日本比較法研究所

2017年度 講演会・スタッフセミナー 概要

テーマ:日独弁護士職業法シンポジウム―弁護士の独立と利益相反の禁止―

本シンポジウムは、中央大学比較法研究所主催、日本弁護士連合会、ドイツ連邦弁護士会およびドイツ弁護士協会との共催のもと、独日法律家協会の後援を受けて開催されたものである。Prütting教授のほか、ドイツより4名の学者・実務家を招聘し、日本からは、本学加藤新太郎教授ほか3名の学者実務家を報告者ないしはコメンテーターとして招聘のもと、行われたものである。このシンポジウムでは、テーマは、弁護士の基本的義務であるその独立性および利益相反の禁止が、テーマとして取り上げられ、ほぼ全日にわたり報告と活発な論議が展開された。Prütting教授は、本シンポジウムにあたり、ドイツにおける弁護士の独立性の理解と、それに関連して論じられる事柄につき、詳細な報告を行い、今後の問題検討にとり、有意義な視点と情報が提供された。

テーマ:和解担当裁判官、ミディエータ、調停人―どこがどのようなことになるのか?―

中央大学多摩キャンパス2号館において、上記テーマの下、Prütting教授の講演会を実施した。1990年代末から、ドイツでは、裁判外紛争解決に関する立法が相次いでいる。運用レベルでは、裁判官によるミディエーションが実施されるなどの試みが行われた。また、近年は、EU指令に従った国内法の整備のため、2012年にミディエーション法が制定され(同時に民事訴訟法が改正され、和解裁判官制度が導入された)、また、2016年には消費者紛争解決法が制定され、紛争調停人という新たな概念が導入されるに至っている。このような法状況の下、紛争解決を担う、和解裁判官、裁判官ミディエータ、ミディエータ、紛争調停人の法的地位及びその効果を明らかにする観点から、Prütting教授に講演をしていただいた。普段、日本では曖昧になっているコーカス(一方当事者だけとの話し合い)や秘密保持の問題について、明確かつ示唆的な内容が提供された。

テーマ:アジアにおける社外取締役の態様とその分類

講演は、日本においても注目を集める独立取締役に関して詳細な比較分析を行うもので、従来の伝統的な理解に対して疑問を投げかけるものであった。参加者は現在の日本の独立取締役会制度のあり方について再考する有益な機会を得た。また、質疑を通して、この分野における比較法研究の困難さも照らし出された。
その上で、今後のこのテーマに関する比較法研究としては量的研究だけでは十分ではなく、各法域に関する詳細な理解が必要であることが指摘された。また、そのために、法域を超えた研究者間のコミュニケーションが必要であることが指摘された。

テーマ:NAFTA再交渉とその法的、政治的影響

  • NAFTAは、冷戦後、米国がその経済的優位を確保する意図で成立したが、その後の世界情勢の変化の中でその位置付けや意義も変化してきた。トランプ大統領も北米及び世界経済におけるNAFTAの重要性や地政学的な妥当性を理解してきたのか、あまり過激なことを言わなくなった。
  • NAFTAは、今日では単に自由貿易のみならず、国境を越えて構築されている3国間の製造業の分業、サプライチェーンの枠組みとして極めて重要である。米国の1400万人の雇用がNAFTA関連であり、メキシコから米国に輸出される工業製品の部品の4割は米国製である。米国南部州を始め多くの州がメキシコへの輸出に依存しており、米国農業界にとってもNAFTAは極めて重要でその維持を支持している。
  • 米国ビッグ3始め多くの企業がメキシコに投資しているが、米国の雇用問題は、NAFTAだけが問題ではなく、主要な原因は、中国からの安い製品であり、機械化である。
  • 特に、中国製部品がNAFTAを利用した製品に用いられることが米国の対中国赤字の原因ともなっており、ローカルコンテントの引き上げ、或いは、環境、労働条件等すでにTPPで合意した内容を取り入れるNAFTAの現代化、更には、紛争解決手続きやアンチダンピング規定の改正等が行われるであろうが、大幅な改正や米国による離脱はありえない。
  • 来年7月には、メキシコの大統領選挙もあるので来年6月までが事実上の交渉期限となる。

