文学研究科

文学研究科委員長挨拶

「不要不急」の時代思潮に棹させば/棹ささず

中尾 秀博 文学研究科委員長

文学研究科は、13専攻(国文学、英文学、独文学、仏文学、中国言語文化、日本史学、東洋史学、西洋史学、哲学、社会学、社会情報学、教育学、心理学)からなる総合的な研究科です。研究領域は人文科学系から社会科学系に亘り、一部には自然科学系に隣接する分野も含まれ、複数の言語・文化・地域などに精通した専任教員により構成されています。哲学・文学などの人類最古からの学問分野もあれば、社会情報学などの最先端の学問分野もあります。「研究者養成」と「高度専門職業人養成」の二つを目標にしており、「研究者養成」では、文学研究科全体で既に200人以上が博士号を取得し、その多くが研究者として着実な成果をあげているだけではなく、教育者として後進の研究指導・教育にも多大な貢献をしています。「高度専門職業人養成」では、深化養成した実践力を活かし、教職・公務員・民間企業などの実務的な分野で活躍しています。

本研究科の根幹にあるのは、これからの社会にこそ必要な〈教養〉、すなわち、現代の人間と社会が抱える諸問題に対する〈責任/応答力〉を発揮すべく、古典から学び、その創造的発想を認識することで、問題の本質を洞察し、概念化し、新たな問いを立てる〈想像力/創造力〉の涵養です。

気がつけば「9.11」から20年、「3.11」から10年が経過し、コロナ禍での生活が常態化したような社会に生きる私たちは、気候危機に象徴される地球規模の課題に即応することができず、〈不透明な未来〉に対面し続けています。いま求められているのは、問題のなかに予め答えが含まれているような「問題解決」にとどまらず、既存の領域を横断して新たな問いを立てる総合的な〈智〉です。

文学研究科は、時代の変化に闇雲に追随するのではなく、時代が変わっても通用する学問を学ぶ場ーあるときは「時代おくれ」と見えても、あるときは「時流」を突破・横断し、先端に飛び出していく可能性を持つ、根源的/革新的な学問に根ざした〈教養〉の場ーであり続けることを存在意義としています。このような考えから、いま私たちは、文学部の「総合教育改革」とも連動するかたちで、これまで13専攻が学問的に蓄積してきた〈縦軸〉の智を有機的に結びつけるための「領域横断的な智の在り方」にむけての改革に着手し、新たな方向性を見いだそうとしています。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

漱石『草枕』の余りに有名な一節です。文学研究科としては、かねてよりの「角が立つ」ことを怖れず、「窮屈」を厭わない姿勢を堅持したいところですが、「不要不急」の時代思潮で「住みにくさ」に拍車がかかった感は否めません。「不要不急」の学問分野の筆頭であることが改めて確認されてしまったかのような空気が(新型ウィルスと共に)蔓延しているからです。

私たちとしては、このような「時代思潮」だからこそ、まずはその「不要不急」の定義そのものを検証することが肝要であり、その任に最適な智の枠組を培ってきたのが文学研究科にほかならない、と考えています。「不要不急」の時代思潮に抗うという試みに、研究仲間として参加していただけることを心から願っています。

文化庁の月報「言葉のQ&A」に拠れば、「流れに棹さす」の意味を尋ねた「国語に関する世論調査」の結果、本来の意味ではない「傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失わせる行為をすること」と答えた人が6割強だったそうですが、こと「時代思潮」の場合は、本来の意味でも、誤解された意味でも、「棹させば」「流される」ことになってしまうのでしょうか。