、これらの尺度を測定に用いて、ブランド経験がブランドロイヤルティを形成する構造を確認したところ、ブランド経験はブランドトラストおよびブランドラブという2つの構成概念を媒介変数としてロイヤルティに影響を与えていることがわかった。これは先行研究の知見を裏付けるものである。このように、本研究はブランド経験研究に対する学術的な貢献を有するが、同時に、日用品企業のブランドマネジメントに経験価値視点で示唆を提供するという点で実務的な貢献も有している。

優秀論文としての推薦理由

 マーケティング研究において近年、「エクスペリエンス」や「ブランド経験」について議論が活発になされ、尺度開発や他の尺度との関連が議論されてきた。しかしなじみの深い日用品での研究はほとんど見ることができなかった。著者はこうした研究の陥穽に着目した。
著者は尺度開発にあたり、周到に準備を行っている。まず、網羅的に先行研究をレビューし、そこから問題意識を絞り込み、リサーチクエスチョンと仮説を設定した。次に質的なインタビューを実行して、GTA(グラウンデッド・セオリー・アプローチ)分析を手間をかけて実施してまとめた。第二のステップとして、尺度項目の候補となる言明を選び出し、それらを消費者テストによって評定した。第三ステップとして候補として選ばれた項目を第一次、第二次のふたつの消費者調査にかけて、最終的にはSEM(共分散構造分析)によって最終的な項目を確定させた。尺度の信頼性と妥当性の検討もなされている。
総じていえば、著者は決められた尺度づくりのステップを踏みながら、多くのデータを扱い、それらを丹念により分け、信頼性と妥当性を有した尺度づくりに成功している。また、このブランド経験尺度の日本語版では、ブランドロイヤルティなど他の尺度との関連性も検証している。こうして完成した尺度は、研究上の大きな前進となっているだけでなく、実務の上でも役立つ尺度となっている。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

1)尺度形成の論文という点で後輩が見習うことのできる模範的な研究スタイルを示したこと。

2)調査手法や理論についての記述が明快であり、論文のスタイルとして後輩が見習うべき論文である。

3)学術的な研究論文の在り方を示すだけにとどまらず、実務への応用の仕方も示したこと。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「ミドルによる環境認識パラダイムの再構築―資源動員の創造的正当性の獲得による創発戦略―」(戦略分野)柴本 祥之
(キーワード:ミドル、イノベーション、資源動員の創造的正当化、環境認識パラダイム、創発的戦略)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究では、豊かな経験をもつミドルの推進者が業界の定説を乗り越え、イノベーションを起こした製品開発事例を時間展開に沿って紐解いた。事例の分析に基づき、ミドルの推進者が資源動員の創造的正当化を実現し、事業化後のコンフリクトを軽減させ、創発的戦略を生み出すメカニズムを明らかにした。
イノベーションの推進者は変革へのグランドデザイン、すなわち理想のゴールと手段を判断の軸にして、補完関係にある理由・技術と支持者・資源のバランスをとり続けていた。その過程で、開発された技術が次なる正当化の題材となり、さらに資源動員が進む「資源動員の正当化スパイラル」を実現していた。本研究では、こうしたミドルによるイノベーション実現への企てを「理由と支持者のファインチューニング」として概念化し、その理論モデルを提示している。事例で示したミドルの取り組みは、社内外から広く支持者を獲得し、企業がもつ定説を変え、企業の環境認識パラダイムを再構築する可能性すら有している。
本研究の貢献は、現代におけるイノベーションを起こすミドルの役割についてあらためて論証した点にある。これは研究者と実務家の双方にとって意義があると考えられる。

優秀論文としての推薦理由

 柴本氏は、ミドル・マネージャーが開発活動を主導してイノベーションと創発的な戦略形成を実現する可能性があるのではないか、という問題意識を立て、実証研究に取り組んだ。戦略形成や組織変革にミドル・マネージャーが重要な役割を果たすことは、これまでの研究でも示されてきた。だが、それを事例研究によって実証的に検証した問題意識が、まず評価に値する。
つぎに、この問題意識に答えるために関連文献を検討した上で、自社の事例を調査し、記述した。対象事例の調査の綿密さ、記述の詳細さは特筆に値する。問題意識に答える上で相応しい事例を選定し、それを魅力的かつ丁寧な事例の記述にまとめた点も評価に値する。
さらに、事例の解釈を通じ、新規性が高いプロジェクトの実現にミドル・マネージャーが果たした役割を明らかにし、問題意識に答えた。考察の結果、ミドル・マネージャーの役割を検証し、イノベーションにおける資源動員に関して新しい主張をしている。実務経験が長く、豊富な知識を持ち、社内外の人的ネットワークを活用できるミドル・マネージャーは、イノベーションに必要な資源の動員に成功する。加えて、こうしたミドル・マネージャーによる取り組みは資源動員に伴うコンフリクトの発生を抑え、開発活動に続く事業化局面へとスムーズに導く可能性を持っている。その際、ミドル・マネージャーに求められるのは「理由と支持者のファインチューニング」であるとする。ミドル・マネージャーの役割、イノベーションのための資源動員の議論を補完し、イノベーションの実現において鍵となる魅力的な概念を提示していることも、評価に値する。
以上のように、明確な問題意識、詳細で丁寧な事例記述、事例解釈に基づく学術的に新規な主張と言った点で、論文Aの評価基準を高い水準で満たしている。これらを総合的に判断し、柴本氏の論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 ミドル・マネージャーの役割をあらためて検討することは多くの企業に示唆を与えるであろう。その検討のために、自社事例を丁寧に調査し、詳細な事例記述を行い、丁寧な解釈を行って、魅力的な概念を提示した。事例研究の進め方と、実践的かつ学術的な貢献において、CBSの後輩の模範となる論文であると言える。

ページトップに戻る
前ページに戻る

[論文B]

「管理職にならなくても意欲的に働き続けられる要因」(人的資源管理分野)池田 裕昭
(キーワード:昇進、非管理職、キャリア・プラトー、ワーク・モチベーション、マネジメント)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 バブル経済崩壊後の企業には管理職昇進の機会が限られるという構造的な課題がある一方、定年延長などにより企業での就業期間は長期化している。管理職にならなくても、長期間意欲的に働き続けられる組織的な要因を明らかにすることが本研究の目的である。
管理職昇進(垂直方向へのキャリアの移動)の可能性が低下した後も組織に留まる場合の社員の意識・行動について、先行研究を参考に①価値軸(昇進を目指し続けるか否か)、②アスピレーション軸(意欲的に働き続けるか否か)の2軸を組み合わせ、3つの類型を設定した。①「初志貫徹型(昇進を諦めずに意欲的に働く)」、②「目標転換型(昇進とは別の目標をもって意欲的に働く)」、③「意欲喪失型(社内に留まるが仕事の意欲は失った)」である。仮説を設定し、45歳~55歳の民間企業に勤務する男性正社員を対象にした調査を実施し、得られた186件のデータを多変量分析した。その結果、昇進を諦めた場合でも社員の希望や適性に配慮し、上司が仕事の意味や社員の活躍の場を一緒に考えるマネジメントを行うなどすれば、社員は意欲的に働き続けることができること、かつその職務満足や主観的幸福感は昇進を目指し続ける者に劣らないこと、企業は社員を放置せず、緊密なコミュニケーションと個々人に寄り添うマネジメントに取り組むことが重要であること、が明らかになった。

優秀論文としての推薦理由

 中高年に達した男性社員には昇進期待を抱いている者が多い。しかし管理職を希望する者ほどには管理職ポストはなく、近年、昇進が頭打ちとなるキャリアの停滞(階層プラトー)が生じている。そのことによる働く意欲の低下は、組織の不活性化などの課題をもたらす。
本研究は、「過去管理職になることを希望した」が「これまで管理職になったことがない」かつ「現在40代後半から50代前半の大学以上卒業の民間企業勤務の男性正社員」などの要件を満たすサンプルを抽出し計量的分析を行っている。このようにプーリングされたサンプル自体、研究対象として興味深い(現在の出現率は3%弱)。分析により、今後の昇進の可能性が低くても管理職を目指し続ける者(「初志貫徹型」)が5割以上、昇進以外の目的を見出しているもの(「目標転換型」)が4割程度いること、これら2類型間で意欲や幸福感に差はなく、後者のカテゴリーには一定の特徴があることなどが多項ロジット分析により示された。内容プラトー(職務の広がりや挑戦の停滞などキャリア発達の停滞)が、目標転換型であることに有意であるとの仮説が支持されなかったことは意外であったが、日本企業の構造的課題であり、今後深刻化が予想されるキャリア・プラトー問題に対し、企業がとりうる施策を多方面から学問的手法で検討し、実務的な効果が期待される施策を見出すなど明るい材料をもたらしたことは、本論文の大きな貢献である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 長年の実務経験を踏まえた課題を、理論的フレームワークを用いて学術的な問いとして捉え直し、さらに丁寧な先行研究レビューによって操作的な仮説の設定を行っている。課題に沿って慎重に調査対象者を絞り込んで分析を行い、学問的にも実務的にも新たな知見を提供した。こうした一連の研究プロセスおよび、今後長期化する高齢期の就業をいかに充実させうるかという社会全体の重要な問いに対し、取りうる施策を示したことは、理論と実務の架橋を目指すCBSにおいて、他の模範となるものである。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「質的調査法としてのコグニティブ・インタビュー手法の開発 ―カスタマージャーニーへの応用―」(マーケティング分野)石躍 有美
(キーワード:コグニティブ・インタビュー、質的調査法、カスタマージャーニー、半構造化インタビュー、顧客経験情報の網羅性)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本論文の目的は、コグニティブ・インタビュー(CI)という質的調査の開発を行うことである。
カスタマージャーニーというテーマを用いて、CIの方が、従来の質的調査手法である半構造化インタビューよりも優れていることを示すことを目指している。
CIとは、自由な語り(フリーレポート)を前提とし、特徴となる悉皆報告と逆向再生を含む4つのアプローチをもとに被験者の記憶をより正確するにすることを目指す手法である。
本研究では、すでにCIを用いている企業へのインタビューを実施。次に、デプス・インタビューの形式において、半構造化インタビューとCIの手法2つを用いて、インタビューを行い、得られたデータを比較、分析した。その上で、カスタマージャーニーを描き出すには、半構造化インタビューよりも、CIの方が、顧客経験情報の網羅性という点で、より明確に描くことに適していることがわかった。
本研究の結果から、実務においてコグニティブ・インタビューを用いることによってカスタマージャーニーのような顧客行動の全体的構造(行動・思考・感情・タッチポイント)を把握して、より有効なマーケティングアクションにつなげていける可能性が見いだされた。

