日本比較法研究所

2016年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:EU一般データ保護規則

1.EUは2016年4月にEU一般データ保護規則を制定し、これは2018年5月から施行される予定である。

2.インターネットの登場と情報技術の進展は情報環境を激変させた。プロファイリング技術は、学術目的にも、経済目的にも、そして治安目的にも利用できる。しかし、個人情報保護の原理原則はインターネット登場以前から変化がない。

3.個人情報保護法は技術の進展に対応していないし、多くの欠点が見えるものとなってきた。

4.1995年のEUデータ保護指令から25年の時を経て、EUデータ保護規則が、欠陥を補うべく制定された。これがすべてのEU諸国で直接適用されるというのは画期的なことである。

5.EU規則とEU指令で変わったところは多いが、アメリカを意識した域外適用はその核となるものである。

6.EU規則となったことで、ドイツの連邦憲法裁判所の基本権解釈との関係も問題になる。

7.過料の上限(2000万ユーロか全世界での売上高の4%のいずれか高い方)をはじめとした制裁の強化は、アメリカの情報産業を念頭に置いたものである。

8.すべての欠点が新法で改められたわけではないが、EUのような複雑な組織ではそれは難しかった。

テーマ:2016年11月のアメリカ合衆国選挙が行政法に与えうるインパクト

 今回の講演は、今年11月に予定されているアメリカ合衆国大統領選挙が、アメリカ行政法にどのようなインパクトを与えうるかをテーマとしたものである。アメリカ合衆国連邦行政においては、"rule making"(規則制定)と呼ばれる手法が標準的に用いられているが、その基本枠組みを規定しているのは、行政手続法(Administrative Procedure Act)である。この規則制定手続は極めて簡素なものであるが、これ以外に個別法に基づく追加的手続が定められているために、手続や制度の総体は、極めて複雑なものとなっている。
 そこで、これまでも、手続・制度改革が提案されてきており、それがアメリカ行政法のダイナミズムを生み出してきてもいるのであるが、他方では、改革の方向性自体をめぐって、コスト・ベネフィット分析の強化か緩和か、大統領による行政統括機能の強化か緩和か、議会による統制の強化か緩和か、等々をめぐって対立があり、アメリカ行政法全体像把握を難しくしているともいえるのである。
 本報告は、こうしたことを前提として、大きく3つの部分から構成されている。第1部では、今回の大統領選挙について、選挙制度の紹介と、共和党トランプ候補と民主党クリントン候補の考え方が整理された。第2部では、rule makingの手続・制度についての紹介とこれまでの改革(大統領命令や法律案を含む)が示された。そして最後に第3部では、トランプ候補が当選した場合には、連邦規制権限の緩和という方向でのrule making改革、クリントン候補が当選した場合には、その逆の方向での改革が支持されることになろうとのまとめが示された。具体的には現在提案されている、大統領のrule making規制権限下に独立規制委員会を加えるという案について、クリントン候補は賛成するであろうが、トランプ候補は、そもそも独立規制委員会の規制権限自体の縮小を指向することになろうとの方向性が提示されたところである。
 以上のように、アメリカ大統領選挙が個別具体的な政策選択にどのように結合しているか、という興味深い視点からまとめられた報告であり、フロアからも、個別分野の規制行政のあり方を含めて質問があり、活発な議論がなされた。
 本講演は、その講演内容に現実政治との結合・予測が含まれるために(とりわけ第3部)、講演録そのものを表することには困難が伴う。より詳細な報告については、講演者との協議により、適切な時期に別途公表することを期したい。

