2021.04.09
2020年度から開講した文学部の新演習授業「特別教養:実践的教養演習」。受講した学生たちはこの1年間、大学で使う教科書とキャンパスマップ、文学部の魅力紹介動画の制作に取り組みました。
「これまでにない新しい授業」を受講した北見洋樹さん(2021年3月文学部卒)、鹿野颯太さん(文4)、細木勇佑さん(法3)の3人に、履修した感想や身についた経験などを綴ってもらいました。
文学部の新授業「特別教養:実践的教養演習」を受講した鹿野颯太さん、北見洋樹さん、細木勇佑さん(写真左から)
2020年度から「自分たちで学びをかたちに」をキーワードにスタート。初年度は「ヒトとモノ」を共通テーマに、学生たちが少人数の3部門に分かれ、第1部門では「大学の授業で使う教科書をつくる」、第2部門では「文化資源を紹介するキャンパスマップ作成」、第3部門では「動画による文学部の魅力発信」という3つの課題に挑戦した。
授業の特色として、異なる専門領域を学ぶ学生同士がさまざまな角度から同じテーマを議論する「領域横断的な学び」▽パソコンやプロジェクターなど最先端の設備があるアクティブ・ラーニング型教室で、課題の実現を目指す学生が協力し合い、思考力や表現力、協力して成果を生み出す協働性を伸ばす「主体的・対話的な学び」▽共通テーマ「ヒトとモノ」について理解したことを、論文やレポートとは違う成果物(2020年度は教科書、キャンパスマップ、学部紹介動画)としてまとめるスキルを身につける「実践的な学び」―が挙げられる。
部門ごとに、必要に応じてプロの編集者、脚本家、映画監督、文化資源調査の専門家らに取材した。
2020年度は、前期はコロナ禍により12回をオンラインで、後期は対面とオンラインを組み合わせながら14回の授業が行われた。受講生は前後期とも20数人だった。
内容は、第1部門が「教科書のコンセプトの創出」「執筆者と執筆内容の選定・依頼」「原稿の検討」「執筆者との座談会」など、第2部門は「文化資源の調査に関するレクチャー、ディスカッション」「来歴・聞き取り調査」「データ整理」など、第3部門が「シナリオ作成」「取材・編集」「試作品の確認」「再編集・構成」などであった。
また、テーマについて学ぶ回、著作権など授業に関わる法律を学ぶ回、キャッチコピーについて学ぶ回、成果報告会を全体で行った。
2021年度も、授業に積極的に参加でき、前期後期を通して継続的に出席できる学生の履修が望まれている。2021年度の「特別教養:実践的教養演習」の共通テーマは「時間 記憶 記録」。課題など履修に関する詳細は「C plus」で発表される。他学部履修制度を活用し、文学部以外の学生も受講できる。
私は法学部の学生として他学部履修制度を利用してこの実践的教養演習の授業に参加した。なぜ法学部の学生である私が文学部の授業を履修したかについては、私が1年次に履修した授業が関係している。
私は1年次に法学部の一般教養科目に設置されている英文学の授業を履修した。英文学に特別興味があるわけでもなかったが、もともと本が好きだったことと、時間割の都合が良かったので授業を履修することにした。そこで私は目の前のテクストに真剣に向き合い、その後ろにあるものを探ろうとすることの面白さを知ったのである。
1年間英文学を履修し、2年次には文学部で何か授業を履修しようかと考えていたが、そんなとき、「C plus」で実践的教養演習が開講されるというお知らせを読んだ。授業名からはどんな授業なのかがピンとこなかったが、「本を作り、実際に出版することができる」という本好きにとって、またとない機会に導かれ、すぐに履修を決めた。
この授業のテーマは「ヒトとモノ」だが、私の所属する第1部門では、授業を通して生み出す“成果物”として「教科書」を目指すため、授業開始後はテーマを「ヒトとホン」に置き換えて、前期履修生8人が担当教員2人を交えて、それぞれの本との関係についてさまざまな討論を行った。考えてみれば当たり前なのだが、それぞれの人生にそれぞれの読書体験があり、私はそのことに一番興味を持った。
このため、自分たちの作る教科書にも執筆者それぞれの読書体験についての論稿を集めたいと思い、テーマを「20歳前後に読んだ1冊」とした。文学部には13もの専攻があること、さらに文学部に限らず中央大学には多様な学部が設置されていることから、副次的なテーマを「多様な思想」とし、以上の2つのテーマに沿った本作りを開始していった。
第1部門「教科書作成」の構想を練る学生たち
テーマを決めた後、執筆者の選定と原稿を依頼する手続きに移ったが、1年を振り返って私はここが一番大変だったと感じている。
コロナ禍にあってオンライン授業が行われているため、実際に先生方にお会いできず、情報集めもネットに限られていた。この状況では、どの先生に原稿を書いていただくのがいいかを見極めるのが難しい。法学部生の私は、文学部の先生方とお会いしたことがなかったが、先生方の経歴や研究テーマを調べ、最終的には数人に絞っていった。
