法学部

【活動レポート】川畑 めぐみ (政治学科4年)

「やる気応援奨学金」リポート(34) カナダで政治、社会を学ぶ(下) 後期の勉強や生活、北米旅行

重要なリーディング

カナダのトレント大学への長期留学は、無事にすべてのプログラムが終了し、日本に帰国してから既に4週間が過ぎるところです。今回は、後期のトレントでの勉強や生活について、そして、試験終了後の17日間にわたる北米旅行について御報告したいと思います。
初めてのことばかりで戸惑っていた前期と比べ、一通り学期の流れを把握している後期は、体力的にも精神的にも余裕を持って過ごすことが出来ました。とはいっても、勉強が楽になるということではなく、忙しい日々を送ることに変わりはないのですが。前回書きましたように、こちらの大学ではレクチャーよりもリーディングが重視されます。教科ごとに課されたテキストは、エッセイを書くうえでも重要で、試験もテキストに関連付けて問題が作られます。私がこのリーディングの重要性に気付いたのは、前期終了間際でした。それまでは、日本での学習スタイルから抜け出せず、慣れない英語の授業でレクチャーノートを作ることにばかりに集中していました。なので、課されたテキストの多くが読まずじまいであった前期は、地獄のような試験期間を迎えることとなったのです。もう1つ苦労した点は、教科ごとのゼミでは単に出席するだけでは良い評価をもらうことが出来ず、留学生であれ積極的な発言が求められたことです。前期はこれを十分に実践することが出来ず、すべてのゼミに出席したにもかかわらず低い評価を付けられた教科もありました。
前期の反省点を生かすために、後期の学習は各教科のリーディングをきちんとこなすことから始めました。そして、全力を傾けていたノート作成については、授業中にノートを取る以外に特別なことはしませんでした。こうしてリーディングを重視した結果、以前よりも授業やテキストに対する理解度が高まり、ゼミでも少しずつ発言が出来るようになりました。忘れてならないのは、こうした進歩の背景には親切な周りのサポートがあったことです。Global Politicsの教授は、私がゼミで発言をすると終了後には必ず、「今日の発言は良かったよ。その調子で頑張って!」と励ましてくれました。ほかのゼミでも、私が日本について紹介した時、ゼミが終わってほかの人たちが帰った後も興味を持ってくれた先生や友人と政治について色々な話が出来ました。これらはまさに小規模大学のだいご味であって、努力をすれば必ず見てくれる人がいるというのは、留学中の私にとって大きな支えでした。

自由なカナダ人

生活面については、前期と比べてカナダ人の友人と出掛ける機会が多くなりました。友人と出掛ける際は、決まってダウンタウンにあるsushiレストランに行きました。なぜsushiレストランかというと、私の日本人の友人がそこでバイトをしており、私と一緒に行くと何かとサービスをしてもらえるからです。sushiレストランはほかのお店に比べると落ち着いて食事が出来、おすしを食べながら家族のこと、将来のことなど、友人と共によく語らいました。カナダ人の友

人と話していると、彼女たちが自分の人生を大切にしていることが伝わってきます。Canadian Politicsを一緒に受講していた友人のジェニーは、現在2年生ですが、来年1年間は大学を休学して地元でボランティアなどをしながら生活するそうです。理由を尋ねたところ、彼女は大学での忙しい生活に疲れを感じ、1年間異なる環境に身を置いて自分の時間を作りリラックスしたいのだそうです。この休学制度を使う学生は意外と多く、中には1年間海外旅行に出る子もいます。こうしたカナダの友人を見ていると、彼らには自分の考えたことを実行する発想の自由さがあり、人生を楽しむことを大切にしていることが分かります。日本で時間に追われた生活を送っていた私にとって、カナダ人の持つ〝自由さ〟というのはとても魅力的で、今後の人生を考えるうえで色々と学ばされることが多かったです。

先住民の世界

今回の留学で痛感したのは、自分の視野がいかに狭かったか、ということです。私が受講した5つのコースの中に、Indigenous Studiesという、カナダの先住民の文化や社会について学ぶコースがありました。このコースを取った理由は、憲法で認められた先住民の権利に興味を持ったからでしたが、実際に学んだことはそのような枠を超えた、ほかでは知ることの出来ない貴重なものばかりでした。私は政治を学ぶ中で、民主主義を実現することが、人権を守り公正な社会を築くうえで1番大切なことだと思っていました。しかし、このIndigenous Studiesを通して学んだのは、そうした西洋の政治思想に基盤を持つ社会の在り方が〝絶対〟ではない、ということです。先住民の人たちは、独自の精神世界や文化を持ち、それらを日々実践し自然との調和を保ちながら生きてきました。先住民の社会では、エルダーといって(部族によっては特に女性の)お年寄りは徳と知を兼ね備えた人として尊敬されています。政治的な話し合いの場でも彼らの意見が尊重されますが、これはエルダーの権力の強さを示すものではなく、より多くの経験と知識を持つ人々によって、自分たちを生かしてくれる大地を守り、皆が平和に暮らしていける方法を見いだすためのものです。現在、カナダに住む先住民の多くは、西洋化された社会の中でさまざまな難局に立ち向かっています。彼らは、独自の伝統的な社会を現代でも実践したいのですが、民主主義と資本主義という政治システムの中で彼らの希望を実現することは難しく、政府との話し合いも平行線のままです。こうした問題は簡単に答えの出るものではありませんが、カナダの先住民の世界を知ることは、政治を考えるうえで私に大きな問いを投げ掛けました。

