法学部

【活動レポート】郡司 菜穂子 (法律学科2年)

「やる気応援奨学金」リポート(38) イギリスで法律英語の習得を マイノリティーの環境も体験

私は2007年8月の3週間、「やる気応援奨学金」を利用してイギリスに滞在しました。今回私が設定した活動テーマは、「法律英語を学ぶこと」と「イングランドのロースクールを見学すること」の2つです。まず初めに、なぜこのテーマを選んだのかを御説明します。
私は以前より、海外のロースクールに進学したいという思いを強く持っていました。しかし、日本のように、いつでも見学に行けるというわけではなく、更に私は、海外のロースクール事情についてほとんど無知でした。また、法律英語は日本語における法律用語のようにある種特殊で、具体的にどういった勉強をすれば良いかも良く分からなかったというのが5月ころの自分が置かれていた現状です。そこでこの「やる気応援奨学金」を利用し、法律英語を習得し、海外のロースクールを見学しようと考えました。
以下、その活動を御紹介します。

学校は慎重に選ぶ

春の事前準備の段階で、私は相当苦戦しました。なぜなら、そもそも法律英語を扱う語学学校や団体が少なかったこと、そしてその数少ない団体の多くが年齢制限を設けていたからです。不幸中の幸いに、はしか休講があったのでその時間を利用して私は準備を進めました。途中、多くの学校が設置しているビジネス英語のコースを選ぼうかと悩みましたが、自分が本心から選んだ選択肢でなければ確実にやる気はなくなるだろうことは明白でした。だから学校選びは絶対に妥協してはいけないと思いました。私が挙げた候補の中で最良だったのが今回滞在したイギリスにあるウェールズ大学バンガー校に併設されているELCOS(English language center for overseas students)でした。

今回の活動は8月3日から25日までの約3週間で、そのうちの2週間はELCOSに通うのでウェールズに、残りの1週間はロンドンに滞在し、ロースクールの見学などに利用しました。今年のイギリスは異常気象で特に冷夏で、ダウンジャケットを着た人を見掛けるほどの寒さでした。あくまで「涼しい夏」を想像していたので、私はその寒さに驚きました。学生寮では電源が切られていたヒーターを付け、毎夜寒さをしのぎました。
前述のとおり、私はウェールズ大学バンガー校の併設機関に通いました。ウェールズはイングランドの西に位置し、その中でもバンガーはヒースロー空港からバスや特急を乗り継いで5-6時間掛かります。列車で隣になった人に、「なぜそんな遠い所にわざわざ日本から」と必ずと言って良いほどよく質問されたのを覚えています。

一般英語と法律英語

2週間滞在したバンガーは、ウェールズ北西部に位置しています。聖堂を中心に商店が並ぶ映画に出てくるような町並みの広がる場所で、高い建物はほとんどありません。自然がとても豊かな静かな町です。遠足で行った周辺の町には、世界遺産に登録されているコンウィ城などがあります。私はバンガーでは学生寮に入っていました。1人部屋が8つでキッチンは共有でした。私がキッチンを共有することになったのは、別の語学機関に通うシンガポール人の4人組でした。彼らとはとても親しくなり、彼らがある晩は料理を作り、その翌日はお礼として私が日本食を作ったり、夜通しトランプをしたりと盛り上がりました。彼らとはバンガーでどのスーパーが一番安いかという生活に関する話題から政治や国際問題などさまざまなことを議論し合いました。彼らは私よりも7、8歳は年上だったので、兄や姉が出来たような不思議な気分でした。

