日本比較法研究所

2008年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:難民法における近時の発展について(James Hathaway)

アメリカにおける最近の難民法・国際人権法に関する事例の紹介と、それに対する 法的な議論について講演をした。途中、学生からの質問に対して、法科大学院にお ける学修との関連を指摘しながら、それがグローバルな問題にもつながること、お よび比較法的研究の重要性を理解することを強調された。また出席研究者と、日本 法の現状をふまえた真摯な議論がなされ、グローバルな法社会に対応する比較法研 究、法曹養成について貴重な意見交換をすることができた。


テーマ:法的保証について(Jean-Louis BERGEL)

立法・判例拘束の観念等を用いることによって、当事者間において将来の法的状況 に対する予想がつく。この予見可能性が確保されるべきことを法的(安全)保障と 呼ぶことにするが、この保障をより一層進めるためには、様々な立法に関して事前 の一般的国民投票など、より民主的な立法を図るべきだと提言する。


テーマ:経済発展に資するための所有の観念について(Jean-Louis BERGEL)

所有権、とりわけ不動産所有権は、様々な権利として分散される。下土権(土地所 有権)上土権(土地利用権)の分野は日本においても認められるが、さらに土地開 発権、建物(区分)所有権、区分利用権等々より一層所有と利用を細分化した様々 の「権利」を認めることによって高度な利用を促進すべきだ、と説く。新しい提言 で大変興味深いものであった。


テーマ:介護保険制度に関する日韓の比較研究(朴 承斗)

概要:韓国では、老人長期療養保険法が制定され(2007年4月)、2008年7月から施行されたばかりである。介護保険制度は世界的にみると、①自由主義原則下で、自由と自己責任に最大限の価値を付与しているアメリカ型、②国家責任原則下で、公務員による介護サービスを保障している北欧型、③公的社会保障としての整備は比較的遅れているが、地域社会の自主的で非公式団体が介護の重要な役割を果たしている南欧型、④そして、社会保険方式を重視している大陸型に分けられるが、韓国のシステムは、ドイツならびに日本の介護保険制度をモデルとして、この④によっている。しかし、仔細にみると、日本との違いも大きい。例えば、保険者は、日本の場合、市町村と東京都の23特別区であるが、韓国では国家管理の性格が強く、保健福祉部長官の管掌のもとで、国民健康保険公団が運営にあたり、全国ひとつで、全国民が同じ制度の適用を受けることになっている。被保険者も、日本では65歳以上(第1号被保険者)と40歳以上の者(第2号被保険者)となっているのに対して、韓国では健康保険の被保険者全員が被保険者とされているのは、健康保険制度の延長としてとらえられているからである。但し保険給付は、65歳以上の者に加えて、それ以下の場合は認知症、脳血管疾患などの特定疾病によって要介護状態になった場合に限られている。介護給付の措置からサービスへの転換は同じであるが、介護認定は日本の7段階に比べて重度の3段階を対象にし、介護サービスに対する本人の負担は、在宅介護で15%、施設介護で20%と、日本の1割負担より高額になっているのは、最初は小さく生むという意図によるものである。もっとも、サービス提供者の整備はそれほど進んでいるとは言えないだけに課題は大きいものがあり、既に8年間の経験をもち、何度か、修正を積み重ねながら運用されている日本の実情を“他山の石”として注視する必要に迫られている。


テーマ:連邦規制機関における法執行権限の構造について(Jeffrey Lubbers)

概要:連邦行政権限を委託された各機関の種類・構造とそれぞれの権限の特徴を概観した後、とくに準司法権限を有する諸機関の特徴、行政法判事の権限と実務上の問題点について詳細な説明があり、憲法上の問題、判例・立法との関係等、日米の法比較における興味深い議論がなされた。


テーマ:アメリカ特許法の近時の変容について(David Makman)

近時のアメリカの特許判例をとりあげ、判例法理の変遷をたどり、今後の問題点を指摘した。とくに、コダック対ポラロイド事件(1990年)判決以降、地裁レベルで特許無効判決が続いていることと、連邦最高裁で特許侵害にもとづく差止の要件を厳格化する傾向にあることを明らかにし、急激に変化する特許法分野の現在をふまえ、今後の特許紛争に対する実務的理論的理経について、有益な意見交換を行った。


テーマ:人間の尊厳ある死(Gunnar Duttge)

概要:尊厳死と脳死にまつわる状況について、ドイツにおける、また、ヨーロッパにおける現象が報告され、「人間の尊厳」という観点から、この問題に関して考えられる、あるべき解決の筋道、解決法が、講演者であるDuttge教授から提示された。


テーマ:過失犯の不法について(Gunnar Duttge)

概要:過失犯について、今日のドイツの学説において有力になりつつあるDuttge教授の説により、過失犯における契機要因の必要性およびその具体的内容について講演がなされた。その後の質疑応答では、この問題をめぐって、行為無価値的な観点を強調する教授の見解と、結果無価値の観点から解決が可能であるとするフロアとの意見交換が活発になされた。


