研究

2011年度

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2011年度
フリガナ・漢字
氏名
所属 国名 受入区分 受入期間 講演日 講演タイトル
スラバコヴァ,ルムヤナ
Slabakova,Roumyana
アイオワ大学言語学部教授 ブルガリア 第2群 2011.6.3~
2011.6.11
2011.6.7 第二言語の統語と語用の境界面における語用素性
澤田 忠正
Sawada Tadamasa
パデュー大学心理学部ポストドクトラルリサーチャー 日本 訪問 2011.7.30 2011.7.30 二次元画像情報に基づいた三次元の対照性の検出
ヴァルテール,フィリップ
Walter,Philippe
スタンダール大学(グルノーブル第3)教授 フランス 訪問 2011.8.29 2011.8.29 『聖杯の書』または13世紀散文「聖杯物語群」の誕生 ‐ボン大学図書館526番写本をめぐって
セイテ,ヤニック
Seite,Yannick
パリ第7大学准教授 フランス 第2群 2011.10.20~
2011.11.5
2011.10.27 18世紀の小説
湯 維強
Ting , James
カリフォルニア大学教授 アメリカ 第2群 2011.11.15~
2011.12.6
2011.11.23 中国政治のコントロール
リー,カン
Lee,Kang
トロント大学人間発達応用心理学科子ども学研究所教授 日本 訪問 2011.11.26 2011.11.26 顔処理における人種効果の発達的検討:行動的・神経科学的知見から
朱 溢
Yi
復旦大学准教授 中国 訪問 2011.12.21 2011.12.21 中国中世における外交儀礼(賓礼)の構造とその変遷
姜 義華
Jian, Yihao
復旦大学歴史学部教授 中国 第2群 2012.2.10~
2012.3.2
2012.2.20 日中両国における被植民の経験と責任
劉 振東
Liu, Zhendong
中国社会科学院考古研究所研究員 中国 訪問 2012.3.22 2012.3.22 漢長安城考古発掘の現状

スラバコヴァ,ルムヤナ氏の講演会

開催日:6月7日(火)
場 所:研究所会議室1
講 師:スラバコヴァ, ルムヤナ氏(アイオワ大学言語学部教授)
テーマ:第二言語の統語と語用の境界面における語用素性
企 画:研究会チーム「言語の理解と産出」

本講義では、境界面仮説(Sorace, 2006, 2011, Sorace & Serratrice, 2009)を検証した広範囲にわたる実証的研究が提供された。境界面仮説は内的境界面(例: 狭いシンタックスと音韻と形態素間)と外的境界面(例:統語と語用のインターフェイス)の原理的区別を提唱している。統語、意味、及び、語用論的知識の習得の関係について、統語と語用の境界面での第二言語習得プロセスを調査した。Lopez (2009)によれば、語用素性[±a(naphor): 照応]、及び、[± c(ontrast): 対比]は転移構文と前置構文を説明することができる。この理論に基づき、スペイン語を学習する英語母語話者における接語左方転位(Clitic Left Dislocation)、接語右方転位(Clitic Right Disclocation)、前方焦点化(Fronted Focus)、及び、説述(Rheme)の比較が調査した。接語左方転位と接語右方転位はわずかに異なる談話コンテクストで使用されるため、(つまり、接語右方転位は談話照応と先行詞間の同定関係を必要とするが、接語左方転位における関係は、より自由度があるため)、対比的に調査するには良い例となる。これらの構文の関係は、上位・下位集合、及び、部分・全体の関係になる。接語の統語的知識は主要な検証に含めるための条件となる。結果は、母語話者に近い学習者が意味的な対比だけでなく語用的な対比に対して敏感であり、一方で、上級学習者は語用的な対比について、完璧に母語話者と同じ知識を示した。この意味で、これらの結果は強いバージョンの境界面仮説に対する反証となる。