テーマ:大西洋から太平洋へ…米中関係の新たな課題

  • 今日の米国と欧州を中心とする世界秩序は、約500年前の大航海時代から始まり、250年前の産業革命で強化され、20世紀になって米国の覇権が圧倒的になり特に冷戦の終了、ソ連の解体は、米国の優位を決定付けたとも思われた。しかし、ここ25年の東アジアの急速な台頭により、政治的・経済的地政学上、世界は新たな時代に入ったことを認めなくてはならない。
  • 他方、欧米は、その内部の問題で対立し消耗し、自信を失い、その経済的衰退はGDPシェア、経済成長率、人口など種々の数字が明らかである。米国は、アフガン・イラク戦争で疲弊し、財政、貿易、対外債務の3つの赤字に直面し、世界の指導国としての自覚も薄れ内向きになっている。西洋の占める世界における存在感は、500年前に戻ろうとしている。
  • 欧米に代わって台頭しているのが東アジアであり、中国、インド、ASEANであるが、特に中国の台頭は目覚ましく、鄧小平以来のプラグマチィックな政策が成功をおさめ、最近では、一帯一路構想を打ち出し多くの国々の関心を集め、AIIBやBRICSの間でも種々のイニシアティブを取っている。
    米国については、エネルギー分野を中心に経済再生が図れるとの主張もあり、中国については過度の輸出依存、格差問題、高齢化、環境等の克服すべき問題もあるが、今後は、米国と中国の間で、アジア太平洋地域における経済的、政治的覇権をめぐり駆引きや対立が生じ、いずれにせよ、世界の中心が大西洋から太平洋に、特に東アジアに移ることには間違えない。

テーマ:欧州連合司法裁判所とイスラム:私企業におけるスカーフ着用禁止問題と基本権

テーマ:現代中国における土地法の諸問題

概要

(一)中国における土地問題の背景

中国における土地問題の背景では、1、市場経済は、おのずとそれが調節する規則をもつが、中国の土地資源は、いまだ完全には、または大部分は市場化されていない。2、都市部における住宅の価額高騰、金融危機の顕在化に言及された。3、小作農経済により生まれた農産品市場が競争による困難をかかえ、農民が出稼ぎのため都市部へ流入した結果、農地の耕作が放棄され、遊休農地になりつつあるとされた。

(二)中国における土地法制度の概要

中国における土地法制度の概要では、1、公法としての《土地管理法》に対する公私混同の《農村土地請負法》として、ここでの公私混同とは、主として請負経営主体と客体がともに公法の制約を受ける点に関連するとされた。2、私法としての《物権法》に対する公私混同の《城鎮国有土地使用権移転及び譲渡暫定条例》では、国有の土地の有償譲渡の公私混同とは、政府は一面で管理者であり、一面で譲渡者であることにほかならない。つまり、公と私の二重の身分で問題が説明できるとされた。3、土地の用途に関する取締り制度にもふれた。

(三)「土地管理法」に関する一部改正案の形成過程

土地管理法に関する一部改正案の形成過程では、1、「国務院に授権して北京市大興区等33のテスト地点見(市・区)の行政区域で関連する法律の規定の実施を暫時調整することにかんする全国人民代表大会常務委員会の決定」(2015年2月27日)にふれたうえで、2、国土資源部の修正(一部改正)案(「中華人民共和国土地管理法修正案」意見徴収稿2017年5月23日)が紹介された。とくに、一部改正に関する説明や一部改正に関する背景がそれぞれ紹介された。

(四)一部改正の重点

一部改正の重点としては、1、資源配置における市場の決定的な効果、2、都市部の土地が国家に属するという規定の改正の当否、3、農村の建設性用地が市場に出回ること、4、用益物権とされる農民の宅地を整えること、5、都市と農村の土地に統一的な権利体系を創設すること、6、国家が土地の公共利益を収用する境界線を引きそれを制限すること、7、集団の所有権、請負権、経営権という三権に分けて設定することが、それぞれ説明された。

(五)まとめ-今後の展望

最後にまとめ-今後の展望がなされた。

テーマ:ヨーロッパにおける一人自営業者―労働政策・社会政策における課題

本講演では、近時のヨーロッパ諸国における一人自営業者の実態を説明していただくとともに、一人自営業者に対する法的保護(特に、年金保険制度における法的保護)をめぐる議論動向を説明していただいた。これまでにも、一人自営業者をめぐるEU各国の社会保障制度の対応を紹介した先行研究は数多く存在したが、本講演はドイツ・オーストリア・オランダ・EUにおける年金保険制度をめぐる最新の政策動向を網羅的に取り扱うものであり、参加者は新たな知見を得るとともに、各国及びEUレベルの議論動向をそれぞれ比較しながら、その長短を理解することができたものと考える。特に、講演者の主張は、ドイツにおける一人自営業者の実態を踏まえつつ、一人自営業者に対しても十分な年金給付を保障することができるよう、被用者保険制度や企業年金制度の適用対象者の拡大を求めるというものであった。このような講演者の主張は、わが国において、一人自営業者に対する年金保険制度上の保護の在り方を検討するうえで、一つのヒントとなろう。

