法学部

【活動レポート】神谷 貴大 (政治学科4年)

「やる気応援奨学金」リポート(74) ベトナムで法整備支援を学ぶ セミナー、裁判傍聴、講義で

はじめに

2010年8月、私は「やる気応援奨学金(短期海外研修部門)」をいただき、JICA在ベトナム法・司法制度改革支援プロジェクト事務所でインターンシップを行った。学生という未熟な身分でありながら、ベトナムの地でさまざまな経験を積ませていただいた。本稿では私の経験の一部を記し、「やる気応援奨学金」に関係するすべての方々、サポートしてくださった先生方、インターンシップ受け入れ先の専門家・調整員の皆様、渡航を支えてくれた私の家族に感謝の意を示したい。更には、本稿が後輩の皆さんの活動の一助となり、後輩の御父母の皆様にも、インターンシップと途上国における法整備支援について関心を持っていただければ、これ以上喜ばしいことはないと考えている。

インターンシップでの活動

インターンシップ期間中、私たちはハノイにあるJICA在ベトナム法・司法制度改革支援プロジェクト事務所を拠点とさせていただき、インターン活動をした。事務所には日本の弁護士、裁判官、検察官が1人ずつ派遣されており、実質的な法整備支援活動を担当している。法曹三者がそろうからこそ、各立場の視点からのアドバイスを迅速に行うことが出来るのである。このように法曹三者がそろって活動を行っているのは日本独自の支援の在り方であり、日本の支援体制がとても充実していることを実感した。また、日本人とベトナム人の調整員も常駐しており、資料の整理やアポイントメントの取り付けを担当していた。法曹三者の方は2年ごとに担当者が入れ替わるが、調整員の方は7-8年と長期間滞在しているとのことである。時間を掛けて醸成されてきた信頼関係と人脈が日本の法整備支援にとって不可欠だ。ということは調整員の方がいなければ仕事が成立しない。調整員と法曹三者で構成されたチームとして高い成果を上げるために何が必要なのかを考えるきっかけになり、仕事に取り組む姿勢もたくさん学ばせていただいた。
インターンシップは、①民法改正セミナーへの参加、②裁判傍聴、③長期専門家・調整員による講義、④ベトナム人学生との交流の4つが主な活動である。以下、それぞれについて、紹介させていただこう。

民法改正セミナー

インターン期間中、日本の法整備支援の第一人者である森嶌昭夫先生(現在、名古屋大学名誉教授)が訪越されていた。私たちは日越間の法整備支援に十数年にわたり携わってこられた森嶌先生のセミナーに参加するという希有な経験をさせていただいたのである。
日本の法整備支援は、日本法を紹介し、ベトナム側が自力で法案の作成や法律の運用を出来るようにすることに焦点が合わせられている。日本の法制度の方が優れているからそのまま活用せよと日本法を押し付けてはいけないのだ。実際、セミナー中も、ベトナム法のここが駄目と否定するのではなく、日本法の概念ではこうなっているのでこうするのはいかがでしょうかと丁寧な紹介・提示、意見交換がなされていた。

専門家の方々の悩みを伺うことが出来たのも面白い経験であった。やはり一度出来上がった既成概念を修正していくことにかなり時間が掛かるとのことである。「『債権』と『物権』の区別は最初からずっと言い続けているのだけれど、まだ完全に理解してもらえない」「前回のセミナーで分かったと言ってもらっても、次のセミナーではまた以前の理解に戻っていることは何度もある」「年齢が比較的若いと理解が早いけど、年齢を重ねた方の概念を修正するのには時間が掛かる」と専門家がおっしゃっていたことが印象的であった。このような地道な活動について、その場でインタビューさせていただき、私はより多くの人が法概念を理解し、運用していくことが求められることを強く実感した。法は社会の病気を治療する手段なのだ。したがって、治療する側と治療される側の理解をおろそかにしてはならないのである。法の番人が、真の意味でその国の法の番人となるまで、多くの人に理解してもらうことを焦らず、粘り強く支援していくことが大切なのだ。
また私は社会主義計画経済を採用しているベトナムにとって、資本主義市場経済の日本からの支援を受けることに抵抗感はないのだろうかという疑問を持っていた。これを森嶌先生に尋ねたところ、先生は、「最初は強く反発されたが、何回も繰り返し支援することで信頼が醸成され、受け入れてくれるようになった」とおっしゃっていた。ゼロベースからベトナムへの法整備支援を開拓し、日越間の信頼醸成に尽力してきた先生の言葉には、ずっしりとした重みがあったことを今でもよく覚えている。それと同時に、国際協力の分野では3つの「あ」、すなわち、焦らず、あきらめず、侮らずを肝に銘じ、両国の歩調を合わせながら活動していくことが重要なのだというJICAの方の言葉が印象的に思い起こされた。

