日本比較法研究所

2014年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:不処罰たる妊娠中絶と「やむを得ない中絶」との間

 ギーセン大学法学部ヴェルナー博士の講演会が、標記のテーマにて、本学市ヶ谷キャンパスにおいて開催された。 同博士は、刑法の解釈学上の諸問題について研究を重ねているところ、本講演は、生命倫理の問題にも関わるテーマである妊娠中絶の許容性の問題について、刑法の観点からこれを考察したものである。 当日は、大学院生、また、研究者の多数の参加を得て、講演後は活発な討議が展開された。 その後は、懇親会に席を移したが、参加者各人においては、ヴェルナー博士との人的な交流を深めるなか、学術的な意見交換も盛んに行われた。

テーマ:ヨーロッパ連合における補助金規制について

 国民国家は種々の事情から自国企業に対して補助金を交付する。 補助金を受けた企業は、競争条件という点で、補助金を交付されていない企業よりも有利な地位に立つ。 競争条件の公平性という視点からみると、補助金は例外的制度として位置づけられる。 ヨーロッパ連合の域内市場でも、諸国が自国企業に対して補助金を交付する例がある。 域内市場における競争条件の均一性確保の視点から、諸国の補助金制度はどのように規制されるべきか。 ヨーロッパ連合機能条約第107条以下はこの点を規制する地域的(ヨーロッパ連合加盟国間で適用される)国際法である。 講演では、制度の概要と運用の状況が説明された。

テーマ:国家行政に対する私人の情報請求権

 国家および行政組織は、国防、外交等、機密を要する事項に関して情報を秘匿する必要性を強調する。 他方、国民には知る権利が認められている。 国家および行政組織に対して私人はどこまで情報の開示を求める憲法上の権利を有するか。 我が国でも特定秘密保護法の制定を巡って論議を呼んだこのテーマについて、講演では、ドイツの憲法および行政法における制度的枠組と実務の動きが簡潔に紹介された。

テーマ:ドイツにおける国家共同体・宗教共同体―その関係と発展―

 政教分離という主題は、近代市民国家におけるひとつの原則として承認されている。 すなわち、国家の運営に当たっては、国民主権、民主主義等、近代市民法の諸原則が基礎とされ、宗教的戒律から離れるという意味で「世俗化」が行われている。 もっとも、どの範囲で世俗化を認めるべきかという点は、諸国が置かれた歴史的・文化的背景とも深く関わる事柄であり、一律に論じ得ない。 講演では、ドイツにおける国家と宗教との関係が歴史的経緯に即して説明され、現代的課題が提示された。

テーマ:行政決定の司法審査―ポーランドのモデルおよび実際

 ポーランドの行政裁判所をめぐる歴史的な経緯、行政裁判所の実態、扱われる事項の特質、行政裁判所と行政不服申立との審級関係などポーランドの状況について説明があり、加えて、今後のポーランド行政裁判所モデルの望ましい在り方についても検討がおこなわれた。 聴衆は、行政法を専攻する教員と民事訴訟法を専攻する教員が、多摩キャンパスからの参加者も含め、過半数を占め、講演の途中にも質問が飛ぶなど、活発な質疑がおこなわれた。 日本の状況との比較や、ドイツとの比較など、ポーランドの行政裁判所という知られていない制度について、興味深い講演であった。 また、学生の参加は少なかったが、修了生で国税庁という行政の現場に努めている者も参加して、日本の行政の現場についての照会もあり、実務と理論の融合できた興味深い講演であった。 形式は、講演自体は、英文のレジュメに加え、受け入れ担当者が口語で訳をし、質疑については、一部のみ通訳をおこなった。

テーマ:司法裁量の原因―自然的なものと立法者の作為

 法哲学の法的思考における裁判官の司法裁量についての講義をおこなった。形式は、訪問研究者が、英語で講演し、授業担当者がフレーズごとに口語で翻訳をするという形でおこなった。
 授業の内容は、裁判にとって、裁判官がおこなう司法裁量が不可避であることを前提として、どうして不可避であり、どのような要因によって、裁量が影響を受けるのかについて、まずは、自然的な原因すなわち言語の性質や立法時と裁判時との時間的な隔たりなどが挙げられ、続いて、立法者が、その裁量の幅に影響を与えることはどのようにできるのかが講義された。
 法哲学的な普遍的な話しに加えて、ポーランドの事情つまり共産党政権下で立法への権威が失墜した後に復帰後に、裁判所への信頼が高まり司法裁量が広範になされた事情など、法的思考と政治的なものとの関わりについて、具体的に話をいただき、学生にとっても大変興味深い授業であった。

