商学部「ベーシック演習(担当教員:小田悠生 准教授)」の学生が、2026年2月10日(火)~2月12日(木)で沖縄・那覇市を訪問し、、歴史遺産とツーリズムについてに関する実態調査を行いました。
*本調査は中央大学商学部「特色ある学部教育補助」により、渡航費用の一部補助を受けております。
演習(ゼミナール)とは
少人数クラスで構成され、特定のテーマに関する研究発表、担当教員との質疑応答や学生同士の討論、またグループワークを通じて、学生の主体的な学修を促すための科目です。
商学部 1年次開講の「ベーシック演習」では、人文・自然・社会科学の幅広い分野から特定のテーマをめぐり、討論・発表などを通じて基礎的能力を養います。
調査報告
調査目的
本演習では、歴史遺産とツーリズムについて学んでいる。夏学期は、その一環として、第二次世界大戦期に関する施設である、しょうけい館(厚生労働省)、昭和館(厚労省)、千鳥ケ淵戦没者墓苑(厚労省・環境省)で、戦争の記憶の継承について調査を行った。秋学期の実態調査では、女性たちの経験に焦点を合わせ、沖縄県南部の戦争遺産で戦争の記憶とツーリズムについて調査を行うこととした。戦跡訪問にくわえ、現地のさまざまなガイドの方からお話を伺う。
調査結果
「ひめゆり学徒隊」にまつわる戦跡を中心に訪れた。本報告では、特に南風原(はえばる)町の黄金森にのこる沖縄陸軍病院壕(第一外科壕群・第二外科壕群)について記す。黄金森には戦争中に手で掘られた人工の横穴壕が複数存在する。これらの壕では傷病兵延べ1万名が収容され、「ひめゆり学徒隊」約200名、軍医・看護師約450名が医療に従事した。1990年、南風原町は戦争の悲惨さを伝える証として、第一外科壕群・第二外科壕群を町の文化財に指定した。これは、戦争に用いられた遺跡を自治体が文化財として指定した全国初の例としても大きな意義をもつ。戦争遺跡を文化財として保存する運動は1990年代半ば以降に高まるものの、国による保護の指針は定まっておらず、調査もまた地方自治体に任されているため、全国的に保存が進んでいるとは言えない。南風原陸軍病院壕も歳月の経過と地質のもろさが相俟って劣化・埋没が進んでいたものの、2007年、町は壕を保存するだけではなく内部を公開することが、戦争の記憶の伝承のために重要であるという決定に至った。現在は20号壕が公開されており、事前予約制・町認定ガイドによる少人数制のツアーが行われている。町は「南風原平和ガイド」の育成講座を開催し、全7回、1回数時間から全日の講座の修了者が戦争遺跡の案内に従事するという仕組みを整えていることもわかった。2020年以降、20号壕の内部案内だけではなく、周辺の屋外戦跡案内も始まっており、こうした取り組みの結果、国内外から多くの見学者・学習者が訪れるようになっている。同時に、すでに80年が経過した壕の公開は、多くの人が立ち入ることによる内部劣化という問題と表裏一体であるという課題についても学んだ。