テーマ:ドイツ企業組織再編をめぐる労働法上の諸問題(Franz-Josef Duwell)

概要:ドイツの企業再編をめぐる法的ツールとしての分割、合併、事業譲渡等がもたらす法的問題について、実例と裁判例を豊富に取り入れながら包括的に紹介。近年、固定費削減や業務分野の選択・集中を目的に、アウトソーシングや会社分割などにより企業組織のスリム化が図られている。ドイツ民法典613条aにより事業の移転先に労働者の雇用契約や労働条件が自動承継されるが、同時に労働者の異議申立権が認められているため、異議のある労働者は従前の企業に留まることが可能である。しかも、この異議申立の前提として、使用者には事業譲渡に関する情報提供義務が定められていることから、この移転先について情報提供に不備があると、異議申立期間(1ヶ月)が進行しないとする連邦労働裁判所の判例の登場により、事業譲渡後1年後であれ元に戻れることから、異議申立権が極めて重要な役割を担うことになった。物的要素が希薄な事業の場合等、欧州司法裁判所でも大きな議論となった「事業移転」の概念については、ドイツでも多くの裁判事例を通して概念が精緻化されてきている。


テーマ:韓国の国民参与制度について(趙 明順)

日本は裁判員制度を2009年5月21日から施行するが、それに先だって韓国で韓国型の陪審裁判制度が施行されている。同制度の成立の経過、同制度の内容、そして同制度の実際の運用を裁判例を通じて講演された。
講演後、質疑応答の時間を取ったが、活発な議論が展開された。日本の裁判員制度との比較法的検討やアメリカの陪審制度との比較も議論された。


テーマ:オーストラリア行政法の構造と発展に対する権力分立の影響(McDonald, Leighton)

オーストラリア行政法の歴史的発展、原稿の方成語、違憲審査制度についてマクドなるご准教授から1時間程度基調報告が行われ、その後質疑応答が1時間程度行われた。
参加した法科大学院生が5名程度と人数は少なかったものの積極的に質問をしている姿が印象的であった。オーストラリアの行政法は日本の行政法とは大きく異なる特徴を有している面があって参加者の関心も高く、また行政法専攻の本学の牛島教授の的確な通訳もあり、質疑応答は予定の時間を超えて熱心に行われた。


テーマ:オーストラリアの公法の紹介(McDonald, Leighton)

オーストラリアの公法(憲法・行政法)について、とりわけ歴史、連邦制や権力分立などの原理、基本権保障のあり方、裁判所の組織等について講義が行われた。(講義時間内)


テーマ:会社合併における利害調整、手続き、柔軟化 -独・欧と日本の比較- (Gunal, Deniz)

日本学術振興会外国人特別研究員であるギュナル氏が、これまで取り組んできた日本の会社法、とりわけ企業の合併、M&Aに関する比較法研究の中間的成果を示す報告を内容とするものであり、会社合併に関する日本の会社法規則とドイツ法・EU法の規制とを比較し、それぞれの共通点と相違点を明らかにしたうえで、企業合同に関する今後の最終的な研究成果に繋げて行こうとするものであった。(中略)
本論ではまず合併における基礎的変化に関連する利害関係者である株主等の承認を枠組みとして示し、考慮すべき関係者の利害状況として、株主と取締役、支配株主と少数株主、会社と債権者、会社と従業員の場面が存することを明らかにした。そして、それぞれの利害調整のために、各国の規制がどのように展開されているかについて論じ行った。規制については、決定権の所在、情報開示の方法、取締役に対する制限、訴訟件の有無、手続きからの脱退の保障という各観点から、日本・ドイツ、EUの各規制を比較した。その結果、決定権については、株主による承認が求められている点で各国に共通点があるものの、訴訟権については、ドイツにおいては合併比率改善の申し立ての制度が存するが差止めの制度はなく、合併自体の無効の訴えも制度化されていない(承認決議の瑕疵を争う事はできる)。これに対し日本では略式合併について差止めが認められ、すべての合併について無効の訴えが制度化されているという違いが示された。また、脱退権としての買取請求の手続きも決定の効力について相違があることが指摘された。さらに、柔軟化に関する説明(日本における三角合併)がなされ、国際的合併について最近のEU最高裁判所の判断(2005.12.13)が紹介された。


テーマ:ヨーロッパにおけるワーキングプアの現状と今後(Gerhard Bosch)

アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、デンマークの6ヵ国における低賃金労働(ワーキング・プア)の現状と構造的差異を紹介した後、とりわけ、各国の労使関係制度の相違(組合組織率、使用者団体加盟率、交渉・協約適用率)が、各国内の低賃金労働の発生または抑制に関係しているかを実証的に分析したもの。低賃金問題の要因のみならず、ヨーロッパ諸国の両氏関係の構造的相違とそのパフォーマンスの相違を明確に摘出した。