優秀論文としての推薦理由

 市場調査における質的調査は、長年グループインタビューなど特定の技法は用いられてきたものの、新しい技法への挑戦はまれであった。著者(石躍さん)は長年質的調査を手掛けてきたが、こうした現状に飽き足らず、新しい質的調査技法を開発することにした。
著者が注目したのは、欧州において開発されたコグニティブ・インタビュー(CI)という手法である。これはもともと犯罪捜査に用いられてきた技法を市場調査に転用したものである。日本でもこの技法に着目した研究者がいなかったわけではないが、従来の手法と比較したうえでのCIの優位性を明らかにすることはなされてこなかった。
本論文を推薦する理由は以下のように要約できる:
1)新しい質的調査技法の具体的な手順や考え方を自ら開発して実地に応用できる技法として提示したこと。
2)「カスタマージャーニー」という現在多く応用されている調査テーマに応用可能であり、また従来の半構造化インタビューよりも有用なデータが得られることを示した点。
3)特に、CIが情報量や内容の詳細さ、感情表現の違いなどの点で、市場調査上より有用なデータをもたらすことを発見した点。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 1)実務に使え、応用できるような新しい技法開発にチャレンジすることも論文の役割であることを示したこと。
2)幅広く市場調査の現状を踏まえて、何が実務にとって必要な新しい知識かを探求したこと。
3)実証的に従来技法と比較して、新技法の優位性を実証的に示したこと。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「経営戦略と人事評価制度の関係性の研究」(戦略分野)小俵 猛嗣
(戦略的人的資源管理、人事評価制度、信頼関係構築、求める人材像、フランチャイズビジネス)

「学位授与会場で研究科長との記念撮影(本人左)」
「学位授与会場で研究科長との記念撮影(本人左)」

論文要旨

 本研究はフランチャイズビジネスA社における、人事評価制度改定が及ぼした意図せざる負の影響について、戦略的人的資源管理論の先行研究を踏まえ、分析・考察した。
 A社の経営戦略上、加盟店との信頼関係は最も重要な要素である。その為、従来、経営相談員の人事評価制度は、加盟店との信頼構築のプロセス、及びその結果の加盟店業績により評価付けするものであった。新たな人事評価制度は、より強固に信頼関係を構築できる経営相談員を育成する為、「求める人材像」の実現度を測る上長評価と、加盟店業績による評価付けに変更した。
 しかしこの改定が経営相談員には、加盟店との信頼関係の構築プロセスは評価対象外であり、かつ業績結果が人事評価であると誤解された為、状況により加盟店との信頼関係に対し負の行動に出る可能性があると調査で解明された。そしてこの行動変化が、加盟店との信頼関係を低下させる一因であることが確認された。
 人事評価制度は経営戦略との一貫性だけでなく、評価される側の受け止め方や行動変化も踏まえることが必要であると明らかにしたことが、本研究の貢献と考える。

優秀論文としての推薦理由

 「失敗」事例からは、成功事例と同様、あるいはそれ以上に学べることがある。しかし企業における失敗事例の研究は、企業が失敗を認めない、失敗の真因が特定できるようなデータを出したがらないなどの理由で困難であることが多い。研究対象となった人事評価制度により評価される側へのアンケート調査、評価する側の上長へのインタビュー、フランチャイズ加盟店の満足度調査など、実際に制度改定にかかわった筆者であるからこそ入手可能な豊富な1次資料および2次資料により、制度改定の「失敗」の原因を明らかにした本研究は、ユニークであり、資料的価値も高い。仮説やモデルの導出過程も妥当であり、論旨も明確である。また、人事評価制度改定においては、戦略の根本にある考え方(A社の場合は加盟店からの信頼の構築が戦略の根幹であるということ)の理解と、制度が「評価される側」からどう見えるかを想像する力がなければ、人事評価制度は戦略との間に齟齬を生じるという本論文の発見事項は、実務的インプリケーションとしても価値が高い。よって本論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 「失敗」事例について、その失敗にかかわった者であるからこそ得られるデータと視点により、失敗の本質的な理由を丁寧に解き明かしたところに本論文の価値がある。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「医療用医薬品のイノベーションの普及に関する研究」(マーケティング分野)平良 典靖
(キーワード:イノベーション、普及研究、製薬会社、新薬マーケティング)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本論文の目的は、医師のカテゴリの違いが、新薬発売初期における採用速度に与える影響について解明することである。
新薬が実臨床で普及するまでに長い期間を要することがある。この期間を短縮し、新薬をいち早く患者へ届けることは、製薬会社の重要な責務である。本研究により新薬マーケティングの適正化に繋がることが期待される。
本研究では、新薬の採用時期と医師の特徴の相関ついて解析を行った。また、得られた結果に関して、製品を開発した製薬会社の社員に対しインタビュー調査を行い、結果の考察を行った。海外で多くの先行研究が行われている一方で、日本では同様の先行研究の報告はなく、大変貴重な解析研究である。
従来、製薬会社のマーケティングの基本戦略は「経験年数の長く」「大学病院に所属する」「専門性の高い」医師を重点ターゲットとしており、イノベーションの普及の起点として設定することが常識とされていた。しかし、本結果からそれらは適切ではない可能性が示唆された。疾患の背景および製品の特性を正しく理解し、医師の診療行動を想定した上で、マーケティング戦略を立てる必要がある。

優秀論文としての推薦理由

 イノベーションの普及という分野ではE.ロジャースの業績がよく知られているものの、果たしてロジャースが定式化した普及のパターンが他の分野に当てはまるかどうかについて様々な議論があった。本論文の著者は高度な医療についてロジャースの理論があてはまるかどうかを検証しようとした。
著者が分析に用いたデータは、ある疾患の治療薬に関するドクターが採用した時期を特定したデータである。このようなデータが入手できることはまれであるので、こうしたデータを研究に活用することができたこと自体が貴重であった。
著者はまずロジャースに従って、より医師の経験年数が長いほど、また、専門性が高いドクターほど、さらに、より専門的な病院に勤務するドクターほど、採用が早いのではないかと仮説を立てた。その結果は非常に興味深いものであった。著者が立てた仮説はことごとく退けられ、むしろ専門性が低く、経験年数が短い医師ほど採用が早かったのである。 製薬会社に勤務する著者にとってもこれは意外な結果であった。著者はこうした結果を得るだけに満足せず、その理由を探るために質的な調査を実行して、その理由を突き止めようとした。総じていえば、本論文は医学・薬学の常識に挑戦した研究であり、重要な研究上また実務的なインプリケーションを秘めている論文であると言える。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 研究上も実務上も、「常識」に捉われず、現実を見ることが求められている。本論文はデータを丹念に分析することによって、これまで常識と考えられてきた事柄に対して疑義を呈する結果となった。このような研究の姿勢が後輩にとっては大きな学びの機会となる。また、さまざまな薬学界で用いられている分析ツールの活用の現状を見ることも、後輩にとっては役立つ。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「「コト医療」に向けた場づくりの研究と実践-アクションリサーチによる関係性の変化を考察する 医療法人尚寿会の事例-」(戦略分野)中村 香
(キーワード:現象学、心理的安全性、関係性、場づくり、組織文化改革)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、現象学、場の理論モデル、心理的安全性の概念を通して介護現場で「場づくり」を行い、「関係性」の改善を試みることによって、法人の価値観である「コト医療」に向けた組織文化改革のプロセスを明らかにすることを目指した。職員満足度調査のアンケート(定量調査)によっても明らかにならなかった職員の不満足の真因を紐解くため、介護現場にてアクションリサーチ(定性調査)をおこなった。
「場づくり」による関係性は、対話、共同、実践、内省によって変化(改善)し、共感、本質直感、判断停止によって促進された。「場」になるためには、生活世界の認識、心理的安全な場、組織のよい文化を活かす、共通善の追求を前提としていることが理論を紐づけることにより明らかになった。
本研究の実務上の貢献は、組織の問題の背景に関係性不全がみられることを明らかにし、関係性不全の改善後にみられる「コト医療」に向けた「場づくり」のプロセス(組織文化改革)を示したことにある。「場づくり」は、リーダーのみならず誰もが実践でき、組織の問題解決だけでなく組織の創造性を高め、イノベーションの促進に貢献できると考える。

