2026.08.19
学生記者 木村結(法4) 松岡響紀(経済3) 池田茉琴(商3)
棋道会将棋部の古井丈大(じょうだい)さん(経済4)が2026年4月1日付で、プロ棋士の資格となる四段に昇段した。少年時代からの夢を実現した古井さんは、「将棋の世界で息長く第一線で活躍し続けたい。人としても成長を重ね、発言や行動で周囲に良い影響を与えられる存在になりたい」と抱負を語っている。
中大出身のプロ棋士は、米長邦雄永世棋聖(故人)、大内延介九段(故人)、横山泰明七段、石田直裕六段、高野智史六段の5人。古井さんで6人目となる。プロになるまでの険しい道のりや支えとなったこと、理想の棋士像などについて話を聞いた。
プロ一歩手前の実力者がそろう棋士養成機関「奨励会」の2025年度後期(第78回)三段リーグ戦で、古井さんは14勝4敗の成績を収め、四段への昇段を掌中に収めた。小学2年で始めた将棋の世界で、長年の地道な努力がついに報われた。心境を尋ねると、古井さんは「ようやくプロになれる安堵(あんど)の気持ちでした。実感がわかなかった」と冷静に振り返った。
2026年3月14日、三段リーグ戦の最終18戦目の山口裕誠三段との対局。後手の山口三段の「2五桂」(別図)に対し、65手目に2六歩と突き、相手の攻めを促した手を事実上の勝着に挙げる。「相手のさまざまな攻め筋が見える中で、強気の一手であり、怖かった」と言いながら、「難易度の高い局面に相手を持ち込むことができ、結果的に相手陣攻略の足掛かりになった」と力を込めた。長考の末、長年の経験、蓄積された勝負勘を頼りに、自分の読みを信じて決断した指し手だという。この一局の勝利で、四段昇段を確実にした。
6月4日にはプロデビューの対局(加古川清流戦=若手棋士限定の公式戦)に挑んだ。月3回程度は公式戦の対局があり、勝利数が増えるだけ、対局数も増える。新四段として将棋のイベントに呼ばれる機会も多くなるという。奨励会の同期生で、2学年下ながら昇級・昇段で先を越されていた岩村凛太朗四段に追いつき、追い越そうと研究と努力を重ねてきた。同じプロの四段として、ライバルとして今後も切磋琢磨(せっさたくま)していくつもりだ。
石川陽生七段(左)と棋友館の小田切秀人館長の恩師2人に囲まれ、祝福される古井丈大さん=四段昇段直後の石川七段の将棋大会で(古井さん提供)
小学6年生のときの成田山新勝寺の子ども名人戦。和装で対局した
(古井丈大さん提供)
2年ほど前から、永瀬拓矢九段主宰の研究会に呼ばれるようになり、トップ棋士の将棋と向き合う姿勢に大きな刺激を受けている。永瀬九段の序盤研究の緻密(ちみつ)さや、丹念で深い読み筋からは、棋士としての気概、迫力も感じている。こうした経験から、古井さん自身も「地力がついた実感がある」と言い、作戦をより十分に練り、指し手を選ぶ自信がついてきたという。三段リーグ戦を勝ち上がれたのも、永瀬九段の研究会での研鑽(けんさん)が後押ししたといっていいのだろう。
将棋について「勝ち切るのが難しいゲーム。逆転のゲームであり、完璧な指し手を続けていても、一手で形勢がひっくり返る怖さがある」とたとえる。三段リーグ戦では、「私だけでなく、皆が、震えながら手を指している」と、プロ棋士になれるかどうかが決まる正念場でしのぎを削る心境を教えてくれた。棋士を目指す若者たちが競う厳しいリーグ戦であることを感じさせる言葉だ。
実は、古井さんは1期前の2025年度前期(第77回)三段リーグ戦で8勝10敗と、初参加だった72回以来の負け越しを経験した。それまでは4期連続で11~13勝を挙げていた。しかし、ここで開き直ることができる精神的な強さが古井さんにはあった。「(負け越しは)精神的にはきつかった。でも、結果を意識せず、のびのびと指そうと、今期は開き直れたのが良かった」と、三段リーグ戦を突破できた要因の一つを挙げている。
