2021.07.05
河合久・新学長のインタビュー第2部では、建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」に基づく中央大学の今後の舵取り、新しい時代の要請に即した最高学府としてのあり方、多摩と都心の二大キャンパスの方向性、SDGsやダイバーシティへの取り組みなどについて大学広報室が尋ねました。
(インタビューは学長就任日の5月27日に、感染症対策に配慮しながら、多摩キャンパス学長室で行いました)
―――中央大学は、建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」や、実学精神をもとに、長い歴史と伝統の中で学生の成長を育んできました。社会や地域に開かれた学問の府として、目指す舵取りの方向性やメッセージをお願いします
河合久学長 建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」は、その基礎が、研究と学問の姿勢にあると思っています。その学問対象を探究していくということは、まず現実世界を観察して知るということ。そこに対して分析を行っていくことによって理論・仮説が形成される。私たち大学では形成された理論を教育に還元していく、あるいはもともと研究の対象となっていた実社会にそれを還元していく。そういうような研究、学問の姿勢に根差した教育観を表しているのが「實地應用ノ素ヲ養フ」という言葉だと思っています。
「素」というのは基本的には「知識を獲得する」ということ、それを「応用」するということは、その知識を社会との関係で役に立たせるということですから、もともとこの教育の精神、教育観に、学問や人、知識が周辺の外界との関係を持っているということを前提にしていると思うんですね。これが本学の設立当時から意識されていたということは、現代の科学が定着している中にあっても通用するということで、たいしたものであると思っています。
「實地應用ノ素ヲ養フ」という教育観は、中央大学のこれからの発展にどうしても必要な、「開かれた大学」というコンセプトと関係してくると思っています。「開かれた」ということは、社会を構成する実体や、出来事を認識するときに、常にそのシステムと外界との相互作用を扱う、その相互作用が強固なときに、「開かれる」「オープンである」という意味になる、というように理解しています。
インタビューに答える河合久学長(左)=2021年5月27日、多摩キャンパス学長室
そうすると、實地應用ノ素の「素」の部分の基礎となる「知識」についても、実はそういうことが言えるであろうと思っています。つまり、よく学際とか言われているように、ある領域、ある研究分野が他の分野と相互作用を果たしている、すなわち、ドメイン(領域)の開放になります。専門領域を表象している各学部、大学院といった教育組織の開放、すなわちそれらの相互作用、連携が必要になる。それがひいては、今度は拠点の問題になります。
学部や大学院が設置されている場所ということになりますと、拠点同士の相互作用、これが強くなっていくと、それらが開放されるという認識になります。たとえば、多摩と都心という関係ですし、ある学部と他の学部の拠点と地域、社会との相互作用、あるいは日本と外国の相互作用、こういったものが、どんどん中央大学に求められているであろうと思います。古くから言われている「實地應用ノ素ヲ養フ」という考え方が、時代に対応していかなければならない。もはやこの社会は文系、理系と分けられない、複合的な要素で成り立っていますから、いまある中央大学の教育組織、拠点の相互作用を強めていくということが、本学のさらなる「開かれた大学」ということにつながっていくのではないか。それを目指していきたいと思っています。
―――法学部の都心移転の狙い、並びに法学部と法科大学院の連携を軸とする、文部科学省が打ち出す「3プラス2」、5年間の学修環境、こうしたことを含めて、中央大学としての法曹人材の育成策についてはどう考えていますか
河合学長 新しい法曹養成制度の下での法曹教育の展開に、法学部の都心移転は大きな力をもたらすと思っています。大事なことは、単に多摩キャンパスから都心キャンパス、茗荷谷に引っ越しをするわけではない、ということです。学部3年、法務研究科2年、合計5年の修学期間で法曹志望者を育てることが可能となりますが、制度それ自体は、法学部が多摩にあっても可能です。もともと中央大学では、その新しい制度とは関係なく、法学部、法学部を基礎とする大学院法学研究科、さらにはロースクール(法務研究科)、これらの一体的な運用によって本学の長い歴史の中で培ってきた法曹教育をさらに充実することができるだろう、と考えていたわけです。
その考え、構想を私たちは「ロー&ロー構想」と呼んでおりましたけれども、まさに法学部が都心に移転することによって、もともとあったロー&ロー構想を、非常に近い、狭いエリアの中で実現できる、これがまずは一つの大きな効果であると思っています。