優秀論文としての推薦理由

 本研究は、筆者が勤務する医療法人における「コト医療」と同団体がよぶビジョンの浸透に向けての現状と課題について検討した論文である。複数の職場における参与観察と協働を組み合わせたアクションリサーチの手法を用いて、詳細かつ丁寧な一次データの収集を行った意欲的な論文である。本研究では、すでに実施された従業員満足度調査などのアンケートや、職員にたいする個別面談によって明らかになった具体的な課題について、筆者が現場に入り込み、その真因を探索するという仮説導出型の研究である。
筆者は、さまざまな人事制度の変更等の施策を打っても改善しなかった職場に対する不満(それに伴う退職者の増加)の原因は、患者と職員、職員同士、職員と組織における信頼関係の欠如にあり、その背景には、患者も職員も「大切にされていない、守られていない」という潜在的な不安、すなわち職場における「関係性不全」があったと結論づける。 本研究は、限定された一組織の事例ではあるが、多くの組織における共通の課題と通底する現象をあぶりだしている。所属する組織が対象であるからこそ実現可能なアクションリサーチの手法を用いた丁寧かつ厚みのある事例記述により、現場の実態と、その背後に潜む顕在していない不満や不安に深く切り込むものであり、自身の設定した仮説に対しても妥当な結論を導いている。実務的な含意(提言)とともに、実務家ならではの優れた事例研究であると評価できる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 本論文の特徴は、アクションリサーチとして、参与観察とインタビューと並行して、複数の職場での協働を実践しているところにある。社会人大学院生の研究では、自社データへのアクセスやインタビュー、アンケート調査などを実施することは比較的一般的であるが、他部署への参与観察や複数の職場での協働は簡単ではなく、後輩の模範となる研究手法の実践であると考えられる。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「ブランドのエシカル属性が価格プレミアムに与える影響~SDGs時代における新製品開発マーケティングの活用に向けて~」」(マーケティング分野)松尾 大佑
(エシカル、価格プレミアム、フェアトレード、エコラベル、ヘドニック・アプローチ)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)
学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 近年、環境や社会に配慮して製造・販売されるエシカル属性を付与した商品が増えている。しかし、エシカル属性が実際の小売店頭でどのように評価されているのか、価格との関係を調査した研究事例はほとんど見られない。そこで本研究では、ブランドのエシカル属性が商品の価格プレミアムに与える影響を定量的に明らかにすることを目的とした。論文では、チョコレートのエコラベルに注目してフェアトレードやオーガニックなど認証団体別に分類したエシカル属性と、その他合計21属性を特定してヘドニック・アプローチを用いて分析した。その結果、エシカル属性に高い価格プレミアムが生じていることを属性別に定量的に推定することができた。本研究の実務への貢献は、これまで調査が煩雑で難しかったエシカル属性の価格プレミアムを推定したことで、新製品開発マーケティングの活用へ示唆を与えることができた点である。商品の各属性に対する購入意思や使用意向など選好度合を調査するコンジョイントやWTPなどの知覚選好分析と本調査を併用することで、今後発展するエシカル市場に向けた製品開発プロセスにおいて消費者に最適な組み合わせを提案することができると考える。

優秀論文としての推薦理由

 SDGsへの関心の高まりは企業の商品開発に影響を及ぼしている.本論文の目的はSDGsのなかのエシカル商品の属性の価格プレミアムを明らかにすることを目的としておりSDGs時代の商品開発の重要な論点を扱っている.エシカル属性の価格プレミアムの高低をレビュー論文等から仮説として設定し、量販店のチョコレート(エシカル属性が多い)のPOSデータから単品の価格データとエシカル属性のデータを作成しユニークなデータベースを作成した.そして、ヘドニックアプローチを用いてエシカル属性の価格プレミアムを推定した.フェアトレードなどの国際認証や有機などのエシカル属性の価格プレミアムが高く推定された。一方では価格プレミアムがつかないレインフォレストのような属性もあり、すべてのエシカル属性に価格プレミアムがついたわけではなかった.しかし、エシカル属性の価格プレミアムが推定されたことで、今後、エシカル商品の商品開発に役立つ貴重な分析となっている.

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 エシカル商品の単品の販売データを収集して、単品にエシカル属性を振り、エシカル商品のデータベースを自ら作成した。そのデータベースとPOSデータを結合してエシカル属性の価格プレミアムを推定した.商品のエシカル属性に注目したこと(視点のユニーク性)、ユニークなデータベースを作成したこと(データのユニーク性)、分析方法としてヘドニック・アプローチを採用したこと(分析のユニーク性)の3つのユニーク性を追求することは学生が研究論文を作成するうえで参考になると思われる.

ページトップに戻る
前ページに戻る

<2021年9月修了生 優秀賞 2名>

[論文A]

「中層域のイノベーション不全―ソフトウェア開発企業の実態調査に基づく考察―」(戦略分野) 真野 謙一
(キーワード:ソフトウェア開発業、製品開発マネジメント、重層的な産業構造、組織の知識吸収ルーティン、探索と活用)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

論文要旨

 本研究では、重層的な階層構造を持つソウトウェア産業の主に中間層に当たる企業群を対象に、それらの企業がイノベーションを実現する為の変革のマネジメントを探求した。課題を乗り越えるために必要なマネジメントは既存研究や先行文献だけで見出す事が難しく、経営者及び経営トップチームを対象としたアンケート調査と、その結果から見出した経営課題を基に、その対応策を考察する為の事例研究を組み合わせた実証研究に取り組んだ。結果、調査対象の企業が製品・サービス開発を成功させるための要点は、「知識吸収を促す為の制度・ルール・仕組みの整備」、「整備された組織の知識吸収のルーティンの定着」、「ルール・仕組みと既存事業の技術や知識との連動」「経営者や組織長の理念や組織の共通価値」であることを発見した。
 今まで研究対象になりにくかった中間層の企業の実証研究を行った事、知識吸収能力の先行研究の仮説を実証研究で確認した事、探索と活用を両立させるマネジメントの要点を明らかにした事が本研究の学術的貢献であると貢献である。更に実務でのチェックに活用できる組織メカニズムの枠組みを提示した実践的な意義があると考える。

優秀論文としての推薦理由

 現在、多くの企業が情報技術を活用して、業務の効率化のみならず、業務の革新を目指している。この状況下で、長らく企業の情報システム構築を支えてきた企業の役割は重要である。しかしながら、ソフトウェアを受託開発する企業、とくに受託開発を行いつつ、自らも独自の製品やサービスを展開する「中層域企業」の実態はこれまで明らかにされてこなかった。ここに研究課題を定め、探索的な実証研究を進めた問題意識の明確さが、まず評価に値する。
 つぎに、多くの文献を批判的に検討し、ゲートキーパー、知識吸収能力、知識創造などの概念を選び取っている。その上で、これらに基づいて緻密な調査票を設計し、アンケート調査を実施している。さらに、アンケート調査で捉えた中層域企業の課題を、優れた仕組みを有する2社の事例研究を通じて深め、解決策を見出している。学問的な手法の妥当性も評価に値する。
 第3に、実証研究の結果を検討し、知識吸収能力と、探索と活用の両立に関し、独自の主張を展開している。その結果、中層域企業に対する実践的含意はもちろん、学術的な知見においても、価値がある実証研究に仕上がっている。
 以上のように、問題意識の意義と明確さ、研究方法の妥当性、実証研究から得た知見において、論文Aの審査基準を極めて高い水準で満たしている。したがって、真野氏の論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 経営実務に立脚しつつ、学術的に価値のある研究課題を立てている。その問いに答えるために、多くの研究を批判的に検討し、学術的に妥当な手法で実証研究を進めている。さらに、組織としての知識吸収能力や、両利きの経営といった重要な研究領域で、実践的かつ学術的に独自の主張を展開している。実務と理論の架橋教育であるCBSにおいて、課題設定、研究アプローチ、論文の主張と構成の全てにおいて、模範となる研究である。

ページトップに戻る
前ページに戻る

[事例分析(ケーススタディ)]

「地方企業の知識経営によるビジネス・モデルイノベーションの研究」(戦略分野)國保 博之
(キーワード:ビジネスモデル・イノベーション、SECIプロセス、フロネティックリーダー、顧客提供価値、地方の魅力・独自性)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

論文要旨

 本研究では、地方の厳しい経営環境においてビジネスモデル・イノベーションによって企業価値の向上に成功した地方企業3社(福岡・久原本家、新潟・八海醸造、新潟・スノーピーク)にフォーカスし、各社がビジネスモデル・イノベーションを成功させた要因について整理・分析、各社に共通する重要な取り組みを抽出し、知識創造理論に基づき考察することで、地方の中小企業が成長を遂げるための重要な要素に関する示唆を得ることを目的とした。
 調査・分析の結果、以下の要素が重要であることを明らかにした。
 ① 自社のありたい姿や高い理想をミッション・ビジョンとして掲げ、進むべき方向性を示し、社内外における対話とミッション・ビジョンを実現するための実践が繰り返される仕組みが構築できるフロネティックリーダーの存在
 ② 市場や顧客との対話を通じて顧客提供価値を人々の根源的な価値まで掘り下げて認識し、顧客から深い共感を得ること
 ③ 地方がもつ魅力を自社の独自性、他社との差別化要因であると認識し、地方だからこそ獲得できる経営資源を競争優位につなげること
これらの要素は、異なる経営環境にある他の地方企業であっても適用できるものと考える。

優秀論文としての推薦理由

 各企業への訪問やトップマネジメントへのインタビューを含む豊かな一次資料および丁寧に調査された二次資料によって書かれた3社の事例は、それ自体大変興味深い。また、3社の共通点の分析・考察では、各社のユニークな顧客提供価値を創造するための顧客との対話の場、各社が生まれ育った地域の独自資源の活用、変化する環境の中で自己革新を促しつつぶれない軸となるミッション・ビジョンの役割、そして高い理想を掲げて自社の進むべき方向性を明確に示し社内外における対話と実践を引っ張るリーダーシップの役割など、持続的な成長を目指す地方の中小企業にとって多くの具体的な示唆が得られる研究となっていることは評価に値する。
 特に、地域コミュニティとのつながりを含めその地域独自の経営資源を徹底的に活用していった3社の事例は、様々な経営資源が東京に集中しがちな中で、「地方でも」ではなく「地方だからこそ」獲得できる経営資源を有効に活用することが競争優位につながることを示しており、地方の中小企業の一つのあり方を示しているという点で大きな貢献と言える。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 本研究で取り上げた3社はどれもユニークな企業であり、丁寧な現地取材と二次資料調査によって書かれたケースは厚みがあり読み応えのあるものとなっている。これら3社のケースの共通点を知識創造理論のフレームワークを用いて分析した結果も、本研究の目的である「地方中小企業の活性化」に関して大変興味深い示唆を与えるものとなっている。

ページトップに戻る
前ページに戻る

<2021年3月修了生 優秀賞 8名>

[論文A]

「大学教員の内発的モチベーションと情緒的組織コミットメントを促進する要因に関する研究」(人的資源管理分野) 杉田 美調
(キーワード:モチベーション、組織コミットメント、大学教員、大学経営、高等教育)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 大学教員は大学経営にとって最重要の人的資源であるが、大学教員を人的資源管理の対象として捉え、そのモチベーションや組織コミットメントに着目した研究は、管見の限りではみられない。本研究は、これらの点について、大学教員を対象としたアンケート調査を実施し、それにより得られた167人のデータについて、Ryan & Deci(2000)や労働政策研究・研修機構(2012)の先行研究の理論を踏まえて分析し、明らかにすることを目的とした。その結果、大学教員の四つの活動(教育、研究、社会サービス、学内行政)の内発的モチベーションに対しては、先行研究とは異なり、いずれも当該活動の「有能さ」が共通の規定要因であること、また、情緒的組織コミットメントを促進する主要因が建学の理念やビジョンへの共感・浸透であること、研究に関する時間割合への不満が教育の内発的モチベーションを低下させること等が確認された。
 本研究の学術的貢献は、高度に専門的、かつ指揮命令下で実施される一般的な職務にあてはめることが困難な職業人である大学教員の内発的モチベーション及び情緒的組織コミットメントの規定要因を明らかにしたこと、加えて実務面への示唆を得たことである。

