2021.04.16
昨年12月、第41回全日本学生将棋女流名人戦で優勝し、女子学生将棋界の頂点に立った。大学4年間、毎年挑戦し続けた最高峰の舞台、もちろん一番の目標としてきた大会だ。1年時は4位、2年は5位、3年は3位と、あと一歩届かなかった栄冠を努力と研究の末に、ついにつかんだ。
学生女流名人戦は2020年12月23、24日、三重県四日市市で開催された。決勝は、連覇を目指した木村野乃花さん(名古屋市立大2年)との顔合わせ。木村さんの機敏な仕掛けで苦しい対局を強いられたが、随所に良い切り返しを見せて、難解な一局を制した。
最終盤の局面。「6五金」の一手で、相手の陣地深くに攻め込んでいた「1一馬」の引き筋を通し、守りにも生かせる形勢に。この一手が勝因となった。勝ちが決まった瞬間は「ああ、ほんとに女流名人になれるんだ」と喜びがわいてきたという。
4度目の出場の今回は、実は優勝できると思っていなかった。理由は、所属する中大棋道会将棋部の部内戦で勝てず、実力では1番手とみていた後輩、1年生の宮澤紗希さんの存在だ。「宮澤さんが一番の強敵」と思って臨んだ。事実、トーナメント進出者を決める初日のリーグ戦で4連勝した宮澤さんに対し、橋本さんは3勝1敗の成績だった。
ところが、宮澤さんはトーナメント準決勝で敗退し、強敵との“中大対決”の決勝戦はまぼろしとなってしまう。それでも気を抜くことなく、前年の覇者を退けた。橋本さんは、「下級生の頃の方が自信をもってこの大会に臨んでいました。(今回は)気合が入りすぎずに、リラックスして臨めたことがよかったのかもしれません」とも振り返った。
将棋を始めたきっかけは、小学2年生のときに旅行先の部屋に将棋盤と駒が置いてあったこと。最初は祖父から駒の動かし方やルールを教わった。しばらくは父親と指していたが、すぐに橋本さんの方が強くなった。以来、この世界と真摯に向き合うようになっていった。
自身のSNSでは「駒音高い系女子」と称している。もちろん手を指すときに盤上に甲高く響く駒の音のこと。自信のある手の場合、「一層いい音がするんです」とほほ笑む。
中大進学後は週に2回程度、東京都武蔵野市の将棋教室で、小学生を中心とした子供たちの指導を担当している。子供たちはあだ名で先生を呼ぶが、橋本さんは「カモシカ先生」。ほかにも10人ほどの大学生がアルバイトで指導にあたり、最初の服装や特徴から「シロクマ先生」「モモンガ先生」などと“多士済々”だ。
将棋教室の代表を務める高橋和(やまと)さんは「子供に的確なアドバイスができる先生で、良い信頼関係を育んでいます。優勝を知ったときは『自分の先生は日本一!』と喜ぶ子供たちの姿が目に浮かびました」と語り、「真摯に打ち込む姿は学生将棋ならでは。表には見せませんが、(橋本さんは)芯のある女性だと思う」と評価している。
橋本さんは「子供に教える楽しさを知った」と振り返り、卒業後は教育業界で仕事をする予定だ。働きながら女流アマ名人戦などの大会に出場するつもりだが、「すぐに女流棋士を目標とするより、いまは社会人として経験を積みたい」と話す。
将棋の面白いところは、「対局中に誰のアドバイスも受けられず、自分一人の判断で勝負が決まるところ。その面白さはそのまま将棋の怖さにもなる」と思っている。
「自ら負けを認めることで勝負が決まる。運の要素は全くない」
団体競技であれば、チームメートの助けやミスで勝敗が左右されることもある。しかし将棋は違う。勝負師にとって、一局一局は百パーセント、己の実力だけの勝負の世界なのだ。だから、「負けると悔しくて、次に大きな対局で勝つまで引きずる」。それほどに落ち込んでしまう。
力量アップの秘訣を尋ねると、「努力です」と即座に返ってきた。研究を含めた日々の精進が欠かせないということだろう。将棋に取り組む子供たちや、これから将棋をやってみようと思っている人には、「一番は楽しむこと。楽しいと感じてほしい。そうすれば努力できる」とメッセージを送ってくれた。
橋本智佳子さん
はしもと・ちかこ。埼玉・西武文理高卒、2021年3月に中央大学経済学部を卒業。「居飛車」での戦い方を好み、対局中は勝負に徹しているという。高校時代にも全国高校将棋選手権女子団体戦、全国高校将棋新人大会、全国高校将棋女子選抜大会でそれぞれ優勝した実績がある。
棋道会将棋部
将棋部と囲碁部を合わせた「棋道会」として、学友会の文化連盟傘下にある。将棋部の部員数は、4年生6人を含む約40人。コロナ禍の2020年度はオンラインを通じた勧誘などで1年生6人が入部したが、春夏の合宿は中止した。
大きな大会も軒並み中止となったものの、2020年12月に全日本学生将棋団体対抗戦や、個人戦の学生将棋十傑戦、学生将棋女流名人戦は開催された。木製の駒の代わりに、消毒しやすいプラスチック製の駒を使うなど感染症対策が施されたという。
学生女流名人戦の決勝で、6五金の手を指した最終盤の局面を説明する橋本さん
将棋をもっと普及させるため、「いつか自分で将棋教室を開きたい」というのが夢。中大に進学してよかったことを尋ねると、「将棋部の良い仲間に出会えたこと」と笑顔で答えた。
目標がある方が頑張れるタイプで、大会が軒並み中止となった2020年度の上半期は目標が何もなく、脱け殻のような状態になってしまったという。多摩キャンパスの部室が使えず、部員らを相手にネット上で将棋を指すことも多かった。学生女流名人戦の開催が決まっても実戦感覚を取り戻すのに苦労したという。
10代で王位・棋聖のタイトルを獲得した藤井聡太二冠の存在は、「私のほうが少し年上ですが、スター誕生によって将棋界全体が活気づくので非常にありがたい」と感謝している。