講演会終了後の質疑応答についていえば、講演者の出身国であるドイツの年金保険制度・社会保障制度の仕組みや基本概念についての補足説明を求めるものが多かった。こうした要請をふまえ、講演者に的確かつ詳細に補足説明を行っていただいたおかげで、講演会参加者はドイツの年金保険制度及び社会保障制度をより正確に理解することができたものと思われる。

テーマ:臨死介助・自殺幇助に関する近時の動向―ドイツ刑法(新)217条を巡る論争

ドイツにおいて、臨死介助(安楽死)を巡る議論は、近時、劇的な変遷を遂げている。本講演は、同議論について、この間の動向を伝えたものである。

講演では、まず、臨死介助の古典的形式を確認し、次に、人間の尊厳とそこから導かれる自己決定権から臨死介助を論じる判例・学説の進展(発展)について、自殺を試みた者に対する救助義務を否定し、そのうえで、治療行為の中止の正当化に関して「作為による不作為」という従来有力であった構成によらずに、その手段が作為であれ不作為であれ「治療中止」それ自体が許容されるべきであるとしたプッツ(Putz)判決をひきつつ紹介して、その趣旨について正当であると評価しているが、このような議論の流れに逆行するかの動きを体現したのが、自殺を支援する臨死介助協会の活発化を意識して近時成立した刑法(新)217条の「業としての自殺幇助禁止法」である。自己決定権を否定するその内実について法案時から異を唱えてきた立場のひとりとして、講演者のローゼナウ教授は、同条文に対して憲法的な視点も加味して総合的な批判を加え、そして、「消極的臨死介助」概念に取って代わるものとして「治療中止」の概念を提案するに至っている。

さらに、新法の悪しき影響がすでに判例に現れていることを指摘して、しかし、同教授は、その一方、この新法に反対する判例も出ており、今後、それらが裁判所が新たな構成要件を制限していく契機になるであろう可能性について新たな「希望」として触れている。

このように、本講演は、ドイツにおける臨死介助の議論のあらたな局面を紹介して大きな意義を有し、それは今後のわが国の議論にも大きな示唆を与えるものであると思われる。

テーマ:裁判所の建築様式と開かれた司法―オーストラリア、日本及び国際刑事法廷
(原題)COURT ARCHITECTURE AND OPEN JUSTICE : Australia, Japan and International Criminal Law

多摩キャンパスにおいて授業(国際人権法)の時間帯を使用して講演に当てたものである。
裁判所や法廷の建築様式および内部の構造をどのように設計するかは、法律学の分野ではこれまでほとんど着目されてこなかった問題である。しかし、裁判所の建築やデザインは、司法(とくに刑事司法)のあり方に大きくかかわりのある問題であるという点に力点が置かれている。なるほど、公平な裁判は、密室で行われることはなく、開かれた法廷で行わなければならないのであるから裁判が公開であることは、より法廷のスタイルも一般市民にとってアクセスしやすく開かれたものであることが求められる。こうした指摘は新鮮であった。聴講学生も各国の裁判所と我が国の裁判所との違いを知るよい機会であったことだろう。

テーマ:取調べにおける録音・録画:オーストラリアと日本の場合
(原題)LAWS OF CONFESSIONS AND AUDIO-VISUAL RECORDING IN AUSTRALIA AND JAPAN

