法学部

【活動レポート】影山 凡子 (国際企業関係法学科4年)

「やる気応援奨学金」リポート(83)
 英国で多文化社会に触れる(上) 政治学を学び英語力向上図る

マンチェスターという地名はサッカーが好きな方ならば一度は耳にしたことのある地名ではないだろうか。世界的にも有名なマンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティ、二つのフットボールチームのホームでもある。そしてここは、産業革命がスタートしマルクスとエンゲルスが初めて出会った地でもある。当時、マンチェスターの労働者のあまりに悲惨な貧困状態に心を痛めたエンゲルスは『イギリスにおける労働者階級の状態』という本を執筆し、マルクスの目に留まる。マルクスはその後たびたびマンチェスターを訪れ、二人は後に『共産党宣言』を共同で執筆することになる。今もマンチェスターの街の中には当時から使われていた運河が残っており、当時の状況に思いをはせることが出来る。

 そんな歴史のあるマンチェスターで昨年の八月から私の留学生活は始まった。マンチェスター大学で学ぶ交換留学生は自分の学びたい科目を学部の縛りなく履修することが出来る。そのため私は現在こちらの大学で、政治学、経済学、歴史学、法律と幅広く勉強をさせてもらっている。

留学の動機

なぜ留学をしようと思ったのか。それは自分に付加価値を付けるためである。留学前の大学生活三年間で英語の重要性はこれでもかというほどに実感させられた。私は大学生になるまで海外はおろか、飛行機に乗ったことすらなかった。もちろん外国の方としゃべったことなど皆無であった。大学に入学して、周囲のほとんどの友人がネイティブの先生と楽しそうに英語で会話しているのを見た時には驚いた。そして自分がネイティブの先生の前に行くと赤面し全く何もしゃべれないことに衝撃を受けた。

 そんな私が初めて海外に行ったのは一年生の春休み。「やる気応援奨学金」の短期部門の御支援をいただき、カナダに一カ月間語学留学に行かせていただいた。初めての海外、初めての飛行機、初めての一人旅。何もかも初めて尽くしで、しかもそれをすべて自分でやりきったことにとても充実感を感じた。それと同時に今まで自分がいかに外の世界を知らないか思い知った。異国の地で初めて〝マイノリティー〟となった経験は、物事を考える際の新たな視点を与えてくれた。学生のうちにもっと色々な世界の価値観に触れてみたいと思い、長期留学を本気で考えるようになった。

 更に二年生の時に二度訪れたインドは自分の価値観を大きく変えた。自分の未熟さを思い知らされた。この世界を変えるために何かしたいという思いは大切だが、そのためにはまず自分が価値のある何かを提供出来る人間でなくてはならない。競争力のある人材になるために自分をトレーニングしたい、チャレンジしたいという思いが強くなった。そして彼らに比べて自分がつかめるチャンスの多さと利用出来るリソースの違いを見た。私は彼らがどんなに頑張っても、欲しがってもかなわないような、そんなチャレンジ出来る環境にいる。自分の心に素直になって、与えられたリソースを最大限利用しやりたいことをやってみようと思った。

留学へのサポートがこんなにも整っている環境はほかではあり得ない。通常であれば経済的に大きな負担になってしまう海外留学ではあるが、交換留学制度と国際交流センターからのサポートで費用は相当浮かせることが出来る。交換留学の場合、派遣先の大学に学費を納める必要はないし、また留学先の大学で履修した単位は帰国後に卒業単位へと換算出来るため四年間で卒業することも可能だ。また幸運なことに法学部には「やる気応援奨学金」という充実した奨学金制度もある。昨今の厳しい経済状況で私費留学が難しい学生にもチャンスがあるのである。ここまで充実した制度を持つ大学は少ない。

 そして留学は間違いなく自分の血となり肉となる経験である。留学しようか迷っている人がいたらぜひ大学側が提供してくれる機会を最大限利用して、ぜひ一歩踏み出してほしい。

こちらでの勉強の目標

大学生活で学んだのは、あらゆる学問がその分野で完結しているのではなくとても学際的だということである。今まで国際法、国際政治の勉強が好きでその二分野中心の勉強をしてきたが、勉強を深めていくためには関連している分野の内容も知っていく必要がある。好きな学科の授業が取れる留学生の強みを生かしそのリンケージを勉強してみたかった。

