法学部

【活動レポート】川畑 めぐみ (政治学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(30) カナダで政治、社会を学ぶ(上) 人の共存実現で大きな可能性

現在私は、法学部の「やる気応援奨学金長期海外研修部門」の支援を受けてカナダのトレント大学に留学中です。これから2回に分けてトレント大学での留学生活について報告させていただきます。今回は、留学の目的や経緯、そして実際のこちらでの生活や勉強などについて御紹介したいと思います。

ジャーナリストの夢を実現へ

今回の留学の目的は、ジャーナリストになるという長い間抱いてきた夢を実現させるための準備をすることにあります。歴史や文化的背景、社会状況などが日本とは異なるカナダに1年間留学することによって、日本では学べないさまざまな政治的、社会的問題を勉強すること、また米国と密接な関係にある点で日本と共通の側面を持つカナダが、どのようにしてその関係を保っているか、両国の類似点及び共通点は何であるか、などを学ぶことによって、現在の日本の政治、社会の問題点を新しい視点から考察する力を身につけることが、主な目標です。それに加えて1年間英語で勉強する環境に身を置くことによって、将来ジャーナリストとして不可欠である英語力の基盤を作ることも、目的の1つです。カナダを選んだ理由は、憲法上での先住民の権利保障、多文化主義の公式適用など、日本ではいずれも実行されていない取り組みを行っているカナダの政治に魅力を感じたことと、異なる文化背景を持つ人々が1つの社会に共存しているカナダという国が、これからの日本社会が歩むべき道を考えるうえで重要なヒントを与えてくれるのではないか、と思ったからです。
しかし、現在中大にはカナダの大学との間に交換留学の枠組みがありませんので、大学に許可を得る形の認定留学という方法に至りました。主な経緯としては、まず一昨年の夏に英語分野の「やる気応援奨学金」を頂いてトロントに1カ月の語学留学をした際、前々から興味のあったトレント大学にキャンパスツアーで訪れ、周囲の環境や寮などを見学し、学生の話を聞いたうえで留学するのにふさわしい大学であると判断し、留学することに決めました。認定留学は、交換と違ってすべての手続きを自己責任の下で行わなければなりません。よって11月ころから大学側とメールで連絡を取り始め、留学の申請、成績表の送付、授業料の振り込み、コースの登録などは基本的にすべて自分で行いました。かなりの時間と労力を要するうえに、英語でのやりとりだったので色々と大変な面もありましたが、幸いトレント側の担当者にも恵まれ、一歩ずつこなしていくことが出来ました。

きめ細かな指導と環境に魅力

トレント大学は、トロントから車で約2時間の所にあるオンタリオ州のピーターボローという中都市にあります。学生数は院生も含めて約6000人と、カナダの中でもかなり小規模の大学です。私がトレントを選んだ理由は、小さい大学の方がきめ細かな指導を受けることが出来、各科目に対する理解がより深められることと、都会と違って勉強に集中しやすい環境であることにあります。トレントはリベラルアーツの大学として定評があり、私が受講しているIndigenous Studies(カナダの先住民の歴史、文化、社会、及び現在直面している政治問題などを学ぶ学問)については、カナダで1番初めに学部を開設したことで有名だそうです。また、カナダの大学の中では、唯一Indigenous StudiesとCanadian Studiesの双方の学部を持つ大学でもあります。ピーターボローは、決して都会とはいえませんが、キャンパスと街を結ぶ大学専用のバスが運行されていて、すぐにダウンタウンに出ることが出来る便利な環境です。ダウンタウンに出てしまえば、大抵の日用雑貨は手に入ります。初めこそ日本とは異なる環境に戸惑いましたが、街中にはおしゃれなカフェやレストランもたくさんあって、慣れるととても住み心地の良い場所です。住民のほとんどは白人ですが、中国人を始めアジア人も多くいることから、所々にアジアンフードの店があり、日本食なども簡単に購入出来ます。トレントは地域密着型の大学で、以前ビデオ屋でカードを作った際、従業員がすべてのカレッジの住所を把握していたのには驚きました。そして何よりの特権は、トレントの学生証を見せれば市バスがすべて無料になることです。なので、交通費に関しては年間を通してほとんど払う必要がありません。
トレントには、Trent International Program Office(TIP)という留学生担当の部署があり、色々と留学生のお世話をしてくれます。新学期の前には、TIP Campという留学生のためのキャンプがあり、私もこれに参加しました。キャンプでは、オリエンテーションを通して実際の大学生活に必要なさまざまなことを教えてもらいます。また、このキャンプは、新しいInternationalの友人を作るうえでとても重要です。トレントには、アジアを始め世界各国から多くの留学生が来ていますが、やはりカナダ人の学生と比べると少数派で、それゆえにInternational同士の仲間意識はとても強いものがあります。キャンプで出来た友人を始め、各国から集まった留学生との交流はその後の大学生活でも重要な活動基盤となっています。また、トレントに各国ごと、あるいは地域ごとの学生のassociationがあります。私の場合は、Trent Japanese Associationに所属し、ほかの日本人学生と共に文化交流イベントを主催したりしています。