テーマ:憲法学者の視点からみたパリテ―平等原則の実施なのか、破壊なのか―

 フランス第五共和制憲法1条2項には共和国の基本原理の1つとして、いわゆるパリテ条項、「男女の平等なアクセスの促進」についての規定がある。これは2008年7月の憲法改正によって、以前の規定である「選挙によって選出される議員職と公職」に、「職業的及び社会的要職」が加わり、これらに対して、男女の平等なアクセスが促進されることとなった。
 「パリテ=同数parité」ということばは、1990年代半ばまで、とくにフランスの法律用語において、職業上の機関における使用者と労働者各々を代表する態様をさすために用いられていた。しかし1990年代末には、このことばはまったく異なる意味をもつようになった。それは、政治的機関、より広範には公的決定の場における男女同数の存在を要求するためにフェミニズム運動によって促進される象徴的なことばとなったからである。実際のところフランスは、政治的、行政的、または職業上の決定機関の中における女性の存在が長年にわたりとても少なかった西洋民主主義国家の一つであった。政治生活において、ついで職業上の機関の中にパリテを導入することを目的とする最近の諸措置によって、いくつかの成果がもたらされてはいるが、少なくとも量的に、決定機関と権力の場における女性に対する配慮を実質的に前進させる困難は依然として残っている。
 したがって、パリテは、決定機関における男女同数の存在の要請と定義することができる。フランスにおいてパリテと漸進的にそれに到達する手段は、一方では普遍主義と平等原則の専ら形式的な考え方、他方ではクオータ(割当制)の要求のような積極的差別是正措置(アファーマティヴ・アクション)と呼ばれる措置を正当化する差異主義の考え方の、それぞれの要求の妥協の一表現として分析することができる。
 しかしながらフランスにおいて、この差異主義的な立場は、その形式においてきわめて周縁的に留まっている。まさにこの理由ゆえに、大多数のフェミニスト、より広汎には決定機関と権力の場における女性の存在を確保するためには単なる形式的平等だけでは不十分であると考えていた者たちすべてが直ちに「パリテ」という柔軟かつ新しい概念に惹かれたのである。
 採用された諸措置の形式、範囲と現在の結果を検討するが、その前に、より個別的に憲法レベルでの影響を詳述することによって根本的な議論を想起することとする。フランスは、多くの人が普遍主義と法の前の諸個人の無差別化に愛着をもつ国であるが、どのようにして、とくに女性を促進する改革に着手しえたのだろうか、この点を考察する。

テーマ:大陸法系の変遷について

 法系論は、日本の学者である穂積陳重(ほづみ のぶしげ)(1855―1926)により最初に提唱された理論である。1881年、穂積陳重はイギリス・ドイツ留学から帰国後、東京帝国大学法学部の教授を務めた。彼は法理学(Jurisprudence)という講座を開設するとともに、世界の法秩序を「五つの法族」にわける学説を提唱した。そのうちのローマ法族が、「大陸法系」である。その後の130余年の発展の中で、中華法系、インド法系が相次いで消滅したのに対して、大陸法系は今日なお日々発展し続けている。
 この講義では、大陸法系の概念、発展と歴史、大陸法系の基本的特色、第二次世界大戦以来大陸法系の新しい動きなどの面から、大陸法系の変遷を論じ、その発展の法則を検討しようとする。
 この講義の具体的な内容項目は次の通りである。Ⅰ 大陸法系の歴史的淵源にまずふれたうえで、Ⅱ 大陸法系の以下の6つの特徴が挙げられた。すなわち、1、完備な六法体系 2、公法と私法との区分 3、各法律分野の法典化 4、法律解釈と法典注釈学 5、大学から発展してきた法学教育 6、教授型の法律家グループ。ついで、Ⅲ 第二次世界大戦後大陸法系の6つの発展、すなわち1、英米法系からの成果の吸収 2、判例の役割の重視 3、裁判官の役割の展開 4、法典化のもとでの立法の方式の多様化 5、新しい法律分野の増加と大陸法系の体系の健全化 6、EU法・WTO法からの影響がそれぞれ指摘された。最後の「結び」の中で、大陸法系の変遷の法則(法典化の伝統、他の法系からの内容、形式および研究成果の吸収、法律専門家の存在)が抽出された。
 以上の講義を400人近くの法学部の学生が聞き、視野を広げるうえで、多大な教育効果があった。なお、3名の受講生から「中国における中華法系から大陸法系への移行」や「第2次世界大戦後の英米法系と大陸法系の接近」などといった質問が出され、何教授から明確な回答がなされた。

テーマ:法学観念の本土化考―新中国60余年の立憲史の視角から―

 この講義では、法の移植および法の本土化(中国法の近代化・現代化)の基本的な経路と客観的事実の説明が中心であった。
  中国の近現代法は、観念から制度・原則ないし述語までほとんどすべてが西洋から(大半は日本を通じて)中国に移入され、かつ一歩一歩「本土化」されたものである。
  この講義では、新中国60余年立憲史の視角から、近代に移植された西洋の法学観念の新中国における本土化の苦難の歴史過程、およびこの歴史過程に反映された新中国の巨大な変遷について、詳細で精緻な分析と論述をおこなった。
  この講義の概要は以下の通りである。
  一  はじめに 二 法治 三 私有財産の神聖不可侵 四 司法の独立 五 むすび :
  タイムスケジュールは下記の通りであった。13時00分から14時30分まで、何教授の講義を実施した。14時40分から15時00分まで、段匡(上海)復旦大学法学院教授(民法)のコメントがなされた。15時00分から16時10分まで参加者による質疑応答を実施した。
  今回の講演により、いわゆる「私有財産の神聖不可侵」にかかわり、中国の土地問題の複雑性・重要性があきらかになり、この点に関し多大な教育・研究効果をえることができた。
  なお、土地制度の国際比較の共通観点を建てることの必要性が参加者により指摘された。今後、段教授との学術交流も視野に入れていきたい。

