2020.12.18

これまで散々だった今だからこそ分かること 怒涛の一年
コロナ禍と対峙~学生記者が寄稿

文/文学部3年 澤畠彩香

  • 中大ニュース
  • きょう・あした

社会に未曽有の状況を引き起こしている新型コロナウイルス。中大生の学生生活にもさまざまな影響が生じています。
「HAKUMON Chuo」の学生記者が、悩みや、苦労する中での新たな発見、日々感じていることなど、率直な思いを記しました。

2020年は世界中の誰にとっても怒涛(どとう)の年であった。今までのものとは比べ物にならない規模の感染症の蔓延(まんえん)は、多くの人の生活を縛りつけ、混乱させた。私もその中の1人だった。元々家で過ごすことが大好きな私でさえ、今年の自粛期間は心が滅入るものだった。

何もしない毎日に焦り

家庭菜園が自粛生活の癒しになった

そして何より外へ出ることへの恐怖が大きかった。去年のうちに「大学3年生になったらやりたいことリスト」を作っていたため、何もせず日々が過ぎるのが一番の苦痛だった。「何か成し遂げなくては」という焦燥感から、さまざまなことに挑戦し、見えない敵、コロナと自分なりに闘っていたように思う。そんな私の「対コロナ生活」を紹介したい。

今年2月から1カ月間、オーストラリアのメルボルンへ短期留学に行った。当時はコロナウイルスという言葉に対して「最近よく聞く言葉」程度の認識であった。しかし、マスクをしている人はメルボルンの街中にわずかながらもいた。アクセサリー店にマスクをせずに入店した際は、店員に少しにらまれている気もした。

この頃のメルボルンは活気に満ちあふれて、私たち留学生にとても優しい街だった。マスクをしていなかったからこそ見られた現地の人々の笑顔をこれからも忘れずに、いつかまた訪れてみたいと考えている。

留学の余韻に浸る暇もなく、帰国してすぐに自粛生活が始まった。焦燥感に駆られた私がまず取り組んだことは、家庭菜園だった。家の倉庫にあった5つの植木鉢と、培養土を引っ張り出し、ベランダに菜園を作った。育てる野菜はアボカドに決めた。

スーパーで買ったアボカドの種を取り出し、土に植える。今では高さ33センチほどの大きさに成長している。なぜアボカドだったのか、なぜ家庭菜園に取り組んだのか。今では分からない。

アボカドの成長が癒しに

ダンスサークルの仲間とミーティング。上段左から2番目が澤畠さん

唯一言うならば、何もない日常にけじめをつけたかったのかもしれない。窓の外に着々と成長している植物がある。それを見ると、日々が確実に過ぎていることを実感できる。“彼ら”の成長は私にとっての癒しとなっていた。アボカドのほか、今ではレモンやサボテンの栽培にも挑戦している。家庭菜園、おすすめです。

“家庭菜園生活”も身に染み付いてきた4~5月、オンライン上でサークル活動が徐々に再開された。しばらくの間、家族や植物以外と対話していなかった私にとって、久しぶりのサークル活動は大イベントであり、ワクワクするものだった。

私は部員が400人ほどの「NAOKAN」というダンスサークルに入っている。普段は多摩キャンパスのペデストリアンデッキなどで練習しているが、「密」になってしまうため、オフラインでは集まれない。私たち3年生が活動できる最後の年だったのに、4月の新入生歓迎会(新歓)の中止が決まったときは正直ものすごく悔しかった。

同期との心のつながり

夏のイベントや学園祭の実質上の中止が立て続きに決まり、3年生にとっても後輩にとっても酷な時期だった。各自が踊っている動画を撮影し、編集でつなげることで1つの作品を制作することにした。

しかし、やはり互いの顔を合わせ、ともに作品を作ることがダンスの魅力だと痛感し、サークルで出会った同期の存在の大きさに気付いた。上級生の幹部は、1年生を楽しませようと、オンライン企画を考え、運営に全力を尽くしてくれた。活動がない期間も、同期たちに連絡すると憂鬱だった気持ちが消え、心のつながりを感じられた。NAOKANに入って正解だった。

怒涛の一年は就職活動にも影響している。インターンシップや面接はオンラインが当たり前。このような状況だからこそ、「自分から探して初めて分かること」もあるだろう。それは次の目標であり、今まであったものへの感謝でもあると思う。

この年は散々だった。しかし自分の人生にとって不可欠な期間であったと、今は思うことができる。

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