裁判傍聴

インターン期間中、ハノイにある裁判所で、裁判傍聴を行う機会があった。私が傍聴したのは殺人事件を巡る裁判であった。法廷のつくりや裁判所の雰囲気、裁判の進め方が日本と大きく異なり、大変興味深かった。
法廷は当事者と傍聴人の間がさくで仕切られておらず、日本との大きな違いに驚いた。「あまりにも緊張感がない法廷だな」と思ったほどである。実際、裁判中でも傍聴人同士での私語が盛んに聞こえたし、裁判を見張る公安の携帯が鳴り、また電話にその場で応答するという場面もあった。日本の静粛な裁判の進行を見学したことのある私にとってはカルチャーショックであった。
また、裁判の構造も私にとってはなじみのないものであった。日本の裁判の進め方は、被告人と検察官が対等な立場で主張し、裁判官は公平・中立な立場で判断を下すという構造である。一方、ベトナムの裁判は職権主義的傾向が強く、裁判中も捜査の延長なのではないかと思ってしまうほどだった。裁判官は被告人に質問を発し続けていたし、被告人はただひたすら回答していたからだ。裁判官は事件記録を裁判前にある程度完成させているようで、裁判中は自分なりの心証に裏付けを与えようとしているような進め方であった。弁護士が意見を述べることも私の傍聴中はほとんどなく、あっても「異議ありません」であった。初めに結論ありきの裁判ではないかとすら思った。傍聴後、専門家の方から、ベトナムの弁護士の地位が低く、地位の向上が現在の課題であることを講義していただき、ベトナム司法についてきちんとした理解をすることが出来た。日本人の観点からベトナムの裁判の進め方が悪いと決め付けるのは簡単だ。しかしこれもベトナムで時間を掛けて築かれてきた裁判運営の方法なのだ。その価値観を自分たちはまず受け入れ、そのうえでより良い形へと修正させていくことが必要なのである。決して日本の裁判システムの方が一方的に優れているわけではなく、むしろベトナムの裁判の方が優れている点も多々あるように思った。
今回の裁判傍聴は、私にとって国家権力という「暴力」はどのように行使されるべきなのか考えさせられる機会となった。基本原理に立ち返ってみれば、「暴力」は目的実現のための手段の1つである。ではベトナムではどのような目的を果たそうと意図しているのかと思ったのだ。例えば公開裁判を紹介しようと思う。ベトナムの公開裁判には「①秘密裁判の禁止」と共に「②見せしめ」の趣旨もあるのだ。(日本では①のみ。)共産党支配の下で、これらの目的を実現するために、裁判という手段をどう活用するのか、それがどのように社会の平和的発展につながるのかを思考していくことは極めて重要なことであると思った。

専門家・調整員による講義

インターン期間中、長期専門家、調整員の方々が、業務の合間を縫って、法整備支援やベトナムの法律・司法制度について講義してくださった。ここでは、国際協力、日越関係についての講義を紹介しようと思う。
この講義は、異国の地で活動するにはやはり、その国についてよく理解していることが重要なのだと実感させる内容であった。今回のインターンも例外ではない。その土地で暮らす人々がそれぞれ文化や歴史を受け継ぎ、国をつくっている。そのような人々と一緒に仕事をしていくのだから、ベトナムの社会、文化、歴史、政治・経済を知り、相手のことを理解しようと努めることは必要不可欠であろう。しかし、これは「言うは易く行うは難し」である。知識のみならず、気力と体力も必要だからだ。異文化圏でも、その環境に身を合わせ、業務をこなす気力と体力を見習いたいと思った。
私にとって印象的であったことは、日本の法整備支援は、第2次世界大戦の反省も含んでいるということである。日本は東南アジアに侵略したという事実を背負っている。ということは今現在、日本が行っている国際協力は負の遺産を償う意味もあるのだ。この指摘には考えさせられた。ただ何となく支援を行うのではなく、私たちはバックグラウンドを背負い、そのうえで活動しているのである。
そして、日本自身も明治時代、フランス、ドイツを始めとする欧米諸国から「法整備支援」を受けた経験を持つ。その歴史的経験を私たちは義務教育の過程で学習している。ということは、日本全体としても、他国に比べ、法整備支援を肯定的にとらえるマインドが醸成されているともいえるのである。そのような日本の強みを生かして法整備支援はなされていることも日本国民はもっとよく知る必要があるのだ。日本が活動することの意義と強み、この両方の背景事情は大変興味深かった。
また、たくさんの基本知識をジョークも交えながら講じるという調整員の方の話し方についても勉強させていただいた。知識をただ述べるだけでは、相手の印象に残らない。であれば、どう話せば相手の印象に残るのか工夫することが必要だ。異国の人々と交流するならなおさらこの視点は必要である。異国の地でも存在感を示すことの重要性を学ばせていただいた。