もう一つは、法学部に所属する学生は全員が法曹界に進むわけではなく、そのために法学部は、複数の学科で多様な教育を施してきているし、充実もしています。これまでの良いところは維持していって、なおかつ、都心に行くということになると、近隣の理工学部ですとか国際情報学部というような、どちらかというと理系の色彩の濃い学部との連携も進むのではないか、大いにそこに期待が持てる。
実際に、いまある法学部がそのように別な形で発展することになると、社会に対して新たな中央大学の法学教育、これを示すことができる。言い換えますと「新生法学部の誕生」が期待できる。具体的にどうすればそれが実現できるか、ということについては、現在、法学部教授会で鋭意検討していただいているので、その検討結果を楽しみに待っているところです。
―――いわゆる理系の色彩の濃い学部との連携、これは最初の質問の回答の相互作用に結びつくという考えでしょうか
河合学長 そうです。まさに建学の精神「實地應用ノ素ヲ養フ」という理念、これを現代に展開する際に、どちらかというと社会科学の典型であるといわれる法学が、理系と関係を持っていくということが、時代に即した新たな対応ということになるのではないかと、「開かれた中央大学」に向けての大きな前進になるのではないか、と考えます。
―――相互作用というのは、従来からのFLPなども相互作用のひとつと考えられるでしょうか
河合学長 そうですね、FLPの相互作用というのは、設置された科目にむしろ学生が、複数の学部の学生が行き来することのよって作用が生まれてくると思いますが、今度はそればかりではないですね。提供する仕組み、ドメインそのものが相互作用を持っているということですから、できれば、法学部の学生だけではなくて、それにも他学部の学生も参加できるようになればよいのでしょうか、それはもう少し検討を待つ必要があると思います。
―――多摩キャンパス、並びに都心キャンパスの二大キャンパスを土台とした全学的な教育・研究への支援体制の構築についての考えを教えてください
河合学長 法学部の移転で、多摩キャンパスと都心キャンパスという二大キャンパスのイメージはいま以上に強くなると思います。法学部移転後、多摩キャンパスには5学部が残ります。都心キャンパスには3学部と2つの専門職大学院ですから、教育組織の数という点だけを考えますと、どちらも5つずつですから、まさに二大キャンパスという印象が強くなると思うんですけれども、一方で都心を一括りにするといっても、近隣ではあっても同じ校地に存在するわけではないので、事実上、拠点の分散化といったことは否めないと思います。
多摩については、先ほどの私の「開かれた大学」という考え方につながるのですが、法学部移転後の文系5学部間に、何らかの相互作用、相互関係性が必要かと考えています。これは意識的に関係性をつくっていかなければいけないわけです。意識的に関係性をつくって、そこでシナジー(相乗効果)を働かせていくと、新たな学部の創設や、連携組織の創設につながる。いまある5つの学部のリソースをいかに有効に活用していくか、ということで、新生法学部が都心キャンパスで展開されるなら、新生社会科学、人文科学を多摩で展開していく。さらに、オープン化や検討が進み、新しい領域が出てくるかもしれないですね。いまの学位にこだわらない新たな学位といったものを中央大学が目指してもいいと思います。これまでの進行中の全学的な検討の流れで言えば、大学院の改革から、まず進めていってはどうかと思っています。
そうした中で、教育・研究の発展を考えていこうとすると、私は、実際に教育と研究を担う教員、あるいは研究者の交流や移動、それを支える事務機能の調整が、今後必要になってくるだろうと思っています。その中で、研究力や教育力を向上させようとしますと、もう教員が特定の場所に鎮座して研究活動と教育活動を行うというだけでは何も解決にならないので、「教育活動、研究活動の場面を柔軟化させるような制度」が必要ではないかと思っています。
目的は「教員の働く場面や時間を柔軟化しようという、それによって研究力と教育力を向上させるということ」です。そうすることで、そこで学ぶ学生たちが欲する授業内容を専門家から教わることができる、その割合が高くなるということですから、研究力の向上にもつながるし、やがて教育の場に還元されるところで、学生のためにもなっていくと思っています。
―――今年4月にELSIセンターが開設され、前年4月にはAI・データサイエンスセンターが開設されました。互いに関連する分野、部分があると思うのですが、ELSIセンターの役割・狙い、DXの積極的な推進に対応できる人材の育成、ICT活用に向けた環境整備、これらの進展策を教えてください
河合学長 ELSIセンターとAI・データサイエンスセンターの役割と、DX、ICTの高度利用を予定した大学教育というものは、実は、私は直接結びついていないと思っています。2つのセンターは、当然、情報科学技術の発展に深く関わっていますが、それは情報科学技術の発展に関わる研究をするための組織ですから、それが直ちに本学のDXやICTの有効活用に結び付くわけではないですね。センターで研究する内容は別なところにあると考えたほうがよいと思います。ただ、両者は密接にかかわっているわけですから、どちらかというとAI・データサイエンスセンターでの研究内容というのが、情報科学技術、それ自体の発展の基礎と応用にあると思います。利便性ですとか、能率、効率といったものを、情報・生産活動にどういうふうに、そこにどういう関係があるのかということを研究していくわけです。