私はELCOSで、午前中は一般英語のAdvanced English、午後は法律英語のコースを選択しました。授業初日、案内された教室でまず目に入ったのはイタリア人の姿でした。右も左もイタリア人。その光景を見た瞬間、開いたドアを閉めたくなる衝動に駆られました。確かに日本人は1人もいません。日本語ばかり話して語学力が伸びないということはありませんでした。しかしその代わりに、法律英語の授業は私を除いて全員イタリア人という驚くべき状況が待っていました。初日にスタッフに、「菜穂子はマイノリティーね」と言われたことは今でも忘れられません。この言葉は私の闘争心に火を付けました。初日に立てた目標は1つ、「絶対にイタリア人には負けない」でした。
午前中の一般英語のクラスでは幸いなことに、ドイツ人、スペイン人、イタリア人、ペルー人、日本人、とバランスが取れていました。元々ウェールズはヨーロッパの観光地として比較的有名らしく、ELCOS内ではアジア人の姿はほとんど見られませんでした。ELCOSに日本人は私を合わせて5人しかおらず、日本語を話す機会はほとんどありませんでした。一般英語の授業はテキストがあり、文法などもある程度はやりましたが、授業は議論やグループでのプレゼンテーションが中心でした。内容は死刑制度や犯罪、環境問題の緊急性から恋愛観などさまざまでした。文法も確かに重要ではありますが、議論は私にとって何よりも興味深いものでした。なぜならば、こんなに色々な国の人の意見を一度に聞くことの出来る機会はそうないからです。授業中、元々負けず嫌いな私は、積極的に議論に参加するよう心掛けました。
私がELCOSにいた2週間一番楽しみにしていたのが午前10時30分から始まるお茶の時間でした。インスタントの紅茶やコーヒー、そして緑茶とお菓子を30分の休憩時間でのんびりと頂きながら談笑。お菓子は老若男女問わず静かな取り合いが続き、20人ほどいたイタリア人は毎日「イギリスのコーヒーはまずい。イタリアに帰りたい」と騒いでいました。ELCOSには大学準備で夏休みの間から通っている生徒も多く、同年代の女の子が何人かいました。彼女たちとは遠足や夕食を一緒にして、交流は日本に帰国した今でも続いています。
平日の午後は、法律英語のクラスでした。法律英語のクラスは実際の書面弁護士やウェールズ大学バンガー校ロースクールの教授の講義のほかに、プリントワークがありました。クラスでイタリア人が母国語で議論し始めると先生がはらはらした顔で私を見ましたが、イタリア語が飛び交っても怒らない、授業に集中すると私は初日に決めていました。彼らの多くは弁護士か大学院生の生徒でしたが、英語力は私より下でした。母国語は国に帰ってから話せば良いと自分に言い聞かせ、とにかく語学力の向上に力を注ぎました。

リバプールで裁判傍聴

2週目の法律英語の授業ではバンガーから4時間程度の場所にあるリバプールへ遠足で出掛けました。といっても、普通の観光ではなく裁判傍聴です。朝7時にバンガーを出発する予定でした。しかし、7時ぴったりに現れたのは私と引率の先生、バス、そして数人のイタリア人でした。残りの全員が現れたのは10分後。後日スペイン人の友人に聞いたところ、「時間通りに来るのはイギリス人と日本人、少し遅れてくるのは中国人と韓国人、時間を大幅にオーバーするのはスペイン人、もはや遅刻と呼べないのがイタリア人」と教えてくれました。私は閉口するどころか逆に開いた口がふさがらなくなり、それ以来イタリア人はそういう人種なのだとあきらめるようになりました。

リバプールに到着すると早々に裁判のリストをもらい、私は傷害事件や強盗事件の裁判を見ることにしました。法廷のある階に到着すると、中世ヨーロッパを思わせるかつらをかぶった男性が大勢いるのに最初は少し驚きましたが、すぐに弁護士や検察官なのだと理解出来ました。何が面白かったのかと言えば、公衆の面前でかつらを取ったりかぶったりしていることでした。もっと厳かなイメージを持っていたイギリスの刑事裁判は、この瞬間ぐっと身近なものに感じられるようになりました。
見学した法廷ではどの裁判も10-30分程度で終わり、その展開の速さに最初は戸惑いました。イングランドでは裁判のメモは法廷案内人の許可がなければ出来ませんが、私たちは幸いその許可を頂くことが出来ました。裁判官や弁護士の言葉は当然早く、断片的なメモを取ることで精いっぱいでした。しかし、それでもメモが取れていることに気付いた時、日本から来たばかりのころと比べると自分のヒアリング能力は格段に向上しているのだと実感出来ました。また、裁判長が午前の裁判をすべて終えると質問をする時間を作ってくださったので、わずかな時間ではありましたが、生の裁判官の言葉を聞くことが出来ました。
ELCOSでの授業終了日である2週目の金曜日は修了式でした。音楽でクラスを盛り上げた生徒、イタリア人を引率して連れてきた生徒など、特徴ある行動を取った生徒は先生のお褒めの言葉付きで表彰されました。そして私は「マイノリティーとして最後まで頑張った生徒」としてある意味とても名誉な表彰をされました。