テーマ:罪刑法定主義の中国における実践

一、罪刑法定主義の中国における実践
 (一)罪刑法定主義の三つの時代
 (二)罪刑法定主義の具体的な要請
二、法律主義について
三、遡及処罰の禁止について
四、類推解釈の禁止について
五、明確性について
六、残酷な刑罰の禁止について

テーマ:日本社会と法:官民関係と規制スタイルに焦点をあてて

 英語で日本法の講義をおこなう授業において、授業担当教員と訪問研究者が、それぞれ日本とポーランドとの規制について英語で討論をするという形でおこない、活発に議論がなされた。

テーマ:代理懐胎―生殖ツーリズムと実親子法

 本講演の趣旨は、代理懐胎を禁止ないしは抑制する国の住人が、これを容認する国で代理懐胎により子どもを生んでもらい、本国において依頼者との法的な親子関係の承認を求めた場合の問題を、日本、ドイツ及びフランスについて比較検討することにある。 本講演では、これら3カ国の代理懐胎に対する消極的な姿勢(独仏は法的に禁止、日本は抑制的)が整理され、外国において代理懐胎がなされた場合の実親子法の対応がまとめられている。 日本では実親子関係を認めない最高裁判例があるが、ドイツでは連邦通常裁判所としての最初の判断が年内にあるものと予想されている。 3カ国中最も厳格な態度をとっているのがフランスであり、判例は、生殖ツーリズムの結果連れ帰った子との実親子関係だけでなく、養子縁組をも許さないとしている。 そうした状況下で、欧州人権裁判所が、本講演の3週間前にあたる本年6月26日に、そうしたフランスの拒絶的姿勢が欧州人権条約に違反するとの判決を下した。 すなわち、フランス人依頼者がアメリカ合衆国のカリフォルニア州とミネソタ州で代理懐胎によって子を生んでもらい、それぞれの子について依頼者フランス人らが法的親であるとの現地裁判所の判決を得て帰国し、その判決の承認(実親子関係の承認)を内国公序違反を理由に拒絶したフランス裁判所の裁判が、私生活と家族生活の尊重を定める同条約8条に違反していると判断されたのである。 代理懐胎を禁止する個別の国の法政策は承認されるべきであるとしても、その禁止違反の結果を子どもに転嫁することはできない、遺伝的親を法的親とする「子の福祉」が優先するという理由づけがなされている。 本講演の後半では、本判決が代理懐胎を禁止するフランス以外の国にも影響を及ぼすかどうかという観点からの考察がなされ、最終的にはその影響は他の国、特にドイツでも避けられないであろうとの推論がなされている。
 講演後、参加者から、「代理懐胎」の概念規定、特に卵子提供型の代理母との区別、ドイツにおいて代理懐胎が覚知される契機、近々ドイツ連邦通常裁判所の判断が下されるという事件の事実関係、ドイツにおける代理懐胎禁止の理由、現在は禁止されている卵子提供や胚提供の許容の見通しについての質問がなされた。 また、意見として、個別の「子の福祉」を尊重する考えが、問題の多い生殖補助医療の実施をなし崩し的に容認する結果をもたらす危険性をはらんでいるという指摘もなされた。 それぞれの質問・意見に対し講演者から丁寧な応答がなされた。

テーマ:国際司法裁判所と南氷洋の捕鯨について

 オーストラリアは日本の調査捕鯨の差止を国際司法裁判所(ICJ)に請求していたが、本年3月、ICJはこれを認める判決を下した。
 Rothwell教授は、この判決の背景をもとに、国際条約のテキストの解釈問題、判決の射程距離および日豪二国間の今後の対応について、客観的な分析を加えた。 多数の参加者が強い関心を示し、条約の解釈論、調査捕鯨の実態、オーストラリア国内の鯨保護の状況との関連についての質問が提出された。 Rothwell教授は、これらの質問に真摯に対応するとともに、日豪関係はアジアでもっとも重要なパートナーシップであることを強調し、この問題の、冷静な「法的解決」のあり方を模索するとともに、日豪関係に悪影響をおよぼさない知恵を両国で出し合うことが重要であると指摘していた。 必ずしも国際法に精通していない法科大学院生にとって、国際法の分野においても、実定法の解釈スタイルが整合的であることを理解できて、将来の比較法的学修への強いインセンティブになったようである。