優秀論文としての推薦理由

 本論文は,先行研究が少ない大学教員を人的資源管理の対象と捉え、教員個々人の「内発的モチベーション」と「情緒的組織コミットメント」を規定する要因に関して、実証的に研究を行ったものである。
 大学教員の業務の特徴の1つは「教育活動」「研究活動」「社会サービス活動」「学内行政活動」に大別できる複数の、相互に独立する業務を自らの裁量で行っていることにある。このような特性を踏まえつつ、仮説を設定し、大学教員個人を対象としたアンケート調査 を実施して検証を行った。アンケート調査から得られた有効回答167人を分析することで実証した仮説は,つぎの5つである。
 仮説1:大学教員の「有能さ」、「自律性」、「関係性」が高まると、内発的モチベーションが高くなり、このうち「自律性」が大学教員の内発的モチベーションを高める主要因である。
 仮説2:大学教員の情緒的組織コミットメントを高める要因は,「意義」(仕事内容が組織に貢献する有意義なものであるといった個人の知覚)、「経営者への信頼」(経営陣の行いが倫理的に正しいことが成員に信望されている状態)、「教育・研修」(職務に必要な研修や個人のキャリアプランに役立つ教育が受けられる機会),さらに所属する大学の建学の理念やビジョンであり,これらのなかで情緒的組織コミットメントを高める主要因は活動の「意義」である。
 仮説3:大学教員の活動時間の配分割合やワークライフバランスへの不満が高まると、内発的モチベーションと情緒的組織コミットメントが低下する。
 仮説4,仮説5:内発的モチベーションと情緒的組織コミットメントは相互規定関係にある。
 研究成果は,人的資源管理研究としての観点からも、 大学経営における人材マネジメントの実務的な観点からも有益なものである。また,問題関心も明確で,先行研究のレビューや仮説設定,さらには個人調査の方法や分析方法なども手堅く,優秀論文に値すると判断した。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 筆者の大学における勤務経験を通じた教員のマネジメントに関する問題関心から研究課題を設定し,先行研究のレビューや仮説設定,さらには個人調査の方法やデータの分析方法なども手堅く,後輩が参照すべき論文といえることによる。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「ビジネス・フォーマット型フランチャイズにおけるフランチャイズ本部と加盟店の信頼関係の構築について」(戦略分野)野村 真康
(キーワード:特定連鎖化事業(フランチャンズ・ビジネス)、信頼関係構築、収益性(経済的責任)、約束事に対する結果責任、倫理性(利他主義的行動))

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究は、特定連鎖事業(フランチャイズ)の持続的成長を図る上で重要なfranchiser(本部)とfranchisee(加盟店)との間の持続的関係について、コンビニエンスストア業界のA社の加盟店満足度調査のデータをもとに、信頼関係構築における決定要因及び信頼関係構築に至るプロセスについて分析・考察を行ったものである。
 分析の結果、信頼関係を構築する決定要因は「収益性(経済的責任)」「約束事に対する結果責任」「倫理性(利他主義的行動)」だと解明された。信頼関係構築に至るプロセスは、本部が加盟者に対して、ある一定水準の「収益性」を確保し、経済的責任を果たすことから始まる。その上で「個人では調達し切れない生産有用性を実現できるインフラの提供(約束事に対する結果責任)」という加盟者の期待に応え、本部は加盟店と共通認識(加盟者の暗黙知である経営ビジョンを理解)をもち、「利他主義的行動」による支援を行うことで、強固な信頼関係が構築される。そのことから、信頼関係構築における決定要因は「二層構造」であることが解明された。
 本研究はフランチャイズビジネスを通して「信頼」という無形価値を継続的に構築することの重要性を示し、本部と加盟店の信頼関係構築に寄与するものだと考える。

優秀論文としての推薦理由

 「信頼」は組織内及び組織間関係の基盤となり、組織の成果に大きな影響を与えるものであるが、特に本部と独立事業主である加盟者との間の持続的関係がビジネスの成否の鍵となるフランチャイズビジネスにおいては、本部と加盟者間の信頼は重要な経営資源ともいえる。なかでもコンビニエンスビジネスにとっては加盟者の本部に対する信頼のゆらぎが昨今大きく取りざたされ、本部の企業価値を大きく棄損する 事態にも至っている。その意味で、 本研究は大きな意義を持つものである。
 フランチャイズビジネスの本部と加盟者間の信頼関係構築における決定要因及び構築プロセスについての議論は、既存研究であまり語られてこなかった領域である。丁寧な先行研究レビューから信頼関係構築に影響を与える要因に関する仮説を導出し、それを豊かな一次データにより実証した点が本論文の第一の貢献である。
 さらに、「収益性」は信頼関係構築に影響はするが、その影響は一律ではなく、一定水準を超えると収益性は信頼関係構築にそれほど影響しないということを明らかにしたことが第二の貢献である。一定水準の収益性を確保したうえで、本部が加盟者に約束したことの実現と本部の加盟者に対する利他的行動を高めることが信頼関係構築につながるという本論文が提示したモデルは、学術的新規性のみならず、実務的貢献も大きい。
 また、実際に信頼関係を構築するために、加盟者との接点である経営指導担当が果たす役割について一次データから明らかにし、本部が加盟店からの信頼を得るためにどのようなアクションが必要であるかについての示唆を得たことが、第三の貢献である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 「フランチャイズ本部と加盟者間の信頼関係構築」という、社会的にも大きな課題について、丁寧な先行研究レビューから仮説を導出し、豊かな一次データをもって様々な角度から検証を行い、また検証により信頼関係構築に関するモデルを提示したという学術的貢献、具体的に本部がどのような施策をとることが加盟者との信頼関係構築につながるのかという点を明らかにした実務的貢献など、論文Aとして模範となる研究である。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「日系物流企業の海外拠点における独自の価値創造とその持続的発展について」(戦略分野) 由井 瑞穂
(キーワード:日系グローバル物流企業、SECI(価値創造プロセス)、探索と深化、出向社員とナショナルスタッフ、トランスナショナル戦略)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究では、価値創造に適しているのはどのような組織か、どのような海外拠点で価値創造されるか、創造した価値の持続的発展のために海外拠点ではどのようなプロセスが必要かを研究した。グローバル経営や価値創造に関する先行研究から仮説を導出し、日系最大手の物流企業の海外事業において価値創造が持続した事例と持続しなかった事例の比較分析、同社従業員へのアンケート、実際に海外で価値創造した出向社員やナショナルスタッフ(以下NS)らへのインタビューなどより仮説を検証した。
 その結果、リーダーシップや熱意など人間ならではの要因の重要性、文化の異なる従業員同士の弁証法的対話といった海外拠点ならではの価値創造要因が明らかになった。同時に、価値創造プロセスであるSECIを停止させる海外拠点ならではの要因があることも明らかになった。さらに、探索と進化を両立して創造した価値を持続的に発展させるためには、NSが中心となって行う価値創造を日本人出向社員が支援する関係性や、日本人出向社員とNSの弁証法的対話が重要であることを明らかにした。

優秀論文としての推薦理由

 本研究の学術的な貢献は、第一にこれまで製造業中心に論じられてきたグローバル経営や価値創造に関する理論から導出された仮説が、サービス業である物流企業においても当てはまることを示したことである。第二に、海外拠点ならではの価値創造要因とSECI停止要因を豊富な一次データにより明らかにしたことである。特に、海外拠点における価値創造は、一度の成功では十分ではなく、持続的に行われることが重要であるという観点から、持続的価値創造プロセスであるSECIプロセスを停止してしまう海外拠点ならではの要因は何かを明らかにしたことは大きな貢献である。また、既存業務の深化を目的として設立された海外拠点が、どのようにローカル適応とグローバル統合を両立させながら新しい価値の探索を行っていくかについて明らかにしたことも大きな貢献である。
 日本企業には依然本国志向のグローバル戦略をとる企業も多い。それらの企業は「日系顧客に」「日本関連の」「日本流」の製品・サービスを提供する3N戦略を深化することで成長してきた。しかし、そのような成長戦略が限界を迎えると、企業は脱3Nのグローバル戦略を実践しなければならないという課題に直面する。3Nによる深化の成長戦略をこれまで実行してきた企業が、 海外拠点において深化と探索を両立することで持続的に価値を創造していく方法や課題を示したことが本論文の実務的貢献である。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 3Nを脱却しローカル適合とグローバル統合を両立するトランスナショナル企業となることは、グローバル環境の変化と国内市場の縮小の中、日本企業にとって大きな課題である。本論文は、筆者の勤務企業のみならず社会的にも大きな課題について、丁寧な先行研究レビューから仮説を導出し、豊かな一次データをもって様々な角度から検証を行い、深化を目的とした海外拠点が探索を行い持続的な価値創造を行うための促進要因と阻害要因を明らかにした。その学術的貢献と実務的貢献は、論文Aとして模範となる研究である。

ページトップに戻る
前ページに戻る

[論文B]

「企業ブランドの本物感によるブランド・エクイティ構築」(マーケティング分野) 荒木 貴絵
(キーワード:ブランド・マネジメント、コミュニケーション戦略、本物感、ブランド・パーソナリティ)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、企業が新たに個別ブランドを導入するとき、企業ブランドが備えている「本物感」を活用して、個別ブランドのブランド・エクイティを高める方法を明らかにすることである。新規ブランドの導入時によく使用される、企業ブランドの保証機能よりも、より積極的な企業ブランドの活用方法を提案することを目指した。
 本研究で注目したのは、企業ブランドと個別ブランドが誠実なブランド・パーソナリティをもつ場合、企業ブランドが備えている本物感は個別ブランドの本物感も高め、その結果個別ブランドの態度にも好ましい影響を与えることである。インターネット上において実施した3つの実験データの分析によって、仮説は検証され、支持された。
 本研究の実務上の貢献は、企業ブランドの保証機能とは異なる、ブランド・エクイティの構築を促進する方法を提案し、その存在を実証したことである。コミュニケーション戦略においても、企業ブランドの本物感を活かすことによって、新規の個別ブランドでも本物感を備えた浸透が可能になると考えられる。本研究によって、ブランド・マネジメントにおいて求められる、迅速なブランド構築に対して貢献ができると考える。