Sawada Tadamasa氏の講演会

開催日:7月30日(土)
場 所:3913号室
講 師:Sawada Tadamasa氏
(パデュー大学心理学部ポストドクトラルリサーチャー)
テーマ:Detection of 3D symmetry from a single 2D image
二次元画像情報に基づいた三次元の対照性の検出
企 画:研究会チーム「視覚認知機構の発達研究」

Most objects in our natural environment are symmetric. This is true both with animal bodies and with man-made objects. It follows that detecting symmetric objects in a scene is important. Our everyday life experience suggests that human observers have little difficulty in determining whether a shape of a given object is symmetric, only approximately symmetric or completely asymmetric, and they can do this regardless of the viewing direction. Prior research concentrated on the case where the retinal image itself was symmetric. However the retinal image of a symmetric 3D shape is symmetric only for a small set of viewing directions. This study tested perception of symmetry of 3D shapes from single 2D images that were themselves asymmetric. In Experiment 1, performance in discrimination between symmetric and asymmetric 3D shapes from single 2D line drawings was tested. In Experiment 2, performance in discrimination between different degrees of asymmetry of 3D shapes from single 2D line drawings was tested. The results showed that human performance in the discrimination was reliable. This was true even in a condition in which every 2D image of a 3D asymmetric shape was consistent with a 3D symmetric interpretation. A control experiment showed that performance did not improve much, if at all, when the 3D shape was presented using a short sequence of 3D motion. Based on these results, a computational model that performs the discrimination from single 2D images was formulated. The model first recovers the 3D shape using a priori constraints: 3D symmetry, maximal 3D compactness, minimum surface area, and maximal planarity of contours. Then the model evaluates the degree of asymmetry of the 3D shape. The model provided good fit to the subjects' data.

ヴァルテール,フィリップ氏の講演会

開催日:8月29日(月)
場 所:駿河台記念館570号室
講 師:ヴァルテール, フィリップ・氏(グループ第3大学教授)
テーマ:『聖杯の書』または13世紀散文「聖杯物語群」の誕生―ボン大学図
書館526番写本をめぐって
企 画:研究会チーム「アーサー王物語研究」

