法学部

【活動レポート】大橋 由希 (法律学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(80)
ILOで人身売買問題を考察 国連機関の意義と役割も学ぶ

 日本時間からマイナス八時間、真っ青な空とサングラスがないとまぶし過ぎるあの街にも寒さが訪れているのだろう。私は昨年の夏休みに「やる気応援奨学金(短期海外研修部門)」より支援をいただき、スイスのジュネーブにある国際労働機関(ILO)で約二週間インターンシップを行った。私にとって大学生活の総まとめとなったこの研修の一部をここで紹介させていただきたい。

 私は人身売買問題に興味を持ち、二年生の時よりNGOの活動に参加したり、ネパールやインドネシアを訪問したりしている。人身売買は犯罪だと世界的にも認められているが、現地で目にするのは法律や政府から何の庇護も受けることが出来ない被害者の存在だ。草の根の活動を通し、より高度なレベルの取り組み、つまり国際連合の働きに私は懐疑的になった。国際機関はどのような働きをしているのか、人身売買問題を草の根以外のレベルから考察するために私はこのインターンに参加した。

明るい街に、暗い始まり

 国際インターンシップの中でもジュネーブ班の活動はリサーチ活動と呼ぶ方がふさわしいように思う。なぜなら活動の目的は国際連合の専門機関であるILOやほかのNGO、国連機関を訪問することで労働問題への理解を深めることにあるからだ。労働問題といっても幅広く、児童労働やHIV・AIDSの問題、強制労働の形態の中には人身売買や債務奴隷なども含まれる。私たち六人は二人一組になって春学期よりリサーチ活動を行ってきた。日本では日本語、英語を問わずインターネットや資料から情報収集を行い、メンバー内で情報共有をしたり英語でのプレゼンテーションの練習をしたりした。これらのリサーチは国際インターンの授業から独立しており、並行して進められるので大変な時もあったが、長い春学期を乗り越え何とか夏休みのインターンまでこぎ着けた。

 ジュネーブはかつて国際連盟の本部が置かれた都市で、歴史上でも国際会議の舞台となってきた地だ。現在でも国際連合欧州本部や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、世界保健機関(WHO)など九つの国連機関が置かれている。夜は七時ごろまで明るく、日差しは強いが湿気がないため非常に過ごしやすい毎日だった。レマン湖に臨む高さ一四〇㍍に達するジェット噴水が名物で、青い空に美しい湖が映える。とても奇麗な街なのだがスイスは物価が高い、その高さは想像以上だった。例えば、ハムとレタスが挟んであるサンドイッチが約八〇〇円、レトルトではないかと思うようなミートソースに少し伸びかけのスパゲティは何と約一八〇〇円もするのだ。日本でこの値段を出せばもっとおいしいものが食べられるのにと、レストランのスタッフが日本語を分からないことを良いことに私たちは堂々と文句を言っていた。

ILO職員のお宅でホームステイ

 私たち六人はジュネーブに向かう電車の中で偶然再会した。ジュネーブ到着初日からILO職員のお宅でホームステイが始まる予定で、私たちは個別に家族と待ち合わせることになっていた。研修前の一週間だけヨーロッパ各地を訪問することを許可された私たちは三人ずつに分かれ、それぞれ興味のある地を訪れていたのだが、その六人がジュネーブ駅に向かう同じ電車に乗り合わせていたのだ。久しぶりの再会を喜び思い出話に花が咲くかと思いきや、皆表情はあまり明るくなかった。正直に言おう、私は帰国したかった。研修に対するわくわくした気持ちよりも、不安や緊張の方がはるかに大きかったのだ。国連機関という最高組織ではどのような人が働いているのか、英語は付いていけるのか、最終日には職員の方たちの前で英語のプレゼンテーションまでしなければならない。これからの二週間を乗り越えていけるのか、皆似たような不安を抱えていたのではないだろうか。

「ひま」って何だっけ?

 予定の入っていない日が帰国する日の朝しかないほどジュネーブでの二週間は濃く、内容がぎっしり詰まったものになった。初めは不安や緊張が続きどっと疲れた日もあったが、今は本当に貴重な経験をさせていただけたことに感謝している。ILOでの主な活動は三点あり、インタビューと勉強会、そしてほかの機関への訪問を行った。ペアごとに予定を組み、最終日に職員の方の前で行われるプレゼンテーションまでに自分たちの学習をまとめることが目標だ。研修の最初の六日間はホームステイも計画されていた。