原稿の執筆もすべてメールで依頼することになった。ただ、依頼を断られる先生が多く、他の履修生も似たような状況であり、当初の計画では、夏休み中に原稿を受け取るところまで進む予定が、執筆者の再選定を行うなどして、スケジュールはどんどん延びていった。
ある先生から、執筆依頼の内容を考え直すように言われたことがあった。先生いわく「プロの編集者は決してそのような依頼をしない」とのことだった。しばらく考えても、意味が分からず、その先生に教えを乞うた。そこで私は初めてこの本作りを自分事にできていなかったことに気付いた。
それまで私は、授業で決まったことをただ依頼の文面に羅列するだけで、自分の言葉で自分たちが作りたい本について説明できていなかったのである。この出来事を通して、私は「10数個履修している授業の1つ」という認識から、「自分たちにしか作れない本を世の中に
出す」という使命感のようなものを持つことができた。
このような経験を通して、この授業に、ただの授業という認識を超えてのめりこんでいった。後期の授業では、プロの編集者やコピーライターの方の話を詳しく伺うことができ、本作りの面白さを知るとともにこの授業のぜいたくさにとても驚いた。
授業の一環で本を出版し、プロの職業人も交えて活動していくのである。この実践的教養演習が少しでも気になった学生にはぜひ履修を勧めたい。「この授業には、授業の枠組みを超えて熱中できる何かがある」。私はそう考えている。
大学の文化資源などに関するキャンパスマップを作ること。これが、私が所属していた「特別教養:実践的教養演習」第2部門における活動のゴールでした。このマップは、学生や大学関係者だけが見るのでなく、中大を訪れたり中大について調べようとする不特定多数の人々の目に留まる形で公開されます。そのため、私たちの作成物には常に「責任」がついて回ることになりました。私たちの活動や、その中で自分は何を感じ、考えていたかについて伝えたいと思います。
4ページ構成のマップは、大学にある数々の文化資源の紹介という要素を取り入れた内容です。図書館所蔵の歴史ある資料や、多摩キャンパス構内の「テミス像」「お稲荷さん」など14種類の文化資源を掲載しています。3000部が印刷され、中大の図書館、文学部事務室、広報室で閲読できるようになる予定です。
マップを作るにあたり、私が重要だと感じたポイントが2つあります。1つ目は、上に述べたように、多くの人の目に触れるマップであること。もう1つは、文化資源を扱うため、その歴史や背景についての正確な情報を記述することが不可欠だったことでした。
どんなマップでも、根拠のない記述をしてよいという言い訳にはなりません。マップ作成が終わりに近づくにつれ、責任の重さがじわじわと増す感覚がありました。
もちろんプレッシャーはあって大変でしたが、単純に責任感があって辛かったということを言いたいわけではなく、責任感を持つことがマップの出来栄えを決めるという、作成に対するこだわりに近い感覚だったと思っています。
第2部門「キャンパスマップ作成」の授業風景
「そんなものは最初から持っているはずじゃないか」と思われるかもしれませんが、自分が責任感やこだわりといった感覚を己のものにできたと思ったのは先述の通り、活動が終盤に差し掛かった頃でした。それ以前は、例えばマップの材料となる資料の収集については、私たちのチームを担当してくださった先生方や職員の方の指示があってから動くというような、受け身の姿勢が強く出ていました。学生団体での活動や、卒論の作成を並行して行っていた時期で、そうした大事な活動が他にもあったということを、自分の中で言い訳にしていたと思っています。
だからこそ、受け身の姿勢から脱せたということは、自分にとって大きな変化であり、収穫でした。もちろん、自分一人の力による変化ではなく、受け身の姿勢を見直すきっかけを作ってくれた先生方、最後まで一緒に頑張ってくれたチームのメンバーの存在があってこそのものでした。本当にありがたく思っています。
完成したキャンパスマップ
私にとって、もう1つ大きな“気付き”がありました。それは、自分の思っていることを他者に伝える術についてです。
マップ作成が本格化すると、授業以外で作業する時間が必要となりました。授業以外でもやるべきことが増え、「どうすればいいんだろう」「こんなにやらなくちゃいけないことがあるのか」と、少しネガティブな気持ちにもなりました。そうした思いをメンバーや先生方に話
したところ、温かく受け止めてくれたり、自分を助けてくれたりと、結果的にプラスの方向に働いたのが印象に残っています。
周囲の優しさに助けられた面は大いにありますが、自分自身の感情の表し方も、ただネガティブな感情を伝えるだけでなく、自分たちの現状を見直したり、今後につなげていこうとしたりする気持ちを織り交ぜつつ、伝えられたのではないかと思っています。胸の内にたまってしまったさまざまな感情と、どう付き合えばいいのか。その引き出しが一つ増えた気がして、これもまた、自分にとって大きな発見となりました。
私が「特別教養:実践的教養演習」を受講したのは、ゼミの先生から紹介があり、「今までにはない授業で面白そう」と思ったことがきっかけでした。3部門の中でも、前から動画制作に興味があったので、動画による魅力発信部門を選びました。