 また特にイギリスは国際政治の分野においてはアメリカと比べて批判理論の研究が盛んである。日本にいる時とはまた違う視点で国際政治の勉強が出来るのではないかと思った。そして何より英語でディスカッション出来る能力を身につけたかった。二年生の冬にすべて英語で行う模擬裁判に参加した際、裁判官の質問にしっかりと受け答え出来ない自分にふがいなさを感じていたためだ。チームメートが自信に満ちた弁論を行うのを見ていて、自分の知識と意見を英語で相手に伝える訓練が必要だと痛感していた。

八月・プレセッショナルコース

学期が始まる前に五週間の英語研修に参加した。初めての一人暮らしだったので、日本とは異なる生活環境に慣れるためにも参加することにした。学部生の私が入れられたクラスはなぜがビジネススクールでマスター取得を目指す生徒のクラス。クラスメートは既に自国の大学院でマスターを取ってから二つ目のマスターをマンチェスター大学に取りに来ている学生、実務経験がある学生等、英語運用能力も知識も素晴らしい人たちであった。既に事前研修の必要がないレベルの人たちに囲まれた私は途端に焦り出すことになる。

特に同じアジア勢として中国の勢いを目の当たりにした。どのプレセッショナルのクラスも半数以上が中国人、そしてほぼ全員がビジネススクールにてマスター取得を目指す。友人いわくビジネススクールには日本人は一人もいないらしい。もちろんマンチェスターだけがMBAやMBSを取得出来る大学ではないし、必ずしも学位が仕事に直結するとも思わないがそれにしても日本人の数が少ない。(もちろん日本の人口が中国よりも少ないのは言うまでもないことだが。) 経済成長著しい中国においてMBA、MBSがあこがれの的になるのは自然な流れかも知れない。事実、あまりに多くの中国人学生が経済、金融、会計に殺到しているため人材があふれ返っておりマスターを取得しても仕事を得ることは大変難しくなっているそうだ。

 全くお話にならなかった私のアカデミックイングリッシュであったが少しずつプレセッショナルで矯正された。何よりハイレベルなクラスメートに囲まれたことが私のモチベーションを刺激してくれた。私たちの世代が国際舞台で競争していかなくてはいけないライバルたちはいかに高いレベルにいるのかを知ることが出来た大変良い機会であった。

前期の授業について

前期はナショナリズムの歴史、国際政治学、比較政治学の三科目を履修し、聴講生として国際法のクラスに参加させてもらった。日本の履修科目に比べて少ないが勉強量は格段に多い。というのもそれぞれのコースが二つの講義と一つの少人数のゼミ(一〇人前後)から成り立っているためそれぞれの科目を週三こま勉強することになる。そしてゼミに参加するには事前に提示された資料を読んで予習してから出席することが前提条件である。授業によってはエッセーを書いてくることが毎週宿題として課されているコースもある。そのため週に教科書、関連論文等合計一〇〇頁以上の文献を読む必要がある。学期が始まってから自分の好きな本を読んだり好きな勉強を進める時間はなくなってしまった。特に留学生の私はそもそも英語にハンディがあるので手は抜けない。理解するまでに掛かる時間はネイティブの学生の倍以上である。指定文献をすべて読んでしっかり予習してから講義に臨んでも理解出来ないことも多かった。

 ただこの大学のティーチングメソッドの優れていることは各学生にチューターが付くことである。各授業、講義を行う教授・講師のほかに五-七人くらいの博士課程以上のチューターが少人数のゼミを受け持つ。つまり担任のチューターが困った時には面倒を見てくれるのである。特に私のような留学生にはありがたいシステムだ。彼らは講義やゼミで分からないことはないか、つまずいてるところはないか気に掛けてくれる。そして何より自分の勉強のモチベーションを刺激してくれるのがチューターである。ゼミでは彼らが先生になり、学生の理解を深めるために講義の簡単な復習をしたり、ディスカッションの際はモデレーターとなる。学生とディスカッションをするも楽しいのだが、知識の豊富なチューターに自分の疑問等をぶつけてみるのも楽しい。日本にいる時は後輩のゼミのチューターをしたり、ディスカッションのモデレーターをした経験もあったので彼らの教え方を見ているのは大変勉強になる。どうやって学生をその学問の世界に引き込むか。大教室の講義とは違い、近い距離で熱く学生を指導する彼らのゼミは学生のモチベーションを大いに刺激してくれる。

 留学生の私には奇麗で論理的な英語を話すネイティブの学生の前で自分の意見を発表しなければならない時もたくさんあり、なまりがきつくてほかの学生が何をしゃべっているのか理解出来ない時など胃がきりきりする時も多いが、一番自分を成長させることが出来る場でもある。大量の知識をインプットする機会と、その知識を使って自分のオリジナリティーを論理的にアウトプットする機会を同時に与えてくれるイギリスの授業スタイルは学生の知的好奇心を大いにくすぐる。ぜひ中大にもこの授業方式を導入していただきたいと思う。