テーマ:フランス少年法の独自性

 フランス少年法は常に進化している。少年手続は法律ではなく,1945年2月2日のオルドナンス(政令,以下オルドナンスという)に定められてきたが,そのオルドナンスは40回を超えて改正され,今日,立法府はこれを法律として定めることを検討している。
 この間の法改正の方針は必ずしも明らかではなく,そのためオルドナンスの理念が見失われてきたようにも思われる。少年法制は,近年,とりわけ手続法について刑事手続への傾斜,いわゆる厳罰化の傾向がみられるが,他方で,少年法の独自性,すなわち保護・教育の理念が憲法原則として認知され,少年法が成人に適用される刑罰法規とは一線を画す法制でなければならないこともまた再認識されることにもなってきた。こうしたことから,少年法制の全面的な改革を目的としたVarinard委員会が設けられ,その提案のいくつかは2011年8月11日法で採り入れられたところであるが,その先には少年法の制定がある。
 長年の改正で複雑になった少年法制ではあるが,2002年8月29日の憲法院判断は,その原理・原則を抽出して,これに憲法原則としての価値を認めた。その一つは,少年の刑事責任はその年齢故に成人に比して減軽される,ということであり,もう一つは,少年が犯した非行や罪に対しては,少年事件専門の裁判所ないしは通常裁判所が,年齢や性格に応じ,教育および徳院を旨とした適切な教育的処分をとる,ということである。
 世界的にも確認されている実体法における保護教育の理念はフランス憲法上も確認されているが,手続法においては,少年法の特徴が失われつつあり,その意味で少年手続の特徴は,今日,半ば薄れつつある。冒頭述べたように,1945年のオルドナンスは改正を重ねて複雑になっており,抜本的な改正がこれまでになく必要とされている。少年法の存在意義,少年の犯す罪への社会の対応のあり方自体が問われている。今こそ,少年法の制定によって,少年法制の理念がゆるぎなく確立されることが望まれる。

テーマ:中国の特色ある社会主義法治の道について

講義内容
Ⅰ 中国の特色ある社会主義法治の道における「特色」
Ⅱ 西洋法治文明の精髄の全面的な吸収
Ⅲ 古代中国本土の法治文化の整理と継承
Ⅳ 中国近代以来の170余年の外国法律文化の成果の継承と発展
Ⅴ 現代中国の社会発展状況に対する反応
Ⅵ トップダウン設計と「上」から「下」までの推進
むすびに 中国の法治建設の巨大な成績 中国の法治建設の今後の課題 

タイムスケジュールは下記の通りであった。
14時00分から15時30分まで 講演
15時40分から15時55分   発言(魏琼華東政法大学法律学院教授・行政法) 「中国の憲政」
15時50分から17時45分まで 討論
 中国憲法や中国憲政史、そして法哲学や行政法の専門家などから「民国時代の法治派」の評価や新儒家、そして「法治」の問題をめぐり、貴重な意見が多数出され、研究上の成果は多大であった。とくに、「法治と徳治」の問題について、フロアーから傾聴に値する疑義がだされた点は特筆に値する。
 なお、2014年の党の「決定」では、「法により国を治めることと徳でもって国を治めることをあい結合させることを堅持する」とあって、以下の広範な内容に言及がなされている。つまり、「国家と社会のガバナンスは、法律と道徳が共同で役割を発揮する必要があ」り、「一方の手で法治をつかみ、一方の手で徳治をつかむことをかならず堅持しなければなら」ず、「「社会主義的核心価値観」、「中華の伝統の美徳」、「社会の公衆道徳」、「職業道徳」、「家庭の美徳」、「個人の品徳」をおおいに発揚し、「法律の規範的役割の発揮を重視するとともに、道徳の教化的役割の発揮もまた重視し、法治でもって道徳理念を体現させ、道徳建設に対する法律の促進作用を強化し、道徳でもって法治精神を滋養し、法治文化に対する道徳の支える役割を強化し、法律および道徳があい助け合いつつ互いに成り立ち、法治と徳治が持ちつ持たれつで、ますます結果がよくなることを実現する」と述べている。