 私はほかのメンバー二人と一緒に女性のILO職員の方のお宅に六日間滞在させていただいた。彼女は三人の子供がいるのだが皆既に家を出ており、ジュネーブの街が一望出来るほどの高台にある大きな家に一人で住んでいた。おしゃべりと料理が好きで毎晩長い夕食で、国境や年代を超えた女子会が開かれた。日本を離れてから物価が主な要因でバランスの良い食事とは無縁の生活であったため、彼女が作ってくれる料理は本当においしかったしありがたかった。わずかな時間であったが私たちのことを本当に気に掛けてくれ、彼女からは国際連合の働きや仕事、また彼女自身のキャリアや女性ならではの生き方について、知識だけではなく人生の糧となるようなことまで教わることが出来た。

 月曜日、いよいよILOへの初出勤。スーツを着てパソコンが入った重いかばんを抱え、ホストマザーと一緒にILOへ向かう。私たちのペアは初日からインタビューの約束が入っていた。そのことを考えると胃がきゅっと縮む思いがしたが、ILOの東西に細長い建物が見えてくるとこれからどのような毎日が始まるのか、どのような人に出会えるのかと、わくわくしている自分がいた。私たちが活動する部屋は六階の角部屋で日当たりが良く、レマン湖やアルプスの山々を望むことが出来た。実際の活動中はそのような景色を楽しむ余裕もなく、書類や本、資料が机の上に散乱している状態が常だった。

 一つ目の活動であるインタビューをメンバーは平均して四、五回行った。日本で事前にお願いしていた職員の方もいたが、ホストファミリーやインタビューした方に別の方を紹介していただくこともあった。私たちのペアは一日目の午後に強制労働問題の専門家にお話を聞くことになっていた。一〇分前から私たちはインタビューを行う職員の方の部屋付近をうろうろしていた。二人で自己紹介をし合ったり、手順を確認したりを繰り返す。少し調べれば分かる質問はしないように、聞き取れなかったらちゃんと聞き直すようになど注意事項が次から次へと出てくる。職員の方はどのような人なのだろうか、楽観的で物おじしない私たちペアであったが、緊張はする。二人で手のひらに「人」という字を何度も書いては飲み込み、そしてノックした。

 相手はフランス出身の女性職員で、机の上には分厚いファイルや書類が幾つも置いてありとても忙しい様子がうかがえた。インタビュー中にも電話が何度も入る。その都度彼女は相手によってフランス語、英語で電話に応じている。国連機関に入るのであれば、二、三カ国語話せるのは当たり前という世界を目の当たりにした。私たちは午前中にインタビューに備えて自己紹介の仕方や質問の始め方、更には部屋の入り方まで全員で練習した。が、初回のインタビューではその練習したことの半分も出来なかった。彼女はとても優しい方で、にこにこしながら私たちの話を聞いてくれるのだが、緊張のせいか言葉がなかなか出てこない。二人で決めたインタビューの順序などどこへ行ったのやらという感じだ。それでもリサーチしてきた中で疑問に思っていた点、外部からではなかなか理解出来ないあいまいな点を率直に伺うことが出来、英語も聞き取りやすくとても有意義な一時間を過ごすことが出来た。インタビューの最後に個人的に持ってきた日本からのお土産をそれぞれ渡すととても喜んでくださり、"Thank you"という彼女の言葉と笑顔に私たちもほっとしたことを覚えている。

 その後も三人の職員の方にインタビューを行い、自己紹介をスムーズに行う、など小さい目標を毎回決めて臨んだ。最後のインタビューでは初めから終わりまで順序立てて行うことが出来、自分たちの成長を感じられたこともあった。

 二つ目の活動はILO職員の方による勉強会だ。メンバーの調べているテーマに関連している児童労働や、職場環境における安全確保や保健衛生に関する専門家をお招きしプレゼンテーションしていただいた。この時間は自分のテーマだけではなく、ほかの問題についても学ぶことが出来たうえに、プレゼンテーションの方法についても学ぶことが出来た。しかし時には英語に全く付いていけないこともあった。児童労働の専門家であるカナダ人の女性職員の方が、話しているうちにヒートアップしてきたようでどんどん話す速度が速くなる。ゆっくり話してくださいと言いたくても、次から次へと進んでいくのでその透き間すら見当たらない。メンバーが何とか彼女が話すのを止めると、彼女は「冒頭でも言ったように本当に早口なのよね」と話し皆で笑い合うこともあった。結局その後も猛スピードの英語に付いていくリスニング練習となった。

