2023.04.13

国際ライセンス取得を目指す社会人バイクレーサー
事故の大けがを克服し、サーキットへ復帰
中川空嶺選手(2023年3月商卒)

  • アスリート
  • キャリア

大学3年の夏、交通事故で右脚に重傷を負いながら、1年2カ月後にサーキットに復帰した商学部4年のバイクレーサーが卒業の時を迎えた。レーシングチーム「タイラプロモートレーシング」(三重県鈴鹿市)に所属する中川空嶺(たかね)選手がその人。卒業後は国際ライセンスを取得し、レーサーとしての飛躍を誓う一方で、モビリティー業界に社会人として身を置き、「交通事故ゼロ社会」を実現していく仕事に携わりたいと、未来を胸に描いている。

「皆で戦う」バイクの魅力

レースで優勝したときの喜びや、風を切りながらコンマ1秒の世界で競い合う楽しさとともに、監督やメカニックらのチームスタッフ、チームメイトのレーサー、ライバルのレーサーの存在など、「一人で戦うスポーツではないところ」にバイクの一番の魅力を感じている。

スタッフやスポンサーなど多くのサポートによって、レースが成立することへの感謝の気持ちを忘れたことはない。また、モータースポーツにおいて、世界を舞台に戦う日本企業の存在に誇りを覚えるという。

現在は国内ライセンスを所持し、国際規格を除いた国内の全レースに参戦できる。今後は、もちろん社会人として仕事にしっかりと取り組んだうえで、国内シリーズ戦に参戦して実績を上げ、全日本ロードレース選手権など全レースのライセンス基準に適合する国際ライセンスを取得するのが目標だ。同ライセンスはプロの証しといえる。

国内シリーズ戦は筑波、鈴鹿、岡山など全国のサーキット6会場ごとに全4戦で争われる。中川選手はルーキー年の2020年、筑波ロードレース選手権シリーズに出場し、ランキングトップとなった。ところが、コロナ禍でレース数が減り、残念ながらシリーズは不成立。ルーキーイヤーでの国際ライセンス取得はかなわなかった。

多額な資金が必要なモータースポーツの世界でレースを続けるため、この頃からチームだけでなく個人としてのスポンサー集めにも取り組んでいる。

国際ライセンス取得を目指すという中川空嶺選手

交通事故から1年2カ月後、もてぎ7時間耐久ロードレースでレースに復帰した=栃木・モビリティリゾートもてぎ(中川空嶺選手提供)

入院、8回の手術とリハビリ
卒業後はモビリティー業界へ「交通事故ゼロ社会の実現を」

大学3年の夏、突然のアクシデントが中川選手を襲う。2021年7月、バイクで公道の交差点を直進中、対向の右折車と衝突し、右脚開放骨折の重傷を負った。3度の入院は計約5カ月半に及び、手術は8回を数えた。

入院中は、参戦予定だったレースに、タイラプロモートレーシングのチームメイトが、中川選手の誕生日にちなむ背番号「59」をまとって走ってくれたことがうれしく、復帰への何よりの励みになった。

当初は再びバイクにまたがるまで2、3年が必要と診断されていたが、1年2カ月後の2022年9月、もてぎ7時間耐久ロードレース(栃木・モビリティリゾートもてぎ)でレースに復帰した。ゴールのチェッカーを受けたときは「サーキットに戻ってこられた」と感極まったという。バイクへの熱い思いと執念が復帰を早めたといっていいかもしれない。

現在はダッシュをしたりボールを蹴ったりといった動きは困難だが、日常生活に支障がないほどに快復している。脚の可動域に支障が出ないようリハビリも継続中だ。

モビリティー業界という卒業後の進路を決めたのには、もちろん自身が経験した事故の影響が大きい。交通事故ゼロ社会の実現に寄与したいという思いを胸に、4月からデンソーに入社する。事故の原因や、それを防いだり減らしたりする術(すべ)の研究のほか、レーサーとして燃費や排気ガスなど環境に関係する問題にも視野を広げて取り組みたいと考えている。

ポケバイ時代の仲間の活躍が刺激に
中大杉並高ボート部ではインターハイなど全国大会出場

バイクレーサーとしてのキャリアは長く、実家の千葉市花見川区から近い「千葉北ポケバイコース」で小型のバイクに乗り始めた4歳の頃から。8歳のときには全日本ポケバイ選手権で優勝の実績があり、その後、父親の仕事の関係で東南アジアに居住し、マレーシアのレースでも優勝した経験がある。

中学3年の春に帰国後、中央大学杉並高校を卒業するまでは、バイクの世界から離れていた。中大杉並高では「新しいことにも挑戦したい」とボート部に入部し、インターハイ(舵手付きクォドルプル)の準々決勝進出のメンバーにも名を連ねた。ボート部の活動と勉強を両立し、規律正しく生活できた経験が今に役立っているという。

そして、高3のときに転機が訪れる。国際ライセンスを取得したポケバイ時代の同い年の仲間が、世界選手権で活躍する姿をテレビで目にした。「おれも負けられない」と、バイクへの情熱がよみがえった。「この仲間の姿を見なければ、バイクの世界に戻っていなかったかもしれない」と振り返る。

中大では「二輪愛好会」にも所属。活動はツーリングが主だったが、先輩やOBを含めて“縦のつながり”を深めた。一緒にサーキットに出かけたりもしたという。

深い「中大愛」
「中川君なら大丈夫」キャリアセンター職員からの魔法の言葉

 

大学3年夏の交通事故で入院、治療、リハビリと厳しい生活を送ることになった中川空嶺選手。就職活動にも不安を覚えていたが、親身に指導や相談に乗ってくれた中央大学キャリアセンターの池田浩二副部長の存在が大きな支えになったという。

「中川君なら大丈夫」。一つひとつの悩みや質問に、アドバイスを求めたときにかけられた中で最も胸に響いた言葉だという。中川選手は「僕にとっては魔法の言葉でした」と、池田副部長に感謝する。

中大杉並高から中大に進学したこともあって、母校への「中大愛」は深い。バイク本体やレーシングスーツ、ヘルメットにも中大のステッカーを貼っている。

中川空嶺選手

なかがわ・たかね。千葉市出身。中央大学杉並高校卒、2023年3月商学部卒。170センチ、59キロ。「タイラプロモートレーシング」所属のレーサー。愛車は「YAMAHA YZF-R3」(排気量320㏄)。4月から、自動車部品などの研究・開発・製造を手がけ、モビリティー業界のリーディングカンパニーの一つ「デンソー」に入社。尊敬する人は両親。

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