テーマ:Life Time Contracts

 11月8日の公開講演会「ライフ・タイム・コントラクト」は、学外の研究者を含め20名を超える参加者を得て開催され、最初に、ノグラー教授から、ヨーロッパ契約法の編纂がもっぱらビジネス取引を中心にし、人間が社会生活をするうえで不可欠な、雇用契約、住居賃貸借契約、消費者信用契約等に関する規整が欠落しているとし、ライフ・タイム・コントラクトの範疇を新たに定立し、その修正をもとめたEuSoCo(ヨーロッパ社会契約研究会)のプロジェクト構想の概要が紹介され、とくにライフ・タイム・コントラクトの16の基本原則について詳細な説明がなされた。これらの契約は、継続性(Time)のみならず、相互に連結し生活(Life)の基礎を形成していることからかかる契約関係を視野にいれて契約法の整備をはかるべきとの指摘は、日本の債権法改正はもちろん労働契約法の整備議論にもこれまで欠落していた視点を提供し、参加者に多くの刺激を与える講演会であった。

テーマ:ドイツにおける集合的権利保護の現状と将来

 市ヶ谷キャンパスで行った第1回講演会は、「ドイツにおける集団的権利保護の現状と将来」と題し、シンポジウム形式で実施した。 わが国においても消費者契約の改正により消費者団体が消費者被害について被害者に代わって損害賠償請求をすることができるようになったばかりであり、ゴットバルト教授と参加者(研究者、法科大学院生、法学部生、弁護士など30名が参加)との間で、あるいは参加者間で、活発な議論が行われた。

テーマ:フィリップ・ロトマーの再発見

 11月11日に開催された労働法セミナー「ロトマーの再発見」も、指揮命令権=人的従属性概念を基軸にした労働契約概念がポスト・フォーディズムの労務提供契約を捉えるものとしては適切ではなく、労働者の人格的発現としての成果の提供として捉えたPhilipp Lotmarの労働契約論がいま改めて再評価されるべきことを説き、参加した14名の若手の研究者・院生に大きな刺激を与えた。 講演会、セミナーともに院生等若手研究者が、事前に講演に関連する論文を読み、理解に努める準備のもと、事前に講演打ち合わせの交流会を開いたほか、当日は、英語及びドイツ語でノグラー教授と直接活発に質疑応答するなど、教育・研究交流としてきわめて有益な招聘事業であったと考えている。

テーマ:ヨーロッパ国際民事訴訟法―その現状と今後

 多摩キャンパスでの第2回講演会は、主として法学部学生を対象として「ヨーロッパ国際民事訴訟法―その現状と今後」とのテーマで行った。 日頃から日本法のみを学んでいる法学部生にとって、ヨーロッパ統合前後における民事訴訟法及び民事訴訟法学の動きはきわめて新鮮であり、今後の学びの刺激となったようである。

テーマ:教科書にみられるドイツ民事訴訟法理論の変遷

 ふたたび市ヶ谷キャンパスで行った第3回講演会は、主としてわが国における民事訴訟法研究者の参加を期待し、「ドイツの民事訴訟法教科書にあらわれたドイツ民事訴訟法理論の変遷」というテーマで実施した。 わが国で初めて取り上げられたテーマであり、学外からの参加者も多く、予想以上に多くの民事訴訟法研究者の参加を得て、活発な議論が行われた。

テーマ:包摂的非実証主義

 法の概念と性質の問題として最も根本的なものの1つ、法と道徳の関係についての講演である。 実証主義者は分離テーゼ、非実証主義者は結合テーゼを主張するが、アレクシー説によればこの分類では不十分である。 前者は排他的および包摂的な見解に、後者は更に排他的・超包摂的・包摂的な見解へと分析的に展開され、包摂的非実証主義の妥当性が力説される。