カナダと米国の関係

この留学では、カナダと米国の関係を学ぶことも1つの大きなテーマでしたが、当初の私のテーマ設定についても2国間関係を狭い視野でとらえていたことを思い知らされました。カナダを選んだもともとの理由は、この国が軍事面での協力ばかりが目立つ日米関係と異なり、超大国に対しても意見を示し、なおかつ平和的な関係を米国と保っていることにありました。しかし、実際にこの2国間関係を学んでみると、その背景には複雑な社会事情が絡んでいることが分かりました。9.11以降、米国の強硬政策が続いている中で、イラク戦争に反対したカナダは隣国でありながらも米国と一線を画する国として一部から注目を浴びました。しかし、軍事的協力が少ない一方で、9.11以降のカナダは米国との国境線を巡り、モノ、ヒトの移動について厳しい制限を受けるようになりました。その結果、カナダでは不法入国者が増え、彼らの多くが申請はすれども移民としては認定されず、医療サービスも受けられず保険も無加入の状態で肉体労働を続けています。また、2国間関係で最も重要なのがメキシコも含めた北米自由貿易協定(NAFTA)です。一見、貿易の自由化を通し各国の経済活性化を目指す好意的な協定に思えますが、実際には厳しい現実があります。こうした市場主義に基づく経済政策の下では、力ある者は更に富み、なき者は経済的に更に困窮していきます。かつては社会福祉国家として有名だったカナダも、近年はこうした政策の下で経済格差が広がっており、それが1つの社会問題となっているのです。
テーマ設定をした段階では自分なりに色々と考えたつもりでしたが、実際に勉強してみて自分が限られた視点でのみカナダを見ていたことに気付きました。人間が多面的であるように、1国の政治の在り方も多面的であって、一言でその国を平和的な国、などと言い切ることは出来ないのだと思います。

多様な人種と共に生きる

もちろん、留学を通してカナダから学ぶべきところも多く発見しました。政治的にはさまざまな問題点を含む移民に関する政策ですが、やはり異なる文化的背景を持つ人間が当然のごとく共存しているこの国では、多くの人が多様な人種と共に生きていく心構えを持っています。「カナダには色々な国の人が集まっている。だから、この国で生きていくためには彼らとうまく共存していくことが必要だし、それが私たちにとって当然のことだと思う」。これは、私のルーム

メートのジェシカの言葉です。こうした言葉を聞くと、年間わずかな数しか難民を受け入れず、迫害を受けることが明白であっても難民認定を求める人々を母国へ送り返すのが珍しくない現在の日本の在り方について、色々と考えさせられます。そしてもう1つ印象的なのは、日本と比べ、カナダには政治について気兼ねなく語れる場が多く存在していたことです。私がいつも利用していたダウンタウンのカフェでは、コーヒー片手に政治、社会問題について語り、気付くと知らない人同士が意見交換をしている場面をよく見掛けました。彼らは決して政治の専門家ではありませんが、公共の空間でこうした問題について感じることを気軽に語り合えるというのは日本ではあまり見掛けないことで、とてもうらやましい気持ちがしました。

北米の主要都市を回る

こうしてさまざまなことを学び経験したカナダへの留学でしたが、後期試験も4月の下旬に無事終了し、寮を出ると同時に私はオタワ、モントリオール、ニューヨーク、ワシントンという北米の主要都市を回る旅行に出ました。これは留学以前から計画していたもので、私にとっては今までにない大旅行でした。
今回の旅行でまずお世話になったのが、オタワとモントリオールで宿泊させていただいたイバン一家とオーウェン一家です。きっかけは、両家ともお父上が私の父の友人であり、旅行中の滞在先にと父が紹介してくれたのが始まりでした。イバンとオーウェンは双子の兄弟で、2人ともジャーナリストとして働いています。観光も楽しかったですが、オタワとモントリオールでは彼らと色々な話が出来たことが1番の思い出です。オタワに住むイバンは、カナダの公共放