いわゆる警察における被疑者の取調べの録音、録画問題である。我が国では、取調べにおける証拠の価値としては自白が偏重され、その結果、無理な取調べにより冤罪を生む結果を招いてきたとも批判されてきた。他方、こうした指摘を受けて、我が国でも、漸く法改正が整い、録音・録画のシステムが稼働するようになったところである。録音・録画は、これまでの密室内での取調べという批判を受けて、取調べ手続の透明性を高めるとともに供述内容が客観的な証拠として価値があることを示す手段としても有用である。ただし、取調べの録音・録画が行われるのは、全刑事事件のうち、重大な事件に限られるため、2~3%に過ぎないとも言われる。また、録画というのは一見のところ、客観的な記録のように思われるかもしれないが、実際はカメラの位置、録画対象者との位置関係、誰を写しているか、光や影の状態などによって、印象が操作されることがある。したがって、警察取調べにおける供述(その中に自白が含まれる場合であっても)内容を評価するには慎重でなければならず、ピーター・ラッシュ先生はむしろ任意性、透明性という観点からは、裁判段階における供述を重視するべきなのではないかと指摘している。彼我の制度違いはあるものの、傾聴すべき意見であると思われる。

テーマ:ドイツ扶養法の根拠

(講演の趣旨)
この講演は、ドイツ民法における現行扶養法規定を前提として、扶養義務の根拠を法解釈学の観点から明らかにしようとするものである。
第1部では、家族の社会学的変化や法倫理的な観点から扶養法のあり方を論ずる前に、まず、実定扶養法の構造と扶養義務の根拠が解釈論的に明らかにされなければならないという、本講演の基本的意図が示された。
第2部では、私法上の請求権としての扶養請求権の機能と意味が分析され、ドイツ扶養法の歴史的生成が、配偶者扶養と血族扶養、非嫡出子とその母の扶養についてまとめられ、さらに、外国法との比較が夫婦扶養を中心に試みられた。
第3部では、現行ドイツ扶養法の体系が、子の扶養、親の扶養、その他の血族扶養および離婚後の扶養ごとに分析された。
最後のまとめとして、法律上の扶養義務は「身分」を根拠として、現行ドイツ法では、基本的に婚姻、登録〔同性〕パートナー関係、共同の親性および血族関係に結びつけているとの結論が述べられている。最後に、こうした原則は、信頼保護のための扶養義務の承認と、任意的になされる扶養給付に対する法的承認によって補完される必要が認められるが、それは扶養義務の身分準拠性を疑問とするものではないとの見解が述べられた。
(講演の意義)
日本における比較家族法研究のなかで、扶養法を対象とするものは少ない。そのような研究状況において、本講演におけるドイツ扶養法の全体像の歴史的生成過程にまで遡った整理は、得がたい知見を与えるものである。さらに、多様化する現代の家族関係の中で「身分」の概念が持つ意義を分析的に明らかにしている点も、扶養法に限らず家族法一般の研究にとって有益な示唆を与えている。講演後は、複数の民法研究者からの発言があり、社会保障と扶養義務の相互関係、成年子に対する親の扶養義務の根拠、婚姻中の生活態様と離婚後の扶養義務の関係など、具体的な論点について質疑応答が交わされた。

テーマ:ドイツ家族法の基本原理

(講義の趣旨)
本講義では、ドイツ家族法の基本的な仕組みがその背後にある考え方を含めてわかりやすく解説された。序論(総論)では、1957年の男女同権法による改正から2017年の同性婚導入までの、ドイツ家族法の主要な改正が紹介された。また、家族法は基本法(憲法)の準則に基づいており、とくに連邦憲法裁判によりその準則が展開されているということが示された。総論を踏まえて、家族法の主たる構成要素である婚姻法と親子法の構造と原則が講義された。
婚姻法領域では、2017年10月1日に同性婚が認められた後は、婚姻にとって、性別はもはや重要な役割を果たさなくなっているという。その結果、家族法上の考察に際しては、パートナーの性別ではなく、パートナーとの関係が法的な形式を備えた生活共同体であるかどうかが区別されることになる。パートナーの同性か異性であるかによって違いを見出さない婚姻をめぐって、その創設、別居および離婚の要件と法律効果が講じられた。また、法的形式を備えていない生活共同体は、ドイツ法上は「事実上の婚姻」とは考えられてはおらず、そのような生活共同体を営むことは、私的自治の範疇のものであって、民法の一般規定が適用される。
親子法領域では、1997年・1998年の法改正により、嫡出子と非嫡出子の区別が撤廃され、統一的かつ単一の親子法という形をとることになった。
親子法領域の組み立ては、血統法、親の配慮(権)と面会交流、子の扶養および血統法の中での人工生殖の取扱いに関する新しい立法の動きが扱われた。
(本講義の成果と影響)
本講義は、法学部の家族法の講義枠の中で実施した。本講義後の通常の授業において、日本の家族法上の問題を比較法的に検討する際に、本講義で取り上げられたドイツ法上の制度及び議論と比較しながら講義、質疑応答を行っており、学生への教育効果が大きいといえる。