 またジュネーブにある国連機関やNGOなど四つほど訪問し、この行き先も自分たちのテーマに合わせて決めた。自分たちで行き方を調べ、多くの場合バスで移動した。同じ国連機関とはいっても建物の雰囲気は全く違い、時には食堂のメニューの違いも体験することが出来た。この訪問は勉強会と似た形で、職員の方のプレゼンテーションの後に質疑応答の時間を設けてもらった。失礼にならないように必ず一つは質問しなければ、と危機感を抱きながらプレゼンテーションを聞いた。完全に聞き取ることは出来ないが、知識や用語の語いが増えていくにしたがい理解出来る内容も多くなっていく。毎日毎日英語とのにらめっこで嫌になる時もあったが、日本に帰ってきてテストを受けてみれば点数が伸びている。大変だった経験は自分の力になっていることを実感した。

 そしてこの研修の一大イベントであるプレゼンテーションの日がやってきた。平日の夜や休日を利用してプレゼンテーションの資料を作成し準備してきた。プレゼンテーション前日にアンディ教授の前で練習を行ったのだが、規定時間である三〇分に収まりきらなかったり、順序立てて説明が出来なかったりと全く思うように進まない。プレゼンテーションの内容自体も"Vague(あやふやだ)"と何度も言われた。以前の問題意識はどこに行ったのか、自分たちの経験はどこに行ったのかと指摘された。Vagueという言葉にはぐさりと来た。一生懸命考えてまとめたことが今のままではその一言で片付けられてしまう。お世話になった方々に自分たちの活動や学んだことを伝えたい、その一心で何度も何度も練習し、内容を練り直した。どのペアも寝る時間を削ってプレゼンテーションの内容をまとめ、朝早く練習をしたり、ILOに向かうバスの中でも個人練習を行ったりと時間が許す限り準備を行った。

 その瞬間はすぐに終わってしまう。どれだけ時間を掛けても発表の場はプレゼンテーションで三〇分、コメントや質問の時間で三〇分。今振り返ると私の発表は八〇点くらいだ。話そうと思っていたことを飛ばしてしまったり、同じことを繰り返してしまったり、自分の言葉で説明出来なかったりと直したいところはどんどん出てくる。しかし笑いを誘うことが出来たことや、自分たちなりの考えを発表出来たことなど良かったなと思える点もある。専門職員の方にとってVagueの域を抜け出すことは出来ていないとは思うが、それでも私たちペアが学んだことや経験を伝えることが出来た。本番には事前の宣伝が功を奏したのか、各ペアの発表に四、五人ほど職員の方がいらしてくださった。中には外部機関よりわざわざ足を運んでくださる方もいらっしゃり、緊張は倍増したが感謝の気持ちでいっぱいだった。

「やる気」と情熱を持って

 私が今回の研修で学んだことは二点ある。一点目は問題の大きさ、そして国際連合の役割だ。国連加盟国は一九三カ国もあり、宗教対立や歴史認識での対立、環境問題など世界中に問題があふれ複雑に絡み合っている。これらの問題の存在や一個人に出来ることの小ささなど重々理解しているが、それでも問題解決の難しさや、複雑さに圧倒されたのだ。NGOや国際連合はいったい何のためにあるのかと疑問視したくなるほど、立ちはだかる問題は大きいように感じた。「国際連合は人々を天国へ連れていくための組織ではない、地獄へ落ちることを防ぐための機関なのだ」という第二代国連事務総長ダグ・ハマーショルドの言葉がある。この言葉は国連機関の役割を端的に表しているのではないだろうか。たとえ少しでも現状を変えることが出来る可能性があるのならば、問題に取り組み続けなければならないのだと思う。一つの対策によって数人あるいは数十人の人々が救われる可能性があるならば、その可能性を無駄には出来ない。問題解決が不可能であるからといって何もしなければ、物事はますます負の方向へ進む一方だ。わずかな可能性を守るために国際連合があるのだとこの研修を通して私は感じた。

国連欧州本部前で仲間たちと

 そして二点目は仕事に懸ける情熱だ。就職活動を控えた私にはホストマザーの"Don't choose what you have to do, choose what you like(あなたがやらなければならないことを選ぶのではなく、あなたがやりたいことを選びなさい)"という言葉が胸に染みた。国連機関で働く人々は情熱にあふれ、自分たちの仕事に誇りを持っていた。私も情熱を持って仕事をしたい。そしてそのような仕事に出会うためには、企業に、社会に必要とされる自分にならなければならないと思う。この奨学金をいただくのは二度目なのだが、毎回いつも次のステップへのきっかけとそれに向けての新しい「やる気」を手にすることが出来る。この前向きな気持ちを持ち続け、今度は私が誰かにやる気を与えられるような人間になりたい。

 最後にお礼を述べたい。大学生活を通して私は本当に貴重な経験が出来た。学生にこのような素晴らしいチャンスを与えてくださる方々、先生方、リソースセンターの皆さん、そしていつも応援してくれる家族に感謝の気持ちでいっぱいである。

草のみどり 254号掲載(2012年3月号)