テーマ:企業再生計画の承認と倒産手続き

 日本企業の民事再生法申請に伴って香港内で発生した訴訟を例として、Reyes 教授から、裁判官として携わった経験をもとに、外交儀礼を範とする相互礼譲を参照しつつ、当事者の利害を調整する国際的ルールの整備が必要との認識を示された。 たとえば、INSOL Internationalに各国の倒産裁判官も参集している実態や、シンガポール国際商事裁判所(SICC)が昨年設立された例を紹介し、今後の発展が重要であるとの意見を開陳された。 これに対し、フロアからは、わが国の国際倒産法制の整備により、むしろ国際倒産処理の裁判実務では、他法系を参照する必要性が減少したこと、近時の大規模証券被害ではアメリカとの関係が重要になってきたことなどが紹介され、アジアでも、研究者・実務家が参集して意見交換できる場を設けながら、比較法研究を展開させていくことの重要性を再認識し、たいへん有益であった

テーマ:原子力エネルギーに関する国際法の諸特徴

 ラム教授の報告は、原子力に関する国際法の諸特徴を、1.原子力規制における二元主義、2.原子力事故が原子力法におよぼした影響、および、3.原子力法におけるソフトローの重要性という、3つの観点から扱うものだった。 1においては、恐ろしい破壊をもたらす原子力⇔エネルギー需要の増大への対処という2つの側面から原子力を捉えたうえで、核兵器の現状と原子力平和利用の現状がそれぞれ語られる。 2においては、スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故、福島第一原発事故の各内容をふまえたうえで、それらの事故がその後の原子力法にどのような変遷をもたらしたかが、具体的に検討・考察される。 とりわけ、ウィーン条約、パリ条約、ウィーン条約改正議定書、原子力損害補完的賠償条約の中身が詳細に紹介される。 3においては、国際原子力機関、欧州原子力共同体、OECD原子力機関などの国際組織が、核物質・原子力施設の安全にかんして、および、放射性廃棄物の管理にかんして、膨大な勧告、指令などからなる規範群を作成してきた。 それらのいくつかはソフトローとして重要な意味をもつ。 これらのソフトローがその後のハードローの形成を促進してきたことが、具体的かつ説得的に紹介される。 ラム教授の報告は、原子力法の種類と性質、規制対象、規制内容とそこにおける課題が明確に示され、その後の質疑応答も活発になされ、総じて有意義なセミナーであった。

テーマ:国際司法裁判所における選択条項の現代的機能

 ラム教授の報告は、国際司法裁判所規程36条2項が規定する任意条項(選択条項)の今日的意義を探るものである。 1920年に国際連盟理事会が常設国際司法裁判所規程を採択したことは、国際社会にはじめて常設の国際裁判所を設立したという意味で画期的なものであった。 同規程のなかに「この規程の当事国は、条約の解釈、国際法上の問題、国際義務違反となる事実の存在、義務違反にたいする賠償の性質・範囲にかんして、裁判所の管轄を同一の義務を受諾する他の国との関係において当然にかつ特別の合意なしに義務的であると認めることを、いつでも宣言することができる」という任意条項が規定された。それは国際社会に法の支配を打ち立てるために全ての国にたいして裁判所の管轄を義務的なものとすべきであるという理想主義者と、国家主権の尊重のもとでのみ裁判が可能であると捉える現実主義者との間の妥協の産物でもあった。 報告では、さまざまな常設国際司法裁判所および国際司法裁判所のさまざまな判例に言及しつつ、このような妥協的性格をもつ任意条項がどのように解釈・適用されてきたか、そこにどのような問題点が見出されるかについて包括的な考察がなされ、それは参加者に多くの知見をもたらすものであった。 報告後、任意条項における留保と条約法における留保の異同についてなど、活発な質疑応答がなされた。