13世紀にフランス語圏で誕生した散文「聖杯物語群」は、フランス中世文学の代表的なジャンルである「ロマン」(俗語による物語作品)の傑作であり、13世紀から15世紀にまたがる8つの写本によってその全貌が伝わっている。 散文「聖杯物語群」とは、『アリマタヤのヨセフ』(または『聖杯由来の物語』)、 『メルラン』とその「続編」、『ランスロ本伝』、『聖杯の探索』、『アーサー王の死』の5作品からなる膨大なアーサー王物語絵巻のことである。5作品の成立年代は作品の収録順ではなく、まず『ランスロ=聖杯』と総称される『ランスロ本伝』、『聖杯の探索』、『アーサー王の死』が相次いで誕生し、その後、この3部作の前段にあたる『アリマタヤのヨセフ』と『メルラン』とその「続編」が書かれ、両者が融合して1つのサイクルを成すようになったと考えられている。
膨大な「聖杯物語群」の校訂本の完全版は、これまでアメリカの研究者H・ O・ゾンマーが20世紀初頭に刊行した版のみだった。20世紀から21世紀にかけてフランスの研究者たちが同規模の校訂作業に取り組むことがなかったのは、物語群の規模が大きすぎて意欲をそがれてきたためである。この間フランスの研究者たちが行ってきたのは、散文「聖杯物語群」を構成する5作品の個別作品の校訂作業と研究だった。アルベール・ポフィレは1923年に『聖杯の探索』の校訂本を、ジャン・フラピエは1936年に『アーサー王の死』の校訂本を出版した。アレクサンドル・ミシャが大規模なサイクルの中核をなす『ランスロ本伝』と『メルラン』(続編は含まない)の校訂本をすべて出版するには、1980年代まで待たなければならなかった。さらに1997年にはジャン=ポール・ポンソーが『聖杯由来の物語』の校訂本を出版する。作品の校訂を行った研究者たちは、それぞれに異なる写本を底本として選択している。
以上のような校訂の歴史を踏まえると、ただ1つの写本をもとにして散文「聖杯物語群」全体を校訂し、対訳版を出版するというフランスのガリマール出版「プレイヤッド叢書」の企画は新機軸だった。推進役だったダニエル・ポワリヨン氏が1996年に突然この世を去ったため、企画は頓挫しかねなかったが、編集責任の労を受け継いだのが今回の講演者フィリップ・ヴァルテール氏である。故ポワリヨン氏の高弟にあたるヴァルテール氏の指揮のもとで、中世フランス語散文による「聖杯物語群」は、ボン大学図書館所蔵526番写本を底本とし『聖杯の書』という総題で、第1巻が2001年、第2巻が2003年に公刊され、2009年には第3巻とともに、全3巻の校訂本の理解を図像の観点から補足するために『聖杯アルバム』が世に問われた。
散文「聖杯物語群」校訂本の先駆的な仕事であるゾンマーの版は、ロンドン大英図書館追加10292番~10294番写本を底本としている。しかしこの版は「校訂本」というよりも綴り字の転記に近いものであり、我々が現在中世フランスの文学作品を読む場合の慣例とは異なる原則に立っているばかりか、現代フランス語(または現代英語)の翻訳もつけられてはいない。これに対して今回、ヴァルテール氏の指揮のもと10年の歳月をかけて実現した『聖杯の書』は対訳本のかたちをとり、13世紀の原文に現代フランス語訳が添えられているばかりか、詳細な注釈が施されている。
『聖杯の書』の底本に選ばれたボン図書館所蔵526番写本は、少なくとも2つの点で重要である。1つは写本の筆写年代である。写本の最後には写字生の名前だけでなく、1286年8月末に筆写されたことが明記されており、ゾンマーが底本としたロンドンの写本よりも約20年古いことが分かる。したがってボン大学526番写本は、散文「聖杯物語群」が成立したとされる時期(1250年頃)に近いという点で重要である。
もう1つの点は、収録する作品に対して写本が独自のタイトルを提案している点である。たとえば現代の校訂者たちが『聖杯由来の物語』と呼ぶテクストをボン写本は『アリマタヤのヨセフ』と呼んでいる。文献学者たちが、他の写本群が収録する別の続編作品と区別するために、苦し紛れに『ウルガタ続編』と呼んでいる「メルラン続編」は、『アーサー王の最初の武勲』と名づけられている。さらに『ランスロ本伝』については、「ガリア辺境」、「ガルオー」、「ランスロの探索第1部」「同第2部」という下位区分がなされている。現代の文献学者たちは『ランスロ本伝』の中で従来、「ガルオー」「メレアガン」「アグラヴァン」という3つの大きなまとまりを区別してきたが、ボン写本に見られる先の4つのタイトルは、この3分割に取って代わっている。現代の校訂者たちは、販売戦略上の観点から、中世の作品に恣意的なタイトルをつけることがあるが、今後は中世の写本が提案するタイトルを尊重すべきである。
13世紀の散文「聖杯物語群」全体の呼び名についても、これまでは「ウルガタ・サイクル」、「ランスロ=聖杯サイクル」、「ゴーチエ・マップのサイクル」といった誤解を招く名称が使われてきた。あらゆる誤解を避けるためにも今後は、プレイヤッド版が採用した『聖杯の書』というタイトルを総題として使用することが望ましい。『聖杯の書』とは、フランス国立図書館747番写本が収録する『メルラン』(散文「聖杯物語群」の一部)に認められる示唆に富む詩的なタイトルであり、「書」という言葉は「聖書」や「叢書」というニュアンスを持っている。散文「聖杯物語群」は、アーサー王と円卓騎士団が活躍したとされる時代(6世紀)を聖書の時代と結びつけるところに眼目がある以上、「物語群」は「聖杯」を核として、「聖杯」に関連した話をすべて収録している点で『聖杯の書』と呼ばれるべきなのである。