優秀論文としての推薦理由

 本研究が提案しているのは、個別ブランドに企業ブランドを冠する「二階建て構造」(たとえば、LIXIL ・リシェル、トヨタ・カローラなど)が、個別ブランドのエクイティを強化する積極的な役割を持ちうることである。この役割が、過去に提案されている企業ブランドの役割(消費者に安心感を与え購買を促す)ではなく、筆者オリジナルの着想であることは評価に値する。
 筆者はこの着想を、近年注目されている「本物感」(authenticity)(消費者がブランドに対して抱く真正性)概念を導入してモデル化し、堅実な方法で実証している。提案モデルによれば、企業ブランドと個別ブランドの両方が誠実なイメージを持つとき、個別ブランドのブランド・エクイティが高まるという。これは、①企業ブランドの誠実なイメージが本物感を生み、②その本物感が、両者が同一イメージであるときに個別ブランドに転移するからである。
 得られた知見から実務的な示唆を提示していることも評価できる。新規のブランドを導入しようと試みるブランド・マネジャーは、企業ブランドのイメージを用いて、ブランド・エクイティを高めることができることや、そのためのコミュニケーション方法などが提案されている。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 この研究が後輩の模範となるのは、①研究全般の水準の高さ、②実務上の貢献を含むためである。①ブランドの「本物感」という理論概念を用いて独自モデルを構築し、媒介変数と調整要因を3つの実験によってテストした手順は、多くの学生の手本にとなるはずである。また、②分析結果から、筆者が勤務する企業に限らず、ブランド・マネジメント全体へ有用な実務的示唆を導出したこと(広範囲な実務的貢献)も価値が高い。この2つの観点を含んだ本研究は、今後、論文(B)に取り組む学生が目標とすべき模範となるだろう。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「新たな小売業への転換戦略提言」~CLTVの最大化と日本版ニューリテール(新小売)の在り方への考察~」(マーケティング分野)伊藤 宏徳
(キーワード:CLTV(カスタマーライフタイムバリュー)、マルチショッパー、購買履歴データ、オンライン・オフライン、小売業)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 研究目的として、我が国のスーパーマーケット業態における今後の在り方を提言するため、同一チェーンでのオフラインとオンライン双方のチャネルにおける顧客の利用実態、主にCLTV(カスタマーライフタイムバリュー:顧客の購買行動から得られる顧客生涯価値)の側面から分析・検証し、その企業に最大の価値をもたらす顧客類型を提示することとする。Kumarら(2006)による3つの測定モデルのうち、本稿では購買金額ベースと利益ベースのCLTVモデルを用いて、同一チェーンにおける購買行動類型をリアルショッパー(リアル店舗のみ)、ネットショッパー(ネットスーパーのみ)、マルチショッパー(併用)の3つに分けて分析した。分析データは、大手スーパーマーケットチェーンの首都圏店舗におけるリアル店舗およびネットスーパーでの購買実績(食料品のみ)となる。食料品購買において最大のCLTVを企業にもたらすのはマルチショッパーであることが明らかになった。また、顧客のマルチショッパー化には、生鮮食品への信頼が重要であり、それを支える品質管理体制や日本流のきめ細かなサービスの実現こそ、新たな食品小売業への転換の上で強みとすべき点であると考える。

優秀論文としての推薦理由

 従来、ネットスーパーは宅配のコストやピッキングなど経費がかかり、利益がでないと言われてきており、ネットスーパーを開始したが途中で頓挫する企業も多かった。今回の論文は、顧客をリアル店舗のみを利用するリアルショッパー、ネットスーパーのみを利用するネットショッパー、双方のチャネルを利用するマルチショッパーの3分類に分割し、それぞれの顧客生涯価値を測定した。そして、マルチショッパーの顧客生涯価値が最も高いことを購買履歴データおよび単品の仕入れ原価や宅配コストを考慮したLTVモデルから明らかにした。学術的貢献としては、測定が困難であった利益ベースの顧客生涯価値を測定した。また、実務的貢献として、生鮮食品を含むリアル店舗とネットスーパーの双方のチャネルを利用するマルチショッパーが利益に貢献することを明らかにし、マルチショッパーの人数を増やすための施策について提案し、小売経営に重要な問題提起をしていることが推薦理由です。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 この論文は、ネット通販単体で小売ビジネスを考えるのではなくリアルとネットの両方を使ってもらうことが小売の利益を増加させるというユニークな仮説を顧客生涯価値を測定することによって実証した。文献レビューおよび自分の経験からユニークな仮説を設定し、ID-POSデータによる丁寧なデータ分析による仮説検証が論文作成の参考になると思わる。

ページトップに戻る
前ページに戻る

「IPO後も成長を続ける企業の財務戦略の特徴-ものづくり企業を対象として-」(ファイナンス分野) 内田 一弘
(キーワード:ものづくり企業、資本構成、設備・研究開発投資、株主還元政策、回帰分析)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、2000~2014年に日本の証券市場にIPOしたものづくり企業のうち、IPO後も高成長した企業が採った財務戦略の特徴を明らかにし、ものづくり企業が採るべき財務戦略を提案することである。
 そこで財務戦略と企業価値向上の関係を明らかにするため、3つの仮説を設定し、財務指標を説明変数に、また企業価値向上を示す指標を目的変数として、重回帰分析およびロジスティック回帰分析をおこなった。これら仮説において、財務戦略として資本構成、設備・研究開発投資、株主還元政策を挙げ、企業価値向上の指標として総資産利益率、株式時価総額成長率、トービンのqを用いた。
 分析の結果、高成長企業ではIPO後に財務レバレッジを高めていること、積極的な設備・研究開発投資をおこなっていること、低い配当性向と積極的ではない自社株買いという抑制的な株主還元をおこなっていることが分かった。
 IPO後の財務戦略として最適資本構成を意識して負債による資金調達をおこなうこと、WACCを下げた状態で設備・研究開発投資をおこなうこと、成長段階においては抑制的な株主還元政策を採り、資金は成長投資に回すことを提案できたことが、本研究の貢献であると考える。

優秀論文としての推薦理由

 本論文は、日本のものづくり企業に焦点を当て、IPO後に相対的に高成長した企業としなかった企業の財務戦略の違いを明らかにすることを目的として執筆されたものである。長期間の企業データベースを整備し、丁寧な統計分析と考察を行った。併せて実務家へのインタビューも行い、データ分析だけでは見えてこない現実世界の姿を確認しようとした点も評価できる。統計分析では、目的変数と説明変数の設定期間を変えるなど部分的なロバストチェックも試みている。本論文で示されたものづくり企業がとるべき財務戦略の提言は、コーポレートファイナンス理論に沿った内容であり、かつ、実務的な貢献も大きいものである。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 実務的な問題意識、地道な企業データベースの整備、丁寧な統計分析と考察などは、ビジネススクールの研究論文として後輩の模範となると思われる。

ページトップに戻る
前ページに戻る

不確実性下における中期経営計画のあり方の探求」(戦略分野) 古川 兼嗣
(キーワード:中期経営計画、不確実性、VUCA、長期ビジョン、機関投資家)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、日本企業が策定している中期経営計画(以下、中計)をVUCA時代に意義のあるものにするために何が必要なのかを探求することである。この目的のために「中計に対する経営者の狙いと社内外の関係者の受け止め方との間にギャップが生じている」という仮説を設定した.この仮説を検証するために,本研究では機関投資家と従業員に対して聞き取り調査と質問紙調査を実施した.これらの調査による発見事実は次の通りであった.
① 機関投資家は、不確実性下において投資判断材料としての中計の重要度はむしろ高まっていると考えていること.
② 機関投資家は,中計の未達や変更について長期ビジョンに即した振り返りが必要であると考えていること.
③ 従業員満足度は,ただ中計が存在するだけではなく、その内容の理解度・浸透度が高まらなければ向上しないこと.
 これらの発見事実をもとに,本研究では,不確実性下の中計のあり方に関する理論モデルを提示した.この研究によって,『長期ビジョン×中計』の組み合わせによって自社が進む方向を周囲に腹落ちさせることが、経営者とステークホルダーの間にあるギャップを解消するための鍵になるという実務的含意が得られた。

優秀論文としての推薦理由

 この論文の推薦理由は,この論文が発見事実の面白さを適切に表現できているからである.著者の仮説の一つは不確実性が高まると機関投資家は中期経営計画を重視しなくなるというものであった.しかしながら,実際の聞き取り調査では機関投資家,とりわけ長期の機関投資家は中期経営計画を非常に重視しているという仮説に反する答えが返ってきた.その発見事実を素直に解釈して理論モデルに組み込んでいるところは,実証研究の面白さを見事に表現している.

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 後輩の模範となる点は,使いこなせる定量分析ツールを用い,実証できなかった事実も含めて素直に記述している点である.今回の定量分析は,サンプル数が十分に取れなかったため信頼性はそれほど高くなかったし,差の検定では統計的な有意も出なかった.しかしながら,著者は自分の分析の意味を自覚的に理解しており,その結果が十分でないことも理解していた.仮説検証ができなかったことも素直に受け入れ,研究の限界を自覚的に記述することは後輩にとって非常に有益な修士論文の書き方の見本例であると思われる.