今回、私たちは、「文学部の魅力を紹介」というテーマで動画を制作しました。文学部以外の学生も受講していることから、他学部の意見も取り入れた今までにない文学部の紹介動画を制作しようと考えました。その中で、テレビのバラエティーの要素を取り入れることをコンセプトに、真面目な雰囲気になりがちな学部紹介動画を楽しく笑って見られるような内容にすることができました。
この授業では、企画会議から構成、撮影、編集まですべて自分たちで行います。プロの編集者や映画監督、イラストレーター、コピーライターの方々からさまざまな話を聞く中で、共通して感じた「相手に伝わる動画を作るということが大切」ということを意識しながら、制作を進行しました。
自分たちが作りたい動画のコンセプトと、見てくれる人によく伝わる内容の動画にすることとのバランスの見極めが、とても難しかったです。教授インタビューの撮影の際は、4台のカメラを使い、さまざまなパターンで何回も撮影を行いました。インタビューがまじめな内容に偏りがちだったため、“遊び心”でナレーションを入れてバラエティー風の要素を加味したりして、このバランスに気を配りました。
授業で一番に学んだことは、「主体的に動く」ということです。この授業では、自ら主体的に動かないと何も始まりません。どのようなテーマで動画を作るのか、どのような撮影方法で撮るのかなど何一つ決まっていることがありませんでした。このため、自分たちで話し合って一つ一つを決めていくことが大切でした。
受講生同士が初対面のため最初は少なかった意見交換も徐々に増え、授業の最後の段階では活発になりました。スケジュール管理が上手にできず、動画完成がギリギリまでずれ込むなど、大変なこともたくさんありましたが、この「主体的に動く」ということを貫きました。
3部門の共通テーマ「ヒトとモノ」は、意味合いがとても広いテーマで、どうやって私たちの活動と結びつけていくかが、とても難しかったです。皆で話し合って考え、最後の成果報告会では、「ヒトがヒトに何かを正確に伝える方法としてモノがあり、視覚と聴覚を通して伝えることができる点が、映像というモノを使って伝える意義であり、魅力である」という動画部門ならではの視点からの考えを発表しました。
他の部門の発表を聞くと、部門によってそれぞれの考え方があり、さまざまな視点から「ヒトとモノ」というテーマについてしっかり考える良い機会になったと思います。
さまざまな経験を通して私が一番うれしかったのは、動画が完成した瞬間です。最後の編集が終わり、完成した動画を見たときはとても感動しました。動画の構成に悩んだり、初めての編集作業が上手にできなかったりと苦労したことも多く、完成まで想像以上に長い道のりだったと実感しています。
反省点も山ほどありますが、だからこそ完成した瞬間の喜びも大きかったです。最後の報告会の際には、先生方から「大学説明会などで動画を利用したい」との言葉をいただき、頑張ったかいがあったと感じました。
周りの人たちの支えもあり、普段の授業ではできない貴重な経験を積めました。この授業に関わったすべての方にとても感謝しています。今回の経験で学んだことを残りの学生生活や就職活動に生かしていきたいと思います。
この授業の最大の魅力は「みんなで一つのモノを作っていく」ことだと思います。「みんなで一つのモノを作ってみたい」「普段と違う授業を受けてみたい」「動画制作に興味がある」という人はぜひ受講してほしいです。きっと貴重な経験ができます。
吉野朋美教授
「モノを創る学部ではない文学部が、『人文知』を生かし、授業の成果として形あるモノをつくる。その過程で、学生には主体性、自主性、協調性が生まれていきます」
3部門全体の統括を担当する文学部の吉野朋美教授は、新しい演習授業の意義をそう説明する。2020年度は、専攻の異なる教員が2人ずつ各部門を担当した。教員はアイデアの煮詰まった学生のサポートをしたり軌道修正をしたりといったケースが多く、学生自身が主体性、自主性をもって取り組むことの重要性に気付き、それが育まれていくことに授業の重きが置かれている。
実社会で活躍している方を招いたり、成果をその後に生かしたり、といった広がりのある“開かれた授業”である。
2020年度は文学部の学生だけでなく、他学部履修制度を活用して、法、経済、商、総合政策、国際経営など他学部の学生も受講した。吉野教授は「異なる専門領域の学生が意見を戦わせることができるのも授業の魅力です。学部や学年の異なる学生の存在がお互いの刺激になりました」と振り返る。1つの成果物をつくるというゴールを目指す中で、意見のすり合わせなどを通して、学生間に良い意味の“化学反応”が生じるという。
2021年度は、授業全体の共通テーマを「時間 記憶 記録」とし、「出版」「学術イベント開催」「映像制作」の3部門に分かれて授業が進行する予定だ。
吉野教授は「学生時代に何かを成し遂げたいと思っている学生にこそ、ぜひ受講してほしい」と呼びかけている。