法学部

【活動レポート】井上 圭介 (法律学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(17) 「多摩探検隊」を世界へ発信 ウェブサイトと著作権を学ぶ

はじめに

「やる気応援奨学金」といえば「海外研修部門」、つまり留学をする学生のための制度というイメージが強い。この奨学金に合格したと友人に話をした時にも「じゃあ、どこかに留学するの」と尋ねられることがしばしばあった。原稿の依頼を受けてからこのコーナーの過去の記事を読み返してみたが、やはり海外からのリポートが多く、美しい風景写真と異文化交流のエピソードが誌面を飾っている。

「一般部門」で奨学金を頂いた僕は頭を抱えた。海外はおろか、ほとんど多摩を出ていない。悲しいかな、この夏1番の遠出は名古屋、しかも日帰りである。風光明媚な町並みの写真もなければ、外国の人々のホームパーティーに招かれた経験もない。

しかしそれでも、僕は世界にかかわっている。

僕の活動は世界各地へ行くことではない。世界に向けて発信することなのである。

「多摩探検隊」とは

僕個人の活動を説明する前に、まず「多摩探検隊」について紹介しようと思う。

「多摩探検隊」とは、知られざる多摩の魅力を紹介していく地域情報番組のことである。放送開始から1年半を迎えた現在では、多摩地域のケーブルテレビ5局(多摩テレビ、多摩ケーブルネットワーク、日野ケーブルテレビ、八王子テレメディア、マイ・テレビ)で放送されている。この番組を制作しているのは、僕が所属するFLPジャーナリズムプログラム・松野良一ゼミである。FLPとは「ファカルティ・リンケージ・プログラム」の略称で、通常の学部で行われるゼミとは異なり、全学部から希望する学生を募り選抜試験を経て構成される。番組を制作しているFLP松野ゼミは、法学部、経済学部、商学部、理工学部、文学部、総合政策学部の6学部の学生が中心となって活動しており、10分間の番組の企画・撮影・編集に至るまですべてを学生だけで協力して行っている。僕ももちろん制作に携わっており、ディレクターやプロデューサーとして映像編集を担当するほか、キャスターとして番組に出ることもあった。また、撮影に同行しさまざまな現場に赴くことも多く、この夏には、高尾に残る伝統芸能・八王子車人形の一座を取材したほか、道行く人にインタビューを行う機会もあった。現場の空気や自分の感動を、映像を通じて多くの人々に届けることが出来るのが、番組制作のだいご味といえるだろう。

本誌でも別のコーナーで記事が連載されているので、併せて読んでいただけると幸いである。

それに加えて、僕は2004年5月の放送開始当初から「多摩探検隊」番組公式ウェブサイトの制作・管理を担当してきた。このサイトでは過去の番組映像を配信するほかに、制作者の生の声やコラム、取材先へのリンクなどを掲載している。ウェブサイト作成の知識はある程度持っていたものの、全年齢の人々を対象として、使いやすさや宣伝効果を考えて作らなければならず、しかもその作業をすべて1人で行わなければならなかったため、最初は困難の連続だった。

しかし作業を繰り返し、リニューアルを重ねていくにつれて、より多くの人にこのサイトを、そして「多摩探検隊」を見てほしいという思いが高まってきた。そのためには多くを学ばなければならないというのが、「ウェブサイトと著作権」の研究を始めた切っ掛けである。

インターネットと著作権

FLP松野ゼミの様子最近「ネットと放送の融合」という言葉が世間をにぎわせている。IT事業を営む会社が、テレビ業界にも進出しようという動きが活発化しており、今年1月にライブドアがニッポン放送株を取得し経営権を掌握しようとしたことに始まり、最近では楽天がTBS株を買収し、経営統合を持ち掛けている。

IT企業側は統合の目的として、過去に放送された番組(コンテンツ)をネットで再放送することを提案し、それに伴う広告収入やユーザー獲得を見込んでいるが、「著作権」という大きな障壁があるために、実現するのは難しいのでは、という見方が強い。