テーマ:サイバー犯罪の展開 2006-2016

 講演では、コンピュータ犯罪の定義、基本類型、歴史、動機、犯行の機会、被害状況、防止技術、法的規制の在り方、新たな犯行態様、近時の傾向等、多岐にわたる論点について、パワーポイントを用いながら詳しく解説がされた。とりわけ、近時の傾向については、手口の巧妙化、利潤獲得を動機とする犯行の増加、一時的な組織の形成など組織の多様化、国家あるいは国家がスポンサーとなっていると疑われる犯行の出現などについての紹介、分析が行われ、非常に興味深かった。講演時間は約80分。講演後、質疑応答に移った。サイバー犯罪の摘発、処罰における管轄の問題、捜査共助、司法共助の問題、テロとサイバー犯罪の関係などさまざまな質問が出され、それぞれについて、講演者のグラボスキー教授は丁寧に回答していた。時間は約50分に渡り、予定した時間を超過した。

テーマ:共犯の種類および処罰に関する中日比較法的研究

 共同犯罪(犯罪関与)は一般的に刑法典によって規定されており、中国と日本の刑法典における共犯規定には相違があるところ、中国刑法は共犯を主犯、従犯、教唆犯と組織犯に分類しており、実行犯、幇助犯と正犯は単なる理論の用語にすぎず、法的類型ではない。これに対して、日本刑法には共同正犯、教唆犯と従犯(幇助犯)が定められ、さらに実務及び刑法理論は共謀共同正犯概念を認めている。本講演においては、広義の共犯を比較研究の対象とし、中国と日本とのそれぞれにおける刑法典上の規定を対比しつつ、刑法理論における共犯の類型、各共犯者の内実、相互関係、機能(共同犯罪の成立ならびにその処罰に対する影響)について、比較法的な検証がなされたものである。

テーマ:弁護士の守秘義務と秘匿特権

 ドイツおよびEUないしはEU諸国における守秘義務ないしは秘匿特権の現状と、昨今における社会状況と技術革新のもとで、守秘義務・秘匿特権が直面している諸問題について詳細な報告がなされ、これを受けて活発な議論が展開された。

テーマ:ヨーロッパにおける労働者の社会的基本権の保障

 講演においては、まず、ヨーロッパ労働法における基本権の法源とその内容及びその他の特徴について、概括的な説明がなされた。そこでは、一方の法源である超国家的な組織の法としてのEU法(第一次法、第二次法)と他方の法源である国際法としてのILO条約、欧州人権条約(EMRK)及び欧州社会憲章(ESC)との対比をとりわけ強調しながら、説明がなされた。そして、第一に、EU法上の「原則」と国内法上の「基本権」との相克の問題が取り上げられた。具体的には、利益紛争における(ストライキを含めた)団体行動権の保障等について定めたEU基本権憲章28条と「労働者の自由移動」との関係をめぐる議論について、欧州司法裁判所(EuGH)の裁判例であるViking及びLaval事件やドイツ国内における立法提案である社会的進歩条項などを例に挙げながら、説明がなされた。第二に、EU法と各国際労働法との間に存する内容的・手続的な齟齬から生じる諸問題について、とりわけ「EU法の番人」たる欧州司法裁判所と「欧州人権条約の番人」たる欧州人権裁判所(EGMR)との手続的相違、欧州人権条約へのEUの参加などを例に挙げながら、説明がなされた。
 質疑応答においては、欧州人権条約や欧州社会憲章における具体的な保障内容、欧州司法裁判所及び欧州人権裁判所の原告適格者の範囲、これらEU法や国際法のレベルにおける議論の展開がドイツ国内法へ及ぼす影響などを中心に、議論がなされた。

テーマ:オーストラリアは死刑を廃止したのか?死刑に対する法的アプローチ(オーストラリアにおけるポリシーイング)

 原題は英語で次の通りである。
 "has australia really abolished the death penalty?-legal approaches to capital punishment+policing in Australia"
  講演の要旨は次の通り。

1.オーストラリアの刑法は、英国の植民地時代には、各州において多数の死刑が執行されてきた。死刑に関する刑法の規定は、各州によって異なる。第2次世界大戦後にはヨーロッパ諸国における死刑廃止の動きなどを背景として、オーストラリアにおいても死刑の在り方を見直す動きが起こった。

2.メルボルンが所在するヴィクトリア州では、1967年に最後の死刑が執行されて以来、死刑廃止の動きが強まった。1970年代から80年代にかけて諸州の法により漸次法定刑としての死刑が廃止され、最終的に1985年にはオーストラリア全土において死刑が廃止された。