恵まれた寮生活

新入生のほとんどは、4つあるカレッジの1つに所属し、寮生活を送っています。部屋は大まかにシングルとダブルのどちらかで、私はダブルルームを申請したのですが、到着してから初めの2カ月間は、ルームメートがいませんでした。というのも、ルームメートになるはずだったロシア人の女の子が、ビザが取れないことから留学を中止したらしく、思い掛けずダブルルームを1人で使うことが出来たのです。しかし、11月になると新たにカナダ人のルームメートが入りました。彼女の名前はジェシカといって、前のルームメートとの間に一もんちゃくあったらしく、ルームチェンジを申請して私の部屋に引っ越してきたのです。実質上の1人部屋に慣れてしまっていた私は、初めてのルームメートとうまくやっていけるか不安でしたが、彼女は本当にしっかりとした良い子で、特に問題もなく、今では色々な面で助けてもらっています。2人で住むとそれほど広い部屋ではありませんが、真ん中にクローゼットとタンスを置き、プライバシーはそれなりに確保出来る環境です。同じ部屋にいればおのずと会話も多くなり、英語を使う時間が前よりもずっと増えたことから、彼女のおかげで随分と英語力が改善されたように感じます。
また、寮にはドンという住み込みのお世話係が付いています。ドンの主な仕事は、寮内のセキュリティー管理、学生の生活上の相談相手、そして寮ごとのイベントの企画などです。私のドンはグローバーといいます。ドンは2年生以上、あるいは卒業生がボランティアで行っています。これまで他寮も含め何人かのドンに会ってきましたが、グローバーほどの人気者は見たことがありません。彼はとても気さくで優しく、学生とのコミュニケーションをとても大切にしています。気配りも行き届いていて、留学生の私を何かと気遣ってくれました。これまで述べたように、私の寮生活はかなり恵まれたものだと思いますが、唯一の問題点は、食事です。私の所属するカレッジの食事は大学内でも特に不評で、ほとんどファストフードしか置いていません。とても食べられたものではないので、毎晩夕飯時に違う寮に出向き、その際朝昼用にベーグルやフルーツを持ち帰る日々です。

実際にカナダ人の中で生活していると、色々な面でカルチャーショックも受けました。カナダは、日本と比べると個人主義の傾向がとても強く、それを痛感させられた1つの事件がありました。まだ留学して間もないころ、寮の食堂で食事をしていたところ、松葉づえの女の子が数人の友人と歩いていたのですが、ふとした拍子に彼女が手に持っていた食器を床に落としてしまいました。私は考えるまもなくとっさに彼女の所に駆け寄り、割れた食器をかき集めたのですが、彼女はお礼一つ言わず、友人と共にその場を立ち去ってしまいました。日本人的な感覚では、こうした状況で他人を助けるのはごく自然なことで、彼女の態度は失礼な行為に映りかねません。私は、慣れない環境でのこうした出来事にとてもショックを受けてしまいました。しかし、色々と考えていくうちに、カナダでは私のしたことが逆に失礼にあたるのではないかと心配になったので、TIP Officeの知り合いに相談してみました。話によると、私のしたことは何ら失礼な行為ではないが、カナダでは自分のことは自分でするのが当たり前なので、私の遭遇したような状況で他人を助けなくても、カナダ人にとってはむしろそれが自然なことだそうです。その後も何度か似たような状況に出くわしましたが、やはり自ら他人の助けを請うカナダ人はほとんどいません。言葉では何度も聞いてきた個人主義というものを、これほどまでに実感させられるのも、カナダという国の1つの特徴だと思います。