ページトップに戻る
前ページに戻る

「製薬開発組織のマネジメント- 開発資産の価値最大化 -」(戦略分野)向井 紘平
(キーワード:製品開発、開発活動のマネジメント、イノベーション、製薬、プロジェクトマネージャー)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、製薬の製品開発におけるマネジメントの最適解を見出すことにある。製品開発のパフォーマンス(開発リードタイム)を短くすることで収益力を高めるマネジメントを、プロジェクトのリーダー(プロジェクトマネージャー: PM)に焦点を当てて考えた。
 本研究では、製品開発におけるPMの権限や責任範囲は企業や産業を超えて個々の状況において様々であると考えた。すなわち、「マルチファンクションの製薬の開発組織においてPMの介入の度合いによってパフォーマンスが異なる」と想定し、中程度のPMの介入、すなわち中量級PMのときにパフォーマンスが高まるという実証仮説を立て、事例によって先行研究の再検証を行った。
 本研究の貢献は2点ある。第1に、パフォーマンスを高めるPMの役割を具体的に示した点で学術的な意義がある。第2に、製品開発のマネジメントにおける組織やリーダーシップの在り方について、学術的知見と実務の接合を図り、中量級PMの有効性を示した。第3に、コンティンジェンシー理論の立場で、開発生マネジメントの最適解は状況に応じて変わることが示されたので、いままでとは異なる最適解の一つを提案するという実務的な意義もある。

優秀論文としての推薦理由

 製薬会社にとって、新薬の開発は企業業績を大きく左右する重要な活動である。だが、1つの薬で大きな売上が見込めるブロックバスターは少なくなり、多くの薬を迅速に開発し、市場化する必要に迫られている。しかしながら、そうした変化に合致する開発プロジェクトのマネジメントが実践されているわけではない。実際に製薬会社が直面する課題を研究テーマに取り上げたことが、まず評価に値する。
 この課題に答えるために、向井氏はプロジェクトマネージャー(PM)の役割と権限に焦点を当てた。既存研究を踏まえ、権限が強すぎず、弱すぎもしない「中量級」が相応しいという仮説を立てた。この仮説を事例で検証し、中量級PMの具体的な役割を明らかにし、シェアードリーダーシップやスクラムマスターなどの概念と比較検討した。既存研究と事例に基づく、中量級PMの概念提唱と、その妥当性の検証も評価に値する。さらに、中量級を含むPMの役割と権限を認定する尺度を提唱した。実践的で、利用可能な尺度の提唱もまた、評価に値する。
 以上のように、対象企業の環境変化と既存研究を踏まえた明確な問題設定、妥当な仮説と事例による検討、実践上の意義がある中量級PM概念の提唱は、論文の評価基準を高い水準で満たしている。このことから、向井氏の論文を優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

 実践上の有効性が期待できる概念(中量級PM)を提示し、それを現実のプロジェクト・マネジメントで実現するための指標や方針を明確にしている。既存研究に裏付けられた実践的な提言を行い、実務と学術の橋渡しを果たしている点で、後輩の模範になると考えられる。

ページトップに戻る
前ページに戻る

<2020年9月修了生 優秀賞 2名>

[論文A]

「多様性の高い職場で活躍する人材に関する研究〜「自己認識力」に着目して〜」(人的資源管理分野) 藤曲 亜樹子
(キーワード:自己認識力、ダイバーシティ経営、対話、変化対応特性、心理的安全な職場)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

論文要旨

ダイバーシティ経営の取り組みは、メリットがある一方、個々人の考えが優先され、組織の求心力低下につながる可能性がある。ダイバーシティ経営で経営成果を実現するためには、相互の理解を深める「対話」が重要であり、そのベースとして「自己認識力」が重要なことが明らかにされている。そこで、「自己認識力」を高めるために、企業と個人として何に取り組むべきか、が本研究の問題意識である。
研究では、先行研究から、「自己認識」を高める行動を促進する個人の行動特性と職場環境に関して、仮説を設定し定量的調査にて検証した。 分析の結果、「個人の変化対応特性の具備や心理的安全な職場環境は、組織構成員の自己認識力を高める行動を促進する」ことが明らかになった。さらに、補足的分析として、「経営層や管理職層の多様な人材の配置は、組織構成員の自己認識力を高める」、「自己認識力が高い人が多い職場は、イノベーティブ度、パフォーマンス度を促進する」ことが明らかになった。
ダイバーシティ経営において、多様性が高い職場で活躍する人材に関する施策の一つとして、「自己認識力」を高めるための具体的な施策を示すことができたことは、本研究の貢献であると考える。

優秀論文としての推薦理由

藤曲氏は,勤務先企業で推進しているダイバーシティ経営を職場に定着させるための課題として,従業員の側の要因の関心を持ち,今回の研究テーマを設定している。その点で,問題関心が極めて明確であることが評価できる。
ダイバーシティ経営の取り組みは、新しい価値の創造につながる可能性など経営にメリットがある一方、職場で従業員間にコンフリクトを生じさ、職場での円滑なコミュニケーションを阻害するなどのデメリットが生じるとする先行研究を踏まえ,このデメリットを抑制する要因として,従業員個人の「自己認識力」に着目する。「自己認識力」を取り上げたのは,価値観の異なる多様な人材の間で、質の高い「対話」を実現するために不可欠なスキルであることによる。
調査研究では,「自己認識力」は開発できるスキルであるという先行研究に基づき,「自己認識力」を高めるために有効な施策に関して,企業(職場)と個人の視点から複数の仮説を設定し,個人を対象としたアンケート調査(有効回答312名)を実施し,調査データの多変量解析に基づいて仮説を検証し,それに基づいて企業と個人に対して「自己認識力」向上に貢献する施策を提示している。
実証された仮説と提示した施策の関係がやや曖昧であるが,今後この点は,精査することで改善できると考える。

先行研究のレビューや仮説立案,さらに調査分析の方法などが手堅く,優秀論文として評価できると考え,推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

ダイバーシティ経営に取り組んでいる企業の中には,その職場への浸透に苦労しているものが多い。その点で藤曲氏が設定した研究課題は,多くの企業のダイバーシティ推進担当者にとって有益な研究テーマである。さらに,先行研究のレビュー,仮説の構築,調査実査,分析の手堅さなど,CBSの後輩の研究に大いに参考になると考える。

ページトップに戻る
前ページに戻る

[事例分析(ケーススタディ)]

「APIがもたらす新しい企業アライアンスの形」(マーケティング分野)林 佑威
(キーワールド:API、アライアンス、フィンテック、ブランド・アライアンス、非競争領域)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人右)

論文要旨

API(Application Programing Interface)を活用した。新しい形の企業アライアンスが生まれている。この「新しさ」を明らかにするために、POSレジアプリのトップ企業や生体認証サービスを提供するフィンテック企業など、ユニークな「APIアライアンス」を行う先進企業の事例を分析し、現場のキーマンにインタビュー調査を行い、先行研究で論じられている従来型のアライアンスと比較を行った。
本稿では、「競合とのブランド・アライアンス」や「APIによる新たな収益機会」など、従来のアライアンスでは想定しにくいものを含む、ユニークなアライアンスを確認している。この分析を通じて、APIによるアライアンスは、従来のアライアンスの形態を多面的に織り交ぜながら、パートナーとの補完関係を実現し、様々な状況の変化にしなやかに対応出来ていることが、その新しさであることを確認した。
APIによるアライアンスでは、「低減化された取引コスト」により、アライアンスのモジュール化そしてカジュアル化が実現され、従来以上にマーケティングの視点を加えたアライアンス戦略が求められることなどを提言する。

優秀論文としての推薦理由

本研究の結論では、従来の「重い」企業提携に代わってAPIはより「カジュアルな」企業提携を可能にし、水平的・補完型のアライアンスをより簡便なものにする可能性を指摘している。本論は、アライアンスという経営課題を新しい事象と捉え、その実体を解き明かしている点で大きな貢献がある。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

現場のIT企業人ならではの視点を活かして、APIという新しい仕組みが伝統的な企業アライアンスをどう変えたかという新鮮な課題を提起している点が模範的である。

ページトップに戻る
前ページに戻る

<2020年3月修了生 優秀賞 8名>

[論文A]

「医薬品の普及形式の変化について-医薬品情報のデジタル化やMRの受入拒否が影響を与えているか-」(マーケティング分野) 田代 博士

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

現在、製薬企業の新規製品の普及戦略はMRという営業部員による、訪問周知活動を主としている。これは伝統的な普及学の理論にのっとり、医療従事者同士の人から人への伝播を期待し、イノベーターたる大学病院の教授クラスや、大病院の部長クラスに人的ないしは経済的な資本を集中化するものである。
 医療情報のデジタル化や医師間ネットワークの変化など環境が大きく変化する中で、この医薬品普及にも変化があるのかどうかを検討した。
 まず第一に、2017年発売の医薬品採用の実データを用いてBASSモデルに導入し、普及理論に載るか検証したが、模倣係数のほうが高い傾向があり、反症例を見出すに至った。
 次に、医薬品情報のデジタル化が本格化した2007年をメルクマールにし、その以前と以降に医薬品の施設での採用の意志決定をしていた医療関係者3名づつにグルーピングし半構造的なインタビューを行い、GTAの手法でまとめた。
 その結果、2007年以降のグループではMRを中心としたアナログチャネルはほとんど機能していないことが示唆された。
 本検証の貢献としては、冒頭の、医薬品普及形式の変化の中で資本集中化戦略が効果的でないこと示し、戦略の構造的な見直しを導くことにある。

優秀論文としての推薦理由

医薬品メーカーの新薬の普及と病院の新薬採用のプロセスを明らかにした論文である。著者は2007年前後から新薬の普及および採用プロセスが変化しているとの仮説に立ち、その普及および採用プロセスの変化について実証した。まず、Bassモデルによって、新薬の普及曲線を分析し、従来はイノベーターの値よりイミテーターの値が大きかったが、2007年以降の新薬については、少ない新薬の数ではあるが逆の現象であること実証した。次に、医療従事者にデプスインタビューを実施しグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)によって分析した。その結果、ICTの普及により、2007年以降に明らかに医療従事者の採用が医薬品メーカーの医薬情報担当者(MR)の情報ではなくて、インターネットからの情報を重視して、採用するようになったことを明らかにした。MRとしての役割を再構築する必要性があることを結論としている。
 仮説の生成のための論文が十分にレビューされていること、新薬のケースは少ないが、普及モデルによって定量的な実証をしていること、さらに、医療従事者のヒアリング・データをGTAをつかい適切に分析した。そして、アカデミックな視点と実務の視点から、適切な結論がえられている。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

