2021.03.31
自転車競技部の尾形尚彦選手(文4)が、全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)の代替大会として、2020年10月に開催された「2020全日本大学自転車競技大会」男子個人ロードレース・学連の部で優勝を飾った。学生競技の頂点に立ったことが自身を後押しし、卒業後は自らの可能性をさらに追求しようと、プロの競技者としての一歩を踏み出す。
将来の目標は五輪の舞台だ。「自身の走りを通して、見る人に勇気や感動を与えられる選手になりたい」と夢を膨らませる。
男子個人ロードレース・学連の部は10月17日、群馬サイクルスポーツセンター(群馬県みなかみ町)のサーキット(1周6キロ)を17周する計102キロで争われた。当日は雨が降り、気温10度に届かないという寒さ。低体温症も予想され、実力のある選手でも何が起きるか分からないという厳しいコンディションだった。
中盤から終盤にかけて、有力選手がどんどん脱落していく。残り3周という手前では、尾形選手を含む集団と先頭との間に1分ほどの差があった。「追いつくのは無理かもしれない」と思ったが、「不完全燃焼で学生の競技生活を締めくくるのは嫌だ」と気持ちを奮い立たせた。
一か八かの懸けで追走態勢に入る。すると、ペダルをこぐ足が思うように回った。みるみるうちに差は縮まり、先頭に追い付いた。体力を温存できていたことも奏功した。ゴール後も「まだまだペダルを踏める感覚があった」という。
コースの大半を、“風よけ”として不利な条件となる先頭に立ち、集団を引っ張った。「最上級生の意地を見せて勝ちたかった。正々堂々と戦えた」と振り返り、「日々のトレーニングのほうが、よほど苦しかった。追走劇はそのおかげです」と胸を張る。
尾形選手にとって、2020年が自らの可能性を確信した年ならば、苦しみ、悩んでも歯車がかみ合わない、好成績を残せなかった前年の2019年は「努力しても報われない」という大きな挫折を味わった年だった。
春先は快調だったが、けがもあり、2カ月近く競技を離れた時期があった。それでも真摯にトレーニングを積み、夏のインカレ直前には「過去最高の仕上がり」と感じるまで手ごたえをつかめたはずだったが、男子個人ロードレースの順位は目標の優勝に遠く及ばない36位に終わってしまう。
2019年は自転車競技部が1953年の創部以来初のインカレの男子総合優勝を成し遂げた年で、仲間の歓喜の輪に加わっても、「僕はチームに貢献できていない」と心から喜べなかった。
「(4年生の)まだ1年チャンスがある。何としても雪辱を果たしたい」。2020年大会のレースには、その決意で臨み、見事に頂点に立ったのだ。
2021年4月からは、自転車部品や釣具の製造販売などを手掛けるメーカー、シマノ(堺市)が運営する自転車ロードレースチーム「シマノレーシング」所属となる。1973年に発足し、日本の自転車競技界を引っ張ってきた名門チームである。
「プロとして競技に取り組むには世界を目指さなければいけない」。この固い意志を貫くためと、シマノレーシングの活動方針や選手へのサポート体制から、思い切って競技に専念できる環境だと確信したという。
「努力しても報われなかった」という2019年の苦い思いから、卒業を機に競技生活を終えることも考えた。ただ、気持ちにモヤモヤを抱えたままの就職活動は思うように進まなかった。優勝した2020年大会は、そんな思いに終止符を打ち、自身の可能性に気づかせてくれた。
「今しかできないことは何か」を見つめ直した結果が、プロの道へと続いていた。
尾形選手は「辛くて逃げたくなったときでも、自分と真剣に向き合うことができれば、成功へ近づく。結果よりもそれを達成するまで、どのような自分であるか。それこそが人として大きく成長させてくれると、4年間で学んだ」と中大での学生生活を振り返った。
ほかの卒業生へのメッセージを頼むと、「まだまだ人生これから。自分磨きに徹していきたい。夢や目標に向かって努力する過程で、時には報われないと感じる努力も、どこかで必ず力になってくれます」とエールを送った。
男子個人ロードレース・学連の部成績
(10月17日、群馬県みなかみ町、群馬CSC)
■2020全日本大学自転車競技大会
順位 名前 所属 タイム(時間:分:秒)
1 尾形 尚彦 中央大 2:33:39
2 天野 壮悠 同志社大 2:33:44
3 兒島 直樹 日本大 2:33:46
10 中村 龍吉 中央大 2:34:54
17 五十嵐洸太 中央大 2:35:09
(日本学生自転車競技連盟のサイトより抜粋)
ゴール後、真っ先に優勝を報告した相手は、レース会場で見守っていた自転車競技部の添田広福(ひろよし)前監督だった。「一緒にインカレ優勝に向けて頑張らないか」と高校時代に声をかけられ、中大進学を志望した。大学でも2年まで直接指導を受けた。尾形選手は「大学での競技生活の最後の最後で、添田前監督に恩返しできたことが本当にうれしい」と話している。
尾形尚彦選手に自転車競技の魅力を尋ねると、「目の前をものすごいスピードで集団が駆け抜ける迫力です。選手同士の駆け引きも目まぐるしく変化し、見る人を楽しませてくれます」と説明してくれた。
「ゴール間際に集団で一斉に優勝を争うより、力の差を見せて後続を突き放すレースで勝利した方が喜びは大きい」。尾形選手はそんな走りを常に意識しているという。
体力を奪う空気抵抗を小さくするため、他の選手の後ろにぴたりとつくことが体力温存につながる。このため、平坦で50キロ以上、下り坂では90キロ超というスピードを出しながら密集してレースが進む。尾形選手も今も恐怖感に襲われることがある。転倒したことがトラウマとなり、競技生活を終えた人も少なくないという。
尾形尚彦選手
おがた・たかひこ。宮城・東北高卒、文学部4年。168センチ、58キロ。専門種目はロードレース。父親の昌彦さんも中大自転車競技部に所属し、主将を務めた。コロナ禍の2020年は大会日程がなかなか決まらず、競技に対するモチベーションを保つのが難しかったという。多摩キャンパスのCスクエアの食堂をよく利用し、「心優しい従業員の方ばかりだった」と感謝。魅力あふれる施設がたくさんあり、忙しい部活動の中でキャンパスに行くのが楽しみだったという。