2023.09.13
学生記者 影原風音(文3) 谷井花蓮(総合政策3) 倉塚凛々子(国際経営3)
2016年リオデジャネイロ五輪の陸上男子4×100メートルリレー銀メダリストで、陸上競技部OBの飯塚翔太選手(2014年卒、ミズノ所属)が6月21日、「オリンピックメダリストが実践してきた心身の整え方 モチベーション維持の方法について」と題して、母校の多摩キャンパスで講演した。
第一線で活躍し続けるアスリートの経験に裏打ちされた言葉の数々を、聴講した「HAKUMON Chuo」学生記者はどのように感じ、受け止めたか。3人がリポートします。
「心身の整え方」をテーマに、現役生らに語りかけた陸上競技部OBの飯塚翔太選手
飯塚翔太選手の講演の主な内容は次のとおり。
「たまにうまくいくから、うれしいんだな」
「学生時代はけがが多かったし、(人生や競技は)うまくいかないことは多い。8割は失敗だ。2割のうまくいったときはうれしい。たまにうまくいくから、うれしいんだな。僕は、嫌なことも『次に良いことがある予兆だろう』と考えて、そのたびに喜びメーターをチャージしていく。そうすればやる気も出る」と、何事も前向きに対応する意識の大切さを訴えた。「心ひとつで、体は変わる」とも。
「心身を整えることは、心を味方につけること」
「心身を整えることは、心を味方につけること。心が味方なら、困難も粘り強く乗り越えられる」と後輩たちに語りかけ、心身を整えるために、長年実践してきたポイントを紹介した。
「心を味方につける習慣作り」として実践している発想法で、「些細なことでも『〇〇だけど良かった』という物事をプラスに転換する力が大切だ」と説いた。さらに、「きょうの満点を狙う」という心の持ちようを紹介。「満点というのはパーフェクトではなく、グッドで良い」と続けた。
「2流と開き直り」
2流とは「いわゆる一流、二流のことではない」。次へ進もうと、「流す」ことと「流動的に行動する」ことと、飯塚選手独自の造語であることを説明した。「たとえば、誰かと意見が合わないとき、そういう(相手の)考えもあるという前提で『流す』。相手を肯定すれば、相手も自分を肯定してくれる。そうやって人間関係を築き、自分がやりやすい環境を作っていくように『流動的に行動する』ことが大切だ」と分かりやすく解説した。
また、「(試合のとき)鏡を見て緊張しているなと確認して(気持ちを)割り切る。開き直ることは受け入れるということ。そうやって開き直って自分を客観視できると楽になる」とし、開き直ったり、流す強さを持って流動的に行動したりすることが大事だと訴えた。
「無敵の人」 敵対する人のいない状態
「無敵になる」は、心を味方につけたうえで、最終的に目標とする姿だという。「無敵になることは、自分が強くて敵がいないという状態ではない。自分に対して敵対する人がいないという状態が一番の無敵」と説明。さらに「自分が頑張れる、前向きでいられる環境は、自分で作っていかないといけない。環境はさまざまだが、一番大きいのは人の環境と心の環境だと思う。環境がいい状態だと無敵になれる。いい状態とは相手を肯定したり、前向きに生きることで横のつながりを持ったりできる状態。長く陸上競技を続けてこられたのも、このような生き方をしてきたからだ。けがをしても皆が励ましてくれる」と語りかけた。
講演会は、中央大学学生相談室と、文学部開講科目「運動と心理」(村井剛・法学部准教授)とのコラボレーション企画として、多摩キャンパス「FOREST GATEWAY CHUO」で開かれた。FLPの履修生やスポーツに興味のある学生、陸上競技部の後輩ら300人以上が集まり、熱心に耳を傾けた。
飯塚翔太選手