まず、アカデミックな論文ではレビューが重要であるが、この論文はテーマにそった文献のレビューが多くなされ、これまでの医薬品の普及に関する知見を整理しまとめている。そのうえで、適切な仮説を設定し、データによって実証している点は他の学生に参考になると思わわれる。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

「ダイバーシティ採用、その先に」~日本企業が行うべきグローバルダイバーシティ採用後に効果を発揮する施策は何だろうか~」(人的資源管理分野) 山口 恭子

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

外国籍社員を採用することで職場に新たな価値や発想をもたらし、組織活性化や新たな価値創造(本研究では「ダイバーシティの効果」という。)を目指す企業であっても、外国籍社員にも日本人社員と同様の人的資源管理を適用していることが多い。それがダイバーシティ効果の実現を阻害していないかが本研究の問題意識である。
 Shore et al.(2012)などを踏まえ、ダイバーシティの効果の実現には、社員の「自律的なキャリア意識」を尊重しつつ、「組織への帰属意識」を形成することが必要との前提に立ち、そのために有効な制度や施策は日本人と外国籍では異なるとの仮説を設定、日本人社員・外国籍社員の双方を対象に質問紙調査を実施した。
 分析の結果、外国籍には適切な労働時間や両立支援環境など「ワークライフバランス」に関連する施策、多様性のある社員の採用や平等な仕事機会の提供など「差別・区別がない環境」に関連する施策に帰属意識を高める効果がみられた。これは日本人にはない特徴であった。
 ダイバーシティ効果を実現するには、企業は、単一属性を想定したこれまでのマネジメントから脱却し、新たなメンバーである外国籍社員の視点から、施策やマネジメントを再考する必要があることを示す貢献ができたと考える。

優秀論文としての推薦理由

本論文は、ビジネスのグローバル化に比して低調な日本企業の(高度)外国人人材の活用に対する筆者の強い危機感を背景に、外国人人材の活躍により職場のダイバーシティ効果の実現を図るという観点から、現在の企業の人的資源管理施策の評価と、実現を促進する施策の探索とを行ったものである。
 海外で研究が蓄積され、日本でも注目される職場のダイバーシティとインクルージョンの概念を踏まえて分析モデルを構築し、日本人と外国籍それぞれに関して先行研究に沿った仮説を構築、検証のために日本語と英語によって質問票を作成して調査と分析を行った。丁寧に行われた一連のプロセスは学術論文の要件を充分に満たしており、評価できる。特に日本人と対比できる数の外国籍のサンプルの収集にこだわって調査を進め、統計分析によって両者の異同を指摘した点に、本研究の独自性と貢献とが認められる。
 また、日本人についての仮説が支持されず、日本人のキャリアに関する意識特性が変化して外国籍へ近接していることが明らかにされるなど実務面への貢献も大きい。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

自身の実務経験を通じて醸成されてきた問題意識を、学術的フレームワークを用いて構造的・客観的に捉えた点、構築した仮説に対応する丁寧な質問票の作成とデータ収集とを行った点、計量分析により、実務へのインプリケーションを含む一定の結論を得た点が、今後の参考となる。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

「総報酬があたえるエンゲージメントへの影響~外的報酬が高まるとエンゲージメントは向上し 企業価値は向上するのか~」(人的資源管理分野) 割石 正紀

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

本研究の目的は,企業で働く従業員のエンゲージメント向上に貢献する要因を明らかにすることにある。研究では、分析対象企業のエンゲージメント調査のデータを基に,給与額(給料,賞与),昇格や人事評価等の各種社内データ,エンゲージメント調査への従業員の自由記述等の定性データを組み合わせて、4つの作業仮説を立て分析を行った。
 データ分析によると,総報酬の中でも外的報酬である年収が,エンゲージメントの高低に影響を与えていた。また,外的報酬の中でエンゲージメントに一番影響のある要因は年収であるが,一定水準の年収を超えると,年収の影響度が弱まり,人事評価の影響度が高まることが確認できた。人事評価では,評価制度の不理解や人事評価への納得感が低いと,エンゲージメントは低くなるが,評価制度を理解し正しく認知することでエンゲージメントは向上することが明らかとなった。
 さらに,内的報酬の中では、社員の相談行動や上司からのサポート等の環境整備を行う事が組織における心理的安全性の担保に繋がることも明らかになった。
 本研究は,日本企業が直面している人事マネジメント上の課題の解決の一助となり,企業の競争力を高め,持続的成長に繋がることに貢献できると考える。

優秀論文としての推薦理由

本論文は、海外を含めて人的資源管理分野で最近、注目を集めているエンゲージメントの概念を取り上げ、研究対象企業のエンゲージメント調査と他の人事データをリンクさせた統合データセットを作成し、それに基づいて社員のエンゲージメントを規定する要因を明らかにするものである。
 筆者の問題意識は明確で、研究対象企業のエンゲージメント調査を再分析し、エンゲージメントを規定する要因を明らかにし、社員のエンゲージメントを高めることにつながる施策を提示することで、実践的な研究である。同時に本論文は、エンゲージメントに関する先行研究だけでなく、行動科学のモチベーションに関する研究を丁寧にレビューしている点が評価できる。また、データ分析では、エンゲージメント調査に、賃金データやストレスチェツクの多様なデータなどを組み合わせ、エンゲージメントの規定要因を多元的に明らかにするなど、データ分析での工夫も高く評価できる。なお、分析方法には改善の余地もあるが,この点は今後に期待したい。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

上記のように本論文は,研究対象企業の人事管理の課題を解決するという実践的なテーマを取り上げ、それに関して多様な社内データを丁寧に分析し、対応策を提示していることは、ビジネススクールの研究論文として他の参考となる。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

[論文B]

「医療現場にて重要視される医療機器の選択要因についての一考察」(戦略分野)  清水 幸宏

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

 本研究の目的は、広く使用されている医療機器において、 その認知に関わる要因、選択要因、そして医療機器を使用する手技の取得のために重要な項目を明らかにすること、医師と医療機器企業が重要と考えている項目の比較検証を行うこと、また、同じ医療の領域である医薬品企業との現場で求められていることの違いを検証し、医療機器企業の戦略を探索してくことである。
 医療機器・医療マーケティング・購買行動に関する先行研究レビューから仮設を設定し、医療機器を使用する医師および医療機器企業へのヒアリング・アンケート調査を実施、結果をt検定による検証を実施し、仮設は支持された。
 本研究の貢献は、企業の戦略への参考として、医療機器を認知、選択するうえでの重要項目の把握ができる点であり、また企業が考える重要項目と医師の考える重要項目との違いが明らかになることで、適格な戦略を立てることができる点である。
 手技に関しては、医師、企業とも重要項目が一致していること、この手技への関わりが医薬品と大きく異なる点であり、医療機器企業として手技へのサポートが重要と考えられた点である。

優秀論文としての推薦理由

清水論文は重要であるが従来あまり重要視されてこなかった医師の医療機器選択に対しての研究である。アンケート調査の例数は少ないもののインパクトのある結果である。最もインパクトがある点は下記である。
 「この手技への関わりといった点が、医薬品にはない医療機器の特徴といえる。医薬情報提供の効率を上げるために、インターネットやAIの使用がより増えることが予測される医薬品企業とは異なり、医療機器企業は、インターネット等での情報提供だけでなく、今後より低侵襲で複雑、そして高度な手技が広がっていくにしたがい手技の取得、上達の必要性はますます高まっていき、ハンズオントレーニング、シミュレーションが重要となり、現場、学会、トレーニングセンターでのサポートを強化していくという方向に進んでいくものと考えられる。医療機器を使用する手技へのサポートをこれまで以上に進めていくことが重要であると言える。」(論文要旨より) Nの数が少ないのでさらなる検証がいるが、この論考は医療機器のマーケティングに影響を与えると思われる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

新しい分野を切り開きまた自社の今後のマーケティングや営業戦略に大いに役立つ研究

ページトップに戻る
 前ページに戻る

「百貨店個人営業顧客のコミットメントに関する研究」(マーケティング分野) 鈴木 一正

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

本研究の目的は、百貨店の個人営業顧客にとってカード特典拡充や専用ラウンジ整備といった制度環境的な施策がコミットメントを高め、業績向上に有効に機能しているのか否かを実証的に明らかにすることにある。
 デプス・インタビューの結果、関係継続や他者推奨には、「担当者との良好な関係」が重要な役割を果たしていることが明らかになった。この結果を踏まえ、リレーションシップ・マーケティングの概念モデルとして久保田進彦(2006)が示した「多次元コミットメントモデル」を基本とし、損得勘定に関わる変数を「制度環境的コミットメント」と「担当者による経済的コミットメント」に分割し、共感や一体感に関わる「感情的コミットメント」とともに中心的媒介変数として関係継続や他者推奨意向を結果要素とする共分散構造分析を実施した。アンケート対象は首都圏の個人営業顧客309名である。
 その結果、「制度環境的コミットメント」が結果要素に与える影響は相対的に小さく、人的サービス施策が重要であることが明らかになった。人件費圧縮を図り、人手を掛けないサービスに傾斜しようとする業界への警鐘とも言える。

優秀論文としての推薦理由

百貨店の外商が、百貨店の顧客のコミットメントにどのように影響するかについて実証分析を行った。著者は「計算的コミットメント」を「制度環境的コミットメント」と「担当者による経済的コミットメント」に分割し、それぞれが「関係継続意向」や「推奨意向」にどの程度影響するかについて実証した。その結果、担当者による経済的コミットメントがより、影響することを明らかにしている。実証分析のための適用モデルを決定し、さらに、仮説生成のためのデプスインタビューを行いGTAで分析した。さらに、仮説検証のためのアンケート調査を行い定量的な実証分析を行った。分析プロセスは適切であり、また、統計的な手法も適切であった。アカデミックな視点で従来のコミットメントモデルを修正できたこと、また、外商の値引きなどによって計算的コミットメントが顧客のロイヤルティを高めることが明らかになったことは百貨店のビジネスに一定の影響を与える点で評価に値する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

この論文で見習う点は、論文レビューとデプスインタビューによって仮説を生成したこと、その仮説を大規模なデータで収集し分析したこと、さらに、分析に使用した分析モデルが適切であったことである。このことによって意義のある実務的な結論が導きだされている。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