 もちろん、こちらにも全くやる気のない学生はたくさんいて今週一つも授業に出てないなんていうサボり魔もいたりするわけだが、私の個人的な印象としては日本よりも積極的な学生が多いように感じる。大教室の授業でも自然に学生の手が挙がり、質問が飛び交う。実にインタラクティブである。先生はどんどん学生を当てる。学生も遠慮なく先生に質問をする。こちらは自己主張をしないと認めてもらえない世界である。雄弁でないと金は取れないのである。

日常生活

私が住んでいるのは学生寮で、一人一部屋はもらえるのだがキッチン、バスルームは八人の学生とシェアしている。フラットメートはイギリス人、ドイツ人、中国人、ブルガリア人、リトアニア人と非常に多様である。ただ、その育ってきた環境の違い、多様性が時にトラブルを生む。共有スペースを奇麗な状態にしておくことが大変難しいのである。私は日本では特に潔癖というわけでもないのだが、キッチンやバスルームがとても受け入れられない状態になっていることがよくある。大学付属の学生寮なので共有スペースには週二回清掃が入るのだが、奇麗な状態は清掃後一日ももたない。また自分が楽しみにしていたデザートが冷蔵庫から消えている日には本当にがっかりする。皆それぞれの生活スタイルがあるのは分かるし、色々な国から来ている学生と一緒に生活する機会はとても貴重なものだが、やはり共同生活は文化や価値観が共有出来る人とのみ行うものであると痛感する。

 フラットだけでなく、マンチェスターの街自体も多様である。とにかく移民が多い。家から一〇分も歩けばカレーマイルと呼ばれるインド、アラブ系の移民街に出る。昼間はサリーやチャドルに身を包んだお母さんたちが小さい我が子を連れながら買い物をしている。ムスリム専用のスーパーマーケットもあり館内はアラビアンな音楽が流れ今まで見たこともないような食べ物がたくさんお店に並んでいる。

 街の中心には中華街もあり、日本食の材料も大量に売っているため日々お世話になりっぱなしである。タクシーのドライバーはパキスタンやインドからの移民が多いし、いつも寮の掃除に入ってくれるハウスキーパーの方々はアフリカから来ている人が多い。欧州の金融危機はいまだに収束する気配を見せないが、その中でも比較的景気の良いイギリスには欧州圏内から多くの出稼ぎ労働者が集まってくる。マンチェスターでのアルバイトの時給は大体五五〇円前後と日本の大学生には信じられないような低賃金であるが、それでも多くの労働者が仕事を求めて集まってくるのである。

また街の中心部の近くにはゲイビレッジと呼ばれる場所があり、毎年九月になるとセクシャルマイノリティーの方々が、見ているこちらも楽しくなるような派手なパレードを繰り広げる。そのパレードの沿道では彼らの主張を認めない宗教団体が同時に抗議を行ったりするのだが、日本に比べてすべての価値観に対して非常に寛容で、良くも悪くも他人のことは気にしない社会だなと思う。

 このように日本に比べてはるかに寛容で多様で、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が暮らす街ではあるが、それでも文化の壁は大きいなと実感することも多い。通りを見渡すだけでもそれを実感することは出来る。やはり、国、言語で固まるのである。人間、なかなか自分の心地良い環境から抜け出して自分をさらすことは難しいようである。私自身その気持ちは大変よく分かる。違う文化圏の人と友達になるのは、似たようなバックグラウンドを持つ人と仲良くなるのよりもずっと時間が掛かる。私自身、自分の心地良い友人関係を築くまでは相当苦労した。ただ一度仲良くなってしまえば、異なるバックグラウンドを持つ友人ほど楽しい友達はいない。同じことをしても感じ方は違って、自分が今まで見たことのなかった物事の側面を見せてくれる。そして何より日々新しい発見が出来ることが留学のだいご味であるとも思う。

 初めは果たして自分はこの環境でやっていけるのかと不安であったが気付くとあっと言う間に前期が終わってしまっていた。日本にいたころには信じられないような量のエッセーを書いて(その出来はともかくとして)前期は終わった。普段はなかなか感じることの出来ない自分の成長ではあるが、三週間ほどで一万字以上書き上げることが出来た後には何とも言えない達成感が込み上げてきていた。少しだけ自分を褒めて前期を終えることが出来た。