法学部

【活動レポート】堀田 知佳子 (法律学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(53) 私が動けば「何か」が変わる 日常にある学習機会に気付く

私は、「やる気応援奨学金」を受給して2009年春、カルフォルニア州立大学アーバイン校(UCI)でビジネス英語を学ぶため、アメリカに行きました。
初めての一人での海外ということもあり、飛行機に乗った途端に不安に襲われました。しかしだからこそ出会ったすべての人に感謝の気持ちでいっぱいです。あらゆる出来事が刺激的でした。以下私の体験の一部を紹介します。

アメリカ留学計画が出来るまで

大学の間に留学はしないと思っていました。特に短期留学はしないと思っていました。4年にわたる英国生活である程度の英語力は付いていましたし、新しいことを学ぶには短期では短過ぎると思っていました。

しかし、2008年に「やる気応援奨学金短期海外研修部門」を頂いて行った東京、香港、シンガポールの3都市での金融インターンシップ講座を通して自分の視野が非常に狭いことを痛感し、進路に迷いが生じました。法律家がそうであるように、うまくいかないことをうまくいくようにしたい、とても漠然としていますが「問題解決」がしたい、という根っこの気持ちに変わりはありませんでした。しかし、そのための手段は無数にあることに気が付いたのです。そこで、進学をするにしても、就職をするにしても、ほかの道に進むにしても、もっと「世の中」を知りたい、知らなければならないと思いました。更に英語は仕事をする上での前提条件となっているのだと感じ、同時に大丈夫と高をくくっていた自身の英語力の低下を実感しました。「日本を出よう、英語を使おう」が「やる気」応募までの合言葉でした。

春休みの期間のUCIのビジネス英語クラスは、マーケティングという側面からアメリカにおけるビジネスの在り方、行われ方、考え方やマナーを学ぶというものでした。マーケティングは一種の交渉であって、いかに自分を売り込むか、そして自分の主張を通しながらも相手と合意をするというものだろう。ならば今後のためにぜひ体得しておきたいコミュニケーション能力と密接にかかわりを持つ分野であって、それを学習出来るのも、実践出来るのもそれ自体非常に魅力的だろうと考え、渡米計画を立て、実行しました。

UCIの学生たち

UCIでまず驚いたのはとにかくアジア人が多いことでした。どこへ行くにも迷いますUCIの学生の半分以上がアジア系アメリカ人だそうです。たまたま知り合った陽気な黒人さんは、黒人は非常に珍しくこのかいわいでは肩身が狭いと笑っていました。最初は自分と同じような顔立ちをした学生たちが非常に流ちょうな英語で会話をしているのを見る度にどこか不思議な気分になりました。しかし、慣れてしまえば自分も「お客さん」でいなくて居心地が良かったように思います。また、ほとんどの学生がUCIトレーナーとUCIスエットで登校していることに驚きました。愛校心でしょうか。私も便乗して上下スエットを購入しました。

本物の学生がアジア系なら、留学生もアジア系が半分強でした。肝心のクラスは、日本と韓国から4人ずつとサウジアラビア、スウェーデン、ペルー、台湾から1人ずつの計12人でした。なるべく日本人とかかわりたくないと思っていた私には良いニュースではありませんでした。しかし規則があるわけでもなく、だれが言い出したわけでもないのですが、日本人同士でも(少なくともクラスの中では)英語で会話をしました。更に、私のクラスは社会経験の豊富な方が多く、学生は私を含め日本人の3人だけでした。韓国のエリート国有銀行員や某有名検索サイトのPR部長、ネット世界に会社を立ち上げた人、出産間近の妊婦さん、わざわざ会社を辞めてくる人から政府から資金援助を受けている人までバラエティーに富んだバックグラウンドを持った方ばかりで、同じ「学生」から学ぶことも多かったです。なお、担当の先生もすてきな方々で、1人は世界中で英語を教えてきたベテラン教師、もう1人はマーケティングの最前線で働いてきた元キャリアウーマンでした。

ランボルギーニを売り込むには

マーケティングの授業自体は週5日、午前中に4時間(前半がスピーキングクラスで、後半がリーディング・ライティング)で、午後は英語力と関係なく行われる1時間半の選択制ののんびりレッスンでした。2回のプレゼンテーションやテストなどもありましたが、どれも課題が面白く、もっと宿題を出してくれと思っていた記憶があります。以下、クラスで扱った題材で印象に残っているものを挙げます。

ビジネスミーティングの実践をさせるために与えられた題材は、数年前にアメリカで放送されていた、不動産王として知られるドナルド・トランプ氏が率いる会社に採用されるべく、出場者が番組に課せられた課題に取り組んでいく「Apprentice」というリアリティーショーに出されたものでした。それまでランボルギーニなんて聞いたこともなかった私がランボルギーニを売り込むプランを立てるのです。そして、この番組の参加者になったつもりで、ランボルギーニを売り込むための①テレビコマーシャル(動画)と、②ポスター(紙媒体の広告)を考えました。一晩考えたその内容をそれまで習ったことを踏まえ、ビジネスミーティングの時に使う語いをなるべく使ってミーティング方式で発表しました。