「医療機器業界においてなぜ軽微な差別化が成功するのか? 議題設定効果の導入による差別化政策の検討」(マーケティング分野) 友重 大輔

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

本研究の目的は、整形外科インプラントの医療機器業界において軽微な差別化がされた製品が、販売数量を伸ばすメカニズムを、「議題設定効果」というマス・コミュニケーション効果の理論枠組みによって説明することである。
 本研究で注目したのは、軽微な差別化がされた整形外科インプラント製品のほうが、革新的な製品よりも手術リスクは少ないため、学会発表を容易に行えることである。そして、学会というメディアにおける露出の増加は、軽微に差別化された新製品の特徴を「争点」とするため、結果として多くの医師の当該インプラント製品の選択を促すだろうと考えた。この一連のプロセスが、業界最大手メーカーの販売データを用いた分析によって検証され、支持された。
 本研究の貢献は2点ある。第1に、チャレンジャーのマーケティング戦略に対する示唆である。医療機器業界のチャレンジャーは、議題設定効果を意識したマーケティング戦略を採用することにより、新製品の販売を短期間で拡大できる可能性がある。第2に、リーダーの防御戦略についてである。チャレンジャーの新製品の導入戦略が有効に働くメカニズムが分かることで、的確な対抗戦略を行うことができる。

優秀論文としての推薦理由

本研究は、整形外科インプラント業界における「軽微な差別化がされた製品」(典型的には、インプラントの表面素材のみ変更)が、なぜ革新的製品よりも販売数量を伸ばすのかを、「議題設定効果」というマス・コミュニケーション効果の理論枠組みを導入し説明したものである。革新的な差別化より些細な差別化が販売数量を伸ばすという直感に反する現象を、適切な方法で説明し、業界企業のマーケティングへの示唆を提示したことは評価に値する。
 筆者が注目したのは、メディア媒体としての「学会発表」の役割である。学会での発表機会を多く望む医師(手術へ高関与の医師)は、軽微な差別化な製品のほうが、手術リスクは少なく、容易に学会発表を行うことができる。そのため、軽微な新製品が、高関与の医師の学会発表を増やし(:メディア露出の増加)、それが、整形外科業界の「争点」を作り出す。結果として、その争点が、多くの医師の当該インプラント製品の選択を促すのである。
 この知見を用いると、業界のチャレンジャー企業は、争点化を用いたリーダーへ対抗を適切に図ることができる。一方、リーダー企業は、軽微な差別化へ防衛策を採ることができる。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

この研究が後輩の模範となるのは、本論文が論文(B)として①典型的な研究デザインと②研究の貢献を含むためである。① 議題設定効果という既知の理論の対象を、「異なるコンテクスト」と「データ」で拡張し、理論の有用性を示していること(広義の研究の再現性)は論文として価値がある。②分析結果から、筆者が勤務する企業に限らず、業界企業への有用な実務的示唆を導出したこと(広範囲な実務的貢献)も価値が高い。この2つの観点を含んだ研究は、今後、論文(B)に取り組む学生が目標とすべき模範となるこことは間違いない。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

「プライベート・ブランド階層の中のサブブランドがストアロイヤルティに与える影響について」(マーケティング分野) 羽石 奈緒

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

本研究の目的は、小売業界において差別化に向けプライベート・ブランドの取組みを強化する中、プライベート・ブランド階層の中のどうようなサブブランドがストアロイヤルティの向上につながるかについて明らかにすることである。
 本研究で注目したのは、スタンダードPBより品質を重視したプレミアムPBと、サブブランドとして社会環境や消費者意識の変化に対応したサステナブルPBである。ホームスキャンデータを活用し購買履歴データを用いたウォレットシェア分析から、「プレミアムPB購買者はストアロイヤルティが高い」については棄却され、「サステナブルPB購買者はストアロイヤルティが高い」については支持された。
 本研究の貢献は、プライベート・ブランド商品間のカニバリゼーションを制御しながら、独自のブランドイメージを創出し、PBプログラム全体を強化するプライベート・ポートフォリオ戦略を構築するためには、サステナブルPBの必要性が示唆されたことにある。この点は小売業にとって重要な課題である「PBロイヤルティの向上及びストアロイヤルティの向上」に対して、小売業のPBによる差別化戦略の意思決定に一定の示唆を与えた。

優秀論文としての推薦理由

プライベート・ブランドの階層はどうあるべきかについて実証分析を行った。具体的には、セブンプレミアムとトップバリュをとりあげ、各ブランドのサブブランド別に、購買者の違いやストアロイヤルティに与える影響についてホームスキャンデータを用いて分析した。セブンプレミアムについてはセブンプレミアムゴールド、トップバリュについては、トップバリュとグリーンアイとの購買者のデモグラフィック特性の違いおよび食パンを取り上げ時系列に各サブブランド別に売上数量の相関をみた。その結果、購買者属性に違いがみられ、また、売上数量の相関もみられず、カニバリゼーションは起きていなかった。また、トップバリュのサブブランド別のウォレットシェアとイオンの世帯別購買金額を分析した結果、トップバリュおよびグリーンアイのウォレットシェアが世帯別購買金額に影響しており、通常のPBであるトップバリュだけでなくグリーンアイもストアロイヤルティに影響していることが明らかになり、PBのサブブランドの展開の方法の示唆をえることができた。
 ホームスキャンデータを駆使して世帯の購買行動履歴を分析したこと、仮説設定が実務に直結している点が優れている。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

この論文は、研究において仮説設定がいかに重要であるかを教えてくれている。「通常のPBではなくて、サステナブルなPBがこれからの小売業の商品戦略について重要である」という仮説設定が論文の内容を面白くしている。学生にとっては仮説設定のユニーク性が論文の面白さを決めるという点で参考になると思われる。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

[事例分析(ケーススタディ)]

「中途入社者の「組織再社会化」促進研究― 個人と企業、「雇用の流動化」時代を見据えて ―」(人的資源管理分野) 庄司 明弘

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

学位授与会場での研究科長との記念撮影(本人左)

論文要旨

本研究の目的は、中途入社者が転職先企業へ早期に適応する要因を明らかにすることである。
 具体的には、離職から転職にいたる一連の過程のうち、中途入社者が新たに参入した組織(転職先企業)に適応する組織社会化のプロセスに着目した。新規学卒者の組織社会化に対し、「すでに、別の組織で仕事を行った経験のある中途入社者をいかに社会化するか」を扱う組織再社会化の特徴の一つは、これまで培ってきた業務のやり方や経験を「学習棄却(unlearn)する必要があるという点にある。
 本研究の貢献は、定量調査(質問紙によるアンケート調査)と定性調査(インタビュー調査)の結果から、学習棄却をしてよい知識・スキル・経験と、してはならないそれとがあることを示した点にある。職務遂行上のコアとなる知識・スキル・経験は、新しい職場での職務課題の達成と、周囲の評価の獲得にむすびつき、(早期の)組織適応を容易にする一方で、「ルーティン」「風土」「組織の文化」などの知識・経験・信念は、むしろ学習棄却することで、新しい組織への適応を容易にする。
 今後一層中途採用・中途入社が拡大するとの予測に立てば、この貢献の重要性は、ますます高まるものと考える。

優秀論文としての推薦理由

長期安定雇用が揺らぎ、個人が自らの責任でキャリアを構築していく時代にあって、筆者の問題関心は、組織の境界を超えながらキャリアを築くことの意味を、長期的趨勢の中に位置づけることと、そのようなキャリア構築を図る個人が、自らの能力を発揮し続けていくために見失うべきでない要素を明らかにすることにある。
 研究は、①先行研究レビューによって雇用を巡る企業と個人の関係性の変遷を理解して分析の視座を得ること、②一定の要件を満たす転職経験者をケースとして取り上げての量的・質的調査の実施、③転職後の組織への適応(組織再社会化)を円滑に進める要因の分析、から構成される。筆者の学術的関心の高さと幅広さ、定量・定性調査の併用(ミックス・メソッド)による手堅い分析、その視座の確かさが示されている。
 課題研究(事例分析)の要件を十分に満たすのみならず、学術的な新たな知見の獲得や、企業および個人に向けた実務面での提言を実施するなど、多くの意義をもたらした研究であることから、優秀論文として推薦する。

CBSの成果として後輩の模範となる部分

転職により、自律的にキャリア形成を行うことを選んだ分析対象者に対し、組織再社会化という概念を基準として、転職先への適応度とその要因を客観的に分析・記述した点が、今後の参考となる。

ページトップに戻る
 前ページに戻る

戦略経営研究科 鈴木敏文賞

 戦略経営研究科の設立にご尽力いただいた鈴木敏文氏の篤志を尊重し、本研究科修了生の中のうち成績最優秀者を表彰する鈴木敏文賞を設定し、院生の学修に対する志気の高揚をはかることを目的として、総代として選出された方に鈴木敏文賞を授与しております。

戦略経営研究科 南甲倶楽部賞

 戦略経営研究科の運営に対し多大な支援体制をとる南甲倶楽部の篤志に基づき、南甲倶楽部賞を設定し、本研究科修了生の中から成績優秀者を表彰することにより、院生の学修に対する志気の高揚をはかり、本研究科の更なる発展を促すことを目的として、成績優秀者として選出された方に南甲倶楽部賞を授与しております。

  総代、鈴木敏文賞
4月入学生、9月入学生:各1名選出
南甲倶楽部賞
4月入学生  3名選出
9月入学生  1名選出
2024年3月修了生 飯塚 洋平 清水 雅友
渡邊 将介
大山 翔平
2023年9月修了生 小野 祥太郎 服部 真由子
2023年3月修了生 小石 祐太朗 大嶋 健一
玉置 翔平
吉田 桂公
2022年9月修了生 本瀬 丈士 佐々田 賢一
2022年3月修了生 國田 圭作 大橋 久美子
佐藤 正彦
山坂 麻優香
2021年9月修了生 真野 謙一 塚本 綾乃
2021年3月修了生 由井 瑞穂 鈴木 智之
古川 兼嗣
前田 洋
2020年9月修了生 中島 悠太 藤曲 亜樹子
2020年3月修了生 大森 道生 藤平 雅之
山口 恭子
鈴木 一正