一方、それだけでどんどん進んでいっても、情報科学技術の安定的な社会応用は成り立たないのではないか、ということから、それらの情報科学技術に対して、倫理的、法制度的、社会的課題という側面からアプローチして研究していこうと、いわば情報科学技術の発展に対する社会基盤のようなものを研究していくものが一方にあって、それがELSIセンターの研究対象ということですよね。ELSIセンターでの研究が情報科学技術の発展にブレーキをかけるという意味ではなくて、両者が情報科学技術の両輪となって研究が進んでいかないと、正しい社会での情報政策とか情報活用に結び付かないでしょう、ということなので、2つのセンターというのは、その意味では、ひとつの大学に設置されたということが、大きな意味を持ってくると理解しています。
―――今後、国連が提唱するSDGs、あるいは多様性を意味するダイバーシティ、これらについて学問の府としてどのように推進していきますか
河合学長 本学はSDGs宣言、ダイバーシティ宣言をしている宣言校でありますから、本学自体がそれらを現代社会の当然の社会規範として受け入れて、関連する諸課題に対応していくという姿勢を示しています。現在、それらに中心的に携わっている教職員は、それぞれの専門分野や立場において、相当造詣が深い方ばかりです。それらに含まれている理念を大学全体、すなわちすべての学生、教職員が共有し、実践の中に取り込めるような組織的な推進を今後図っていく必要があるというふうに思っています。
ダイバーシティについてはすでに設置されているダイバーシティセンターを軸にして、全学的な啓蒙活動をこれからさまざまに展開していきたいと思いますし、その必要があると思います。一方、SDGsについては、SDGsに含まれる諸課題、目標要素というものは、実はそれを意識する、しないに関わらず、教員の個々の研究においても、大学のこれまでの諸活動においても、何らかの形で関連性を持っているわけです。今後はむしろ、私たちがやっていることがSDGsのこの面での目標と適合していますよ、ということを、むしろ積極的に自覚していく必要があると思います。
これまであまり意識しなくても、そこにはすでにSDGsの考え方が取り込まれている、そういう研究や活動をすでに行っているということだと思うんです。中央大学の教職員は自ら、それらをどう認識するかという整理をしていかなければいけないということです。現在、そういった各研究者のSDGsの取り組み状況を把握するための調査を実施しています。熱意ある先生方、熱意ある関係者の力を存分に発揮できるような組織体制をつくっていく、あるいは強化していく。そういう考えです。
第二次大戦以降、大気汚染や河川の汚染というような環境の問題があったわけですが、それはいま、地球温暖化に関連しているのかもしれないといわれています。その中で私たちは企業が、あるいは産業界が提供する物、サービスになんの疑問も持たずに、むしろその恩恵を享受している。それが知らず知らずに地球の持続可能性を脅かしているかもしれないということに、ようやく気がついてきているわけです。これを皆のものにしていきましょうというのがSDGsを国連が掲げた意図だと思いますが、本学もそれに追従することは極めて重要なことであろうと思います。
河合久学長
かわい・ひさし。1958年生まれ、東京都出身。中央大学商学部会計学科卒業、同大学院商学研究科博士前期課程修了。中央大学商学部教授、商学部長、副学長、国際経営学部長などを歴任。5月27日に学長就任。中央大学附属高校時代はスキー部に所属。大学時代は家庭教師のアルバイトの評判が口コミで広まり、中学生に頻繁に教えていたという。
福原紀彦・前学長(中央大学法科大学院教授)は退任にあたり、現役の中大生たちに次のようなメッセージを寄せました。福原前学長は退任後、一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)の代表理事 会長にも就任しています。
(メッセージは一部を割愛しています)
「(退任という)この機会に中央大学新聞の爽やかな学生記者の取材に応じた時のメモを文章化してお届けします。まじめでおとなしく堅実で優等生タイプの学生が多いとの評判を、あるときは、嬉しく誇りに思い、これからも維持されるべき学風と信じ、あるときは、もっと積極的に行動しようとも激励してきました。知的レベルや身体能力が高く、スマートな若者像を、私の世代から観ると羨ましくもあります。しかし、自分で自分の可能性を早く悟ってしまっているかのように見えたり、自分の判断や行動の基準を探しあぐねて、他人からどうみえるかを気にしすぎたり、外部の風評や基準に安易に従わされているとしたら、今一度、大学時代に自分探しをしてみることが必要だと思います。中央大学の歴史と伝統で培われている環境を存分に活用して、もっともっと大きく成長して欲しいと思います」