テーマ:青少年とプライバシー

 ガッサー教授から青少年のインターネット・ソーシャルネットワーキングサービスに関する利用実態について報告があった。 報告の中では、ソーシャルネットワーキングサービスごとの青少年の意識、特にプライバシー保護、情報共有のあり方、追跡、配信広告等について詳細な実証研究の調査結果が公表された。 その上で、青少年は大人が考えている以上に、プライバシー保護への意識が高く、法規制の方がむしろ後れを取っていることが指摘された。 他方で、インターネット上のクッキーの存在や追跡については、多くの青少年が意識をしておらず、プロファイリングによるリスクが指摘された。 同時に、青少年に対するデジタル教育の実例なども紹介された。 日本において青少年のインターネットの法規制や政策立案への提言もいただくことができた。 参加者からは、マルチステークホルダープロセスによる官民共同での規制の在り方の意義、プロバイダの法的責任のあり方、インターネット上の有害情報に関する法規制の実態、インターネット上のレピュテーション・マネジメントについて質問が出され、活発な議論が行われた。 ガッサー教授からは調査結果に関する詳細な資料を当日参考資料として配布していただくともに、パワーポイントを用いたプレゼンテーションが行われた。

テーマ:コモンロー諸国における不動産登記制度(トーレンス・システム)の批判的検討

 オーストラリア起源の不動産登記制度(トーレンスシステム)について、ドイツ型不動産登記制度との比較を踏まえ、すでに導入されたとされるシンガポール、今後の導入を検討している香港、中国、台湾の現状に触れながら、理論上の問題を提起された。 わが国における不動産登記制度との関連では、不動産物権変動の効力、登記官の実質調査権限の有無・範囲、制度変更による実務への影響などの点から、比較法的研究への関心が表明され、充実した議論・意見交換がなされた。

テーマ:EU越境的配置労働者指令のシヴィライゼーション

 講演は、EUにおけるいわゆる越境的労働者配置(Posting of workers)を取り巻く問題について、3部構成で行われた。 第1に問題の背景および立法であり、第2に当該立法に関する判例についてであり、第3に立法の改正提案であった。
 越境的労働者配置の背景としては、まず、EUにおけるサービス市場の重要性が語られ、ついで、EU法上の中核的原則であるサービス提供の自由(EU運営条約約56条)についての解説が行われた。 そのうえで、労働者の自由移動(EU運営条約45条)ではなくてこのサービス提供の自由の範疇と捉えられている越境的労働者配置について、その類型や統計などが示された。 そして、問題の中核である準拠法について、サービス提供の自由について一般に導入されている市場参入制限禁止アプローチがもたらすレジーム・ポータビリティという結果について、その問題点を指摘された。 最後に、そうした問題をバランスをとって解決しようとしたものである立法、すなわち越境的配置労働者指令(PWD)が紹介された。 Countouris氏によれば、PWDは平等取扱い原則と相互承認との間で調整を図ったものであるという。
 次に、当該指令に関する欧州司法裁判所の判例が批判的に紹介された。 ここで扱われたのは、わが国でも既に紹介のあるLaval事件先決裁定、Rüffert事件先決裁定、そしてCommission v Luxembourg事件判決であった。 要点は、欧州司法裁判所は指令の最低基準性を否定することで、相互承認に隔たった解釈を示したということであった。 こうした批判は、実務での問題点も指摘しながら行われた。
 最後に、Countouris氏から立法的な改革案が示された。 同氏は、近年達成された新たな立法(いわゆる配置指令実施指令、PWED)がPWDの履行確保の面で一定の有用性があり、また、近時の欧州司法裁判所判例にも一定の積極的な発展がみられるものの、それのみでは根本的な解決にならないことを主張した。 同氏によれば、越境的労働者配置に対する準拠法の問題の対立軸というのは、平等取扱い原則と相互承認(ないしは母国法主義)との間にあるという。 同氏は、労働者の自由移動においてはいまだ平等取扱い原則が優勢であり、この自由移動の適用範囲を広げることで平等取扱い原則の適用範囲を拡大する必要があることを説いた。厳密には、同氏の主張は、'Free movement of Personal work and services'という自由移動原則の新しいカテゴリーを設けることによって、サービス提供の自由に包含される越境的労働者配置を、サービス提供の自由の適用領域から、いわば削り取る(carve out)ことであった。
 講演の終わりに、同氏は、EUにおける越境的労働者配置の問題は、より広く貿易自由化ないし地域経済統合を視野に入れた場合、試験場(testing)の意味合いがあることも強調した。