保健体育研究所
高所トレーニング研究班
2026年度研究計画概要
本研究班では、エリートレベルにある競泳選手を対象に、競泳トレーニングプログラムにおける" Live-high, Train-high"型の高所トレーニングの活用法について検討を行ってきた。すなわち、スペイン・グラナダ(2320m)、メキシコ・サンルイスポトシ(1900m)、メキシコ・メキシコシティ(1880~2450m)、中国・昆明(1880m)、長野県・湯の丸高原(1730m)等、屋内50mプールが併設され、競泳の特異的なトレーニングを行うことが可能な施設において実施される高所トレーニング合宿時に、客観的かつ科学的な測定や競泳コントロールテストを含む科学的サポートを行ってきた。
2026年度では、これまでと同様、3週間程度の" Live-high, Train-high"型高所トレーニングからその2~3週間後に予定されている競技会時までの期間における対象者のコンディションの変動を追うと共に、高所トレーニング時の泳技術の変化について、水泳時に手掌部に装着可能な圧センサーおよびジャイロセンサーを備えたデバイスを活用して定量化し、高所トレーニングによって誘発される様々な変化について検討を加えることとする。とりわけ、泳技術の変化については、映像解析のみならず、掌にかかる水圧の変化から技術を定量化する技術が進化してきたため、これを活用して新たな検討を行うこととしたい。
当該高所トレーニング合宿開始1週間前から目標とする競技会の直前までの対象者のコンディションの変化について、主に酸化ストレス度(dROMs)、抗酸化力(BAP)、潜在的抗酸化力(BAP/dROMs)、分泌型免疫グロブリンA (SIgA)、ヘモグロビン濃度、動脈血酸素飽和度等の変動を記録していくこととする。また、予め、対象者の遺伝的特性(PGC1-α、ACEおよびACTN3など)を把握し、先述した測定変数との関連性について検討する。さらに、eo Swim Betterを使って対象者の水泳時の泳技術を定量化し、高所トレーニング時に特異的な技術の変化がないか、検討するための基礎的資料を獲得したい。
過年度研究活動報告
2025年度研究活動報告
■研究方法
研究対象としたトレーニング期間は、26週間に及ぶ2026競泳シーズン上半期(2025年9月22日~2026年3月22日)の20週目以降に計画された高所トレーニング鍛練期から第101回日本選手権水泳競技大会5日前までの6週間とした。本トレーニングプログラムの全日程に参加した男子競泳選手5名(21.8±4.7歳)は、2025年競泳日本ランキングで上位(22.2±11.8位)に位置する競技力を有していた。2026年2月1日~25日までの22~24日間、アスリーツパーク湯の丸で実施された高所トレーニング鍛練期では、3~4日間のトレーニング日(1日に1~2回の競泳トレーニング)と1日の休息日で構成した短期トレーニング期を1単位期とし、合計5期に分けてトレーニングプログラムを構成した。第1期(4~5日)については、低圧低酸素環境に対する馴化期とし、通常のトレーニングの60~70%程度の泳距離を低~中等度の運動強度で行わせたが、第2期(5日間)、第3期(5日間)、第4期(4日間) および第5期(4~5日間)では、何れにおいても、競泳トレーニングカテゴリーにおけるEN4~AN2に相当する高強度のインターバルトレーニングを中心とする、質的負荷を高めたプログラムを処方した。この点、高所トレーニング開始前(3週間の平均値)、高所トレーニング第1~5期におけるそれぞれの高強度トレーニングの総泳距離に対する処方割合は、8.4%、4.0%、13.7%、12.0%、11.1%、8.1%であり、2025年に実施した高所トレーニングプログラムより若干多めの高強度トレーニングを処方した。高所トレーニング終了から6~7日間は、高所トレーニング後の適応期とし、泳距離および上述の高強度トレーニングの割合(1.35%)を激減さえ、疲労回復に努めた。その後の6日間についてはプレテーパー期とし、ペースワークを含む高強度のトレーニングを10.0%程度実施し、テーパー期にあたる最後の10日間では、1回あたりのトレーニング量(泳距離)を漸減させるとともに、ペースワークなどの高強度トレーニングの実施割合を5.8%程度に抑えたプログラムとした。