将棋はさまざまな局面があり、「強くなればなるほど、わからないことが増えていくような果てしない奥深さが大きな魅力」だという。何万局と指してきても、指すたびに新たな発見がある。20手先まで読み通せる場合もあるが、10手先も見えないほどの難局もある。
友達の影響で小学2年生で将棋を指し始めた。小学3年から、「こども将棋教室 棋友館」(東京都杉並区)に通いだすと、館長で指導棋士の資格を持つ小田切秀人さんとの出会いをきっかけに、盤面や駒と必死になって向き合うようになった。実戦を中心に、詰め将棋や、過去の対局を盤上で再現する棋譜並べのほか、自宅でも先手と後手を一人二役で指す練習などを行い、めきめきと上達していった。小学生時代には成田山新勝寺の子ども名人戦で優勝した経験もある。
現在は人工知能(AI)を用いた研究も、もちろん欠かさない。力量アップの秘訣(ひけつ)は「何よりも将棋を楽しむこと。楽しいと感じる勉強、研究を続けていけば自然に実力は伸びていく」と教えてくれた。AI による研究が全盛といえる時代でも、従来の勉強法も地力をつける上では欠かせないと考えているそうだ。
自身の将棋の特長や強みを尋ねると、「序盤、中盤、終盤で目に見えた得意、不得意がなく、良くも悪くも安定した将棋を指す。強みは粘り強く、簡単に負けない指し方ができるところ」と話した。
盤面の左から数えて4マス目に飛車を移動させる振り飛車の戦法の一つ「四間飛車」を「自分にとって相棒といえる戦法」と位置づけ、奨励会入会時には「丁寧に指す意識をつけ、地力を高めたい」との思いから、作戦を四間飛車一本に絞り、三段リーグ戦の途中まで昇級、昇段を重ねた。
ただ、戦法が四間飛車中心であるため、盤上は必然的に似たような展開が繰り返されがちで、未知の展開に対する対応力を高めることと、自陣の守りが薄い状態でもしっかりとバランスよく手を進めていくことを課題に挙げる。「どのような展開になっても対応できる地力をつけたい」と考えている。
努力と研究を怠らず、30代に差し掛かる頃には棋戦優勝などの実績を残し、その後は常に上位で戦える姿を棋士像として描いている。
☆ 古井丈大 四段
ふるい・じょうだい。東京都出身。都立豊多摩高卒、経済学部4年。石川陽生七段門下。奨励会三段リーグ戦は7期在籍した。得意戦法は四間飛車。中央大学では棋道会将棋部に所属する。「将棋ばかりに打ち込み、世間知らずなところがある」と謙遜(けんそん)しながら、「社会で通用する実践的な学びを得たい。建学の精神『實地應用ノ素ヲ養フ』に惹(ひ)かれました」と、中大に進学した理由を話している。鉄道研究会にも所属し、駅の発車メロディーなどに愛着を覚える「音鉄」だという。
日本将棋連盟が運営するプロ棋士の養成機関「奨励会」で、最高段位の三段に達した者同士が半年単位で競う三段リーグ戦で、上位2人の成績を残した者が、プロ資格である四段に昇段できる。26歳を迎えるリーグ戦までにプロになれないと退会という実力主義の厳しい世界だ。四段に昇段できるのは奨励会に入会できた人のうち10~20%といわれる狭き門である。
古井さんは、三段の39人が競い合った2025年度後期(第78回)三段リーグ戦で14勝4敗の成績を挙げ、3位となった。上位2人という順位での四段昇段はならなかったものの、2度目の次点(3位)獲得で、順位戦への参加資格のないフリークラスでの四段昇段の権利を得た。
古井丈大さんより2学年上で、竜王、名人、王位、棋聖、棋王、王将と6つのタイトルを保持(2026年7月現在)する藤井聡太六冠は、近年の将棋人気を幅広く浸透させた存在だ。古井さんも、「年がそれほど離れていないにもかかわらず、信じられないような記録を次々に打ち立てられ、現状では目標とすらいえない遠い存在。人柄も素晴らしく、将棋界への注目を一気に引き寄せてくださったことは本当に素晴らしい」と賛辞を送っている。