3.現在オーストラリアは、完全な死刑廃止国であり、最高刑は終身刑である。しかし近年では新たな問題も生じている。すなわち、自国民が外国において麻薬犯罪等により逮捕、起訴されたケースにおいて、オーストラリアの捜査当局が国際司法共助の一環として、証拠物件等を当該外国の捜査機関に提供するケースが増えており、こうした国際司法共助が行われた件数は、2011年から2015年までの5年間で1800件にのぼる。問題は、その結果、死刑判決を言い渡されるケースもあるという点である。たとえば、インドネシアのバリ島で逮捕された9人の被告人の事件(バリ・ナイン事件)のようにオーストラリア国民が国外において死刑を宣告されまたは執行されるケースが起きている点である。ラッシュ教授は、こうしたオーストラリアの捜査当局の対応は、死刑を廃止したはずのオーストラリアの立場と矛盾しないかどうかという問題点を提起したものである。

4.以上のような講演により、ラッシュ教授は、国際司法共助という方法が死刑判決に結びついている現実の問題点を分かり易く指摘するとともに、死刑制度の在り方に関して生命権という普遍的な観点から問題点を提起している。

5.以上のように、本講演は、法学部学生及び教員に対して新たな知見を提供するものであり、大変有意義であった。

テーマ:ドイツにおける請負契約の濫用と改革の必要性

 「ドイツにおける請負契約の濫用」というテーマの下で、本講演では、「偽装自営業者」ないしは「偽装請負」といったような、労働法の潜脱を目的とする法形式の濫用について、ドイツの司法・立法がどのように対応してきたのか、また今後どのように対応しようとしているのかを説明していただいた。特に、労働者派遣法や民法典の改正(労働契約の定義に関する新規定の導入)など、近時の立法動向を詳細に説明するとともに、それらを批判的に評価し、あるべき立法の方向性を示した点に、本講演の最大の意義があるといえよう。
 「請負契約の濫用」は、ドイツのみならず、今日の日本の労働法においても盛んに論じられる問題であり、講演後の質疑応答では、熱のこもった議論が展開された。質疑では、例えば、①そもそも、ドイツの世論は法改正を必要としているのか、また、②果たして、偽装自営業者への法規制を労働法の枠内で検討する必要はあるのか、むしろ、請負契約や委任契約上の法理に基づき、適切な保護をもたらすことも可能ではないか、といったような核心をつくような質問が提起された。

テーマ:EU環境法・エネルギー法・気候変動法における最近の展開

 EU法の仕組みとEU環境法に関する最近の話題について講演した。

テーマ:グローバル/トランスナショナル環境法に関する国際セミナー

 Kurt Deketelaere(ルーヴェン大学教授)「気候訴訟:気候変動事案における司法へのアクセス」
 Amnat Wongbandit(タマサート大学教授)「アセアン諸国における環境影響評価法のビジネスに対する態度と影響」
 Deketelaere教授からヨーロッパにおける気候変動訴訟について、Wongbandit教授から東南アジアにおける環境影響評価の制度と運用について報告をいただいた。その後、裁判所の役割、EU法、比較法の観点から見た裁判所の判決相互間、各国の法制度相互間の影響などについて議論した。

テーマ:シャリーア監督委員会とシャリーア適合性―ヨーロッパのコーポレート・ガヴァナンスからの検討―

 本講義では、国家法上認められている「普通の銀行」と利得禁止等の特徴を有するイスラーム金融制度の下で認められている「イスラーム銀行」との二元体制を認めるヨーロッパにおいて、イスラーム法に適合するか否かの決定権限を有する「シャリーア監督委員会の活動」と、国家法上認められる「コーポレート・ガバナンス」との整合性が取り上げられた。要点は以下の通り。

(1)イスラーム金融は任意的なものである。

(2)イスラーム金融は、宗教法の実践と同義語ではない。イスラーム金融に関わる契約はイスラーム法の見地から作成されるが、当該契約は同時に世俗の国家法によっても規律され、当該金融商品は宗教上の諸原理と合致することを求められる。シャリーア監督委員会は、一方の、宗教法と、他方の、宗教上の諸原理に服そうとする投資者との間を結び付ける「変形用水路」として機能している。

(3)両者を接合するという目的は、シャリーア監督委員会による承認を経て達成されている。この点がシャリーア監督委員会の最も重要な職務であるが、それにとどまらず、シャリーア監督委員会は監督および助言という職務も担っている。

(4)シャリーア監督委員会は、コーポレート・ガバナンスについてのヨーロッパ的理解の中でも受け入れることができる。イスラーム金融機関の経営は独立性を保たなければならないという点がその理由となる。形式的拘束力を有するシャリーア監督委員会の判断 ーたとえば、イスラーム金融機関のための会計・監査機関が、そのコーポレート・ガバナンス原則の中で求めているようなもの―は、ヨーロッパのコーポレート・ガバナンスとは一致しない。取締役会や業務執行委員会だけが当該金融機関について最終的な責任を負う。他方で、シャリーア監督委員会の経営部門からの独立性については、ヨーロッパのコーポレート・ガバナンスからみても、問題はない。