1つの番組を作るのには、多くの人々がかかわっている。例えば、全体を統括するプロデューサー、撮影するカメラマン、撮った映像を編集するディレクターなどのスタッフを始め、番組に出演するタレントや、番組中に流れるBGMや効果音を作曲したアーティストもいる。

そうして出来た番組は、テレビで放送するにあたっては契約書を交わしているが、ネットで放送する際には新たに著作権などに関する契約をしなければならない。だれがどの権利を持っているかが複雑なため過去の作品の許可を取るのが難しく、また明確な手続きや管理団体も現段階では存在しない。このような問題があるため、ネットで放送されているテレビ番組はごくわずかなのである。

しかし「多摩探検隊」の場合、番組制作にかかわるすべての作業を自分たちで行っているため、著作権の一切をFLPゼミが掌握することになり、テレビとネットで同時並行して放送することも可能なのである。取材をする際にも、相手側にはテレビやネットで放送される旨をきちんと伝え、同意のうえで撮影を行っている。つまり「多摩探検隊」は、どんなテレビ局やIT企業よりも早く「ネットと放送の融合」に取り組んでいるのである。

「多摩探検隊」はケーブルテレビで放送されるため、放映地域が多摩に限定される弱みがある。何を隠そう僕自身も埼玉の実家に住んでいるため、自分たちで作った番組をテレビで見ることは出来ない。

その点オンライン放送ならばインターネットに接続出来る環境さえあれば見られるので、地理的な問題を解決出来る。そのうえ、好きな時に何度も見られるという利便性もある。実際多摩地域で取材をしていても、放送されている地域外に住む人々に会うことが多く、オンライン放送について話すと非常に興味を持ってもらえる。

とはいえ、映像制作に携わっている学生のすべてが権利について詳しいかというと、決してそういうわけではない。特に法律についてほとんど学んでいない後輩の中では、肖像権などと混同してしまっている者も少なくない。「『土方歳三』という字幕を入れたいのだが、大丈夫だろうか」という相談をされたこともある。もちろん人名はだれかが作った著作物でないのだから大丈夫なのだが。

映像を制作する、それも公共の放送網を通じて社会に発信する以上、権利に関する問題にはしっかりと配慮しなくてはならないが、一方で過敏にもなりがちである。権利を保有する著作権者側として、知識・理解を深めなければならないという思いは強くなっていった。

作る側の権利を学ぶために

法学部の3年次から始まる専門演習では、著作権のゼミに入った。担当の小倉秀夫先生は客員講師であり、本業は音楽や映像の著作権を専門とする弁護士である。隔週で行われるゼミは、先生からあらかじめ出される課題を各自が検討してきたうえで、ゼミ内で議論するという形式で行われている。

例のエイベックスと「2ちゃんねる」ユーザーの間で対立が起こった「のまネコ」問題の争点や、ネット上の掲示板やブログでの発言における事例問題など、現在争われているホットなテーマについて取り上げられる機会が多い。

2ちゃんねる内のキャラクターである「モナー」は著作物であるか否かについて、皆が知的財産六法を参照しながら真剣に考えているのは不思議な光景ではあるが、インターネットを通じてだれもが発信出来る現代において、著作権は実生活にかかわる法律であることを実感出来る。

法律の勉強にあたって、忘れてはいけないのが真法会研究室の存在である。炎の塔の3階にあり、これまで多くの法曹を輩出してきた歴史と実績のある団体に、僕は1年生の半ばから所属している。

ウェブサイトを作成し発信しているFLPゼミが実践から学ぶ場であるとするならば、各自が専用の自習机を持ち法律を学ぶ真法会研究室は、実践から諸権利についての理論を学ぶ場であるといえる。著作権について学ぶことはもちろん、問題解決に至るまでの思考のプロセスや論理的な説明の仕方などは、ここでの勉強を通じて学んだことである。

そして、研究室を運営する学生委員会の委員長を務めたことで、僕は更なる成長を遂げることが出来た。100人近くの学生が所属する組織の先頭に立って数々の行事を行ったことに加え、実社会で活躍されている弁護士の先生方と意思疎通を図る経験を通じて、社会にかかわる人間としての自覚と責任を身につけることが出来たのは大きい。これは委員会業務に限らず、今後世の中を生きるうえで不可欠な要素であるはずだ。

ゼミと委員会を両立するのは、確かに大変なことだったが、同時に楽しくもあった。自分がやりたいことに集中出来るのは、思い返せば幸せなことである。また奨学金のおかげで金銭的な心配をせずに取り組めたのはありがたい限りである。

「多摩探検隊」ウェブサイトのリニューアル!