学習面での苦労

留学して何よりも苦労するのはやはり学習面についてです。私は現在5つの通年のコースを受講していますが、いずれも毎週2時間のレクチャーと1時間のゼミがあります。日本と大きく異なるのは、こちらではリーディングがかなり重視されるという点です。日本にいると、授業に出席しきちんとノートを取れば良い、と考えてしまいがちですが、こちらでは毎週指定された分のリーディングをこなさないとレクチャーやゼミに付いていくことが出来ません。リーディングといっても、日本語で本を読むのとは違い、英語で、しかも場合によってはかなり難易度の高い文献を読まされることも多く、短時間で相当量のリーディングをこなすのに悪戦苦闘中です。また、成績の付け方も異なります。平均的な成績配分としては中間・期末が合計で40%、Essay(年間を通し平均3つ)が合計で40%、前期後期のゼミの出席が20%となっています。日本に比べるとテストの比重は低いですが、その代わりEssayが度々課されます。実際この4カ月で1番大変だったのは試験よりもEssayでした。内容や長さなどはコースによって異なりますが、大掛かりなものになるとダブルスペースで10頁以上にもなります。慣れない文献探し、英語での論理展開に加え、アカデミックな文章を書く以上所定の書式や引用方法が求められ、初めは混乱してしまいました。しかし、幸いトレントにはアカデミック・スキルズ・センターという所があり、Essayなどについて分からないことを質問することが出来ます。Essayの提出前には必ずそこに行き、グラマーや書式、構成などをチェックしてもらいました。

トレントの特長の1つであるゼミの存在にも助けられました。トレントのほとんどのコースには、レクチャーとは別にゼミが付いています。学生数は平均20人前後で、各ゼミには担当のチューターがいます。少人数なのですぐに名前と顔を覚えてもらえ、Essayやそのほかの質問などがある場合はゼミのチューターにも相談してきました。留学生ゆえの問題についても、きちんと説明すれば一定程度の理解が得られ、自分のニーズに応じたアドバイスを得ることが出来ます。もちろん、すべてのチューターが良いわけではなく、課題の説明を含めすべての連絡をメールのみで済ませるチューターに当たった際は、学部の担当者に事情を説明しゼミを変更するということもありました。

カナダの政治と社会の現実

私が現在受講しているコースの中で1番興味深いのは、Canadian Politicsの授業です。もともとカナダを選んだ理由というのがカナダの政治に魅力を感じたことにありましたが、実際に色々なことを学んでみると進歩的に見える政策にもカナダ社会の複雑な側面が反映されていることが少しずつ分かってきました。例えば、移民を積極的に受け入れ、社会の中で多様性を反映させるための多文化主義政策は、人種のるつぼと呼ばれる米国と比較すると、より柔軟性があり、文化の違いに対し寛容であるカナダの特長ともいわれていますが、現実にはカナダにも人種主義に基づく差別などさまざまな問題があります。近年、カナダにはヨーロッパ以外からの移民が急増しており、特にアジア各国からの移民は跡を絶ちません。カナダは、こうした人たちの存在を認め、社会的権利を保障していますが、一方で彼らは白人と比べる

べると低所得で暮らしている現実があり、職業選択もおのずと限られてしまっています。また忘れてはならないのはAboriginal Peopleの存在です。北米大陸にはヨーロッパ人が入植する以前から多くの先住民が住んでいました。アメリカと同様、カナダの歴史の中でも彼らはとても重要な意味を持ち、現代カナダ社会においてもインディアンの血を受け継ぐ人たちが大勢います。カナダの憲法では、彼らの先住民権が認められ、一部では準州という形で自治も行われていますが、実際彼らの多くが、自殺、アルコール中毒、失業などさまざまな問題に直面しており、現在のカナダの政治は必ずしもこうした人たちの現実的な自立に積極的ではありません。確かに、政策面では日本では考えられないほど画期的なものをカナダは多く実現してきました。しかし、こうして今のカナダ社会が直面している問題を考えてみると、「多様性に満ちあふれる社会」という一言で済ませられるほど単純ではない現実が見えてくるのです。
この4カ月間、カナダ人と共に暮らし、カナダの政治、社会について学ぶことを通して、日本にいる時には知りえなかったさまざまなことを経験することが出来ました。カナダの政治に関していえば、以前自分が肯定的にとらえていた側面が必ずしも好ましい形で実践されているわけではないことが、だんだんと分かってきました。しかし、こうした面も含め、この国は、さまざまな人間が共存する国を実現するうえにおいて非常に大きな可能性を持っていると日々実感するのも事実です。前期四カ月では、とにかく新しいことを学ぶのに精いっぱいでしたが、確かな手ごたえもありました。後半の報告では、私の研究テーマについての考察を、より詳しく述べたいと思います。

草のみどり 204号掲載(2007年3月号)