テーマ:アジアにおける国際投資協定と仲裁

●はじめに、国家間、国家と私人(投資家)との間の投資活動と投資の受け入れに関する紛争として、国際投資協定に基づく紛争解決措置を取り上げ、特にアジア太平洋地域における事例とその傾向を分析検討することで、課題と当該課題解決のための方向性を明らかにすることが本講演の目的であるとした。
●第1に、投資に関わる紛争の特徴として、アジア太平洋地域の国別に検討した。結果、現状、投資受け入れと投資先のバランスという観点からは、投資先への投資活動が増大、活発化している点、これに伴い、投資受け入れ国側の訴訟対応が求められている点、これまで投資受け入れ国であった国家(たとえば、中国等)も昨今では投資先へ積極的な投資行動を行っている点等アジア太平洋地域における積極的な投資活動に関する紛争を客観的資料(実際の投資活動および投資受け入れの金額、実際の紛争事例の発生数等)に基づき確認した。
●第2に、二国間での投資協定とこれに伴う紛争解決措置、そして、多国間にわたる投資協定の重要性について、紛争解決措置が旧来型の投資受け入れ国に有利な方向性を持つものではなく、また、その逆に投資家に有利な方向性を持つものでもなく、両者の利益のバランスを調整できる仕組みが模索されている点が確認された。これは、投資受け入れ国に有利となってきた従来型の措置の持つ諸問題を根拠としている。すなわち、第1に、実際の解決に各国の国内司法体制に基づいた法執行や法的救済の遅延が生じること、一方当事者にとってのみ有利となるようなバイアスが機能すること、関連事例との整合性(統一性)が確保されていないことといった問題であり、これらの諸問題に対する解決手法を提示するものであるとした。具体的には、欧州の裁判所型の措置として、また、WTOの上級委員会制度も考慮に入れつつ、パネルシステムと司法審査を組み合わせることで、上記諸問題をそれぞれ解決しようと提示した。
●第3に、二国間の協定においてルールを策定する側とルールを受け入れる側との関係についても、後者のような者の状況では一方的なルールの受入のみで真のルール形成には至らないという点で問題であり、より良い紛争解決措置の構築にはルール策定に関する訓練の重要性が確認された。
●最後に、旧来の紛争解決手段ではなく、欧州における裁判所型の紛争解決手段の構築を目指す必要があり、そのために多くの国家等が参加することを可能とする仕組み作りが必要となっているとして本講演を締めくくった。

テーマ:EUデータ保護規則とAI社会

AI社会におけるデータ保護というテーマでスタッフセミナーを開催した。Kuner教授の基調講演のあと、藤原静雄所員と佐藤信行所員から報告に対するコメントを行う形で進められた。
Kuner教授からは、GDPRにおいて、個人データの範囲が広範であること、プロファイリングに関する規制があること、データ主体への情報提供義務があること、そしてデータへの規制があることなど説明があった。その中で、アルゴリズムの透明性とデータ主体への情報提供との関係については、EUにおいてもまだ議論が尽くされていないが、少なくともGDPRに従えば、人工知能における処理のロジックについてデータ主体への情報提供の義務があると理解されている。これらの規定に違反すれば、サービスや製品をEU市民に提供している日本企業であっても、制裁金が全世界の総売り上げ4%または2000万ユーロ(26億円程度)のいずれか高額な方が課されることとなる。
藤原所員からは、Kuner教授の報告に対して、網羅的な指摘が行われた。たとえば、制裁金に関する日本とEUとの間の社会的背景ないし文化の違い、データ移転に関する十分性認定に関する問題、ビッグデータやAIの時代における従来の基本原則がどこまで妥当するか、プロファイリングに関する問題、匿名加工データに関する問題などが指摘された。
佐藤所員からは、十分性認定に関する問題や匿名加工情報の利用に関して、日本とEUを対比して、日本の課題などが指摘された。
参加者からもAI社会におけるデータ主体への情報提供の義務とアルゴリズムの透明性に関する論点やヨーロッパの規制アプローチの是非について質問が提起された。EUにおける最新の状況をKuner教授から知らせていただき、また日本とEUとの異同を理解するうえで有意義なセミナーとなった。