(5)ひとつのシャリーア監督委員会に求められる依頼の件数には上限が設けられるべきである。しかし、特に、個々のシャリーア監督委員会が経営に対する助言者として稼働している場合、審査の要点は、特定の数値を示すことにはなく、利益相反を避けることにある。

(6)望ましいのは、助言という職務が会社内シャリーア適合性審査部によって最もよく履行されることである。経営部門が当該金融機関について唯一の責任を担い続け、かつ、会社内シャリーア適合性審査部の長が直接にシャリーア監督委員会に報告を行っていない限り、会社内シャリーア適合性審査部を世俗の適合性審査部と統合することができる。

(7)シャリーアの解釈が統一されていない以上、金融商品のシャリーア適合性の有無に関する判断は分裂する可能性がある(いわゆる「シャリーア適合性リスク」)。投資者または銀行・発行者がすべての不適合リスクをみずから負うことを求めているという擬制は、適切ではない。

(8)目論見書責任の採用は、シャリーア諸原理の明白な違反という極端な事案に限定されている。補償条項や責任回避条項を受け入れることができるのは、シャリーア監督委員会による適合性判定結果が、一般に受け入れられているイスラーム法の枠内で適切な解釈となっている場合のみである。

テーマ:なぜイギリス法はヨーロッパの他国と違うのか

 11月9日に、多摩キャンパス8号館で、主として、本学学部生を対象として講演を実施した。タイトルは、「なぜイギリス法はヨーロッパの他国と違うのかWhy are the English different from everyone else」である。イギリスの法律家であり、かつローマ法学者の立場から、イギリスが他の国のようにローマ法の継受をなぜしなかったかについて、全体を俯瞰しつつ、かつ本質を捉える形で、学生向けにわかりやすい講義が展開された。講義は完全に英語で実施したにもかかわらず、本学の学生に十分理解できるものである一方、幅広い視野から展開される議論は専門家にとっても有意義なものであった。

テーマ:上場廃止基準のコーポレート・ガバナンスへの位置づけ

(1)発行する株式を、発行者である株式会社が、あらゆる規制市場における取引対象から外してしまうことがある(取引登録の取消申請だが、さしあたり任意的上場廃止という)。このような場面で当該株式会社の株主をいかに保護すべきか。コーポレート・ガバナンスの観点からは、現行法の批判的検討と、もうひとつ、制定法でなく上場基準というソフトローに拠るべきかの検討が必要だ。

(2)ドイツでは、1998年以来、国内取引所上場基準間の競争、厳格な判例法、再びの基準間競争を経て、株主総会決議を要求しない株主保護を定める現行制定法が成立している。

(3)着実な実証研究によると、待機期間とよばれる上場廃止の発表から実施までの期間中株主の被る財産的損失は平均して株価の5~10%だった。

(4)任意的上場廃止の要件は、基準間競争に委ねるのではなく制定法で定めるべきだ、と立法者は正しく決断した。そして、任意的上場廃止を認めていることで発行者の利益は考慮されている以上、要件は投資家の保護に配慮すべきだと決断した。

(5)2015年11月以降、すべての規制市場からの任意的上場廃止は金銭を対価とする公開買付を行わない限り認められない。自由取引を継続することでこの規制を回避することはできない。取得金額は、廃止の発表に先立つ六月の株価の加重平均額を原則とする。総会決議は不要である。

(6)任意的上場廃止は、総会決議を必要とする会社の基礎的変更とまでは言えない。

(7)廃止それ自体が、スクウィーズアウトに匹敵する強圧性を伴うとまでは言えない。

(8)非公開会社への変更により、大株主の影響力は高まるのが通常だが、廃止によっても支配の変更は生じず、組織変更にも比肩し得ない。

(9)大株主が上場廃止を求めていることも多く、また、濫用的株主の介入する余地をなくすことからも、株主総会決議を要件としない方がいい。

(10)2002年までのドイツでは、取引所の定める上場基準の競争が成立し得たが、投資家保護の緩和競争が起きただけだった。投資家は、任意的上場廃止の要件が厳しいかどうかで取引所を選ぶことはない。制定法によるとの選択は正しい。

テーマ:金融機関のコーポレート・ガバナンス

(1)EUの金融危機への対応として、金融機関とその他一般事業会社を区別し、リスクの大きさをはじめとする前者の特殊性から、優先的に規制を加えている。

(2)なかでも監査役会への規制強化が、第四次資本要求指令に含まれ、ドイツ信用制度法の大幅改正に結びついた。

(3)あらゆる株式会社は、会社の存続可能性に対する脅威を早期に発見する手段を設けなければならず、ドイツ・コーポレート・ガバナンス・コード(GCGC)においては、適切なリスクマネジメントは個々の会社の事情に応じて異なるとしている(会社法)。しかし、信用制度法は金融機関にリスクマネジメントを担う適切な組織の設置を強制し、行政がGCGCよりも強力なガイドラインを定めるなど、規制を強化している(金融規制法)。