課題が出された日は、ホームページ(HP)などで得られた情報を基に1人ブレーンストーミングをひたすらしました。キャッチコピーや動画の構成、ポスターのイメージなどを考えていると何だかわくわくしました。ターゲットマーケットや既存のイメージを調べ、一連のプロモーションをする目的などを考えているとあっと言う間にノートは真っ黒になっていました。

自分では興味がないと思っている世界にも楽しいことは転がっているということに気付きました。

成功に学ぶ、失敗に学ぶ

授業では多くの事例が紹介されました。

その中でもスティーブ・ジョブズ(アップル社CEO)はよく例として出されました。例えば、日本でも放送された「マックです。PCです。」という明らかにマイクロソフトを意識したコマーシャル(CM)を作りました。シンプルで分かりやすく、メッセージ性も高いこのCMは全世界で放映され、何種類も作成され、大変効果のあった広告でした。この成功を受け、ライバルであるマイクロソフトは斬新なCMを作ることで有名だった広告代理店と組み「アイアムPC」というキャンペーンを展開します。人気俳優を起用したこのCMは多額の制作費を掛けたのですが大失敗に終わりました。その後「アイアムPC」のCMは改善され、それなりの効果を上げているようです。ほかにも彼の経歴や経営な

どについて主に雑誌の記事を使って学びました。アップルのアクセサリーショップが好調なことからマイクロソフトも同様な店を展開しようとしていることについてどう思うか、などディスカッションもしました。ジョブズの経歴に刺激を受けると同時に、マイクロソフトとの対立を通して企業の競争とはどのようなものなのかを垣間見た気がしました。

「どのような消費者を対象とするか(マーケットセグメント)」の話では、失敗例としてギャップと成功例としてディズニーを使いました。ギャップは、ギャップというブランドのほかに、BANANA REPUBLIC(「高級」版)とOLD NAVY(「手ごろ」版)というブランドを持っています。多少値段やクオリティー、イメージに違いはありますが、重なり合う部分が出てきてしまい、自社ブランドで客を取り合った結果、ギャップ本体の客がいなくなってしまったという事例でした。一方ディズニーではプリンセスシリーズの商品を小学校低学年向けに販売し、ハンナ・モンタナ(ディズニーチャンネル人気ドラマのヒロイン)シリーズのマーケティングを中学生向けに展開していた。しかしそれでは、プリンセスを卒業した小学校高学年向けの商品ラインが不足していると考えたディズニーはフェアリーシリーズを展開し、業績は順調だそうです。この題材を扱うに当たり企業、ブランドのHPを比較することが多かったです。カラースキーム、音楽、フラッシュ、コンテンツ、ほかのHPとの違いはどのようなものか、なぜそれぞれの要素はそうなっているのか、など今まで考えたことのない視点から各社のHPを見る機会になり、大変勉強になりました。

沈黙は日本人の武器!

プログラムにはゲストスピーカーと企業訪問が組み込まれており、私たちの場合はGlobal Negotiationについて研究なさっているMBAスクール教授J・H・グラハム氏の講演とOakley Sunglassへの訪問でした。

グラハム氏の講演は人種によって異なるミーティングの特徴といかに交渉をうまく進めるか、そして最終的に妥協ではなく建設的な合意(Creative Solution)にたどり着くことが大切なのだという内容のものでした。

中でも日本、アメリカ(欧米代表)、イスラエルの人の交渉の様子を映像で比較した、文化による交渉スタイルの違いについてのお話はとても興味深かったです。それまで私は外国人と交渉をする時は多く発言しなければいけないと勝手に思い込んでいました。しかし、実は外国の方には黙っているのも有効な手法だったのです。一般的に欧米諸国では小さなころからキャッチボール型の会話を求められているようで、会話の間に透き間も重なりもないことが理想でありその状況に慣れているというのです。更に、イスラエルでは相手が話している間に自分も話すことが普通で会話の中に沈黙がないのです。一方日本人は会話の間に沈黙の時間が非常に多かったのです。あまりに「んー……(沈黙)」が多かったので会場のあちこちから笑い声が聞こえました。(下図参照)

グラハム氏はアメリカ人の視点で解説をしてくださったのですが、どのスタイルが良いということはないと述べた上で、アメリカ人にはどちらのタイプも「我慢出来ない」そうです。特に会話における大原則「Don’t Interrupt(邪魔するな)」を破るイスラエル型の交渉形式は我慢がならず、不快感を抱くために、このタイプはアメリカ人には嫌われるとのことでした。その点日本型はその大原則を守っているため不快感を抱くことはないとのこと。しかし、質問や自己主張が好きなアメリカ人にとって沈黙は埋めるものという意識が働くのだそうです。よって、日本人が黙ると一方的にアメリカ人がしゃべり、日本人はより多くの情報をアメリカ人に出させることが出来るそうなのです。交渉というのは情報を多く持っていた方が有利なので、沈黙は日本人の最大の武器なのです。