テーマ:生命倫理と法―死ぬ権利について

本セミナーでは、まず、リップ教授により、終末期医療における患者の自己決定権に関するドイツの議論と法律状況についての報告がなされ、その後、これをもとに活発な意見交換が行われた。本報告においては、まず、終末期医療においても通常の医療と同様の原則が妥当し、患者の自己決定権が重要な意義を有することが確認された。そして、消極的臨死介助が正当化されるのは、患者が治療行為に承諾しておらず、それゆえ医師は治療行為をしてはならないからであるという理論的根拠が提示された。次いで、患者自身が承諾できない場合における代理人の役割については、患者の権利と利益を擁護するものであるということが確認された。最後に、具体的な治療行為が開始される以前に患者があらかじめ意思表明することについての諸類型が紹介され、そこでは、法律上の要件を満たして書面の形式によって表示されたものから、患者自身の信条や価値観といったものまでもが患者の意思の推定には用いられるが、これらは代理人と医師による解釈を必要としているのであり、その上で患者の意思の実現に向けた治療行為が実施されなければならないということが示された。
本セミナーで展開された、ドイツにおける終末期医療と患者の意思の関連について、あくまでも患者の自己決定権の実現こそが終末期医療においても優先されるべきであるというリップ教授の主張は、患者が承諾能力を喪失する前にあらかじめ意思表示をするということについて、未だ法律による定めが置かれていない日本において今後の立法論が展開されていくにあたり、参照価値の高いものである。

テーマ:中国民法における「能力」概念の研究

<基調講演>
李 永軍(中国法政大学教授)「中国法における権利能力、行為能力及び責任能力」
常 鵬翱(北京大学法学院教授)「中国民事裁判官から見た「能力」」

テーマ:地政学とビジネス・ローヤー

国際的な企業活動にリーガルサービスを提供する法律家・実務家を対象に、そのような法実務家に必要となる学際的資質について説明があり、とくに地政学・取引費用の経済学等の分野からの示唆を、どのようにリーガルサービスの構築に役立てるかを検討した。その後、近時の一帯一路政策やASEAN経済共同体の動向と、たとえば鉄道敷設事業に、どれだけ多数の国家と事業会社が関わるかといった事例をベースに、そこで果たす法律家の役割を分析した。

テーマ:中国倒産法の過去・現在・未来

李教授は、中国の倒産法改正に関して立法作業を担当する6人の研究者の中心的メンバーである。そこで、現在、中国で進行中の倒産制度改革について、これまでの立法の経緯と現状および今後の課題についてお話しいただいた。講演後に、講演会への参加者から、非常にたくさんの質問が提示され、李教授が回答・解説し、予定時間を大幅に超える盛んな議論が交わされた。
李教授は、中国語による15ページにわたるレジュメを配布し、それを基に通訳(北京航空航天大学劉頴准教授)を介して講演を進められた。1時間半程度の講演の後に、1時間程度の質疑応答が行われた。

テーマ:Fintechビジネス法フォーラム2018:中国と日本におけるFintechとRegtechの最新事情 Fintechビジネス法フォーラムとして、「日中のFintechとRegtechの最新事情」をテーマに、下記のプログラムで実施した。

14:00~14:10 歓迎挨拶と趣旨説明
福原 紀彦(中央大学法科大学院教授)
14:10~15:40 基調講演 (通訳:毛 智琪 他)
楊 東(中国人民大学教授・2017年度外国人訪問研究者)
「中国におけるFintechとRegtechの現状と展望」
趙 磊(中国社会科学院法学研究所副研究員)
「信用規制とブロックチェーンの発展」
周 子衡(中国弁護士/元アリババ顧問、浙江現代デジタルフィンテック研究院理事長)
「デジタル経済がもたらした監督への挑戦と法律の革命」
16:00~17:30 コメントと意見交換 (通訳:毛 智琪 他)
「日本の金融法制改革の方向性―金融法の基礎概念」
片岡 義広(片岡総合法律事務所所長弁護士・中央大学客員教授)
「仮想通貨規制のグローバル化」
杉浦 宣彦(中央大学大学院戦略経営研究科教授)
「法令工学とRegtech」
角田 篤泰(中央大学研究開発機構教授)
17:30~17:45 総括
福原 紀彦・楊 東