ただ、棋士として、同じ土俵で戦う以上は「感謝して眺めているだけではいけない。少しでも実力差を縮め、早く対戦できるところまで行きたい思いがある」とも語った。自身の技量の向上に一層、力をそそいでいくつもりだ。
指導対局中の古井丈大さん=四段昇段直後の石川陽生七段の将棋大会で(古井さん提供)
将棋のプロ資格である四段に昇段した古井丈大さんは、両親ら家族をはじめ、師匠の石川陽生七段、小学生時代から通った「こども将棋教室 棋友館」の小田切秀人館長、主宰する研究会で指導してくれた永瀬拓矢九段らに直接、感謝の言葉を伝えた。
両親は中大在学中にプロ棋士になれたことに安心し、喜んでくれた。古井さんにとっても一番の親孝行となった。石川七段は3月14日の最終戦の対局を終え、四段への昇段が決まった会場(東京・千駄ケ谷の将棋会館)に駆けつけて祝福。小田切館長に報告すると、「よかった、よかった」と笑顔で喜んでくれた。年長の園児から中学生までの子供たちが集う棋友館出身のプロ棋士は古井さんが初めてだという。
棋道会将棋部も喜びにわいた。部員たちは四段昇段の記念に濃紺のネクタイをプレゼントし、古井さんは6月4日のプロデビュー戦で身につけて対局に臨んだ。プロ資格を得たことを知らされた鉄道研究会の仲間たちも大喜びだったという。
取材で特に印象に残ったのは、古井さんが「将棋を楽しむこと」を一番大切にしていることだった。将棋の力量を向上させる秘訣(ひけつ)としても、まずは楽しむことが大切だと話されていた。プロを目指す厳しい環境の中では、結果ばかりを意識してしまいそうだが、古井さんは将棋本来の面白さを忘れないことが実力向上につながると考えている。
半期前の奨励会三段リーグ戦で負け越しを経験したとき、精神的に苦しかったという。順調に成績を積み重ねていた中で、負け越しという“挫折”は確かに大きなものだったはずだ。しかし、その苦しい経験を経て、「結果を気にしすぎず、将棋を楽しもう」と考え方を切り替えた。すると、それが良い結果につながり、プロの道へと結びついたそうだ。苦しい時期を乗り越え、前に進んでいこうとする姿勢がとても素敵に思えた。
四段への昇段が決まったときの心境を「喜びよりも安堵(あんど)の気持ちが大きかった」と振り返ったことも印象に残っている。幼い頃から目標としてきたプロ棋士という夢を叶(かな)えることは、並大抵の努力では成し遂げられない。プレッシャーや不安を抱えながら、盤面と向き合い続けたからこそ、昇段の瞬間には大きな達成感よりも、まず安心する気持ちがあったのだろう。その言葉には、私たちには想像もできないほどの重みがあるように感じられた。
取材中、支えてくれた家族や恩師、仲間への感謝を繰り返していたことも印象的で、友人や棋道会将棋部の仲間たちも心から喜んでくれたというエピソードを伺った。たくさんの期待に結果で恩返しができたことは本当に素晴らしい。古井さん自身も周囲の人々との関係を大切にしてきたのだと思う。私たちの質問に対する穏やかで丁寧な受け答えからも誠実な人柄が伝わってきた。
同世代の私は、自らの夢に向かって努力を重ね、その夢を実現した古井さんの姿勢に大きな刺激を受けた。夢を叶えるためには地道な努力も、もちろん大事だが、楽しむ心や支えてくれる人々への感謝、期待に応えようという思いも大切なのだと学んだ。
プロ棋士として新たな一歩を踏み出した古井さん。今後どのような活躍を見せてくれるのかを楽しみにしている。
事前の取材準備中に、小学生のときに見たテレビアニメに将棋が登場し、ルールを覚えたことが、私自身が将棋に関心を持つきっかけだったことを思い出し、どこか懐かしい気持ちになった。古井丈大さんは、私と同じ鉄道好きという共通点もあり、わくわくした気持ちで取材に向かった。
将棋を始めた小学生の頃、古井さんは「こんなにも楽しいことを仕事にしたい」という思いを抱いたそうだ。10代後半でプロ棋士になる人もいる中で、「自分は遅いほう」と謙遜(けんそん)されていたが、棋士を目指す若手が切磋琢磨(せっさたくま)する奨励会三段リーグ戦で好成績を上げ、大きな夢をつかみ取ったことは、誰もが到達できる高みではない。
