2026年6月23日(火)、経済学部の「国際協力論」(担当:林光洋)において、公開特別授業を実施しました。講師には、株式会社マザーハウス京王新宿店店舗統括責任者の今井明日香さんをお迎えし、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をテーマにご講演いただきました。
マザーハウスは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念に掲げ、途上国の素材や技術を生かした商品を生産・販売しています。2006年にバングラデシュから事業をスタートし、その後、アジア各国へものづくりの拠点を広げてきました。同社は「ソーシャルビジネス」という表現を用いていませんが、途上国が抱える社会課題の解決とビジネスを両立させる取り組みは、ソーシャルビジネスの代表的な事例の一つとして捉えられています。
今井さんは中央大学の卒業生でもあり、4年間を過ごした多摩キャンパスでの思い出を交えながら自己紹介されました。マザーハウスのものづくりと途上国での雇用、生産者との関係、さらにご自身の進路選択や現在の仕事について、具体的な事例を交えながらお話しくださいました。
講演ではまず、マザーハウス創業の地であるバングラデシュについて、当時の街並みや人々の暮らしを写真で紹介しながら、創業者の山口絵理子さんが現地で感じたことや、事業を始めるに至った経緯が語られました。
当時、開発学を学ぶためバングラデシュに留学していた山口さんは、一方的な援助だけでは持続的な自立につながりにくいと考えるようになったといいます。そこで、原材料をそのまま輸出するのではなく、現地の素材や技術に付加価値を加えた商品を生み出し、「かわいそうだから」ではなく「かわいい」、「かっこいい」と思って選んでもらえる商品を世界に届けることを目指しました。ジュート(麻)との出会いも、ブランドを立ち上げる大きなきっかけの一つとなりました。
以来20年、マザーハウスはアジア各国で、その土地ならではの素材や伝統的な技術を生かした商品づくりを続けています。講演では、バングラデシュのレザーやジュートを使ったバッグ、インドネシアの繊細な線細工によるジュエリー、ネパールの草木染めのストール、インドの手紡ぎ・手織り生地を用いた洋服、スリランカの天然石やミャンマーのルビーを使ったアクセサリーなどが紹介されました。
現在、マザーハウスは複数の国に生産・販売の拠点を持っています。また、素材の調達・開発からデザイン、生産、品質検査、販売までを一体的に担う「製販一体」の体制をとっています。生産現場と店舗で得られる情報を共有することで、現地の素材や技術を生かしながら商品の改良につなげ、お客様にものづくりの背景まで伝えられることが大きな強みだと説明されました。
講演では、「途上国でつくっているのに『高い』?」という問いも投げかけられました。同社のジュートバッグは3万円台と決して安価ではありません。しかし、その価格の背景には、素材の生産者や工場スタッフへの適正かつ安定した支払い、継続的な雇用、働く環境の整備などがあります。
以前勤めていた工場では、海外から注文が来た月にしか給与が支払われず、半年間収入がないこともあったというスタッフの声も紹介されました。マザーハウスでは毎月安定して給与が支払われ、長く安心して働ける環境づくりが進められています。
バングラデシュの自社工場「マトリゴール」では、定期健康診断や企業ローンをはじめとする福利厚生を整え、働くスタッフにとって「第二の家」のような安全・安心な工場づくりを目指しています。2026年4月時点で410人のスタッフが働いており、工場で得た安定した収入によって、子どもを大学へ進学させることができたスタッフもいることが紹介されました。
さらに、工場だけでなく、その周辺地域の将来も視野に入れた取り組みが進められています。将来的には学校や病院、寮なども備え、地域の子どもから大人までが安心して過ごせる「GREEN FACTORY」をつくりたいという構想も紹介されました。マザーハウスでは、ものづくりを通じた雇用だけでなく、教育支援、地域支援、災害支援などのソーシャルアクションにも取り組んでいます。
このような生産体制や働く環境があってこそ、素材調達から販売までをつなぐ製販一体の仕組みが成り立っています。一方で今井さんは、途上国の人々の自立支援という背景があるからではなく、まず「プロダクトがいい」と感じて商品を選んでもらうことが理想だと語りました。
続いて今井さん自身が就職先としてマザーハウスを選んだ理由についてお話しいただきました。その進路選択に大きな影響を与えたのが、2013年にバングラデシュで起きた「ラナ・プラザ崩落事故」でした。多くの縫製工場が入居していた建物が崩壊し、工員など1,000人以上が亡くなった事故です。この事故は、途上国に生産を依存する縫製産業の労働環境を世界的に見直す大きな契機となりました。
この事故を知った今井さんも、「自分が今まで楽しんでいたショッピングも、誰かの犠牲の上に成り立っていたのか」と大きなショックを受けたといいます。このできごとをきっかけに、自分たちが手にする商品の背景にある生産現場や労働環境について考えるようになりました。
大学卒業後の進路について、公務員や名の知られた企業を選ぶべきか悩む中で、この経験を思い返し、「自分が興味・関心を持てる仕事をする」ということを強く意識して就職先を探したそうです。一方的な支援ではなく、ビジネスそのものの成果が現地の雇用や自立につながっていること、そして何よりマザーハウスの商品そのものに魅力を感じたことが、入社を決めた理由だったと振り返りました。
現在、今井さんは京王新宿店の店舗統括責任者を務めています。マザーハウスでは「店長は中小企業の経営者であれ」という考え方があり、店舗統括責任者は接客や日々の店舗運営だけでなく、中期的な店舗戦略の策定、予算・収支や労務の管理、スタッフの育成など、店舗全体の経営に幅広く関わります。今井さんは、新宿という多様な人々が行き交う街で、一人ひとりのお客様に「楽しい時間」を届けることを目指して仕事に取り組んでいると話しました。

学生からの質問に答える今井さん
質疑応答の時間も多く取っていただきました。学生からは、「服飾品に加えて、なぜチョコレートなどの食品分野にも事業を広げたのか」「『フェアトレード』を前面に出すのではなく、商品の品質そのもので選ばれるために、どのような工夫をしているのか」など、さまざまな質問が寄せられました。今井さんは、自身の経験やマザーハウスの取り組みを交えながら、一つひとつ丁寧に答えてくださいました。
今回の公開特別授業は、ビジネスを通じた途上国との関わり方やソーシャルビジネスについて理解を深めるとともに、中央大学の卒業生である今井さんの経験を通して、学生たちが自らの将来やキャリアについて考える貴重な機会となりました。