いいづか・しょうた。静岡・藤枝明誠高-中央大学法学部(2014年卒)。ミズノ所属。185センチ、80キロ。大学1年時の世界ジュニア選手権200メートルをアジア人として初制覇。2012年ロンドン五輪は200メートルと、4×100メートルリレー(第4走)に出場。2016年リオデジャネイロ五輪は4×100メートルリレー(第2走)で銀メダル獲得。2017年世界選手権4×100メートルリレー(第2走)でも銅メダル獲得に貢献した。自己ベストは100メートルが10秒08(2017年)、200メートルは20秒11(2016年)。
(左から)学生記者の影原風音さん、飯塚翔太選手、受験生応援マスコットキャラクター「チュー王子」、学生記者の谷井花蓮さん、倉塚凛々子さん
現役学生をはじめ大勢の聴衆が飯塚選手の声に耳を傾けた
=多摩キャンパス「FOREST GATEWAY CHUO」ホール
飯塚選手の講演で“2流”という言葉がスライドに映し出されたとき、初めは不思議に思った。この言葉から単純に想像されるのはマイナスの印象だろう。しかし、飯塚選手が示した2流とは、「流す」「流動的に行動する」の2つの「流」の意味が込められたものだった。
私は普段、思っていたように物事が進まず、頭を抱えてしまうことがある。イライラすると悪循環に陥るため、自分なりに向き合って対処するように心掛ける。ただ、その悩みごとについて深く考え込み、抜け出せなくなってしまう性格を課題として捉えている。嫌なことがあっても切り替えて、明るく居ようと心掛けるのは理想だが、なかなかそうできないのが現実ではないか。「流していいようなことでも上手に流せていないのではないか」という感覚もある。
質疑応答のコーナーで「自分の中で好きになれない部分がありますか」と質問すると、「ありますよ! 適当なところとか!」と明るく答えてくださった。飯塚選手は、相手からしたら自分の良いところは見えやすいが、悪いところは目につきにくいというふうに捉えており、私はこの新鮮な考えに触れ、頭が軽くなった感覚があった。
私はこれまで、自分の良くない部分や、直したい部分は相手にも同じように見られていると考え、周囲の目を気にしてしまうことがあった。しかし、飯塚選手は「流す」ことを重視し、人に言われたことも一度は受け止めるものの、全てを取り入れて、消化しようとするのではなく、あくまで一つの意見として捉えていた。そうして、自身のメンタルの調整に向き合っているのだと実感した。
“流す”ことは決してマイナスなことではなく、自分の成長につながる大切なポイントだと気づくことができた。この学びは、今後自分がいつも陥ってしまうマイナス思考の悪循環を断ち切るために役立てたいと考えた。
私は2016年リオデジャネイロ・オリンピックの陸上4×100メートルリレーの中継を、家族と夢中になってテレビで見た記憶が鮮明に残っていた。画面越しの飯塚選手は、寡黙で静かに闘志を燃やしている印象があった。それもあって、「心身の整え方」というタイトルの今回の講演も、堅い雰囲気の内容になるのかと緊張していたが、さわやかな挨拶から始まった軽快でテンポの良い講演はとても楽しく、雰囲気も和やかで、引き込まれる感覚があった。講演を通じて、飯塚選手からとてもポジティブな印象を受けた。
中学生のとき、テレビ中継で2016年リオデジャネイロ・オリンピックの陸上競技、4×100メートルリレーで日本チームが銀メダルに輝いたのを見て感動した。その第2走者だった飯塚選手の講演を聞くことができて、とても光栄に感じる。
最も印象に残ったのは、飯塚選手がどんなことも「考え方次第」であると訴えたことだ。長年、第一線で活躍できる強さの秘訣は、怖いほどにひたすらに前向きなところだと感じた。たとえば、けがをしても「けがをしたのに、オリンピックに出られたら格好いい」「けがをしたのに優勝できたらすごい」と捉え、練習にも一層前向きに取り組んだ。
たいていの選手は、けがをすれば練習に十分に取り組めず、不安や焦りを感じるだろう。しかし、飯塚選手はけがというマイナスをプラスに転換している。この思考の転換は自動的に行われるそうだ。繰り返し行っていると無意識にできるようになるのだろう。このようにネガティブな心情を全く異なる視点から見て、自己の気持ちを高めているのだ。