(4)こうした金融規制法の定めるコーポレート・ガバナンスは、他の一般事業会社に波及効果を及ぼすだろうか。その答えは否である。

(5)会社法では、コンプライアンス担当部署の設置は、取締役の法令遵守義務の問題であり、リスクが具体化している場面で問われる。設置が義務の内容となることもあり得るが、取締役会に直属の組織として設けられる。

(6)これが金融機関についてはどうあるべきかという問いになると、烈しい議論があるが、私見ではCCOは取締役会に属する普通の従業員という以外にない。

(7)コンプライアンス担当部署と監査役会の関係が問題となるが、具体的にはたとえば、監査役会が取締役会の諒承を得ずに従業員を調査できるかどうかという問題がある。

(8)これが金融機関の監査役会となると、信用制度法は、監査役会構成員の専門家集団化を要求するだけでなく、委員会の設置を強制している。後者は、二層制が単層制にちかづくような効果を及ぼしている。

(9)金融機関に向けられた規制法の規定を会社法一般に用いることが一般的に認められるものではない。本当に有意義か、慎重に検討する必要がある。規制法の定める特則の中には、いわば「先導役」となるものがあるのは確かだ。

テーマ:引用法からユスティニアヌスによるDigestaの編纂まで

 11月18日、市ヶ谷田町キャンパスにて、スタッフセミナーを開催した。テーマは、「引用法からユスティニアヌスによるDigestaの編纂まで」というものである。Pugsley教授は、6世紀におこなわれたいわゆるローマ法大全の編纂過程の専門家であり、これまで多数の独創的な論稿を発表してきている。今回の講演では、同教授のこれまでの研究をふまえたうえで、ローマ法大全の中のとりわけ「学説彙纂」の編纂過程について従来の支配的見解とは異なる新たな見方を提示した。

テーマ:持続可能な発展のための宇宙的関連:最大エントロピーと持続可能性

 2015年、国連から公表された「持続可能な発展の目標」の17について解説し、2000年の新世紀開発目標の8つとの比較を通じて、拡大の背景に、より深刻な「地球の危機」があることを強調された。そこで、法律家が、地球の危機に対応するには、普段の活動を通じて社会と連帯することが重要であると指摘し、参加者にもそのような視点を持つことを要請していた。参加者との質疑応答においては、目標の具体化が難しいことや、世界的に保護主義が強まれば、そのような連帯の実現はますます困難になるのではないか、との質問があり、活発な意見交換がなされた。地球の危機が実際に日常の法律学修にどのように関係するか、比較法研究の成果がこのようなグローバルな目標の実現に結びついていることが理解された。

テーマ:法テラス制度について―韓国と日本の比較検討―

 日本の法テラス制度と韓国の様々法律扶助制度の比較を中心テーマに、講演が行われた。それぞれの制度の内容についての的確な説明の後、日本の法テラス制度の特徴として、組織構成の点で、法務省、検察庁から独立性が保たれていること、被疑者、被告人の国選弁護の他、性犯罪被害者のための国選弁護も担当するなど担当領域が広く、法律扶助をワンストップで行える点などが指摘された。こうした点は、韓国の法律扶助制度には欠けているようで、これらを韓国の制度の改善に活かしたいとして、講演は締めくくられた。自国の制度の長所はなかなか見えにくいものであるが、類似の制度を持つ韓国との比較により、こうした長所が鮮明になったように感じられた。フロアからは、韓国の法律扶助制度の具体的運用に関する質問や、国選弁護人の役割等について質問が出て、日本と韓国両制度の相互理解が深められたように思われる。