セイテ,ヤニック氏の講演会

開催日: 10月27日(木)
場 所: 3号館3260号室
講 師: セイテ, ヤニック氏(パリ第7大学准教授)
テーマ:自伝的言説の出版による起源
企 画: 研究会チーム「総合的フランス学の構築」

午前11時より12時半まで行われた講演では、1760年から70年頃に自伝に対する考え方の転換があったのではないかという仮説、すなわち、書店主による自伝待望の機運がこの頃生まれ、これによって従来大人物が書くものであった回顧録とは別のジャンルの、自己の内面を描く自伝文学が誕生する契機となったとする仮説を展開した。具体例として、1.ルソーの自伝『告白』の執筆を促すアムステルダムの出版人マルク=ミッシェル・レイの1761年1月1日付書簡、2.イタリアの劇作家ゴルドーニの二つの自伝執筆から出版に至る経緯、3.ヴォルテールの複数の伝記と自伝の試み、が紹介された。こうして誕生した自伝は、その後19世紀を経て今日まで、作家の作品を知るにはその人生を知らねばならないという文学的理解の一般的考え方の誕生を促したが(サント=ブーヴ)、もちろんこうした考えに対立する考え方も一方で生むことになった(フローベール、プルースト、新批評)。驚くべき説得力のある、迫力あるセイテ氏の発表であった。参加者約50名(学生・院生・教員)。

湯 維強氏の講演会

開催日:11月23日(祝)
場 所:研究所会議室2
講 師:湯 維強氏(カリフォルニア大学教授)
テーマ:中国政治のコントロール
企 画:研究会チーム「近代東アジアの構造的な変化」

中国政治のコントロールの形式と機能を中心に解読した。中国政治のコントロール方法について、歴史的・現代的・内在的・外在的、また現代共産党政治の常套手段としてのコントロール改善には、自我認識の変化と連動して、かつての政治を強行するのとは異なり、経済的な要素を取り入れて、市場経済に従い漸進的な改革を意識しながら、共産党支配を維持する前提のもと、わかれわかれの改善が見られたと指摘した。

リー,カン氏の講演会

開催日:11月26日(土)
場 所:3913号室
講 師:Kang Lee氏(トロント大学人間発達応用心理学科子ども研究所教授)
テーマ:Development of own- and other-race face processing: Behavioral and neural evidence
顔処理における人種効果の発達的検討:行動的・神経科学的知見から
企 画:研究チーム「視覚認知機構の発達研究」

Faces are one of the most important social stimuli in our environment. The ability to process faces is essential in many aspects of social cognition. For this reason, human face processing has been one of the major areas in cognitive psychology and neuroscience. In this talk, I will present a series of experimental work our team has conducted in the last 5-6 years on the development of face processing abilities in infants and children. I will specifically focus on the well-known face  processing effects, Other Race effects, that we process own race faces differently from those of other race faces. I will present data from studies using behavioral, eye-tracking, and neuroimaging methodologies to demonstrate the role that experience plays a pivotal and early role in the development of the other-race effect in specific and the acquisition of face processing expertise in general. I will use the evidence to suggest that individuals' unique experience in their social environment plays a crucial role in the acquisition of human face processing expertise, which in turns affects how different types of faces are processed.

朱 溢氏の講演会

開催日:12月21日(水)
場 所:研究所会議室1
講 師:朱溢氏(復旦大学准教授)
テーマ:中国中世における外交儀礼(賓礼)の構造とその変遷
企 画:研究会チーム「ユーラシア・アフリカ大陸における都市と宗教の比較史的研究」