本研究における主要な測定項目は、酸化ストレス度(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites;dROMs)、抗酸化力(Biological Antioxidant Potential;BAP)およびそれらの比率である潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)、さらには腸内環境の総合的な指標である尿中インドール値であった。これらを導出するための採血および採尿は、高所トレーニング開始40日前(PRE40)、6日前(PRE6)、高所トレーニング開始2日目(ALT0)、各高所トレーニング期の最終日(ALT1~5)、適応期の2~3日目(POST1),プレテーパー期の6日目(POST2)およびテーパー期の7日目(=日本選手権の5~7日前;POST3)の起床から10分以内に実施した。dROMsおよびBAPは、指尖より採取した血液サンプルから分離した血漿を、また、尿中インドール値については採血とほぼ同時刻に採尿したフレッシュ尿をウィスマー社製FREE Carrio Duoにかけることで導出した。
■結果と考察
Fig.1および2は、本研究で測定されたdROMs、BAP、潜在的抗酸化能(BAP/dROMs)および尿中インドール値の変動を示したものである。高所トレーニング開始前には270U.CARR程度であったdROMsは、高所トレーニング鍛練期において高強度トレーニング処方の割合を増加させたALT2(321.4±30.0 U.CARR)以降、顕著に上昇した(Fig.1下段)。その後、適応期のみならずプレテーパー期においても300U.CARR前後を推移し続けたdROMsは、テーパー期中盤、すなわちPOST3(281.2±10.8U.CARR)において漸く低下の方向に向かった(Fig.1下段)。トレーニングによるdROMsの増加に伴い、その値が改善傾向に向かうことが期待されるBAPについてみると、高所トレーニング鍛練期初期(ALT2)に見られた高い値(2330.0±141.5μmol/L)からプレテーパー期であるPOST2(2115.2±86.6μmol/L)にかけて漸減する傾向にあった(Fig.1上段)。以上のようなdROMsおよびBAPにみられた僅かな変化は、潜在的抗酸化能としてみると比較的大きな変化として現れており、今回の高所トレーニング鍛練期前(ALT0;8.1±0.6)からプレテーパー期(POST2;6.7±0.4)まで漸減し、テーパー期にあたるPOST3(7.7±0.5)において漸く回復するという望ましくない変動が示されていた(Fig.2下段)。この点、潜在的抗酸化能については、Friedman検定により有意な測定日間のばらつきが示されていた(p=0.0094)が、多重比較による測定日間の有意差を検出することは出来なかった。腸内環境の推察に有効とされている尿中インドール値については、何れの測定日においても、正常範囲とされている20mg/L以下の値が示されており(Fig.2上段)、今回設定した高所トレーニングにおいては腸内環境の悪化に繋がる体調不良は皆無であった。しかしながら、腸内環境の維持が潜在的抗酸化能の改善に繋がることはないと言える結果であったといえる。
本トレーニングプログラムのゴールである第101回日本選手権水泳競技大会では、対象者のうち2名が自己ベスト記録を更新した。彼らの潜在的抗酸化能は、本研究の対象のなかでは1位(8.4)、2位(7.9)となる高値であったものの、常圧常酸素環境下で示されていた値(10.1および8.9)を上回ることはなかった。ベスト記録を更新出来なかった3名については、高所トレーニング鍛練期にBAPを充分に高められず、鍛練期終了後の適応期やプレテーパー期にかけて比較的低値にとどまったことがパフォーマンスに負の影響を及ぼしたのかもしれない。競技会前の低い潜在的抗酸化能が競技パフォーマンスの強力な制限因子になるとは限らないが、2024年度の活動報告書に示したとおり、テーパー期の潜在的抗酸化能と競泳パフォーマンスとの間に正の相関が認められていることに鑑みる必要はあるだろう。この点について、本年度の高所トレーニング鍛練期では、成功者が本年よりも多く見られた昨年度に比して高所トレーニング鍛練期が僅かに長く、かつ、高強度トレーニングの処方割合を若干高めたこと、また、適応期からテーパー期に至るまでのトレーニング内容に大きな変化は見られなかったことに鑑みれば、高所トレーニング鍛練期のプログラムを見なおす必要があるかもしれない。何れにしても、次年度以降も、本年度同様、対象者のレドックスバランスのモニタリングを継続し、適正な高所トレーニングプログラムを検討する必要性が考えられた。