ベトナムの学生との交流

ベトナム国家大学及びハノイ法科大学で法律の講義を受けた。内容は日本国民法。講師は日本人(森嶌昭夫先生、中央大学法科大学院教授の佐藤恵太先生)で、使用言語は日本語だった。民法の三大原則から丁寧に講義がなされ、民法の概念を正確に定着させようという講義であった。学生は若いからか、年配の方よりも理解が早いと先生はおっしゃっていた。
私はベトナム人学生の学修意欲の高さが身に染みたことを忘れることはない。ただでさえ、理解するのに時間を要する法律を、異国の言語で学び、仕事に生かそうと奮起しているのだ。私が交流したベトナム国家大学の学生は社会人学生であった。したがって、平日は仕事、休日は大学で勉強という生活である。これからベトナムという国を支えていくのは自分たちであるという自覚と熱意、そして大学生であることの責任を強く感じた。と同時に、物事に取り組む姿勢がどこか他人任せで誰かが国を支えてくれるだろうと甘えていた自分が恥ずかしくなった。
国を支えるのは、その国に住む人々であり、特に若い世代のエネルギーは最重要なのだ。つまり、どういう形であれ、私たちは国を支える立場になることが使命になっている。たった1人でも果たす役割は実はとても大きいことは容易に想像出来るはずだ。「国づくりは人づくり」というこんな当たり前のことを、深く理解する機会となった。
また同時に、日本がいかに恵まれた学修環境であるのかも痛感した。日本の大学は、教室が奇麗であるし、黒板のみならずホワイトボードもある。IT環境も空調設備も充実している。一方、ベトナムの大学は、教室が狭く、しかもほこりっぽい。黒板も古くなっていて、チョークがうまくのらないものが多い。コンピューターなどもまだまだ普及していないし、冷房設備もなかった。
私は普段自分が恵まれた学修環境にいることを気付いていなかったのだ。日本では当たり前と考えていたことがベトナムでは当たり前ではないことについて自覚的となり、もっと勉強をしていかなければならないと思った。

おわりに

今回のインターンシップに参加し、異なる価値観を受け入れることがいかに大切なことであるか、これを実践することがいかに難しいことであるか、身をもって知ることが出来た。
ベトナムという、日本とは似て非なる文化を持つ国の習慣、食べ物、生活環境に触れ、そしてもちろん日越の法律の相違点を学ぶことによってこのことを痛感することが出来た。
また、このインターンシップでは、仕事をするということの重みを学ばせていただいた。任務に対して強い責任感を持ち、出来る限り最大の成果を上げるようにと意識をしながら、業務をこなしていく専門家の方々を見て、自分の認識の甘さを痛感した。相手方に対して何かを提供することが仕事であるとするならば、そのためには自分が提供出来る「何か」を持っていなければならない。

大学生活では焦ることなく、自分に出来ることを積み重ねて増やしていくことが大切なのだと思った。ついついやりたいことが先行して、「思い」だけが宙づりになってしまうことが多々あるが、そのような時は、一呼吸置き、今自分は何をする必要があるのかを冷静に分析することが大切なのだと感じている。
このリポートでは収めることが出来ないほど、たくさんのことをインターンで経験をした。残された大学生活の中で、自分は今後どのように社会に貢献していくのか、インターンの経験を踏まえながら、考えていこうと思う。そして近い将来、自分が日越をつなぐリーダーシップを発揮する存在になりたいと考えている。

草のみどり 248号掲載(2011年8月号)