朱溢氏の研究テーマは、唐宋間の国家儀礼の変遷の解明であり、今回の日本滞在(東京大学東洋文化研究所の招聘)の研究課題も唐宋間の祭天儀礼や外交儀礼の変遷だった。そこで、中央大学人文研の講演題目として、日本での研究成果の一端をお話しいただいた。特に、中央大学での講演では、唐から宋にかけての中国社会の多方面におよぶ変遷が、国家儀礼とどのように関連しているのか、という点についての朱溢氏の見解をお話しいただくことをお願いし、朱溢氏は、この課題にそって、講演を進められた。
講演では、まず、唐代における国家儀礼が従来の中国の国家儀礼を集成するものであることを指摘し、次に、唐宋間の変遷にともない、従来の国家儀礼がどのように変容を被るのかという点を具体的に論じられた。すなわち、中国国家儀礼の核をなす天と地の祭祀が、複雑な儒教解釈をめぐる論争をへて唐代中期になって体系化され、唐後半期に、時代の要請をうけて変容を始める様を分析された。
朱溢氏のいう時代の要請とは、(1)社会経済上の変化(分業の進展と貨幣経済の進展による階層の再編と中間層の台頭が国家儀礼に与えた影響)、(2) 国家財政上の変化(直接税から間接税への変化と財政規模の拡大が国家儀礼に与えた影響)、(3)思想文化上の変化(個人主義の進展と儒教の再編成が国家儀礼に与えた影響)、(4)国際関係の変化(唐王朝の統治空間の縮小と吐蕃・ウイグル・契丹の台頭が国家儀礼に与えた影響)などであり、8、9世紀以後に顕著となる東アジア世界の変貌が、唐宋の国家儀礼の変貌と密接に関連している。
国家儀礼の変貌とは、(1)世俗化(皇帝・官僚の他に多数の民衆の参加する世俗的な国家儀礼への変貌)、(2)大規模化(国家財政の拡大にともなう国家儀礼の規模の拡大)、(3)儒教・道教・仏教の融合(もともと儒教にもとづく国家儀礼が三教の融合によって挙行されるようになる)、(4)漢族ナショナリズムの昂進(外圧の高まりが、国家儀礼の内容を変貌させ、漢族中心主義にもとづく儀礼解釈が力を得てくる)などである。いずれも、説得的な分析と思われる。
会場には、中国国家儀礼史の国際的権威の國學院大学教授・金子修一氏や、唐宋国家儀礼の変遷を研究課題とする若手研究者の金子由紀氏(上智大学)等も出席され、また、本学の学部生から大学院、教員にいたる約40名もの出席者を得て、極めて水準の高い質疑応答がおこなわれ、活発な研究交流が行われた。懇親会でも議論を続行し、充実した研究会を終えた。

姜 義華氏の講演会

開催日:2月20日(月)
場 所:研究所会議室2
講 師:姜 義華氏(復旦大学教授)
テーマ:日中両国における被植民の経験と責任
企 画:研究会チーム「近代東アジアの構造的な変化」

日中関係について現状に不満をもつ研究者の多くは、歴史問題に対する日本政府の態度及び日中間の認識の不一致に原因があるとみている。姜先生は、被植民地に着目して日中両国の共通の歴史認識から、現状打破の問題を考えるべきであると指摘した。その被植民地経験とは、日中間と日米間のものと理解しているが、無理があるのではないか。しかしながら、共同責任の捉え方は通用できるかもしれない。決して日中問題の専門家ではない学者からの問題提起は大いに参考にすべきだと思う。

劉 振東氏の講演会

開催日:3月22日(木)
場 所:研究所会議室2
講 師:劉 振東氏(中国社会科学院考古研究所研究員)
テーマ:漢長安城考古発掘の現状
企 画:研究会チーム「ユーラシア・アフリカ大陸における都市と宗教の比較史的研究」

講演内容は、20世紀後半から現在におよぶ漢王朝の都城・長安城の発掘成果を整理して、将来の研究課題を明らかにするものだった。漢長安城は、中国の都城史を活気づける都城である点において国際的な関心が高く、発掘は数十年の歴史をもち、特にここ十年来の成果は著しいものがある。漢長安城発掘の責任者の一人として長年にわたり発掘を統括し、数多くの報告書・論文を公刊されてきた劉振東氏に、発掘の現状を体系的に語っていただく機会をもてたことは、本学の国際学術交流にとって幸いだった。