プロを目指すプレッシャーのかかる対局が続く中で、所属している中大の棋道会将棋部の仲間と楽しみながら将棋を指した時間も、目標達成の力になったという。将棋盤のマスを斜めに移動でき、攻守に重要な働きをする「角行」を好きな駒に挙げ、実際に盤上の駒を動か
しながら、「自分の戦法に合っている」「このように攻守に役立つ」と丁寧に論理的に解説してくれた。物腰は柔らかだが、将棋の話になると真剣なまなざしに変わり、駒に触れる滑らかな所作や、盤上に響く心地よい駒の音が、私を魅了した。
小学2年生で将棋を始め、「こども将棋教室 棋友館」(東京都杉並区)に通いながら上達した。意外にも家族や身内に本格的な将棋の経験者はいないという。取材では、棋士までの道のりを支え続けてくれた両親、師匠の石川陽生七段や棋友館の小田切秀人館長(指導棋士)らの恩師、将棋部の仲間のサポートに感謝の言葉を忘れず、謙虚な人柄がしっかりと伝わってきた。
自分がやりたい活動や研究をできるのは当たり前のことではない。いろいろな人の助けがあって初めて挑戦することができる。感謝の気持ち、謙虚さがいかに大切かを再認識できた取材となった。対局時には、将棋に関係したハンカチやマスコットを持参するといい、深い「将棋愛」を感じさせた。古井さんの今後の活躍が楽しみで仕方がない。
(写真左から)取材を担当した学生記者の池田茉琴さん、木村結さん、古井丈大さん、学生記者の松岡響紀さん=東京都杉並区のこども将棋教室棋友館
中大在学中にプロ棋士になることが決まった古井さん。本人の口から最初に出たのは「喜びよりも安堵(あんど)が大きかった」という率直な一言だった。プロとしてのデビュー戦(6月)や、イベントなどへの出席を経て、ようやく実感がわいてきたという言葉に、プロ棋士となったことへの重みがにじんだ。
取材で印象的だったのは、古井さんを見守ってきた家族をはじめとする周囲の大勢の方々の支えだった。奨励会で将棋を指すのには26歳という年齢制限があり、大学卒業という人生の節目も遠い話ではなかった。棋士の道を目指す過程では、周囲を含めて迷うところもあったのだという。
古井さんは「家族の支えがあってここまで来られた」と語り、周囲への感謝を幾度も口にしていた。棋道会将棋部の仲間から四段昇段のお祝いに贈られたという濃紺のネクタイを、プロデビュー戦の日も、取材に答えてくれたこの日も身につけていた。
恩師をはじめ多くの人にお祝いの言葉をかけられたという古井さんの笑顔から、優しく穏やかで誠実な人柄が垣間見えた。それが周囲の人々が応援したくなる理由なのだろう。棋道会将棋部の後輩たちには、「部活動を楽しんで、仲間を大切にしてほしい」とメッセージを送った。
振り返れば、始まりは小学生の頃に通った将棋教室だった。幼いころから夢中になって将棋を指していたという。将棋に真摯(しんし)に向き合い、地道に努力を重ねてプロ棋士になるという夢を叶えた姿には尊敬という以外の思いがわかない。ここ2年間は、永瀬拓矢九段の研究会に参加する機会にも恵まれ、力を伸ばした。トップ棋士のもとで経験を積むことで地力を養い、徐々に自信をもって指せるようになってきたそうだ。
お気に入りの駒は「角行」だという。戦況をがらりと変えられる駒だ。斜めに鋭く敵の陣地に飛び込み、盤上の景色を一変させる。私には、そんな角行がどこか古井さんのこれからの歩みに重なって見える。これからは公式戦というさらに厳しい舞台に挑むことになる。古井さんは「10代で棋士になる人と比べると、スタートは少し遅れたが、その分も頑張りたい」と静かにきっぱりと語った。強い覚悟が伝わってきた。
これからプロの世界でどんな一手を選び、戦況を動かしていくのか。その歩みに注目していきたい。