ロースクールを見学

バンガーからロンドンへは18日の土曜日に移動しました。移動日はシンガポール人の友人たちも移動するということで、彼らがチャーターしていたバスにバンガー駅まで乗せていってもらうことが出来ました。当日は既に列車の時刻表を確認していたこともあり乗り継ぎもスムーズでしたが、問題は地下鉄でした。

恥ずかしながら、地下鉄で4回も乗る電車を間違えた私は階段を下りたり上ったりするという重労働を繰り返さなければなりませんでした。私は、ロンドンに1週間滞在するということで、1週間地下鉄が乗り放題となるOyster Cardを購入しました。これは、日本で言うsuicaのようなものです。何とか寮で親しくなった4人と合流して夕食を取った後、私たちは小雨の中ロンドン市内を少しだけ観光して別れました。
今回のロンドン滞在の目的はロースクール見学でした。ここでは、私が特に良い印象を持ったロンドンメトロポリタン大学のロースクールを御紹介します。国際オフィス担当の方との約束を取り付け、オフィスへと向かいました。ロンドンでは日本と違い、キャンパスという囲いの中に校舎が幾つもあるわけではなく、校舎と町が融合していたため、ここでも迷いました。何とか時間ぎりぎりに到着した私は大学院への進み方や学費、留学生についてなどさまざまな質問をしました。夏休みであったため残念ながら講義を見学することは出来ませんでしたが、逆に夏休みだということで私は大学院の建物を幾つか見学させていただきました。担当の方はイギリスでのビザについてなども親切に教えてくださるとても気さくな女性でした。

私がロンドンで滞在したホステルは女性専用の8人部屋でした。アメリカ人、ベルギー人、ブラジル人、ポーランド人など人種は多種多様で、同年代の彼女たちと将来のことや自分の現状などについて笑いながら夜遅くまで語り合いました。ホステルとしては設備もしっかりしており、キッチンの食器類もスタッフが洗ってくれるという親切、そして値段がほかのホステルに比べて比較的良心的という点も私は大変満足しています。

学習面の向上と精神面の強化

1人で海外へ行くということにはあまり抵抗はありませんでしたが、法律英語のクラスが自分以外全員イタリア人であったことには正直戸惑いました。ですが、くじけそうになる度に自分がELCOSへ来た理由を思い返し、友人たちの存在に支えられながら無事3週間を終えられてほっとしています。スタッフも講師もとても温かい学校でした。現在も、在学中に仲良くなった友人たちとの交流を続けているので、機会があればぜひ現在もELCOSで勉学に励んでいる友人に会いにいってみたいと思っています。
今回の活動から、法律英語の勉強方法や、ロースクール進学へ向けて必要な準備や語学力などが分かりました。それらはもちろん、書籍やホームページで確認することも可能ではありますが、実際見聞きすることもとても重要です。イギリス(とりわけ、イングランドとウェールズ)については以前より知識が深まったと思うので、今後はイギリスとアメリカのロースクールのどちらを選ぶかじっくりと考えていきます。
私はイギリスにいる間中、「自分はここではマイノリティーだ」ということを考えていました。海外で勉強するということは、自分を厳しい環境に追いやることだということを再認識させられたのです。ですが、アジア人、とりわけ日本人が全くと言って良いほどいない状況で親しい友人を作り勉学に励むということは、学習面での向上だけではなく、精神面を強くしてくれるものだということを知りました。そして何よりも痛感したのはそばに支えてくれる人がいることの大切さと、ありがたさでした。最後に、この奨学金に応募する際相談に乗ってくださった先生方、私がくじけそうになると励ましてくれた友人、私の活動を理解し、応援してくれた家族に心から感謝しています。

草のみどり 212号掲載(2008年1月号)