講演は、パワーポイントを用いて、漢長安城発掘の概況を3つの部分に分けて説明する構成で進んだ。すなわち、(1)漢長安城の城門・城壁・道路・排水溝・複数の宮城(未央宮・長楽宮・桂宮・北宮・明光宮)・東西の市場・西北部の作坊・武庫・官人居住地・閭里、(2)長安城南方の礼制建築群(王莽九廟・王莽社稷・官社・官稷・辟雍)、(3)建章宮の三箇所である。
今回の講演会で新たに明らかにされた漢長安城門発掘の主な成果は以下の通りである。

①城門はすべて三門道構造である。

②西壁の直城門発掘の現状。直城門の3つの門道のうち2つは漢代に使用が終わり(おそらく焼失したと思われる。炭化した物質と兵器が散乱しているので)、1つの門(北門道)のみ残り、五胡十六国北朝期に使用され、おそらく唐初にも利用されたと思われる。

③南壁の安門の発掘。

④南北と東西の幹線道路の発掘では、当初考えられていた3条の道路構造(真ん中が皇帝専用で両側が一般道となっている構造)は発見されていない。

⑤未央宮から100以上もの新たな遺跡が見つかっている。長楽宮前殿遺址の規模は未央宮前殿遺址の規模に匹敵する大規模なものである。建章宮はまだよくわかっていない。今後の発掘に期待したい。

⑥長楽宮遺跡の発掘は、とくに西北部の箇所において進展した。主要建築遺址として、皇太后の居住したと思われる遺跡が発見された。皇太后の宮殿址と判断できる理由は、文献の記載の他に、赤い顔料がほどこされた舗道や大規模な部屋、床の構造、壁に残る壁画の存在などによる。

⑦皇太后と判定できる建築物の東側に氷室が発見された。氷室の存在自体がその西にある建築物が皇太后の宮殿であったことを傍証する。

⑧東市と西市の位置についての新見解。従来西市と考えられてきた西北部は、モノ造りの作坊であり西市では無い。陶甬・冶鉄・鋳銭の作坊と思われる遺跡が西北部で発見され、売買用の流通品ではなく皇帝陵の陪葬用のものと判断できるので、従来考えられてきた西市とは考えられず、むしろ西市は従来東市と考えられてきた場所にあたる。従って、東市は当然西市の東方に存在すると思われるがまだ発見されていはいない。

⑨一般人の居住した閭里は東北部の箇所に存在したと思われる。現在の明光宮迹に比定されている箇所のかなりの部分も閭里かもしれない。しかし、五胡十六国北朝期に宮殿地区となったために、それ以前の遺跡は破壊され、閭里と確定できるものは発見されていない。

以上の講演内容をめぐって活発な討論が行われた。中央大学名誉教授の池田雄一氏は、「閭里は文献では7、8万の人口となるので、それだけの人口がこの東北部の面積に居住できたのか疑問だ」と質疑し、劉振東氏は、今後の発掘成果をまって最終的な判断をしたいと答えた。また、東京大学准教授の佐川英治氏は、漢長安城の東北部が五胡十六国・北朝期に再利用された歴史的意味について質問し、劉振東氏は、五胡・北朝期の宮殿には、太極殿前殿遺址(推定)が存在することや、北周長安城時代に宮城の南方に多数存在したと思われる仏教寺院について述べ、漢長安城以後も隋大興城が建造されるまで断続的に都城となった長安城の重要性を指摘した。

会場には、本学の教員や院生の他に他大学の教員や院生も出席して活発な質疑応答がおこなわれた。隣室での懇親会でも議論を続行し、充実した研究会を終えた。最新の長安城発掘状況を物語る優れた講演であり、出席者はみな満足して帰路についた。講演内容は、学内の学会誌に掲載する予定である。