送CBCに勤めていて、家族をとても大切にするジェントルマンです。彼と話していて感じたのは、物事を考えるうえでの偏りのなさです。公共放送で働いている環境も影響しているのかも知れませんが、イバンは自分の意見を持つ以前に事実を知ることをとても大切にします。カナダの政治についても、今まで知らなかった歴史的事実をたくさん教えもらいました。一方、モントリオールに住む新聞記者のオーウェンは全く異なる性格の持ち主で、物事に対して自分のはっきりとした意見を常に持っています。紳士的なイバンと比べると、少々口が悪く、話しにくいというのが第一印象でしたが、一度政治の話になると私の意見にも真剣に耳を傾けてくれる、人間味のある心根の優しい人でした。彼らとは、日本、カナダ、国際政治のことなど、さまざまな話題についてお互い思うままに語り合いました。将来ジャーナリズムの道を目指す私にとって、現役のカナダ人ジャーナリストと意見交換が出来たことは、留学の集大成ともいえるとても良い経験となりました。
こうしてカナダを旅行した後、飛行機でニューヨーク(NY)に移りました。以前から訪れたいと思っていたNYですが、実際は想像以上に刺激的な街でした。カナダの大都市といえばトロントですが、クラクションの鳴りやまないNYにいると、トロントが穏やかな街にさえ思えてきました。NYでは文化鑑賞が主な目的でしたが、1番印象に残っているのは、ブロードウェイで上演されていた「シカゴ」を見たことです。やはり生ブロードウェイは迫力満点で、あっという間に過ぎた2時間半でした。意外だったのは、舞台そのものは小規模で、大掛かりな道具などはほとんど使われない、とてもシンプルな舞台演出だったことです。その代わり、さすがはエンターテインメントの本場、ショーの中身は観客を喜ばす見事なものでした。
NYといえば、9.11テロで多くの死傷者を出した場所でもあります。これまで私は、9.11以後の「テロに対する戦争」など米国の政治的な側面ばかりに関心を持っていました。しかし、NYで実際にそこに暮らす生き生きとした人々を見て、またNYで築かれた素晴らしい文化的な空間を知ることで、9.11テロとは、日常を壊されたという意味でNYの人々にとってとてもショッキングな出来事だったのではないか、と思うようになりました。これは、政治問題ばかりに目を向けがちな私にとって、とても大切な発見でした。芸術や文化は政治的な活動にもなり得ますが、そうあることが必ずしも望ましいとは限りません。NYのエネルギッシュな文化や芸術は、政治とは別個の空間としてこれからも在り続けてほしいです。
最後に訪れたのは米国の首都、ワシントンです。NYからはバスで約3時間、議事堂、ホワイトハウス、各省庁など、ワシントンには国の中枢機関が集中しています。今回の旅行では、最高裁判所、議会図書館、公文書館を始め、市内に点在する美術館や博物館に行きました。貧乏旅行者にとって何よりもうれしいのは、ほとんどの美術館、博物館が入場無料であったことです。というのも、ワシントンには美術館などを国立として運営するスミソニアン協会があり、国家予算で運営費の70%をカバーし、残りの30%も企業などの献金に頼っているため、一般来場者からは入場料を取らない

仕組みになっているのです。滞在が6日間にもわたったため、スミソニアン協会の博物館をじっくり回ることが出来ました。スミソニアンの中でも1番人気なのが国立航空宇宙博物館で、私が訪れた時も多くの観光客、社会科見学の生徒でにぎわっていました。展示の内容は米国の宇宙開発と航空技術の発展に焦点を当てており、航空部門ではこれまでの戦争で使われてきた多くの戦闘機が展示されていました。1つ気になったのは、これらの展示では各戦闘機の性能ばかりが説明され、戦争の爆撃で命を落とした人々には焦点が当てられていなかったことです。確かに、それぞれの展示は迫力もあり多くの人の関心を引くのですが、1番大切なのはいかに高性能の戦闘機であるかを示すことではなく、実際に戦闘機を使うとどのような影響を人に与えるかなのではないでしょうか。前述のように、スミソニアン協会は国家予算で運営されていますが、これが果たして適切な予算の使われ方なのか、大きな疑問を残したままワシントンでの旅が終了しました。
昨年の9月から約9カ月間、カナダに留学することで日本では学べない多くのことを勉強し、経験することが出来ました。新しい環境に身を置き日本を客観的にとらえることは、新たに多くの発見をもたらしてくれました。これからの課題は、ジャーナリストになるために、留学を通して学んだことをどう生かしていくかを自分自身の力で見定めることです。そして、こうして無事に留学を終えることが出来たのも、法学部の「やる気応援奨学金」を始め、支えてくださった多くの方があってのことです。この場をお借りして、留学にかかわってくださったすべての皆様に心より御礼申し上げます。

草のみどり 208号掲載(2007年8月号)