交渉スタイル

どれほどアメリカ人が沈黙に耐えられないかを調べるためにグラハム氏は、アメリカ人が発言した後、日本人が「5分待ってください」と言った後どれくらいアメリカ人は待てるのか、という実験をしたそうです。5組のペアに実験を行ったところ、平均的な待ち時間は18秒だったそうです。講演中に見たビデオには、その一八秒すら待ちきれずにそわそわしているアメリカ人が映っていました。相手がどのような特徴を持っているかを知っておくことはまず大事な第一歩である。それを怠れば不利な交渉を強いられることもあるのだと学びました。このような交渉スタイルの違いや特徴に興味がある方はぜひグラハム氏の著作を手に取ってみてください。

このような講演や見学を含め、何よりこのプログラムで良かったのは、「○○とは……」のような学習をした後に前記のようにその考え方が実世界でどのように反映されているのかということを新聞などで追体験出来たところです。理論が理論で終わるのではなく、現実に世界で使われていると分かるとマーケティングがぐっと身近に感じられ、興味もわきました。だれにアピールするために作られたのかを意識してHPやCMを見たり、暇な時間に授業中に教わった動画サイト(http://ecorner.stanford.edu/はお勧めです)やユーチューブで企業のCEOのスピーチを聞いたり、駐車場で自動車のメーカーを気にしてみたり、スーパーでの商品の配置を気にしてみたり、と実は少し手を伸ばせば日常生活の中にもマーケティングの考え方があふれていたことに気付きました。今でも時折UCIで学んだことを生活の中で思い出します。

車もお金もないオフの過ごし方

私が滞在したアーバインという場所ですが、この地名を聞いたことがない人の方が多いと思います。周りはひたすら住宅地。近くには娯楽施設がなく、短期留学にもかかわらず車を購入する人までいるほど、ここでは自動車は必需品でした。

放課後は大抵学校の図書館で宿題をし、友達の部屋へ行って時間を過ごしました。UCIのアクティビティーでNBAのロサンゼルス・レイカーズの試合も観戦しました。2メートルの選手も米粒くらいにしか見えない席でしたが、ダンクやアリウープがどんどん決まるNBAのゲームに興奮しました。父の会社の同僚に連れていってもらったレストランもすてきでした。バスを使ってショッピングセンターに行ったり、友達の家やジム、映画館、買い物などにまるでVIPのように送迎付きで行ったりもしました。週末も、のんびりと散歩をしたり、DVDを見たり、レンタカーなど方法を見付け、サンディエゴとロサンゼルスに行ったりしました。どれも1人では出来なかったことばかりです。

「おかげさま」は遊びだけにとどまりません。せっかくアメリカにいるのだから、と積極的に出掛けていると当然のことながらあっと言う間にお金が減っていきました。節約生活をしなければならない、そう思っていた矢先でした。何かを察したのか友達が大きなミネラルウオーターのボトルを持ってきてくれました。ルームメートの妹が一緒に食べようと夕飯を作ってくれ、もうブラジルに帰国するからとパンと卵をくれました。御飯や振り掛けを分けてくれる友人、20歳近く年の離れた私をかわいがってくれ何度も夕飯に招待してくれた両親のような友人、朝食用にとパンやシリアルバーまでお土産にくれる友人がいました。スーパーから電話で何か必要なものがないか聞いてくれたこともありました。お土産などの買い物もほとんどしなかったので、結果的に金銭的に不自由のない生活を送ることが出来ました。ブランド品を買いあさっている友達に比べれば大分質素な生活でした。しかし、人の好意を遠慮なく受け取ってありがたく生きてきました。こんなに良くしてくれる皆に自分は何が出来るのだろう、と考えながら笑って過ごした4週間でした。そんな友達とは今でもFacebookやメールを通じて、つながっています。一期一会、奇跡のような出会いを大切にしたいです。

最後に

このおかげさまの気持ちを、帰国後、課題に忙殺される毎日の中でも忘れずにいたいと思います。そして、この研修で学んだ、自分から動かないと何も出来ないが動けば何とでもなること、また日常生活はそれ自体十分教材であることを意識して、日々の生活の中でもさまざまなことに気付き、成長したいと思います。

なお、何度も同じ失敗を繰り返さないためにも帰国後も今まで以上に英語に触れるように気を付けています。「やる気応援奨学金」のコミュニティー形成も兼ねて、週1回今までに当奨学金を受給したことがある学生で英語に触れる機会を作ろうと活動しています。

ここに書かせていただいたのは一部に過ぎませんが、貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。

草のみどり 227号掲載(2009年7月号)