テーマ:受刑者の社会への再統合の仕組みと思想

 講演の本題に入る前に、フランスにおける行刑制度と刑務所施設に関するやや詳しめの説明が行われた後、行刑制度の目的が、「刑事的決定と判決の執行、公共安全の維持(Exécution des décisions et des sentences pénales et maintein de la sécurité publique)」、「出所後の社会復帰(Réinsertion post-carcérale)」にあるとまとめられた。その後、以下の項目で講演がなされた。
1)「社会に組み込まれた」刑務所と「社会から疎外されている」刑務所(Prison≪inclusion≫et prison≪exclusion≫)
2)社会復帰政策の生成とその内容(Genése et consistance de la politique de réinsertion)
3)社会復帰へ向けた行刑措置(Les dispositifs pénitentiaires de réinsertion)
 特に、アモーの改革(1945)から2009年行刑法までの改革が概観され、フランスの行刑思想が「出所後の社会復帰」を重視するようになってきていることが示された。加えて、そうした思想の変換を受けて形成された出所後の社会復帰に関する現在の枠組みが詳しく説明された。講演の結論として、受刑者の人格の尊厳を尊重し、強化された市民道徳の方向に向かうことが必要であること、刑務所拘禁に割り振られた役割を明確化することが必要であることが強調された。
 法務省の矯正局長をはじめ行刑実務家が多数出席しており、実務的な観点から多数の質問がなされた(10以上の質問)。特に、受刑者の更生のためにフランスでは非営利社団が活発な活動をしていることが紹介されて、更生活動における公私共同の在り方についての研究の必要性を示唆していた。受刑者の職業研修の在り方、元受刑者を受け容れる企業との交渉など実務的な論点についても比較研究の必要性が示唆されていた。フランスの行刑思想が「出所後の社会復帰」を重視するようになった理論的、社会的背景の検討も必要となるものと思われた。

テーマ:島と国際法

 近年、島の帰属をめぐって国家間の紛争が発生している。とくに、東アジア、東南アジアにおいては、島の帰属が深刻な国家間の紛争又は主張の対立を招いており、島をめぐる国際法の位置付けを確認しておくことは、紛争の予防及び解決にも有益であるとする。
 まず教授は、国際法、とくに国際海洋法との関係において島(島嶼)とは、どのような位置付けが確認されるであろうかを確認する。島にも大小だけでなく、群島国家のような形状を有するものや人工島など各種のものが見られる。
 国連海洋法条約の121条にあるように島とは、「自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるもの」をいうのであり、「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」との定義から出発する。この定義から言えば、環礁や人工島は、島の定義から外され、200海里排他的経済水域(EEZ)を設定することはできないのである。
 南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)、西沙諸島(パラセル諸島)及び付近の公海に対する中国による一方的な主権の主張・行使に対してフィリピンが常設国際仲裁裁判所に申し立てた事件では、同裁判所は、2016年7月12日の仲裁判決では、海洋法条約の島との定義を適用すれば、南シナ海で帰属が争われている「島」は、海洋法条約上の島には該当せず、したがってEEZの主張も根拠を認めなかった。中国側の主張する九段線の範囲内を中国の歴史的権限に基づく領有権の主張を斥けた。
 以上のような諸点を確認した後に、この判決が今後の国際法の形成や南シナ海をめぐる国家間の主張の紛争を解決するための基準とするにはどのような実質的な取組が必要であるかを論じて締めくくった。
 以上の講演の後、参加者との間で質疑応答が行われ、活発な議論の後、閉会となった。

テーマ:南シナ海と紛争解決

 2016年7月12日の常設国際仲裁裁判所による南シナ海問題に関する仲裁裁定は、中国側の主張を覆す意味があったが、果たしてその裁定が実際に法的に機能しえるかどうかは今後の問題として不透明である。これを契機として、中国に対する圧力を加える根拠が与えられたとして歓迎する向きもあろうが、それで事は済むものではない。国際紛争をどのように平和的に解決するかが国際法の役割なのであるから、今回の裁定を契機として実際の紛争解決に役立たせる方途を求めていかなければならない。
 1976年の「アセアン友好協力条約」(ASEAN Treaty of Amity and Cooperation)では、紛争解決条項を定めており、武力の行使及び威嚇を禁止し、紛争の平和的解決義務を定めている。また、紛争が存在する場合には、関係諸国間で閣僚レヴェルの高等理事会を招集して紛争解決を協議することとし、協議がまとまらない場合には、審査、仲介、調停等の他の紛争解決手続きに委ねるものとしている。
 また、2002年に中国を含むアセアンの南シナ海問題関係国間で採択された共同宣言では、紛争の平和的解決義務を確認している。これらの文書を基礎として、教授は、南シナ海をめぐる各種の国家間の紛争を解決するために関係各国間に南シナ海委員会を立ち上げることを提案する。この委員会の構成は、6名の関係諸国代表と9名の国際社会からの代表の15名によって構成されるとしている。
 このような南シナ海委員会を国家間の紛争解決機関として提案する点で非常に興味深い講演であった。とかく我々は、各国の主張の対立にばかり気をとられがちであり、どのように解決するかという問題についてまでは論じきれないで終わっている感がある。ロスウェル教授の講演は、実際に効力のあるアセアン諸国間の協定を根拠として、さらに想像力を発揮して大胆な提案を含ませた講演内容は刺激的であった。