私は、失敗をしたときや、物事がうまくいかないときに落ち込んでしまうことが多々ある。しかし、これからは飯塚選手のように自分にとってプラスな方向で捉え直してみたい。一見、マイナスに見えることでも、立ち止まって考えてみたら、自分にプラスの影響を及ぼしているかもしれない。そうすることで、今だけでなく将来を見据えた行動ができるようになるのではないか。
講演で「自分の心を味方につける」方法についての話も印象に残った。飯塚選手は「自分なんて…」と自分を遠ざけてしまう状態のことを「心が敵になっている」状態と考えている。そのような状況を回避するため、自分に自信を持つということを大切にしているそうだ。確かに、自信がないときよりも自信があるときの方がさまざまな物事がうまく進む。他者からの意見も大切だが、自分自身に向き合い、自信を持つことが最も重要なのではないかと感じた。
実際に講演を聴いて、飯塚選手がユーモアあふれる人物であることも分かった。競技に集中する姿しか見たことがなかったので新鮮に思えた。「陸上には正解がない」ため、試行錯誤を重ね、向上し続けようとする姿勢にとても勇気づけられた。
小学3年生で陸上を始め、アスリート歴は23年に及ぶ。講演の内容から陸上人生において、壁やけが、スランプなどさまざまな困難が立ちはだかったことがうかがえた。しかし、そうしたことを話す表情は一貫して穏やかで、ポジティブに感じられた。「心身の整え方」という「心」に関する講演だったが、講演全体を通してネガティブなイメージは残らなかった。理由は講演が進むにつれて明らかになった。
日常生活の些細な憂鬱から人生を変えてしまうようなつらい出来事まで、話の根底に、すべてをプラスに転換してしまうという飯塚選手オリジナルの心を前向きに保つ方法があった。
「矛盾してもいい」「開き直ってもいい」「少し経って落ち着いたら受け入れればいい」「今がすべてじゃない。嫌なことはきっと、何か良いことが起こる予兆だし、サクセスストーリーの始まりかもしれない」―。どんなにつらい出来事でも、どんなに無理やりであっても、自分にとってプラスのベクトルに結び付ける考え方である。そして、チャレンジの結果は成功か学びであり、失敗はないと呼びかけ、自分自身に重荷を背負わせすぎず、「きょうの満点を狙う」こともポイントだという。
飯塚選手はさらに、人とコミュニケーションを重ねる過程を通して、「心を味方につけること」の大切さを説いた。
中大時代は実はあまり社交的ではなかったという。ところが、ある日の授業で近くに座った学生との会話をきっかけに、「自分の知らないところで、自分の知らないことで頑張っている人がいる」という事実に大きな刺激を受けた。これを境に多くの人と関わりを持つようになった。自分の知らない世界で、自分よりもはるかに苦労している人がいるなら、自分の苦労など大したことはないと思えるようになり、それが競技のモチベーションにもつながった。
日常の中で交友関係が広がるということは、多くの個性や、自分と異なる意見の人と出会うことでもある。自分と異なる意見にも、「意見はマルかバツかではない。そういう考えもあるんだ」と捉えることが大切だという。意見の食い違いで対立が生まれるかもしれない。しかし、相手を否定するのではなく受け入れ、肯定する。
相互理解の積み重ねで、相手も自分を受け入れてくれるようになり、自分に敵対する人がいない「無敵」の状態を作れるという。その結果、信頼できる仲間が生まれ、それが心を味方にする一つの重要な要素になっていくと飯塚選手は説明した。
飯塚選手は、父から言われた「一人の力は知れている」という言葉が忘れられないと話した。「心を味方につける」「無敵の人になる」という講演の内容も、父の言葉に相通じるものがあると感じた。
アスリートとしての体づくりを心をつくることから始めるような丁寧さと、陸上への愛情があふれた講演だった。