テーマ:比較法の観点で見るビットコイン等の仮想通貨の日本における法規制

ダンヴェァトさんは、詳細に日本における仮想通貨に関する法規制を説明して、EU及びドイツの法規制と比較した。日本は仮想通貨を規制するため2017に資金決済に関する法律を改正して、特別な法規制を制定した。それに比べて、ドイツやEUにおいて、特別な法規制はない。EU法において、法規制はまったくなく、ドイツにおいて、銀行法の一般の規定が適用される。内容の局面では、日本とドイツの規制はそれほど異ならない。両国には、仮想通貨の市場・取引機関の設立・運営のための金融取引に対する国の監督機関の許可・登録要件、顧客の保護制度及びマネー・ローンダリングを防ぐ制度が規制の中心となっている。しかし、細かいところにおいて、日本の規制とドイツの規制はいろいろと差異がある。また、ドイツと日本と両方の国には行政の経験は少なく(日本はちょっと多い。)、それでも、日本において、非常に細かい規律がある。全体で評価すると、日本の法規制はドイツより具体的且つ詳細であるので、ドイツ等の国のために、手本となりうる。しかし、どちらにしても仮想通貨の取引には経験がまだ浅く、いろいろな法規制の改善が必要となってくるであろう。
報告の後、活発的な議論が行われていたので、講演会は研究交流の面で極めて成功したと言える。

テーマ:何故に証拠禁止なのか?証拠利用禁止の法形象に関する異端的考察

刑事訴訟法学においては、違法な捜査が行われそれにより得られた証拠を刑事訴訟においてどのように扱うのかという問題がある。ドイツの刑事訴訟においては、証拠禁止(Beweisverbot)という言葉を用いた議論が行われているところ、本講演においては、このドイツの証拠禁止について扱うものである。本講演のスタートラインとして、手続上の瑕疵と真実発見を相互に結びつける基盤が欠けていることを認めた上で、この結びつきのリンクを模索する。ところが、ドイツの刑事訴訟では、証拠禁止が必ずしも十分に機能しないことを紹介し、その代替案として、損害賠償による解決を模索するべきとする主張をしている。なお、本講演では、報告用の原文(ドイツ語)原稿及びそれに対応する仮訳を配布した。

テーマ:ドイツにおける人格法の新たな展開

本講演は、伝統的な観点からいえば、憲法の私人間効力の問題を扱ったものといえる。具体的には、人格権の憲法上の保護と私法上の保護が論じられた。人格権についての憲法の私人間効力という観点からの分析は今までにそれほど多くなされてきたわけではない。
下記講演の概要で示すような項目についての問題提起を受けて、例えば、国家(この場合、立法者)の国民保護義務に対応する、国民の側の保護請求権が認められるか等について、傍聴者との間で議論が行われた。
本講演で示された要点をあげると以下の通りである。
1.基本権は、立法者を直接的に拘束している。
2.防御〔権〕的観点(Abwehraspekt)と保護義務との間には、基本的な相違は、存在しない。
3.人格権は、あらゆるケースにおいて、憲法上の保障を享受している。
4.一般的人格権と特別な人格権は、補充されている。
5.〔人格権の〕保護対象物(Schutzgüter)は、肖像、氏名、及びそれに類する諸利害である。新しい判例においては、特に当事者の人格(Person)及び二種類の歴史的な出来事に焦点が合わせられている。
6.インターネットにおいては、原則として、ホスト・プロバイダーとアクセス・プロバイダーは、法令違反を知っていた場合には、責任を負う。その場合に、ホスト・プロバイダーとアクセス・プロバイダーは、予防的検査義務を負う。

テーマ:オーストラリアにおける倒産取引阻止義務

オーストラリアにおいて、会社の財務状態が悪化したとき、あるいは倒産の申立以後に、取締役等が事業に関連してなした取引について、会社債権者に対する責任を認める法改正が議論されている。そこで、倒産手続とは別に、取締役個人が会社債権者に責任を負うとする日本法を参考に、これまでのオーストラリアの議論を紹介し、判例の分析およびオーストラリア証券投資委員会(ASIC)の実務を踏まえて比較法的に検討した。とくに、オーストラリアの特徴として、ASICの実務の実効性に疑問が持たれているものの、裁判(訴訟)手続にも、債権者救済を期待できないこと、さらに起業家(創業者・会社役員)に過大な責任を課すことによって、ベンチャービジネスにマイナスの影響を与えることが危惧されている、といった指摘がなされた。英米法・大陸法といった法系の違いを超えて、会社倒産時の処理のあり方、取締役等の責任と債権者保護、事業継続とベンチャー育成の法政策等共通の課題を認識して、大変有意義な議論がなされた。