さて、ウェブサイトについての知識が深まるにつれ、自分が以前作ったサイトは多くの欠陥を抱えていることが分かってきた。技術的な解説は省略するが、サイトを見た人々を番組視聴までスムーズに誘導出来ていないのが、何よりの問題だった。

ある時「多摩探検隊」について全く知らない友人にサイトを紹介したのだが、パソコンに特別詳しくない彼は、とうとう映像視聴までたどり着くことが出来なかった。僕はサイトの不親切さにがく然とし、このままではいけないという思いに駆られた。

そして9月1日、「多摩探検隊」のウェブサイトはリニューアルされた。今まで行ってきた改良ではなく、抜本的に生まれ変わったのである。とはいえ技術的な部分はOBの方の力があってこそ出来たもので、自分の役割は掲載文やその見せ方など内容面の確定が中心だった。

今回のリニューアルによって、見やすさ、使いやすさは格段に向上したが、これに加えて管理する側にとっても更新しやすくなり、負担が軽減された。これまで管理するためにある程度の技術や知識が必要だったことも問題だったが、今後は特別な知識がなくても扱えるようになり、後輩に引き継ぎやすくなったことは大きい。

また、映像を見た視聴者が気軽に感想などのコメントが残せる仕組みにもなった。新しくなってから初めてのコメントを見付けた時には、感想を頂いたうれしさと、これから発展していく期待で興奮したことを覚えている。ネットはテレビと違い、ただ一方的に情報を発信するだけではなく、視聴者との双方向的なやりとりが簡単に出来る利点がある。その利点をうまく生かしていけるようなサイト運営を心掛けていきたい。

終わりに

これまでの経過を紹介してきたが、この活動はまだまだ続いている。ウェブサイトと著作権、両方とも共通しているのは、日々新しく開拓が進んでいる分野だということである。前者は新たな技術や便利な仕組みが開発され続けるだろうし、後者では判例や法整備などが進むはずである。そうした変化をとらえ、新しいことに対応し採り入れていく柔軟さが、常に求められている姿勢であると思う。

インターネットの普及により、これまでマスメディアがほぼ独占的に行ってきた情報発信が個人単位で出来るようになった。現在ではブログなどのツールを利用した文字による発信が主であるが、近い将来、市民放送局と呼ばれるような映像による発信活動がより活発になるであろう。

「多摩探検隊」を1つの市民放送局としてとらえた時に、この研究活動、広報サイト制作ノウハウや権利関係についての処理の仕方などが、全国の学生・市民放送局の間で実践されることも考えられる。つまり、この研究活動が全国レベルでのモデルケースとなりうるのである。

多くの人々が映像制作の楽しさ、奥深さを知り、インターネット放送によって全国の地域コミュニティーがつながれば、もっと便利で面白い世の中が来るのではないだろうか。この活動は、ゼミを担当してくださる松野良一先生やOBの先輩方のアドバイス、そしてゼミのメンバーの協力があって、初めて行うことが出来たものである。また、真法会の研究室運営との両立においては、委員会のメンバーに助けられた部分が本当に大きかった。家族や友人を始めとし、多くの人々に支えられて、僕は活動を続けることが出来た。そして結果の見えにくいこの活動を応援してくださり、このような発表の場まで設けていただけるとは思いもしなかった。

この場を借りて感謝の気持ちを表したいと思う。本当に、ありがとうございました。

草のみどり 191号掲載(2005年12月号)